我々は昨年八月、企業再建整備法が未だ最後的決定に至らぬ前に固定資産の許価換について我々の最も是と信ずる案を発表したのであった。然るにその後種々の事情からして我々の意見は容れられないで特別経理会社の同定資産評価については厳重な簿価不変更主義が採られ、従って評価換による特別損失の補填は全く認められない方針の下に、今や各企業及金融機関の再建整備計画が樹立せられようとしつつある。然しこの方針は、実に重大な不合理を含むことがその後の事情の変化によって頗る顕著に感ぜられる。若しもこのような方針が固執せられ、何等の是正策がとられないならば、今後の我国経済発展上一大障害をなすと見なければならないのである。
即ち先ず簿価不変更主義は、次の諸点に就て非常な不公正な結果を齎すであろう。
(一) 簿価不変更の結果は、特別損失の負担が株主乃至債権者にまで及ぶ場合に於て、帳簿価格が低い会社、即ち堅実経営をなし資産内容が優良であった会社程、之に対する株主及び債権者の損失負担を大ならしめる。
特に資産内容の優良な会社の株式は市債が額面以上になるのを普通とするが、かかる会社の株主は全く資産内容と関係のない減資損を蒙るのである。これは株主権を不当に且つ不公正に浸害するものであって今後の株式資本蓄積上非常な悪影響を残すこととなる。
又この場合債権者の負う損失は結局大部分が一般預金者の損失となるのであるが、偶々内容優良な会社と取引していた金融機関の預金者がそうでない者よりも大きな切捨てを受けるという結果になることは甚しく不公正であり、預金の蓄積に与える影響も甚だ悪い。
(二) 固定資産の評価増を認めぬために会社の従業員に対する支払未済の債務と見做さるべき任意退職積立金すら損失補填の一助としてこれを切捨てると云うような不合理な結果を生ずる。又任意退職積立金は之を特別損失の負担に充当しないとしても、別紙意見書の如く退職積立金が所要の退職金支給に足りない会社では、従業員が不当の不利を忍ぶが、然らざれば第二会社又は新旧勘定併合後の一会社に過大の負担を残すこととなり、しかもかかる矛盾は健全なる内容を有する会社ほど著しいと云う不公正を生ずる。
(三) 簿価不変更の結果は資産の実際価値と簿価とが著しく遊離することとなり、したがって貸借対応表よりする経営比較、財務比較が全く不可能となる。かくてこの面からも株式資本の自由且つ公正な調達が阻害せられ、企業経理の権威を失墜せしめる。
(四) 簿価不変更主義の矛盾は、資産の譲渡又は喪失に際して、資産価値が現実に評価せられる場合に顕然と露呈される。たとえば工場設備建物又は船舶の不時の災厄に備えて時価保険を附する便益があっても簿価と時価との差益金額は大半課税によって徴収される結果、保険事故発生によって実際に取得しうる保険金額は再取得費または再建設費に対して遠く及ばぬ程僅かな額となり、事実上再取得又は再建設を不可能とし、時価保険を附する意義は全く失われる。
抑も昨年の夏、戦時国家補償の打切り対応策として立案された企業再建整備法に於て強く主張された簿価主義の主なる根拠は、安定せらるべき物価水準の高まることをこれによって極力防止し、もってインフレーションの進展を喰止めようとすることにあったと考えられる。然るにその後の実際を見ると、インフレーションは不幸にして著しく急激な昂進振りを示し、例えば官庁職員の給与でさえ、昨年八月頃には月額平均六百円見当であったものが、今や千六百円水準への引上げを余儀なくされているのである。また生産設備建設費の上昇振りを二、三の具体的な実例に基いて示せば別表(略)の如くである。而してこの結果、進駐軍の軍票交換率も亦この間一ドル十五円から五十円に引上げられ、我国物価の安定水準はこの関係からも著しく高められたことを実証しているのである。
かくして、前記が如き不合理は益々拡大した上に、今日となっては強いて簿価主義を主張する理由の大半が亦消失したといたて過言でないである。即ち
(一) 著しく低評価せられている固定資産をこの際若干評価増しても、将来期待せらるべき物価安定水準に悪影響を及ぼすことはない。
(二) 減価銷却費の督原価中に占める比率は一般に五%程度と推測せられ特に評価増の対象となるような低簿価企業の減価銷却費は二%以下であるから、多少の評価増をしてもこれが不可避的にインフレーション促進の原因となるようなことは万々ない。
上の如き次第であるから、インフレーション克服の為には寧ろ賃金及物価の統制強化、生産及労務を含めた経営の全面的合理化(五月廿九日附当会意見書参照)等に眼目を置くこととし、固定資産評価の基準に関しては結論として左の二点を要望する。
(イ) 固定資産評価基準は前記の趣旨に従って適当に修正すること。
(ロ) 右修正に際しては少くとも別記退職金支給基準に述べた退職金給与支払相当額だけは固定資産の評価増によって賄い得るようにすること。
而して財産税のための評価基準は右修正に対するの有力な目安となるであろう。
但し右修正の為めに企業再建整備の実行が、この上更に著しく後れその間特別経理会社は新旧勘定を分離した儘不便極まる運行を余儀なくされるが如きは、も早我々の忍び難い所である。よって、三月十七日附の当会意見書にも記した如く、特別損失僅少なる会社は早く新旧勘定の合併を許すよう措置すると共に、特別損失の大なる会社について整備計画樹立の期限を延長することとせられたい。
尚お最後に万一評価基準の修正が出来ぬ場合には、特別損失の処理を一応終った後に於ける第二会社株式の分配、増資株の割当て等による含み資産の合理的な還元配分等について特段の考慮を払われんことを切望する。