生物多様性の保全と持続可能な利用をめざして

〜生物多様性条約第10回締約国会議の成功にむけた提言〜

2010年6月15日
(社)日本経済団体連合会

生物多様性の保全と持続可能な利用をめざして
〜生物多様性条約第10回締約国会議の成功にむけた提言〜【骨子】

はじめに

日本経済団体連合会は、1991年に「経団連地球環境憲章」 #1 を制定して以来、環境と経済の両立にむけた活動を継続推進してきた。生物多様性に関しては、主として1992年に設立された経団連自然保護協議会と公益信託日本経団連自然保護基金を通じて取り組んでいる。自然保護基金については、企業・個人からの寄付をもとに、自然保護・生物多様性保全の具体的プロジェクトを実施する内外のNGOに対して、18年間で917件の支援を行ってきた。また、自然保護協議会では、2003年に「日本経団連自然保護宣言」 #2 をとりまとめ、生物多様性に配慮した自然保護活動を進めている。2009年3月には自然保護宣言を進化させた「日本経団連生物多様性宣言および行動指針」を策定して、民間事業者が生物多様性へ取り組むにあたっての基本理念や指針を明示したうえで、手引書や事例集を作成し、会員企業の自主的で積極的な取り組みを呼びかけている。

こうした中で、本年10月、愛知県名古屋市において開催される生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)においては、2010年以降の新しいグローバル目標の設定、ビジネスをふくむ民間部門の参画促進方策、途上国支援のための資金メカニズム、および遺伝資源の利用から生ずる利益の公正で衡平な配分(ABS) #3 など、経済界にとっても関心の高いテーマについて議論が行われる予定である。

生物多様性条約の目的である、生物多様性の保全と持続可能な利用、遺伝資源に関する利益の公平な分配について、わが国をふくむ参加各国の国益と調和のとれた形で実現していくことがCOP10の成功のカギであり、日本政府には、議長国としてのリーダーシップ発揮を期待したい。

1.生物多様性への企業の取り組みの推進

日本経団連では、2009年3月に発表した、「日本経団連生物多様性宣言」において、企業が生物多様性に取り組むにあたっての原則と指針を示した。企業としては、生物多様性宣言に基づいて、生物多様性の保全と持続可能な利用などに資する活動を引き続き推進していく。

(1) 多様で自主的な取り組みの推進

生物多様性保全は、自然そのものが対象であるが、自然や生態系に関する科学的知見、データ、事実の把握、共有がいまだ不十分である。また、ある行為による自然や生態系の反応(影響)という因果関係は必ずしも明確でなく、予期せぬ影響の発生も十分考えられる。自然や生態系の価値に関する合理的で客観的な評価指標の検討も道なかばである。

したがって、不確実性の高い生物多様性の問題に適切に対処するため、経済界は、生物多様性に関する手法として推奨されている順応的管理 #4 を優先し、多様な主体による自主的な取り組みとその検証(PDCAサイクル)を推進する。(宣言第3項参照)

(2) 生物多様性への具体的で実効性ある貢献

生物多様性の本質は地域固有性にある。また、各地の生態系は、そこで暮らす人々の生活と密接に結びついている。したがって、ほかの地域における取り組みによる代替や類推適用は合理的でないことが多く、生物多様性や生態系の評価に関するグローバルに共通な指標の設定も容易ではない。

かかる状況にかんがみれば、生物多様性への取り組みは、それぞれの現場における生物多様性や、そこに暮らす人々の生活に、具体的かつ実質的に貢献することをめざすべきである #5。企業としても、本業と関連する場合はもとより、本業と関係しない活動としても、現場の実態に応じた、実効性ある具体的な取り組みを積極的に進める。(宣言第3項参照)

(3) 自然と共生する経営と技術力による貢献

自然の恵みである天然の資源を賢く使い、次世代に引きついでいく英知(資源・エネルギーの効率的利用、循環利用)や、公害防止技術をふくむ革新的な技術開発と社会への適用は、長く環境問題に先進的に取り組んできた日本企業の得意とするところである。今後も、自然との共生をはかる経営や技術力の活用などにより生物多様性に貢献していく。(宣言第4、5項参照)

(4) 多様な主体との連携

生物多様性への取り組みは、さまざまな知識や経験を持つ専門家やNGO、地域で生活する住民や地方自治体との協力が有効である。そこで、企業は、多様な主体との連携をはかっていく。これは、科学的不確実性を補完することにもなる。(宣言第6項参照)

(5) 生物多様性をはぐくむ社会風土づくり

生物多様性は、社会全体に関わる問題であり、地域のあらゆる関係者が取り組んで初めて解決するので、生物多様性をはぐくむ社会風土づくりが大切である。そこで、企業としても従業員はもとより消費者を含めた社会全体の理解増進、意識向上にむけて、環境教育活動などを通じて協力していく。(宣言第7項参照)

(6) COP10における主な活動

日本経団連では、経団連自然保護協議会を中心に、日本経済界の生物多様性への積極的な取り組みをさらに推進し、国内外に情報発信することを目的として、COP10期間中に、さまざまな取り組みを行う予定である。

2.COP10議長国としての政府への期待

日本政府に対し、COP10における交渉、およびその後の国内施策などにおいて、以下の点に留意して対処することを期待する。

とりわけ、生物多様性条約の目的(生物多様性の保全、持続可能な利用、遺伝資源に関する利益の公平な分配)を実現するためには、科学的知見に基づいて、生物多様性を保全しようとする倫理観と人々の生活安定の基礎である経済との調和をはかることが欠かせない。昨年10月の環境省主催の「神戸生物多様性国際対話」における議長総括 #6 に盛り込まれた、「倫理、科学、経済」のバランスが重要 #7、という基本認識に立つべきである。

(1) 柔軟で現実的な目標設定

生物多様性条約事務局より先ごろ発表された「地球規模生物多様性概況第3版(GBO-3)」では、生物多様性の損失は続いており、COP6(2002年)において設定されたグローバル目標(「2010年目標:2010年までに生物多様性の損失速度を顕著に減少させる」)は達成できなかったと指摘されている。

COP10では、2010年目標に続く、新たなグローバル目標(ポスト2010年目標)が議論される予定である。目標設定にあたっては、硬直的・限定的ではなく、各地における個性的な自然や生態系の実態に合わせて多様な対応ができる柔軟な目標とすべきである。また、達成可能性のある現実的な目標とすることも重要である。

国内施策についても、地域ごとに異なる生物多様性の実態に応じた柔軟な対応ができる枠組みを維持したうえで、関係者と十分な意見交換を重ねて決定する必要がある。

(2) 科学的知見・データの整備の推進

自然や生態系に関する科学的知見、データ、事実の把握、共有は不十分である。また、複雑な自然や生態系の価値に関する合理的で客観的な評価指標についてのコンセンサスは得られていない。生物多様性問題への適切な対応のためには、何よりも、科学的知見やデータが欠かせない。日本政府が、生物多様性や生態系に関する知見や情報、データの整備・充実ならびに共有にむけて、国際的議論をリードすることを期待したい。

(3) 具体的プロジェクトの支援体制の構築

生物多様性が豊かな途上国における認識向上や人材育成が生物多様性の保全には重要な役割をはたす。そこで、日本政府が、NGOなどが世界各地で行う具体的な生物多様性保全活動をプロジェクトベースで支援するしくみや、わが国の経験や技術を活用した相談・助言機能の強化など、生物多様性の具体的な保全活動を推進するしくみの整備にむけて、国際的議論をリードすることを期待する。

ODAについては、より生物多様性に配慮したものとし、生物多様性と開発・生活向上が両立する事業の推進や人材育成などに活用する必要がある。

(4) 自主的な取り組みの尊重

生物多様性の保全のためには、政府機関のみならず、企業をはじめとした民間部門の取り組みも重要であるとの認識が高まっている。COP8(2006年)およびCOP9(2008年)では、民間・ビジネスの参画を促す決議 #8 が採択され、COP10においても、民間部門の参画の促進策が議論されることになっている。

科学的な知見やデータの把握・共有が不十分な中でも、生物多様性の保全にむけた企業の取り組みが促進されるよう、「基本理念」 #9(「順応的管理」の考え方をふくむ)を官民で共有したうえで、各企業の特性に応じた、多様で創造性あふれた取り組みが自発的に行われる条件を整備する必要がある #10。経済界は、個々の生態系の実態に適した取り組みを進めていく方針であり、規制的手段ではなく、科学的知見やデータの整備、技術開発インセンティブなどの支援策を期待する。

また、企業のみならず、社会全体での取り組みが進むよう、生物多様性について、一般消費者あるいは国民一人一人の意識向上をはかることも大切である。

なお、企業のパフォーマンスに関する「基準・規格(Standards/Criteria)」の策定に関する議論がある。これについては、第一に、企業のパフォーマンス基準は、業種業態、規模、活動地域などがさまざまな、世界中の多数の企業に対して客観的で公平なものでなければならないが、科学的データが少ないうえに因果関係が複雑な自然に対する活動についての基準づくりは相当な困難が予想される。第二に、基準を設けることで、多様で創意工夫にあふれた生物多様性への貢献活動や各地域の特性に合った取り組みを委縮させるおそれもある。第三に、基準に対する適合性の認証、あるいは、遵守確認のための費用が発生し、間接経費が増加する。同時に、生物多様性とそこに住む人々との関わり合いは、地域ごとに異なることにも留意しなければならない。したがって、基準づくりについては、生物多様性の保全にとって費用対効果の高い有効な施策とは考えられないので、慎重に対応する必要がある。当面、多くの企業が、さまざまな地域において、多様な経験と検証を積み重ねていくことが大事である。

(5) 経済的評価と金融的手法の問題点

  1. 経済的評価
    生物多様性への民間・ビジネスの参画促進策の一環として、生物多様性およびそれによってもたらされる「自然の恵み」を利用したり損失を与えたりする場合に、生物多様性への影響を経済的に評価し、相応の対価あるいは代償を求めるしくみの検討も進められている。企業活動と生態系や生物多様性との関係を評価・管理する手法としては有益であるが、評価の基礎となる指標、生態系に関する科学的知見、データは不十分で、いまだ試行錯誤の段階にすぎない。したがって、経済的評価に基づいて行われる施策や手法の議論の前提として、まず、評価の基礎となる指標、科学的知見、データの蓄積、さまざまな経験・試行錯誤と評価の検証や精度向上をはかるよう各国に働きかける必要がある。

  2. 生物多様性オフセット
    生物多様性や生態系サービス #11 に損失を与えた場合に金銭的支払いによるクレジットの購入などの手段の安易な選択を許すと生物多様性の破壊を容認しかねない。まず、生物多様性保全に直接寄与する活動を推進すべきである。また、生物多様性は脆弱であり、かつ、かけがえのないものであるため、金銭・クレジットでは代替できない場合が多い。代替が可能な場合でも、当該地域の生物多様性に依存していた人々の暮らしやコミュニティについての十分な配慮がなされなければならない。
    生物多様性オフセットを適切に生物多様性に貢献する方向で実施するには、その前提として、個々の生態系の実態や特徴を的確に反映した科学的な価値評価がなされなければならない。恣意的・主観的ではなく、客観的・合理的な定量化に必要な、指標、生態系に関するデータの整備や全ての公共事業関係者・企業が利用可能なしくみづくり、さらには、地域住民の生活との関係の分析などが欠かせない。生物多様性オフセットについては、まず、有効性検討に必要な前提条件の整備を、各国が協力し、行うべきである。
    生物多様性オフセットに関連して、地域全体としての生物多様性を劣化させない(ノー・ネット・ロス)、可能な場合には、全体としてプラスの影響(ネット・ポジティブ・インパクト)を与えるように努力すべきという議論もなされている。こうした考え方については、公共事業や農林水産業、企業活動が長期的にめざすべき方向性、あるいは、関係者の心構えとしては理解できる。しかしながら、導入の前提となる科学的知見や合理的な定量化手法の検討などが十分にはなされておらず、どの程度の厳密さをもってロス(劣化)を防止(ゼロ化)するか、に関しても社会的合意がない。現状において、ノー・ネット・ロスとネット・ポジティブ・インパクトの実施は、さまざまな公共事業や産業活動への過剰な制約となる可能性が高い。したがって、この概念の適用については、慎重に対応すべきである。

おわりに

生物多様性をはぐくむ社会づくりにむけた民間参画の推進方策として、日本経団連では、日本商工会議所および経済同友会と共同で、関係各省などの協力を得て、「生物多様性民間参画イニシアティブ」を立ち上げた。これは、実質的に「日本経団連生物多様性宣言」の趣旨に賛同し(原則の共有)、それに沿った活動を行う意思のある事業者の参加を幅広く募集し、取り組み企業の裾野を広げるとともに、各企業の取り組みを向上させて行こうというものである。正式にはCOP10において発足するが、すでに300社以上の参画が見込まれている。同時に、そうした事業者の自発的な活動を支援する経済団体、NGO、研究者、政府機関などが情報交換する、マルチステークホルダーの枠組みとなっている。また、海外の同様の取り組みを行っている組織やアジア各国との連携も視野に入れている。

日本経団連としては、このような枠組みを通じて、参加各企業の生物多様性への具体的かつ実効ある取り組みが、COP10以降も継続して、より一層推進され、生物多様性に配慮した社会の実現に一歩でも近づくよう、引き続き取り組んでいく所存である。

以上

  1. http://www.keidanren.or.jp/japanese/profile/pro002/p02001.html
  2. http://www.keidanren.or.jp/kncf/comm_manifesto.html
    http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2003/020.html
  3. ABS(Access and Benefit-Sharing)に関する日本経団連のスタンスについては、「生物多様性条約における「遺伝資源へのアクセスと利益配分」に対する基本的な考え方」(2010.3.16)参照。
    http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2010/023.html
  4. 英語ではadaptive management といい、自然や生態系については、複雑で変動すること、ならびに完全な知識と理解の欠如に由来する不確実性が存在することから、取り組みに当たっては、「試行錯誤」、調査とその検証を行い、フィードバックするという要素を含めなければならない、とされている。
  5. たとえば、ある地域に固有の種が生息している場合、代替は不可能である。また、ある地域の自然の恵みに依存して暮らす人々がいる場合は、保全を目的に過度に利用を制限することや、代替地において生物多様性のオフセットすることを前提にその地域の生物多様性を破壊することは、住民の暮らしや文化を破壊するものであり、許されない。
  6. http://www.env.go.jp/press/file_view.php?serial=14428&hou_id=11690
  7. たとえば、経済性があっても真の生物多様性の保全やそれを通じた地域住民の生活改善に貢献しない場合、環境に優しいと考える手法でも科学的には副作用が生じるおそれが高い場合、科学的に証明されている手法でも経済性がない、あるいは地域住民の利益を損なう場合などには採用しないということ。
  8. 決議VIII-17(private-sector engagement) 及び決議IX-26(promoting business engagement)
  9. :「日本経団連生物多様性宣言」
  10. 「おわりに」参照
  11. 生態系から得られる恵みのこと。食料、淡水、木材などの素材・製品の提供、景観などの非物質的恵みの提供、光合成、水循環などの自然循環、水土保全機能をはじめ、人類は、生態系より、多くの恵みを受けている。

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