[経団連] [意見書] [目次]

「需要と供給の新しい好循環の実現に向けた提言」
−21世紀型リーディング産業・分野の創出−

はじめに


第二次世界大戦後、先進国とりわけ米国のような「豊かで進んだ生活」を手に入れることを新しい国家目標に据えた日本は、1950年代半ばから70年代初頭まで平均二桁の成長を遂げるなど、飛躍的な経済発展を果たした。そして、二度にわたる石油危機や繰り返される円高危機を国民、企業、政府の努力により乗り越え、敗戦から半世紀と経たない80年代後半には、ついに「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と呼ばれるまでの経済大国となった。
しかし、90年代に入ると事態は一変した。1991年のバブル経済の破綻をきっかけとする、いわゆる「平成大不況」の始まりである。90年代の日本は、景気対策として従来有効であった公共事業を講じてもなお、需要が不足し、「失われた10年」と評される厳しい不況を経験した。需要の減少が、企業の生産を縮小させ、さらなる需要の低下を招くという悪循環を断ち切るべく、政府は、経済対策の新たな主役として各種の構造改革を進めたが、情報通信市場の自由化など、経済にプラス・サムの効果を及ぼすものは多くはなかった。このため、経済の混迷はますます深まり、97年、98年には2年連続のマイナス成長を余儀なくされた。
こうしたなか、わが国では、国民全体に豊かさをもたらし、経済活動を再び活力溢れるものに導いていく、新しい政策体系の確立が強く求められるようになっている。
以上の認識から、今般、経団連・産業問題委員会(共同委員長:瀬谷博道 旭硝子会長、西村正雄 日本興業銀行頭取)では、経済を牽引するリーディング産業・分野の創出こそ、需要と供給の好循環を実現し、21世紀初頭のわが国経済社会に真の豊かさをもたらすものと位置付け、政策提言をとりまとめることとした。

本提言の結論は、次の8点に整理される。

  1. 経済低迷が長引き、また、CO2の削減など地球環境問題への対応が迫られるなかで、日本では、経済成長の意義に対し、やや後ろ向きの見方が台頭している。しかし、今後も、GDPの成長は、経済の進歩や国民の豊かさの水準を量的に示す有効な尺度であり、経済成長の意義を過小評価してはならない。

  2. 日本経済の先行きを不安視する理由として、少子・高齢化の進展や欧米へのキャッチアップ過程の終焉などが指摘されているが、これらは、日本経済の発展可能性を否定する要因として決定的なものではない。むしろ、経済成長のパターンは、国民が日本の社会や将来の生活をどのように変えたいかという欲求の大きさと、それを需要として顕在化できる産業・企業の対応能力によって決まる。
    高度成長期を例にとれば、当時の国民は、米国のような豊かで進んだ生活スタイルを実現したいという強力な欲求があった。すなわち、テレビ、電気冷蔵庫、自動車などの耐久消費財に対し、旺盛な欲求があったということが、奇跡的な経済成長の原動力であった。そして、電機機械、自動車産業などのイノベーション、供給能力が、国民の欲求を需要として顕在化させた。

  3. こうした産業・分野は、

    1. 第一段階として、国民、企業、社会の潜在的な需要を的確に把握する、
    2. 第二段階として、研究開発投資・設備投資を行ない、需要に対応した魅力的な財・サービスを供給する、
    3. 第三段階として、財・サービスの供給で得た資金を、新しい需要の創出のための投資にあて、さらなる需要を創造するという需要創造型のイノベーションを繰り返す、
    ことを通じてマクロレベルの需要と供給の好循環を実現した。
    われわれは、このような役割を果たす産業・分野を、経済成長の牽引役を果たすという意味で、「リーディング産業・分野」と呼ぶこととする。

  4. 90年代、日本経済が低迷した原因は、リーディング産業・分野の創出が遅れたことにある。
    したがって、21世紀初頭においては、リーディング産業・分野の創出により、マクロレベルでみた需要と供給の好循環を形成することが日本の最重要課題といえる。その際、「安全で快適な生活」「持続的で活力溢れる経済活動」「循環型経済社会の形成」がともに成り立つ、真に豊かな経済社会の形成を十分に意識する必要がある。

  5. 21世紀初頭の日本は、経済社会がさらに成熟化し、国民の価値観も多様化していくため、かつての繊維、鉄鋼、自動車のようにその時代のナンバーワン産業がリーディング産業・分野の役割を単独で担っていくとは考えにくい。むしろ、複数の産業・分野が、リーディング産業・分野の役割を担っていくという方向で、その創出策を検討していく必要がある。

  6. 日本の経済社会を取り巻く環境変化のなかから伸びる可能性のある需要分野に着目しつつ、リーディング産業・分野の有力な創出経路を検討した結果、「創造的な技術革新」「社会システムの見直し」「ネットワークの高度利用」の3つが浮かび上がった。
    この3つの創出経路が機能すれば、21世紀初頭において、日本経済を牽引するリーディング産業・分野が複数生み出されていく。これにより、日本は、国内外の需要が拡大し、持続的な経済成長が可能となろう。

  7. リーディング産業・分野を創出する主役は、あくまでも民間企業である。しかし、現在の経済低迷が国民の過度な生活防衛による消費の不振に起因していることを踏まえれば、民間企業の取り組みを支援・補完する政策が欠かせない。政府は、国民の将来に対する不安解消に向け、まず、将来の豊かな国民生活に関して、明確かつ魅力的なビジョンを提示し、国民・企業のコンセンサスをつくりあげる必要がある。そして、個人消費と民間設備投資等を活発化するという観点から、政策のコンセプトとコンテンツを改め、よりきめ細かな施策を講じていく必要がある。

  8. リーディング産業・分野が創出されていけば、その発展と景気の回復が因ともなり果ともなり、さらに経済は成長し、リーディング産業・分野は発展する。
    このような好循環を形成した経済は、さらに新しい局面に踏み出していく。すなわち、経済成長に伴い国民所得が高まっていくことにより、そこに新しい市場が創出・拡充され、その需要に応える産業・分野の発展が経済を牽引する原動力となる。また、リーディング産業・分野は、われわれの住む日本を、快適で潤い溢れ安心して暮らせる、より良き社会に創り変えていく。そして、一人ひとりの個性が活かされながら、活躍できる社会は、生き生きとしたより良き市民を育み、集める。
    以上のように経済の好循環は、社会を好循環に導くきっかけになり得る。

以上の結論を導くため、まず総論の第1章では、経済成長の意義と日本経済の発展可能性について述べる。第2章では、戦後の高度成長とバブル崩壊後の経済低迷を比較することにより、経済成長における需要と供給の好循環の重要性を明らかにするとともに、リーディング産業・分野が好循環の形成において果たす役割を概説する。第3章では、わが国経済社会の環境変化を踏まえつつ、21世紀初頭におけるリーディング産業・分野の創出経路を示した上で、政策関与の必要性について述べる。第4章では、将来の国民生活に関し、国民・企業のコンセンサスを作り上げることが、好循環を実現するにあたり不可欠であるという認識から、政府による魅力あるビジョンづくりの必要性を記す。
また、各論の第1章では「創造的な技術革新」を、第2章では「社会システムの見直し」を、第3章では「ネットワークの高度利用」を、それぞれリーディング産業・分野の創出経路と位置づけ、ケーススタディを行う。そして、企業の自主的な取り組みを前提としながら、具体的な施策のあり方を提示するが、そのポイントは以下の通りである。

[創造的な技術革新による国際競争力の向上]

  1. 技術開発の強力な推進
    2001年1月に内閣府に設置される総合科学技術会議は、強力な事務機構を組織し、省庁の枠を越えた一元的な科学技術行政を推進する必要がある。このような体制の下で、国としての重点開発領域プロジェクトを設定し、複数年度にまたがる予算措置を講ずるための予算編成システムの改革を進め、産学官の連携によってプロジェクトを効率的に推進することが、技術開発の強力な推進のために重要である。また、知的財産制度を整備して積極的な展開を図り、技術標準化活動に対して国が支援することもますます重要になる。

  2. 人材の育成と確保
    創造的な技術革新を達成するためには、人材の育成と確保が極めて重要である。そのためには、創造的な人材を育成するための教育改革と理工系教育の見直しが必要である。また、技術者・技能者を育成し確保して、わが国の「ものづくり」の伝統を守ることも必要である。

  3. 法制・税制の見直し
    分社化による技術開発を促進するためには、連結納税制度の2001年度の確実な導入が必要である。また、増加試験研究費税額控除制度などのR&D税制の拡充も重要であり、技術開発に有効な有限責任事業組合の導入のための法制・税制の整備やベンチャー企業や中小企業の技術開発に対する税制や財政支援の充実が必要である。

  4. 社会インフラの整備
    技術革新の基盤となる公共財とすべき知的情報データーベースの整備が欧米に比べて遅れており整備を急ぐべきである。また、環境やエネルギー関連の民間の自主的な取り組みを支える社会システムを構築することも重要である。

  5. 規制改革の推進
    産学官の連携強化のためには、大学・国研と民間企業の人材交流を容易にするための規制改革が必要である。また、医薬・医療器具の分野での開発期間を短縮するためには、臨床試験に関する規制改革が重要である。

[社会システムの見直しによる需要の顕在化]

  1. 都市・住宅問題の解決

    1. 都心居住の推進
      街路・街区の整備、SPC等の活用による敷地統合の誘導、住民による地区計画策定の積極的活用等により、都市の実容積率を引上げる。
      また、都市の中心部においては土地に関する固定資産税の合理化により都市の高度化を促進することを検討する。

    2. 住宅の質的向上に資する施策
      個人の住宅投資に係るローン利子の所得控除制度の導入、登録免許税の軽課、不動産取得税負担の軽減の検討などにより住宅取得の負担を軽減する。とりわけ住宅に係る消費税については、複数税率の導入、耐用年数に応じた還付などを検討すべきである。

  2. 交通渋滞の緩和等を通じた物流・人流の円滑化

    1. 首都圏環状道路の整備
    2. 交通需要マネジメントの確立に資するITSの推進
    3. 物流インフラの高度化
      ワンストップサービスの実現、マルチモーダルの推進や海上輸送の高度化を進める。

  3. 環境関連事業の推進
    循環型経済社会を支える環境関連事業を推進するための施策を展開する。

  4. トータルヘルスケア分野の産業化の推進
    健常高齢者の社会参加と需要の顕在化、医療情報提供システムの公的整備と並んで、民間活力の活用を通じてこの分野の産業化を進める。

[ネットワークの高度利用による付加価値の創造]

  1. 情報通信市場の競争促進の観点から関連法制を抜本的に改正
    情報通信関連法制の抜本的な改正を通じて、全ての利用形態における通信料金の引下げ、及び通信回線の高速大容量化などのサービス高度化が実現し、通信市場においても価格低下・サービス高度化による、需要と供給の好循環を実現すべきである。

  2. スーパー電子政府の実現
    政府は、ネットワーク経済社会の最大のサービス供給者として、民間企業と同様に情報技術の活用による行政サービスの効率化・高度化を推進する必要がある。行政手続、政府調達の電子化については、省庁横断的かつ政府・地方公共団体の統一的な推進が不可欠である。

  3. ネットワーク経済社会の基盤整備

    1. 高度情報通信社会を構築するためには、人材育成が最も重要な基盤整備の課題である。国民が情報通信ネットワークを活用した高度な情報交換を行ない得る社会を構築するためには、初等教育の段階から、コミュニケーション能力や自己表現能力の向上といった、真の情報リテラシー強化を狙った教育全般の改革が必要である。
    2. 電子商取引市場を拡大・発展させるため、販売関連の諸業法の見直し、保護すべき個人情報についての指針や、国民が安心して活用でき、中小企業を含む全ての企業の指針となるような消費者保護の枠組みを策定することが必要である。
    3. 産業間の円滑な人材移動の実現により、産業の情報技術の活用拡大に伴う雇用ミスマッチに対応するために、労働市場の機能強化を図るべく、雇用・労働関連諸制度を早急に整備することが必要である。
    4. 政府は、ビジネスモデル特許に関する特許法の運用指針を固めるべきである。ビジネスモデルは、一定の要件を満たせば特許法上の発明とすべきであるが、新規性・進歩性に欠けるビジネスモデル特許によって企業のIT活用が阻害される事態が起こらないよう、厳格な運用指針を固めていくべきである。

  4. 情報通信の基盤技術開発の推進
    高度情報通信ネットワークの基盤技術開発について、産・学と一体となって先端・基礎技術育成の戦略とロードマップを策定する必要がある。情報通信分野の基盤技術としては、

    1. 次世代ネットワーク技術とその実現を支える、
    2. 次世代半導体関連技術を重点戦略技術として研究開発を推進する、
    ことが必要である。

  5. 情報通信ネットワークの活用を普及させるための支援
    産業が情報通信ネットワークを活用して付加価値の創造を進めるためには、中小企業のネットワーク化を推進する必要があり、政府は、情報化投資支援税制の拡充とともに、電子商取引に関する技術支援制度等の創設等、中小企業のネットワーク活用事業を支援することが重要である。


日本語のホームページへ