グローバル化時代のなかで世界経済が健全な発展を遂げていくためには、企業が国境を越えた活動を円滑に展開できるような環境の整備が不可欠である。なかでも、企業の海外事業活動の予見性を高めるうえで、貿易・投資ルールの持つ重要性が従来にも増して高まっている。
わが国政府は、産業界の利益に合致した国際ルールの形成に努め、企業が直面する貿易・投資上の障害を取り除いていく必要がある。特に、次期WTO交渉において従来以上に積極的な役割を果たすとともに、様々な二国間協定への取組みを具体的に検討していくことが重要である。また、通商交渉に望む国内体制の整備も急務である。
他方、1997年夏のタイ・バーツの下落に端を発したアジアの通貨・金融危機は、またたく間に世界に広がり、多くの途上国経済に深刻な打撃を与えている。今後のわが国の通商政策において、こうした途上国の現状に従来以上に配慮していく必要があろう。
自由、無差別で多角的な国際貿易秩序の維持と発展に関して中心的な役割を果たしているWTO体制の一層の強化は、わが国の通商政策における最優先課題の一つである。
次期WTO交渉において、加盟国の貿易・投資制度の一層の自由化、透明化を実現するとともに、一部加盟国によるWTOの精神に反する保護主義的な貿易措置を抑止していく必要がある。
わが国産業界は、次期交渉がこのような方向でできるだけ速やかに妥結に至ることを強く希望する。また、交渉分野としては、すでに決定されているサービス、農業分野に加え、
鉱工業品の関税引下げ交渉の重要性〔補論1参照〕
次期交渉において、鉱工業品の包括的な関税率引下げ交渉が実現することを強く希望する。わが国の鉱工業品の関税率は世界でも最低水準にあるが、他の先進国についても、少なくともわが国と同等の関税水準まで引下げることが望まれる。
また、途上国には依然として高関税率や不十分な譲許率などの問題があり、それらの改善を求めていく必要がある。
関税引下げ交渉を進める上では、各国が一定の算定式に基いて関税の引下げを行なうフォーミュラ・カット方式にピーク・タリフ・カット方式等を組み合わせていくことが効果的である。
但し、途上国の関税の引下げについては、各国の経済情勢や発展段階を踏まえ、実施までに十分な経過期間を認めるなどの配慮が必要である。
サービス貿易自由化交渉の課題〔補論2参照〕
サービス貿易については、次期交渉を通じ各国における外国企業の事業活動に対する制限の撤廃およびサービスに関する諸制度の透明性の向上が実現するよう希望する。特に、通信、流通、金融、建設、運輸の分野における、外資出資比率の制限の緩和、役員・従業員の国籍・居住要件の撤廃、海外への送金規制の緩和、技術移転要求や国内調達義務の撤廃、さらには法制度およびその運用の透明性の向上が重要である。
アンチ・ダンピング(AD)措置の保護主義的発動防止〔補論3参照〕
一部加盟国による保護主義的なアンチ・ダンピング(AD)措置の発動は、わが国企業の安定的な貿易活動を阻害している。また、仮に提訴側の敗訴の決定が下されたとしても、AD調査そのものに伴う企業負担は極めて大きい。ダンピング・マージンの計算、サンセット条項、調査手続きなど、各国のAD措置に関する規律を強化し、保護主義的な利用を阻止することができるよう、次期自由化交渉において、以下の点を中心にAD協定の見直し、あるいは「ADに関する了解」といった補足規定の導入やAD委員会の機能強化が実現することを強く希望する。
電子商取引の取扱いの明確化〔補論4参照〕
電子商取引については、情報財のインターネット取引に関わる無関税措置の継続が重要である。また、分類問題の明確化を図るとともに、プライバシー保護等、その健全な発展を支えていくための枠組みの整備を進めていく必要がある。
知的財産権の保護の強化〔補論5参照〕
途上国におけるコピー商品の横行、一部の国の独特な特許制度等によってわが国企業の海外事業活動に支障を来している。特許制度等の調和、特に、先願主義及び早期公開制度の国際ルール化と、途上国における知的財産権保護制度の整備の実現が重要である。
国際的投資ルールの整備〔補論6参照〕
WTOの場において、投資に関する国際的なルールが構築されることを強く希望する。この投資ルールを通じ、各国における外資規制、パフォーマンス要求(技術移転要求、外貨送金規制、輸出義務、現地人雇用義務等)、経営幹部等の国籍の制約を可能な限り排除していくとともに、投資関連制度の透明性を確保していくことが重要である。
紛争処理手続の強化〔補論7参照〕
紛争処理手続の強化は、WTO協定の実効性を担保するとともに、加盟国による保護主義的な貿易措置の安易な発動を防止していく上で重要である。
紛争処理の審査期間中に企業が不当に被った損害を救済する措置の導入、AD措置に係る「審査基準」の撤廃及び他の協定への「審査基準」の適用拡大の阻止、紛争処理に関連するWTO内の体制強化が重要である。
その他の課題〔補論8参照〕
以上のほか、
現在、加盟申請中である中国、台湾、ロシア、ベトナム、サウジアラビアなどの諸国のWTOへの早期加盟を通じ、WTOを真にワールドワイドなものとしていく必要がある。
わが国企業は、こうした国々において、関税、知的財産権保護、外資政策などの面で様々な困難に直面している。これらの国々の加盟に際して、こうした諸問題を解決するとともに、国内法・行政手続きの透明性を向上させるよう、適切な交渉を行なう必要がある。
すでに述べた通り、自由で多角的な貿易体制の維持、強化に向け積極的役割を果たしていくことがわが国の通商政策において極めて重要である。
同時に、政府が様々な二国間協定への取組みを強化していくとともに、引き続き諸外国からの対日輸入の一層の促進を図っていくことも政策上の重要な課題である。また、次期WTO交渉の開始を目前に控え、国内の交渉体制の整備、強化も急務である。
わが国企業が対外活動を行なう上で、投資保護協定、租税条約、年金通算協定、相互承認協定(MRA)などの二国間協定は極めて重要である。わが国としては、こうした協定の締結を従来以上に積極的に推進していくとともに、ビジネス活動の実態に合わなくなった既存の協定については、適宜見直しを進めていく必要がある。
また、二国間の自由貿易協定も、
わが国政府は、対日輸入の促進のため、国内の規制緩和を大胆に推進するとともに、基準・認証制度の国際的整合性の確保、検査・検疫制度の改善などに積極的に取り組む必要がある。
特に途上国に対しては、輸出産業に対する技術支援、特に、わが国市場に適合した製品開発や検疫体制の整備等を促進するとともに、特恵関税制度の拡充なども検討していく必要があろう。
このように対日輸入の一層の促進に向けて努力を続けることは、わが国が次期WTO交渉において、積極的な役割を果たしていくうえでも重要である。
かねてより日本政府の通商交渉のあり方については、省庁間の横の連携、情報交換が不十分である、民間セクターに対しタイムリーかつ十分な情報公開がなされていないといった問題が指摘されてきた。
また、官民の双方向の情報交換が不十分である、日本企業が外国で通商上の問題に直面しても、欧米のような確立された貿易救済措置の申請制度が日本にはないといった問題もある。
こうした問題を解決し、WTOの次期交渉等にわが国としてより積極的な姿勢で臨んでいくためには、先ず政府内で、省庁の枠を超えた協力体制を構築し、交渉に対する総合的戦略を練り上げていく必要がある。
同時に政府と産業界の連携強化も重要である。こうしたことから、わが国産業界として、次のような新たな枠組みを提案したい。
官民の連絡協議会の設置
これまでの対外経済交渉において、政府と産業界との意見や情報の交換は、アドホックかつ限定的であり、不十分なものであった。そこで、次期WTO交渉に臨む日本政府と産業界との常設の意見・情報交換の場として官民の連絡協議会の設置を提案する。同協議会は、WTOにおける交渉の進捗情況に合わせて適宜開催されるものとする。
このような場での意見・情報交換を通じ、
「外国の貿易措置に対する救済申請制度」の確立
わが国においては、民間が外国政府による貿易の制限、行動等によって損害を被った場合でも、政府に対しこうした問題を取り上げるよう求めていくための明示的な手続きが確立されていない。他方、欧米では、米国の通商法301条やEUの貿易障害規則において、このための手続きが法的に確立している。
わが国においても、民間企業が非公式な陳情等により政府に働きかけていくのではなく、より透明で民主的な行政手続制度を確立していく必要がある。
具体的手続きとしては、例えば次のようなものが考えられる。
21世紀を目前に控え、わが国の通商政策は様々な課題を抱え、大きな転機を迎えている。わが国としては、WTOへの対応を強化するとともに、二国間協定にも積極的に取り組むなど、より強力な通商政策を推進し、わが国企業による国際的な事業展開をバックアップしていく必要がある。これは、わが国経済の構造改革にも資するものである。経団連としては、今後、欧米を始めとする各国の産業団体との連携を更に深めつつ、政府の通商交渉を積極的に支援していく所存である。