[目次] [要約] [はじめに] [第I章] [第II章] [おわりに] [参考資料]

我が国産業の活性化と
金融・資本市場の空洞化対策

II.空洞化対策と将来ビジョン


  1. 将来に向けたビジョン
  2. 1980年代以降の世界的な金融自由化・国際化の潮流のなかで、我が国においても、これに対する様々な取り組みが行われてきた。しかし、外圧対応型の措置も多く、我が国自らの問題意識・目標に基づく市場改革が進められてきたとは言いがたい面がある。こうした、言わば場当たり的対応が続けられるならば、国内そして海外の利用者の期待に応えうる市場の実現はおぼつかない。今後は、長期的・大局的視野にたったビジョンを明確に描き、それに沿った形での市場形成を断行することが強く求められる。具体的なビジョンの柱としては、国際金融センターの実現と、円の国際化の2つが挙げられる。

    1. 国際金融センターの実現
    2. 我が国金融・資本市場は元来、実体経済の強さ、世界一の経常黒字と純資産、欧米との時差という地理的な優位性など、多くの強みを持っている。
      こうした特性を活かして、今後は、我が国の金融・資本市場を、数ある国際金融市場の一つという位置づけから、内外の幅広い要請に応えうる真の国際金融センターへと強化していく努力を進めるべきである。すなわち、内外の様々な投資家・資金調達者が多様なニーズのもとに参入し、様々な金融取引が行われることにより、厚みがある、効率的な市場を形成すると同時に、国際的な共通ルールを確立することにより、内外からアクセスしやすく、ニューヨークの金融センターに匹敵する使い勝手の良い市場を形成し、さらには、世界に通用する新商品が活発に開発される金融商品のイノベーション基地を目指すのである。
      こうした機能を保持することにより、我が国が保有する巨額の資産を資金需要の旺盛なアジアに向けるなど、国際的責務に応えていくことが可能となる。
      また、現在、コスト面の問題から空洞化が進みつつある我が国製造業にとって、高付加価値産業への脱皮や新事業展開が至上命題となっているが、質の高い情報の早い段階での入手、ニューヨークのような使い勝手の良い金融・資本市場の存在は、こうした産業構造の転換を進めていくうえでも不可欠である。
      一方、人口の高齢化が急速に進むなか、効率的・安定的な資産形成は、ますます重要になっており、ここでも、市場が提供する商品の多様さ、および資産運用能力が、大きな鍵を握る。

    3. 円の国際化
    4. 国際金融資本市場における円の使用割合は、現時点では、我が国経済の規模や実力に見合うまでに達していないが、我が国の市場が整備され国際金融センターとして発展する過程で円の国際化が進展し、また円の国際化が市場の更なる発展にも寄与する、という相乗効果が期待されるところである。
      円の国際化は、日本のみならず、東アジア諸国や世界経済全体にとっても、多くのメリットをもたらすと考えられる。
      まず第1に、国際通貨メニューの中で、内外の投資家が選択し得る通貨の多様化が図られる。第2に、円の国際化が進展すれば、貿易・国際投資の採算性に関する不確実性が減少し、我が国企業の為替リスク管理が容易になる。第3に、本邦企業や機関投資家等に加え、非居住者の決済・資金調達・運用面における円への需要が高まるため、我が国金融機関の業務拡充、情報産業をはじめとする周辺産業のビジネス・チャンスが拡大していく。
      こうした市場整備の進展や、さらには製品輸入の拡大を通じて、例えば東アジアにおいて円の国際化が進めば、東アジア諸国は、ドル価値の下落に伴うインフレの防止、あるいは我が国の膨大な資金の機動的かつ円滑な調達・運用、さらには外貨準備に関する為替リスクの分散・運用益確保といったメリットの享受が可能となる。
      更に、円及び欧州におけるマルクあるいは欧州の共通通貨となるユーロが、基軸通貨であるドルを補完していく状況になれば、これら通貨の利用も活発化し、大幅な国際収支の赤字を続けている米国の経済政策に対する牽制効果も働くことから、国際的な通貨の安定や世界経済の健全な発展に大きく寄与するものと期待される。
      他方、円の国際化に伴い、円の海外流出が進むほど国内の金融政策の有効性維持が難しくなる、円資産の魅力が高まることにより円高を招きやすい、といったマイナス面も指摘されるところである。これらの点にも十分配慮しつつ、メリットを最大限生かしていくよう取り組んでいく必要がある。

  3. 空洞化の回避、将来ビジョンの実現に向けた課題
  4. 空洞化をくい止め、真の国際金融センターへの脱皮、円の国際化推進を図るにあたっては、利用者にとっての利便性・効率性・透明性に優れた市場、グローバル・スタンダードに照らして国際的に通用する市場、市場原理に裏付けられた市場を形成していくという強い決意を持つ必要がある。近年目ざましく発展した香港・シンガポール市場の活力の源泉は、市場の自由度と外国金融機関の活動にある。規制・慣行、税制の見直しをはじめ、果敢に環境整備に取り組んでいくことが、今、我が国に最も求められることである。さらに、これまでの我が国金融・資本市場では、投資家保護が最優先され、ともすれば機会の損失が見過ごされてきたことは否めない。規制が厳しいあまりに、市場の空洞化を招いたのでは、本末転倒である。今後は、適切な投資家保護のあり方についての議論を深める一方で、ディスクロージャーの充実と併せて、自由な金融取引が制約されることのデメリットを重視する、機会損失重視型の市場への転換を図っていくことが重要である。
    以下、具体的に取り組むべき課題と改革の方向を示したい。

    1. 規制の撤廃・緩和
    2. 我が国では、80年代以降、金融制度改革が本格的に進められ、段階的に金融分野の規制緩和が進められてきたが、世界の主要な市場において、抜本的な活性化策が講じられるなか、我が国の市場の自由度が相対的に高まってきたとは限らない。また、デリバティブなど新しい金融取引や、金融のグローバル化・エレクトロニクス化の進展など環境変化への対応という面でも、我が国は遅れをとったと言わざるを得ない。今後とも、現在進められているような形での自由化にとどまる限りは、海外との格差は拡大し、国際的に通用するイノベーティブな市場の実現はおぼつかない。現在、我が国では、商品、資産運用、新規参入など、あらゆる事柄について、原則禁止の形で規制が行われているが、規制に対する考え方を思い切って変え、規制を自己責任原則の下に原則自由の形へと改めていくことが重要である。
      経団連ではこれまで、政府の規制緩和推進計画の策定・改定に向けて、「脱規制社会に向けた実行ある規制緩和推進計画の策定を求める(94年11月)」「規制緩和推進計画の改定に望む(95年10月)」をまとめ、その実現を求めてきた。その結果、金融・証券・国際金融分野についても一定の進展がみられたものの、なお残された課題も多い。
      引き続き、
      1. 金融機関の競争環境整備に向けた、金融業務の自由化
      2. 商品開発の促進や金融サービス向上に資する、デリバティブのインフラ整備ならびに債権流動化手法の多様化
      3. 市場コスト引下げ策としての諸手数料の自由化
      4. 企業の国際事業展開の一層の円滑化に向けた、外為法関係の手続きの見直し
      をはじめとする規制撤廃・緩和を進めていくべきである。
      さらに今後は、銀行法、証券取引法、外為法など制度の根幹に踏み込んだ改革を行っていく必要がある。
      併せて、行政そのもののあり方を大胆に変えていくこと、すなわち保護的規制行政から市場重視型行政への転換を図ることも不可欠である。行政当局は既に、市場のチェック機能を活かし、裁量を排した透明性の高い行政を目指すという、変革に向けた大きな方向性を打ち出しており、今後、その具体的実現が着実に図られなくてはならない。

    3. 税制の見直し
    4. 金融・資本市場の空洞化の防止、税制の国際的整合性の観点から、金融・証券税制の改革を進める必要がある。流通税として市場の活性化を妨げている有価証券取引税は廃止すべきであり、また個人株主育成の観点からも、配当所得に係る二重課税の排除を進めるべきである。
      こうした金融・証券税制の見直しと併せて、活力ある経済社会を構築する観点から、国際的にみて過重となっている法人税負担の軽減、所得税体系の見直しが重要である。

    5. 短期金融市場の整備
    6. 我が国のTB(短期国債)市場は、発行量が米国等に比べて少ない上に、流通量も限られている。短期国債市場の厚みを増すとともに、先物市場を創設するなど、市場整備を進めていく必要がある。
      また、円の国際化の観点からは、TBを非居住者にとって魅力ある円資産とすることが大きな課題となっており、諸外国には殆ど例をみないTB発行時の源泉徴収制度を見直す必要がある。

    7. 公的金融の見直し
    8. 市場原理が十分に働く金融・資本市場を実現するうえでは、民間金融機関による自由で公正な競争が確保されなければならない。しかし、民間にはない様々な特典を有する公的金融が肥大化したままでは、リスクと金利水準との関係がいびつになり、金融市場の自由化も円滑に進まない。
      現状では、公的金融の「入口」にあたる郵貯・簡保、「出口」にあたる政策金融ともに、個人貯蓄分野、貸出分野それぞれにおけるウエイトが極めて高い。例えば、郵便貯金残高は約 212兆円(平成7年度末)と、個人預貯金全体の3分の1以上にまで達している。簡易保険についても、総資産が84兆円を超え(平成6年度末)、個人保険分野で民間生保全体の7割に迫る規模に達している。また、政府系金融機関の貸出残高は約 134兆円(平成7年9月)、民間金融機関も含めた総貸出に占めるシェアは約15%まで上昇している。
      郵貯・簡保については、当面、預入・加入限度額を含めて事業範囲を限定することによって、これ以上の肥大化を回避するとともに、定額貯金等の商品性の見直しを行う必要がある。また将来的には、郵便貯金・簡易保険の分割・民営化を含めた経営形態の変更などを図る必要がある。
      政策金融についても、その政策目的を明確にしたうえで、既に役割を終えた業務からは果敢に撤退するなど抜本的な見直しを行い、政府系金融機関の整理・統合を進める必要がある。現在の政策金融の融資対象には、民間金融機関と競合する分野が相当含まれているが、政策金融はあくまで民業の補完に徹するべきである。


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