[ 日本経団連 ] [ 意見書 ]

ナノテクが創る新産業
− n-Plan2002 −

2002年11月19日
(社)日本経済団体連合会

はじめに

経団連では、一昨年7月に、「21世紀を拓くナノテクノロジー」と題する提言を公表し、ナノテクノロジー強化に向けての経団連の基本的な考え方を示すとともに、昨年3月には、「ナノテクが創る未来社会−n-Plan21」を取りまとめ、国として取り組むべき重点研究開発分野やそれを支える制度のあり方について、産業界としての考え方を明らかにしたところである。
ナノテクノロジーは、物質をナノサイズでコントロールすることで、物質の機能・特性を大幅に向上させ、豊かな社会の構築に貢献すると同時に、資源・エネルギーの使用を大幅に減らし、環境にやさしい社会の実現に役立つものである。その意味で、ナノテクノロジーは社会や生産システムに変革をもたらす夢の技術である。
現在、産業界としても、実用化に向けてナノテクノロジー関連の研究開発に取り組んでいるが、ナノテクノロジーが10年、20年後の社会や経済を支える基盤技術となり、新しい産業を生み出していくためには、国をあげてナノテクノロジーの戦略的な推進を図る必要がある。このような観点から、ナノテクノロジーによって発展する新産業の姿や、そのために、国として取り組むべき課題について、改めて産業界としての考え方を示すべく、産業技術委員会重点化戦略部会ナノテクノロジー ワーキング・グループにおいて検討を行った。
以下は、その検討結果をもとに、「ナノテクが創る未来社会−n-Plan21」を改訂したものである。この新しい提言が、国としてのナノテクノロジーの戦略的推進、重点分野の研究開発、さらには、産業化のための政策展開にあたって一つの参考になることを期待したい。

1.ナノテクノロジーの推進にあたっての基本的視点

(1) IT、バイオ、エネルギー・環境、材料をナノテクノロジーでブレークスルーし、豊かで環境にやさしい社会の実現を目指すべきである。

ナノテクノロジーは、IT技術の壁をブレークスルーし、継続的に発展させるために必要な技術であり、バイオやエネルギー・環境、材料分野に新たな発展をもたらす可能性を秘めた技術である。
ナノテクノロジーにより、IT分野では、情報処理を行う半導体や情報を蓄積するストレージなどの集積度が大幅に向上し、誰もがどこでも動画像を含む大量の情報を活用できるIT国家を支えるユビキタスネットワークの実現を可能にする。
ナノテクノロジーはバイオテクノロジーと融合することにより、バイオナノシステムを実現して、簡便で安全な診断や治療を可能にし、健康社会の実現に寄与する。
また、ナノテクノロジーは、ナノサイズで高機能を達成できることから、情報処理の高速化に伴うエネルギーの使用量の増加を抑える。また、エネルギーシフトや、長寿命化対応材料、超軽量高強度の材料などを実現し、環境にやさしい社会の実現に貢献する。

(2) 日本が強みを持っている分野で、かつ、社会や産業インパクトの大きい分野へ重点投資を行うべきである。

ナノテクノロジーへの投資は、IT国家や省エネルギー社会の実現、国民の健康の増進といった社会的課題の解決につながるとともに、わが国産業の国際競争力の強化、さらには雇用機会の増大をもたらすものでなければならない。ナノテクノロジーは、わが国が長年基礎的研究に取り組んできた分野であり、様々な蓄積を有している。この強みを生かして、わが国が優位に立っており、競争力を維持・強化する分野、世界的に市場の拡大が期待され、わが国の産業が一定のシェアを確保しうる分野、さらには、産業競争力の基盤として取り組みが不可欠な分野に重点投資を行っていく必要がある。
なお、2010年におけるナノテクノロジー関連の市場規模は、約27兆円と試算され、産業に大変大きいインパクトを与えるものと期待される。

(3) 5〜10年先の実用化・産業化を意識したフラグシップ型の研究開発テーマと、革新的な基盤的技術を軸にしたチャレンジ型の研究開発テーマの設定、および基礎研究を含めた適正なリソース配分が必要である。

研究開発活動の成果をタイミング良く産業、社会に還元するためには、目的やフェーズを明確にして研究開発を進める必要がある。まず、わが国として、特に注力すべき産業、製品分野を絞り込み、5〜10年後の実用化を明確に意識し、戦略的かつ総合的な技術開発を行う必要がある。これらは、「フラグシップ型」プロジェクトとして、産業界のみならず、大学、公的研究機関の参加を得て推進すべきである。
同時に、従来技術や知的基盤からの革新性を目的とした幅広い基盤的研究開発が必要である。このためには、失敗するリスクも少なからず存在するが、成功した場合には、10〜20年後の社会や産業に様々なインパクトをもたらすような、高い目標を掲げた、「チャレンジ型」のプロジェクトを推進しなければならない。チャレンジ型のプロジェクトの担い手として、産業界とともに、大学や公的研究機関の果たすべき役割は大変大きく、実用化を目指した目的指向研究の推進を期待したい。その際には、実用化を意識した目標を達成しうる研究テーマを公募し、研究を進める中でテーマを絞り込んでいくことが望まれる。
さらには、ナノ構造における物性探索や機能解明、物性計測など、研究者の独創性を重視した「基礎研究」を進める中で、新しい芽が生まれ、基盤研究や実用化プロジェクトにつながっていくことが期待される。
フラグシップ型、チャレンジ型、基礎研究のカテゴリーにどの程度の割合で資源を配分するかを含め、それぞれの特性に応じた重点投資、および体制を具体化する必要がある。

(4) ナノテクノロジーに関する優れた研究成果を発掘し、産業につなげていくための取り組みが重要である。

研究成果は、実用化研究、試作を経て、産業につながることでその効果が国民に及ぶものである。フラグシップ型やチャレンジ型の研究開発の成果をタイミングよく実用化することをはじめとして、優れた研究成果を発掘し、産業化につなげていく取り組みを進める必要がある。
そのためには、何よりも、産業界自らの積極的な取り組みが求められる。あわせて、政府においても、実用化を視野に入れた研究開発の推進、公的サービスへの新技術の積極的導入など普及支援策の実施、規制改革などの市場環境の整備に積極的に取り組むべきである。

(5) ナノテクノロジーの推進には、国家レベルでの戦略的な取り組みが不可欠である。

ナノテクノロジーを、社会的課題の解決や、産業の発展につなげていくためには、国家としての一元的な戦略に沿って取り組むことが不可欠である。特に、大学・公的研究機関で培われた知識と豊富な人材を活用していくために、基礎研究を目的指向に推進し、その成果をチャレンジ型、フラグシップ型プロジェクトへつなげていくための推進戦略の策定が求められる。
また、ナノテクノロジーは、応用分野も、IT、バイオ、エネルギー・環境、材料と大変多岐にわたり、関連する専門分野も、物理、化学、医学、物質材料、エレクトロニクスなど幅広く、学際的、省庁横断的な研究開発分野である。さらには、ナノテクノロジーの実用化を考えた場合、技術に加えてユーザーの視点が不可欠である。分野の壁、組織の壁、省庁の壁を超えた、わが国全体としての戦略的取り組みが必要である。

2.重点投資を行うべき分野

(1) ナノテクが創る新産業

昨年3月の「ナノテクが創る未来社会―n-Plan21」においては、フラグシップ型のプロジェクトとして、IT革命を推進するために不可欠な、ユビキタスネットワークの構築に向けた低電力、高機能技術の開発を中心テーマとして取り上げた。今回の「ナノテクが創る新産業―n-Plan2002」においては、ナノテクノロジー分野における産学官の取り組みの進展を踏まえて、フラグシップ型プロジェクトの考えをさらに発展させ、3〜5年程度で立ち上がり、10年後に大きく育っていると産業界が期待し、その実現に向けて研究や製品開発に取り組んでいく新産業の姿を明らかにするとともに、政府が取り組むべき研究開発プロジェクト(フラグシップ型プロジェクトを含む)や制度改革など市場環境整備について示すこととしたい。
産業界が期待しているナノテクノロジーをベースにした新産業としては、具体的には、いつでも、どこでも、誰もが必要な情報を安全に受発信できるユビキタスネットワーク社会の実現に不可欠な、(1)ネットワークデバイス産業、(2)ストレージ産業、(3)光デバイス・システム産業、(4)次世代半導体産業、自らの病気のリスクを把握し、自己管理を行うとともに、超早期の病気発見と効果的な治療を行うことができる健康長寿社会の実現に資する、(5)診断・検査システム産業、(6)ナノ医療産業、地球温暖化対策、環境浄化、省エネルギー・省資源に寄与し、環境にやさしい社会をもたらす、(7)燃料電池産業、(8)ナノ触媒産業、(9)新構造材料産業が挙げられる。また、これらの広範な分野にわたる産業の基盤を支える、(10)ナノ計測産業、(11)ナノカーボン産業、(12)マイクロシステム・ナノシステム産業も、ナノテクノロジーをベースにした新産業と捉えていくべきである。

  1. ネットワークデバイス産業
    いつでも、どこでも、誰もが必要な情報を大容量でも安全に受発信できるユビキタスネットワーク社会をめざして、超高速・低コスト光デバイス等を用いたフォトニックネットワークの実現、超高速無線デバイス技術の開発が必要である。これらによって、情報家電を含め、家庭用の光・無線がシームレスに統合されたブロードバンド・ネットワークの実現、さらには、高機能ウェアラブル端末、高度医療サービスや遠隔教育などのブロードバンド配信サービス、ブロードバンドアクセスを使う新ビジネスの普及が期待される。
    光半導体、ナノガラス、フォトニック結晶材料については、日本が競争力において優位にあり、今後とも、競争力の維持・強化を図っていく必要がある。
    ネットワークデバイス産業の発展に向けて、政府は、フォトニックネットワーク技術(毎秒Tb(テラ(1012)ビット)級の情報伝送を可能とするD-WDM(高密度波長多重伝送)用光デバイスやフォトニック結晶を用いる毎秒Pb(ペタ(1015)ビット)級のフォトニック導波デバイスなど)、毎秒100Gb(ギガ(109)ビット)級の情報伝送の実現を目指した化合物半導体による超ブロードバンド電子デバイス・IC、超小型・薄型でウェアラブルなモバイルインターネット端末の研究開発への支援を行うとともに、公共サービスにおける大容量ネットワークインフラの活用やネットワークシステムの運用実験に取り組むことが求められる。

  2. ストレージ産業
    大量の情報が相互に行き交う超高速ネットワーク社会においては、大容量の情報の保存技術(情報ストレージ技術)が不可欠であり、現在、40Gb程度である1平方インチあたりの記録密度を、10年後には、5Tbにまで高めることが求められる。
    現在、2.5インチ径以下のモバイル用ハードディスクドイライブについては、日本が優位にあり、今後も携帯用1〜2.5インチ径のドライブ開発へ注力することでストレージ産業の発展を目指すべきである。
    そのためには、産学官連携で、記録媒体用新材料、ヘッド用新材料、サブナノ薄膜、ナノファブリケーション、新構造デバイス、ナノメータ制御精密アクチュエーター、ギガビット信号処理などの研究開発に強力に取り組むことが必要である。
    また、ストレージという観点からは、テラビット級光メモリも重要である。

  3. 光デバイス・システム産業
    折り曲げ可能な電子ペーパーや壁掛けテレビ、大容量光記録の実現に向けて、ディスプレイや光メモリ等の技術開発が急務である。
    ディスプレイでは、日本が優位にあるが、アジア諸国の急速な追い上げを受けており、超低消費電力大型ディスプレイ技術や電子ペーパーの高速応答化・カラー化技術の開発などにおける産学官連携の推進により、競争力の維持・強化への支援が必要である。
    また、光大容量記録では、わが国の競争力は高く、近接場光メモリなど先端的な研究開発を進めるとともに、そこから生れた成果をもとにした試作機などの開発にも支援を行っていくべきである。

  4. 次世代半導体産業
    ユビキタスネットワーク社会の実現に向けて、モバイル、ネットワーク、デジタル情報家電などの主要機器を支える半導体デバイスの実現が期待されている。
    半導体産業における日本の国際的地位は相対的に低下しつつあるが、半導体市場において、今後拡大が見込まれるシステムLSIなどの高付加価値品へのシフトにより、国際的地位の確保・向上を目指すべきである。
    そのためは、ナノ領域の半導体生産・評価システム、新材料・新構造デバイスなどの次世代以降の半導体の基盤技術や、極端紫外線(EUV)露光技術などの半導体微細加工技術の開発に取り組むべきである。また、低消費電力・高速動作の不揮発性メモリーなど実用化を意識したブロードバンド、情報家電向けの次世代アプリケーションチップの開発や、中期的観点からの新機能デバイスに関する技術開発への取り組みも重要である。

  5. 診断・検査システム産業
    超高齢化社会の到来が迫る中、簡易で安価な疾病の超早期診断やリスクの判定により健康寿命を伸ばし、医療費抑制を進めていくことが求められている。ナノテクノロジーを活用した病院ベッドサイド用の小型検査機、家庭向け感染症自己管理用モニタ機器、集団感染に対処するための緊急検査用機器の提供、さらには、バイオチップを活用した自宅での健康マーカーや疾患マーカーのモニタリング機器・システム、ブロードバンド通信システムとの連携による健康情報サービスの提供などが期待される。
    バイオチップについては、わが国の競争力は欧米にキャッチアップしつつある。産業化に向けて、民間としてバイオチップや関連機器の開発に取り組むとともに、政府においては、バイオチップ・機器・システム開発に関する産学官連携への支援と、わが国の産業振興に対する基盤支援の立場から、疾患関連のたんぱく質などのバイオマーカーについて、探索、知的財産権取得、疫学的統計データによる疾患との相関検証、データベースや提供体制の整備までの一貫した取り組み、医療機器の審査システムの充実に取り組むことが期待される。

  6. ナノ医療産業
    健康長寿社会の実現に向けて、副作用がなく、効果的な治療や人の再生能力を活用した治療が求められる中、ナノテクノロジーの活用により、ドラッグ・デリバリー・システム(DDS)、生体適合性材料、再生医療の実用化が期待されている。
    この分野におけるわが国の技術競争力は高いが、産業競争力は低いといわざるをえない状況にある。今後発展が期待されるナノ医療の分野において一定の地位を確保するため、政府においては、ナノ医療分野の研究開発を進めるとともに、医療関連制度の見直しと迅速な運用、日本版BAA法の制定などの環境整備、医工連携に取り組むべきである。

  7. 燃料電池産業
    燃料電池は、CO2の削減による地球温暖化対策に資するとともに、携帯やパソコン等への利用により利便性の向上も期待されている。その活用範囲も、定置式や携帯用、自動車用など多岐にわたっており、政府の目標によれば、2010年には、燃料電池自動車が5万台、定置用電池は210万キロワットまで普及するとされている。
    燃料電池分野においては、わが国は、海外の急速な追い上げを受けているが、民間が燃料電池システムの開発を行うとともに、政府は、ナノテクノロジーを活用した電解質膜、電極、触媒、水素吸蔵材の基盤研究の強化や電解質膜の検査用質量分析計の開発支援、燃料電池発電設備の小出力発電設備扱いなどの規制改革、家庭用の定置用燃料電池への助成など普及支援策、水素漏れセンサーの開発を含む水素インフラの整備、標準化などを進め、燃料電池産業の発展を目指すべきである。

  8. ナノ触媒産業
    光触媒や高効率環境触媒などのナノ触媒は、汚染物質の分解や、環境浄化機器への応用により、環境の浄化に資するものとして期待されている。
    特に光触媒はわが国オリジナルの技術として、実用化においても先行している。わが国のリードを活かしていくために、民間として光触媒分野での研究開発に積極的に取り組むとともに、政府としても、ナノ構造制御の研究開発の支援、光触媒の試験方法の標準化、グリーン調達など普及支援への取り組みが望まれる。

  9. 新構造材料産業
    超微細粒鋼による新構造材料は、社会資本の長寿命化とメンテナンスコストの低減により、社会資本の老朽化対策や都市機能の再生に資するものと期待されている。
    わが国の超微細粒鋼の研究レベルと開発実行力は、産学官ともに世界のトップクラスである。材料技術、特に構造材料を中心とする基礎素材の産業分野では、社会資本の更新需要のみならず、アジアの社会資本の整備需要が期待でき、また、車両の軽量化や、産業機器の高信頼性化や高機能化などへの活用も考えられる。
    実用化にあたっては、政府は積極的に損傷劣化モニタリング技術、補修・メンテナンス・防食技術の開発を支援するとともに、政府関係の社会資本整備プロジェクトにおいて、モデル事業として導入し、性能評価や標準化を進めることが必要である。官民共同により、製造技術や利用技術の開発を進めるとともに、モデル事業等を通じて、材料メーカーとユーザー側企業がその利用促進のための技術開発を連携して進めることが求められる。

  10. ナノ計測産業
    ナノテクノロジーの先端的な研究や開発は、IT、バイオ、環境のいずれの分野においても、計測技術なしに行うことは不可能である。ナノ計測は、研究開発用のツールのみならず、生産設備用の計測機器産業などへの活用も期待できる。分子計測は、分子操作とも、相互に関連しあいながら発達するという点で密接な関係を有している。
    ナノテクノロジーの進展に伴い、一分子計測や一分子操作、分子間相互作用解析を行うシステムや、SPM(走査型プローブ顕微鏡)による産業用の計測・評価装置が求められている。ナノテクノロジーの研究開発全般にわたって、計測・分析・加工装置の開発を含むことを原則とするとともに、ハイエンドNMR(核磁気共鳴)、カンチレバーのバイオチップへの応用、レーザー走査顕微鏡による3次元イメージング、極低温電子顕微鏡、質量分析によるたんぱく質シークエンサー、PET(陽電子放射断層撮像(法))画像診断装置や試料前処理技術の研究開発、シミュレーションを含むソフトウェア、使い勝手の向上など計測技術の高度化に取り組む必要がある。また、高機能計測、評価のインフラの整備、標準化の推進、装置を開発・操作する人材の育成にも取り組む必要がある。

  11. ナノカーボン産業
    カーボンナノチューブやフラーレンなどのナノカーボンは、携帯型燃料電池やカーボンナノチューブFED(電界放出型ディスプレイ)、ナノチューブによるLSI配線、ガスセンサー、ガス吸蔵、がん診断薬、複合材料など、IT、医療、環境などの分野において、多様な用途への活用が見込まれている。
    ナノカーボンの大量生産技術についてはわが国が先行しているが、各国とも積極的な取り組みを行っている。民間において、ナノカーボン製品の開発に取り組むとともに、政府においては、創成期にある研究開発への支援や普及支援策を講ずるべきである。

  12. マイクロシステム・ナノシステム産業
    超微細加工技術をベースにしたマイクロシステム(MEMS:Micro Electro Mechanical System)、あるいはさらに微小な構造体を用いるナノシステム(NEMS:Nano Electro Mechanical System)は、高機能光通信デバイス、高周波無線通信デバイス、高密度メモリなどIT分野における集積化の達成、ジャイロセンサ、μ(マイクロ)TAS(Total Analysis System)・DNAチップの診断への適用、環境計測などの物理・化学分野のインテリジェントセンサーの活用、さらにはマイクロリアクターなどマイクロシステムによる高速・高選択の分析・生産の実現など、その応用範囲は多岐にわたり、センサーによる分析機能と通信機能の集積化とあいまって、自然環境の保全や人間の健康維持に役立つものとして期待が寄せられている。
    自動車向けセンサーなど既存分野ではわが国が健闘しており、光・無線通信、化学チップ、バイオチップなど、今後市場の拡大が見込まれる分野において、わが国が一定の地位を確保していくことが期待される。極限リソグラフィ、超平面加工技術、3次元精密構造加工技術、精密光造形技術、多様な材料の利用技術、ナノオーダーの組立技術などの技術開発に総合的かつシステム的に取り組むとともに、市場の拡大を促進するためのMEMS/NEMSファンドリーへの支援、微量測定における基準の設定、産学官の基礎技術の集積化などの措置を講じ、産業化を促進していくべきである。

(2) チャレンジ型プロジェクト

革新的な基盤技術を軸としたチャレンジ型のプロジェクトとして推進すべき分野としては、ナノプロセス・マテリアル、バイオナノシステム、ナノデバイスや、共通基盤技術としてのナノ構造・機能解析、自己組織化、ナノシミュレーションがあげられる。
チャレンジ型においても、ナノオーダーの精度・分解能を有する、部品等の設計技術、加工・組立技術、計測・評価技術などを、実用化に耐え得るシステムとして統合・システム化する技術、製品化するためのプロセス技術、システムの安全性・信頼性を確保するための技術など、実用化を志向したナノシステムの確立を目指す必要がある。

  1. ナノプロセス・マテリアル
    材料技術は、エレクトロニクス、環境・エネルギー、バイオテクノロジーなど幅広い分野を支える基盤技術である。例えば、21世紀のエネルギーシフトに対応して、太陽電池などクリーンなエネルギーを実用化するために、新材料の開発が不可欠である。また、持続可能な社会の実現のために、超軽量高強度構造材料や長寿命対応材料の開発が望まれ、バイオテクノロジー分野においても、生体適合性材料など材料技術の応用が期待できる。エレクトロニクスの進展において新材料の果たす役割については言うまでもない。
    こうした新しい特性や機能を持った材料の開発を可能とするのが、ナノ結晶、ナノ薄膜・ナノコンポジット、ナノ粒子・チューブといったナノレベルで超微細な構造を制御する材料ナノテクノロジーである。
    例えば、ナノ結晶を用いた超耐熱材料を開発し、次世代ガスタービンの開発に活かしていくなど、ナノテクノロジーを用いて、新しい材料の研究開発を進めるとともに、有望な成果を発掘し、実用化に結びつけるための次の段階の研究開発に移行させるようにすべきである。
    また、個々の研究開発に加え、金属、無機、高分子の分野横断的な共通課題の研究開発に取り組み、わが国の材料・化学産業を支える技術基盤を確立していくべきである。

  2. バイオナノシテム
    高齢社会における疾病の予防・診断・治療能力の飛躍的な向上、安全・安心な食料生産、地球温暖化対策や環境浄化などの観点から、バイオテクノロジーの活用が期待されているが、ナノテクノロジーは、分子レベルで生物の機能を活用するバイオテクノロジーを推進する上で、様々なツールを提供する可能性を秘めている。また、生物の機能をナノレベルで解明し、再現することができれば、生物の機能を様々な分野で活用することが可能となる。
    μTAS、バイオチップ、一分子計測など、ナノテクノロジーを用いることで高速、高信頼性のバイオツールを開発するとともに、たんぱく質の立体構造情報に基づき、任意の官能基をビルドアップして人工的に酵素や抗体を作り、バイオツールへの適用や難分解性物質の処理、低エネルギーの化学工業プロセスへの応用を目指すなど、生物機能の解明とその活用に努めるべきである。

  3. ナノデバイス
    電子デバイスは、今後5〜10年は、微細化技術を軸に進展するが、その先は、新しい概念のデバイスが求められている。現在でも、例えば、電子一つで電流の制御を行う極低消費電力の単電子制御素子、量子力学の世界で2つの状態を任意の割合で重ね合わせられることを利用した量子情報素子などの、次世代の電子デバイスの実現に向けた研究が行われている。さらには、光子制御デバイス、スピンエレクトロニクス、超伝導デバイス、有機フレキシブルデバイス、たんぱく質の自己組織化を応用した新原理デバイス、生物の機能を活用したデバイスなどの将来のデバイスも可能性は大きい。これらの研究をさらに強化し、これまでの延長線上にない高速・高機能・低消費電力デバイスの実現を図るべきである。

  4. ナノ構造・ナノ機能解析
    ナノレベルで材料の構造を制御したり、微細加工を行うためには、一桁以上の精密で信頼性の高い計測技術が不可欠である。また、エレクトロニクス、材料技術がナノレベルに突入するなか、製品の製造過程における欠陥のオンマシン・インプロセス評価のためにも、ナノレベルでの計測及び計測の基準となる標準が不可欠となっている。
    高感度、高精度、高速の計測技術の確立に向けて、電子顕微鏡の高性能化、SPMの多機能・集積化、近接場光計測、ナノメータX線計測、高分解能NMRなどの研究開発およびこれらに必要な計量標準が求められる。

  5. 自己組織化
    ナノレベルでの加工としては、リソグラフィに代表されるようなトップダウンの手法とは別に、原子、分子レベルからナノ構造を組み上げるボトムアップの手法が存在する。ボトムアップ技術としては、STM(走査型トンネル顕微鏡)の利用等により、原子、分子を一つ一つ積み上げて構造体を作る技術もあるが、量産性などを考慮すると、ある種の条件下でナノスケールの構造が自発的に形成される自己組織化を工業的に活用することが有望である。カーボンナノチューブや導電性高分子、細胞やたんぱく質の形成もこの範疇にある。形成機構を解明し、目的とするナノ構造を自己組織化によって形成することができれば、資源的にもエネルギー的にも、無駄のない製造技術を生み出すことができ、10〜20年後には生産システムを一変させる可能性を秘めている。
    さらには、こうしたボトムアップ技術を、トップダウン技術と融合させ、ナノシステムに仕上げていくことも重要である。

  6. ナノシミュレーション
    ナノテクノロジーは、超微細の世界を対象にしていることから、計測や実験に一定の限界が存在する。研究開発を進める上では、実験の前にコンピュータでシミュレーションを行い、有用な結果を得たものについて、研究や開発の対象を絞り込んでいく、ナノシミュレーションが不可欠となってきている。
    ナノシミュレーションは、第一原理計算とよばれる原子・分子を対象にしたシミュレーションと、巨視的領域を対象とした古典的シミュレーションを組み合わせた複合的シミュレーションが必要である。適用分野として、例えば、半導体の開発・設計のためのシミュレーション、材料設計、触媒設計、ドラッグデリバリーシミュレーションなどが考えられるが、国内で研究開発が進められている世界トップレベルのシミュレーションソフトについて、研究成果の実用化、使いこなせる人材の育成を行うとともに、重要分野の戦略的なアプリケーションソフトを短期間で開発する取り組みを強化すべきである。さらには、これらを実現するためのインフラとしての世界最高水準(百テラflops級)のハイエンドコンピューティング技術の強化が不可欠である。

(3) 基礎研究

物性探索、機能解明、物性計測などの革新的なシーズを生み出す萌芽的な「基礎研究」分野として、例えば、人工格子、量子ドット、単一原子・分子、ゲノム・たんぱく質などの構造と機能の解析、量子コンピュータ、原子・分子コンピュータ、バイオコンピュータなどの知能コンピュータシステム、資源循環、エネルギー・ミニマムシステムなどがあげられる。また、電子状態や磁気状態、組織・構造・組成の精密測定、時間分解能計測、極限静音環境、新プローブの開発などの物性計測、理論計算解析も重要である。基礎研究の推進にあたっても、学際性が重要になってくることは、これまで述べた通りである。
基礎研究は、研究者の独創性を重視すべきであるが、研究活動をクラスター化し、関係の研究者が相互に連携し、切磋琢磨する環境をつくることが望ましい。また、基礎研究の成果は、データ・ベースとして管理され、実用化を目指したプロジェクトへ引き継がれていくようなシステムが必要である。

3.研究開発から産業化に至るまでのシステムの整備

(1) 研究体制・システムの整備・充実

  1. 総合科学技術会議におけるナノテクノロジー戦略の決定と一元的推進
    世界に先駆けて、ナノテクノロジーの研究開発成果を国民に還元していくためには、大学、公的研究機関、産業界の保有する資源を最大限かつ効率的に活用していくことが不可欠である。そのためには、ナノテクノロジーの研究開発の状況や人的資源を把握するとともに、その資源を活用して、国としての全体戦略のもとに、重点分野を選定し、一元的な研究開発を推進する必要がある。
    昨年9月、総合科学技術会議において、重点投資分野やその研究体制を明示したナノテクノロジーに関する推進戦略が策定されたことは高く評価するところであり、今後、この戦略に従って、産学官の連携のもとに研究開発を行い、その結果を総合科学技術会議において有識者が評価し、それに基づいて、推進戦略を軌道修正していく一連のサイクルを確立していく必要がある。

  2. ネットワーク型COE運営
    ナノテクノロジーの学際性や基礎から実用までの深いつながりに鑑み、各大学等における研究拠点の整備の充実に加え、分野やテーマに応じて、実力のある大学、公的研究機関、企業が共同して、情報の共有と事業化の推進を行うネットワーク型のCOE(中核的研究拠点)の形成が重要である。
    特に、フラグシップ型プロジェクトにおいては、先行技術の早期実用化、産業化を目指したプロジェクトの推進が必要であり、プログラム・リーダーに権限と責任を集中させることのできるような体制が大切であると思われる。
    また、大学や企業におけるデバイスのプロトタイプ試作を容易にするためのインフラについても積極的な措置を行う必要がある。

  3. 異分野融合研究の推進
    ナノテクノロジーの広がりの大きさや研究成果の実用化の必要性の観点からは、異分野融合の研究の推進が不可欠となっている。例えば、異分野融合を推進するために、政府の研究開発助成にあたって異分野の研究者が参加することを要件とする、施設の整備にあたっては、異分野融合に資するものを優先する、異分野の教育をカリキュラムに積極的に取り入れている大学を評価するなど、異分野融合研究の推進のための対策を講ずるべきである。
    また、大学において、異なる分野の人が集まりやすくするような仕組みを作り、異分野を理解できる人材を育成することも大切である。

(2) 研究成果の実用化の推進

米国においては、大学が実用化も視野に入れた研究に積極的に取り組んでおり、また、大学発ベンチャーも多く存在し、研究成果が産業に結びつくためのシステムが存在しているが、わが国においては、米国のような機能が十分働いておらず、いかに優れた研究成果を産業に結び付けていくかが、重要な課題となっている。
優れた成果を発掘し、産業化に結び付けていくためには、産業界自らが、独創性の高い研究を評価し、優れた研究成果の発掘に積極的に取り組むとともに、異業種、異分野の情報交流を活発に行う必要がある。また、大学等において、実用化を視野に入れた研究や知的財産の確保に積極的に取り組み、産学官連携を通じてその成果を民間に移転するとともに、優れた成果の実用化を支援するための提案公募型のファンドを拡充すべきである。
あわせて、この提言で指摘した12の新産業分野のように、今後ナノテクノロジーをベースにした新産業の創成が期待される分野においては、積極的に研究成果を発掘するとともに、産学官連携の推進と支援強化、実用化のための研究開発の推進、知的財産権の確保、制度の見直しなどの市場環境の整備、政府調達など初期需要の創出のための普及支援策を、一貫した戦略のもとに進めていくことが重要である。
さらには、基礎に近い研究を担当する省庁と実用化に近い研究を担当する省庁、あるいは、実用化に関連する複数の省庁が、それぞれ関連するプロジェクトを進める場合、一体的な戦略に基いて行われることが重要である。重要な連携プロジェクトについては、内閣府が、省庁間の連携をリードすることも大変重要である。
ベンチャー育成については、公的機関の入札へのベンチャー企業の参加機会を増やすとともに、親企業と連携したスピンオフベンチャーに対して、人材を含む資産の移転をスムーズに行えるようにしていくべきである。

(3) 人材の育成と知的基盤の整備

ナノテクノロジーの研究開発において、大学が重要な役割を果たすためには、従来の狭い専門分野にとらわれず、学際的、システム的な発想ができる人材を育成する必要があり、そのための教育システムが強化されるべきである。あわせて、産学官の研究者が、新たに異分野との融合研究に取り組むための教育の支援や、産学官で人材の移動が自由に行えるような環境整備も必要である。
さらには、それぞれのプロジェクトから得られた様々な知識や技術の体系化・構造化、及び共有化を図る知識基盤や、科学データのデータベース、それを得るための計測・分析・評価方法、及びその基準となる計量標準などの知的基盤の整備も重要である。

(4) ナノテクノロジーの社会への影響の評価と国民への開示

テクノロジーは国民の幸福のために存在するべきものである。ナノテクノロジーの発展によりもたらされる、経済成長、雇用増大、省エネルギー化などの社会、経済へのインパクト、国民生活への影響等について不断に分析・評価し、国民に開示していくことも重要であろう。

おわりに

ナノテクノロジーは、10年後、20年後の社会や経済の発展のために不可欠の技術であり、無限の可能性を持つ技術である。ナノテクノロジーの国家戦略のもとで、重点投資が行われ、その結果、人材が育ち、異分野の人材ネットワークが形成され、研究成果の速やかな産業への技術移転が行なわれ、新産業が創生される。こうしたナノテクノロジーの一連の産業化サイクルを本格的に推進することが、我々に課せられた焦眉の課題である。

以 上

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