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わが国の高コスト構造の是正
−新たな経済システムの構築を目指して−

4.高コスト構造是正のための具体的提案


  1. 基本的認識
  2. わが国経済の高コストは、次の3つに分類される。まず第1に過度な規制によって競争が阻害され、低生産性分野の高コスト体質が温存される、いわゆる規制依存型の高コストである。例えば、輸送分野では各輸送手段別に参入規制、価格規制等多くの規制が設けられており、こうした規制とそれに支えられた取引・労働慣行や過剰ともいえるユーザー・ニーズへの対応が物流の効率化・合理化を妨げ、高コストを引き起こしている。

    第2に、官・公益事業における高コストである。公的サービスの供給においては、事業の公共性・安定性を理由に新規参入が阻害され、競争が十分に行われないために事業効率化のインセンティブが働きにくい。さらに、コスト構造の開示など国民に対する情報公開が不十分であることから、安易な値上げが行われやすい体質となっている。また、公共投資においては、分配の平等が何よりも優先されてきた結果、効率化への取り組みが遅れ、重複投資による無駄やコスト縮減への取り組みが不十分であることなどが問題視されている。

    第3に、グローバル・スタンダードから乖離したわが国独自の高コストがある。例えば、わが国の金融システムは、各種の厳しい規制、不透明な金融行政、税制・手数料等各種コストの高さなどを背景に国際競争力が低下し、個人を含めた投資家にとって極めて使い勝手の悪い、選択性の乏しいものとなっている。こうしたことから、わが国金融市場の空洞化の懸念も大きい。

  3. 具体的是正策
  4. こうした観点に立って、以下に述べるとおり、高コスト構造の是正について、分野毎に基本的な考え方と、その是正策をとりまとめた。なお、社会保障制度、税制については、経団連の各委員会において抜本的な改革を提言している。

    1. 輸送コスト−輸送分野のビッグバン
    2. 輸送分野は、これまで縦割り行政による弊害、多くの参入規制、価格規制によって高コスト構造の典型として指摘されることが多かった。特に、安全面などの社会的規制の名の下に、実質的には需給調整規制としての経済的規制が多用されてきた。
      今回、行政改革委員会の意見を参考に、運輸省が航空、鉄道、バス、タクシーなど多くの輸送分野において、需給調整規制の原則廃止を決定したことは重要な前進と評価できる。ただし、3〜5年後とされている廃止の時期については、できるだけ前倒しすべきである。また、内航海運についても、船腹調整事業への依存解消の時期を前倒しすべきである。
      従来触れられることの少なかった港湾事業についても、経済構造改革プログラムにおいて需給調整規制の廃止が明記され、主要港において日曜荷役実現への方向が示された事は評価できる。問題はこの原則が着実かつ速やかに実施されることであり、行政改革委員会あるいはポスト行革委で引き続き厳密に監視し、実行が担保される必要がある。
      また、輸送の効率化には、国際ハブ港湾、空港、高規格道路などの社会資本インフラを重点的に整備していくことも不可欠である。その際には、現在の危機的な財政状況を考慮し、後述のとおり、公共事業について抜本的に見直し、コストの引き下げを通じて、効率的な社会資本整備を行う必要がある。
      さらに、輸送モード間の調整をより効率的かつ効果的に行う見地から、縦割り行政をあらため、総合交通省構想を含む行政の一元化を検討すべきである。
      民間企業としては、規制緩和の効果を最大限に活用し、新事業・新産業を創出するとともに、コスト削減などにより生産性の向上に努めることが必要である。また、コスト高につながるような取引慣行については自ら抜本的に見直しを行うべきである。
      規制撤廃によって生じる真の弱者に対しては、時限を明示した所得保障などの財政措置を講ずべきである。規制の撤廃を契機に輸送業のみならず他分野からも参入が促進され、事業者の創意工夫に基づいて、輸送市場がより一層活性化し、規制緩和の利益、特に低コスト化の利益が他産業にも均霑することが望ましい。

    3. 公共投資のコスト−システムの透明化・合理化
    4. 公共投資については、従来から「配分の見直しがなされていない」、「無駄な支出が多い」、「費用対効果の関係が明らかでない」などの批判が多い。社会インフラの整備が十分でないわが国においては、貯蓄率の高い今のうちに公共投資の充実を図る必要があることは確かであるが、財政の現状や税負担水準から見る限り、必要な公共投資といえども効率的・効果的に行われることは当然である。ドイツ等の海外諸国では、費用便益分析の結果を公表することが義務づけられていることに鑑み、わが国においても費用便益分析を十分に活用しながら全面的に見直していくことが重要である。
      公共投資の効率的かつ効果的な実施に向けては、まず道路、下水道など複数の省庁による類似事業への重複投資を避けるとともに、計画・企画、設計から入札・契約、施工、維持・修繕にいたるあらゆる段階でプロセスの透明化と合理化さらには競争原理の強化を進め、もって公共工事のコスト縮減と運営・保守・管理コストなどを含めたライフサイクル・コストの削減を達成することが必要である。
      具体的には、まず歳出抑制として、不必要な分野・地域への投資を避けるため、社会資本整備目標の明確化・重点化を図り、プロジェクト間の優先度を評価するための客観的な評価手法を確立するとともに、国と地方、官と民との役割分担を明らかにして、それぞれに適切な負担を求めていくことが必要である。
      また、公共工事のコスト縮減に向けては、環境、安全、交通にかかる規制の合理化をはじめ、建設副産物の再利用、機能を優先した設計のスリム化などを検討する必要がある。同時に、価格以外にも工期、安全性、品質などを総合的に評価する技術提案総合評価方式、大規模工事を対象とした設計と施工とを一体的に発注するデザイン・ビルド方式、さらには工事の受注者にコスト削減につながる提案を求めて価格を引き下げ、その縮減分の一部を受注者にも還元するVE(バリュー・エンジニアリング)提案方式などを導入すべきである。加えて、民間業者に工期短縮のインセンティブを与え、公共工事の効率化を図る観点から複数年度契約の導入も検討する必要がある。
      さらに、地方の公共工事において、地元中小建設業者の保護を目的として往々にして見られる過度に細分化された発注を改め、ロットを大きくすることにより効率性・生産性を高めることがコスト縮減という点では最も効果的である。その際、中小業者の受注機会の確保を目的に定めている官公需法の見直しも必要となる。
      建設省では、総合建設会社から公共工事を下請けする専門工事会社の経営状況や技術力を評価する新制度を98年度から導入する方針であり、競争の促進によるコスト縮減が期待されるが、その運用にあたっては、厳正な評価基準を設けることが前提となる。また、BOT方式(注1)やイギリスで採用されているPFI(注2)など民間資金を活用する方式の導入を検討することも重要である。こうした努力を通じて、米国に比べて割高といわれる公共工事の工事費を削減し、公共事業費の増嵩を抑制すべきである。
      公共工事に携わる民間企業としては、コスト縮減を求める社会一般の要請を十分に認識して、引き続き工事技術の革新に努めることはもとより、機械化施工の推進、多能工の育成、高齢技術者の活用(定年制の弾力的運用)、下請業者選定における評価基準の公表と優良業者の選定、海外資材の活用やCALS(注3)の採用などを通じた調達の合理化などを図り、コスト削減、生産性の向上を実現していくことが重要である。
      さらに、公共事業に関わる費用の軽減のためには、適切な受益者負担を図るとともに開発利益を事業主体に還元すること(いわゆるインパクト・フィー)なども併せて検討することが必要である。

    5. 公共料金−効率化と競争原理の導入
    6. 電気、ガス、水道、通信、郵便、高速道路などの公共料金については、絶対水準が欧米諸国に比べ割高になっているものが多く、内外価格差の典型と指摘されることが多い。公共料金の価格設定は個々のコストを積み上げ、その上に利潤を上乗せするという総括原価方式によって行われてきたが、この方式の下では事業効率化のインセンティブが働きにくく、値上げがスケジュール化されてきた。他方、エネルギーの大半を輸入に頼っているといった事情や、急峻でかつ国土が狭いといったわが国固有の要因によってインフラ等の整備や設備型事業を中心に建設コストがかさみ、資本費が割高になっている等の側面があるが、国民生活への直接的な影響を考えれば、事業を一層効率化させることで価格の引き下げを目指すことが重要である。その場合、効率化の最大の手段は直接供給競争の導入であり、モード間競争の促進である。また、価格決定方式にも事業効率化を促す手段として、プライスキャップ方式やヤードスティック方式を導入するとともに、常に市場構造を見直し、競争が進展している分野は、思い切って公的規制の対象範囲からはずすことも積極的に考えるべきである。
      具体的には、電力分野においては、卸競争入札や特定電気事業制度の創設、さらには料金のヤードスティック査定など、一連の改革がなされたことは評価できるが、さらなる効率化に向け、競争的機能が十分に発揮されるようにしていくことが重要である。また、電力業界では、設備投資の軽減や設備の効率的運用を図るため、負荷平準化に取り組んでおり、昼間電力の夜間へのピークシフトに資する料金メニューの多様化などの方策を推進しているが、引き続き競争原理を一層浸透させていくべきである。
      通信については、競争導入の結果、長距離通信、国際通信等で料金の低廉化が進んだが、情報通信技術の一層の活用を促し、高度情報通信ネットワーク社会を実現するためには、通信料金のさらなる引き下げが不可欠である。そのためには、参入規制を緩和するとともに、独占的なサービスについては、事業の効率化を促し、料金決定過程の透明化等を確保する観点から、プライスキャップ制を導入すべきである。
      郵便事業については、宅配便の参入によって運輸サービスの質が向上、多様化している経験を踏まえて、現在は事業独占となっている分野にも競争原理を導入し、民間参入を認めるべきである。
      高速道路料金については、全国プール制や過剰な道路建設が高い料金を招いていないかどうか、費用便益分析の徹底、受益者負担の明確化等を通じて検討していく必要がある。

    7. 金融分野−金融システム改革への対応
    8. わが国の金融・資本市場は、数年前まで世界3大市場の一角として活況を呈してきたが、デリバティブなど新たな金融商品への対応の遅れにみられるように、規制の多さなどを理由に金融市場の空洞化が懸念されている。現状を放置した場合、金融取引が海外にシフトし、わが国市場の相対的地位が低下してしまう惧れが大きい。経済構造改革の推進と金融システム改革は表裏一体であり、金融市場の活性化なくして活力ある経済を維持することは不可能である。
      政府は金融のビッグバンとして2001年をめどに金融システム改革を行い、これに先立って98年度から外為法を改正・施行することとしているが、外為法改正のみが行われた場合、金融市場の空洞化が一段と進展する惧れが大きい。したがって、一刻も早く金融システム改革を完了させることが不可欠であり、そのためには、早急に改革のスケジュールを明確にし、グローバル・スタンダードから乖離したわが国独自の規制、税制等は直ちに是正すべきである。
      具体的には、株式委託手数料の完全自由化を速やかに実現するとともに、有価証券取引税の撤廃、短期金融市場の整備などを早急に行うことが必要である。また、各業務分野への参入については、金融システムの安定に細心の注意を払いつつ、その促進を図るべきである。さらには、企業の事業形態の多様化を図る上で、金融持株会社を含む持株会社の解禁を有効に活用するために連結納税制度の導入を急ぐ必要がある。
      民間金融機関としても、金融システム改革にあわせ、リストラの推進、横並び体質からの脱却、不良債権問題の早期解消及び新たな金融技術への対応、新商品・新サービスの開発などに努め、国際競争力の維持・強化を図っていくことが重要である。
      わが国の金融システムには、諸外国に例を見ない特徴がある。それは公的金融の肥大化であり、この問題を抜きにしては金融システム改革は成り立ち得ない。特に、わが国の郵貯・簡保は国の信用力や市場と遮断された商品の有利さを背景に残高が膨張し、市場原理になじまない財政投融資資金が肥大化し、金融システムを歪ませている。財投システム全体を見直す中で、郵貯・簡保と財投システムとのつながりを断ち切り、それぞれ自主運用させるとともに、例えば特殊会社とするなど、経営形態の見直しを行うことが必要である。また、財投の出口である政策金融についても、その存在意義を改めて問いなおし、民間で可能な分野は極力民間に委ねるとの観点から抜本的な見直しを行い、政府系金融機関の整理・統合・廃止を進める必要がある。こうした公的金融の改革についても、政府の金融システム改革と連動させるとともに、早急にスケジュール化を図るべきである。

  5. 新たな雇用制度の構築
  6. 構造改革を推し進めていく上では、雇用の維持・確保及び雇用・賃金システムの再構築は重要な課題である。競争原理の徹底に伴い、市場からの退出を余儀なくされる勤労者が失業することなく、新たな雇用機会を得られるよう、環境整備を行うことが重要である。

    雇用の安定は活力ある経済の基盤をなすものであり、引き続き良質な雇用機会の確保に努めていくことは不可欠である。ただし、雇用の安定とは従来のように企業が社内に人材を抱えるというミクロ的な雇用維持策によって達成されるものではなく、労働移動を円滑化させ、雇用のミスマッチを防ぐことや新事業・新産業を育成するといったマクロ的な政策によって達成されなければならない。

    こうした観点からは、企業内雇用の安定を主目的とした雇用調整助成金のあり方も検討していく必要がある。また、確定拠出型年金の導入によるポータブル化、企業年金の自由化を進めるとともに、有料職業紹介や労働者派遣の完全自由化などによって、労働市場の流動化と移動性を高める必要がある。さらに、多様な就業形態、雇用機会の確保を図る観点から、高齢者や女性の活用の道を開くことが必要である。そのためには、女子労働規制の撤廃、年金支給開始年齢の引き上げ、在職老齢年金の受給期間の延長に加えて、企業としては、高齢者の賃金・雇用形態の弾力化、育児休暇制度の充実などを行う必要がある。

    一方、従来の硬直的な雇用・賃金システムを維持したままでは、高齢化社会の到来とともに、企業の労働コストが増大し、企業経営そのものが成り立たなくなる惧れが大きい。したがって、現行制度を抜本的に見直し、弾力的なシステムを構築することが不可欠となっている。

    具体的には、限界にきている年功序列賃金体系については、年俸制の採用などを含め能力・成果主義を徹底する方向で再編成するとともに、その前提となる人事評価制度についても、公平性、透明性の高いシステムを確立すべきである。加えて、企業としては、不断の生産性向上努力を通じ、労働コストを吸収することが必要であり、従来型の横並び賃上げの是正や福利厚生制度、社内教育システムの見直しなど、現行システムの改革が不可欠である。

    勤労者としてもこうした改革の必要性を認識し、新たな時代に対応すべく自らの技能向上など自助努力に努めることが必要であり、政府としては、こうした勤労者の取り組みに対して税制上の優遇措置などを検討する必要がある。


(注1)BOT(Build Operate & Transfer)方式
民間企業が事業主体となって、自らが調達した資金で施設を建設し、一定期間にわたって運営を行い、運営による事業収入で投下資金などを回収した後、当該施設を発注者側に返還するシステム。

(注2)PFI(Private Finance Initiative)
BOTと似た考え方であるが、BOTがインフラを対象としているのに対し、PFIは施設建設を伴う公共的サービス全般を対象としている。また、BOTの場合は事業主体が建設業者(あるいは建設業者を含むチーム)であるのに対し、PFIの場合は必ずしも建設業者が事業主体となるとは限らない。

(注3)CALS(Commerce At Light Speed)
製品の開発、設計、発注、生産、流通、保守に至る全てのプロセスで文書、図面の製品情報をコンピュータ・ネットワーク上で電子データとして調達側と供給側が共有するシステム。


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