読売国際経済懇話会(YIES)における今井会長講演

21世紀の幕開けと日本経済の課題

2001年1月18日(木) 12:00〜14:00
於 経団連会館 11階 国際会議場

  1.  ただいまご紹介いただきました経団連会長の今井でございます。本日は、読売国際経済懇話会にお招きいただき、誠にありがとうございます。
     私は、98年12月にも「21世紀 われわれの課題」というテーマで講演させていただきました。
     思い返しますと、3年前の97年は、アジアの通貨危機に引き続き、年末には拓銀、山一證券といった大手の金融機関の倒産が起こり、日本は一気に不況色を強めていきました。98年に入ると、参院選の敗北を理由に、6大構造改革をすすめてきた橋本総理が退陣し、小渕政権が誕生しました。小渕政権は景気最優先の立場を鮮明にして、大型の経済対策を打ち出すとともに、金融再生委員会を発足させ、大手行への資本注入などを実現し、日本発の金融恐慌の防止に全力をあげました。99年2月からは日銀がゼロ金利政策を採用し、これは昨年8月に解除されましたが、依然として超低金利政策が継続しております。まさに98年からのここ数年、日本はデフレ防止、景気回復のためにありとあらゆる政策を総動員し、「何でもあり」の政策を続けてきました。その結果、現在の日本経済は、個人消費の回復が遅れているものの、企業収益も回復し、好調な設備投資に支えられ、漸く民需主導の自律的回復の軌道に乗りつつあり、1.5%程度の経済成長は可能と思います。米国経済の減速に伴うアジアの輸出環境の悪化や株安という懸念材料がありますものの、米国は財政、金融などの政策手段をたくさん持っており、ソフトランデイングが可能と思っております。ですから、日本経済への悪影響も大事にいたることはなく、2001年度も、1999年度から3年連続でプラス成長になると見込まれます。
     したがって、2年前に講演したときに比べれば、日本経済の状況は格段に良くなっております。しかし、この間、景気を最優先した結果、社会保障、地方財政など本来行われるべき構造改革が先送りされてきたことは否めません。
     そこで、本日は、「21世紀の幕開けと日本経済の課題」というテーマで、新世紀を迎えた日本が、中長期的にどのような課題を抱え、解決していかなければならないのか、私の考え方をお話申しあげたいと存じます。

  2.  まず、新世紀を迎えるということで、100年前を振り返ってみたいと思います。実はちょうど100年前の1901年は、新日本製鐵の前身である官営八幡製鉄所が、中国の鉄鉱石と北九州の石炭を用いて操業を開始した年であります。当時は、生産規模は年間9万トンで、現在の1日の生産量より少し多い程度でした。まさに日本が帝国主義列強の仲間入りを果たしながら、急速な工業化、産業革命を進めた時代でありました。日本はその後、日露戦争に勝利し、不平等条約の是正に成功し、近代国家の地位を確立していきました。司馬遼太郎さんの「坂の上の雲」を読みますと、国のために働き続けた当時の人々のひたむきな努力が描かれており、読むたびに大きく心をうたれ、勇気づけられます。
     明治の日本が世界から学びながら、富国強兵・殖産興業に打ち込み、国力をつけていった国であったとするならば、残念ながら、その後、特に戦前の昭和日本は世界から次第に孤立し、合理主義よりは精神主義で、帝国主義戦争に突入していった国となりました。その結果が、1945年の敗戦でありました。戦後の日本が自由主義陣営に加わり、アメリカの援助もあって奇跡的な復興と飛躍的な国民生活の向上を成し遂げたことは申すまでもありません。戦前の近代国家確立のための努力、戦後の荒廃の中から、世界第二位の経済大国をつくりあげた努力からもわかるように、日本という国は、方向さえ間違えなければ、大変大きな力を発揮できる国であることは、歴史が証明していると思います。ですから、現在のグローバル化の中で、日本的システムを見直すことが不可欠であったとしても、日本には構造改革を成し遂げ、新生していく能力が十分あると私は考えております。

  3.  日本から離れて、この100年間の世界の動きを見ますと、1914年からの第一次世界大戦、1939年からの第二次世界大戦と最初の50年はまさに戦争の世紀でありました。戦後も米ソの冷戦構造が続き、1989年11月に、ベルリンで東西を分ける壁が壊されるまでは、戦争が事実上継続していたと思います。しかし、1990年以降、世界は急変しております。ソ連という国家が解体し、社会主義国家がほとんど存在しなくなりました。こうした中で、EUの成立をはじめとして、多くの国で国境が意味を持たなくなると同時に、世界が経済を中心に急速に流動化する時代に入りました。インタ−ネットをはじめとするデジタル革命が、この動きを加速化しております。アジア地域にはまだ、冷戦終了の果実、平和の配当がもたらされていないとも言われますが、欧米を中心に世界が戦争と政治的緊張から解き放たれ、経済的大変革の時代に直面していることは明らかです。
     今、日本はまさにこうした大きな流れの中におります。日本は東アジアのGDPの約60%以上を占めており、この地域の政治経済を考える上で、日本の果たすべき役割は重大です。日本がこれまでの10年間の混迷から抜けだし、新生することは、日本だけにとどまらず、世界の関心事項になっていると言えましょう。明治維新は「第一の開国」と言われました。1945年の終戦は「第二の開国」と言われました。現在は、「第三の開国」であり、構造改革を行い、内外に開かれた新しいシステムを構築しなければならない今ときであると思います。

  4.  さて、21世紀を考える上でのキーワードとしては、グローバル化、少子・高齢化、国際政治の流動化の3つを指摘したいと思います。
     先ほども触れたように、世界は急速にグローバル化し、モノ、サービス、カネだけでなく、人や企業も国境を越えて移動し、活動する時代になりました。グローバル・コンペティションが一層激しくなる中で、企業も従来以上に生産性を向上させ、生き残りをかけて競争していかなくてはなりません。そのためには、日本の法制、税制、規制などをグローバル・スタンダードにあわせるとともに、企業が自立、自助の精神で、企業組織を柔軟に変更しながら、選択と集中を繰り返し、競争力強化に努めなくてはなりません。
     第二のキーワードである少子・高齢化については、15歳から64歳までの、いわゆる生産年齢人口の、人口全体に占める割合が、今後25年間で10%程度減少します。つまり、現在の68%から2025年には60%まで低下する一方、65歳以上の高齢者の割合は、現在の17%から27%に上昇します。4人で1人から2人で1人を支える時代がくるのです。このように若者が少なくなることから、少子・高齢社会を暗く見る考えがありますが、私はそう思いません。少子・高齢化は、同時に、労働力不足の時代になりますから、深刻なミスマッチさえ解消できれば、誰もが失業を恐れることなく、自己の能力と体力に合わせて、自由に職業を選べる時代になります。高齢者だけでなく、女性も外国の人も積極的に社会に参加していくことが可能になります。高齢化にともなって、健康、福祉、旅行などが、新しいリーディング・インダストリーに成長していけば、明るくて元気のある高齢社会を考えることが十分可能です。長寿は長い間人類の夢でした。その夢が現実になり、誰でも意思と能力があれば、いつまでも社会に貢献できるような時代は、決して暗い時代ではないと思います。
     第三のキーワードである国際政治の流動化は、近年、政党間の深刻なイデオロギー対立がなくなってきました。そうした中、先進国と途上国の考え方の違いが深刻化しております。また、NGO、NPOの活動が活発化し、WTOのシアトル閣僚会議など、国際会議にも大きな影響を与えております。わが国においても、既存の政党離れが指摘されております。ますます、企業、個人が自己責任でしっかり行動し、流動化の波に飲み込まれないようにすることが大事です。

  5.  以上のように、明るい高齢社会を想定するにしても、数字的な裏づけが必要になります。それでは、今後25年間を見通して、わが国の潜在成長率はどれくらいになるでしょう。経団連でここ20年くらいの経済成長の要因を分析してみると、生産の3要素といわれるものの内、労働の寄与度、及び資本の寄与度は、必ずしも大きくなく、技術進歩を反映した、全要素生産性(TFP)寄与度が、決定的に重要との結果が得られております。ですから、少子・高齢化の影響が直接的に成長率の低下をもたらす可能性は大きくありません。とくに、女性や高齢者を一層活用することで、労働力人口減少の影響は、最小限にくいとどめることができると思います。また、今後は、技術革新や規制改革などを進めることで、これまでと同程度のTFPを確保できれば、2025年までに3%弱の潜在成長力を維持できると考えております。TFPを今後とも伸ばしていくには、IT革命、規制改革だけでなく、あらゆる構造改革を達成することで、国民負担率の上昇を最小限におさえ、国民のやる気を損なわないようにする必要があります。この考え方は、サプライサイドを重視したもので、レーガン革命以来アメリカが取り組んできた政策と一致すると思います。特に、これまで諸外国に比べ、生産性が低いとされてきたサービス分野・非製造業と、マネジメントの生産性を引き上げることが重要であると思います。
     この3%という数字は政府も構造改革の進展により達成可能な数字としており、後ほど詳しく説明いたしますが、経団連でも構造改革のシミュレーションをした際に、達成可能な数字と考えております。3%は、我々が引き続き目標にすべき数値であり、実現可能な数値であります。

  6.  冒頭申し上げたように、わが国は、少子・高齢化を目前にしながら、さまざまな構造改革を先送りしてきました。それは構造改革が痛みを伴うものであるため、政治的に回避される傾向があったからです。しかし、私は構造改革を断行するからこそ、成長ができる訳で、3%の潜在成長率を達成するためにも、構造改革でTFPを高める必要があると考えております。つまり、成長すれば、構造改革にともなう痛みをやわらげ、はじめて真の構造改革に着手できますし、真の構造改革を実現することで、はじめて将来の成長が切り開かれます。構造改革と成長は対立概念でなく、構造改革が成長を導くものであります。いわば構造改革と成長は一体であり、21世紀の日本をリードする車の両輪になると思います。
     ですから、構造改革は政党間の争いの対象にすべきではありません。これは25年間の長期にわたるビジョンですから、どの党が政権をとっても、構造改革は日本の将来を切り開くために、必要不可欠なものです。与野党が一致協力し、政府も、民間も、労組も、マスコミも緊密に連携をとりながら、いわば国民運動として進めていくべきものと考えます。

  7.  将来の成長を確保するための構造改革については、ひとつずつ説明してまいりたいと思います。
     構造改革の1番目は、財政構造改革であります。ここ数年間は景気回復が最優先されたため、財政再建が先送りされてまいりました。しかし、この結果、2002年3月末の、国と地方を合わせた、債務残高は666兆円、GDP比で129%と、先進国のなかでも最悪の状態になると見込まれております。イタリアが同じような水準にありますが、イタリアは94年をピークにして、債務残高のGDP比は、毎年数%づつ着実に下がってきております。これは、イタリアがユーロに加盟するため、単年度の国、地方を合わせた財政赤字を、GDP比3%以内に抑制するという条件を、脱税の摘発、民営化、歳出削減など様々な手段によって、クリアーしたからであります。我々も、こうしたことを考える時期になっております。2001年度のわが国の当初予算における国債収入は28兆円、34%の国債依存度になっております。この状態を放置していては、対GDPで見た債務残高比率も、今後どんどん上昇してしまいます。経団連では、年率2%程度の成長の継続が確認されたなら、早急に財政再建に取り組む必要があると考えております。しかし、着手する時期は別にして、改革の道筋について、今の段階からグランド・デザインを描く必要があります。経団連では、かねてから政府に対して、グランド・デザイン策定の必要性を進言しています。
     その場合、一気に国債残高を減らすことはできないので、グランド・デザインの目標を、まずプライマリー・バランスの均衡においてはどうかと考えています。2001年度当初予算は約83兆円です。このうち歳入に占める国債収入が28兆円で、全体の34%と言うことは今触れました。一方、歳出のうち国債の利払い費と償還費である国債費は17兆円、21%を占めます。ですから、収入28兆円と支出17兆円の差額11兆円が、歳入不足を賄う国債として発行されている訳です。プライマリー・バランスの均衡とは、国債費を除く歳出を、国債収入を除く税収等の範囲内におさめることで、国債の発行に歯止めをかけ、国債償還を順調に進めようという考え方です。小渕首相のときの98年に8兆円程度の恒久減税が行われ、税収が減っています。歳入増、歳出減によって、5年位かけて、国債発行額28兆円を11兆円減額して、国債費17兆円と同じ水準に先ずしなければなりません。一気に赤字国債からの完全脱却は無理ですから、プライマリー・バランスの均衡からはじめるのが適当ではないかと考えています。
     財政再建路線に拙速に転換することは、経済をデフレに追いやるという意見があります。確かに、拙速は避けるべきですが、海外の投資家もわが国の財政赤字の水準と構造改革の遅れを懸念しており、これが株安につながっています。そこで、構造改革の道筋を示すことが、非常に重要であると思っています。

  8.  次に、現在の歳出の中身をみますと、17兆円が地方交付税であります。これは、国税収入のうちの約3分1を、自動的に地方に交付するものです。これを除いた歳出のうち、最大の費目が社会保障の18兆円です。次が公共事業で9兆円です。つまり、地方交付税、社会保障、公共事業の3つで44兆円となり、国債費を除く歳出66兆円の3分の2を占めております。この3つをどのように見直していくかが歳出の構造改革の大きなポイントになります。
     先ず、地方財政については、国と地方を合計した税収が約80兆円で、税金を取る段階では国が約50兆円、地方が30兆円と2対1であります。それにもかかわらず、歳出の段階では1対2になっています。この構造を改めなくてはなりません。国が地方交付税によって、地方の赤字を補填するシステムがある限り、地方の歳出削減は進まず、赤字体質は是正されません。国から地方への財源補給、事実上の不足払い制度は廃止すべきであります。さらに、国は交付税特別会計から、これまで毎年数兆円もの借金をして、地方にわたしていました。2001年度からは、こうした借入れをやめて、地方が赤字を自らの借金として認識し、地方債を発行して対処することになりました。こうした地方自らが予算を賄う制度は画期的であり、評価できます。義務教育など、国が本来行うべき業務を地方にやらせていることもありますので、こうした国と地方の業務を整理し、国からの法定受託事務の費用を除く、地方独自の経費は、地方消費税のような地方の独自財源を拡充することで、地方が財政的にも国から自立する必要があります。一方、国からの地方交付税交付金制度は、大幅に縮小する必要があります。
     次に、公共事業は、国、地方、公団等を含めGDPの7%程度の水準となり、欧米の2%台に比べれば、高い水準にあります。そこで、現在は景気対策の観点からかなりの公共事業が行われている側面もありますので、景気の回復が明確になり次第、公的部門への依存をやめて、本当に必要な社会資本整備に限定して毎年計画的に削減していく必要があると考えます。量より質に特化すべきであります。
     最大の問題は社会保障であります。社会保障関係費は、社会保険料、自己負担、公費で構成されており、3つを合計した全体の規模は2000年度で82兆円になります。その内訳は、年金が41兆円、医療が29兆円、介護などの福祉が12兆円です。高齢化が急速に進むことによって、現行制度を放置すれば、社会保障給付費は、2025年には約3倍の207兆円に達すると、厚生省では予測しております。給付を賄うための、企業や個人の社会保険料による負担も現在の3倍という高い水準になれば、経済成長などおぼつかないわけです。まず、基本的考え方として、「高齢者イコール弱者」という考え方を改めなければなりません。たとえば、公的年金の報酬比例部分については、給付水準を引き下げること、また働いて収入のある高齢者からは応分の負担を求めるなどの見直しが必要です。医療については、現在70歳以上の高齢者を対象にした老人保健制度が設けられております。高齢者の医療費は10兆円程度ですが、高齢化に伴い、今後急速に伸びていきます。この財源は、高齢者の自己負担分8%程度を除けば、企業、現役の従業員からの拠出金に60%以上を依存しています。老健拠出金が保険料収入の約3割に達しており、今後、医療費が嵩めば、ますます膨れ上がる拠出金の負担に、企業や従業員はもはや耐えることはできません。そこで、現役世代の拠出金に依存した現行制度を改めて、高齢者医療の対象を、65歳以上の前期高齢者と75歳以上の後期高齢者に分けた独立の保険制度に改正すべきであります。負担能力のある方には応分の負担をしてもらうとともに、思い切った公費の投入も必要です。早急に、医師会をはじめ関係者が合意して、制度を改正しなければなりません。高齢者の医療費について、これまでの定額負担にかわって1割の定率負担が今月から実施されますが、改革に向けての第一歩になると思います。また、年金、医療、介護、福祉といった制度は、それぞれ別々に実施するのではなく、役所の担当部局も協力して、横断的で総合的な制度にする必要があります。さらに、支える側の保険料の上昇をできるだけ抑制し、経済の活力を阻害することのないよう、社会保険料と税とのバランスを考えながら、持続可能な制度に改めていくことが重要です。

  9.  構造改革の2番目は、行政改革・規制改革であります。簡素で無駄のない効率的な政府をつくるためには、こうした改革に引き続き力をいれて取り組まなくてはなりません。6日に中央省庁の再編が行われ、1府22省庁から1府12省庁となりました。これによって、運輸省、建設省、国土庁、北海道開発庁を統合した国土交通省や郵政省、自治省、総務庁を統合した総務省などが誕生しました。一番の目玉は、内閣府が新設され、総理の強力なリーダーシップによって、縦割り行政の弊害を打ち破って政策を実施することを目的に、経済財政諮問会議や総合科学技術会議などが設けられたことです。経済財政諮問会議による財政構造改革のグランド・デザインの策定をはじめ、経済、財政、科学技術などの重要課題について、総合的な政策が実行されることを期待しております。
     また、国家公務員の定数は110万人であり、自衛隊25万人、郵政現業30万人を除いて一般職は55万人です。これについても、10年間で10%以上の計画的な削減が行われます。独立行政法人化によって、たとえば、国立大学の教員や職員などの、国家公務員の定数そのものからはずれる分を含めれば、25%の削減が行われます。先程申しあげました郵便貯金などの郵政現業30万人は、2003年中に公社化されますが、民営化を視野に入れた更なる検討をする必要があります。
     国だけでなく、特殊法人、地方行革などの改革も進めていかなくてはなりません。政府は、2005年までの改革を目途にした行革大綱を昨年12月に策定しました。特殊法人は5年以内に廃止、独立行政法人化、民営化などを含めた整理・縮小が打ち出されております。国の政策経費である一般歳出50兆円ですが、特殊法人などに融資される財投の規模は40兆円にのぼります。財投への貸出し残高は、郵貯250兆円、簡保120兆円、公的年金140兆円、合計約500兆円になります。このうち、約400兆円が財投を通じて特殊法人への貸出残高になっています。ですから、融資額の大きさからみても、特殊法人などの改革が不可欠なのであります。
     地方については、現在3,200ある自治体を市町村合併によって1,000を目標に3分の1に統合することなどが、行革大綱で具体的目標として、打ち出されております。地方公務員の定員は320万人であり、教員125万人、警察25万人、消防15万人、公営企業45万人を除く一般職が110万人です。市町村合併による人員の削減が必要であります。
     次に、規制改革については、過去2回にわたって3ヵ年計画が実施され、成果があがってきました。しかし、IT革命の推進など、21世紀に相応しい経済・社会のルールを創るために、まだまだ進めていかなくてはなりません。
     そこで、情報通信、物流、エネルギー、金融といった分野に加え、これまであまり手がつけられてこなかった医療・福祉、教育、雇用などの分野においても、一層の規制改革が必要です。政府によれば、90年度から98年度までの9年間の規制緩和による経済効果は、8.6兆円に達すると推計されております。先程申しあげました行革大綱では、規制改革について、2001年度を初年度とする新3ヵ年計画の策定と、8条機関のような新たな審議機関の設置などが明記されており、今後の進展が大いに期待されます。特に、12月の内閣改造で、行革のプロを自認される橋本前総理が行革担当大臣に就任されております。強力な大臣が就任されたことで、行政改革、規制改革に一層はずみがつくものと大変期待しております。

  10.  構造改革の3番目は、経済構造改革です。今後とも持続的な経済成長を確保するには、経済構造改革による産業の活性化、生産性の向上が欠かせません。小渕前総理に民間からお願いして設置していただいた産業競争力会議や、昨年7月にそれを引き継いだ産業新生会議において、関係閣僚や民間人が精力的に検討を行い、即断即決でスピーデイに問題の解決に努めました。私自身も産業新生会議のメンバーの一人でありました。政府は12月に、産業新生会議の検討成果を「経済構造変革と創造のための行動計画」として発表し、これから具体的アクションが実施されることになります。2001年は、本格的な構造改革のスタートの年になると思います。
     具体的な改革の第1が、IT革命の推進です。米国は90年代に高成長を実現しましたが、これはIT革命によって生産性が飛躍的に上昇したからであります。IT革命の効果は、既存の産業が活用して生産性を高めることと、新規産業が生まれることから生まれます。このためにも大容量で低廉なインターネットの整備はかることが、重要になります。高速インターネットを引くための幹線は、すでに整っており、これを最終的に家庭に接続するのは民間の仕事です。その際、NTTとNCCが対等の条件で競争できるよう環境を整備するのが、政府の役割であります。また、電子商取引の環境整備、電子政府の実現、人材育成の強化なども、政府の重要な役割であります。日本は、ITでは米国に出遅れましたが、eメールやインターネットが利用できるiモードを備えた多機能型携帯電話は急速に普及しております。また、昨年12月から民放を含めBSデジタル放送が既に開始され、2003年からは地上波のデジタル放送もはじまり、これからテレビを利用した双方向のサービスが本格的に展開されることになります。テレビは日本の得意分野ですので、日本のIT化の推進については、悲観しておりません。
     第2は、グローバルスタンダードに合った法制面、税制面の整備です。2001年度の税制改正で、分割税制が整備されたので、今後企業組織の再編、統合が一層進むと考えます。残っているのは2002年度に導入が検討されている連結納税制度と株主総会に関連した商法の改正であります。
     また、昨年、大和銀行の不祥事に関して、個人では到底払いきれない、法外な賠償金の支払い要求を認めた、大阪地裁の判決がでました。現行の株主代表訴訟制度を続ける限り、企業が国際化しようとしても、社外取締役に外国の人を迎えることは、到底できないと思います。米国のように、取締役の賠償責任の上限を設けるとか、会社の訴訟への関与を認めるとか、原告適格要件を厳しくするなどの法改正が必要になっています。代表訴訟は、今度の通常国会で、議員立法で早急に改善していただきたいと考えております。あわせて、金庫株、確定拠出年金、自社株の確定拠出年金への活用なども、審議していただくよう政府に申し入れています。
     第3は、雇用システムの改革です。すなわち、働く担い手を増やすことです。このため、意欲と能力のある女性や高齢者の積極的活用、さらには専門的な能力を持った外国人労働者の活用も必要です。女性が育児をしながら働くことができるように、保育所の認可基準を大幅に緩和して、民間企業が参入しやすくする必要があります。民間企業が参入すれば、延長保育や待機児童といった課題の解消に役立つことができるようになります。これは少子化問題の解消にも効果があります。
     第4は、科学技術、産業技術の振興です。1つは、バイオテクノロジー、ナノテクノロジー、新素材・材料、スペーステクノロジーなどの最先端領域の開拓です。もう1つは、環境や自然と調和のとれた資源循環型社会の構築のため、リサイクル技術、燃料電池の開発などであります。このため、産学官の連携・協力によって、資金や人材の投入、有効活用を通じた、国際競争力の向上が実現できると思います。

  11.  構造改革の4番目が教育改革です。昨年末に、教育改革国民会議の最終報告がだされております。本日は、時間の関係から、教育改革の説明は省略します。

  12.  経団連では、以上のような様々な構造改革を行うことによって、日本の経済成長率や、国民負担率がどのように推移するか、2025年までの試算を行いました。これは、政府が、21世紀の日本経済、財政の、グランドデザインを検討するための、たたき台として発表したものです。これによりますと、何の改革も実施しないケースでは、歳出は肥大化し、税と社会保障を合わせた国民負担率は、現在の37%から25年後には70%を超えてしまいます。これに対し、公共事業や社会保障の改革も合わせて実施して、ようやく46%に引き下げることができます。経済活力を維持するため、国民負担率を50%以内に抑制するということは、第二次臨調以来の基本的目標であります。経済成長率についても、改革ケースでは、2025年まで平均2.4%の成長ができ、わが国の潜在成長率3%を、かなり実現できると見込んでおります。どうしても、改革は必要となるわけです。

  13.  最後に、国際関係についても、簡単に触れさせていただきます。グローバル化の進展に伴い、世界各国の市場の自由化を進め、貿易投資を拡大するには、多国間のルールを整備していくことが重要です。このため、WTOの新ラウンド交渉を早期に立ち上げることが必要です。99年12月の、シアトルのWTO閣僚会議が失敗してからは、新ラウンド交渉開始の見通しは立っておりません。いまや、WTOに140カ国が加盟し、途上国やNGOなどが発言力をもつなかで、様々な考え方を調整して、コンセンサスを得ることは、大変な作業となっております。
     経団連としましては、包括的な新ラウンド交渉の早期立ち上げの必要性を強く求めておりますが、同時に、多国間貿易ルールを補完するものとして、二国間あるいは地域レベルでの自由貿易協定の推進もはかっております。OECD諸国のなかでは、自由貿易協定を結んでいないのは、いまや日本と韓国位しかありません。自由貿易協定は、締結国間の貿易や投資の自由化を促進するとともに、規制改革など、日本経済の構造改革にも寄与いたします。締結国のいずれにもプラスの効果をもたらすものであります。経団連としても、自由貿易協定の推進を政府に積極的に働きかけており、具体的な動きがでてまいりました。シンガポールについては、今年から自由貿易交渉が開始されます。シンガポールとは、農業問題がないので、交渉はうまく進むと思います。今後は、韓国やメキシコなどの自由貿易協定の締結に向けた、具体的な検討が課題になっております。また、米国との自由貿易協定の可能性についても、10年位の中長期的視点にたって、検討していく必要があります。

  14.  NAFTA、EU、アセアンなど世界の主要な地域が自由貿易圏を創っていますが、域内貿易比率は、NAFTAが5割、EUが6割になっています。個々の国別に域内貿易比率をみますと、NAFTAでは、カナダ、メキシコが8割を超えています。EUでは,ベルギーが7割、ポルトガルが8割に達しています。他方、東アジア(日本、韓国、台湾、香港、シンガポール、タイ、マレイシア、インドネシア、フイリピン)では、域内貿易額が3割強にとどまっており、米国の経済動向によって、輸出に大きな影響がでることになります。ですから、アジア諸国の間の貿易取引額を増やして、欧米並みに高めていくことが大きな課題です。

  15.  アジアについては、アセアンに日本、韓国、中国の3カ国を加えた、アセアン・プラススリーという考え方が定着してきており、アジア諸国が皆で、これからのアジアを考えようとしています。アジア諸国では、97年に経済・金融危機が起きましたが、これから立ち直るため、新宮沢構想は大変役に立っています。しかし、回復があまりにも急速であったため、金融システムの再建や、不良債権処理などの構造改革が、中途半端になっており、まだまだ、脆弱な経済体質の改善をはかっていかなくてはなりません。このため、サポーテイング・インダストリーの強化、技術者や留学生の受け入れなどの人材育成・交流の強化などの面でも、日本が積極的に支援することが重要だと思います。

  16.  更に、国際的に大事な問題として、地球環境をいかに保全するかがあります。昨年ハーグで行われたCOP6では、京都メカニズムの具体策について合意することができずに、地球温暖化への取り組みに、懸念が生じております。この交渉をみても、先進国、途上国、産油国さらには先進国間で、成長の機会を、地球温暖化問題を通じて取り合う状況が生まれており、今後とも国際交渉の難航が予想されます。こうした中で、日本はしっかりと地球温暖化問題に取り組むことが重要です。産業界は、着実に自主行動計画を実施する必要があります。しかし、民生分野の対応は遅れていますから、個人個人のライフスタイルを見直しのため、マスコミによる国民運動が必要と思います。

  17.  本日は、国内では構造改革への取り組み、国際的にはアジアとの関係強化など、中長期的な日本の課題についてお話いたしました。グローバル化、少子高齢化などに対応しながら、困難な課題に立ち向かっていくためには、企業が統合・再編を余儀なくされるように、経済団体も再編する必要があると存じます。私はそのような考えから、昨年の冒頭の記者会見で、経済団体の統合の可能性を示唆しました。その後、経団連と日経連で精力的に話し合いがおこなわれ、昨年末に、新しい統合団体の名称を日本経済団体連合会とし、遅くとも2002年5月には完全統合することを表明しております。引き続き、ご支援のほどお願い申し上げます。
     21世紀の初頭は、これから百年間の、日本の、「国のかたち」を創るための、大変重要な時期であります。昨年1月に河合隼雄座長がまとめられた「21世紀の日本の構想」では、「日本のフロンテイアは日本のなかにある」として、内発的な変革の必要性を、強く訴えております。そのため、企業、個人といった「個の確立」が、重要な課題であります。我々は、自立・自助・自己責任の基に、創造性と柔軟性に富んだ発想で、新たな技術、事業、産業を創出して、日本経済のフロンテイアを開拓するため、引き続き全力をあげて取り組んでいく所存であります。

     ご静聴ありがとうございました。

以  上

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