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WTO新ラウンド交渉の成功を望む

―2006年中の最終合意を目指して―

2006年6月20日
(社)日本経済団体連合会

1.加盟国の政治的決断を―決断の時期を逸してはならない

交渉の膠着を憂慮する

WTO新ラウンド交渉は、2006年末に設定された交渉終結期限まで半年あまりとなった現在も、膠着状態が続いている。日本経団連をはじめ、主要各国の経済界は、交渉の停滞に危機感を強め、加盟各国の政治的決断を訴えている #1。それにもかかわらず、主要各国は、相互に他国の弱点を攻撃し合い、他国の譲歩がないことを理由に、自国の譲歩を拒否している。各国経済界は、こうした膠着状態を深く憂慮している。

非現実的な譲歩の要求をやめ、合意に道筋を

しかしながら、膠着を解消して歩み寄り、これまでの合意を現実のものとするため、決断すべき時期が到来している。2004年7月枠組合意、2005年12月の香港閣僚会議を経て、各国はそれぞれ程度の差はあれ、国内的に厳しい決断を下し、自由化に向けた方向性に合意してきた。これまでの合意を現実のものとして、各国がその恩恵を享受するためには、他国に対してこれ以上非現実的な譲歩を求めることをやめなければならない。質の高い自由化に合意することが重要であることは言うまでもないが、合意を実現するためには、現実的な道筋を探りつつ、自らも譲歩しなければならない。

夏までに合意が不可欠

現在、主要な対立軸は、農業の市場アクセス(関税削減等)、農業の国内支持(農業補助金削減)、非農産品市場アクセス(鉱工業品等関税削減)の3つに絞られている。本年末までの交渉を終結させるには、今月(2006年6月)末までに農業と非農産品市場アクセスにおいて大枠に合意する必要がある。続いて、来月(同7月)末までに、農業と非農産品市場アクセスにおける関税の譲許表案の提出、サービス交渉における第2次改訂オファー、アンチ・ダンピング協定改訂案ならびに貿易円滑化に関する協定案の提出を目指さなくてはならない。

米国を含め交渉成果の享受を

今月末の大枠合意、来月末の譲許表案提出、本年中の交渉妥結が実現できなければ、主要加盟国である米国のTPA(大統領貿易促進権限、議会に交渉の結果を一括で受諾を求めることができる権限)が2007年6月末で失効するため、米国が合意内容を批准できなくなる。米国が、WTO交渉のためのみにTPAを延長する可能性は極めて低い。
米国は、質が高い内容でなければ合意できないとの姿勢を崩していない。しかし、本年中に交渉を妥結できれば、米国にとっても、TPAの期限内に、これまでの交渉の成果を享受できるというメリットがあるはずである。
米国を含めて加盟国全てが交渉成果を享受するため、加盟国は、本年中に交渉を終結させるために努力しなければならない。さもなければ、交渉は来年以降に先送りとなりかねない。

先送りは各加盟国にとって大きな損失

合意が先送りされることは、加盟150カ国・地域をカバーする自由化(関税引き下げ、補助金の撤廃・削減、外資規制の緩和等)とルールの整備(貿易手続きの公表・施行・簡素化等に関するルール整備、アンチ・ダンピングの濫用防止のためのルール強化等)が、さらに遠のくことを意味する。
同時に、世界各国でFTA/EPAによる個々の自由化・ルール形成が進展する中、合意の先送りによって、グローバルなWTO体制そのものへの信頼が失われかねない。そうなれば、多角的な自由化及びルールの形成はますます困難となり、ひいては、整備されたWTOの紛争解決手続きへの信頼と、履行確保の実効性も損なわれることが懸念される。
2003年のカンクン閣僚会議後に、2005年1月とされていた交渉期限が既に1度延期されている。グローバルな規模で、そのメリットを享受できる機会をこれ以上先送りすることは、世界経済と加盟各国にとって大きな損失である。加盟各国はこのことを認識し、合意が可能となるよう必要な政治的決断をすべきである。また各国は、このような恩恵を広く国内に訴えることにより、決断への支持を訴えなければならない。各国は、これまでの自由化への取り組みを後退させることなく、少しでも前進させるために努力しなければならない。

(具体的に各国に必要な政治的決断と、妥結した際の具体的メリットについては、以下、2.主要交渉分野別の主張において述べる。)

2.新ラウンド交渉主要交渉分野に関する主張

(1) 農業

農業分野の進展は交渉の鍵

農業交渉における3つの柱は、(1)市場アクセス(関税削減等)、(2)国内支持(国内農業助成のための補助金や価格支持政策等)、(3)輸出競争(輸出補助金、輸出信用、輸出国家貿易等)からなる。そのうち、市場アクセスと、国内支持は、冒頭で述べたとおり、交渉全体の主要な三つの論点のうちの二つとなっており、農業分野の進展が交渉全体の鍵を握っている。

これまでの合意の実現は大きな利益をもたらす

国内支持、市場アクセスともに、7月の枠組合意と香港閣僚会議を経て、一定程度の方向性が示されている。これらの方向性が全て実現すれば、市場アクセスの改善と貿易歪曲的国内支持、輸出競争の削減・規律強化に大きな進展をもたらすものとなる。
これまでに、国内支持では、貿易歪曲的な国内支持の水準が高い国ほど大幅に削減することが合意されている。市場アクセスにおいては、一般品目は、高い関税のものほど大幅に関税削減(4階層の階層方式)、重要品目は、関税削減と関税割当約束の組合せを通じたアクセス改善が合意されている。また既に、輸出競争においては、2013年までに全ての形態の輸出補助金撤廃が合意されている。

改善を図る側の実現可能性への配慮が必要

一方、残された論点は、国内支持では、国内支持の類型ごとの削減率、青の政策(新青の政策の追加規律)等である。また、市場アクセスでは、一般品目の削減率、重要品目の数と扱い、上限関税等である。いずれも各国の主張が厳しく対立する論点であるが、改善を図る側にとって客観的に実現可能で現実的な解決策を模索すれば、合意は可能である。
いずれの加盟国にとっても、国内的に必要不可欠な政策は守らなくてはならない。同時に、国内構造改革を進めることにより、一定部分の譲歩は可能となる。そのことを互いが認識しつつ、自由化の進展に向けて政治的決断を行い、合意を形成することが重要である。

自由化に向けて国内構造改革の着実な実現を

わが国では、「国境措置に過度に依存しない政策体系の構築」を盛り込んだ新たな「食料・農業・農村基本計画」(2005年3月閣議決定)に沿って、国内改革を進めている #2。日本経団連は、わが国国内の農業競争力の強化と構造改革への取組を支持するとともに、改革の着実な進展を強く期待する。あわせて、各加盟国に対しても、必要な国内改革に取り組み、着実な進展をはかるよう、強く求める。

(2) 非農産品市場アクセス(NAMA, Non Agricultural Market Access)

非農産品市場アクセス(以下、NAMA)は、新ラウンド交渉全体の主要な三つの論点のうち、上記の農業の二つの論点以外のもうひとつの論点であり、わが国経済界として、直接的な関心を有する論点である。
現在の交渉が妥結すれば、先進国、途上国(後発開発途上国等は除く)ともに、フォーミュラ(関税削減方式)に従って、原則として全ての鉱工業品等の品目について、高関税ほど大幅な削減が実現する #3。途上国だけでなく、先進国であっても、品目によっては高関税が維持されており、鉱工業品等の関税を、加盟国が一括して引き下げるメリットは大きい。なお、日本経団連の具体的な関心国・地域、品目に関しては、別添1において記載する。

  1. フォーミュラ(関税削減方式)
    香港閣僚会議の結果、「複数の係数のスイス・フォーミュラ」への一応の合意が実現した。同時に、香港閣僚宣言に付属された交渉議長報告においては、「非公式協議の場においては・・・先進国向け係数は概ね5〜10の範囲内、途上国向け係数は15〜30の範囲内にあった」と表記されている。
    日本経団連は、途上国だけでなく、先進国に残る高関税を引き下げる観点から、高関税ほど大幅な引き下げを実現する関税削減方式(スイス・フォーミュラ)を支持している。係数の水準に関しては、先進国向けは可能な限り低水準、また、途上国向けは実行税率の引き下げに寄与する水準を求める。先進国向けの係数は、5〜10の水準が望ましい #4。また、途上国向けは、15の水準が望ましい。途上国に関わる日本経団連の関心品目には、10%台も多い。なお、途上国のフォーミュラによる削減を促す観点から、途上国に対しては、枠組合意で示された柔軟性を付与すべきである。
    わが国を含む先進国、また交渉のコアグループを形成する新興途上国は、多様な経済状況の途上国に適切に配慮しつつ、交渉を主導する責任と、グローバル化の恩恵をより多く享受している立場を自覚し、進んで野心的な水準の削減を提案すべきである。

  2. 分野別関税撤廃・調和
    併せて、フォーミュラによる関税引き下げによる市場アクセス改善の効果を高めるため、分野別関税撤廃・調和(ゼロゼロ・ハーモナイゼーション、ハーモナイゼーション)への取組を、引き続き積極的に進めていくべきである。
    香港閣僚会議の結果、「各国の分野別の取組を認識し、十分な参加を得られる分野を特定するため、交渉グループとして提案をレビューすること、また、参加は義務的でないことを基本とする」ことが合意された。
    日本経団連の関心が高い分野は、電気・電子、化学、自動車・自動車部品、繊維及び繊維製品等の分野である。これら分野での取り組みを継続すべきである。また今後は、関税削減の具体的あり方(品目範囲、参加国、最終税率等)の具体的検討を早急に進める必要がある。参加国に関しては、クリティカルマスを確保できるよう、先進国に加え、主要途上国の参加を促す必要がある。

  3. 非関税障壁(NTB)
    フォーミュラによる関税削減の効果を高めるためには、NTBの取り組みも不可欠である。
    香港閣僚宣言においては、具体的な交渉提案の早期提出が目指され、現在、NAMAで扱う分野の特定、分類が進展している。水平的(横断的)アプローチ(輸出税、輸出規制の透明性、再製造品、簡易な紛争解決制度等)、垂直的(分野別)アプローチ(自動車、エレクトロニクス等)が論点となっている。
    今後とも、各国から提出された具体的な提案をベースに更なる検討を進める必要がある。
    電気・電子分野における複合機能製品の関税分類問題に関しては、NAMA交渉においても、NTBとして議論を深めるべきである。
    なお、水平的アプローチにおいてECが提案するNTBの新たな解決メカニズムは、関係当事国によって選任されたファシリテーターが解決案を示すという、調停と類似の機能を提唱している。このメカニズムでは、処理日数を設定することも含まれており、簡易で迅速な紛争解決が目指されている。また、調停の結果は拘束力を持たず、紛争解決手続きを利用する権利に影響を与えないとすることで、現行の紛争解決手続きとの両立をはかっている。企業にとって、迅速かつ低コストの紛争解決の手段となりうるか、今後検討を進めたい。

(3) サービス貿易

金融、IT・電子商取引、流通等、サービスは経済発展に不可欠な基本的インフラを形成するものであり、統合的なサプライチェーンを構築するためにも極めて重要な役割を担っている。サービス貿易はその重要性からビルト・イン・アジェンダとして今ラウンドの主要課題の一つとして位置付けられてきた。モノの貿易や投資の自由化から最大限の利益を得るためには、加盟国がサービス貿易の自由化に積極的に取り組む必要がある。
香港閣僚会議において複数国間(プルリ)交渉の開始、および交渉の具体的日程が決定したことを歓迎する。農業や非農産品市場アクセスといった交渉分野の進展を見ながらサービス貿易交渉に臨む加盟国もあるが、サービスの自由化は約束表を書き換えるという長期的作業を要するため、香港閣僚会議で決定した日程に沿って質の高い自由化に向けた交渉を継続的に進めていく必要がある。

  1. ルール

    i) 国内規制
    免許付与条件の透明化、パブリック・コメントの導入等で規制の透明性を向上させることを求める。
    ii) セーフガード(ESM)
    サービス貿易の交渉はモノの貿易と異なり、各国が実情に合わせて自由化分野を選択するポジティブ・リスト方式であること、貿易量の計測が難しく輸入急増による国内産業への損害を客観的に立証することが極めて困難であること、投資の法的安定性、予見可能性を損なう可能性があること等から、セーフガード措置は設けるべきでない。
  2. 最恵国待遇(MFN)免除
    GATS発効後10年以内を原則に撤廃すべきとされていたMFN免除は、昨年がその撤廃期限であったにも関わらず依然多くの分野で残存している状況にある。MFNはWTOにおける貿易自由化の根幹であり、MFN免除の撤廃へ向けた作業が行われることを求める。

  3. リクエスト・オファー交渉
    2006年2月末を期限とした複数国リクエストが概ね期限通りに提出され、複数国間交渉が開始されたことは評価に値する。従来まで二国間交渉を基調としていたリクスト・オファー交渉に複数国間交渉の枠組みを取り入れたことで、交渉当事者の間でリクエスト内容の理解が促進され、これまでよりも交渉が円滑かつ迅速に進むことを期待する。2006年7月末の第二次改定オファーの期限を迎えるに当たり、二国間および複数国間交渉を最大限に活用し、自由化の議論を積極的に進めていくよう求める。リクエスト・オファー交渉を機能させるためにも、7月末の第二次改訂オファーの期限は遵守されるべきである。また、改訂オファーの未提出国は、少なくとも7月末の第二次改訂オファーの期限までには質の高い自由化を盛り込んだオファーを提出するよう求める。
    なお、サービス交渉を促進させるため、今後交渉分野の重点化を行っていくことが望ましい。セクター別課題に関して、自由化を特に要望する国と分野については別添2でまとめている。

    i) 分野横断的課題
    1. 投資
      「海外における業務上の拠点の設置(第3モード)」を通じたサービスの提供は、サービス貿易の中核を占め極めて重要である。また、サービス産業における投資は、サプライチェーンの観点から製造業投資と深く結びついている。このため投資受け入れ国の製造業の競争力強化の視点に立って、サービスの第3モードについて外資制限、拠点形態の制限の撤廃などを含む質の高い自由化を目指すことが望ましい。

    2. 人の移動
      財、サービス、人、資本、情報の経営資源が国境を越えて、自由で円滑に流れることにより、効率的な経済活動が実現すると考えるが、人の移動については、他の資源に比べて自由化が遅れている。
      そこでまず専門的・技術的な分野の自然人が自由に世界中を移動できるような制度の実現を求める。特に各国が、経営者や管理職、教育訓練や能力開発目的を含む全ての企業内移動、企業間や個人ベースの契約に基づく専門的・技術的な分野の人の移動、一時的な滞在の自由化、について自由化約束することを望む。

    ii) セクター別課題
    1. IT関連サービス・電気通信サービス
      各国に対して、[1] コンピュータ関連サービス、電気通信サービスの中の付加価値電気通信サービスに関する完全な自由化、[2] 技術進歩による新たなビジネス形態の発展を促進する自由化約束の達成、[3] 日本政府がリクエストで提示したITサービス事例に関して、当該サービス全般をコンピュータ関連サービスとして全面的な自由化を約束するオファーの提出、[4] IT関連サービスは約束表の様々なセクター分類の組み合わせにより達成されることに鑑み、CPC二桁(84)をベースにした包括的な自由化約束、を強く求める。
      電気通信サービスでは、基本電気通信交渉を踏まえた約束表の改善を求める。特に、外資出資制限の改善、内外差別的な国内規制の撤廃等が重要である。また、参照文書は基本電気通信サービスにのみ適用され、付加価値電気通信サービスには適用されるべきではない。
      コンピュータ関連サービスでは、全てのサブセクターとモードとを網羅した自由化を求める。コンピュータとネットワークを活用したITサービスは、コンピュータ関連サービスと位置付けるよう求める。
      また、既存の約束表上、複数のセクターにまたがる新たな形態のサービスについては、原則として関連するセクター(例えばコンピュータ、電気通信、コンサルティング等)全ての自由化約束を達成することを求める。
      なお、複数国間交渉において共同リクエスト国となった国は、リクエストした自由化内容を自国のオファーに無条件に反映させるものと考える。

    2. 金融サービス
      「金融サービスに係る約束に関する了解」に基づき、約束表を改善することを各国に対して求める。特に、多くの金融サービス分野において実質的な参入障壁となっている、外資出資比率制限、支店・子会社の設立制限、役員・従業員の国籍・居住要件、地理的制限、業務範囲の制限、特定の再保険会社への強制出再等の再保険に係る制限、経済需要テスト等に基づく内外差別的規制を撤廃すべきである。

    3. 海上運送サービス
      複数国リクエストにおいて求められているように、加盟国は質の高い自由化を約束すべきである。特に、国際海上運送サービス及び海上運送の補助的サービスの自由化、ならびに港湾サービスへの無差別なアクセス及び利用の確保が重要である。

    4. 流通サービス
      各国に対して、外資参入制限、出店規制、用途規制等の改善を求める。特に、製造業と流通業が不可分な関係であることに鑑み、製造業者による自由な流通(自社製造品、他社製造品を問わない)を保障することは、製造業の国際競争力強化の上でも必要である。流通サービスではないものの、製造業とのサプライチェーンにおいて深い関わりを持つサービスとして、保守・修理サービス、問屋・小売サービスの自由化、土地保有制限の撤廃なども重要である。

    5. エネルギーサービス
      エネルギーサービスとして共通の理解が得られた複数国リクエストについては、エネルギーセキュリティ等に配慮しつつも、これを最大限尊重し自由化を進めることを求める。

    6. 音響映像サービス
      先進国においてもほとんど約束がなされていない国があり、約束表の大幅な改善を求める。特に、内外差別的な国内規制の改善が重要である。

    7. 建設サービス
      各国に対して、外資出資比率制限、事業形態の制限、内外差別的な国内規制等の改善を求める。

    8. 航空運送サービス
      いわゆるソフト・ライト3分野(価格設定を除く販売活動、コンピュータ予約サービス、航空機整備)について、各国における約束表の実施、ならびに自由化約束の推進を求める。なお、ハード・ライトについては現在の二国間体制を維持するべきである。

(4) 貿易円滑化

貿易円滑化交渉においては、GATT5条(通過の自由)、8条(輸出入に関する手数料及び手続き)、10条(貿易規則の公表及び施行)に関する新たな協定の策定が目指されている。途上国を含む加盟国が、拘束力を有する新たな貿易円滑化ルールに合意することは、非常に有意義である。現在交渉中のルールは、不透明且つ煩雑な諸規則、突然の法令変更や、割高な手数料、恣意的な関税賦課、過大な書類の要求などの問題に対処することを目的としており、これらの問題が解決されれば、企業にとっては、コスト削減、業務の効率化に直結する。

  1. 望ましい方向性
    香港閣僚宣言では、「加盟国による提案及び今後の新規提案を基礎として、交渉を加速化させること、テキスト・ベースの交渉をタイミング良く終結できるよう、交渉の全体的な期限及び閣僚会議後の十分早い段階でドラフティング・モードに移行することが必要」との点に合意がなされた。現在、7月末の条文案提出に向けて、各国の具体的な提案に基づく検討が進められており、期限内に条文案が提出されることを望む。
    円滑化ルールのあり方により貿易実務が直接の影響を受ける民間企業の立場から、可能な限りレベルが高くかつ具体的なルールの作成に向けた加盟国の努力を切に希望する。
    途上国がこうした基準を受け入れる努力を後押しするため、先進国は、途上国が求める優先課題特定のための支援と、優先順位に応じた技術支援に関する調整メカニズムのあり方について、早急に検討と具体化を進める必要がある。

  2. 優先課題
    会員企業を対象に行ったアンケート(2005年9月ほか)では、特に以下の内容が重要であることが、改めて確認されている。
    第一に、貿易規則・手数料・罰則が「公表」されることが大前提である。公表前には妥当な期間をおき、かつ、官報、ウェブサイトなど容易に利用可能な方法が確保される必要がある。
    第二に、貿易規則等の実施にあたっては、公表範囲・関税分類基準の設定、異議申立制度の整備等により、「全国一律の公平な運用」を確保することが重要である。規則が公平かつ適正に運用されなければ、企業活動の実際の効率化には結びつかない。
    第三に、貿易規則自体の適正性を確保することも重要である。そのためには国際標準の使用が有益である。その際、必ずしもWTOにおいて国際標準を作成する必要はなく、他の国際機関等で策定された国際標準を準用することも可能である。実務上、関連書類の準備が最も時間を要する作業であり、一国内、また加盟国間で書類が標準化されることは、手続きの迅速化に非常に有益である。
    以上の三点に加え、迅速化・コスト削減に直結する施策(標準通関時間の公表、予備/事前審査制度、書類不受理の理由説明など)の導入を目指すことが必要である。

(5) アンチ・ダンピング

ルール交渉グループにおいては、補助金・相殺関税、地域貿易協定(RTA)と並び、アンチ・ダンピング(AD)協定の改訂交渉が行われている。
近年、先進国だけでなく途上国にも、恣意的・保護主義的アンチ・ダンピング措置が増加している。こうしたアンチ・ダンピング措置の濫用を防止することが、企業にとって、喫緊の課題となっている。こうした観点から、日本経団連は、アンチ・ダンピング協定の規律の明確化、強化を強く求めている。
香港閣僚宣言では、正当化されない措置を発動することの回避、適正手続や措置の透明性・予見可能性の強化、手続の煩雑さの緩和やコスト軽減に配慮すること等が明記された。また、今後の段取りについては、ルール議長に対し、期限内の成果を確保するために十分に早いタイミングで、交渉の最終局面のためのベースとなる統合テキストを準備する権限を与えることが確認された。現在、7月末の条文案(議長テキスト)提出に向けて、各国の具体的な提案に基づく検討が進められており、予定通り期限内に、条文案が提出されることを望む。
これまでの交渉の結果、日本経団連の要望事項は概ね論点として取り上げられており、評価できる。日本経団連は、AD措置の恒久化防止、AD措置の行き過ぎた影響の軽減、不当な調査の早い段階での防止の実現を主張している(詳細に関しては、2005年9月20日提言「WTO香港閣僚会議の成功を望む―各国は政治的決断を―」分野別詳論参照)。条文案の具体化に際しては、上記の観点から、可能な限り明確で質の高いルールの整備を望む。

(6) 電子商取引

情報化社会の進展とデジタル化、グローバル化に伴う新形態のビジネスの創出やこれからの貿易のあり方を踏まえ、IT及び電子商取引分野の自由化やルールの策定を包括的かつ具体的に進める必要がある #5。香港閣僚会議において合意された電子商取引ワーキング・プログラムの活性化が実現するよう強く要望する。その際には先進国と途上国の間に存在するデジタル・デバイドを解消するために、先進国は情報化社会に向けた途上国の取組を支援していくことも重要である。
なお、ソフトウェアの取り扱いについては、物理的な媒体 #6 による取引がネットワークを利用したデジタル化 #7 された取引に変わっても、GATTが適用されることを求めるが、少なくとも従来と同等の自由化約束の取り扱いは確保されるべきである。また、関税不賦課については、その恒久化を明示すべきである。

(7) 開発−交渉へのODAの戦略的活用

開発(途上国配慮)は、途上国を含めた多角的自由貿易体制において、自由化及びルール交渉を推進するために不可欠であり、新ラウンド交渉の全分野に共通する論点となっている。
日本経団連は、途上国のルール遵守・交渉参加能力向上の観点から、ODAの活用 #8 を含め、先進国が積極的に技術支援を行うべきであると主張してきた。
我が国政府はこうした観点から、香港閣僚会議を前に、途上国支援策として「開発イニシアチブ」 #9 を発表した。その一環として実施されている「一村一品キャンペーン」その他を通じ、引き続き、途上国の輸出の支援策の実効性を高める取組を期待する。日本経団連も可能な限り支援する所存である。
併せて、こうした取組が交渉において日本への理解と協力につながるよう、戦略的に活用していくことが不可欠である。

3.新ラウンド交渉終結後を見据えた課題

以上の通り、まずは、各加盟国が新ラウンド交渉の終結に全力を尽くすことが最優先の課題である。
しかしながら、グローバルな経済の安定と将来の成長を維持していくためには、新ラウンド交渉の成果に甘んじているだけでは不十分である。新たなラウンドにおいて、更なる自由化とルールの整備、交渉分野の拡大に向けて、取り組みを継続しなければならない。
加えて、日本経団連は、WTOそのものや交渉への取り組み姿勢についても、改善すべき課題があると考えている。そこで、新ラウンド交渉終結後を見据え、日本経団連が今後の課題と考える点について、最後に指摘することとしたい。

(1) WTO体制の維持・強化の継続

WTOにおける交渉の膠着を背景に、各国は、EPA(経済連携協定)/FTA(自由貿易協定)の締結を加速させている。戦略的に重要な国・地域との間で、EPA/FTAを推進し、WTOよりも高度かつ広範な自由化、ルールの整備を追求することは、グローバルな競争に遅れをとることなく、国内企業の競争力強化に必要な環境を形成する上で不可欠である。
しかしながら、グローバルな自由化とルールの形成を可能とし、整備された紛争解決手続きを有するWTOは、グローバルな規模での自由かつ円滑な経済活動を支え、加盟各国の経済の発展に寄与するものである。また、ロシアがWTO加盟交渉を進めるなど、加盟国が拡大し、グローバル経済に統合されつつあることは、WTOにおける共通のルールのもとでの自由な市場の拡大だけでなく、国際政治・経済の安定にも寄与する。
各国がこうしたメリットを忘れ、WTOの維持・強化に向けた取り組みや交渉をおろそかにすることがあってはならない。EPA/FTAはWTO体制の内部に位置づけられる制度であり #10、WTOそのものに代替することはできない。
以上の認識に基づき、日本経団連は、新ラウンド交渉の推進とともに、WTO体制の維持・強化と、既存の制度の積極的な活用、そして必要な改革を図るべく、提言と活動を続けていく所存である。
各加盟国は、新ラウンド交渉終了後にも、相互に協力し、WTO体制の維持・強化に向けて、積極的に活動を行っていくよう求める。

(2) 各国経済界の役割

  1. 途上国の経済界との連携
    我が国経済界は、これまで、共同声明や共同ミッションの派遣、合同会合の開催などを通じ、新ラウンド交渉の推進に向けて、欧米主要国の経済団体と緊密に連携をはかってきた。
    このような取組においては、政府間で意見が対立する論点に関しても、経済界相互に一致して各国に対して主張することが可能となってきた。こうした取組を背景にして、各加盟国の合意を国内からも後押しすべく、働きかけを行っている。
    日本経団連は、今後は途上国の経済界とも、積極的に連携を深めていく所存である。途上国配慮のあり方を中心に、先進国と途上国とで見解の異なる部分は多い。しかしながら、途上国の経済界も自由化が国の発展に寄与することを理解しており、連携は可能である。一致して自由化を求める方向を模索していきたい。
    このような観点から、日本経団連は、途上国を含む各国の経済界に対し、ともに新ラウンド交渉に対して積極的に取り組むよう、一層の協力関係を構築するよう呼びかけたい。
    また、特に、著しい経済成長を遂げている途上国に対しては、WTOによる自由化の恩恵を十分に享受していることを自覚し、積極的に他の途上国を支援していくこと、率先して自由化を推進すべきことを訴えたい #11

  2. 自由化への理解を求めるアピールの強化
    先進国を含めて内外の経済界以外の関係者との対話を進め、WTOに対する理解を求めていきたい。交渉の推進には、経済界だけでなく、消費者、農業界など、幅広く国民一般の理解、支援が不可欠である。交渉によって恩恵を蒙るのは経済界だけではなく、広く国内経済にとってメリットとなる。
    このような観点から、政府においても広報活動等、積極的な取組を期待する。
    各国の経済界にも、消費者、農業界などと積極的に対話を進め、国内の自由化への理解を深めるために努力することを求める。

(3) 交渉進展に向けたWTOの改革

最後に、今後WTOが多角的貿易体制の基盤として機能していく上で、各加盟国が検討を進める必要があると思われる点について、問題を提起する。
第一に、現在の交渉の膠着状態は、WTOの構造的な問題に寄るところが大きいと考えられる。WTOの交渉はコンセンサス原則を基本としており、一カ国でも反対があれば、合意は困難となる。これが、意思決定に長期間を要する一因となっている。こうしたコンセンサス原則を、一定の要件を満たす場合に、緩和することが可能となれば、交渉の進展を加速することが可能となろう #12
第二に、客観的データ・分析に基づく交渉の促進と、途上国の交渉支援の強化である。現在も行われているように、関税や補助金の削減に関する効果に関する客観的な分析を、積極的に交渉に取り入れていくことで、より公平な交渉が可能となろう。
以上の観点の検討を含め、WTOを通じた自由化・ルールの整備を円滑に推進するために、取り組むべきことは多い。新ラウンド交渉が終結した後には、上記の論点に関し、真剣に検討を開始する必要がある。日本経団連としても、積極的に活動を進めていきたい。また、各加盟国、主要国の経済界に対し、WTO体制の維持・強化に向けて、ともに努力することを求める。

4.わが国通商戦略のあるべき姿

(1) 基本的政策(WTOを基軸に)

3(1)で述べたように、わが国においても、戦略的に重要な国・地域との間で、EPA/FTAを推進し、WTOよりも高度かつ広範な自由化、ルールの整備を追求することは、グローバルな競争に遅れをとることなく、国内企業の競争力強化に必要な環境を形成する上で不可欠である。
しかしながら、グローバルな自由化とルールの形成を可能とし、整備された紛争解決手続きを有するWTOは、グローバルな規模での自由かつ円滑な経済活動を支え、わが国の経済の発展に寄与するものである。
通商立国であるわが国にとって、WTOによる多角的自由貿易体制こそ、戦後の経済発展を支える制度的基盤となってきた。わが国がこうしたメリットを忘れ、WTOの維持・強化に向けた取り組みや交渉をおろそかにすることがあってはならない。
このような観点から、わが国政府は、改めてWTOの維持・強化を通商政策の基軸に位置づけるべきである。その上で、FTA/EPAに関しては、WTOを補完する観点から、WTOよりも高度かつ広範な自由化、ルールの整備を追求する必要がある。

(2) 省庁間の連携と対外戦略構築機能の一元化

わが国がWTOを基軸として通商政策に望むために、まず必要なのは、戦略立案及び交渉に臨む体制の整備である。
現状においては、経済財政諮問会議において対外的な戦略全般が議論され、経済産業省の諮問機関である産業構造審議会には、通商政策部会が設置されている。また、WTO、経済連携それぞれに関する関係閣僚会議や、非公式な関係局長間の連絡会議が開催されるとともに、関係省庁が同席のもとで交渉が行われるなど、わが国対外戦略立案と交渉においては、政府内で一元的に立案され、連絡・調整が図られているとされている。
しかしながら、わが国国益全体の観点から、戦略的にWTO・EPAを推進する上で、これらの組織が有機的に連携した政策立案を行い、交渉において実質的に機能しているとは言いがたい。
まず、経済財政諮問会議では、形式的には、関係大臣、民間有識者によって総合戦略を立案することが可能であり、会議の決定事項を総理が閣議で発議して決定すれば、その戦略は行政各部を拘束することになる。しかし、実際には、経済財政政策全般にわたる重要事項を審議する経済財政諮問会議が、通商戦略全般、またWTO・EPA交渉の進捗に応じた細部の対応を決定することは困難である。
また、関係会議等も、WTOと経済連携が別個に存在するうえ、各省からの報告や立場表明の場といった役割を超えて具体的戦略を決定することは難しく、また、実際の交渉においても、各省が自らの所掌の分野についてでなければ対応できないという事態が発生している。
このような現状では、WTOとEPAの相互補完、また交渉分野横断的な交渉戦略を迅速に決定することは困難である。

(3) 通商担当大臣と戦略本部の設置

こうした問題点に鑑み、内閣には、内閣総理大臣を本部長、新たに任命する「通商担当大臣」(仮称)を本部長代理、外務大臣、財務大臣、農水大臣、経産大臣等の関係閣僚を本部員とする「通商戦略本部」(仮称)の設置や、内閣官房に行政内外からの精鋭を集めた直属の事務局組織を設置、運営に民間関係者の知見を活かすことなどを、改めて検討する必要がある。

(4) 政府審議会の機能強化と官民の連携強化

通商担当大臣と戦略本部の設置とあわせ、政府審議会の機能強化も必要である。産業構造審議会のもとに設置される通商政策部会では、経済産業省所管以外の内容に関する実質的な審議は期待できない。民間や関係者の意見を通商政策に着実に反映しつつ、分野横断的に官民の連携を強化する方策について、検討しなおす必要がある。

以上

  1. 「WTO新ラウンド交渉・香港閣僚会議の成功を望む―各国は政治的決断を―」(2005年9月20日)、「香港閣僚会議に向けた共同宣言―経済界は貿易自由化の実質的な進展を望む」(2005年11月21日)ほか
  2. 新たな食糧・農業・農村基本計画では、重要施策の一つとして、2007年産から、品目横断的経営安定対策を導入することが明記されている。これまで全農家を対象とし、品目毎の価格に着目して講じてきた対策を担い手に対象を絞り、経営全体に着目した対策に転換している。
  3. 途上国の場合は、先進国より緩和された関税引下方式(フォーミュラ)が適用される。また、途上国には、下記の(a)又は(b)の例外が認められる。(a)鉱工業品等の全品目の10%までは、フォーミュラ適用時の半分以上の削減が行われ、かつ、当該タリフラインがその加盟国の全輸入額の10%を超えないことを条件に、フォーミュラ削減以下の削減を適用する。(b)タリフラインの5%までは、当該タリフラインがその加盟国の全輸入額の5%を超えないことを条件に、非譲許(WTOでの関税約束しない)を維持する、又はフォーミュラによる削減を適用しない。
  4. EUの家電の14%を例にとると、恣意的な関税分類のインセンティブを失わせるためには、3.7%程度(スイス・フォーミュラで係数5の水準)に引き下げることが必要である。
  5. 例えば認証やセキュリティに関する制度整備
  6. 例えばCD−ROM
  7. 例えばダウンロード
  8. わが国のODA大綱においては、「貿易・投資分野の協力」が盛り込まれているものの、これを具体化した「政府開発援助に関する中期政策」においては、WTOにおける途上国ルール遵守・交渉参加能力の向上に関する明示的な記述はない。
  9. 「開発イニシアチブ」では、今後3年間に、貿易・生産・流通インフラ関連分野で、合計百億ドルの資金協力を行い、また、この分野での技術協力として合計一万人の専門家派遣・研修員受入を行うとの目標が表明された。
  10. GATT24条には、関税同盟及び自由貿易地域について規定があり、これらは、域内関税等を「実質的上全ての貿易について廃止すること」を条件として、認められている。
  11. これに関連して、新興途上国は、先進国と同様のルールの適用に向けて準備を行っていくべきであり、こうした観点から、卒業問題(WTO協定履行能力のある途上国については、S&D(特別かつ異なる待遇)の適用を終了する)に関しても、検討を深めるべきである。
  12. WTOでコンセンサス原則が緩和されている例としては、紛争解決手続きでは、ネガティブコンセンサス方式(反対のコンセンサスが形成されない限り、パネル/上級委員会の判断が採択される仕組み)が挙げられる。各国が自由化を推進する上では、例えば、既に一定以上のコンセンサスがある場合には、自国の利害にとって重大な影響がない限り、コンセンサスを妨げることはできない、などの方法を導入することが考えられる。

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