日本経団連タイムス No.2797 (2006年1月19日)

日本経団連労使フォーラム/奥田会長「基調講演」

−「経営者よ正しく強かれ」、「志」「気概」の重要性指摘


◆日本経済の振り返りと評価

昨年の夏以降、日本経済は踊り場を脱し、回復基調となっている。懸念材料もあり、依然として楽観は許されないが、今年も引き続き堅調な推移をたどるものと期待している。日本経済は小泉構造改革の成果や、民間企業の経営努力と業績の向上によって、ようやく長期低迷を脱し、閉塞感も薄れてきた。小泉総理は強力なリーダーシップにより、大胆な改革を進めてきた。日本経済が復活を遂げる上で、政治と行政の役割は大きかったが、それ以上に、民間企業自らの努力の成果が大きかったものと自負している。
苦難の時期に、民間企業は、厳しいスリム化や事業再編を迫られた。こうした中でも、日本企業は歯を食いしばって将来に向けた研究開発や人材育成への投資を続けてきた。政府も研究開発費に税制上の恩典を与えた。こうした政府、企業、経営者の懸命の努力が、今日の企業業績に結びつき、日本経済を蘇らせた。もちろん働く人たちの懸命の努力、経営施策への協力があったことも、忘れることはできない。

もう1つ重要なのが、雇用に対する配慮である。私は、日本企業が「日本的経営」の根幹である「人間尊重」と「長期的視野に立った経営」を守り、雇用の維持・確保に全力を尽くすことを呼び掛けてきた。この訴えは、大多数の経営者の支持を得、多くの企業で雇用維持に最善の努力が尽くされた。そこには、各社労働組合の真摯な取り組みがあったことも忘れることはできない。
日本社会を回復不可能なほどのハードクラッシュに陥らせることなく、長期にわたる経済の低迷を乗り切れたのは、民間企業が、雇用維持に配慮しながら、グローバル化に適切に対応した成果である。たとえば硬直的な年功賃金を見直したり、業績変動を賃金でなく賞与に反映させたり、仕事の仕組みや働く人のスキルを情報化に適応したものに改めるなどの改革に労使が協力して取り組んできたことも、雇用の維持に大きく寄与してきた。労使は、「人間尊重」や「長期的視野に立った経営」といった経営理念、労使協調で生産性運動に取り組む労使関係の普遍性に、あらためて自信を深めるべきである。それをさらに発展させ進化させていくことこそ、未来を築く道なのではないか。

◆世界経済の振り返りと評価

グローバル化は、経済活動を活性化し、国際経済に極めて大きなメリットをもたらした。他方グローバル化に伴う新たな問題としては、(1)マネーゲームと通貨危機 (2)格差の拡大と紛争の増加 (3)環境問題――がある。こうした問題は、小さくはないが、グローバル化の恩恵はそれを上回る。さまざまな弊害は、世界が新たなステージへと移行していく、過渡期における混乱だと思う。

激変期の先に、われわれがめざすべき世界とは、多様な価値観を持つ国々・人々が違いを認め、尊重しあいながら、健全な競争を通じて活力と成長を実現していく経済社会である。活力が高まるような格差であれば積極的に是認し、それを通じてすべての者の底上げが図られていくことが望ましい。多様な国々・人々が共存、競争、協調する中から、新たな発想や画期的な技術が生まれ、平和と成長がもたらされる。
多様性を生かしていくには、「共感と信頼」が必要となる。他者が自分と異なるものを求めていることを理解し、尊重する寛容さが求められる。一部の違いに寛大になれない最大の理由は貧困にあるが、それは技術の進歩と経済の発展、生活水準の向上で克服できる。経営者、民間企業労使にできることは、企業活動のグローバルな展開を通じて、世界各地で長期にわたり技術の進歩、生産性の向上に取り組み、経済を発展させ、雇用を創出していくことではないか。

◆企業労使が果たすべき責務

世界の未来に平和と成長、繁栄をもたらすために企業労使、経営者が果たすべき役割、責務の第1は、企業活動を通じて付加価値を生み、雇用を増やし、経済を活性化し続けることである。これは、日進月歩で技術と生産性を向上し、人材を育て続けるプロセスであり、「生産性運動」にほかならない。労使は、今後ともこの生産性の理念を共有・堅持して、国家経済の発展に貢献していかなければならない。企業と経営者は多様な従業員に多様な活躍の場を提供し、最善のパフォーマンスと生きがい・働きがいの実現を図らなければならないし、従業員はこれに応え、自らの進歩に努めることが望まれる。

第2の責務は、人類を幸福にする新しい技術やノウハウ、商品、サービスを創造すべく、研究開発投資を増やし、その担い手の育成に取り組むことである。地球環境問題や資源問題などは、技術の進歩による克服が期待される。先端分野では、画期的な未来技術の種が見つかっている。これらの技術を、人類の幸福、豊かさにつながる商品やサービスとして実用化していくことは、企業の重要な役割である。

第3の責務は、オープンでフェアな企業活動を展開することである。グローバル化や情報化が進展する中では、企業倫理の確立と、公正で透明なルールにもとづく企業活動が求められる。企業不祥事の根本には、環境変化に、日本の社会や商慣行・ビジネスの仕組みなどが適応できていないことがある。経営者は事業活動の全責任を負う者として、関係者の先頭に立ち、グローバルに通用する経営理念や行動規範を構築するとともに、自ら現場に足を運び、実態に即した実践的な活動に取り組む必要がある。

経営者は、行政による規制や保護、業界内部の「民々規制」に頼らず、ルールに則って市場での競争に挑み、民間企業が本源的に持つ活力と企業家精神を発揮していかねばならない。行政にはそのための環境整備として、規制改革・民間開放を中心とした改革断行を強く求めたい。

◆経営者よ正しく強かれ

本年版の『経営労働政策委員会報告』の副題は、「経営者よ正しく強かれ」である。これは日経連結成時のスローガンであるが、これをもち出したのは、これからの経営者に求められるのはやはり「正しさ」「強さ」だと考えたからである。
企業というものは、不祥事を起こさずに利益を上げればそれで良いというものではない。ところが、このところ、儲かるのなら手段を選ばないという印象を受けるような事例が散見される。こうした経営が行われるとしたら、その企業が社会から共感や信頼を得られないばかりか、資本主義経済自体の瓦解も懸念される。経営者には、「高い志」と、常に「自省する心」を持つことが求められる。
「正しさ」とはフェアに競争し企業の社会的責任を果たし、経済の発展と人類の幸福に貢献するという「志」を持つことを意味する。「強さ」とは「人間尊重」と「長期的視野に立った経営」に対する信念のもと、新たな価値の創造に繰り返し挑んでいく不屈の「気概」を持つことを意味する。
こうした経営者の姿勢が従業員の共感と信頼を呼び、労使がその役割を果たし、進歩を続けていくことで、経済社会の明るい未来を開いていけると確信している。

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