Policy(提言・報告書) 環境、エネルギー  気候変動分野のサステナブル・ファイナンスに関する基本的考え方と今後のアクション

2020年10月9日
一般社団法人 日本経済団体連合会
環境安全委員会 地球環境部会
国際環境戦略ワーキング・グループ
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1.はじめに

世界では、資金動員を通じて持続可能な社会を形成しようとする「サステナブル・ファイナンス」が、大きなうねりとなっている。持続可能な社会形成には、気候変動対策はもとより、エネルギーアクセスの確保、レジリエントなインフラ整備、貧困の解消など、国連のSDGsに掲げられた全ての目標実現に向けた幅広い取組みが重要となる。特に昨今では、気候変動問題への危機感が世界的に高まっており、「欧州グリーン・ディール」といったコロナからの復興・持続的成長と気候変動問題の同時解決を目指す動きもみられる中、政策として金融面から気候変動対策を促す取組みが顕在化している。

また、民間金融の世界においても、気候変動が企業経営に及ぼす影響や企業の社会的責任を勘案し、ESG投資を指向する動きが活発になっている。

かつて、持続可能な社会形成に向けた資金の出し手といえば、政府が主役であった。しかし、頻発する異常気象をはじめ、公衆衛生、貧困、経済格差等のグローバルな課題が顕在化する中、政府資金だけではこれらの問題を十分に解決できないことが明らかになってきた#1。とりわけ、SDGsの一角である気候変動問題の解決には、2019年から40年までの累計で約71兆ドルの投資が必要との試算もある#2

わが国は、パリ協定に基づく長期戦略において、脱炭素社会に向け、ビジネス主導のイノベーションを通じた「環境と成長の好循環」の実現を掲げ、その柱の一つとして、資金循環の構築やESG金融の拡大を推進することとしている。

また、政府の「環境イノベーションに向けたファイナンスのあり方研究会」は、本年9月、「クライメート・イノベーション・ファイナンス戦略2020」を公表し、気候変動分野におけるサステナブル・ファイナンスに関する基本的考え方と今後の戦略を示した。

2.サステナブル・ファイナンスに関する基本的考え方

「環境と成長の好循環」を図りつつ、脱炭素社会を実現するためには、既に導入が始まりつつあるゼロ・エミッション技術のさらなる低コスト化と社会実装の加速のみならず、革新的技術の開発促進や、ゼロ・エミッション技術ではないものの大幅な排出削減に貢献し、脱炭素への移行において重要な役割を果たすトランジション技術の着実な普及・活用についても、同時かつ包括的に進めていくことが不可欠である。

こうした考え方に立ち、経団連が本年6月に開始した「チャレンジ・ゼロ」では、「ネット・ゼロエミッション技術」「トランジション技術」双方の技術開発と普及に取り組むとともに、ファイナンス面から後押しを行っている。

前述の政府の「クライメート・イノベーション・ファイナンス戦略2020」においても、「イノベーション」、「トランジション」、「グリーン」#3のすべてに対するファイナンスの推進がうたわれており、経団連の考え方と軌を一にするものである。

政府および経済界は、こうした取り組みをさらに強化し、わが国経済社会の脱炭素社会への移行を金融面からさらに後押しする必要がある。

また、国・地域によって産業構造やエネルギー構造が異なる中、わが国として、脱炭素社会への移行に向けた幅広い技術や経済活動への資金動員を可能とする、実効あるサステナブル・ファイナンスの在り方を国際的に発信し、グローバルな協調・連携を進め、世界の脱炭素化をリードすることも求められる。

3.サステナブル・ファイナンスのさらなる推進に向けた今後のアクション

(1)イノベーション・ファイナンス

イノベーション・ファイナンスに関して、先般、政府は、経団連やNEDOと連携して「ゼロエミ・チャンレンジ」#4を開始することを発表した。

一覧性のある形で、各企業がどのようなイノベーションに取り組み、技術開発・社会実装に向けたどの段階にあるのかといった情報を「見える化」することは、投資判断のための情報を提供するとともに、対話・エンゲージメントや金融商品開発等に資するものである。こうした情報の「見える化」(企業のリスト化・マッピング等)を早期に実現し、充実させるとともに、これらの企業が取り組むイノベーションへの取組みに対し、資金が円滑に供給されるよう、指数開発等について、アセット・オーナーなど投資家や金融機関に積極的に働きかけを行うべきである。経済界としてもこれに積極的に協力していく。

他方、脱炭素社会実現の鍵となる革新的技術開発への投資は、収益化までの時間軸が長期となり、かつハイリスクとなることも多い。

例えば、基礎・応用研究や技術開発といったイノベーションの初期段階は、民間資金のみでの対応が難しい。そこで、政府は、わが国の長期戦略を踏まえて策定された「革新的環境イノベーション戦略」を着実に推進する中で、政府研究開発投資の拡充・重点化を図るべきである。続く普及・実装の段階では、温室効果ガス排出量や削減貢献量の算出方法といった共通のツール開発を通じて、イノベーションへの資金動員の効果が比較できる仕組みづくりを支援するとともに、ファイナンス以外のより広い支援として、初期需要の創出やインフラ整備も含めた財政や政府調達による支援や、障害となる規制・制度の改革等を通じて、市場性を確保していくことも求められる。

また、非連続のイノベーションは、複数の革新的技術の組み合わせによって実用化・商品化が可能となるものも多いことから、オープンイノベーション型の知識や知見、課題の共有化を行うプラットフォームを設けていくことも考えられる。

(2)トランジション・ファイナンス

トランジション・ファイナンスの対象となる技術や投資対象は、実用化されすでに普及が始まっているもののみならず、これから実用化されることによって世界全体の温室効果ガスの大幅削減に確実に貢献し得るものなど、様々なフェーズの有望案件が存在する。しかし、こうした情報が広く社会で共有されていない、あるいは投資の優先順位が低いといった様々な理由から、十分に資金が供給されていない案件も多い。

そこで、政府は、こうした案件に対して、円滑に資金が振り向けられるよう、様々な政策的支援とともに、適切な投資インセンティブが付加されるよう設計されたトランジション・ファイナンスの仕組みを構築することが望まれる。

すでにわが国は、ICMA(国際資本市場協会)における、トランジション・ボンドに関するガイダンスの策定に向けた検討に対して、トランジション・ファイナンスに関する基本的考え方を提案しており#5、さらに「クライメート・トランジション・ファイナンス戦略2020」では、国内においても、トランジション・ファイナンスに対する信用強化の観点から、わが国の基本方針の策定や、エネルギー多消費産業を中心に業種別のロードマップの作成が提案されている。

政府は、トランジション・ファイナンスについて、国際的理解を広げるとともに、金融機関にとって取り組みやすいものとするため、今後、こうした取り組みの具体化を図っていくべきである。

わが国経済界は20年以上にわたり、「環境自主行動計画」「低炭素社会実行計画」を中核に、経済的に利用可能な最良の技術(BAT)の最大限の導入に取り組んできた。政府は、技術リストの蓄積など、こうした経済界の実績を活かし、個別の産業や技術の状況・見通しを最もよく知る経済界と緊密に対話を重ねるとともに、わが国のNDCとの関係も見据えながら、実効ある基本方針等を策定していくことが求められる。経済界としても、政府における検討に積極的に参画し、これまでの経験や経済活動の実態に関する知見のインプットに取り組んでいく。

(3)グリーン・ファイナンス

ゼロ・エミッション技術に関して政府は、市場規模の見通しや導入目標等を分かりやすく示し、投資判断に資する有用な情報を提供していくべきである。

また、グリーン・ファイナンスの対象となるゼロ・エミッション技術や投資案件は、技術的には確立していても、市場が未熟であったり、コストが高いため自律的な普及が進まないなど、何らかの政策的支援を必要とするものが多い。こうした支援策を行うにあたっては、市場の歪みや長期にわたる多大な国民負担をもたらすことのないよう、コストダウンや新たな市場創出を通じた早期の自立的な普及につながるよう配慮をしていくことが必要である。特に、FITにより支えられてきた再エネについては、その主力電源化を図る中で、国内価格を国際水準並みに引き下げつつ#6市場統合を果たしていくことが前提となる。

(4)情報開示

脱炭素社会の実現に向けた具体的なアクションに取り組む企業が、国内外の金融機関やESG投資家等から評価され、資金を獲得していくポジティブな資金フローを生み出していくためには、各社による積極的かつ効果的な情報開示、「リスク」のみならず「機会」の開示が重要となる。

わが国は、現在、TCFD提言への賛同機関数が世界で最も多く、「TCFDコンソーシアム」を中心に、TCFD提言に基づく効果的な情報開示や、金融機関の適切な投資判断につながる取組みを促すためのガイドラインを策定するといった、先駆的な取組みを行っている。GPIFの「2019年度ESG活動報告」にあるように、わが国の経済界は脱炭素社会におけるビジネス機会の拡大も想定していることから、TCFDの「機会」の開示として、イノベーションやトランジションへの取組みを含めるといった、さらなる可能性を追求することも考えられる。

今後、情報開示のベストプラクティスを蓄積するとともに、「TCFDサミット」等の機会を通じて、国内外のESG投資家等を啓発していくことが重要である。併せて、TCFD提言に基づく開示に取り組む企業の裾野を広げる努力も継続するとともに、企業と金融機関・投資家等との建設的な対話・エンゲージメントにつなげていく必要がある。金融機関・投資家側も、開示された情報から、企業の有する技術やイノベーションの新規性や課題を適切に理解したうえで、相互補完的な技術やアイディアを持つ複数の企業や業界の連携や協業を斡旋・促進するといったコーディネーター的な役割を果たしていくことが求められる。

また、IFRS財団においても、サステナビリティ報告基準を開発するための新たなボードを設置すべく検討が進められている#7。新たなボードでは、TCFD等の既存のフレームワークを基礎として、気候関連リスクを中心とした基準の開発を行う方向が示されている。ボードが設置された暁には、わが国としても基準開発の議論に積極的に参画すべきである。

加えて、わが国では、既に地球温暖化対策推進法やコーポレート・ガバナンス・コード等、温室効果ガス排出量やESGに関する開示に係る国内の制度的基盤が整備されているが、コーポレート・ガバナンス・コードの改訂が来春にも予定される中、企業の情報開示の自主性・柔軟性を確保しながら、気候変動分野におけるTCFDの位置づけの明確化など、既にある制度的基盤の一層の整備の必要性も検討すべきである。

(5)国際発信・アライアンスの形成

上述したような包括的な日本のサステナブル・ファイナンスの考え方を国際的に普及させていくことは、わが国が世界の脱炭素化をリードし、気候変動問題の解決を図るうえで極めて重要である。とりわけ、今後も高い経済成長が見込まれるアジア等の新興国・途上国においては、省エネ技術等トランジションに不可欠となる技術の社会実装の促進は重要であり、技術供与#8からファイナンスの知見提供・仕組みの整備までわが国の果たすべき役割は大きい。

政府は、IPSF(サステナブル・ファイナンス・国際プラットフォーム)に参加し、気候変動分野のサステナブル・ファイナンスに貢献するためのわが国の基本的考え方・アプローチやベストプラクティスを積極的に紹介し、主要国の理解を得ていくことが重要である。また、トランジション・ファイナンスに関する検討が行われているICMAやカナダ、マレーシアに加え、先進的な取り組みを行っているEUなどとも、積極的に連携・意見交換を図り、各国・地域におけるサステナブル・ファイナンスの検討に、日本の知見をインプットしていくべきである。なお、金融分野における国際標準はICMA等が主流であるが、ISO等の動きを注視していくことも必要である。

経団連としても、アジア・ビジネス・サミットや、B20、B7といった様々な国際会議の場を通じて、アジアや欧米など様々な国・地域の経済団体との連携を模索し、仲間づくりを進めていくことで、脱炭素社会への移行に向けた幅広い技術・活動への資金動員がグローバルに実行されるよう、ともに取り組んでいく。

4.おわりに

気候変動分野における取組みが内外で進展していることから、今回は同分野に関するサステナブル・ファイナンスについて考えを取りまとめたが、冒頭に述べたように、持続可能な社会形成のためには、本来、SDGs全般の達成に向けた取り組みを行うべきであり、経団連もそうした考え方の下、Society 5.0 for SDGsを推進してきた。

経団連としては、引き続き、SDGs全体の達成を推進するとともに、気候変動のみならず、SDGs全体からみた経済活動の評価手法の提示にも取り組んでいく。

(別表)サステナブル・ファイナンスに関する具体的アクションの一覧
(1) イノベーション・ファイナンス
  • 政府「ゼロエミ・チャレンジ」と経団連「チャレンジ・ゼロ」との連携【政府・経済界】
  • 指数の開発【政府・金融機関・経済界】
  • 政府研究開発投資の拡充・重点化【政府】
  • GHG算出方法等の共通ツールの開発など、イノベーションへの資金動員効果を比較する仕組みづくり【政府】
  • 市場性の確保に向けた財政・政府調達による支援や規制・制度改革【政府】
  • オープンイノベーション型の知識や知見、課題の共有化を行うプラットフォームの設立【政府・経済界】
(2) トランジション・ファイナンス
  • 基本方針や多排出産業向けのロードマップの策定【政府】
  • 基本方針の議論への積極的参画と技術状況等の知見のインプト【経済界】
(3) グリーン・ファイナンス
  • 市場規模見通しや導入目標等の明示【政府】
  • 長期的なコストダウンや新たな市場創出による自立的な普及に向けた支援【政府】
(4) 情報開示
  • TCFD開示のベストプラクティスの蓄積とESG投資家等の啓発【政府・経済界】
  • TCFD開示に取り組む企業の裾野の拡大と建設的な対話・エンゲージメントの促進、機会としてのイノベーションとトランジションの開示方法の検討【政府・金融機関・経済界】
  • 複数の企業や業界の連携・協業の斡旋・促進【金融機関】
  • コーポレート・ガバナンス・コード等、既存のESG開示の制度的基盤の一層の整備【政府】
  • IFRS財団におけるサステナビリティ報告基準開発についての議論への積極的関与【政府・経済界】
(5) 国際発信・アライアンスの形成
  • IPSFへの参加と、サステナブル・ファイナンスに関する日本の基本的考え方・アプローチやベストプラクティスの積極的紹介【政府】
  • 各国・地域におけるサステナブル・ファイナンスへの検討への日本の知見のインプット【政府】
  • ISOへの働きかけ【政府・経済界】
  • アジア・欧米等の海外経済団体との連携・仲間づくり【経済界】
(6) その他
  • Society 5.0 for SDGsの推進、SDGs全体からみた経済活動の評価手法の提示【経済界】
以上

  1. 例えば、国連貿易開発会議(UNCTAD)の「World Investment Report 2014」では、SDGsの達成には世界で年間2.5兆ドルもの資金ギャップが存在すると試算。
  2. IEAのWorld Energy Outlook 2019の「持続可能な開発シナリオ」(Sustainable Development Scenario)では、パリ協定の目標実現のためには、2019年から40年までの累計で約71兆ドルもの投資が必要と試算されており、これは再生可能エネルギーや原子力といった、温室効果ガス排出量が実質ゼロの水準にある技術のみならず、省エネ技術など現状を改善するあらゆる投資機会にも資金を動員することで、初めて達成できる規模の投資が想定されている。
  3. それぞれの意味合いは以下の通り。
    イノベーション:革新的技術の開発と普及・実装。
    トランジション:温室効果ガス排出量が実質ゼロの水準にはないが、世界の大幅削減に資するもので、脱炭素への移行に不可欠な技術の普及・実装。
    グリーン:温室効果ガス排出量が既に実質ゼロの水準にある技術の普及・実装。
  4. 脱炭素社会の実現に向けたイノベーションに挑戦する企業をリスト化・マッピングし、国内外の投資家に向けて投融資の際の参考材料として発信する取組み。
  5. 政府の「環境イノベーションに向けたファイナンスのあり方研究会」は、本年3月に「クライメート・トランジション・ファイナンスの考え方」を取りまとめ、パリ協定の長期目標の実現に向けて、再エネ等の既に脱炭素化・低炭素化の水準にある活動へのファイナンスを促進していくこととあわせて、脱炭素化・低炭素化を進めていく移行の取組みへのトランジション・ファイナンスを促進することの重要性等を働きかけ。
  6. パリ協定長期成長戦略 p.11「再生可能エネルギー(太陽光、風力、地熱、水力、木質バイオマス等)については、国内の価格を国際水準並みに引き下げ、固定価格買取(FIT)制度からの自立化を図り、我が国のエネルギー供給の一翼を担う長期安定的な主力電源として持続可能なものとなるよう、円滑な大量導入に向けた取組を引き続き積極的に推進していく。」
  7. IFRS財団サステナビリティ報告に関する協議ペーパー(2020年9月)
    https://www.ifrs.org/news-and-events/2020/09/ifrs-foundation-trustees-consult-on-global-approach-to-sustainability-reporting/
  8. 日本からアジア等の新興国・途上国への技術供与にあたっては、日本企業が現地企業に対して負う与信リスク低減等の政策的支援も重要である。