Policy(提言・報告書) 税、会計、経済法制、金融制度  国際会計基準(IFRS)の適用に関する早期検討を求める

2011年6月29日
(社)日本経済団体連合会

1.はじめに

企業のグローバルな事業活動・資金調達活動は一層の拡がりを見せており、会計基準の国際化の動きが益々進展している。高品質かつ国際的に統一化された会計基準の活用は、財務諸表の比較可能性を通じて、投資家の利便性を向上させるのみならず、企業によっては経営ツールの共通化が実現でき、グローバル経営の効率化にも資する可能性がある。また、わが国金融・資本市場の国際競争力強化の観点からも、国際的に整合性のある市場インフラを整備し、魅力的かつ信頼性のある市場を維持・強化していく必要がある。

わが国では、2005年に欧州連合(EU)が国際会計基準(IFRS)を域内統一会計基準として採用したことに伴い、日本の会計基準がIFRSと同等であるかの評価が行われるという状況の下、企業会計基準委員会(ASBJ)と国際会計基準審議会(IASB)が、日本基準とIFRSのコンバージェンスを加速化することを定めた東京合意に基づき、両基準間に存在する差異を縮小する作業を進めてきた。海外においても、2007年に、米国証券取引委員会(SEC)が米国で上場する外国企業によるIFRSの使用を認め、2008年には、米国企業について将来的にIFRSの強制適用を目指すロードマップ案を公表したことをきっかけに、会計基準の統一化に向けた動きが加速した。

2.わが国の取組み

経団連でも、こうした動向を踏まえ、2008年に、提言「会計基準の国際的な統一化へのわが国の対応」をとりまとめ、金融資本市場の競争力強化などの観点から、わが国におけるIFRS採用へのロードマップ作成を求めてきた。これを受けて、2009年には、企業会計審議会にて「我が国における国際会計基準の取扱いに関する意見書(中間報告)」(以下、「中間報告」)がとりまとめられ、2010年3月期から連結財務諸表にIFRSの任意適用を認めると同時に、2012年を目途に強制適用の是非を判断することとされた。

この「中間報告」を契機に、日本でのアウトリーチ活動の拡充等を通じて、IASBが会計基準の開発に際して日本の意見に留意するケースが増加し、日本の発言権は高まりつつある。また、IFRSの採用が世界各国に広がり、アジア諸国もIFRS財団ポストの獲得に意欲を見せる中、日本は、IASBの監督機関であるIFRS財団の評議員、IASB理事、IASBの解釈指針作成機関であるIFRS解釈指針委員会の委員をはじめ、数多くの人材を輩出し続けており、国際的なプレゼンスと影響力を確保している。2011年2月にアジア・オセアニアのサテライトオフィスが東京に設置されることが決定したことも、日本のIFRS導入に向けた取組みや人材・資金面など、IFRS財団に対するこれまでの貢献が評価された結果と言える。同時に、アジア諸国からのIFRS財団に対する人材の輩出や将来のサテライトオフィス再誘致に向けた動きなど、IFRSへの影響力を強化するための国際的な駆け引きは一層激化することが予想され、わが国として、現状のプレゼンスを維持・強化し、国際的なリーダーシップを発揮していくことが肝要である。

2011年6月10日にASBJとIASBが公表した東京合意の達成状況に関するプレスリリースにおいても、IASBのTweedie議長が、ASBJは、日本基準のコンバージェンスだけでなく、新たなIFRSに関する議論にも非常に影響を及ぼしてきた、とコメントしている。両者はコンバージェンスの取組みを今後も継続し、さらに緊密な関係を築き上げることが必要であることにも合意しており、今後も日本の果たすべき役割は引続き大きい。

3.現状の課題

このように、「中間報告」を契機としたIFRS財団における日本のプレゼンスの向上は一定の成果をあげてきたが、一方で、IFRS強制適用の是非の判断を行うとされる2012年を間近に控え、最近の海外情勢の変化などを背景に企業側の不安が高まっていることも事実である。

「中間報告」に掲げられているIFRS強制適用の判断に際し考慮すべき事項の1つとされていた米国におけるIFRS導入に向けた対応状況については、米国財務会計基準審議会(FASB)とIASBとの覚書(MoU)に定める「収益認識」や「リース」等の複数のコンバージェンス計画の進展に関し、相当の遅れが生じている。

また、SECによるIFRS導入の検討に関しては、去る5月26日にSECが公表したスタッフ・ペーパーによれば、従来の約4年の準備期間を設けることによりIFRSの強制適用を検討する案から、IFRSを一定期間(例えば、5年~7年)において米国基準に取り込み、米国基準で作成した財務諸表がIFRS準拠とみなされることが最終目標とされている。

なお、同スタッフ・ペーパーでは、複数のアプローチが選択肢として排除されておらず、単一で高品質のグローバルに受け入れられた会計基準を達成しようという取組みに関するSECの意思決定は、全ての米国企業に直ちにIFRSを強制適用するか否かの二者択一の選択ではないことや、同取組みを進める上で、コストや労力等を最少化する方法が何通りかありうることも謳われており、IFRSの導入方法や導入にかかる検討期間などをはじめ、SECによる検討の今後の展開には不透明な点があることも事実である。

また、カナダは、2011年からIFRSを採用しているが、SEC登録企業には引続き米国基準を容認しており、こうした諸外国の最近の実情も十分に踏まえる必要がある。

わが国の「中間報告」では、IFRSの強制適用を行うかどうかの判断時期を2012年を目途とし、強制適用をする場合には、その判断時期から「少なくとも3年」の準備期間を置くこととされている。そのため、企業によるIFRS導入準備に関しても、早ければ2015年からの強制適用がありうるとの前提で、一部に本年中に準備を開始しなければこれに間に合わなくなるといった懸念が高まりつつあるのが現状である。

また、日本では、1977年以来、米国基準による連結財務諸表の提出が特例として認められてきたが、2009年12月の内閣府令改正によって、当該特例が2016年3月期をもって終了するとされたことも、米国基準採用会社の強い心配につながっている。

さらに、既存の、あるいは開発中のIFRSの中には、一部にわが国の商慣行や諸制度、製造業・金融業等の多種多様な企業の経営実態を必ずしも適切に反映したものとは言い難いと思われる内容、企業側に過度の実務負担を強いかねない内容も存在している他、開発中の会計基準については、直接法キャッシュフロー計算書の取扱いに代表される「財務諸表の表示」や「収益認識」、「リース」、「金融商品」、「保険契約」など、方向性が定まらないプロジェクトの存在も、企業によるIFRS導入準備における大きな障害となっている。IFRS導入に伴うコスト負担や単体財務諸表の取扱いの問題などと合わせ、こうしたことも一因となり、任意適用が開始してすでに2年になるが、わずか3社が適用しているに過ぎない状況にある。

4.IFRS導入に向けた今後の対応

こうした状況を勘案すれば、わが国のIFRS強制適用の是非に関する判断にあたっては、上記の現状の課題のほか、その後の海外主要国の実情を再度確認するとともに、IFRSを適用する場合の方法・手順(単体財務諸表へのIFRSの任意適用を含む)、適用の対象範囲、日本基準における連結・単体のあり方や、これらに伴う関連諸法規制との調整など、開示制度全般に関する検討も含め、国際的な流れに充分配慮するとともに、日本の国益・国情に合致した対応を、幅広い関係者の納得を十分に得ながら的確に判断をしていく必要がある。

そのため、早期に企業会計審議会を再開し、「中間報告」に掲げた諸課題の達成状況等の検証も踏まえ、2012年に予定される強制適用の是非の判断に向けた総合的な検討を直ちに開始すべきである。

なお、企業会計審議会における検討は、一定の時間を要することが予想される。その間に、関係企業が激化する国際競争環境下において過剰な準備対応・過大なコスト負担を強いられることがないよう配慮する必要があり、加えて、企業によっては、東日本大震災の影響も無視することができない。従って、IFRSの適用については、十分な準備期間が確保される必要がある。

仮にIFRS強制適用を行うとの判断をする場合であっても、その決定時から準備を開始すれば十分対応可能なだけの準備期間(適用の具体的内容にもよるが、5年~7年程度)を置くことは早急に明確にすべきであり、かつ、その際には、2009年の内閣府令改正時に定められた米国基準の特例取扱いの期限(2016年3月期で終了)についても見直し、引続き容認する必要がある。

また、企業が上場する市場は様々であり、企業の実態も大きく異なることから、強制適用の是非の判断をする上で、その対象範囲を絞り込むための議論を行うことが現実的である。

さらに、IFRSの適用やコンバージェンスを進める上で、昨年8月の企業会計審議会会長発言にもあるとおり、IASBの国際会計基準の設定に対し、わが国としての経営実務や慣行・それを踏まえた会計の考え方等の意見発信力・影響力が重要である。また、昨今、企業経営の立場からは、当期純利益、収益・費用の適切な把握が重要であること、また、そのため、リサイクリングの問題の整理も重要であること等の意見が示されている。その他の意見も含め、日本の主張がIFRSに適切に反映されていくよう、IASBに対して、わが国会計関係者が一丸となった意見発信を強化していくことが必要である。

以上