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報告書『新東京圏の創造』
−安心・ゆとり、魅力、活力を兼ね備えた都市づくりに向けた提案−

2.今なぜ新東京圏の創造か
―世界、日本における新東京圏創造の意義―


  1. 東京圏をめぐる現状
  2. 東京圏は都市として成熟化が進む一方で、少子高齢化が進展する状況に直面しており、文明史的観点から見れば、発展のピークを過ぎたかの様相を呈している。他方、東京圏の過密の解消は一向に改善されていない。過度の集中は、貧弱な居住環境やライフスタイルへの不満、さらには将来必ず起こるであろう巨大地震などへの不安等を高めている。

    1. 都市としての成熟化
    2. 東京圏の役割は高度成長期と明らかに異なってきている。外延化が一段落し、東京周辺が都市化から成熟化に向かっている中で、東京圏への集中を抑制して地方圏を振興するというこれまでの国土政策的な考え方だけでは不十分であるとの認識が定着しつつある。また、国民一人ひとりの生活の質の向上が従来以上に重要視されるようになってきている。
      このように東京圏の成熟化が進む中で、新しい変化は東京圏から始まることが期待される。新しい産業を育み、労働力を吸収し、日本経済を牽引していくという面において、今後とも東京圏は相当程度貢献していくことが求められるのである。

    3. 少子高齢化の進展
    4. 少子高齢化の進展により東京圏は高齢都市化の時代に突入している。
      これまで、若年層や勤労世代を引き寄せていた東京圏の人口移動にも変化が見られる。東京圏は70年代までは毎年20〜30万人の転入超過があったが、バブル崩壊後、転入超過数は急激に減少に転じ、ここ数年はほぼゼロの水準で推移している。居住人口が高齢化する一方で、若年層の転入の流れが止まることにより、東京圏の高齢者比率は急速に高まり、2020年には4人に1人が高齢者という時代を迎えるとの見通しもある。
      しかし、少子高齢化社会への対応という面でみると、東京圏は、福祉施設、道路、住宅などの基盤整備、医療、福祉などの社会保障制度など、ハード、ソフト両面で遅れをとっている。本格的な少子高齢者社会の中で、東京圏に居住する若者、勤労者、高齢者、障害者など全ての人々が、豊かで潤い溢れる生活を営めるよう、早急かつ抜本的な対応が求められている。

    5. 集中のデメリットの顕在化
    6. 東京圏の転入超過数がゼロとなるなど、東京圏の一極集中の状況に若干の緩和の動きが見られるが、絶対水準から見ると一極集中の状況に変化はなく、そのことによってもたらされる大都市問題は解決されないまま山積している。高・遠・狭と言われている住宅事情、激しい混雑が続く通勤・通学問題、深刻な交通渋滞、行き詰まっている廃棄物処理問題等、過密に伴う諸問題が、効率的な経済活動と豊かで快適な都市生活の実現を妨げている。

    7. 無秩序な外延化がもたらす劣悪な居住環境と貧弱なライフスタイル
    8. 無秩序な都市の外延化と過密がもたらした劣悪な居住環境は、東京圏に住み、働き、そして学ぶ人々に快適なライフスタイルを実現する機会を奪っている。長距離通勤・通学等劣悪な生活環境は、仕事や学校等の場を離れて幅広い人々との交流の輪を広げることを妨げ、「仕事人間」といった視野の狭い人間を生み出す土壌となっている。
      人々がクオリティ・オブ・ライフの充実を求める中で、東京圏における生活に対する満足度は非常に低いものにとどまっているのである。

    9. 社会的、精神的東京依存による個人・企業の脆弱性
    10. 世界は今日、大競争時代を迎えている。個人や企業、さらに地域は、個性を発揮して自らの潜在能力を最大限に引き出していくことが求められている。
      「東京至上主義」が浸透し、東京のものは何でも優れているという考え方で人々はこれまで行動をしていたが、これからの時代は「東京至上主義」あるいは「東京」対「地方」という硬直的な見方を転換し、地域ごと、企業ごとに特色を鮮明に打ち出し、世界に誇れる力を身につけていくことが重要である。

    11. 防災・治安などセキュリティの不安
    12. 高度に発達した現代都市は、巨大地震に対して脆さを露呈する。阪神・淡路大震災では、様々な建築物や構造物が破壊され、火災が多発、広範囲への延焼を招いた。東京都も、97年1月の東京アピールにおいて、「都市生活の便利さと引き換えに、かつて田園地帯がもっていた安全性を失い、都市化の進展が危険を増大させていたことに対する認識が不十分であった」と反省しているが、こうした認識こそが都市防災を考える上で重要である。我々は、阪神・淡路大震災を契機として都市防災の考え方を大きく転換しなければならなくなっている。
      東京圏の人々にとって、巨大地震に対する不安に加え、地下鉄サリン事件などの各種のテロや無差別犯罪等が将来に対する漠然とした不安感を高める要因となっていることは明らかである。

    13. バブルの発生とバブル後の状況
    14. 国民のうちに定着した東京至上主義が一つのきっかけとなって、土地取引における投機の発生等、社会経済の様々な面で深刻な問題を引き起こしたのがバブルであった。バブルによる地価高騰は、勤労者の住宅取得を困難にするとともに、持てる者と持たざる者との資産格差を拡大し、労働の価値を低下させた。
      バブル崩壊後、民間事業者の手で都心居住が推進されるなど、都心への回帰の動きが見られる一方で、依然としてバブルの後遺症である担保不動産の処理問題が、わが国経済の先行きに暗い影を落としている。
      新東京圏を創造するには、こうしたバブルの後遺症を早急に克服する必要がある。

  3. 世界都市東京の創造による国際貢献
  4. 現状において東京は、様々な面で世界都市といえるレベルにはない。前節で述べたような都市一般の問題に加え、グローバルの視点から世界都市東京を創造していく必要がある。
    世界都市の要件として、都市機能が充実していることはもとより、その都市に人間の規範となるべき真理、真実が備わっていることが重要である。古代ローマや唐代の長安には、国境や民族を超えて世界の人々をひきつけるだけの魅力があった。東京が世界都市を目指すのであれば、普遍性を持った価値を生み出す真理を持つことが求められる。

    1. 都市の国際競争の激化
    2. 欧州統合が欧州内における都市間競争を激化させたように、アジア経済の勃興がアジアにおける都市間の競争を次第に激しいものにしている。昨今の金融・通貨危機により、アジア各国の経済には陰りが見られるものの、日本経済の相対的な地位の低下とともに、東京の重要性が減じていることは明らかであろう。
      東京の過密や立地コストの高さなどもあって、日本から大使館を海外に移して日本を担当させている国が少なからず出てきているほか、国際会議の開催頻度などでもその地位は低下の一途を辿っている。こうした「東京パッシング」の傾向に早急に歯止めをかける必要に迫られているのである。

    3. 活力ある日本自身、そして成長するアジアのために
    4. 東京圏は、日本の産業、経済の発展を支える重要な役割を果たす。東京圏の繁栄なくして日本の繁栄はないが、日本の繁栄なくして東京圏の繁栄もあり得ない。
      アジアの経済都市にとって東京はライバルであるとともに、重要なパートナーであることも見落とせない。東京圏が国際的な金融、情報、産業のセンターとしてアジアの先頭を切ることによって、アジアの経済も活気づくという一面があることを見逃してはならない。

    5. 人口集中が進むアジア都市に対する都市運営のモデルとして
    6. バンコク、上海をはじめアジア諸国の都市には人口集中の問題に頭を悩ませているところが少なくない。東京圏はこれまでの歴史の中で、過度の集中がもたらす問題の解決に長期にわたり取り組んできた。現状では、とても他国の都市の模範たり得ないが、新しい東京圏の姿が提示されれば、近隣アジアの諸都市も東京圏の将来像から、一つの方向を見出すに違いない。東京圏は都市運営のモデルとして、そのノウハウを国際協力の手法で各国に広めることができる。

    7. 環境との共生
    8. 古来、日本人の生活は自然との共生により営まれてきた。しかし、近代に入り、大量消費・大量廃棄の生活スタイルが東京圏から始まった。
      経団連は、1991年に地球環境憲章を発表して以来、環境問題を地球規模の問題で捉え、具体的な提言を行ってきた。1996年には「地球環境アピール」を発表し、資源の浪費につながる使い捨て型の経済社会を見直し、循環型の経済社会に転換すべく、廃棄物を「ゴミ」として扱うのでなく、資源あるいは副産物として位置づける発想への転換が必要であることを指摘した。環境共生型都市の実現は、今日における都市運営の一つの柱となってきており、環境問題に直面しているアジア諸国の都市にも有効な解決策を示すことができよう。


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