新しい社会と成長を支えるICT戦略のあり方

2010年3月8日
(社)日本経済団体連合会

1.はじめに

日本経済は、雇用をはじめ、依然として厳しい状況にある。政府は、昨年12月に「新成長戦略(基本方針)」 1 を決定し、今後、肉付けを行って本年6月を目途に「新成長戦略」と「成長戦略実行計画(工程表)」を取りまとめる予定としている。ICT分野に関しては、政府IT戦略本部において新たなIT戦略を策定するよう、検討が行われている。産業界としては、今回の政府の新成長戦略やIT戦略が、経済発展のみならず、綻びの目立つ日本の社会システム全体の再構築につながる戦略となることを強く期待する。

ICT戦略に関し、日本経団連では、過去「次期ICT国家戦略の策定に向けて」(2005年10月) 2「新IT戦略の策定に向けて」(2009年5月) 3 など、政府のIT戦略の検討に合わせ産業界の意見を取りまとめ発信してきた。さらに、重要課題である高度情報通信人材育成のあり方や、諸外国に比べ取り組みの遅れている電子行政の推進に関しても、種々の提言活動を続けている。そこで、本提言では、政府の新成長戦略、IT新戦略の検討に併せ、経済危機後の新しい社会と成長を支えるICT戦略とその確実な実現に関し、改めて、産業界の考え方を述べることとする。

2.総合的なICT戦略の立案・遂行の必要性

ICTは、いまや現代の経済社会の神経網とも言える重要なインフラである。時間や空間を超え、大量の情報や機器を確実かつ瞬時につなぎ、束ね、処理、制御することで、人々の日々の暮らしは勿論、経済、産業、行政を含む社会全体の効率性、透明性、利便性などを飛躍的に向上させている。今後の我が国経済社会が民主導により持続的発展を遂げていくためには、国民や企業が創意工夫を重ね、活動していくことが不可欠であり、ICTはそのための基盤となる。

また、ICTネットワークの発達により、多種多様な機器、情報がつながり、様々な形で活用されることで、これまでにない価値が創造され新たなサービスや産業が創出されている。国民一人一人が日常的にICTを利活用することにより、健康で明るい高齢社会、地域経済の活性化、活力ある低炭素社会、個々人に応じた政策展開、国民の参加・監視による健全な国家・地方の行財政、そして国際社会へ貢献する日本が実現すると期待できる。

このようなネットワーク化されたICT社会においては、単体の取り組みや一つの基盤整備だけでは有効性が限定的なものとなるため、政策面でも、より複合的な取り組みが求められる。例えば、交通・移動分野では、持続可能なエネルギーの確保と同時に、快適な都市交通の実現や子どもや高齢者が安全・安心に移動できる環境整備、CO2排出削減への対応、街の活性化など多面的な戦略を展開しなければならない。

現代社会が抱える課題を総合的、的確に解決するためには、ICTの利活用が不可欠である。同時に、ICTがもたらす価値創造や、新しい形の社会のネットワークを十分に活用し、国際競争力強化を図り、成長を維持することが強く求められる。そして、ICTの利活用による業務の効率化を通じて生み出された貴重な人材や資源を、少子化・高齢化、環境制約といった社会構造の変化にともないニーズの高まる分野へ再配置していくという好循環を確立すべきである。

ICTはグローバル規模で、刻々と進化し続けている。経済危機からの脱出、危機後の国際社会での優位性確保に向け、国際競争力や経済成長に直結するICTに関し、各国とも野心的な新戦略を打ち出し重点的な資源配分を行っている 4。天然資源に乏しく、技術力と経済力を国際優位の要とするわが国において、ICT戦略の出遅れは、致命的な国際競争力低下を招きかねない。

国を挙げて数多くの困難に立ち向かうべき今こそ、ICTの利活用による新たな社会システムへの転換と経済成長、国際競争力強化に向けた総合的な戦略とその実施計画を早急に策定し、着実に実施していくことが急務となっている。

3.新たなICT戦略の基本的視点

(1)ICTによる新たな社会システム構築

これまでの戦略でも、数多くの施策が提案され実証などが行われてきたが、高齢化などの社会構造の大きな変化に対応した社会システム変革には必ずしも有効に結びついていない。

例えば、高齢化社会への対応として、ICTの利活用による高齢者等の社会参加促進があげられるが、従来の施策では、単に「不便」を「便利」にするという視点に留まっている。今後の戦略においてはICTを総合的に活用し、高齢者の能力を有効に社会で活用できるような社会システムや枠組みを整備していくという視点が求められる。また、民主導による経済の活性化のためには、新しい自立的な活動を支える社会基盤の革新が必要である。例えば、交通システムの革新的な改善(モビリティー・イノベーション)もその一つであり、ICTの利活用により多種多様な移動手段を円滑かつバリアフリーにつなぐ社会基盤と総合的な交通戦略が必要となる。

新たなICT戦略では、このように複合的な取組みを進めることで社会的課題を解決していくという視点に立ち、都市づくり、人づくり、社会づくりの一環としてICT戦略を位置付けていくべきである。そして、インフラ整備、実証とともに関連制度や規制の改革、業務や情報の流れの改革、人々の意識改革、新しい社会システムに必要な人材育成や活用、雇用・労働法制の改革による新しい働き方の創出、などを同時に進めていく必要がある。

(2)わが国が強みを持つ産業の育成と雇用の確保

経済社会のグローバル化は、今後、新興国を含め一層急ピッチで進展する。複雑に相互依存する世界経済の中で、わが国が今後とも確固たる地位を維持し、優位性を発揮しつつ世界に貢献していくためには、わが国が国際的に強みを持ち、今後の国際社会の発展に不可欠な産業を積極的に育成していく必要がある。わが国は2度のオイルショックを乗り越え、世界に冠たる環境・省エネ国家となり、今、その技術が産業の柱となりつつある。現在直面する、少子高齢化、環境制約という壁を、逆に将来の成長の糧とするよう、ICTの利活用により世界に冠たる安心・安全社会、環境適合社会づくり、都市交通システムづくりを目指す戦略を構築すべきである。このような分野で国際的な優位性をより伸張させることにより、経済成長と雇用の確保を図るべきである。

(3)中長期的な継続可能性と短期的な迅速性の重視

過去のIT戦略により、国民が変化を実感できる社会的成果を上げるに至らなかった大きな原因の一つとして、戦略を社会システム改革のレベルに確実に展開する継続的な強い意志とリーダーシップ、推進体制の欠如があった。

ICTを利活用した新しい社会システムを整備していくためには、人材の育成も含め、5年〜10年といった期間が必要である。ICT戦略は、基本的に政権交代等にかかわらず、国として確固たる長期整備計画に基づいて遂行すべきである。これまでの戦略が十分な実現に至らなかった理由を分析の上、その反省を活かし、中長期的な工程表、複数年度予算、責任・権限の明確化、数値目標、評価手法などを予め設定し、国民に進捗状況を公開しながら実施していく必要がある。

同時に、情報通信技術は日進月歩の勢いで進化している。クラウド技術 5 といった新しい技術により、世界的な勢力図が短期間で大きく変化する可能性もあり、ICT戦略の遂行には迅速性や技術動向に則した計画の修正といった柔軟性も不可欠となる。

(4)国民・企業の参加によるオールジャパンの下での重点戦略遂行

ICT戦略は、経済発展や利便性・透明性の向上を通じて、国民生活の向上や企業活動の活性化につながるものでなければならない。現行の極めて厳しい財政事情の下で、将来の成長を支えるICT分野に継続的に資源配分をしていくよう、国民、企業の十分な理解や支援を得つつ、ニーズの高いプロジェクトに重点を絞った効果的な配分を行う必要がある。政府は、国民、企業に対しICT戦略に係る理解促進に努めるとともに、国民にとって身近な行政手続きの電子化、サービスの向上といった成功事例を積み重ねることにより世論喚起を図り、参加意識を高めていくことが重要である。また、国民や企業の意見をICTの活用により収集、分析するなど、国全体のコンセンサスを形成し、オールジャパン体制で取り組んでいく必要がある。企業においても、ICTによる新しい社会システムの構築という社会的意義の実現に向けて、連携を図りつつ取り組む必要がある。

4.重点的に取り組むべき分野

わが国が抱える社会的課題、今後の国際社会に対する貢献、国際的な優位性確保の必要性を踏まえると、ICT戦略において重点的に取り組むべき課題として、

  1. 政府部門の「つながる化」〜電子行政の推進〜
  2. 環境・エネルギー問題への貢献
  3. 安心・安全な社会システムの構築
  4. 新産業創造、地域力・アジア力の取り込み

そして、これらの重点課題を中長期的に持続可能な形で支え実現していくため、

  1. 高度情報通信人材の育成

の5点が特に重要である。

(なお、それぞれの分野における具体的な取組み例については、「新しい社会と成長を支えるICTプロジェクト100」を参照)

(1)政府部門の「つながる化」〜電子行政の推進

既に述べたとおり、多種多様な情報や機器がICTを通じて「つながる」ことにより、社会全体の利便性や効率性、透明性を向上することが可能となり、新たな価値や産業の創出が期待される。諸外国に比して著しく出遅れている政府部門の「つながる化」を進める上で特に重要な点は、各府省の政策と政策をつなげていくことである。例えば、ICTに係る研究開発、人材育成、実証、産業への応用、データの蓄積・分析、国際展開といったシームレスな政策展開が重要である。また、結婚から妊娠、出産、育児 6、医療、教育など、絶え間のない、政策と情報の連携が必要である。政府全体の政策をつなげ、電子行政を推進することで、国全体としての効率性向上や価値創造が図られ、経済成長や国際競争力強化 7 に資することとなる。

また、わが国では、年金問題を始めとして国民の政府部門の業務の正確性や効率性に対する信頼性が低下しており、将来不安を誘発する原因となっている。電子行政を通じ、正確性、効率性、透明性、利便性を向上させるとともに、政府が国民や企業を管理するのではなく、逆に、国民が政府につながり、参加し、監視していく仕組みを構築すべきである。ICT社会の下での国民や法人の権利・義務のあり方についても検討が必要である。

さらに、GDPの2倍に迫る長期債務残高を抱え、先進国最悪の財政状況に悩むわが国にとって、行政の無駄の徹底排除、人材の有効活用は、最優先の課題である。クラウド技術やBPO 8 を活用して、中央省庁、自治体を通じた業務やシステムの標準化、共同利用、データ連携を確立すべきである。

日本経団連では昨年11月「ICTの利活用による新たな政府の構築に向けて」 9 を公表し、電子行政を強力に推進する上での5つの原則と早急に措置すべき3つの施策を示した。3つの施策、すなわち、(1)電子化の前提となる業務改革(BPR 10)、アウトソーシング(BPO)の推進や、電子化に伴う人材の有効活用、(2)電子行政を推進する体制(行政CIO 11、責任権限の明確化)、法律(仮称:電子行政推進法)の整備による着実な推進、(3)社会保障・税の共通番号制度の導入を急ぐ必要がある。

このうち社会保障・税の共通番号に関しては、政府において本格的な検討が開始されている。政治主導により、横断的で迅速な検討を行い、必要な法改正も含めた明確な工程表を一日も早く提示することを期待する。検討に当たっては、次の点に十分に配慮する必要がある。

  1. 社会保障・税の共通番号としての機能のみならず、本人の了解の下で、省庁自治体間のデータ連携を可能とし、国民の利便性向上や行政の抜本的な効率化に資する、電子行政全般の共通基盤として検討する。
  2. 民間での活用を前提とした発展性を持った制度とする。これにより、新たなサービスの創出などを図る。
  3. 住基ネットや住民票コードなど、既存のネットワークや番号制度を活用する。
  4. プライバシーや情報セキュリティーに万般の配慮を行う。運用やアクセスの状況を監視する第三者機関についても検討を進める。

また、共通番号の持ち方(各行政システムの番号と共通番号の関係)やアクセス手法に関しても、セキュリティー、利便性、整備コストなどを考慮しつつ検討を進めるべきである。

(2)環境・エネルギー問題への貢献

地球温暖化問題は人類が直面する最も重要な課題の一つであり、全世界の国々が連携しつつ、実効ある対策を着実かつ長期にわたり講じていかなければならない。

わが国の省エネ・環境に係る技術は世界最高水準にあり、この強みを活かし、地球温暖化対策に国際的な貢献を果たすとともに、成長を支える産業の柱として育成していくことが重要である。ICTの利活用によって、個々の機器や建物の省エネを図るとともに、ネットワークを利用した面的な環境対策を講ずることが可能となる。

例えば、BEMS・HEMS 12(ビル、ホームエネルギー管理システム)によるエネルギー消費量の見える化、センサー技術を活用した照明・空調の制御などで、CO2排出増大が続く家庭、オフィス部門の省エネを強力に推進すべきである。

また、諸外国では、ICTのネットワークを利用し、太陽光発電などの再生可能な分散型エネルギーを安定的に電力網へ取り込みや家庭での効率的な電気使用を実現する、スマートグリッドへの取り組みが盛んになりつつある。わが国では、諸外国に比し停電時間が極めて短い 13、品質の高い電力網が構築されているが、この強みを活かすとともに、太陽光発電の導入拡大に向けて更なる技術向上を図り、国際的な標準作りにも積極的に関与しリードしていくべきである。

運輸部門のCO2排出削減対策としては、ハイブリッドカー、電気自動車などのエコカーの普及に加え、ITS 14(高度道路交通システム)や自動車から発信されるプローブ情報 15 等に基づいた交通流円滑化による面的な省エネを図っていくべきである。さらに、スマートグリッドと電気自動車などをつなげることにより、エネルギー消費の全体最適化を目指す新たなモビリティー社会づくりを目指すべきである。

反面、ICT社会の進展により必然的に情報の流通、保存、処理量は爆発的に増加し、ICTそのものの電力消費の大幅な増大 16 につながる。このため、寒冷地を利用した環境対応型データセンターの構築や仮想化技術 17 の採用などのグリーンITを推進する必要がある。

(3)安心・安全な社会システムの構築

急速な少子高齢化、多種多様な自然災害の脅威、都市への人口集中など、わが国特有の課題を克服することは、逆にわが国の強みとなり、世界各国に対する貢献へとつながる。環境・エネルギー技術とともに、ICTを利活用した安心・安全技術を核とした社会システム構築をわが国の強みとして確立していくべきである。

例えば、子どもから高齢者まで、すべての人が安全・快適・便利に移動できる社会の実現のためには、交通事故死者数を限りなくゼロに近づけるよう、路車間、車車間通信技術や衛星測位技術等を活用した運転支援システムなどを社会に普及させていくこと、また、利用しやすい交通体系の構築や、過度の自動車依存を是正するための多様な交通手段の最適組合せ等のITS方策を実施し、活力ある魅力的な住民視点での街づくりに貢献していくことが必要である。老朽化が進む橋や道路などのセンサーによる点検、自然災害の監視、災害時の通知や誘導などにもICTの活用を図る。

また、医療・介護分野においては、僻地における医療サービスの充実、医師不足への対応、医療水準の更なる向上などを目指し、財政への影響を抑制する観点からも、ICTの利活用による「コスト増なき医療革命」を進めるべきである。具体的には、電子カルテの普及などを通じた医療データの電子化とデータ蓄積による疾病動向の分析や疫学的研究、各医療機関のネットワーク拡大および遠隔地との情報連携などである。これらを達成するために、財政的な支援も行いつつレセプトオンライン請求の原則義務化を推進すべきである。

医療・介護分野におけるICTの利活用に関しては、人命、プライバシーなどに万全の配慮が必要である。一方、急速な高齢化社会への突入により、人的にも財政的にも医療・介護分野は深刻な危機に直面しつつあり、利活用可能なICTは積極的に活用するよう、遠隔診療に則した診療報酬制度のあり方や設備導入時のインセンティブ付与について検討するとともに、対面診療原則 18 のあり方といった制度の根幹に係る検討も重要である。

また、これらの安心・安全なICTは、高齢者から子ども、外国人など多様な利用者にとって簡便で使いやすいものへと進化させるよう、不断の努力が重要である。

(4)新産業創造、地域力・アジア力の取り込み

世界のトップレベルにあるわが国のICTインフラを活用し、優れたコンテンツを多様な端末を通じて流通させること、大量の情報を束ね価値創造を図ること、地域や中小企業など、個々のレベルに埋もれている情報やノウハウをつなぎ合わせ、発信していくことなどを通じ、新産業・新サービスの創造や地域活性化を図る必要がある。

通信・放送に係る融合法制を今通常国会において着実に成立させるとともに、来年7月の地上波デジタル放送への移行を完了させ、多様なコンテンツ流通を一層促進するとともに、限られた電波資源の有効活用を図る。今後、発展が期待される3Dコンテンツの撮影機器などはわが国の強みであり、国際的評価の高い日本のアニメコンテンツの3D化をはじめ、人材育成を含めた戦略をとりまとめるべきである。

また、農林水産業に係るノウハウの蓄積や共有、衛星データの活用などを通じて、生産性向上、地域活性化や技術の国際展開を図る。観光立国の実現に向けて、地域の文化財や史料のデジタル化や観光情報の国際的な発信力を充実することも重要である。優れた中小企業の技術の国際展開や、個々の中小企業では困難な国際規制 19 への対応などをクラウド技術等を用いて支援する仕組みの構築も必要である。

ICTを利活用した社会的課題の解決手法、新しい社会システムづくり全体を、ファイナンス、運営、保守、人材育成まで含めたパッケージとして、東アジアを始めとする海外に展開することも重要である。その際、徹底した顧客視点や国際連携が必要であることは言うまでもない。なお、コア技術や国際標準化やデータの蓄積など、日本国内で確保すべき分野は戦略的に決定しておく必要がある。

本年は、日本においてAPECが開催される。今後は、環境・エネルギー問題への貢献や安心・安全な社会システムづくりなど、日本の強みとアジアの成長を連携させていく必要がある。APECの場を活用して、プライバシー、セキュリテイー、知的財産、基準認証など、国境をこえるボーダーレスなビジネスサービスの推進にかかわるルール形成や、国際標準づくりなどに貢献していくべきである。

(5)高度情報通信人材の育成

国のICT戦略を実現する人材、さらには10年、20年後も戦略を深化させ、革新的に進化するICTの可能性を引き出し、社会を変革させ、成長を牽引していく高度情報通信人材が継続的に育成されなければ、ICT立国は画餅に帰すこととなる。各国とも成長と国際競争力強化に直結するICT戦略の実現に向け、国主導で専門大学の設置など必要な高度情報通信人材の育成を計画的に進めている。ICTが社会のインフラとして定着した今日、高度ICT人材の育成は、産業界で活躍する人材のみならず、中央省庁、自治体、医療、教育といったあらゆる分野において課題解決を図るために不可欠である。

日本経団連では、2005年に策定した提言 20 の有効性を実証すべく、モデルケースとして産学官連携による高度情報通信人材の育成支援(産業界からの教員派遣、インターンシップ受入れ、企業の現場の題材に基づく教材開発など)を続けてきた 21。現在、その活動は経団連有志企業によるNPO法人 22 に継承されているが、教育機関や政府の支援は限定的かつ時限的であり、産業界一丸となった協力継続は危うい状況にある。本来の趣旨に立ち戻り、国のIT戦略の一環として、今後のICT社会において高度情報通信人材がどの位の規模で必要となるのかを明らかにし、必要な予算措置を講じて恒常的に人材育成を推進していく必要がある。そのためには、高等教育機関の役割が最も重要であり、基礎研究に偏重されがちな評価を、応用研究や社会への還元に資する高度人材教育の成果にも向けていくことが必要である。とりわけ、今後のICT分野では国際的な交渉力や連携力が求められることから、グローバルな観点での人材育成が求められる。

一方、初等教育の段階からICTリテラシーの向上を図るよう、義務教育においてタブレットPCなどのICT機器を積極活用し、基礎的な情報処理能力を高めるとともに、標準的な校務はクラウド化やBPOにより負担軽減を図り、生徒との対面時間を極力増加させるといった施策も重要である。

5.ICT戦略の遂行に向けた課題

(1)推進体制の確立

これまで、幾度にもわたり政府のIT戦略が取りまとめられ、電子行政、医療、教育などが重点分野として取り上げられて来たが、国民が実感できるような成果を達成することができていない。主要な原因としては、戦略の実施が各省縦割りの弊害に陥り、連携不足で国全体の社会システム構築に結びつかず、部分的な実証で終了したり、業務改革や制度改革が伴わなかった点などがある。

ICT戦略は国づくり戦略であるという視点に立ち、政治の強いリーダーシップと国民・産業界の積極的な参画を両輪として着実に遂行していく必要がある。そのためには、戦略の立案部署であるIT戦略本部に必要な人材を集結し抜本的拡充を図るとともに、その総責任者として国の行政CIOを任命すべきである。戦略の遂行予算に関しては、財務当局との連携の上、立案段階からIT戦略本部が一括して管理し、執行を厳しく監視し、国全体の最適化に責任を持つべきである。各々のプロジェクトに関しては、立案から完成まで5年程度の官民によるプロジェクトチームを立ち上げ、原則として同一の責任者の下で完遂するといった体制も検討に値する。

また、電子行政、高度交通システム構築、医療・介護システム改革といった大規模な戦略に関しては、推進体制等を示した推進法(例:電子行政推進法)を制定し、法的な拘束力に基づいて着実に実現していくことも重要である。

(2)PDCAサイクル 23 の強化

戦略には目標、工程、責任の明示が必須である。まず、戦略の達成によって構築される社会像、その構築に向けた目標、目標を達成するための方策、さらに細かい施策等から成る目的体系図を明らかにしていくことが重要である。

その上で、国民視点に立った評価指標、例えば、コスト削減規模、人員配置の変更目標、業務処理スピードの改善目標、ICTを通じたアンケートによる住民満足度の向上目標、などを明示する。さらに、誰が、いつまでに、どこまでの作業を行うか、明確な工程表が必要である。これらの計画や進捗状況は、常に国民に対して分かりやすい形で公開していく。また、IT戦略本部の評価専門調査会の機能強化等により、進捗状況や評価指標の達成度等について、定期的に、第三者的な立場による評価を行い、評価に基づいて改善すべき点を明らかにし、戦略の総責任者たる行政CIOが改善計画について新たな指示を行うといったPDCAサイクルを確立すべきである。

経済危機から脱却し、少子高齢化社会においても安定的に成長し、安心・安全な国民生活を保障するとともに、環境・エネルギー問題といった地球的課題に対し国際的な貢献を果たすよう、課題解決の先進国を目指したICTの利活用が不可欠である。

新しい社会と成長を支えるICT戦略の策定、実現に向けて、産業界としても引き続き、国との連携、国民世論の喚起に努めていく。

以上

  1. 官邸ホームページ参照 http://www.kantei.go.jp/jp/kakugikettei/2009/1230sinseichousenryaku.pdf
  2. 経団連ホームページ参照 http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2005/071.pdf
  3. 経団連ホームページ参照 http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2009/043/index.html
  4. 平成21年版情報通信白書P.8 http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h21/pdf/l1010000.pdf
  5. ユーザー自身がハードウエアやソフトウエアを所有することなく、ネットワークに接続された端末を通じて必要なサービスを受ける技術。ユーザーの投資が少なくて済み、ハードウエアの技術革新への対応も不要といったメリットがある。
  6. 例えば、約1000万人が受給している児童手当では、住民側、行政側で毎年9つもの手続が行われている。
    経団連ホームページ参照 http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2009/symposium1208/shiryo.pdf
  7. World Economic Forumの調査によると、日本のICT競争力の順位は2008年で17位。近年は20位付近に低迷している。
  8. Business Process Outsourcing (業務の外注化)
  9. 経団連ホームページ参照 http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2009/095.html
  10. Business Process Re-engineering (業務プロセスの再構築)
  11. Chief Information Officer (最高情報担当責任者)
  12. Building and Energy Management System、Home Energy Management System
  13. 年間事故停電時間の国際比較 http://www.fepc.or.jp/present/supply/antei/sw_index_02/index.html
  14. Intelligent Transport Systems
  15. 走行中の車両から収集する車両位置等の情報。大量の情報を収集・加工することで人や運転者、環境に適した交通流を作るとともに、新たな情報提供などの新サービス創造が期待される。
  16. 2025年にはIT機器の電力消費量が現在の約5倍、国内総発電量の2割に達するとの試算がある。
    政府総合科学技術会議資料 http://www8.cao.go.jp/cstp/siryo/haihu74/siryo4.pdf
  17. ユーザーの使い勝手を変えないまま、1台のハードウェア(サーバー)をあたかも複数のサーバーのように有効活用する技術。コストや消費電力の削減が期待できる。
  18. 医師法第20条「医師は、自ら診察しないで治療をし、若しくは診断書若しくは処方せんを交付してはならない。」(規制緩和により若干の例外あり)
  19. 例えば、EUの有害物質規制RoHS、化学物質規制REACH、国際会計基準IFRSなど
  20. 経団連ホームページ参照 http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2005/039/index.html
  21. 経団連ホームページ参照 http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2009/113.html
  22. 特定非営利法人高度情報通信人材育成支援センター:http://www.cefil.jp/
  23. Plan Do Check Action:計画・実施・評価・改善から成る継続的な業務改革プロセス

日本語のトップページへ