[目次] [要約] [はじめに] [第I章] [第II章] [おわりに] [参考資料]

我が国産業の活性化と
金融・資本市場の空洞化対策

はじめに


  1. 日本経済空洞化の危機と、金融・資本市場の空洞化
    1. これまで我が国を支えてきた経済社会システムは、自由化・グローバル化・情報化の波が押し寄せるなかで、時代の変化に十分対応できず、あらゆる面で制度疲労が生じている。その意味において、今がまさに試練の時と言える。経団連では、こうした閉塞状況の打開、活力と希望に満ちた日本の実現に向けた長期ビジョン『「魅力ある日本」の創造』を先に策定し、抜本的な構造改革への処方箋を示したところである。

    2. 改革を進めていくにあたっては、幾多の痛み、困難を伴うことも避けられない。しかし、過去の社会構造、既得権益に捉われるあまり、我が国の諸制度、あるいは経済社会システム全般が、グローバル・スタンダードから離れたものにとどまるならば、経済活動が国境を越えて自由に行われるなかで、ヒト、モノ、カネの「3つの空洞化」は一層深刻なものとなり、さらには技術や情報なども含めた、日本経済全体の空洞化にもつながりかねない。

    3. 産業空洞化の回避に向けては、昨年10月の経団連提言「日本産業の中期展望と今後の課題」において、リストラ・リエンジニアリングの推進、技術開発の促進、新産業・新事業への挑戦など民間自身が取り組むべき課題を提示するとともに、規制や税制の見直しなどを政府に強く求めた。
      こうした対策に加え、我が国産業の競争力を確保していくにあたっては、経済の心臓部である金融・資本市場が十分に機能を発揮し、企業の積極的な事業展開をサポートしていくことが強く期待されるところである。

    4. しかし、近年は「国内の金融・資本市場で行われるべき取引が他国の市場で行われている」「我が国市場の相対的地位が低下している」など、金融・資本市場についても空洞化を指摘する声がとみに強まっている。また、海外の金融関係者からも、規制の多い日本の市場には関心がない、といった声が聞こえる。
      金融・資本市場の空洞化は、ひとり金融界だけの問題ではない。効率的な資金調達、質の高い情報の入手が困難となれば、産業界にとっても、新事業展開や産業の高付加価値化を目指すうえでの決定的なダメージとなりかねず、産業の空洞化も進行しかねない。

  2. 国民経済的課題としての空洞化回避
    1. 数年前まで、我が国の金融・資本市場は、ニューヨーク、ロンドンと並ぶ世界3大市場の一角として活況を呈し、世界の中でも常に注目を集めてきた。しかし昨今では、以下のような空洞化現象が目立ってきている。
      金融市場においては、外資系金融機関の東京から香港・シンガポールへの活動拠点・人員シフト、デリバティブなど新たな金融商品への対応の遅れ、ユーロ円金利先物取引のシンガポールへのシフトなどがみられる。東京外国為替市場における取引についても、89年には世界全体の取引高に占めるシェアがニューヨーク並みの約15%に達していたが、95年4月には約10%まで落ち込み、ロンドン(同30%)、ニューヨーク(同16%)に大きく水を開けられている。
      証券市場においても、外国企業の東証からの撤退などにみられる日本市場離れ、先物取引の海外シフトなどが目立つ〔後掲資料参照〕。
      これら目に見える現象を裏付けるように、国際会議の場などでも、東京市場に対する関心が薄れており、東京は規制が多くて問題にならない、との意見さえ出ている。以前とは様変わりし、世界の金融関係者が東京市場の現状を厳しく評価していることが窺える。国際金融情報センターが在日の外資系金融機関を対象に行ったアンケート調査(95年10月)でも、我が国金融・資本市場の自由化はなお不十分であり、このままでは向こう5年以内にシンガポール市場の後塵を拝することになる、との回答が多く見られた。

    2. こうした諸々の現象は、バブル崩壊後の景気低迷という循環的要因によって増幅された部分もあろう。しかし、バブル期までの好況期には隠されていた構造的問題が、実体経済の落ち込みとともに浮き彫りになったという面が、より大きいものと思われる。具体的には、各種の厳しい規制、不透明な金融行政、税制・手数料など各種コストの高さなどによる、我が国金融・資本市場の「不自由さ」「不透明さ」「コストの高さ」が浮かび上がってくる。
      「日本の諸制度は『脱出促進型』『参入抑制型』の構造を持っている。日本はもう手遅れなのではないか」との警鐘を鳴らした識者もいる。金融・資本市場の分野においても、この危惧が、今や現実のものとなりつつある。

    3. こうした空洞化の危機は、日本だけが経験するものではなく、過去、諸外国の金融・資本市場でも同様の状況に直面している。しかし、ニューヨークやロンドンでは、業務規制見直しなど大胆な規制緩和や、金融・証券税制の改革をはじめ、適切な空洞化対策がいち早く講じられた結果、今日のような国際金融センターを築くに至っている。我が国においても、現在の空洞化現象を、むしろ金融・資本市場のあり方を見つめ直すチャンスとして捉えるべきである。
      もとより、我が国金融・資本市場の場合、経済力を背景とした膨大な資本蓄積、政治的・社会的な安定、地理的条件(ニューヨーク、ロンドン市場との時差)など、金融・資本市場が発展するための条件を兼ね備えている。

    4. 現在、我が国の金融機関は、不良債権処理という後向きな対応に追われ、その業務展開は必ずしも積極的、戦略的なものとはなっていない。この状態が続くならば、諸外国の金融業が日々目ざましい発展を遂げるなかで、我が国の金融業は大きく立ち遅れ、金融・資本市場の空洞化も一層深刻なものとなってしまう。しかし、情報技術の目ざましい発展、また経済活動のグローバル化の進展などに伴って、金融機関のビジネスチャンスは確実に広がってきている。
      現在求められているのは、一刻も早く不良債権問題の解決を図り、金融システムの安定性確保と内外からの信頼回復に努めるとともに、より前向き、積極的な業務展開に打って出ることである。また、金融・資本市場の空洞化回避こそが、産業の活性化、ひいては日本経済活性化への重要なステップでもあることを、産業界も含めた市場関係者全体が強く受け止め、市場改革に取り組んでいかなくてはならない。
      政府においても、民間の積極的活動を支えていくため、大胆な方向転換を図ることが求められている。

    以下では、金融・資本市場空洞化が日本経済に及ぼす影響を検討した上で、いかなるビジョンの下で対応策を講じていくべきかについて、提言を取りまとめた。


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