[目次] [主要論点] [第I章] [第II章]

多角的自由貿易体制のさらなる促進を目指して

〜世界貿易機関(WTO)シンガポール閣僚会議に望む〜

II.シンガポール閣僚会議の議題に関する提言・将来の課題に関する考え方


  1. UR合意の実施
  2. UR合意は日本政府ならびに各国政府、関係者の多大な努力の末に成立したWTOの基盤である。7年以上におよぶUR交渉の途中、幾多の深刻な困難があったにも拘わらず合意に至ったことは、加盟各国による多角的自由貿易体制の発展への強い意思の顕われに他ならない。
    合意内容の実施は、国際法上の加盟国の義務である。各国が国内手続を進め、UR合意の内容を確実に実施することが、創設後2年という若い国際機関の信頼性を高めるために不可欠であるとともに、加盟国の総意である多角的貿易体制の発展のために極めて重要である。わが国経済界は、各国政府にUR合意の確実な実施を強く求めるとともに、シンガポール閣僚会議において閣僚レベルが合意実施の決意を声明文において謳い、その重要性を再確認することを求める。
    また、WTO発足以降、ブラジルの投資措置、インドネシアの自動車政策等、各国において現存する事業活動上の障害が速やかに改善されることを強く望んでいる。最終的にはWTO紛争解決機能によってこれらの措置とWTO協定の整合性を問うべきであるが、協定に違反すると思われる措置がとられていることを強く憂慮している。さらに、欧米によるダンピング防止措置の濫用、NAFTA・EUの原産地規則の適用等、WTOの精神に反する保護主義的措置に対しても懸念を持っている。かかる措置は、事業活動上の障害であり、多角的自由貿易体制に対するWTO加盟国のモメンタムを大きく損なうものであり、改善を求める。

  3. ビルト・イン・アジェンダ
  4. UR合意を受けて1995年1月に発効したWTO協定は、WTO設立協定およびその付属書である協定・了解等から成り、これらの中に、今後の交渉・見直し等の日程が組み込まれている(いわゆる「ビルト・イン・アジェンダ」)。ビルト・イン・アジェンダの実施は、WTOを中心とした多角的自由貿易体制の機能を向上する好機であり、各分野の交渉・検討に関する日程の遵守を加盟各国政府に求める。わが国経済界は、主要分野につき、実際上の事業活動を踏まえた上で以下のとおり考える。

    1. サービス分野
    2. サービス貿易の重要性が高まる中、わが国経済界は継続交渉ならびに1999年末までに開始が予定されている自由化コミットメント交渉に大きな期待を抱いている。

      1. 基本電気通信
        基本電気通信交渉はUR交渉終結時に設定された継続交渉期限である本年4月末に合意に至らず、交渉期限が1997年2月15日に再設定された。各国政府に対して、この期限に向けた合意への努力を求める。本交渉は、各国の基本電気通信分野の自由化の促進を目的とする。わが国通信市場における競争条件の整備や規制の透明性確保にも寄与するものであり、競争の促進につながることを望む。米国政府に対しては、相互主義から脱却してWTOの精神に則った対応を求める。

      2. 海運
        1999年末までに予定されているサービス交渉再開後の合意成立に期待する。当分野の合意成立について米国のコミットメントは不可欠であり、米国政府に対して国内各方面の理解と合意を得て、消極姿勢から脱する努力を求める。

      3. 金融
        1995年7月に成立した金融分野に関するいわゆる「暫定合意」(サービス貿易一般協定(GATS)第二議定書および付属する国別約束表及びMFN免除リスト)には、米国の参加を得られず、1997年末までに約束を見直すこととなった。これに向けて、シンガポール閣僚会議を契機とした協議開始を支持するとともに、米国を含む合意の成立を期待する。
        わが国経済界は、金融分野交渉の成果として合意参加国、とりわけ日本自らの規制緩和が促進されることを歓迎する。

    3. ダンピング防止/審査基準(スタンダード・オブ・レビュー)
    4. ダンピング防止協定には、公正な価格比較方法の導入、サンセット条項の新設等がなされるなど、全体として規律が強化され、透明性、予見性、公正さを確保する上で評価している。しかしながら、依然として恣意的運用の余地があり、保護主義的手段として用いられる懸念もある。各国政府には、協定の精神に沿った厳格な運用と国内法の整備を強く望むものである。
      同協定では、ダンピング防止関係の紛争解決にのみ適用される審査基準が新設された。これにより、各国の国内調査当局の判断に対する紛争解決小委員会(パネル)ならびに上級委員会の権限が制約された。例えば、協定の条文上2つ以上の解釈が存在する場合、国内調査当局の選んだ解釈が認められることとなる。WTO協定発効の3年後に審査基準に関する見直しがなされ、他の協定に関わる紛争解決への導入が議論されるが、健全な紛争解決機能の維持および加盟国によるダンピング防止措置の恣意的運用の防止のために、審査基準の他協定への適用に強く反対する。むしろ、本条項はダンピング防止協定においても廃止するべきである。
      わが国企業がこれまで、各国のダンピング防止措置の恣意的運用により損害を被ってきたことは極めて遺憾である。具体的には例えば、
      1. サンセット条項が盛り込まれた今回の協定の発効以前にダンピングが認定されたケースについては、未だにダンピング防止税が賦課されており、20年以上続いているケースもある、
      2. EU新加盟国へのわが国からの輸出品が、自動的に対EU輸出のダンピング防止税賦課の対象となった、
      といった多様な問題がある。また、ダンピング調査の内容は各国により大きく異なり、短期間で資料の提出に対応するための事務負担等は甚大である。これらの問題の解決に向け、将来的に各国のダンピング防止ルールの国際的な調整がなされることを望む。さらに、今回の協定に盛り込まれなかった迂回防止措置の乱用を防止するための規定が成立することを期待する。

    5. 紛争解決
    6. 紛争解決手続の実効性・迅速性が高まり、発展途上国を含めた各加盟国による活用が促進され、信頼性を得ていることを高く評価する。二国間通商交渉によってとかく政治化しがちであった諸問題に対し、WTOの場での冷静な解決の道が開かれたことは、多角的自由貿易体制の維持・発展にとって極めて有効である。
      わが国経済界は、1998年末までに行われる紛争解決の規則及び手続の見直しに向け、事案の増加に対応するために、
      1. 上級委員会・パネル・事務局の人員補充等による強化、
      2. 上級委員会・パネルの権限を制限する審査基準の撤廃等規定の見直し
      を望む。また、加盟各国がさらにWTO紛争解決機能を活用するために、発展途上国等を対象とした法的な技術の上での支援活動をさらに強化すべきである。

    7. 原産地規則の調和・原産地規則運用上の問題
    8. 1995年2月より国際関税理事会(CCC/ブラッセル)と連携して原産地規制の調和のための作業が行われている。1998年2月までに作業が完了する予定であり、その努力を評価する。現在、非特恵原産地規則(最恵国税率の決定、ダンピング防止税の賦課、数量制限の適用等)の調和作業が行なわれているが、わが国経済界としては、その後、特恵原産地規則(地域特恵、開発途上国のための一般特恵制度)の調和作業を速やかに開始することを強く求める。
      わが国企業はNAFTA、EUなどの地域経済統合における原産地規則の不透明性、恣意的運用等に直面している。産品によって、複数の規則が混在している場合も散見され、事業活動上の障害となっている。WTOならびにCCCの原産地規則の調和作業が原産地認定の透明性および客観性向上の側面から、かかる問題の解決に寄与することを期待する。

    9. 知的財産権
    10. わが国経済界は知的財産権の適切な保護を重視しており、WTO協定にTRIPSが盛り込まれたことを評価している。取引の安定性、正当性を確保し、多角的な投資・技術移転を促進するためにも、TRIPSが各国において早期に実施されることを望む。

    11. 農業
    12. 農業協定では市場アクセス、国内助成及び輸出補助金に関する約束を、2000年末までに実施することが合意された。また、コメに関する特例措置の継続については、1999年末に開始される交渉において取り上げられる。これに向けて、農業協定の内容に関する国内での理解の促進が必要であり、国際化の進展を踏まえ、国際競争にも耐え得る農業の確立を図るため、農業改革を指向した新たな農政を推進すべきである。具体的には、農業基本法や農地法等の見直しを急ぐとともに、生産性向上を目指した各種の構造改善対策の推進、農産物の生産・流通面で課せられている各種規制の緩和・撤廃、とりわけ農産物の価格支持制度の見直しを図ることが不可欠である。

  5. 貿易と環境
  6. 今日の地球的課題である環境保全を適切に推進するためには、経済成長が不可欠である。また、持続的成長のためには環境保護が必須の要件となる。多角的自由貿易体制は経済成長の基盤であり、この意味で環境保護政策と相互支持的な関係を有する。かかる認識のもとに、各国の環境政策や多国間環境協定(MEAs)上の措置が過度の貿易阻害要因とならないよう、WTO協定とMEAs等のバランスをとるべきである。
    当該分野では先進国と発展途上国の間での意見の相違が顕著である。例えば、地球環境の保護を目的とした貿易措置(輸入制限等)が認められるか否かは、WTO協定の条文に明確に規定されていない。これについてEUは、条文を修正して合法であることを明確にすべきと主張している。他方、発展途上国並びに一部諸国は、環境保護のための貿易措置には基本的に反対との立場から、条文修正には反対であり、必要な措置は加盟国の協議により個別に認めること(ウェーバーによる対応)を主張している。日本政府は、条文を補足するためのガイドライン策定による対応等を提案し、両者に建設的な議論を促すべく努力を払っており、われわれはこれを評価している。自由貿易を通じた経済成長が環境保護を促進する上で不可欠であるとの認識のもとに、この問題におけるわが国政府の更なる貢献を期待する。
    また、環境ラベルについては、現在、各国・地域が異なる判断基準を有しているが、その適用如何では貿易障壁ともなりかねない。国際標準化機構(ISO)において考え方や評価手法に関する国際規格化等について検討されており、WTOとしてもこの成果を尊重しつつ検討すべきである。
    さらに、生産プロセスに伴う環境への影響を軽減する観点から、製品の生産工程及び方法に着目した製品規制もしくはラベル(いわゆるPPM規制)が各国で導入されており、外国製品に対して国内規制であるPPM規制を根拠に一方的輸入制限をとる等の動きが見られた。生産プロセスに伴う越境汚染や地球規模の環境汚染が生じる場合の対応として一方的貿易制限措置をとることは、自由貿易体制の維持・発展の観点から望ましくない。WTO協定の基本原則である最恵国待遇および内国民待遇を堅持しつつ、一定のルールのもとでの政策協議や多国間環境協力を基本とした解決を図るべきである。

  7. 更なる自由化
  8. 関税率の引下げはGATTの時代からの伝統的な分野であり、自由貿易の促進に大きく寄与してきた。UR合意時よりも関税率を引き下げるという「更なる自由化」を今後も継続すべきである。現在、以下の分野での取り組みを重視している。

    1. 医薬品
    2. わが国ならびに米国、カナダ、EU等の主要国において1995年より医薬品関税の撤廃(ゼロ化)がなされている。また、政府間会合において、これを3年毎に見直すことが合意されている。研究開発が盛んである当該分野において、対象品目を見直し新規追加により拡大していくことが不可欠であり、各国政府の努力を是としたい。また、当該交渉においてわが国を含む各国民間団体の意見提出が重要であり、今後とも政府の民間に対する情報開示等を望む。

    3. 化学品
    4. わが国ならびに米国、カナダ、EU等の主要国において、1995年より化学品関税の調和が行われている。四極に加えてスイス等も参加しているが、韓国、豪州等、更なる参加国の拡大が課題となっている。とりわけ、同分野の成長が著しい東南アジア諸国の理解と参加を得るための努力を求める。また、当該分野においてわが国を含む各国民間団体の貢献が重要であり、今後とも政府の民間に対する情報開示等を望む。

    5. 情報技術協定(ITA)
    6. 四極により、情報関連機器の関税相互撤廃への合意を目指して協議が行われている情報技術協定(ITA)を、当該分野の成長が著しい東南アジアを中心とした諸国等に拡大することを期待する。シンガポール閣僚会議に向けて、ITAの参加国拡大を呼びかけることが望ましい。

  9. 新たな課題
    1. 貿易と投資
    2. 近年、企業の国際的な経済活動において、貿易と投資は相互に極めて密接な関係にある。
      WTO協定下の貿易関連投資措置(TRIMs)協定、サービス貿易協定(GATS)は、投資規定としては必ずしも包括的なものではなく、貿易の拡大を目指すWTOにおいて、新たに加盟国が投資の問題についての検討を開始すべき時期が来ている。
      わが国企業が直面している投資上の問題として、
      1. 所得税、年金、ビザ取得など投資に不可欠な企業人の移動に係わる諸問題、
      2. 各国の投資措置や法人税などの国内措置、
      3. 製品の安全性や基準認証、
      4. 送金の安定性確保、
      等が未解決であり、円滑な経済交流の促進の障害となっている。これら全てがWTOの場で解決されるべき問題とは限らないものの、かかる問題を念頭に、より円滑な投資環境を目指した議論を推進することが必要である。
      現在、国際的な投資に関しては、OECDの場における多国間投資協定(MAI)交渉が行われており、わが国も参加している。同交渉は国際投資の目指すべき方向を示す上での貢献が期待されるものの、先進国間の立場からの議論が中心となっている。そこで、将来に向けた全世界の経済発展に鑑み、シンガポール閣僚会議を機会にワーキング・グループを設置し、広範な参加国を持つWTOの場において、国際的な貿易・投資に関する検討を開始することは有意義と考える。わが国は、MAIの議論を参考にしつつ、貿易と投資に発展途上国の理解と積極的参加を得るための役割を担うべきである。

    3. 地域経済統合
    4. わが国経済界は、顕著になっている地域経済統合およびその他の地域経済枠組みの動きに大きな関心を持っている。地域経済協定は加盟国間の経済交流を拡大し、世界経済の発展に寄与するものであるが、あくまでもWTO整合的でなくてはならない。WTO整合的な地域経済枠組みはいかなるものであるかといった根本的な規律の見直しを進めることが不可欠である。また、地域経済枠組みがWTO審査を受けることは当然の義務であり、WTOによる監視を強化する必要がある。
      本意見書の他項目で指摘してきたように、残念ながら、わが国企業ならびに地域経済統合加盟国以外の企業の活動が、地域経済統合等によって歪められている実例も多い。当該地域経済統合に対し、WTOの精神に則った改善を求める。

    5. 貿易と労働基準
    6. 貿易と労働基準の問題がWTOの場において各国見解の対立点として政治化することは、WTOの健全な機能にとって懸念要因となりうる。 労働基準の遵守のために貿易措置に訴えることは、多角的貿易体制を阻害する懸念がある。貿易と労働基準についてシンガポール閣僚会議において取り上げるべきではない。
      労働基準の問題については、これまで各国が国際労働機関(ILO)の場で努力を払ってきた。その成果を尊重し、今後ともILO条約の遵守に努力し、ILOを中心に国際的な取り組みを継続するべきである。さらに、一部欧州諸国における、自国の失業問題はアジア諸国等からの急激な輸入増加に起因するといった懸念を払拭するためには、アジア欧州会合(ASEM)等の国際的な対話の場を通じて同問題への理解と議論を促すべきである。

    7. 貿易と競争政策
    8. GATT/WTO加盟国の継続的な努力の成果として、今日までにいわゆる水際の障害が相当程度除去された。また、各国経済関係の深まりから経済法において国内・国外の切り分けが難しくなってきている今日にあって、多角的自由貿易体制の発展のためには各国の国内法・政策の調整が必要となっている。とりわけ競争政策の問題は将来的な重要課題である。
      WTOでの競争政策に関する議論が、それを理由とした貿易上の措置等の検討に偏るべきではなく、今後、WTOにおいて検討すべき競争政策上の課題を調査していくべきである。
      また、ダンピング防止措置の発動によって健全な競争が阻害されている実例が多く、競争政策とダンピング防止措置は不可分である。競争政策について検討をする場合には、ダンピング防止措置は重要な課題のひとつとして位置づけるべきである。


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