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新産業・新事業委員会企画部会報告書

「日本型コーポレート・ベンチャーを目指して」

第2部

これまでの経験から得られた教訓


  1. 新規事業開拓の失敗の要因
    1. ニーズとシーズが適切に結びつかない。
      1. アイデア先行、シーズ先行で、顧客をとらえるマーケティングが伴わない。特に自社の技術力を過信し、顧客のニーズに合った商品を提供できない。
      2. アイデアや技術は優れているが、商品コンセプトが不明確であるため顧客に訴えることができない。
      3. 技術を開発しても、顧客の絞り込みに過不足が存在する。例えば、広範な顧客を見込む、あるいは顧客の範囲を狭く見込み、採算が取れない。

    2. 一般的な産業成長性にとらわれている。
      1. 一般的な産業成長予測と、現実のミクロ面での個々の具体的な市場ニーズの動向との間にギャップがある。
      2. 成長性が高いと予想される商品を開発しても、競合他社に対する優位性が不明確なため、売り上げが伸びない。
      3. 潜在的ニーズの顕在化を過度に楽観視し、市場の発展が予想を下回っている。

    3. 従来体制の延長での取り組みに止まっており、事業化に対する意欲と執念が不足している。
      1. 新規事業育成はスタッフ任せで、トップに確固たる経営姿勢が見られない。スタート時に思い切った資源投入がない。
      2. 従来事業と同じ体制をとり、新規事業部門への権限委譲が行われず、また、営業などの体制も従来のしがらみをもっているため、柔軟性・機動性が欠ける。
      3. 年功序列、通常の人事ローテーション、単なる余剰人員の雇用の受け皿など人材の適材適所の配置が行われていない。

    4. 新規事業の市場特性の認識が不十分である。
      1. 従来と異なる顧客層の特徴を把握せずに、製造・営業を行う。
      2. 新規市場に対応した営業ノウハウを備えないまま、従来事業と同様のマーケティング、顧客開拓を行う。
      3. 継続的に膨大な設備投資を要する市場であることを認識せずに参入したケースも見られる。

    5. 決断のタイミングが不適切である。
      1. 参入時期が早すぎる。ニーズ立ち上がり前の段階、あるいは関連インフラ未整備の段階等に参入した。
      2. 撤退の決断が遅れた結果、撤退のタイミングを逃し、より一層大きな損失を被る。

  2. 新規事業開拓に成功した要因
    1. 自社商品に関する市場の成長を確信できる。
      1. 自社または自社グループに技術、商品があると確信できる。また、技術革新の動向、類似商品の動向、米国等海外市場の動向等から成長市場があると確信できる。確信できれば、マネジメントや営業等は後から付いてくる。確信こそがビジネスの原動力である。
      2. トップが自ら挑戦に値する新規事業を考え、社員に示すとともに、積極的な推進姿勢を示す。

    2. 自社ならではの魅力、利点を持つ。
      1. 技術力、商品、商権、営業力等のうち何か一つにアドバンテージを持っている。
      2. 競合他社との横並びではない、独自性を備えた商品の開発または販売方法を行っている。

    3. 社内の経営資源を有効に活用する。
      1. 情熱を持った事業推進リーダーが存在する。
      2. 社内起業家の指名、人材公募等により、経験、ノウハウ、技術を持った人材を活用する。
      3. トップのリーダーシップによって資金、ノウハウ(法務、財務、経理、総務、労務、開発、品質保証など)等の面で社内のサポートを活用する。

    4. 新事業・市場特性に合った独立運用体制を導入する。
      1. トップのリーダーシップによって従来の事業ルールと異なるルールを適用する。(独自の営業体制、部品・資材・設備等の調達ルート、従来の慣習にとらわれないコミュニケーション・システム、従来のしがらみにとらわれない決済ルール等)
      2. シングル(新事業部門に相応しい)、シンプル(簡素)、スピード(迅速)、フレキシビリティ(機動性、柔軟性)のある運用体制を構築する。
      3. 本社管理部門と新規事業部門は並列という意識をもって新規事業部門が自由かつ柔軟な対応ができるようにする。
      4. 分社化により、異なる企業カルチャーの創出、分社経営陣へのインセンティブの確保(適材適所、権限付与等)、異なる人事制度の採用等を図る。
      5. 本社と子会社間の優劣意識を排し、事業・営業部門が自主的な事業展開を推進できるようにする。

    5. 創造性を重んじる会社風土を醸成する。
      1. 社内のあらゆる所で、新しいことをやっていくことが社員の宿命であるという意識がある。
      2. トップを含めて、あらゆるところが現場、という考え方から新事業・新商品開発を模索している。
      3. 人は失敗を重ねて成功するという考え方に立って、進取の精神を重んじている。

  3. 新規事業創出のための教訓
    1. トップのリーダーシップの重要性
      1. トップが固い信念と技術・市場の展望を持って、リスクの大きな新事業に積極的に取り組む姿勢を示す。時には取り組むべき分野を示し、執念をもって取り組む。
      2. トップが他社との横並びを排して独自の強みを追求し、売り込みを行うとともに、トップのリーダーシップによって新事業を粘り強く育て上げる。
      3. 景気動向にかかわらず新事業開拓を促進するための体制づくりに、トップが強くコミットする。例えば、トップが全社的な取り組みとしての位置づけを行うなど、新事業部門に経営資源を投入しやすい雰囲気づくりを行う。また、従来のシステムにとらわれず新事業部門に相応しい組織づくりや、営業・調達等の仕組みができるよう支援する。
      4. トップダウンにより総務・法務・技術・販売等の関連部署の協力・支援を得る。また、トップが常に新事業担当者を励まし、精神的に支える。

    2. プロジェクトにチャレンジしやすい仕組みを社内に作ることの重要性
    3. 事業の種を従来の社内の発想や嫉妬心等によってつぶさず、ベンチャー的取り組みを促すコーポレート・インキュベーションの充実が必要である。起業家は、これに甘えるのではなく、活用することによって、新事業を推進することが期待される。

      1. 事業提案を積極的に取り上げて具体化する。そのため、社内から生まれたアイデアを前向きに評価し判断する。また、提案の検討に当たっては、独立ベンチャー企業経営者の意見を聴く。
      2. テーマ、事業の進め方について、社内の従来の発想ではなく、市場の動向を重視する。
      3. 社内公募制度、契約社員制度を活用し、社内外の優秀な人材をフレキシブルに投入する。また新規事業要員育成のための教育を行う(起業塾)。
      4. グループ企業内において、コーポレート・インキュベーションを充実させる。
        1. 企画段階
          1. 広く事業提案を求める。埋もれているテーマを拾い上げる。
          2. 労務対策的な色彩の強い企画は、プライオリティを落とす。
          3. 事業化調査費用企画の提供、情報収集の便宜等を行う。
        2. 実施段階
          1. テーマ実現の責任者の早期決定と経営者教育の実施を図る。
          2. トップの強い意志を社内に示す。
          3. 債務保証、コーポレート・ベンチャーキャピタルを通じて、設備資金・運転資金等資金の面の支援を行う。
          4. 法務、財務、経理、総務、労務、生産、開発、品質保証、営業、提携先紹介などの面で社内部門がサポートをする。
          5. 既存の人事システムにとらわれずに自由に社内外から適切な人材を登用・確保し、技術、マーケティング、財務等の人材を集める。
        3. フォローアップ段階
          1. 立ち上げ後2〜3年間は事業企画、営業活動に専念できるように支援を行う。
          2. トップによる激励等により新規事業部門の孤独感の払拭に努める。
          3. 起業家応募者を十分に待遇する。例えば、平等主義、横並び主義を廃止し、能力・実績主義による評価を行う。また、チャレンジ精神も高く評価する。本体に復帰する場合には優遇措置を講ずる。

    4. 新規事業におけるダイナミックで迅速な決断と行動の重要性
      1. 既存ルール安住型経営を否定し、既存の仕組みにとらわれない。案件、提案の処理に際して、親会社の稟議の対象とはせず、権限と責任を委譲し、意思決定のスピードを確保する。
      2. 新規事業部門が、機動的・弾力的に動けるシンプルな仕組み体制、スピード・フレキシビリティのある運用体制・販売、決済ルール等を導入する。

    5. 柔軟性とチャレンジマインドのある会社風土を醸成することの重要性
    6. 起業家を育成し、組織内に定着させるため、起業家が育ちやすく活躍しやすい企業風土づくりを進める。そのためには、まず社内に新規事業を起こして、次の1〜5項に示すような風土、方式を先取りして、その実績と有用性を社内に示し、その成果を受けて企業本体も柔軟でチャレンジマインドの風土に変革していくことも有効である。

      1. 固定的な組織・システムを嫌い、朝令朝改を許容する風土、新しいアイデアに寛容で、新事業への取り組みについて組織の壁は存在しない風土を醸成する。
      2. 出来あがった組織・スキーム自体が、次に打ち破るターゲットとするチャレンジ精神を涵養する。
      3. 地位、役職に関係なく、トップを含め、あらゆる社員が経済社会との接点を持つ現場との自覚をもって、新事業の企画立案を行う。
      4. 大企業に勤務する者の多くは、安定を求めており、そうした中でリスクを冒す社内起業家と協力者に対して、リスクや創造への挑戦者として相応の報酬・待遇を与え、前向きに評価する。本社、元の職場に復帰する時には高い評価を与え、処遇する。そのためにも、トップのリーダーシップが必要である。
      5. トップのリーダーシップによって新規事業部門の努力を支援し、新規ビジネスの成功例を積み上げる。

    7. コーポレート・ベンチャーを推進することの重要性
    8. 従来の本業の成熟化現象が進行している中、今後の新規事業については、これまでのような本業を補完する新事業にとどまらず、本業にもインパクトをもたらす、あるいは企業風土を変革するような取り組みが期待されている。そのためには、権限と責任を思い切って社員に委譲して個性と創造性を尊重するとともに、会社がそれを支援する日本型コーポレート・ベンチャーを通じて、製品技術・製造技術の革新、新業態の開発、顧客満足度向上のための手法の開拓などを推進する必要がある。
      新事業を開拓する方法としては、事業部制、社内カンパニー制による対応(事業部、社内カンパニーに権限と責任を委譲し、当該部門関連分野を中心に新技術ならびにそれを利用した事業を推進)、全社的・組織的な対応(特別プロジェクトグループ等により会社のコアとなる新しい事業を育成)に加えて、最近、社員の自主性に応じて新事業部門経営の機会を与えるとともに、会社が人材、技術、資金、経営ノウハウ等の支援を行う(コーポレート・インキュベーション)動きがみられる。その手法には、社内プロジェクト型(社内の一部門として小回りのきく体制による新事業開拓。応募した従業員には権限の委譲、異なる人事考課等のインセンティブを付与する)とグループ内独立企業型(応募した従業員がグループ内の独立企業を自らの責任において設立・運営する。従業員の出資を認め、店頭公開・株式買い戻し、ストックオプション等のインセンティブが付与される。社内部門とほぼ同等の支援を本社から受けられる)がある。

      1. コーポレート・ベンチャーのメリット
        コーポレート・ベンチャーについては、人材、技術、資金、経営ノウハウ等を持つ大企業の良さと、スピード、機動性に優れるベンチャー企業の良さを併せ持つため、次のようなメリットを有している。
        1. 小回り、機動性、迅速な意思決定により、時代の変化を鋭敏に先取りした経営のスピードアップが可能となる。その結果、従来の企業には攻めにくかった市場を開拓できる。
        2. 事業の芽を広く発掘し、育成するとともに、埋もれた人材の登用ができ、またマネジメント体験の場、実力主義導入の実験場となるなど人材の発掘・活性化が期待できる。
        3. リスクへの抵抗力が大きく、成功する可能性が高まる。
        4. 自発的な起業の成功体験を積み重ねることによって、安定志向の大会社の風土を挑戦的風土に変える引き金になりうる。
        5. とくに製造業においては、人材、技術、資金、経営ノウハウ等を大規模に、あるいは長期間投入しなければ成果を期待できないビジネスが少なくなく、これらに対応できるのは個人ベンチャーではなく大企業によるコーポレート・ベンチャーである。

      2. 社内起業家の人物像
        当企画部会の議論の中では、
        1. 新市場や事業機会に敏感であり、リスクを感じながらも果敢に挑戦する人物、
        2. 雑草型で粘り強い行動派の人物、
        3. 独立性・自主性と協調性(人の話に耳を傾け、アドバイスを率直に受入れ)とのバランス、あるいはチャレンジ精神と危機意識とのバランスがとれている人物、
        4. 機会をとらえ、事業化のために迅速に人材と資源を動員する能力を持っている人物、
        などが挙げられた。
        なお、通常、リスクへの挑戦を推奨するため、社内起業家には、成功した時の報酬について、社員全般に適用される基準より高い独自のルールが設定されている。例えば、本社の給与制度ではなく、業績に応じた報酬を決められるようになっている。また、分社に当たって本人出資を認め、店頭登録、上場あるいは会社による時価での株式購入、ストックオプションの付与等によって、キャピタルゲインを獲得できる機会が与えられている。


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