第59回経団連定時総会における豊田会長挨拶

1997年5月27日(火)
於 経団連会館 14階


  1. ご来賓の皆様、また会員の皆様には、ご多用中にもかかわらず、第59回定時総会に多数ご出席いただきまして、誠にありがとうございます。日頃は、経団連の活動に対して、ひとかたならぬご支援、ご協力を賜りまして、改めて厚くお礼申し上げます。
    総会の挨拶にあたり、まず、企業行動のあり方について一言申し上げます。最近、企業の不祥事が相次ぎ、社会の強い批判を招いていることは、誠に残念でなりません。こうした不祥事は、個別の企業の問題にとどまらず、いろいろな改革に取り組んでいる経済界全体の信頼を揺るがすことにもなりかねません。ここに深く遺憾の意を表明するとともに、改めて皆様に企業行動憲章の周知徹底とその遵守をお願いする次第でございます。

  2. さて、この一年間、私は、欧米各国やインド、南米諸国などを訪問いたしましたが、顧みますと、わが国をめぐる内外環境が大きく変化してきていることを痛感せざるを得ません。冷戦の終結と経済のグローバル化の中で、世界は、政治、経済など各面にわたり新しい国際秩序の形成に向けて大きく動き出しております。EU、NAFTA、ASEAN、メルコスールなど、地域経済圏が発展しつつあり、それぞれが市場経済のメリットと活力を生かしながら、その統合と拡大の程度を深めていることはご高承のとおりでございます。そして、各国は、メガ・コンペティションに対応すべく、規制緩和による経済構造の改革や社会保障制度の見直しによる財政構造の改革などを進めて経済基盤の強化に努めており、今や、既存の制度の改革は、世界の潮流となりつつあります。こうした世界的な変革の流れの中で、とりわけ急速に少子・高齢化社会を迎えるわが国としては、経済社会システムの抜本改革を怠ることは許されない状況にございます。

  3. 幸い、景気は緩やかながら回復基調にあり、底固さも増してきております。また、改革の必要性が国民的コンセンサスになりつつあり、橋本総理が掲げた6大改革も、総理自らが行政改革会議や財政構造改革会議をリードされるなど、その気運も盛り上がってきております。今こそ経済社会システムの抜本改革への流れを加速させ、21世紀の活力あるグローバル国家建設への歩みを確固たるものにしなければなりません。
    経済界としても、日本経済の新たな成長と発展の担い手は、われわれであるとの気概と自信を持って、痛みを乗り越え、改革に協力するとともに、自らもこれに取り組んでいかなければならないと存じます。

  4. こうした改革を軌道に乗せるため、まず何よりも内需主導の経済活性化に取り組み、景気をさらに力強い自律回復軌道に乗せることが肝要でございます。
    その第一の課題が規制の撤廃・緩和であり、それが企業家精神の発揮を促し、活力と創造力溢れる経済を実現するための経済構造改革の基本であります。その効果として、例えば、移動体通信の規制緩和により、過去2年間、携帯電話などの加入者数が433万人から2000万人以上へと5倍近くも増加いたしました。
    さらに、先日通産省が公表した試算によりますと、抜本的な規制緩和が進めば、2001年までに金融や流通などの分野で設備投資が延べ39兆円増え、消費者物価が3.4%低下することにより、実質GDPは95年に対して6%拡大すると予測されています。
    このように規制緩和の経済効果は極めて大きいものがございます。そこで経団連では、本年3月の規制緩和推進計画の最終改定に向けて、昨年10月と今年2月の2回にわたり、約850項目の規制緩和要望を取りまとめ、政府・自民党をはじめ、関係方面に積極的にその実現を働きかけました。
    その結果、今年3月の最終改定においては、純粋持株会社の解禁や輸送分野の需給調整条項の原則廃止、さらにはストック・オプション制度の導入が決定されるなど、経団連の主要な要望事項が相当程度実現いたしました。ちなみに、経団連が要望した約850項目のうち、230項目がほぼ満足できる形で実現し、要望の一部が措置された項目を合わせますと、53%が計画に盛り込まれております。
    今後の課題は、計画に盛り込まれた規制緩和を着実に実行すること、そして、今回積み残しとなった項目や新たな要望項目をいかに実現していくかでございます。行政改革委員会も本年末には任期を終えますし、規制緩和推進計画も来年3月には期限を迎えますので、規制緩和を推進する新たな仕組みについて政府に働きかけていきたいと考えております。
    同時に、会員企業の皆様にお願いしたいことは、規制緩和の成果を大いに活用して新産業・新事業を興していただきたいということでございます。先ほどお話いたしましたように、規制緩和には大きな経済効果が期待できますが、これを現実のものにできるかどうかは、皆様の企業家精神にかかっております。特に、持株会社や本年6月から実施の運びとなったストック・オプション制度につきましては、企業活力の発揮、ベンチャービジネスの育成を通じて経済活性化に大いに役立つものでございます。皆様には是非、積極果敢に取り組んでいただくようお願い申し上げます。

  5. 内需主導の経済の活性化を図っていくうえでもう一つの重要な柱は、税制改革でございます。とりわけ企業の税負担を国際水準並みに引き下げることが不可欠であります。メガ・コンペティションが進行するなかで、各国は、企業を経済活力や富の源泉として重視し、国際競争力を維持・強化する観点から企業に係わる税負担の軽減を進めております。こうした流れの中で、21世紀においてわが国が活力を維持していくためには、国税・地方税を合わせた法人の実効税率を少なくとも米国並みの40%程度に引き下げるとともに、税金と社会保険料負担を合わせた企業の公的負担をできる限り抑制していく必要がございます。経団連としても、これを今年の重要課題として、是非とも実現したいと考えております。
    土地税制の改革も重要でございます。未だに景気回復を実感できないと言われる背景には、土地を中心とする不良債権の処理が遅々として進んでいないという問題がございます。そこで、土地の流動化を促すための地価税の廃止、土地譲渡益課税の軽減、および土地に係わる規制緩和の実現を強く政府に要望していきたいと存じます。

  6. さらに、金融システムの改革を急がなければなりません。改正外為法が来年4月に施行され、金融のグローバル化が飛躍的に進んでいくことになりますが、これに対応して国内の金融改革を行わなければ、わが国の金融・資本市場が空洞化する恐れがございます。総理は、金融システム改革の期限を2001年とされていますが、できるだけ前倒しを行い、早期に有価証券取引税を撤廃するなどの施策を講じていく必要があると存じます。

  7. 次に、わが国の経済社会システムの抜本改革に向けて、とりわけ重要な課題である行政改革と財政改革について触れたいと存じます。行政改革につきましては、現在、行政改革会議において、中央省庁の再編に向けた審議が行われておりますが、最も重要なことは、官から民への変革の流れにあって、簡素で効率的な政府をいかに構築するかということであると存じます。私も、行政改革会議の一員として、意見陳述をいたしましたが、その際、中央省庁のあり方につきましては、縦割り行政の弊害を是正する観点から、大括りに再編すべきであると主張いたしました。また、今は渾然一体となっております企画・立案部門と実施部門とを分離し、実施部門につきましては、できるだけ民営化したり、民間に業務を委託するなど、スリム化・効率化を進めるよう申し上げました。
    さらに、総理のリーダーシップの発揮に向けて、外交、危機管理などの重要事項については、直接総理が行政各部を指揮監督するよう提言いたしたところでございます。
    いずれにしろわが国の内外情勢が大きく変化する中で、行政もその対応力の強化が求められます。行政改革会議では、11月に結論をとりまとめ、来年の1月に所要の法律案を国会に提出することにしておりますが、経団連としても、具体的な課題に即して行政組織のあり方を提言するなど、行政改革会議の活動を全面的に支援していきたいと考えております。

  8. 行政改革と表裏一体の関係にある財政改革につきましては、今や先送りが許されない緊急の課題となっていると存じます。国と地方を合わせて440兆円もの債務を抱え、今や危機的状況にあると言っても過言ではございません。
    このままの状況を放置すれば国民負担率の上昇などを通じて、国民生活、経済活動に重大な支障をもたらす恐れがあります。政府・与党には、財政構造改革5原則に基づき、今後、3年間の集中改革期間において、メリハリの効いた歳出削減策を取りまとめ、財政健全化の道筋をつけることを強く要望したいと存じます。
    とりわけ現状のままでは、ますます支出が増大する社会保障の分野について、これまでの発想を抜本的に改め、改革にあたらなければならないと思います。公共事業費につきましても、硬直的な配分を大胆に見直すとともに、費用便益分析の実施、入札制度の改革などを通じて、コストを引き下げ、国民の納得が得られるようにしていかなければならないと存じます。
    財政投融資制度につきましては、郵便貯金が大量の資金を集めることによって民間金融機関を圧迫し、金融システムに歪みを生じさせております。また、必要性の薄れた分野への資金供給を続けるというマイナスの側面も強くなってきております。そこで、経団連では官民役割分担の観点から、歴史的意義の薄れた政策金融を見直し、財投の肥大化に歯止めをかけるとともに、今後、システム全体の抜本的改革を図っていくべきであると考えております。
    こうした国における改革に加えて、地方における行財政改革も急務となっております。中央省庁の再編や地方分権の推進と併せて、速やかに国・地方を通じた簡素で効率的な政府を実現するとともに、新しい国づくりのシンボルとしての首都機能移転を推進していただきたいと存じます。

  9. 財政構造改革の目的は、予算の節減とその効果的な使用のみならず、経済の活性化、国民生活の安定であり、これからの経済発展にとって必要な分野には重点配分していくことも重要でございます。情報通信インフラや国際ハブ空港など新しいニーズに対応した社会資本の整備を行うとともに、科学技術の振興を図る必要がございます。言うまでもなく科学技術は将来の発展の基盤であります。昨年策定されました科学技術基本計画に基づき、21世紀に日本が直面するエネルギー・環境などの問題に果敢に取り組める体制を整備すべきであると存じます。
    経済界としても、創造的人材の育成と研究開発機能の強化に努めるとともに、国内外の大学や研究機関との交流をさらに活発化させて科学技術の向上に貢献していかなければならないと存じます。

  10. 世界の平和と繁栄に貢献するため、どのような対外関係を構築していくかも、わが国の重要な課題でございます。
    経団連では、毎年海外にミッションを派遣し、各国の政府や経済界の要人との会合を通じて、相互理解の促進に努めておりますが、こうした民間外交の展開により、諸外国との信頼関係を構築することが肝要であると考えております。特に、アジアの一員として、アジア諸国との一層の関係緊密化に取り組んでまいりたいと存じます。
    また、自由貿易体制の維持・強化に向けて、WTO、OECD、APECなどに対し、民間の立場から、より望ましい国際的貿易・投資ルールの形成に向けて積極的に発言していくべきであると考えております。
    諸外国から期待の大きい投資・技術移転・人材育成などの経済協力・産業協力につきましては、わが国は国際社会にその存立を大きく依存していることを勘案し、従来にもまして積極的に取り組んでいかなければならないと存じます。特に、発展途上国に対する経済協力につきましては、その効果を高めるために、民間のノウハウや経験を活用するなど、政府と民間が緊密な連携を図りながら推進していく必要があります。
    さらに、人類共通の課題である地球的規模の環境問題の取り組みが重要でございます。経団連は既に地球環境憲章環境アピールを取りまとめ、経済界としての自主的取り組みや経団連自然保護基金を通じた自然保護活動を行なっておりますが、こうした活動をさらに充実させていかなければならないと存じます。

  11. 最後に改めて企業倫理と自己責任原則の問題について申し上げたいと存じます。経団連は、1991年に企業行動憲章を定め、昨年12月に改定して、機会ある毎にその遵守を呼びかけてきたところでありますが、それにもかかわらず、最近、企業の不祥事が続いていることは誠に残念であり、深く憂慮いたしております。
    経団連が求める規制の撤廃・緩和が進めば進むほど、企業の自由な活動の範囲が広がっていくことになりますが、これは、その前提として、企業が強い倫理観と自己責任原則に基づいて、良識と節度のある行動をしなければならないということでございます。すなわち、企業が社会の批判を受け、信頼を損なう行動をすることは、自由な経済活動が束縛されかねない事態を招くことになることを認識する必要があると存じます。
    この機会に、重ねて企業行動憲章の遵守をお願いしたいと存じます。これには、トップの役割が、特に重要でございます。憲章の精神の実現に向け、率先垂範の上、社内体制の整備を図っていただきたいと存じます。株主総会の時期を控え、トップ自らが反社会的勢力には屈しないという姿勢を示していただくことを強くお願いしたいと存じます。

  12. 経団連は、昨年創立50周年を迎え、新たな日本の創造に向けた長期ビジョン「魅力ある日本」を提言し、改革を通じて活力あるグローバル国家を建設することを訴えましたが、冒頭申し上げましたように、その気運は盛り上がってきており、この機を逃すことなく、改革への流れを加速させなければならないと思っております。
    このため経団連としても、このたび設立の運びとなりました21世紀政策研究所の成果をも活用して、これまで以上に政策推進活動を充実・強化してまいりたいと思っております。

    会員の皆様のなお一層のご指導とご協力、そしてご来賓の皆様のご理解とご支援をお願い申し上げまして、私の挨拶とさせていただきます。
    ご清聴ありがとうございました。

以 上


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