経団連くりっぷ No.86 (1998年9月24日)

国土・住宅政策委員会(共同委員長 田中順一郎氏)/9月4日

良質な住宅の供給を目指して
−日経新聞吉野源太郎論説委員と懇談


国土・住宅政策委員会では、土地・住宅部会を設け、土地・住宅政策のあり方について検討を進めているが、今般、同部会が、住宅政策に関する中間報告を取りまとめたのを受け、委員会を開催し、審議の結果、提言『多様なライフスタイルを可能にする住宅政策を求める』をとりまとめた。(6頁参照)当日、同提言を審議するのに先立ち、政府の住宅宅地審議会委員も務める日本経済新聞の吉野源太郎論説委員から「今後の住宅政策のあり方」について説明を聞き、懇談した。以下は吉野論説委員の説明の要旨である。

  1. 住宅政策の2つの側面
  2. 住宅は物質的にも精神的にも人間生活の土台である。それだけに住宅政策は単なる産業政策では解決が付かず、土地政策、国土政策、都市政策などに幅広く関ってくる。
    日本の住宅の面積は欧米に比べると狭い。全国平均で比較すると持ち家一戸あたりの面積(92m2)は欧州と遜色ないが、一人あたり床面積(31m2)は先進国中最低の水準である。しかも国連統計によると住宅の耐用年数は米国103年、英国141年に比して日本は30年であり、わが国の住宅は、欧米の住宅とは同じ商品とは言えないほど質が低い消耗品である。
    一方、昨年の新設住宅着工件数は一昨年の163万戸に比べて29万戸減の134万戸であり、今年度も昨年以上の水準を達成することは困難な情勢にある。この結果、2年間で8兆円以上のGNPが失われたとされている。経済対策としては住宅の供給量を回復することが必要になる。
    しかしながら住宅の質の向上と量の拡大とを両立させることは困難と言わざるを得ない。例えば一昨年までのマンションブームの過程で物件一戸あたりの床面積は狭くなってしまった。政府の低金利による住宅振興策により、資金負担力の低い世帯にまで資金調達を可能にし、住宅を取得させた結果、住宅のストックとしての質は低下したのである。

  3. 住宅問題の根本原因は土地問題
  4. 質・量の課題をともに解決する手段としては借家供給の拡大が考えられる。現在進められている借地借家法の改正作業は大事なことであるが、それでは解決できない根本問題が地価の問題である。地価が下がり、家賃が下がるような投資利回りの低い状況で借家の供給が促進されることは望めない。
    日本では住宅価格の大部分は土地の値段である。上ものの住宅、つまり住宅そのものを安く良質にするために、規制緩和によって住宅産業の構造を変革するなどの方策は重要な課題である。しかしそれだけでは住宅問題は解決しない。むしろ住宅問題の根本は土地問題と考えるべきである。
    年収800万円のサラリーマンが年収の5倍の4,000万円のマンションを購入してローンを返済し税金や社会保険などの固定支出を払うと生活費には約3割、年240万円しか残らない。そのコストの大部分が土地に食われているのである。良質な住宅ストックを形成するには十分に地価を下げ、住宅そのものに金をかけられるような環境をつくらねばならない。

  5. 需給構造をどのように変革するか
  6. これまでの住宅政策の柱は低金利の住宅融資だった。80年代初めに比較して現在の日本人の年収は2倍に伸びたが、ローン残高は5倍になった。その資金は土地に吸収され、結果として住宅政策は貧困な住宅事情を助長してきた。
    地価が上昇を続けているうちは買い替えができたからこうした政策の問題も表面化しなかったが、今や事情は変わった。もはや金利を下げても国民は負担能力の限界にきているばかりか、多くのローン債務破産者が出現している。今はまだ地価が底を打っていないという現実を直視することが重要である。少子化の進展は住宅の需要を鈍らせる。一方、東京圏を見ても企業のリストラ用地や市街化区域内農地、港湾用地など潜在供給余力は膨大である。並みの需要拡大でこれを吸収することは不可能といってよい。地価がさらに下がれば深刻な問題が生じるが、それは土地政策や住宅政策ではなく金融政策の対象として大手術によって解決すべき問題なのである。

  7. 住宅税制の改革
  8. 日本人には資産を子孫に残したいという伝統的な価値観がある。今後は賃貸住宅の充実やリバースモーゲージの推進などによって変わってくる可能性はあるが、それでもこの価値観は根強い。
    これまでは子孫に残す資産の中身は土地であった。これからは、土地を安価に供給したうえで、住宅こそが子孫に受け継ぐ資産として価値を持つような政策を講じることが必要である。それは目先の景気政策としては速効性に欠けるかもしれないが、長期的には日本の経済力と国民生活の向上に大きく貢献するだろう。
    米国型の住宅ローン利子の所得控除制度は、十分な資金負担力のある層に良質な住宅ストックの形成を促すことになる。また住宅に係る登録免許税、消費税、相続税なども非課税化するなどの措置を取れば住宅の質の向上に対する意欲が増すであろう。中古住宅の流通市場やリフォーム市場の整備、品質保証制度の確立とそれを組み込んだ住宅の供給などにより住宅市場は活性化する。
    国や地方公共団体は土地問題を見据えたうえで長期的な視点で住宅政策を講じていくことが必要である。


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