[経団連] [意見書] [ 目次 ]

科学・技術開発基盤の強化について

〜次期科学技術基本計画の策定に望む〜

1999年11月24日
(社)経済団体連合会

  はじめに
  1. 科学・技術開発基盤の強化に向けて
  2. 総合科学技術会議への期待
  3. 次期科学技術基本計画に関連する重要事項
    (科学・技術開発基盤の強化策)
  おわりに

はじめに

国境なき時代といわれるなかで、欧米各国は自国産業の競争力強化、また広く国の魅力を如何に高めるかということに全力を挙げて取り組んでいる。翻って、わが国では、新しい世紀に向け、引き続き国力の維持・増進を目指すため、競争力を左右する大きな要因である産業技術力、またその基盤をなす科学技術、教育の重要性を今一度再確認すべきとの声が高まっている。とりわけ、科学技術は、主に基礎的研究により人類社会共通の知的資産を創造する役割を担うことは当然であるが、その一方で、近年、「何のための科学技術か」が問われており、もはや一般社会から離れた独立の存在ではないという認識が世界に広まりつつある。わが国としても、新世紀初頭から実施される次期科学技術基本計画の策定にあたり、改めて、科学技術の今日的課題とその影響力、また、技術開発基盤強化の重要性を広く国民に訴える必要がある。

今日、産業界は、大競争時代を生き抜き、新規産業分野の創出や既存市場における優位性を目指して、選択と集中、競争と連携を重視して、企業活動に取り組んでいるところであるが、この考え方は、企業活動に限らず、国家運営の基本方針にまで至る共通のものである。これらに加えて、次期基本計画は、知識の創造と活用の調和、成功に対する賞賛と敗者復活の容認という考え方も盛り込み、国、大学、大企業はもとより、地方自治体、中小企業、国民の一人ひとりが科学技術創造立国に向けて、意識・行動を変革する指針となるべきである。

I.科学・技術開発基盤の強化に向けて

  1. 最近における科学技術政策への取り組みと評価
  2. この4年間、わが国は科学技術創造立国を目指し、科学技術水準の向上を図ることにより、経済社会の発展、福祉の向上、世界の科学技術の発展、人類社会の持続的な発展に貢献することに努力してきた。昨今の厳しい財政事情のなかにおいても、科学技術基本計画にある「政府研究開発投資を21世紀初頭に対国内総生産比率で欧米主要国並みに引き上げる」との考え方の下、総額17兆円という目標を達成すべく、1996年度以降、科学技術全般に係る予算は着実に拡充されてきた。

    その結果、科学技術会議政策委員会(委員長:井村裕夫・科学技術会議常勤議員)が本年4月に実施した「科学技術基本計画のフォローアップについて(中間とりまとめ)」に示されているように、競争的な研究開発資金が大幅に拡充されたこと、わが国の科学技術の基盤をなす大学等においても、研究開発環境が徐々にではあるが改善されつつあること、さらには、兼業許可の円滑化や技術移転機関の設立等、国で生まれた技術の伝播・普及に係る諸制度が新たに設けられたこと等、研究開発の現場が活性化し、わが国の科学技術全般のレベルアップに貢献したことは評価される。

    一方、わが国が、真の科学技術創造立国を目指しながら、何故、バイオや情報通信分野でますます欧米との格差が拡大しているのか、縦割り行政の是正など早急に解決しなければならない課題は多い。その他にも、例えば、大学等の施設・設備の老朽化・狭隘化は手当てがなされているものの、国立大学等の保有する全施設面積の約5割が20年を経過しており、その約7割が改築、改修等の措置を必要としているなど、依然として深刻な問題である。また、情報通信基盤・知的基盤の整備、若手研究者の育成・活用、研究支援者の充実、産学連携制度、民間企業の研究開発活動への支援等、現在の水準は、国際的に見てなお不十分である。さらに、科学技術基本計画の冒頭に掲げられた「社会的経済的ニーズ」に対応した研究開発が進められているにも係らず、いまだ道半ばとは言え、国民一般の目に見える形で成果が出てきたとは必ずしも言えない。

    本年に入り、政府は、産業競争力会議の議論を受けて、6月の政府決定「緊急雇用対策および産業競争力強化対策」で国家産業技術戦略の策定と当該戦略を科学技術基本計画へ反映させることをはじめ、8月の産業活力再生特別措置法では、国の委託研究から派生する特許権等の受託者への帰属(日本版バイ=ドール条項)、技術移転機関(TLO)の特許料等の軽減が盛り込まれる等、産業技術力の強化に資する政策が矢継ぎ早に講じられたこと、さらには、9月には、科学技術基本計画の策定を担う科学技術会議においても、政策委員会のもとに4つのワーキンググループ(科学技術目標、知的基盤、研究システム、産業技術)が設置され、次期基本計画の策定に向けた本格的な検討が開始されたことは高く評価される。

  3. 次期科学技術基本計画における明確な目標の設定
  4. 次期科学技術基本計画においては、まずできるだけ国民に分かりやすい目標を設定し、そこに至るまでの方策について明確にする必要がある。例えば、現在、科学技術会議政策委員会のワーキング・グループで検討が進められている「知的存在感のある国」、「安心・安全な生活ができる国」、「国際競争力のある国(雇用機会の創出を含む)」という3つの大目標を実現するために、それぞれについて具体的な目標を掲げ、その達成年度、目標値等とその実現方策を明確化することが重要である。例えば、科学技術全体を見据えた立場から、国が主導して取り組むべき重点研究開発プロジェクトテーマ名を明確にして具体的な方向づけを行い、国民に明示することが重要である。

    同時に、次期基本計画では、知識の創造と活用の調和を目指して、技術の創造・融合、評価と伝播・普及、活用・事業化、標準化までに至る技術革新の全過程を視野に入れたイノベーションを起こしやすい環境整備(フロンティア創造型の技術革新システムへの変革)のための政策を迅速かつタイムリーに展開することが求められる。

    さらに、現行の基本計画では、政府研究開発投資を21世紀初頭に対国内総生産比率で欧米主要国並みに引き上げるとの考え方の下、科学技術関係予算の充実が図られてきたが(1999年度当初予算までの累計13.3兆円)、わが国の政府負担研究費の対国内総生産比(0.63%:1997年度)は、依然として欧米諸国(米国0.80%:1998年度、独国0.83%:1997年度、仏国0.97%:1997年度)に比べて低い水準である。また、最近においても、わが国の研究費総額に占める政府負担割合は20%以下であり、近年は上昇傾向にあるものの、欧米諸国の30〜40%に比べると極めて低い。

    そこで、引き続き厳しい財政状況下ではあるが、科学技術の発展が国内外の社会に与える影響、とりわけ技術革新の経済的効果や科学技術における国際社会への貢献等を考慮し、次期基本計画においても、科学技術関係予算の効果的かつ効率的な使用を前提に、予算を欧米諸国の水準まで計画的に引き上げる必要がある。具体的には、現行の基本計画と同様、計画実施のための必要経費の目標値(例えば、最終年度に対国内総生産比1%の実現等)を明示すべきである。とりわけ、科学技術関係予算のうち、産業技術力強化に資する予算については、本年10月に発足した国家産業技術戦略検討会(座長:吉川 弘之・日本学術会議会長)で検討されている国家産業技術戦略を踏まえ、総合的かつ計画的に拡充することが求められる。

    加えて、科学技術基本計画については、現行の基本計画策定から3年後にその実施状況を中間調査したように、次期基本計画についても、その進捗状況を中間評価するとともに、現行の基本計画の成果も併せて公表すべきである。

II.総合科学技術会議への期待

  1. 総合科学技術会議の位置づけ
  2. 2001年1月に発足する内閣府は、内閣官房を助け、内閣の重要施策に関する行政各部の施策の統一を図るために必要となる企画立案および総合調整に関する事務をつかさどることとされている。
    このような権限を持つ内閣府に設置される総合科学技術会議の任務は、第一に、科学技術の総合的かつ計画的な振興を図るための基本的な政策について調査審議、第二に、科学技術に関する予算、人材その他の科学技術の振興に必要な資源の配分の方針その他科学技術の振興に関する重要事項について調査審議、第三に、科学技術に関する大規模な研究開発その他国家的に重要な研究開発の評価の実施、第四に、先に掲げた基本的な政策や重要事項に関し意見を述べること、とされている。
    この総合科学技術会議が総合調整機能を発揮するためには、これからの経済社会において、産業技術が果たす役割の重要性に鑑み、産学のバランスの取れた議員構成とすることが必要である。また、総合科学技術政策に関し、強力なリーダーシップを発揮するために、内閣府設置法で「置くことができる」とされている科学技術政策担当大臣を任命することが望ましい。

  3. 総合科学技術会議に期待される主な役割
  4. 総合科学技術会議は、先述した科学技術に対する基本的な政策や重要事項等を、大臣からの諮問を待たずして自発的に、またタイムリーかつ迅速に調査審議し、積極的に意見を述べることが望まれる。とりわけ以下のような点で、同会議が果たす役割は極めて重要である。

    1. 科学技術創造立国を実現させるための「科学技術基本計画」の策定
      次期科学技術基本計画は、省庁再編直後の2001年度から実施されることになるが、目下、鋭意検討が進められているように科学技術会議が主導的役割を果たすべきである。既に指摘したように、わが国が科学技術創造立国に向けた目指すべき方向を示し、実現させるための基本構想を明示するとともに、国全体の科学技術関係予算の規模、国の負担率、対国内総生産の比率等、できるだけ分かりやすい目標を掲げるべきである。とりわけ、今後、急速な発展が期待されるが、米国等に遅れが目立つ情報通信、バイオテクノロジー、また、国が先導して取り組むべき分野である環境等の先端的科学技術分野については、国際的な技術開発競争における優位性の確保、国際協調・国際貢献等の観点から、一層発展させるとともに、わが国産業を支えている基盤的技術についても、持続的深化や極限追求を図ることを目指し、わが国の技術開発競争力を総合的に強化するための戦略を立案する必要がある。
      また同会議は、次期科学技術基本計画の着実な実施と執行面での縦割り行政の弊害の排除等に向けて、各省に対し、強力なリーダーシップを発揮することが強く期待される。

    2. 重点分野における国として取り組むべき研究開発プロジェクトの効率的な推進と評価
      現在、国家プロジェクトとして、国として一体的に取り組んでいる原子力、宇宙開発はもとより、情報通信、バイオテクノロジー、環境等の分野、さらには海洋開発、新材料・新素材等の分野においても、総合科学技術会議は、次期科学技術基本計画の方向づけを踏まえて、国として取り組むにふさわしい各省横断的な研究開発プロジェクトのあり方について、本会議の下に委員会、部会等を設けて調査審議し、提案することが求められる。その結果、政府として決定した研究開発プロジェクトについては、各省はそれを尊重し、各省連携の下に、従来の縦割り行政の枠を越えて研究開発を効率的に推進することが必要である。また同会議は、研究開発プロジェクトにかかわる国立試験研究機関等や特殊法人の横断的な連携や、大学等や民間企業と有機的に連携できる体制を構築できるよう積極的に誘導すべきである。
      同時に、科学技術に関する大規模な研究開発に加え、産学官連携・各省横断的な研究開発プロジェクトについても、国家的に重要である研究開発の場合には、総合科学技術会議が積極的に評価を行うことが重要である。関係各省はそれを尊重し、次年度以降の研究開発計画および予算、人材等の資源配分に反映するよう努めるべきである。

  5. 総合科学技術会議の効率的な運営に資する事務局の強化
  6. 総合科学技術会議を支える事務局は、各省より上位の立場で、総合科学技術政策を扱う専任の企画調整部門として、その役割は非常に重要である。
    同会議の事務局が、国家的に重要な科学技術政策を企画、立案し、かつ各省の施策を総合調整するためには、新たに任命される科学技術政策担当統括官のもとに、必要な人材を質・量ともに確保することが重要である。行政の内外から優秀な人材を広く集めるにあたっては、特に民間企業人を積極的に登用するため、身分、給与等を保証する任期付任用制度を早急に整備するとともに官民の人材交流の環境整備に努めるべきである。
    科学技術政策の展開にあたっては、海外諸国の動向を的確に把握し、迅速に運営していくことが重要である。米国では、行政府に対して政策を提案する大学を含めた研究所群が、政策形成に重要な役割を果たしている。わが国としても、総合科学技術会議の事務局本体の強化のみならず、大学や学協会、技術開発に高い専門性を有する民間のシンクタンク等の提案を積極的に受け入れ、活用していく必要がある。加えて、科学技術戦略の策定や企業戦略の構築等に資する共通のデータベースがわが国では不足しており、例えばIMD(国際経営開発研究所:本部スイス・ローザンヌ)の調査等を参考に早急に整備・充実させることが望まれる。

  7. 総合科学技術会議の下部組織のあり方
  8. 総合科学技術会議本会議の下に設けられる委員会、部会等の組織については、経済社会のニーズや科学技術の発展に対応して、わが国全体の総合的な課題を扱う組織と専門家で深く議論すべき個別課題に対応した組織等、適宜設置できるような組織とすべきである。また、委員会、部会等のメンバー構成は、科学技術が社会に与える影響を鑑み、従来の科学技術関係者だけではなく、21世紀を担う若手研究者や海外有識者、社会科学系有識者、民間企業経験者も含め、国民各層の声が幅広く反映されるようにすべきである。
    調査審議内容・評価等については、会議運営の透明性の観点から、国民各層に分かりやすく広報できるよう一層工夫する必要がある。

III.次期科学技術基本計画に関連する重要事項(科学・技術開発基盤の強化策)

次期科学技術基本計画は、新たな府省体制に設置される総合科学技術会議の運営の下、I.で述べた基本的視点を踏まえ、各項目について、できるだけ国民に分かりやすい目標を設定するとともに、技術の創造・融合と基盤強化、評価と伝播・普及、活用・事業化、標準化に至るまでの技術革新の全過程を視野に入れた政策を、迅速かつタイムリーに展開することが求められる。

  1. 技術の創造・融合と基盤の強化:大学、国立試験研究機関等への期待
    1. 21世紀の科学技術、産業技術を支える教育改革の推進
      産業界はじめ社会が大学に期待する主要な役割は、教育面では優れた人材の供給主体として、研究面では世界でトップクラスの科学技術水準を実現し、情報を世界に発信する拠点として活躍することにある。特に、近年、研究開発プロジェクトが大型化し、開発競争の激化からリスクが高まる一方、何よりもスピードが要求される時代となっており、基礎研究の一翼を担ってきた一民間企業では対応しきれない分野が拡大しつつある。大学がその能力を最大限に発揮し、国際的にもトップクラスの活動を実施することが将来の競争力確保の観点からも重要であるとの認識が強まっており、産業活動を支える技術革新の起点となる研究開発機関として、その期待は高い。
      その一方で、わが国の大学における問題として、流動性、競争性、国際性の欠如が指摘されて久しい。そこで、わが国の大学の活性化に向け、教育・研究レベル等の現状を早急に調査した上で、以下の方向で改革を進める必要がある。同時に、初等・中等教育においても、国語、英語、理数等の基礎学力強化や情報リテラシーの早期習得はもとより、大学改革の新しい方向が初等・中等教育にも速やかに反映されることが期待される。

      1. 競争原理の導入等による大学の活性化
        第一に、大学の個性化による競争原理の導入と、今般の行政改革の一環として議論がなされている国立大学の独立行政法人化への対応である。国立大学における教育・研究は、自主性・自立性と自己責任を基本として行われるべきものであるが、今後の見直しの方向としては、大学の活性化を目指し、欧米諸国の大学に見られるように、独立した法人格を持つことにより、自らの権限と責任において大学運営にあたること、組織編成、教職員配置、予算執行等の面で、各大学の自主性・自律性を発揮できるようにすること等が重要である。とりわけ教育責任の徹底と教育活動の評価、教育面・研究面における競争原理の導入と第三者評価、学部・学科の経済社会のニーズに即した弾力的な見直し、事務局を含む大学運営の改善、学長・学部長の権限強化等を図る必要がある。一方、大学の教育・研究水準の維持・向上を図るためには、わが国の高等教育等への資金投入が対国民生産比0.7%(1996年度)と、欧米諸国に比べて著しく低い水準(米国1.1%:1994年度、英国1.4%:1995年度、独国1.5%:1995年度)にあることを踏まえ、公的資金を拡充することが不可欠である。とりわけ科学研究費補助金等の競争的資金は、研究者の独創性や研究意欲を促すものと期待されているが、米国や英国では、科学技術関係予算のうち競争的資金が3割以上(米国3.5兆円:2000年度、英国0.5兆円:1999年度)を占める一方、わが国は約1割(0.3兆円:1999年度)にとどまっており、その拡充が望まれる。
        第二に、大学等の研究者の国内外における流動化促進である。現在、国立大学は、任期制に基づく教員を招聘することができるとされているがあまり実績があがっておらず、同制度を積極的に活用することが望まれる。産学連携・国際交流を深化させる観点からは、各々が相互に魅力ある存在になる努力を払う一方、産学官連携プロジェクトへの大学等の若手研究者の積極的な活用、民間企業経験者の大学教員への積極的な登用、大学教官の海外派遣の拡充や外国人教官の積極的招聘等が重要である。また、大学等は、国内外の企業との人材交流、大学内における流動化の状況等、流動化の現状を示すデータ・評価を自ら公表することが求められる。
        第三に、大学教官の特許等の取得に対するインセンティブの付与が重要である。特許料収入を大学等へ研究費として還元したり、研究実績の評価を行う際は、論文だけではなく、特許業績等を積極的に評価するとともに、国有特許に係る発明補償金の額の引上げ、大学・大学教官や学生に対する特許料の軽減措置の導入等が重要である。

      2. 技術者の力量の向上と国際的同等性の確保
        科学技術の発展や技術革新は、研究者・技術者個人の能力に依るところが大きく、世界のトップレベルの研究者・技術者を発掘・育成することが求められる。産業界は、これまで大学には人材の量的確保を求め、質的には企業内教育を中心に対応してきたことを反省し、昨今の経済社会の変化に迅速に対応していくため、民間企業が求める人材像を明確にする一方、大学と一体となって、研究者・技術者の育成を進めていくべきである。大学においては、実用英語、情報リテラシーの習得はもとより、実社会とのつながりを重視し、知的財産権、金融工学、起業家教育、情報化教育、民間企業側の協力による学生の企業への一定期間の派遣(インターンシップ制度の積極的活用)等の実践的教育内容の充実、さらには、企業人の専門領域の強化および多様な専門性に対応するとの観点から、経済社会のニーズに対応した大学院大学の強化(高度専門教育、社会人再教育の充実等)が重要である。
        また、国際的な技術・事業提携業務において、有資格技術者の署名が必要とされるなど、邦人技術者が国外市場で活躍するために、国際的に通用する技術者資格制度が必要となっている。特に、APECをはじめとする技術者資格の国際的相互承認が具体化しつつあり、わが国としても、技術者資格要件の国際的同等性の確保と相互承認、技術者の社会的地位の向上等の観点から、教育、資格、継続教育の一貫した制度の確立が重要である。教育面においては、大学等における技術者教育カリキュラムの外部認定制度(アクレディテーション)の創設への支援が何よりも必要である。資格面では、目下、政府の技術士審議会で検討がなされている技術士制度の改善について、現在第一線で活躍している多数の技術者や既に資格を有する技術者に配慮しつつ、特に米国との相互承認を目指し、国際的同等性の確保、技術士取得へのインセンティブの付与、現在設立準備がなされている日本技術者教育認定機構及び専門学協会等の関係団体との連携強化等の観点から見直すべきである。

      3. 国民の科学技術に対する理解と教育
        科学技術の健全な発展のためには、国民が正しい科学知識を習得し、理解することが基本となることは言うまでもない。とりわけ、バイオテクノロジー、原子力、環境の分野の研究開発・実用化には、国民の十分な理解の下で進める必要があり、そのための科学技術教育の充実と教育人材の確保等、国民の科学技術に対する理解力の強化に向けて、客観的な評価を踏まえつつ、産学官が協力して積極的に取り組むべきである。また、例えば、多様な可能性を秘めるロボット技術・光技術の開発や、ベンチャー企業の創出、さらにはもの作りの重要性など、国民の底力につながる科学・技術開発基盤の強化に向けた取り組みが強く求められる。

    2. 研究環境、知的基盤等研究開発基盤の強化
      大学、国立試験研究機関等については、その施設整備が遅れていることを既に指摘したが、他方、研究開発機関等の間のネットワーク、計量標準・物質標準等のデータベース等は、技術革新の促進のみならず経済社会のあらゆる分野における活動の共通基盤として重要であるにも係らず米国に比べて整備が極めて立ち遅れており(計量標準:日本74種(1999年度予定)、米国約300種、物質標準:日本69種(1999年度予定)、米国約200種)、わが国の研究開発の生産性の向上に大きな障害になる惧れがある。
      わが国としては、引き続き、次期基本計画において、ソフト面における世界のフロントランナーに相応しい情報ネットワークの構築と情報発信拠点を目指し、またハード面においても、大学・国立試験研究機関等の施設・設備など研究開発環境の計画的かつ加速的整備を最重要課題の一つとして強力に進めるべきである。同時に、計量標準・物質標準、遺伝子情報登録数、生物資源保存数、化学物質安全情報等の充実や、各大学間、各国立試験研究機関間のネットワーク化の促進については、次々期科学技術基本計画も念頭に置いて、米国並みの知的基盤水準に向けた計画を策定するなど、世界水準の科学技術を目指した研究環境を整備すべきである。
      国立試験研究機関等については、そもそも国の政策目的を直接的に遂行する機関であることから、今般の独立行政法人化に際し、各省の所掌範囲のなかにおいて、組織目的を明確化にしたうえで、国の諸施策に沿って組織を大括りに統合するなど、研究開発活動を重点化していくとともに、先に述べた知的基盤の構築に大きな役割を果たすべきである。特に、企業活動に関わりの深い国立試験研究機関等については、経済社会の変化に対応し、機関評価・研究評価等を参考にして、研究開発の迅速化・効率化と知的基盤の強化を図るべきである。将来的には、世界をリードできる中核的機関を目指す必要があろう。
      情報発信能力の強化も重要である。米国では、政府の資金援助による研究開発テーマに関し、各種情報(新規募集テーマ、テーマ毎の予算規模、研究結果等)について、容易に入手できるデータベースが構築されていると言われている。わが国としても、例えば国の予算で運営される研究開発については、研究開発情報のデータベース化、容易な検索システムの整備、各種データの問い合わせ先の明確化等を進めることも重要である。

  2. 技術の評価と伝播・普及:産学官連携の推進
  3. 産業技術に直接関わりの深い大学理工系については、特に国立大学に人的・資金的に資源が集中しており、それを有効活用すべく、兼業規制の緩和や日本版バイ=ドール条項の導入等、産学連携に関する制度・環境は近年急速に改善しつつある。しかしながら、依然として産学連携の制度的・手続き的な煩雑さ、研究レベルの問題などの指摘があり、そのポテンシャルが最大限に活用されているとは言いがたい。また昨年実施した経団連の調査では、わが国企業は、海外研究機関(大学を含む)との連携を強める動きもあり、わが国の大学等の空洞化が懸念される。
    今後、連携強化を図るためには、産学官イコールパートナーシップとの考え方の下、後述する産学官連携プロジェクトの推進をはじめ、共同研究・国から民間企業への委託研究の実施の際の環境整備(契約の迅速化、報告の簡明化、電子経理等手続きの簡素化)はもちろんのこと、産学官の英知が結集している学協会の活性化と有効活用、また、技術移転体制の整備(技術移転機関数:日本8機関(1999年10月末)、米国132機関(1997年末))が重要である。技術移転機関については、資金面(財政的支援)および人材面(専門家の養成、確保)の充実、各技術移転機関のネットワーク整備、関係法律の見直しによる技術移転機関の大学キャンパス内の使用許可等を推進すべきである。
    国の研究成果の民間事業者への移転を促進し、その事業化を図る観点から、国立大学教官及び国立試験研究機関研究員の営利企業の役員への兼業規制を早急に緩和すべきである。その際、企業規模、種類、役員の代表性、報酬額等において制限を課すべきはない。産業界の希望するテーマについて積極的に取り組む大学・企業を同時に支援する新たな共同研究助成制度の創設も急がれる。
    同時に、大学側においては、共同研究センター等の整備・拡充、受託研究経費等の委任経理金化、公立大学に対する奨学寄附金の弾力的使用を認める委任経理金制度の創設、さらには私立大学の受託研究収入の非課税化や、地方税を含む寄附金税制の優遇税制の拡大など、人事・会計制度・税制の一層の弾力化・見直しが必要である。
    以上の施策により技術の伝播・普及を円滑に行う前提として、新たに生み出された技術の有効性や安全性等に関する評価技術の重要性が高まっており、この分野においても産学官の連携による取り組みを強化すべきである。

  4. 技術の活用と事業化:産業技術力の強化、ベンチャー企業の創出
    1. 産業技術力強化のための環境整備
      産業技術力の強化は、わが国の研究開発投資の約8割を担う民間企業があくまで自己努力で行うべきであるが、政府としては、その取り組みが円滑に進むよう支援が必要である。産業技術力の強化は、国民生活の質的向上を目指し、民間企業の国際市場における優位性を確保する手段のみならず、既存産業の活性化と新事業・新産業の創出等を通じ、持続的な経済成長の実現、雇用・所得の確保、ひいては税収の拡大につながることが期待される。大競争時代の中で各国がこぞって産業競争力の強化に取り組む所以である。そのような観点から、経団連では、かねてより科学技術基本計画において産業技術力強化の視点を重視するよう訴えてきたところである。
      次期基本計画では、現在、議論が進められているように、競争力ある産業技術の育成に寄与する科学技術を如何にして世界水準に高めるかということを重要な柱の一つとすべきである。そのためには、産業技術の実態に基づく政策展開が不可欠であり、次期基本計画の策定にあたっては、科学技術会議産業技術ワーキング・グループや先に述べた国家産業技術戦略検討会での検討内容・結果を十分に踏まえるべきである。
      同時に、民間企業においてイノベーションを起こしやすい環境整備が重要である。具体的には、昨年11月の経団連提言「戦略的な産業技術政策の確立に向けて」において指摘した、1) 政府調達の活用、国家プロジェクトの推進等、新技術の先駆的な利用に対する支援(含む標準化活動への支援)、2) 増加試験研究費税額控除制度の継続等、税制上の優遇措置、に加えて、3) 実証・実用化研究に対する助成の拡充、4) 提案公募型研究開発制度の改善・拡充(各省類似制度を整理・統合等)、5) 民間企業への委託研究制度の見直し(研究内容等の公表・公開については、可能な限り特許等を公開してからの報告等)、6) 未来市場形成のための環境整備(情報通信技術、環境技術等の実用化のための場、例えばモデル地域等の設定)等が重要である。
      なかでも、1) にある、重点分野における国として取り組むにふさわしい研究開発プロジェクトの推進を求める声が強く、その推進にあたっては、まず各プロジェクトの責任体制を明確化するとともに、テーマの選定にあたって産業界の意見反映、国民に分かりやすい目標設定、プロジェクト採択にあたっての民間企業の技術力の適正な評価、大学等の若手研究者の積極的活用、複数年度にわたる予算措置等による政策資源の集中投入、プロジェクトの成果を実用化するための標準化活動への支援等が重要である。事前・中間・事後の各段階における第三者評価も望まれる。
      産業技術力強化の担い手である民間企業においては、競争力強化のため世界をリードする技術水準を目指し、一層の自己努力を進めることは当然であるが、その一方で、わが国の強みであった現場の技術力の再強化、技術者の倫理面の向上等について、今以上に努力する必要がある。

    2. 大学ならびに大企業における起業家精神の醸成と実践
      大学と産業界の架け橋となるベンチャー企業創出の重要性が叫ばれて久しい。大学には、従来からの学術研究に加え、既に指摘した通り、研究成果の社会への還元や地域発展のための中心基盤としての期待が強い。とりわけ起業家精神の醸成と実践を主導することが求められている。米国では、大学発のスタートアップ企業数は日本に比べて圧倒的に多く(米国:1980〜97年累計約2,200社、日本:約20社)、高度な研究水準を誇る大学が、研究成果を実社会での応用を重視してベンチャー企業を生み出し、その結果を再び研究活動にフィードバックしている。また、大学教員が自らの研究成果をもとに起業しており、その姿を見て触発された大学生が起業するといった効果を生んでいるとの指摘もある。結果として、ベンチャー企業の創出は、経済成長、雇用機会の拡大に大きく貢献しているといえよう。米国に見られる、いわゆる大学のベンチャー化とは、教育と研究が相互に刺激し合い、融合し、再びフィードバックされる一連の循環過程にほかならない。また、21世紀のネットワーク社会において若手研究者個人がそこから新しい価値を創造し、次々と起業することを期待したい。
      中小・ベンチャー企業等の育成に係る施策は、エンジェル税制の拡充、ベンチャーキャピタル税制の導入や規制緩和など、既に昨年6月の経団連提言「新産業・新事業創出に関する緊急提言」で指摘したところである。目下、検討が進められている国立大学教官等の企業役員との兼業規制の見直しは、広くわが国の経済社会を支える様々なベンチャー企業を生み出す仕組みができるかどうかの試金石となる。また、技術革新の推進を図る観点からは、中小企業技術革新制度(日本版SBIR制度)の充実に加え、中小・ベンチャー企業に対する特許料の軽減措置、中小・ベンチャー企業等と大学、国公立試験研究機関等との共同研究に対する支援、技術移転制度等の充実が重要である。また、中小企業のみならず大企業においても、挑戦的風土への意識・制度改革(成功への賞賛、敗者復活の容認)を進めることは当然ながら、政府として、コーポレート・ベンチャーの推進を下支えするストック・オプション制度の拡大、税制の拡充等の環境整備が重要である。
      同時にベンチャー企業の創出は即、地域経済の活性化につながる。情報通信機能の発達と地方分権など、近年の新たな潮流が地域産業に今までにないチャンスをもたらすことが期待され、米国のシリコンバレーにみるように、特色ある優れた産業集積は、世界規模での成功もありうる。そのなかで、地域における教育・研究拠点としての地方大学や研究機関、中小企業の役割は極めて重要である。内外から優秀な人材を招き、特色ある新事業・新産業の創出に向け、また地方分権の牽引役として、産学官が協力して連携プロジェクト等に取り組むべきである。

  5. 技術の標準化と適切な保護
    1. 国際標準確立に向けた産学官の取り組み
      国際標準の帰趨が、国際的な市場における競争力を大きく左右している。標準化活動は、技術開発戦略とは不即不離の関係にあり、技術開発の成果が極めて優れたものであったとしても、その成果が国内市場のみならず国際市場において標準化されなければ、今日の国際社会において、経済的にはほとんど意味をなさない。そのような中、欧米各国は官民挙げて自国の優位性の確立に向けて政策を展開している。欧州では、研究開発段階から標準化を念頭に置き、成果の迅速な国際標準化を進めるため国際共同研究開発制度を活用して、標準を市場獲得手段として活用している。米国においても、近年、デファクト・スタンダード(事実上の標準)の獲得に向けた活動のみならず、デジュール・スタンダード(制度的標準)への取り組みを強化していると言われている。わが国としても、基礎・開発研究における戦略プロジェクトの推進にとどまらず、官民あげて標準化戦略を展開すべき所以である。
      例えば、ISO(国際標準化機構)やIEC(国際電気標準会議)等において、国際規格提案数(ISO:全体695、日本28、IEC:全体234、日本14(いずれも1998年現在)、および幹事国引き受け数(ISO:独国138、米国135、日本31(6位)、IEC:米国33、仏国29、日本11(6位)(いずれも1998年現在))の倍増を目指して、企業や大学において、標準を担う人材の育成・確保、東南アジア諸国等との戦略的かつ多様なアライアンスの構築、国際標準と産業技術政策の一体的推進、研究開発段階から標準化を意識した技術開発等、政府の支援も含め、産官学が連携して積極的に取り組むべきである。特に国立試験研究機関が欧米諸国のデジュール・スタンダードの動きを適宜把握し、民間企業によるデファクト・スタンダード等の標準化活動を適切に支援することが望まれる。

    2. 知的財産政策の積極的展開
      特許をはじめとする知的財産制度は、技術革新において先行した民間企業が先行者利得を獲得することを確実にすることにより、技術革新に重要なインセンティブを与え、研究開発活動の活性化に寄与する。とりわけ、経済のグローバル化に伴い、世界市場で得られる先行者利得は膨大な額になる可能性が大きく、また、近年、知的財産権は研究開発の成果にとどまらず、ビジネス手法にかかわる特許などその取得の有無が経済活動に与える影響は大きい。さらに、知的財産権取得の重要性に鑑み、知的財産の創造、権利取得、権利の活用という知的創造サイクルの各段階に関わる人材の確保が急務であり、その供給と育成が求められている。
      産業技術力強化に向けた知的財産政策のあり方については、既に昨年11月の経団連提言「戦略的な産業技術政策の確立に向けて(補論)」で指摘しているところであるが、具体的には、1)研究成果の民間帰属と市場化の促進(わが国版バイ=ドール条項の着実な実施と適用範囲の拡大、恒久化等、大学における特許出願件数を業績評価項目に追加、国内外の出願のための十分な予算措置等)、2)知的財産制度の国際調和の実現(国際的に見て独自の法制度を持つ国々に対するハーモナイゼーションの働きかけ等)、3) 国外における知的財産権の保護強化(知的財産権保護が不十分な国々に対する関連法制の整備、適切な権利設定への積極的かつ継続的な働きかけ等)、4) 知的財産権の強化、また訴訟制度の改革(当面、デジタル化・ネットワーク化等の急速な技術進歩に対応した法制度の整備、有体物を前提とした既存の法体系の見直し、裁判所の知的財産権専門部の拡充、高い技術的専門性を有する裁判官および裁判所調査官の育成・増員、裁判所と特許庁との情報交換制度の一層の整備など、将来的に、侵害訴訟における特許庁の機能の活用、専門家の活用、専門裁判所の設置を含む知的財産権専門部の拡充等の検討)等が求められる。

おわりに

大競争時代にあって、科学技術の発展、産業技術力の強化を図るうえで、国が果たすべき役割は大きく、その意味で、次期科学技術基本計画に対する産業界の期待は大きい。目下、科学技術会議はもちろんのこと、国家産業技術戦略検討会等において、次期科学技術基本計画をより戦略的なものとすべく、産学官が協力して英知を結集し、精力的に取り組んでいるところである。エネルギー・環境問題、人口問題、食糧問題等、21世紀に人類が解決すべき課題は多い。わが国は、国際社会の有力な一員として、これらの問題解決に主体的に取り組む必要がある。経団連としても、このような取り組みに対して、積極的に協力していく考えである。

以 上

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