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産業力強化の課題と展望

―2010年におけるわが国産業社会―

2003年4月22日
(社)日本経済団体連合会

はじめに

日本経団連は、2003年1月にビジョン「活力と魅力溢れる日本をめざして」を公表し、21世紀におけるわが国の展望と、それに向けた課題ならびに行動規範のグランドデザインを示した。これを具体化していくには、アクションプログラムが必要であり、とりわけ産業社会について、その抱える問題、予想される環境変化、必要な施策などを、さらに肉付けして描き込まなければならない。
そこで本意見書は、日本経団連ビジョンを受ける形で、2010年におけるわが国の産業社会のあり方を展望する。ここでは、わが国産業が直面する最大の懸案である収益力低下を民間主導で克服することを「産業力強化」と位置づけ、マクロ・ミクロ両面において民間が取り組むべき課題を示すとともに、環境整備面で必要となる官の役割にも触れる。
深刻なデフレや不良債権問題から、債務・設備・雇用の「3つの過剰」からの脱却が、喫緊の課題とされている。日本経団連は、2002年10月に緊急提言「産業再生に向けて」を公表し、その実現による問題解決を目指している。これに加えて、中期的な視野に立った産業力強化への取り組みに、直ちに着手する必要がある。

I.産業力強化の意義と課題

1.収益力の低下と産業力強化

(1)産業の収益力の低下傾向
昨今におけるわが国産業の収益力は、国際的にみて低水準にある。過去5年間平均の売上高営業利益率を国際比較すると、製造業全体の利益率は米国の4割程度、ドイツと比べても7割程度の水準にとどまっている。とりわけ、繊維、窯業・土石、金属製品、電気機械などの業種で、わが国の利益率の低さが際立っている。
【図表第1を参照】

図表第1 売上高営業利益率の国際比較(製造業・過去5年間)

わが国の利益率を経年変化でみると、90年代以降の経済低迷やデフレの長期化、さらには国際競争の激化などによって、低下傾向にある。直近3年間平均の売上高営業利益率を過去20年間平均と比較すると、製造業全体で0.57%ポイント、非製造業全体で0.30%ポイント低下している。また、業種間の格差も顕著であり、製造業では化学、輸送機械が改善傾向にある一方、船舶、繊維、金属製品、鉄鋼をはじめ多くの業種で大幅な低下がみられる。また、非製造業では、ほぼ全ての業種において利益率が低下している。
【図表第2−1、第2−2を参照】

図表第2−1 業種別の売上高営業利益率(製造業・「過去20年間」と「直近3年間」の比較)
図表第2−2 業種別の売上高営業利益率(非製造業・「過去20年間」と「直近3年間」の比較)

(2)産業力強化の意義
産業の収益力低下は、民間設備投資や研究開発などの企業行動を妨げ、それが需要低迷につながるだけでなく、供給面からも経済成長の抑制を招く。「産業力の強化」とは、産業の収益力を改善し、わが国経済の再活性化を図ることである。
産業の収益力改善に向けて、ミクロ面では、各企業・業種におけるコスト構造の改善や、過剰供給構造の是正に加え、高収益商品・サービスの開発、実用化を進めることによって、企業が生み出す付加価値を高めていくことが重要となる。
また、近年における収益率低下の内訳をみると、産業全体に占める割合(売上高ベース)の高い業種における収益力の低下が目立っている。したがって、マクロ的に捉えれば、労働や資本などの生産要素を、相対的に収益力の低い業種から高収益業種に移転させ、産業構造自体を転換していく必要がある。
各企業は現在、債務・設備・雇用の「3つの過剰」からの脱却による産業再生に注力しているが、これにとどまることなく、前向きな設備投資や研究開発などの取り組みによって、新たな産業フロンティアを切り開くことが、将来に向けた産業力の強化につながる。

2.産業力強化の目的

(1)国際競争力の維持・強化
近年、中国をはじめとするアジア諸国の台頭によって、国際分業構造が変化している。わが国における中国からの輸入額は、2002年に約7兆7,000億円(前年比9.9%増)に達し、米国からの輸入額を抜いて、中国が最大の輸入相手国となった。また、対中国の貿易赤字は約2兆7,500億円にのぼった。
対中国の貿易特化係数(全てが輸入である財は「マイナス1」、全てが輸出である財は「プラス1」)をみると、食料品(マイナス0.95)、繊維製品(マイナス0.70)などにおける輸入超過が目立つだけでなく、従来は大幅な輸出超過にあった品目においても、機械機器(プラス0.05)、IT関連財(マイナス0.06)などは、輸出入がほぼ均衡するようになっている。【図表第3を参照】
こうした現象の背景には、IT関連財に代表されるように、モジュール化などを背景とした工程間分業によって、産業内貿易が拡大していることがある。

図表第3 貿易特化係数の推移(対中国)

しかし、これまでわが国が優位性を持っていた分野においても、諸外国の占めるシェアが高まる状態を放置し続ければ、当面の貿易収支などが悪化するだけでなく、中期的には、これまで築いてきた産業集積や知識技術ストックが散逸する惧れもある。こうした事態を回避するためにも、わが国の産業力を強化していくことが不可欠となる。
また、昨今は、東アジア地域における経済連携・経済統合の気運が高まりを見せているが、これを拡大して、EUや米州と並ぶ3極の一つとなる「東アジア経済圏」を形成していくには、アジア全体におけるGDPの約63%(2000年現在)を占めるわが国が引き続き強力な経済力を維持し、これを背景にリーダーシップを発揮していくことが必要となる。
日本経団連ビジョン 第3章を参照

(2)良質な雇用機会の確保
海外からの輸入圧力の増大や、製造業の海外生産シフトが進む中、日本国内における雇用の空洞化が進展している。
経済産業省「海外事業活動基本調査」によると、海外進出を行っている製造業の海外生産比率(海外現地法人売上高が国内法人売上高に占める割合)は、1990年度の約17.0%から、2000年度には約34.3%まで上昇している。海外生産シフトなどを背景として、総務省「労働力調査」によれば、製造業における就業者数は過去10年間(1992年〜2002年)で285万人減少し、全産業の就業者数も24万人減少した。製造業においては、今後もある程度の雇用減少は避けられないと考えられるが、急激な雇用空洞化を回避するためには、産業力を強化し、国内の製造拠点を確保することが必要となる。
一方、サービス業では、就業者数が大きく増加しているが(同期間に287万人増加)、サービス業における就業者数が過去10年間で約1,000万人増加した米国などに比べれば、その雇用吸収力は低水準にとどまっている。製造業などが厳しい国際競争にさらされる中で、中期的に良質な雇用機会を確保していくためには、サービス業を中心とした一段の雇用吸収が重要である。

(3)資産デフレ、少子・高齢化への対応
産業力強化の主な目的は、以上2つの中期的課題であるが、短期および長期的な課題に対応する上でも、産業力強化の意義は大きい。
まず、短期的に最大の懸案となっている不良債権問題、金融システム不安の背景には、バブル崩壊から10年以上続いている資産デフレがある。内閣府「国民経済計算」によれば、ピーク時(1990年)に約2,455兆円だった土地の時価総額は、2001年時点で約1,456兆円と、約1,000兆円減少した。また、株価についても、東証一部上場株式の時価総額は、ピーク時(1989年12月平均)の約600兆円から、直近時点では200兆円台前半まで減少している。こうした状況に歯止めをかけるためには、税制面をはじめとする政策対応も不可欠であるが、最も重要な取り組みは、産業の収益力を強化し、資産効率、資産の期待収益率を改善することであり、これが資産デフレ解消の基本となる。
他方、より長期的な観点に立てば、少子・高齢化の進展に伴って労働力人口が減少し、その結果として、わが国の潜在成長力が低下する惧れもある。日本経団連ビジョンにおいては、2025年時点の就業者数が現在に比べて約610万人減少するとの見通しを示した。その影響を相殺し、将来にわたって潜在成長力を保つためには、TFP(全要素生産性)の伸び率を維持・上昇させることが必須であり、労働や資本などの生産要素を、生産性・成長力の高い分野へと移転することによって、わが国全体としての生産性を高めていくことが重要となる。
日本経団連ビジョン 第1章 1.を参照

II.産業力強化の道筋と対応すべき情勢変化

1.産業力強化の道筋

中国をはじめとするアジア諸国の目覚しい経済成長を考えれば、わが国における産業力の強化は、焦眉の課題である。しかし、1980年代における米国の経験などを見ても、革新的な技術開発とその実用化、あるいは経済全体における資源の産業間移転が進むまでには、少なくとも5〜6年の期間を要する。
経済財政諮問会議「改革と展望−2002年度改定」においても、2004年度までは不良債権問題を終結させる「集中調整期間」と位置づけており、その後、2005〜2006年度にかけて中期的な成長経路へと近づき、2007年度以降は年平均で実質1.5%以上の経済成長率が実現すると見込まれている。この集中調整期間、ならびに中期的な成長経路への移行過程の加速を図るとともに、15頁以降に挙げる施策を戦略的・体系的に講じることによって、2010年頃までに産業力強化を実現する必要がある。

2.予想される経済社会の情勢変化

わが国経済社会の長期的な趨勢としては、(1)少子・高齢化の進展、(2)国民の価値観の変化・多様化、が挙げられる。

  1. 少子・高齢化の進展
    少子・高齢化の進展に伴う労働力の大幅な減少は、将来的にみて不可避だが、女性や高齢者における就業率の上昇もあり、2010年にかけての労働力減少は、約120万人にとどまると予測される。また、当面は労働需要が低調に推移すると見込まれることもあり、当面は労働需給の量的バランスをとることが概ね可能とみられる。
    したがって、2010年までに限ってみれば、マクロ的な量的需給をバランスさせる上で、外国人労働者活用の必要性は薄い。しかし、分野や職種によっては、生産性の向上や需給ミスマッチの緩和を図るうえで、外国人の重要性が高まっていくと考えられる。長期的に予想される労働力不足や、FTA(自由貿易協定)などに伴う国際的な労働移動の進展を視野に入れつつ、高度専門人材や、介護など需要拡大が予測される分野に限定して、外国人の活用を推進する必要がある。そのためには、言語、教育、宗教、生活習慣などにおける多様性を受容し、外国人に対する差別的行為を排除する社会的・文化的風土を涵養することが前提となる。同時に、関連法制・体制、外国人の生活環境などの整備を進めることが必要である。
    日本経団連ビジョン 第2章 4.を参照

  2. 国民の価値観の変化・多様化
    わが国においては、これまでの経済成長による所得・生活水準の向上に伴って、「モノの豊かさ」よりも「心の豊かさ」を求め、安全や安心、良好な環境などを重視する傾向が強まっている。内閣府「国民生活に関する世論調査(2002年度)」によれば、「心の豊かさか、物の豊かさか」との問いに対して、「物質的にある程度豊かになったので、これからは心の豊かさやゆとりのある生活をすることに重きをおきたい」との回答が全体の60.7%に達し、「まだまだ物質的な面で生活を豊かにすることに重きをおきたい」との回答は10.1%にとどまった。また、統計数理研究所「国民性の研究 第10次全国調査(1998年)」によれば、「自分の趣味にあった暮らし方をすること」を志向する回答が、全体の約41%を占めている。
    こうした価値観の変化・多様化傾向は、年齢構成の変化や、ストック面での充足、あるいはわが国への外国人流入の拡大などに伴って、今後さらに進展すると考えられる。
    日本経団連ビジョン 第2章 1.を参照

以上のような長期的趨勢の中にあって、2010年までの間に特に注目すべき、経済社会の情勢変化は次の3点と予想される。

(1)国際分業構造の変化と地域経済統合
わが国企業の対アジア直接投資、海外生産が増加し、生産の海外シフトが進んでいる。また、当初は欧米向けの輸出拠点や、現地需要対応型の生産拠点と位置づけられていたものが、現在では対日輸出のための生産拠点となっているケースも多くみられる。経済産業省「海外事業活動基本調査」によれば、海外現地法人による日本向け輸出額は、2000年度に約17兆3,000億円となり、10年前(1990年度は約8兆2,000億円)の2倍以上に達している。また、現地における国内企業の競争力も高まっている中にあって、わが国が技術面などの優位性を失った分野については、日本国内の生産拠点の空洞化は避けられないと考えられる。
他方、世界経済の成長センターである東アジア、とりわけ約12億8,000万人の人口を有する中国は、わが国をはじめ各国の企業にとって有望な市場となる。中国経済は急成長を続けており、2002年の名目GDPは約10兆2000億元と、10年前(1992年)の約3.8倍、20年前(1982年)の約19.3倍に拡大し、わが国における名目GDPの約30%を占めるに至っている。こうした中で、財務省「貿易統計」によれば、2002年におけるわが国の中国向け輸出総額は約4兆9,800億円(前年比32.8%増)に達し、10年前(1992年)と比較して5倍超の規模となった。「7%前後の経済成長を目指し、2020年のGDPを4倍にする」とした第10期全国人民代表大会における政府活動報告のように、今後も中国の高成長が続けば、世界各国からの中国向け輸出は引き続き高い伸びが続くと予想される。
東アジア諸国における経済成長の恩恵を享受する上では、地域内における連携強化が大きな鍵となる。現在、東アジアにおいては、事実上の経済統合が進みつつあるが、欧米との競合関係を踏まえて、地域内の経済関係をさらに深化させるための制度的枠組みの構築が課題となる。こうした中、わが国の強いイニシアティブの下で「東アジア自由経済圏」構想の実現に向けた取り組みが行われ、ビジネス上の障壁の撤廃やインフラの整備が進めば、人口約21億人、GDP約7兆ドルの巨大かつ成長力の高い単一市場が実現される。
日本経団連ビジョン 第3章を参照

(2)厳しさを増す環境制約
地球温暖化の抑制などに対する全世界的な取り組みが進む中で、わが国においても、環境問題に対する国民意識が高まっている。
環境負荷軽減に向けた国際的な合意形成としては、これまで、特定フロンの生産・消費などを規制するモントリオール議定書(1987年、以降5回改正)や、温室効果ガス排出量の削減目標を設定する京都議定書(1997年)などが採択され、これに基づいて、わが国においてもオゾン層保護法(1988年)や地球温暖化対策推進大綱(1998年)などが制定されている。
また、経済界・企業における自主的な取り組みとしては、日本経団連による環境自主行動計画の策定(1997年)と毎年のフォローアップ、環境自主行動計画第三者評価委員会の設置(2002年)などが行われるとともに、個別企業においても、環境マネジメントシステムの国際規格であるISO14001認証(1996年より発行)の取得や、グリーン購入法(2001年施行)に基づいた環境負荷の低減に資する物品の購入、環境関連の情報開示を目的とする環境報告書の作成などの動きが広がっている。
こうした環境効率性の改善に向けた取り組みは、エネルギー多消費産業をはじめとする製造業の多くの業種にとって、生産コストの押し上げや立地面の制約につながり、ひいてはわが国の経済成長を抑制する要因にもなりかねない。特に、アジア太平洋地域において、わが国のみが厳しい環境規制を受ければ、国際競争力が著しく減殺される惧れがある。
他方で、環境問題への対応から生まれた技術やノウハウ、製品が、エコビジネスとしての成長性を有するのみならず、それが世界標準となる可能性もある。また、環境問題への取り組みに伴う新たな需要の創出や、雇用の拡大も期待される。旧環境庁「エコビジネス市場規模の将来予測」(2000年)では、エコビジネスの市場規模(1997年時点で24兆7,000億円)は、年平均3.7%ずつ拡大し、2010年時点の市場規模は40兆1,000億円、雇用者数も86万7,000人に達すると予測されている。
日本経団連ビジョン 第1章 4.を参照

(3)財政構造改革の必要性
わが国の財政は、バブル崩壊後における累次の経済対策や、長引く経済低迷に伴う税収減などによって著しく悪化し、2003年度における国・地方政府債務残高対GDP比は137.6%と、1991年度(58.5%)の約2.4倍に上昇する見込みである。
こうした状況を受け、経済財政諮問会議「改革と展望−2002年度改定」では、2010年代初頭までにプライマリーバランス(歳入における公債金収入、歳出における公債元利払い費を除いた基礎的収支)の黒字化を図るとしている。
そのためには、国・地方を通じた歳出構造改革が不可欠であり、まず、歳出内容の効率化・合理化が求められる。特に、改革が遅れている地方財政については、財政的自律性を高めるとともに、地方自治体間の競争を進めることによって、自主的な財政規律強化の仕組みを導入することが重要である。これらと併せて、より具体的な数値目標を掲げて歳出規模の計画的削減を進めることが必要となる。
したがって、今後は、「改革と展望」において「景気対策のための大幅な追加が行われていた以前の水準を目安に、重点化・効率化を図る」とされた公共事業関連をはじめ、政府の財政支出に依存した業種では、大きな成長を見込みにくい。
他方、政府支出の効率化を図る観点から、官公需法などによる受注配分の抜本的見直しは必須となる。また、政府が行っている業務のアウトソーシング、PFIの活用、さらには電子政府の実現などが進展する見通しであり、わが国産業にとって、これらが新たなビジネスチャンスとなる可能性がある。
日本経団連ビジョン 第1章 1.を参照

III.産業力強化の原動力と基本的方向

1.民間主導による産業力強化

言うまでもなく、産業力強化の主体は民間である。積極的な起業や、企業の自発的な「選択と集中」(不採算部門の縮小・撤退と優良部門への経営資源の集中投入)、合併を含めた戦略的連携など、企業による主体的な取り組みが、ミクロ面での収益力回復に向けた鍵であるとともに、マクロ的な産業構造高度化の原動力となる。
このような民間主導による産業力強化のダイナミズムは、経済主体の多様性によって支えられる。近年は、モジュール化、ハード重視から技術・知識重視の流れ、サービス経済化などによって、経済活動の様々な領域で参入コストが低下している。他方、インターネットの普及などにより、取引コストも大幅に減少する方向にある。こうしたことを背景に、経済活動の担い手も、必ずしも企業だけでなく、個人や様々なパートナーシップ、NPOなどに多様化する見通しである。これに伴い、組織法制・税制、社会保障制度などの制度基盤も、多様な経済主体に対応できるものへと変えていくことが求められる。
日本経団連ビジョン 第1章 1.および 第2章 1.を参照

2.産業力強化の基本方向

(1)最先端技術の開発と産業化
アジア諸国、とりわけ飛躍的な発展を続ける中国企業の製造能力は、伝統的な労働集約産業にとどまらず、知識・技術集約産業においても向上している。内閣府「新世紀における中国と国際経済に関する研究会」報告書(2003年1月)の分析によれば、わが国と中国の競争力を比較すると、乗用車や精密機械、化学製品などについては、現在でもわが国が優位性を維持しているものの、これまでわが国が優位にあったオートバイ、白物家電などでは、既に中国が優位性を持つようになっている。また中国は、第10次5ヵ年計画(2001年〜2005年)においても「科教興国」を掲げ、科学技術と教育の連携強化や、研究開発投資の対GDP比向上(2005年に1.5%とすることが目標)など、戦略的な技術革新に向けた戦略を打ち出している。さらに、火炬(トーチ)計画に基づき、全土に53ヵ所の高度技術産業開発区を設置し、外資も積極的に受け入れるなど、各種の政策手段によって高度技術産業を育成している。こうした中で、分野によってはわが国の技術力を凌駕するものも現れるなど、わが国と中国の技術格差は縮小しつつある。
アジアにおける新たな国際分業構造の形成が進む中にあって、わが国が主導的役割を果たすためには、各国間の技術開発先行競争において、海外からのキャッチアップの動きに常に一歩先んじるとともに、その事業化を迅速に進める必要がある。産業競争力戦略会議中間取りまとめ「産業競争力強化のための6つの戦略」(2002年5月)に示された「我が国産業の技術優位状況例」によれば、他国に追いつかれた、あるいは追いつかれつつある技術も少なくないが、引き続き国際市場で競争力を有しうる技術も多く存在する。また、今後の技術展望としては、旧科学技術庁「第7回技術予測調査」(2001年7月)が実施されている。同調査によれば、今後実現が期待される技術的課題のうち、資源・エネルギー、交通、海洋・地球、製造設備、都市・建築・土木などの分野では、わが国の技術的優位性が高いとされている。
こうしたわが国の優位性を維持・強化していくためには、世界的な研究開発拠点(COE(Center of Excellence))を日本国内において形成・発展させ、これを中核として新たな技術創出を推進し、成果としての技術・製品を事業化することが求められる。
日本経団連ビジョン 第1章 3.を参照

(2)新しいサービス業の出現・拡大
近年、わが国においてもサービス業の伸長が著しい。内閣府「SNA産業連関表」によれば、2000年におけるサービス業の産出額は約235兆円にのぼり、全産業における産出額の約24.0%を占めた。今後も、サービス業のさらなる発展が期待されているが、この背景には、

  1. 高齢化の進展に伴う介護・医療・衛生サービスなどへの需要増
  2. 国民の価値観の多様化に伴う娯楽・スポーツ関連サービスなどへの需要増
  3. 女性の社会進出に伴う家事関連サービスへの需要増
  4. 経済社会の国際化に伴う観光、国際法務、金融関連サービスなどへの需要増
  5. 官製市場の開放を受けた社会保険・社会福祉、教育分野などへの民間参入
  6. 製造業などのコスト削減努力に伴うアウトソーシング(人材派遣、情報サービスなど)の拡大

など、経済社会の情勢変化に伴う新たなサービス需要の発生・拡大や、企業の市場参入がある。一方、ITや金融工学など関連技術の発展に伴って、新たなサービス供給が拡大する事例も多い。
サービス業のさらなる発展は、雇用創出の観点からも強く望まれる。総務省「労働力調査」によれば、サービス業における就業者数は2002年に約2,183万人、就業者数全体の約32.9%に達しているが、米国におけるサービス業就業者数の伸びをみても、わが国サービス業における雇用創出の余地は、なお大きいものと考えられる。特に、対個人サービスの分野では、医療、介護、パラメディカル、社会人能力開発を含めた教育、スポーツ・娯楽、美容、警備保障、パラリーガルなどの伸びが期待される。また、対事業所サービスでは、人材派遣・紹介、就業支援、ならびに総務・福利厚生・人事・財務・法務・営業・情報処理などにおけるアウトソーシングの拡大が見込まれる。

(3)既存産業の効率化・高付加価値化
新規分野などに成長業種がある一方で、多くの既存産業においては、経営の効率性が低下している。直近3年間平均の有形固定資産回転率(年間売上高÷有形固定資産。法人企業統計年報ベース)は全産業平均で約3.0回と、過去20年間平均の約4.2回に比べて大幅に低下している。また、各企業による経営効率化ならびにコスト削減努力にもかかわらず、業種別の損益分岐点対売上高比率は高水準にとどまっており、特に製造業における大半の業種では、過去3年間平均の損益分岐点対売上高比率が過去20年間平均を上回っている。
以上の状況を踏まえれば、各企業における「選択と集中」のさらなる徹底による経営改革が必要である。これに加えて、今般の改正産業活力再生特別措置法で新たに導入された、過剰供給構造の是正を可能とする共同事業再編計画制度を活用した、個別企業の枠組みを超えた事業再構築の進展が期待される。同制度によって、これまで規模の経済性が期待されるにもかかわらず、過当競争のために収益が上がらなかった業種などにおいて、事業統合の推進が見込まれる。
これらを通じて、企業の経営体質が改善されるとともに、新たな技術革新など前向きな取り組みが進むと期待されている。他方、成熟業種においては、自社のブランド力を確立し、他との差別化を徹底することを通じて収益力を高めていくことも選択肢の一つとなる。
日本経団連ビジョン 第2章 1.を参照

IV.産業力強化に向けた7つの施策

産業力強化の主体は民間であるが、市場などで自主的に解決されない問題については、政府部門の役割が求められる。具体的には、

  1. 国際的な競争条件のイコールフッティング(税制、競争政策・企業組織法制、規制改革など)
  2. 民間が取り組みにくい、外部経済効果が期待される施策・事業の実施(科学技術振興、ベンチャー企業育成など)
  3. 産業構造変化の円滑化、摩擦の縮減(証券市場の整備、雇用にかかるセーフティネットの再構築など)

などについて、政府による環境整備が特に期待される。

1.法人税率等の引き下げ

(1)法人実効税率の軽減
経済のグローバル化が進展し、企業が国境を超えて活動する中では、各国における税制の違いが、企業の立地選択に影響を及ぼす。このため、世界的な法人所得課税軽減の流れ(タックス・コンペティション)が生じ、1990年代以降、先進諸国における法人実効税率は低下傾向にある。また、わが国企業の有力な競争相手となっているアジア諸国も、外資系企業誘致を目的とした創業時の法人税軽減を含め、法人所得課税を軽減する動きにある。わが国でも、90年代以降の基本税率の引き下げなどによって、法人実効税率は39.54%となっているが、依然、世界最高水準にある。
法人所得に対する重課は、対日直接投資のインセンティブの低下に加え、高収益業種における資本蓄積・投資拡大の遅滞に伴う、産業構造の高度化の減速という問題がある。政策減税によって法人所得課税を軽減する方向にあるが、法人実効税率は、その比較容易性から、企業が投資決定にあたって国際的に最も重視される要素の一つであり、大胆な税率引き下げが必要である。
日本経団連ビジョン 第1章 1.および3.を参照

(2)減価償却制度の抜本的見直し
各国における企業の法人税負担の違いは、税率の水準とともに、課税所得の計算方法によるものであり、とりわけ製造業においては減価償却方法の差異が大きな違いとなって現れる。
税務上の減価償却制度の優劣は、機械・設備等のヴィンテージの違いとなって、製造業を中心とする企業の国際競争力に直結する課題であり、減価償却制度の抜本的な見直しが必要である。
具体的には、まず税制と企業会計制度の両面からの足枷となっている減価償却費計上の損金経理要件を撤廃(会計上の償却と分離)した上で、機械・設備について、現在、取得価額の10%とされている残存価額を2〜3%程度に、現在、5%とされている償却可能限度額を備忘価額に改めることが、経済実態との整合性からも不可欠である。さらに、法定耐用年数の簡素化・短縮を図るか、あるいは、加速度償却制度を一般的な制度として導入すべきである。

(3)欠損金の扱い
ゴーイング・コンサーンとしての企業への課税においては、事業年度が事業成果を算定するために人為的に設けられた期間であることから、期間損益を事業年度にまたがって通算することが合理的である。こうした観点から、欠損金の繰越し・繰戻しは、国際的にみて普遍的に認められた制度であり、例えば、米国においては、20年間の繰越控除、2年間の繰戻還付が認められ、また、イギリスにおいても、無制限の繰越控除、1年間の繰戻還付が認められている。しかし、わが国における現行の欠損金の扱いは、繰越控除については5年間にとどまっており、また、繰戻還付についても本法において1年間に限られている上、現在は租税特別措置法において凍結されている。
わが国においても、法人税の一般的な制度として、繰越控除期間の大幅延長、繰戻還付の凍結解除ならびに期間延長を認めるべきである。

(4)組織改革の円滑化
企業が競争力を強化するためには、新たな組織形態を採用したり、不断に組織形態の見直しを行うことが求められる。
組織再編税制、連結納税制度の導入は、分社化、現物出資といった組織再編や連結経営を実施する上での税制上の障害を低める効果を持っている。しかし、2002年度に導入された連結付加税は、連結納税制度採用の大きな障害となっており、付加税の2003年度限りでの確実な撤廃が必要である。

(5)社会保障負担の軽減
税負担と同時に、少子・高齢化の進行に伴って、年金・医療など社会保障負担の増大も問題となる。本提言では、社会保障制度改革についての詳論は避けるが、企業の国際競争力を損なわないよう、社会保険料率の過度な上昇は避けなければならない。社会保障給付の適正化の徹底を前提として、基礎年金や高齢者医療などについては、消費税を主たる財源として公費負担を大幅に引き上げることが必要となる。
日本経団連ビジョン 第1章 1.を参照

2.民事法制、競争政策の見直し

国際的な競争条件のイコールフッティングを図るためには、法制面においても、民事法制や競争政策を見直すことが必要となる。以下では、喫緊の課題である3点を挙げる。

(1)「日本型LLC」の創設
高成長・新規分野における起業や、共同事業再編をはじめとする企業の戦略的連携、投資ファンドへのリスクマネーの集約と投資拡大などを促すためには、リスク分散を可能とするとともに二重課税を排除する、新しい企業組織制度の創設が必要となる。
米国では、州法によってLLC(Limited Liability Company)などの有限責任組織が認められている。この制度は、ベンチャーやジョイントベンチャーなどで広く活用され、対内直接投資促進にも効果を発揮している。
わが国でも、中小企業等投資事業有限責任組合があり、改正産業活力再生特別措置法では、その投資対象が計画認定企業や不採算企業に拡充されたが、より一般的な事業組織法制が求められる。米国のLLCなどにならい、(1)法人格、(2)出資者の有限責任性、(3)税制上の導管性、(4)組織の柔軟性を備えた「日本型LLC」を創設すべきである。

(2)競争政策の見直し
企業経営において、合併、営業譲渡、共同出資会社設立を含めた、戦略的連携の重要性が増大している。しかし、わが国における独占禁止法の企業結合規制は、欧米などに比較して、審査基準が不明確なことにより予見可能性が低いという問題がある。公正取引委員会では、産業活力再生特別措置法の対象案件についての運用指針(迅速審査類型の明示と待機期間の短縮など)を策定し、さらに、一般の案件についても迅速な審査が可能な類型を明確化する方針である。これは一定の前進であるが、さらに、経済のグローバル化や技術革新の動向などを踏まえて、(1)経済実態に合った市場の画定、(2)シェア算出にあたっての潜在的競争者、輸入圧力、代替品など隣接市場からの競争圧力の十分な考慮、(3)効率性の改善、破綻企業救済の要素のより明確な考慮など、審査基準を抜本的に見直すことが求められる。
競争政策については、措置体系などの是正も課題となる。わが国の制裁措置は、刑罰と課徴金の併科に加えて、不当利得の奪取については課徴金と民事救済が並存する変則的な制度である。また、調査手続の合憲性にも疑問がある。少なくとも、(1)課徴金については不当利得の奪取を基本に、民事救済なども考慮して過重な制裁を緩和する、(2)令状主義の導入など、調査手続をデュープロセスの観点から是正する、などの法改正が必要である。

(3)担保・執行法制の見直し
2003年の通常国会において、政府は、不良債権処理を円滑化するため、民事執行法制の強化や、担保物権の規定の合理化を柱とする担保・執行法制の見直しを行う。
ただし、改正法制においても、不動産と動産、または動産と知的財産権などについて、一体としての担保権設定または換価処分が認容されていない。例えば、これから増大するインテリジェントビルにおける建物や、IT関連設備、その設備を運用するためのソフトウェアなどのように、相互の利用上、一体として扱うことが適切な場合には、当事者の意思によりこれを可能とするような、より柔軟な担保・執行制度の整備が求められる。

3.規制改革

規制改革は、総合規制改革会議、経済財政諮問会議などの積極的な取り組みによって、着実に進展している。特に、総合規制改革会議の提言によって新たに導入された構造改革特区制度は、膠着状態にあるいくつかの案件の突破口となることが期待される。
規制改革は、産業力強化の重要な柱となる。市場メカニズムの徹底や、既得権の見直し、時代に合わなくなった制度の改廃にとどまらず、技術進歩や社会変化に対応した、規制の再設計や代替手段への置き換えが必要となる。これを進める上で、個々の事業者・事業者団体からの要望に対応した、これまでの「個別の規制改革」は引き続き有効であるが、さらなる改革手法も必要である。産業力強化という戦略目標を明確にした上で、税制、予算措置など関連制度の改革を含めた体系的・包括的な改革を進めることが望まれる。

(1)サービス業の規制改革
規制改革は、あらゆる分野において推し進められるべきであるが、特にサービス業に係る規制改革は、産業力強化の観点から特に重視すべき点である。サービス業は、アウトプットの無形性や不可視性のため、各種業法・資格制度などによって、参入・価格規制などの事前規制や厳しい監督行政の下に置かれることが多いため、民間企業による自由な経済活動が十分に展開されず、発展が阻害されている。情報開示の徹底や、サービスの質などに関する自主的なルール策定と監視体制、ならびに事後的な紛争処理体制の整備やセーフティネットの充実などを前提として、業法・資格制度などを、聖域を設けることなく抜本的に改革することが必要である。
また、これから成長が期待される医療・福祉・教育のサービス分野は、公的関与が強く、株式会社の参入が原則禁止されているいわゆる「官製市場」である。構造改革特区制度の中で、部分的に株式会社の参入が認められる方向にあるものの、「官製市場」における民間開放の進捗は遅い。「官製市場」の全面的な民間開放を、計画的に強力に推進することが必要である。その際、新規参入の株式会社が、予算措置を含む公的助成などの競争条件において、既存の経営主体と完全にイコールフッティングとなることが、実効ある市場開放の条件となる。

(2)規制改革の推進体制
こうした規制改革を、分野横断的・省庁横断的に推進していく上では、総合規制改革会議と経済財政諮問会議の連携強化が必要であり、2002年第37回経済財政諮問会議における民間議員提案「新たなイニシアティブ」(総合規制改革会議によるアクションプランの策定、総合規制改革会議と経済財政諮問会議との連携によるフォローアップなど)の具体化が課題となる。
また、総合規制改革会議の設置期限である2004年3月末以降における、規制改革の推進体制の整備も必要である。業法・資格制度の改革など戦略目標を明示した規制改革に係る基本計画を策定するとともに、総合規制改革会議の後継機関として、より強力な機関を、引き続き民間人主体の組織として設置すべきである。

4.産業技術力の強化

産業力強化を図る上では、わが国が得意とする、生産技術面のプロセス・イノベーション能力を維持・向上させつつ、米国のベストプラクティスにならって、革新的な技術を核とした、製品開発面におけるプロダクト・イノベーションの連続的な実現を可能とする、イノベーションシステムの構築が求められる。

(1)研究開発に投入する資源の増額
わが国の研究費は約16.3兆円と米国の6割弱にとどまっており、政府負担割合も2割強と先進国中で最低の水準にある。しかも、研究費の大宗を占める民間研究費も、長引く経済低迷の影響で、伸びが鈍化している。
2003年度税制改正においては、研究開発税制の大幅拡充(国税・地方税合計で約7,000億円)が実現し、これが民間の研究費増加に資することが期待される。また、国の2003年度予算では、一般歳出の伸びが0.1%にとどまる中で、科学技術振興費は3.9%増加しており、科学技術関係予算の拡充が評価される。こうした研究費増嵩の取り組みを一過性のものとすることなく、拡充強化していくことが課題となる。
財政制約が厳しい中で、特に予算については、(1)経済の活性化に資する、あるいは次代の産業基盤の構築に役立つ研究開発プロジェクト、(2)将来の産業のシーズとなるような独創的な基礎研究、などに重点投入する必要がある。2003年度予算編成では、科学技術担当大臣及び総合科学技術会議有識者議員による「優先順位付け(S、A、B、C)」を踏まえた重点化が行われたが、引き続き重点4分野を中心に、戦略的な資源投入を行うことが望まれる。

(2)産業技術人材の育成促進
非公務員型による国立大学の法人化、競争的資金の拡充、国立大学教授の兼業規制の緩和など、産学官連携のための各種制度の整備は飛躍的に進捗している。こうした制度を有効に機能させるには、イノベーションの担い手となる産業技術人材の育成に、さらに注力することが必要となる。
大学については、学部教育の充実を図るとともに、特に工学系大学院におけるより実践的な教育体制の構築、産業の実態に即した学科の設置などを強化すべきである。また、米国に倣って、社会人などを対象としたMOT(Management of Technology)コースを普及させることも必要である。
教育の成果は、卒業の可否で保証されることが原則であるが、教育プログラムの国際的な同質性確保や品質向上のためには、認定制度の充実や、国際的な評価・認定制度との連携も求められる。
同時に、大学自体の国際競争力を強化することが重要な課題となる。今般の国立大学改革は極めて重要な契機であり、人事・業績評価や組織運営に民間的な経営手法を大胆に導入することや、学長権限を強化することなどによって、競争原理を通じて大学機能の強化が図られることが期待される。政府としても、大学間の公正な競争環境を整備する観点から、2004年度から導入される第三者評価制度に基づく、公正な評価、結果の開示を着実に実施すべきである。
日本経団連ビジョン 第1章 3.を参照

(3)知的財産戦略の展開
米国は80年代に、研究分野における独禁法の規制緩和や、特許関係の紛争を扱う連邦巡回控訴裁判所の設立などプロパテント政策を採用し、これが90年代のIT産業、ライフサイエンス産業の興隆につながった。
わが国においても、従来は、開発的な発明を多数生み出し、それを元に特許網を形成することを得意として、競争力を確保してきたが、今後はこうした開発的な発明の強みに、独創性の高い発明を加えることによって、わが国独自の知的財産戦略を展開していく必要がある。また、中国などの知的財産権侵害品による市場の蚕食や、アジア地域への「意図せざる技術移転」への対応も重要となる。
わが国が知的財産戦略を進めていく上で必要な施策は、既に知的財産戦略大綱(2002年)において明確化されている。また、知的財産基本法により、待望されていた知的財産戦略本部が2003年3月に発足しており、同本部は7月に知的財産推進計画を決定する予定である。同本部のリーダーシップの下に、府省横断的に迅速な施策展開が実施されることを強く期待する。
日本経団連ビジョン 第1章 3.を参照

5.開業・創業の促進

ハイリスク・ハイリターンを狙う中小・ベンチャー企業が多数誕生し、成長することは、経済成長の原動力であり、同時に雇用の受け皿としても期待できる。しかし、90年代以降のわが国では、廃業率が開業率を上回る逆転現象が生じている。開業率の水準も、米国の約4分の1程度にとどまっている。国際的な評価を見ても、国際経営開発研究所(IMD)の2002年世界競争力ランキングでは、調査対象49カ国中、わが国は「起業家精神度」で最下位、「会社設立頻度」で48位と低迷している。
開業・創業に係る環境整備は、中小企業等投資事業有限組合法をはじめとする海外制度の導入、税制・政府調達面でのインセンティブ措置の拡充など、近年大きく進展した。しかし、欧米と比較した場合、未だ残された課題は多い。
具体的には、

  1. 「日本版LLC」の創設(法人格、出資者の有限責任性、税制上の導管性、組織の柔軟性を備えた、新しい企業組織制度の導入。17頁参照)、中小企業等投資事業有限責任組合の拡充
  2. 欠損金の繰越期間の延長(創業後5年間に生じた欠損金に関し、無期限の繰越控除を認容)
  3. 創業支援税制の拡充
    1. 創業後一定期間内の企業に対する出資に関して、出資額の一定割合の税額控除を導入
    2. 現行のエンジェル税制を拡充し、(i)上場前株式の譲渡損失と他の所得との通算(現行は他の株式譲渡益とのみ通算可能)、(ii)繰越控除期間を5年に延長(現行は3年)、(iii)対象企業の範囲拡大
  4. 政府調達の改善(実績主義、規模要件の廃止など)
  5. 中小企業技術革新制度(日本版SBIR(Small Business Innovation Research))の大幅拡充

の各施策が求められる。
こうした制度環境の整備が実効を挙げるためには、地域経済社会がいわば巨大なインキュベーター(起業家の孵卵器)の役割を果たすような環境、すなわち「クラスター」の形成が必要である。クラスター内では、経済圏内の産学官が参加する横のネットワークが網の目状に発達しており、そのネットワークを利用することで、起業家は、自身の技術・アイデアを外部に売り込んだり、自身が持たない経営資源(資金、人材、専門知識など)を調達することが可能となる。こうしたクラスターは、欧米では、シリコンバレーのみならず各地で形成されているが、わが国では、大学等公的研究機関を核として研究開発能力の集結を目指す「知的クラスター創生事業」、産学官の広域的なネットワークの形成、インキュベーション活動の強化、地域技術開発の強化を柱とする「産業クラスター計画」が開始されたばかりである。国立大学の独立行政法人化を好機と捉え、今後、大学をプラットフォームとして活用した産学官の連携や起業家支援、起業家や高度専門人材の育成強化、大学と密に連携するインキュベーターやテクノロジーパークの整備などにより、クラスター形成を加速することが必要となる。
日本経団連ビジョン 第1章 3.を参照

6.証券市場の充実・拡充

産業構造の変化などを背景に、産業分野での不確実性が高まっている。こうした中で、融資を中心とする金融機関による資金仲介のみでは、金融機関に過度にリスクが集中する惧れがある。成長性の高い分野への資金供給を円滑に行っていくには、証券市場に代表される、市場を通ずる資金仲介をより一層活用し、幅広い市場参加者の選択によってリスクを分散させることが必要である。市場の活用は、貸出債権の証券化などを通じて、金融機関の適正なリスク・リターンの形成にも寄与すると考えられる。
しかし、わが国証券市場は、実体経済の低迷に加えて、市場の透明性・公正性に対する不信感や、税制などに起因する国民のリスク選好の低さから、活力に乏しく、個人金融資産の株式などへの運用割合はむしろ低下している。したがって、事業会社による思い切った活動の展開を支えるためのリスクマネーを円滑に供給しうる、真に厚みのある証券市場の形成が急務となる。
そのためには、

  1. 株券を含め有価証券の全面的な無券面化を視野に入れた、証券決済制度の一層の拡充
  2. 公認会計士数の増加などによるインフラの強化と、理念先行ではない経済実態に即した会計基準の整備による財務諸表などの信頼性向上
  3. インターネットの活用も可能となるような、ディスクロージャー制度の簡素化・合理化
  4. 市場行政と業者行政の分離をはじめ、事後監視社会に相応しい検査・監視・監督体制の確立
  5. 定款授権による自己株式取得の容認、不公正取引規制の明確化
  6. 資本から得られる金融所得を一括して認識し、金融商品間の損益通算や損失の繰越を可能とした上で、勤労所得とは別途に低率で課税する仕組み(二元的所得税)の導入

などの施策が必要である。

7.人材育成、労働市場の機能強化

2010年までの間、労働市場については需給両面で構造変化が進行することが見込まれる。需要面では、製造業、建設業などにおける労働需要が減少する一方で、サービス業における労働需要が増加する見通しである。特にサービス業では、人的資本こそが最も重要であるため、高度専門人材へのニーズが高まると考えられる。
他方、供給面では、(1)「団塊の世代」が2010年までに60歳台に達するなど高齢者の増加、(2)若年者の減少と、新卒者の無業者比率及び若年層の非正規労働者比率の上昇、(3)女性の就業比率の上昇、などの進行が予見される。
こうした構造変化を適切に踏まえるとともに、わが国の貴重な資源である人材を「経済価値を生み出す源泉」として捉えて、人材を社会全体として最適に配置し、有効に活用することが重要となる。

(1)労働市場の需給調整機能の抜本強化
第一に、民間活力の積極的な活用による就業仲介機能の強化や、公共職業紹介の市場補完的な機能への特化などを通じて、労働市場の需給調整機能を抜本的に強化する必要がある。特に今後は、事業再編・再構築に伴って、サービス業をはじめ異業種への転職を迫られるホワイトカラーの増大が見込まれるが、現在の公共職業紹介は基本的にブルーカラーを前提としており、十分な機能を期待しがたい。そのため、民間の再就職支援サービス業などを活用して、成功報酬的スキームの導入により競争促進とサービスの質の向上を図りながら、ホワイトカラーの転職を円滑化することが急務となる。
日本経団連ビジョン 第1章 1.を参照

(2)人材育成システムの強化
第二に、先述の産業技術人材の育成を含め、人材育成システムの強化を図ることが必要である。高い能力・スキルを有する高度専門人材へのニーズが高まっているにもかかわらず、雇用の流動化が進むにつれて、企業・個人の人的投資はむしろ減少する惧れも指摘されている。
企業・個人の人的投資を拡大するためには、職業別のキャリアマップと、これに基づく標準的な人材育成プログラムを策定することが必要となる。特に、経営や事業再生、ベンチャーなど、わが国の競争力強化、経済活性化の核となる高度専門人材の育成のため、スキル標準の策定やカリキュラム・教材開発などのインフラ整備に集中的に取り組むべきである。また、このプログラムを実践する場として、大学の独立行政法人化と第三者評価体制の整備、専門職大学院の設置促進などを通じた高等教育機関の充実を図るとともに、専門学校の設置基準に係る規制改革の推進、プロフェッショナルスクールやコーポレートユニバーシティなど、高度の職業教育を行う機関を整備していくことが求められる。
他方、公的職業能力開発は、民間市場を補完する機能として、未熟練労働者、長期失業者などを主な対象とした基礎的・実務的訓練や、中小企業向けオーダーメード訓練などに重点化することが適当である。
日本経団連ビジョン 第1章 1.を参照

(3)若年無業者・失業者の就業支援
第三に、若年無業者・失業者の就業支援が重要である。小学校段階からキャリア教育を充実させ、就業意欲の涵養、就業能力の開発を体系的に推進することが必要となる。また、自治体、学校、民間の人材派遣業者・人材紹介業者などが協同して各地にキャリアセンターを設立し、就業支援プログラムを民間に委託して提供することが望まれる。さらに、若年者と企業の出会いの場を拡大するため、インターンシップやトライアル雇用を抜本的に充実するとともに、派遣や紹介予定派遣(Temp to Hire)などを活用した就業を促進するため、職業安定法や労働者派遣業法などに係る規制改革を推進すべきである。

(4)セーフティネットの再構築
第四に、雇用保険を中核とするセーフティネットの再構築を推進することが必要となる。雇用保険は、失業時の最低保障として不可欠の制度であるが、反面、失業給付の存在が再就業抑制効果を持ち、失業の長期化を招く恐れがあることにも十分留意する必要がある。今般の保険給付の重点化・合理化は基本的に適切なものと評価されるが、引き続きモラルハザードを回避しつつ、早期の再就職を促進する方向で改革を行うべきである。
併せて、雇用保険料の増大が、雇用機会の拡大に悪影響を及ぼしていることに鑑み、給付の適正化、公費負担割合の引き上げを通じ、これを抑制することが求められる。同様の観点から、施策の実効性に疑問が呈されている雇用保険三事業については、助成実績を踏まえた施策評価を厳格に実施するとともに、雇用維持や雇い入れ助成、福利厚生関連助成金の大幅縮減、能力開発・再就職支援への重点化などにより抜本的に整理合理化し、その縮小・廃止に向けて取り組むべきである。
日本経団連ビジョン 第1章 1.を参照

終わりに

各企業をはじめ、民間経済主体が自ら収益力回復に向けた積極的な取り組みを行うとともに、政府が以上に掲げた施策を着実に実行することによって、マクロ・ミクロの両面を通じた産業力強化が進むことが期待される。政府・与党が本提言の趣旨を汲み取り、必要な環境整備に努められることを期待する。
以下では、官民による取り組みが結実した際の、わが国産業社会の具体的なイメージを描くために、一定の前提に基づいて、2010年時点における産業構造を予測した。本文と併せて、わが国産業社会の中期的な姿を展望する際の参考となることを期待したい。

以上

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