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Policy(提言・報告書) 総合政策 「経団連成長戦略2011」 -民間活力の発揮による成長加速に向けて-

2011年9月16日
(社)日本経済団体連合会

Ⅰ.はじめに

1.日本経済の現状

多くの国民から日常を奪った東日本大震災の発生から、早くも半年が過ぎた。震災はサプライチェーンの寸断等を通じて、国内の生産活動のみならず世界規模で大きなショックをもたらしたが、一日も早い復旧を目指した国民・企業の迷いのない取組みにより、震災当初の混乱は収束し、わが国経済は予想以上の速度で回復している。

しかし、現在の回復は、震災前の状態に復元しようとする限られた動きにすぎない。震災前の状況に戻れたとしても、デフレや少子高齢化、巨額の政府債務など、わが国が震災前から抱えていた多くの課題が速やかに解決に向かうわけではない。

また、本格的な復興なくして、わが国の成長は成しえないにもかかわらず、補正予算の編成の遅れなど、復興への建設的な足取りは極めて鈍い。世界経済も、欧米の金融資本市場の動揺を受け、先行きの見通しが不透明となっている。こうした状況を踏まえると、当初想定されていた復興需要の顕在化と海外経済の改善を背景とした回復シナリオの達成は困難となっている。

しかも、経済のグローバル化が進むなか、経済成長の主たる担い手でもあるわが国企業が直面する課題はこれだけではない。震災以前からわが国企業は、国際的に高い法人実効税率、国民負担を軽視した温暖化対策目標、経済連携協定推進の遅れ、高い労働コストと多様性・柔軟性に欠く労働市場、企業努力では太刀打ちできない水準の円高などによって、時間の経過とともにその活力を奪われ続けてきた。

こうしたなか、震災によって、国内の事業環境は一層深刻な状態へと陥っている。法人実効税率の引き下げや環太平洋経済連携協定(TPP)への参加は先送りされ、電力供給の不安定化、日本ブランドの低下が新たな負担として加わった。さらに、危機的状況下であるからこそ、本来強力なリーダーシップを発揮すべき政治も、その機能を十分に果たしておらず、唐突で不透明な政策決定を繰り返すことにより、かえって政策の予見可能性を著しく低下させてしまった。

このように制約のみが累積し続ける結果、わが国はかつてないほど深刻な産業空洞化の危機に直面している。産業の空洞化は、雇用の維持・拡大を困難にするばかりか、技術水準の低下をもたらす。また、税収の減少による公共サービスの質の劣化を招き、国民の生活水準を悪化させるなど深刻な影響を及ぼす上、中長期的な経済の成長力までも弱めてしまう。

2.空洞化の阻止と経済成長の重要性

経済成長は、一般に労働投入量、資本投入量、技術進歩の3つの要因で規定される。労働投入量という点では、わが国は生産年齢人口の大幅な減少が見込まれていることから、成長率を引き下げる方向に働く。そのため成長を維持するには、企業による資本投資(設備投資)と、競争力の源泉となる技術や新たな財・サービスを生み出すイノベーションが強く求められる。足もとの需要が依然弱いなかにあって、国内事業環境の悪化により、企業の生産拠点の海外移転が進み、国内への投資が減少すれば、国内における技術進歩も起こりにくくなり、潜在的な経済成長の基盤が失われる。雇用の減少により消費需要も低下することで、成長率の一段の低下は避けられない。

実際、わが国経済はバブル崩壊後、およそ20年にも及ぶ停滞が続いており、その間、堅調な成長を続けた欧米先進国や、二桁の高い成長を実現してきたアジア新興国と比べて、名目ベースのGDPはほとんど増加していない#1。豊かさの指標となる国民一人当りGDPでみても、わが国は先進国中、最低水準である。長期停滞の背景としては様々な要因が指摘されるが、その主因として、経済のグローバル化が進むなかで、わが国では事業環境の整備が自由化・国際化の流れに乗り遅れたため、海外の成長を十分に取り込むことができず、結果として、バブル崩壊後に生じた需給ギャップを縮小できなかったことが大きい。

経済成長率の低下は、国民の可処分所得の停滞を意味し、消費・投資活動の抑制につながる。また、新しい雇用が生まれにくい状態が長引けば、その分、将来世代はより困難な状況に置かれかねない。加えて、若年層の雇用や所得の不安定化は、結婚など家族形成を困難なものとし、一層の少子化、生活困窮者の増加とそれに伴う社会保障支出の増加など、様々な社会的問題を引き起こす。成長を止めたわが国の存在感は急速に薄れ、国内外の企業による国内への投資は、更新投資など必要なものに限られ、世界経済の成長から取り残される。こうした悪循環は連綿と続き、わが国の成長力はスパイラル的に弱体化する。

一方、持続的な経済成長は、国民の生活環境を改善させ、社会全体のセーフティネットの整備を可能とする。力強さを取り戻し、一層の豊かさを手に入れた経済社会は、世界各国から一目置かれる存在となり、多くの投資や人材をひきつけるとともに、グローバルな取り組みにおけるわが国のリーダーシップの発揮も容易となる。

経済成長を実現するには、企業と国民一人ひとりが本来の実力を十二分に発揮することが重要であり、そのための環境整備が欠かせない。

世界経済の潮流であるグローバル化の動きに抗うのではなく、わが国の立地競争力のさらなる強化策と世界との連携を打ち出すこと、また、エネルギー・環境をはじめ、わが国企業が強みを持つ分野の技術、製品・サービスの競争力にさらに磨きをかけることによって、わが国の成長力を押し上げていくことが喫緊の課題である。

震災によるサプライチェーンの寸断が世界経済の一時的な混乱の一因となったことが逆説的に示す通り、わが国企業の個々の競争力は依然強い。海外企業の猛追や極めて厳しい円高という重荷のなかでも、不断の経営努力により、世界市場においてトップシェアを保持している企業も多く、サプライチェーンの早期復旧は、企業の危機への強い耐性を示している。

また、成長の実現にあたっては、個人の能力を一層活用することが重要である。わが国の国民は教育水準が高く、高いチーム力や現場力、調整能力を兼ね備えており、国難にも屈しない強い忍耐力や粘り強さを持っている。

こうした点を踏まえると、個人や企業が自由に活力を発揮できる条件さえ整えば、グローバル戦略の強化という拡大志向の下での積極的な行動が国内外で展開され、民間主導による経済成長への道は自ずと開かれる。

その際、目指すべき目標は、社会保障や財政の持続可能性が担保される名目3%を上回る持続的な経済成長の実現である。目標の達成は、少子高齢化への対応や財政再建など、多くの課題にも解決の道筋をつけることができる。一方、これ以上長きにわたって低成長が続くならば、たとえば消費税率を大幅に引き上げない限り、税収の減少は避けられず、財政や社会保障など国の根幹を支える各種の制度は、破たんに向かう。

今ここで選択を誤り、判断を先送りするようなことがあれば、その分国民負担は増加する。結局、失われるのは国民生活の豊かさである。こうした危機感を政府も共有し、経済成長に向けた政策に迅速に取り組むことが必要である。以上の観点から、経団連では、今後10年を展望して、「実質2%、名目3%を上回る経済成長を実現」していくための戦略プランを改めて提起する。

なお、以降に示す「当面」、「短期」、「中期」、「長期」という時間軸は、それぞれ、「1年以内」、「1~3年」、「3~5年」、「5年以上」を想定する。

Ⅱ.日本企業の活力の発揮と世界との連携を軸とした成長戦略

1.成長への道筋

(1)成長阻害要因の解消

企業は、多くの国民がその能力を発揮する場であり、それらを結集することで成長を続ける。また、生産・投資行動を通じて経済成長の原動力となるだけでなく、賃金・配当等の原資となる付加価値の創造や、雇用の場、そして生活に欠かせない財・サービスを提供する。さらに、法人にかかる税、社会保険料の事業主負担、社会貢献活動など、財政や社会保障制度の維持から地域社会の発展に至るまで、国民生活の基盤を形成する。

しかし、冒頭述べたように、わが国には震災以前から、国内における円滑な事業活動を阻害する要因が山積している。スイスの国際経営開発研究所(IMD)の調査#2で、わが国政府の非効率が指摘され、民間の経済活動の足を引っ張っている構図が浮き彫りになっていることからも分かるように、政府が設計する経済社会の仕組みや制度がグローバル化の流れに必ずしも十分に対応できていないため、企業の強さを国の競争力や国民の豊かさに結び付けられていない。一方、企業にとって自らの成長・発展は、自社が存続するための必須の条件であり、制度の転換をいつまでも座して待ち続けることはできない。

こうして制度転換を回避し続けるならば、新たな需要の取り込みや各種コストの軽減、効率的な物流体制の構築、リスク分散、労働力人口減少への対応等の観点から、企業にとって国内立地よりも海外立地の優位性が相対的に高まる。これまで国内に踏みとどまっていた企業の生産拠点が堰を切ったように海外に移転を始めることによって、持続的な経済成長の実現可能性は一段と低くなる。

わが国企業が直面する問題の解決に向けて真っ先に求められるのは、活動阻害要因がこれ以上増えることを避けると同時に、既にある阻害要因を一刻も早く解消もしくは軽減することである。とりわけ、電力供給の安定化とTPPをはじめとする経済連携の促進、法人実効税率の引き下げは直ちに取り組まなければならない。

(2)震災復興と成長戦略の一体的な推進

東北地方の被災地域は、こうしたわが国全体としての成長阻害要因に直面しているだけではなく、より切迫した状況に置かれている。

被災地域は、広範にわたるとともに、人口減少が進み、高齢化率も高い地域が多い。とくに、経済社会の基盤を失った被災地においては、従来の施策の延長線上では到底、対応しきれず、また、政策遂行の遅れは即、地域の衰退に直結することから、残された時間も限られている。まさに、住民生活全般の一日も早い正常化の実現と、当該地域の産業の立て直しに向けた取り組みは、わが国経済、政治がいかなる状況にあったとしても、短期のうちに必ず成し遂げなければならない。

こうした事態を打開するためには、企業による創意工夫の発揮と迅速な行動が欠かせない。復興特区を活用し、前例にとらわれない思い切った税・財政・金融・規制・行政上の措置を迅速に講じていくことが重要となる。

当面は、こうした震災復興に向けた取り組みを官民挙げて全力で進めるとともに、経済成長の起爆剤と位置づけて、単なる「復旧・復興」にとどまらず、わが国の創生に向けて、産業集積を進め、雇用を生み出し、新たな技術の芽を育んでいくことが重要となる。将来的には、被災地を持続的に発展させることを可能とするとともに、復興特区で生まれた成功事例を、同様の課題を抱える国内外の他地域・産業にも展開していく。こうした取り組みを積み重ねることにより、わが国全体の成長に結びつけ、国際社会における存在感を高めていくことも可能となる。

(3)民主導の経済成長の実現

民主導の経済成長を支える上での政府の役割は、グローバルな環境変化に適切に対応しつつ、政策の優先順位付けを明確に意識して、各種政策を確実に実施し、政策予見性を高めることである。政府の成長戦略の再構築は、震災からの早期復興と厳しい財政事情を踏まえれば、先の「新成長戦略」の単なる焼き直しであってはならない。

そこで、成長戦略の再構築にあたっては、わが国企業が持つ強みを活かすことによって、民主導の経済成長の実現を図るという点をより重視していくことが求められる。わが国企業は、グローバル競争が激化するなか、世界最高水準のエネルギー・環境分野の技術力や、徹底した生産性・効率性の追求といった現場重視のものづくり、関連企業との連携、そして人材等をフルに活用して、国内外の需要を獲得することにより、自らの成長・発展につなげている。こうした企業行動を国の成長力に結びつけるため、関連する政策を効果的に束ね、予算を重点的に投入しつつ、可能なものから前倒しで実施することにより、これまでの遅れを取り戻す必要がある。その際、環境と産業、国内の雇用維持とグローバルな企業活動、大企業と中小企業、需要喚起と供給力強化など、いずれかに偏重した議論や部分最適の考え方にとらわれ、時間を空費することがあってはならない。

経団連も、こうした方針に沿って民主導の経済成長を実現する先陣として、以下に述べるように、常に日本経済全体を俯瞰し、いずれの課題も解決しうる全体最適の考え方・対応策を提示しつつ、事業環境の条件整備に向けた働きかけと自らの取り組みを強化する。また、時宜に適った政策提言の発信に努めることにより、国民に対して、経済界の主張を分かりやすく伝え、情報の共有化を図っていく。

2.国際的な立地競争力の強化に向けて

(1)エネルギー・環境政策のあり方の抜本的見直し
【経団連としての取り組み】
エネルギー・環境政策は、国民生活と事業活動の基盤となる。経団連は、持続的な経済成長と整合性の取れたエネルギー・環境政策のあり方を引き続き提言するとともに、世界水準の最先端の技術および製品・サービスの普及を目指す。また、地球規模の温暖化対策にも主体的な取り組みを通じ、積極的に貢献する。
① 現状・問題意識

国内における企業活動を活性化し、豊かな国民生活を実現するためには、高品質なエネルギーが経済性のある価格で安定的に供給されることが重要な条件である。しかし、わが国インフラ基盤の強みの一つである電力は、震災を契機に、その供給能力が大きく毀損したため、当面、供給面での制約は避けることができない。

各企業は、電力供給制約による影響を少しでも緩和するために、生産地域や日時の調整等による節電、設備・建築物の省エネ化、自家発電等を活用した創エネの努力を続けている。しかし、こうした対策の多くは、事業コストの上昇要因であり、企業の収益悪化のみならず、企業活動全体の萎縮や雇用維持の障害にもなりうる。また、主要国と比べても高いエネルギーコストの負担を一段と高めてしまうことにより、あらゆる産業の国際競争力を削ぎ、産業の空洞化を一層加速させかねない。結果として、国民への負担も増大し、生活環境は著しく悪化することが予想される。

また、2020~30年に向けた中長期のエネルギー政策については、東日本大震災後の状況を踏まえて、エネルギー安定供給、経済性、環境配慮のいわゆる3E間の優先順位を見直し、エネルギーの新たなベストミックスを構築すべきである。環境政策については、エネルギー政策の再構築にあわせて見直す必要がある。

② 打開策(当面~中期)

当面は、今後5年程度の電力の安定供給に向けた具体策を示し、国民生活と経済活動に支障をきたさず、企業が安心して国内投資を行うことができるようにすることが重要である。

こうした観点から、まずは、わが国のエネルギー供給体制の現状を踏まえ、定期点検終了後、停止状態にある原子力発電所を、周辺地方自治体・住民に十分説明し、理解を得たうえで、順次速やかに再稼働させていくことが重要となる。なお、この間、火力発電が果たす役割が高まらざるをえないが、その際、化石燃料の適切な価格での調達や国内輸送、さらには安全な国際輸送に支障が生じないよう、官民の協力・連携が欠かせない。

他方、電力の需要者側の対策も必要となる。経団連では、本年夏季に生じた電力の大幅な需給ギャップへの緊急対応策として、企業・団体による「電力対策自主行動計画」を打ち出したが、企業は、今後とも電力需給の状況を踏まえながら、自主的な取り組みを続けていく。こうした取り組みの下支えとして、政府・自治体には、電力事業者や企業等に対する自家用発電設備や蓄電池の導入に向けた政策支援とともに、エコポイント制度の復活等を通じた家庭やオフィスの省エネ商品の普及促進、建築物の省エネ化投資への支援を求めていく。今冬および来年夏にも、再び電力需給のひっ迫が懸念されることから、夏の需給対策として実施された自家用発電や操業シフトにかかる規制緩和の継続が重要となる。

中長期的なエネルギーのベストミックスを再構築するにあたっては、国内的には、従来温暖化防止に重きを置いた政策から、安全性確保を前提としたエネルギーの安定供給や経済性により力点を置いたものへと転換する必要がある。また、災害時にも耐えうる強靭なエネルギー供給システムの構築#3や、省エネ、創エネ、蓄エネのための革新的な技術開発の推進と初期需要の喚起による普及を着実に進めていかなければならない。

過去二度の石油危機において、わが国企業はその強みを発揮することにより、危機的状況を脱してきた。わが国企業の努力による革新的技術の開発と、それらを普及させるための政策支援により、世界最高水準のエネルギー・環境技術に一層の磨きをかけ、競争力の強化を図り、エネルギー関連産業の振興につなげていく。あわせて、知的財産権の保護を図りつつ、官民一体・連携による積極的な海外展開を図ることで、地球規模の温暖化対策にも貢献しうる。経団連としては、自主行動計画を進め、産業界としての責務を果たしていく。

こうした地球規模の温暖化対策への取り組みを後押しするため、政府に対して、二国間オフセット・メカニズム#4の具体化を加速し、対策の柱として推進することを求めていく。また、震災によりわが国経済・エネルギー情勢が変化したことにより、中長期的なエネルギー政策の見直しが不可欠となった状況下では、温室効果ガスの中期目標や個々の温暖化対策についても、国際的公平性、実現可能性、国民負担の妥当性の観点から、改めてゼロベースで国民的な議論をすることが必要である。

また、真に実効ある地球温暖化対策のためには、すべての主要排出国が参加する公平な国際枠組みが構築されることが求められる。わが国企業の国際的な競争条件をこれ以上悪化させないためにも、米国、中国をはじめ主要排出国が参加していない京都議定書の第2約束期間#5の設定は行うべきではない。

(2)デフレ脱却と為替の安定化
【経団連としての取り組み】
デフレ脱却と為替の安定化は、企業経営と雇用の維持に不可欠である。経団連は、為替の急激な変動による影響を最小限に食い止めるために、関係当局に働きかけるとともに、成長戦略の担い手として、需給ギャップの解消に取り組む。
① 現状・問題意識

バブル崩壊後、わが国では、物価が持続的に下落している。こうしたデフレは企業収益を圧迫し、雇用や所得の回復を遅らせることで、消費にも悪影響を及ぼす。デフレが持続すれば、プラスの名目成長を前提とした各種制度の持続可能性も低下する。こうした観点から、デフレ脱却は、わが国にとって非常に重要度の高い課題である。

デフレが続くなか、為替レートは円高方向に推移している。震災直後には、市場では、投機的な動きもあって、急激な円高が進行した。震災のショックが一巡した後も、欧州の金融市場の不安定化や、米国経済の減速懸念の高まりを受け、為替レートも不安定な動きを続け、円は歴史的な高値圏で推移している。円高は、それだけで企業収益の減少や労働コストの増大となり、競争相手国が市場介入により自国通貨安を誘導することも加わって、わが国の輸出企業は競争力を喪失し、市場シェアの縮小を余儀なくされている。

今後も円高が続けば、企業はさらなるコストカットや生産拠点の海外移転などにより対応せざるをえない。また、わが国製造業を支える中小企業にも極めて厳しい事業環境を強いることとなる。こうした動きは国内雇用の減少につながり、国民生活に深刻な悪影響を及ぼす。現在の円高水準への対応は、国際的に高い競争力とシェアを誇る産業群ですら、極めて困難な状況である。

② 打開策(当面~短期)

デフレ脱却に向けては、金融政策の役割が大きい。また、国民が適度なインフレ期待を持つことも重要となる。日銀は、当面の間、強力な金融緩和、成長基盤強化の支援を続けるとともに、必要と判断される場合には機動的に追加的な金融緩和に踏み切るべきである。

しかしながら、デフレの根本的な原因は、需要と供給のギャップにあり、金融政策だけでデフレから脱却することは難しい。規制緩和等の各種施策により内需を再び活性化させるとともに、輸出振興による需要の拡大などを通じて、需給ギャップの解消を図ることが重要である。とくに、規制緩和については、国内立地企業の事業環境を整備するだけでなく、経済連携の積極的な展開を可能とし、国内に投資を呼び込む観点から、様々な規制を不断に見直していくことが欠かせない。行政刷新会議が司令塔となり、政治主導のもと、総合特区や復興特区などの手法も活用しつつ、現行の規制・制度をゼロベースで見直し、大胆な規制改革を推進すべきである。

一方、円高を是正する直接的な手段としては、為替市場への介入が想起されるが、世界的な経常収支の不均衡が問題視されるなかにあって、先進国であるわが国が、恣意的な通貨安政策を行うことは許されない。ただし、経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)を反映しない急激な変動に対しては、政府・日銀は、こうした変動を断固として許さないという強い意志を世界の市場関係者に明示することが重要である。政府は、震災後、二度にわたって為替介入を行ったが、今後も、適切なタイミングで断固とした行動をとることが必要である。また、円高の影響を和らげるため、中小企業に対する資金繰り支援も重要となる。

ただし、円高の根本的な原因は、わが国と他の先進国との間における物価上昇率の格差にある。円高を是正していくには、成長戦略の推進による需給ギャップの解消を通じてデフレから脱却することが必要である。

(3)法人税を含む企業の公的負担の軽減
【経団連としての取り組み】
グローバル競争に勝ち抜き、かつ国内投資の促進を図るためには、企業の競争条件の対等化と投資インセンティブの拡大は欠かすことができない。経団連は、企業の公的負担の軽減により、世界水準の事業環境の整備を促す。
① 現状・問題意識

グローバル競争が激化するなか、企業活力を活かした経済成長・発展を目指し、世界各国で法人税率の引き下げ競争が行われている。しかし、わが国の法人実効税率は約40%と、競争相手である韓国などアジア諸国と比べて、15%ポイントも上回る、高い水準にある。社会保障大国であるスウェーデンも経済のグローバル化に対応し、26.3%まで引き下げている。

企業にとって税負担は、社会的責任であるとともに、コストという位置付けでもある。コスト軽減により国内の投資効率が向上することで、立地競争力が高まれば、内外からの投資を促すことが可能となり、企業の生産拠点等の海外移転を抑制することができる。

また、高齢化に伴って増大する社会保障給付費の財源を現役世代の保険料負担を引き上げることで手当てするならば、わが国経済・企業の活力を削ぎ、雇用創出を阻害する。保険料負担増に伴うコスト増は、可能な限り回避しなければならない。

② 打開策(短期)

諸外国からわが国への投資を促すとともに、国内企業が、アジア近隣諸国に立地する企業と対等な条件で競争していくためには、大幅な法人実効税率の引き下げが不可欠である。

まずは、平成23年度税制改正法案に盛り込まれた法人実効税率の5%引き下げを先行して実現したうえで、以降、早期に法人実効税率を主要国並みの30%まで引き下げるべきである。その後も、アジア近隣諸国と均衡する水準(25%程度)まで速やかに引き下げていくことが求められる。

なお、法人実効税率を引き下げる際は、国税の法人税率の引き下げのみならず、地方の安定財源確保とあわせ、地方法人所得課税についても、大幅な縮減を含む見直しが不可欠であり、まずは、地方法人特別税を廃止すべきである。

社会保険料負担の増大を避けるという観点からは、後述するように、現在の保険料に依存した社会保障制度を見直し、歳入改革を通じて財源を確保することにより、税負担割合を拡充する。これにより、将来的には、現役世代だけでなく高齢者も含め国民全体で社会保障制度を支える形へと見直すことが必要である。

(4)TPPをはじめとする高いレベルの経済連携促進
【経団連としての取り組み】
国内に立地にする企業にとって、他国企業に劣後しない競争条件の確保は最低条件である。経団連は、提言の公表に加えて、国民との対話を行いつつ、引き続き、高いレベルの経済連携の推進を促していく。
① 現状・問題意識

経済活動のグローバル化が進展し、それに伴って企業のサプライチェーンもグローバルに拡大、緊密化するなか、各国とも自由貿易協定(FTA)・経済連携協定(EPA)のネットワークを拡大し、自国経済の発展や自国企業の事業活動に有益なものとなる、シームレスな事業環境の実現に注力している。

他方、わが国は、これまでに署名・締結した13件の経済連携協定の相手国が貿易総額に占める割合が17.4%に止まっており、経済連携の推進において競争相手国からの後れが目立つ。自動車、エレクトロニクスなどの基幹産業において、わが国企業と激しい競争を行っている韓国では、貿易総額に占める経済連携協定相手国の割合が35.6%であるのに比べて、約20%ポイントもの大差がある。

とりわけ、わが国にとって、他国に見劣りしない事業環境の整備は、国際競争の土俵に上がるために最低限の条件である。わが国経済の強みである基幹部品やその組み合わせであるユニット等の生産・研究開発拠点、エネルギー・環境分野における要素技術、さらに、それらに伴う国内雇用をつなぎとめておくためにも、他国との公平な競争条件を確保する必要がある。その上で、わが国企業にとって望ましい国際事業環境を整備するため、従来の受動的・状況適応型の姿勢から脱却し、主体的・戦略的な通商政策を展開していくことが求められる。このような観点から、税制、為替といった面での差を埋めるとともに、わが国の主要貿易相手国である中国、米国、EUとのEPAを締結することが不可欠である。

とりわけ、TPPは幅広い分野で新たな時代に対応したルール作りを目指すものであり、アジア太平洋自由経済圏(FTAAP)においてのみならず、グローバルなルールへと発展する可能性がある。そのようなTPP交渉への参加判断がこれ以上遅れ、一旦合意が出来上がってから参加することになれば、わが国の事情や主張が反映されない枠組みを一方的に受け入れざるを得ない。TPP交渉参加9カ国は、11月のAPEC首脳会議までの大枠合意を目指しており、残された時間は極めて少ない。

TPPに参加すれば、関税・非関税障壁の撤廃・ルールの整備等を通じ、TPP参加国におけるわが国企業の競争条件・ビジネス環境の改善や、それを契機とする、貿易・投資量の拡大、ビジネス機会の拡大につながる。これにより、わが国における雇用維持・創出のみならず、技術流出の防止、知的財産の保護、海外事業におけるハンディの解消、さらには輸出を通じた企業の生産性向上が期待される。また、21世紀型の新しいルール作りにわが国の主張を反映することや、わが国が強みを持つ先端技術や環境技術の基準を、世界の「標準」とすることでビジネス機会は一段と拡大し、国内生産拠点の維持にも寄与する。

しかし、不参加の場合には、こうしたメリットは享受できない。わが国企業の輸出額は減少し、完成品・基幹部品、ユニットなどの国内生産拠点は、より有利な立地条件を求めて、生産コストが低く、旺盛な需要が期待される新興国や、最終輸出先と経済連携協定を締結した第三国へと移転してしまう。

被災地の生産拠点も例外ではない。例えば、東北地域からの自動車部品の輸出は、間接輸出の比率が6割強と高く、主に関東地域で生産・輸出される自動車部品に中間投入されているのが現状である#6。わが国から米国向けの自動車部品の輸出の50%近くを東北・関東が占めており、米国市場における後退は、東北地域にも打撃となる。

② 打開策(当面~短期)

輸出・投資を通じて世界の需要を、わが国経済に取り込んでいくためにも、諸外国の動きに遅れることなく、外交・通商政策を戦略的に展開し、わが国にとって望ましいルールができる限り広範な国・地域で適用されることが望ましい。

具体的には、2020年のFTAAP構築を視野に、TPP交渉への早期参加と並行して、日中韓FTAの早期交渉開始等を通じてASEAN+6(CEPEA)を推進するとともに、EUとの経済統合協定(EIA)交渉を早期に開始すべきである。昨年11月の「包括的経済連携に関する基本方針」で明らかにしたとおり、「国を開く」との方針に基づき、グローバル競争に耐えうる国内改革を着実かつ迅速に進めることが不可欠である。

その際、経済連携の推進にあたっては、国民の理解を得ることが重要であり、経済連携によって得られるメリットを政府全体として積極的にアピールしていくことが必要である。なお、農業については、農業従事者の高齢化と後継者難など、他産業と比べ、競争を支える基盤が相対的に弱体化している状況を鑑み、関係諸団体との相互理解を深めつつ、後述するように、あらゆる政策手段を講じて、競争力の向上や海外における需要拡大を図ることにより、新たな成長産業としての再生を目指すべきである。

(5)労働市場の多様性を踏まえた雇用政策の展開
【経団連としての取り組み】
人口減少下では、経済成長を支える人的資本の質的向上の重要度が増す。経団連は、経済成長あっての雇用創出という考え方のもと、労働市場の多様性を踏まえた政策の策定に関与し、企業活動の活性化を目指す。
① 現状・問題意識

近年、労働者派遣法の改正法案の国会への上程に加え、有期労働契約および高齢者雇用の規制強化に向けた議論や、最低賃金の大幅な引き上げなどがなされている。このような過度の労働規制強化は、国内事業環境をさらに悪化させ、雇用の減少につながるおそれが強い。

わが国では、全般的に厳しい雇用情勢が続くなか、東日本大震災により、被災地における雇用の維持・確保が喫緊の課題となっている。また、職種や企業規模間のミスマッチや、若年者・高齢者の雇用問題、長期失業者比率の高止まり、働き方に対するニーズの多様化といった構造的な課題のほか、グローバル化への対応も急がれている。

就労機会が十分得られない状況が続くことになれば、人的資本の形成が阻害され、将来の成長力の低下につながる。求められるのは、経済成長の実現を通じて雇用が生み出される環境を早急に作ることである。

② 打開策(当面~中期)

当面は、被災地を中心とする雇用の維持・確保に向けた、企業に対する支援をはじめ、失業中の生活安定の確保と早期の再就職支援の継続、雇用機会の提供等に努めていくとともに、人事労務管理上の柔軟性を確保するため、労働時間制度の弾力的な運用が可能となる規制の見直しが必要である。

また、新たな雇用の創出と人材の能力向上を継続的に図るためには、先に述べたように経済成長の実現が前提となるが、企業活動の変化に対応しうる多様な雇用・就業形態を活用できる環境整備に向けて、現在検討されているような労働規制強化の動きを改めていくべきである。

中期的には、生産年齢人口が減少するなかで国の活力を維持していくため、労働生産性の向上はもとより、女性、若年者、高齢者等を含めた「全員参加型社会」の実現、さらには、エネルギー・環境、観光、農業、医療・介護など、今後成長が期待できる分野へ十分な労働力を供給していくことが必要である。

そのためには、公的職業訓練施策の充実といった職業能力の向上や、優良な民間事業者の育成などを通じた需給調整機能の強化による雇用の流動化の促進、セーフティネットの整備など、労働市場の基盤強化を図るとともに、働き方に中立的で就労を阻害しない税制を整備していくことが重要となる。

こうした雇用政策を推進していく上では、現場の実態を十分踏まえたものでなければならず、労使の意見を踏まえた上で政策を立案し、政労使一体となって取り組みを進める必要がある。

3.成長加速に向けた企業のアクション

以上で述べた、成長阻害要因の打開策が、着実に実行へと移されることにより、わが国経済の期待成長率は高まり、消費や投資の再活性化、輸出の拡大を通じて、持続的な成長経路に復することが期待される。

しかし、政策が遂行されるまでの時間的な遅れや、政策の効果が成長に結びつくまでの時間を考慮するならば、全ての成長阻害要因の解消を待ち続けることはできない。成長阻害要因の解消に向けた努力と並んで、多くの産業が利用しうる「エネルギー・環境」分野における強みの発揮と、「世界との連携」を柱とした、成長加速につながる施策との組み合わせが求められる。企業が主体となって、これらの施策に取り組むことにより、わが国が本来持っている種々の強みを最大限活かすことで、成長力は一層強固なものとなる。

(1)未来都市モデルプロジェクトをはじめとしたイノベーションの加速
【経団連としての取り組み】
イノベーションは新たな成長の源泉を生み出す。経団連は、未来都市モデルプロジェクトの着実な実施をはじめ、課題解決型のイノベーションの推進とその実用化を促す。また、わが国の経済社会のあり方の、イノベーション創出に親和性の高い体質への変革を促し、国内外の課題解決に貢献していく。
① 現状・問題意識

イノベーションは、生産性のさらなる向上や新規需要など、新たな成長の源泉を生み出すが、その創出・加速には、企業の潜在能力が最大限発揮されることが前提となる。そのためには、わが国の経済・社会のあり方を、イノベーション創出に親和性の高い体質へと変革していかなければならない。

こうしたイノベーションの重要性については、「失われた20年」の間、経済成長の必要性を説く提言のなかで幾度となく指摘されてきた。しかし、企業のイノベーション活動を促進するためのわが国政府のバックアップは、諸外国に比べて必ずしも十分とは言えない。また、最先端技術とは言えなくても、生活様式そのものを一変させ、新たな市場を生み出すといった、わが国発の社会的なイノベーションも進んでいない。

とくに、本来、こうした企業のイノベーション活動を支えるべき、わが国の科学技術政策は、基礎段階の研究のみが重視され、研究成果の産業化や社会への普及といった視点や、研究開発の成果をイノベーションにつなげるという視点に乏しいものであった。当初、司令塔としての役割を期待された総合科学技術会議も十分に機能を発揮しえていない。他方、米国・欧州をはじめアジア各国においては、イノベーション創出を目的とした戦略的なイノベーション政策を立案・実施しており、わが国は遅れを取っているのが現状である。

こうした中、本年8月に第4期科学技術基本計画が策定されたが、経団連からの働きかけもあり、国内外の重要課題の解決を目的とした「課題解決型イノベーション」や、これまでの狭義の科学技術政策からイノベーションまでを視野に入れた総合的な「科学技術イノベーション政策」への転換といった考え方が盛り込まれた。あわせて、総合科学技術会議を「科学技術イノベーション戦略本部(仮称)」に改組することによる司令塔機能強化もうたわれており、今後はこれらの具体化が問われる段階にある。

② 打開策(短期~中長期)

企業におけるイノベーションの推進とその実用化には、実際の研究開発活動のみならず、経営者が果たす役割は大きい。わが国経営者に求められる行動は、現状に対する危機感を常に持ちつつ、先見性、市場性のあるテーマを設定し、必要な技術と人材を集め、厳しいまでのリーダーシップでスピード感を持って成し遂げると同時に、現在の技術力を評価し、補うべきところはM&Aなどを通じて賄っていくことである。わが国企業は、こうした取り組みを通じて、エネルギー・環境分野における世界最高水準の技術にさらなる磨きをかけ、競争力の強化を図るとともに、それらを活用した製品・サービスを提供していく。

経団連では、特区制度も活用しつつ、「未来都市モデルプロジェクト」#7の着実な実施に取り組み、世界最高水準の環境・エネルギー技術や、ICT、医療、交通等の最先端技術等を活用し、またそれらの融合を図ることによって、課題解決型のイノベーションの推進と、その実用化を目指す。そして、モデル都市を受け皿に得られた成果である、エネルギー・環境、医療・農業分野等における最先端技術やサービス、ノウハウについては、参加各社を通じて、国内外を問わず、地域のニーズに合わせて広く提供し、わが国経済全体の活性化に役立てる。また、被災地の復興にも展開し、その発展に貢献していく。

さらに、経団連では、未来都市モデルプロジェクトの実施で浮き彫りになった規制等の問題点を掌握し、その改善を政府に求めることで、わが国経済全体の再活性化に向けた、イノベーションのさらなる加速へとつなげていく。

同時に、わが国の社会全体をイノベーションの創出と親和性が高いものとするよう、経団連は、「ナショナル・イノベーション・エコシステム(National Innovation Ecosystem)#8」の構築に向けた取り組みの強化を目指す。

イノベーション創出には、先に述べたように企業が主体的な役割を果たすことが多い。そこで、企業の研究開発活動を促進させるため、研究開発促進税制については、大幅な拡充・恒久化#9を講じるよう求めていく。また、産学官連携支援、技術移転や共同研究の促進、知的財産の適切な保護、規制緩和の実現等を働きかける。あわせて、イノベーションが期待される国内の成長分野に、リスクマネーを効率的に供給するという観点から、金融機関・資本市場の機能強化が図られるよう取り組んでいく。

こうした取り組みとあわせて、第4期科学技術基本計画に記された課題解決型の科学技術イノベーション政策にも積極的に関与し、産学官の英知を結集させた新しい成長を実現させていく。

基本計画の主要な柱の一つとして掲げられた「グリーンイノベーション」については、エネルギーの安定確保と低炭素社会の実現の重要性や、震災後の電力不足の状況を踏まえ、エネルギー関連の技術開発を加速させる。あわせて、わが国発電量の約3割を原子力発電が占めている現状を鑑みれば、エネルギー供給を安定的に確保するためにも、再生可能エネルギー等の研究開発・実用化を促進するだけではなく、原子力発電の安全性向上に資する研究開発についても推進させる。

研究開発投資については、政府の「新成長戦略」で掲げられた、「2020年度までに、官民合わせた研究開発投資をGDP比の4%以上にする」という目標の達成に向け、産業界としても努力する。一方、わが国の研究開発投資の総額のうち約8割は民間による投資であり、政府による研究開発投資の割合は約2割と他の主要国と比して低水準であることから、今次の科学技術基本計画に明記された「対GDP比1%」の研究開発投資を実現と予算の効率的配分を行うよう求める。とくに、民間のみでは負担することが難しいハイリスクの研究開発については、厳しい財政状況下とはいえ、将来の成長のための先行投資として重要であり、国の積極的な関与を実現させる。

また、総合科学技術会議の「科学技術イノベーション戦略本部(仮称)」への改組についても、府省横断的な研究開発課題の増加が想定されるなか、総合調整に強力なリーダーシップがさらに必要となることから、専門的な人材の配置等の事務局機能の強化とあわせて、その速やかな実現を求めていく。

他方、イノベーション創出の根幹を担うのは、人材である。既に諸外国では、イノベーション政策の一環として人材育成を捉え、その強化に取り組んでおり、わが国は明らかにその後塵を拝している。経済界としても、イノベーション創出を担う人材の育成に向け、国内において国際水準の教育が実現されるよう、大学・大学院の改革の加速を求める一方、自らのアクションとして、インターンシップの受入れ拡充や経済界からの教員増など、具体的な形での関与を深めていく。

(2)産業クラスターの形成による競争力強化
【経団連としての取り組み】
産業集積をさらに発展させた形態である産業クラスター#10の形成と、それと連動した形で都市機能の効率化・高度化を図ることは、産業の一層の振興と競争力強化、そして住環境の改善による生活の豊かさの両者を具現化する上で、重要な役割を担う。経団連は、特区制度などを活用して、産業クラスターの形成やイノベーションの創出に努め、わが国全体の競争力強化と豊かな国民生活の実現に取り組む。
① 現状・問題意識

震災後の対応や、企業、大学、地方自治体等といった各活動主体の連携・協力による経済成長力の強化、豊かな国民生活の実現という点を踏まえると、産業クラスターの形成とその広域化を図るとともに、それと連動した形で、都市形成や、良好な住環境も整えていくという視点が重要となる。

広域化された産業クラスターの下では、容易な知識・情報の伝達、大学等からの起業、技能労働者の集積が連鎖反応的に起こるとともに、企業の参入・退出が活発化し、技術進歩などのイノベーションも生じやすくなる。

また、国内に展開する産業クラスターの競争力の高まりとともに、それぞれが海外へ門戸を開くことによって、産業クラスター間の競争や海外との人的交流が生じ、わが国全体の国際競争力強化の実現が期待される。

このように地域活性化に資する産業クラスターの形成は、これまでも、その必要性が提言されてきたものの、実際は、公共投資主導型であったため、中央政府への依存度を高めてしまい、かえって地域における起業家精神が弱められる結果となるなど、その形成が阻害されてきた可能性が指摘されている。こうした点を改善し、民間主導による、震災からの復興、さらには、わが国企業の競争力強化という観点から、より強力かつ広域にわたる産業クラスターの形成を求める声も強まっている。

② 打開策(短期~中期)

当面は、経済界として、国と地域の政策資源を集中する総合特区制度の創設を内容とする総合特別区域法や、政府の「環境未来都市」構想を活用していく。総合特区制度では、経済成長のエンジンとなる産業・機能の集積拠点の形成#11や、地域資源を最大限活用した地域力の向上#12が行われ、「環境未来都市」構想では、未来に向けた各種取り組みの成功事例を国内外に広く普及・展開することが期待されているが、その際、わが国の経済成長と、豊かさの実現を両立させるためには、産業振興による地域経済基盤の強化と住環境の整備とリンクさせた形で、魅力ある産業クラスターの形成を実現するという視点が重要となる。

また、復興を中長期的な成長に結びつけるという観点からは、被災地を単に震災前の状態に戻すのではなく、東北地方の強みを活かしつつ、高齢化などの課題を解決するとともに、同地域がわが国産業を牽引していくといった視点で復興に取り組んでいくことが重要となる。被災地に適した技術・サービスを開発・導入し、快適で豊かな職住環境をつくり、生活の質の向上を目指すとともに、企業の自由な創意工夫が可能となるよう、復興特区制度を活用し、産業クラスターの形成に資する工業団地の創設や農林水産業の成長力強化を促していくことが求められる。

政府に求められる役割としては、成長の阻害要因の解消等に加えて、経済界が指摘する課題の解決に向けた各種規制の緩和をはじめ、学術・研究機関等の関係機関や異業種も巻き込んだ連携促進策、投資に対するインセンティブの付与など、世界でも類を見ない魅力的な立地条件を提示し、企業・人材が集まりやすい環境を整えていくことである。その際、特区においては、設備投資減税や固定資産税の免除といった事業コストの軽減を行うとともに、大学・研究所等の知的リソースへのアクセスの整備、良質な生活環境の構築、そして各産業クラスターを有機的に効率よく結び付ける交通インフラの整備等、企業活動のみの視点にとどまらず、地域住民の生活向上を視野に入れて、広い意味でのイノベーションの土壌を整備すべきである#13

また、産業クラスターの形成は、ものづくりといった製造業中心の産業に限られたものではない。後述するように、地域性が強く、また新たな成長が期待される再生可能エネルギーや観光、医療といったサービス分野や、農業も地域を支える産業クラスターの要として、極めて重要な役割を果たす。

他方、実際、住民、企業の生活圏、経済圏が一都市の枠を超えて広がっていることに鑑みれば、産業クラスターの形成のみならず、内外からの企業誘致、観光振興、道路・港湾等のインフラ整備、その他の行政機能において、より広域的な対応が求められていることも事実である。今後は、域内の地方自治体が広域で連携し、地域経営を行っていくことの重要度はますます増していく。中長期的には、これまでの中央集権的な国の統治のあり方を根本的に見直し、将来的な道州制の導入へと結実していくべきである。

(3)観光・農業の振興を通じた地域活性化
【経団連としての取り組み】
観光産業と農業は、地域活性化を図る上で重要な産業であり、その振興は、わが国経済の活性化の鍵を握る。経団連は、企業の観光振興への取り組みを支えるとともに、積極的な情報発信によって、対外的なアピールも強化していく。また、被災地域の農林水産業の復興や、わが国農業の競争力強化に向けても最大限協力していく。
① 現状・問題意識

地域経済の活性化にあたっては、それぞれの地域の特色を活かし、競争力を持つ産業を振興していかなければならないが、あわせて、再生可能エネルギーや、観光、医療・介護サービス、そして農業といった新たな成長が期待されている分野の競争力強化、生産性向上を図ることも重要となる。とりわけ、観光・農業は地域の特色や文化に深く根ざした産業であり、それらの振興を図ることで、地域経済をより発展させていくことが期待される。

観光需要は、地域経済に対して即効性を持ち、かつ現地での雇用創出力を有する。また観光産業は、裾野の広さから、広範な分野の産業に影響を与える効果を持つ。観光産業が発展すれば、被災地域の活性化のみならず、国内の潜在的な観光需要の喚起と、拡大しつつあるアジア新興国の旺盛な需要を取り込むことを通じて、わが国経済の活性化を図ることにもつながる。

しかし、観光については、今般の大震災や原発事故による風評被害等で、訪日外国人数は過去最大の減少率を記録した#14。さらに震災後の自粛ムードから、国内の旅行取扱額も沈滞しており、未だ本格的な回復の兆しが見えていない。こうした状況を打開するため、国を挙げて正確な情報発信に取り組む必要性が一段と高まっている。

他方、農業も、国民に食料を供給するとともに、環境・景観の保全、そして地域の基幹産業として、地域社会の維持にも大きな役割を果たしているが、農業従事者の約6割が65歳以上という高齢化や後継者不足に直面するとともに、耕作放棄地が全耕地面積の約1割に相当する40万ヘクタールに拡大するなど、国内の食料生産基盤が崩壊しかねない深刻な状況に陥っている。また、今般の震災による影響に伴い、国内外での風評被害も加わった。こうした状況を打開するためには、競争力向上や海外における需要の獲得など、わが国農業の潜在力を引き出す大胆な政策対応を迅速に講じることが、より重要となっている。

② 打開策(当面~中期)

わが国観光産業の飛躍的な発展には、国内の潜在的な観光需要を喚起するとともに、訪日外国人観光客を増やすことにより、世界的に拡大しつつある観光需要を取り込むことが不可欠である。

まずは、観光コンテンツの強化による国際競争力の向上を図るにあたって、国内における魅力ある観光資源の発掘とリピーターの確保が重要なポイントとなる。「訪日外国人を2020年初めまでに2,500万人、将来的には3,000万人」という政府目標を確実に達成していくためには、関係事業者、地方自治体の連携による観光客の受入れ体制の充実や交通インフラの利便性の向上、観光資源のネットワーク化、商品づくり、ICTの利活用によるサービス向上、人材の育成など、観光需要を喚起するための基盤整備を確実に進めていくことが求められる。その際、大規模な国際会議や展示会といった、集客力を有するMICE#15は、極めて有効な手段となりうる。MICEには、ハード・ソフト両面でのインフラ整備とともに、政府のトップセールスなど、政策支援が欠かせないが、当面は、観光客の誘致と被災地のイメージアップにつなげていくためにも、これらを被災地に集中的に誘致していくことが考えられる。経団連としても、各種懇談会やシンポジウムなどの積極的な開催を目指すとともに、産業観光の推進や、民間が独自でできる観光振興、国民が観光を楽しむことのできる「ゆとりあるライフスタイル」の実現に引き続き取り組んでいく#16

あわせて、魅力的な観光コンテンツを効果的に海外に発信していくことも求められる。震災後の国内の安全・安心をPRすることはもちろん、サービス業の優れたホスピタリティ、メディカル・ツーリズムにおける高度な医療水準など、本来競争力を備えているはずのコンテンツを、積極的に海外へ発信していく。

他方、農業については、6次産業化(生産・加工・流通の一体化等)や農商工連携の推進、農産物の輸出促進、バイオマス資源等のエネルギー利用や観光分野との連携などに向け、農村が有する地域資源をフルに活用することで、競争力と高い持続性を兼ね備えた農業へと再構築する。

その前提として、国内に優良な農地を確保しつつ、新規就農や企業の参入促進等により経営感覚あふれる多様な担い手を確保するとともに、地域の合意形成により、これらの担い手へ農地を集積し、規模の拡大と、大胆かつ先進的な経営の実践による生産性向上など、力強い農業を実現するための政策支援を展開していくことが欠かせない。もちろん、国内農産物の安全・安心に対する、国内外の消費者の不安払拭に官民挙げて取り組まなければならない。

また、復興特区においては、被災地の主要産業である農林水産業の力強い復興に向けて、被災地域・拠点の農地・用水路、漁船・漁港・漁場、共同利用施設・関連施設・設備等の復興・集約のための税制・財政・金融上の措置を講じる必要がある。

経済界としても、政府関係者や農業関係者との対話を進めつつ、これまで培ってきた農商工連携のノウハウを被災地域の農林水産業の復興や、わが国農業の競争力強化に結び付けていく。

(4)成長するアジアとの一体化
【経団連としての取り組み】
アジア諸国の成長とわが国の成長の好循環を形成していくことが、経済大国であるわが国の責務である。経団連は、民間外交の担い手として、わが国とアジア各国の関係をより深め、連携の土壌づくりに努める。
① 現状・問題意識

アジア市場では、中間所得層の拡大を背景とした旺盛な需要の獲得に向けた国際競争が激化している。こうしたなか、わが国のグローバル企業が海外志向をより強めており、政策面において経済のグローバル化への対応について手をこまねいていれば、わが国は世界の成長から取り残され、孤立し、衰退の一途をたどる#17。また、原発事故と放射線被害の拡大により、わが国で生産される食料・農産品から、鉱工業品、観光等のサービス業に至るまで、広範な範囲でわが国のブランド力は低下した。ブランド力の低下は、今後、海外市場獲得にあたっても、大きな足かせとなる。

しかし、わが国として、輸出のみならず、現地市場のニーズに即した形の海外展開を積極的に進め、アジアの成長を国内に取り込むことは、経済成長を支える上で欠かすことができない。また、経済成長と国内の産業空洞化の抑制を両立させるという観点から、アジアで得られた利益が最大限、国内へ投資されるような仕組みを構築し、アジアと日本との投資収益率の差を出来る限り縮めていくことが不可欠である。その際、経済・産業を支える重要インフラの整備や、先に述べた国内立地環境の改善に加え、アジアの外需を内需化することによって、国内需要を喚起するという視点が重要となる。

他方、力強い成長を続けるアジア諸国においても、経済社会を支える基本的なインフラの整備が十分に進んでいないなど、成長のボトルネックは依然として存在する。ボトルネックの解消に向け、わが国は、パッケージ型のインフラ輸出のみならず、ソフト面でのビジネス環境整備に貢献するとともに、経済連携協定を推進し、アジア大洋州地域での地域経済統合を進め、物品やサービス貿易、投資、人の移動等の制度面での一層の自由化を実現し、シームレスな事業環境を作り出すことが求められる。こうした環境を整えていくことで、企業はビジネスの流れを円滑化し、各国は比較優位に応じた経済活動の最適化と効率化を実現しうることから、地域全体としての成長を可能とする。

② 打開策(短期~中期)

企業は、アジアの旺盛な需要の獲得に向け、日本ブランドの復活を図りつつ、現地企業、あるいは新興国市場に強みを持つ欧米企業へM&A(合併・買収)を行い、市場シェアの拡大を進める。また、アジアの持続可能な成長を促していくという点も踏まえ、官民でアジア各国における鉄道、高速道路、上下水道、原子力発電所、通信などのハード面でのインフラ整備プロジェクトを通じて、わが国の技術・経験・運営ノウハウを展開していく。なお、こうした大規模なパッケージ型インフラ輸出プロジェクトにおいては、官民で現地のニーズをしっかりと把握した上で、トップ外交の推進などの政府の強力なバックアップと、官民連携によるオールジャパン体制の構築が欠かせない#18

他方、民事基本法、各種の基準認証の標準化など、ソフト面でのインフラ整備については、国際協力機構(JICA)や海外技術者研修協会(AOTS)を活用したアジア諸国の制度整備支援や人材育成が鍵を握る。OJTなどの企業内の人材育成制度を通じた技術移転を進めるとともに、知的財産権保護を徹底しつつ、市場にわが国の製品を積極的に提供することで、わが国の製品がアジアの標準となるよう努める。

こうした企業の取り組みに対しては、金融面でのバックアップも欠かせない。アジアをはじめ、海外での成長を国内に取り込むには、一定のリスク負担が必要となる。金融面からわが国企業を支援するメイン・プレイヤーは、民間金融機関であるが、現在、わが国が推し進める大規模かつ広域なインフラ整備にあたってのファイナス案件については、長期、巨額となる他、カントリーリスクテイク等を求められ、民間のみでは十分に対応しきれないケースもある。そこで、案件を検討のベースに乗せられるように、日本貿易保険(NEXI)の保証機能や、国際協力銀行(JBIC)の海外投融資機能による、民間金融機関のリスクテイクの補完が求められる。官民の金融機関の協調による、企業の海外展開へのバックアップという観点からは、先に設立された「円高対応緊急ファシリティ」#19を通じたドル資金の活用もひとつの手段となる。

また、インフラ整備プロジェクトにおける計画策定や、必要とする人材育成などにおいて、民間活力を最大限引き出すためには、JICAによる海外投融資機能の活用やPPPの推進も重要となる。加えて、現地で事業を行う日系企業や域内企業が十分な民間資金を調達するためには、アジア債券市場の整備も課題である。アジア債券市場整備では、現地通貨建ての社債発行などを通じて発行市場の活性化や育成に努めることにより、インフラ整備資金の調達に貢献する。

一方、アジアの需要を取り込むための国内基盤の整備としては、近隣諸国と比べ、取り組みの遅れている物流の効率化と、そのための重要インフラを整備していく必要がある。国内拠点空港の機能強化#20、国際戦略港湾の整備、三大都市圏の環状道路の早期完成など、国内外の生産・消費拠点を効率的に結ぶ輸送ネットワークの競争力を早急に強化していくことで、生産コストの低減と輸出拡大を図り成長力を向上させていくことが求められる。また、世界の主要な金融センターとなることを目指して、わが国の金融市場の機能強化を図り、アジア市場をめぐる資金の流れを国内へ還流させることが重要である。

Ⅲ.持続的な成長に不可欠な基盤整備

以上のⅠ、Ⅱで掲げた成長実現に向けた施策の効果を、持続的なものにしていくためには、わが国が抱える構造的なボトルネックを解決していかなければならない。

以下で掲げる施策はいずれも、グローバル化が経済社会に広く浸透するなかにあって、国の根幹を支える永続的な効果を有する。わが国として、施策の方向性を見誤ることなく、着実に改革の歩みを進め、必ず実現すべき課題である。

1.社会保障と税・財政の一体改革

【経団連としての取り組み】
社会保障と税財政の一体改革は、持続的な経済成長の実現に欠かせない。また、成長があってこそ、一体改革は実を結ぶ。経団連は、民主導の成長への取組みを通じて、雇用の創出を図り、財政・社会保障制度を支える力を強化する。
① 現状・問題意識

わが国の社会保障制度は、多くの現役世代が少ない高齢者を支えることを前提に形成されてきた。しかし、少子・高齢化の進行により、社会保障制度の支え手である現役世代が急激に減少している#21。また、高齢化に伴い社会保障給付費は増加の一途をたどっており#22、給付と負担の世代間不公平に対する勤労者の不満や、社会保障の持続可能性への不安はピークに達し、消費マインドにも影響を与えている。このような現役世代や企業の負担に依存する制度をそのまま継続していくことは、成長の基盤たる企業やそこで働く従業員の活力低下につながるばかりか、雇用機会を奪い、社会保障を支える力を減衰させる。

また、増え続ける社会保障給付費は、リーマンショックを契機に税収が大幅に低下しているなかにあって、わが国財政を著しく圧迫している。先進諸国の多くで進められている歳入改革を通じた社会保障の安定財源の確保と、社会保障給付の効率化・重点化を進めない限り、先進国中最悪の水準にある政府債務残高は、発散へと向かう#23。さらに、財政への信認の毀損から、長期金利にも上昇圧力がかかり、国債を大量に保有するわが国金融機関の信用や、通貨に対する信認が低下することによって、景気は一段と落ち込み、国民生活に破滅的な影響が及ぶことが懸念される。

こうした事態の解決の鍵は、経済成長の実現と支出の効率化である。経済成長により、雇用機会が拡大することで、セーフティネットに頼らずに自立して生活できる人が増えるとともに、若年世代の能力発揮と将来への希望がもたらされ、中高年世代も、生活基盤の安定と高齢期までの見通しを持つ余裕が生まれる。また、国民の税・保険料負担能力が向上し、社会保障制度の持続可能性も高まる。わが国の懸案である財政健全化は、経済成長を起点とした持続可能な社会保障制度の構築という好循環があって、はじめて実現に向けた第一歩を踏み出せるという現実を看過すべきではない。

一方、社会保障給付費の伸びに対し、それを賄う財政基盤は非常に脆弱である。2011年度予算は、基礎年金の財源、高齢者医療や介護サービスを支える税投入、待機児童対策や子ども手当等の子育て支援策などについて、その税収不足分を、公債と積立金の取り崩しでかろうじて手当てしたに過ぎない。社会保障給付に必要な財源は、給付の効率化のみで対応できる規模でなく、歳入改革を通じた財源確保が不可欠である。

そこで、経済活動に中立的な消費税の税率引き上げに向けた道筋を早期につけ、社会保障の財源確保を図る必要がある。税率引き上げに伴う景気への一時的な影響などを重視するあまり、このまま何の改革もなされず、現状通り社会保険料への依存を続ければ、保険料率の上昇に伴い、投資や雇用の維持・創出は一層困難となる。また、消費税率の引き上げ時期が先送りされるほど、健全化が求められる財政に悪影響が及び、必要となる引き上げ幅がより拡大する。社会保障と税・財政の一体改革はもはや先送りできる状態になく、早急に成し遂げるべき課題である。

② 打開策(短期に着手、中長期にわたって継続)

経団連は、これまでに述べた民主導の成長への取組みを通じて、雇用の創出を図り、社会保障制度を支える経済力を強化していく#24。こうした行動を財政健全化という成果へ着実に結び付けていくためには、徹底した社会保障給付の効率化・重点化と、消費税を含む税制抜本改革の一体的な実現が必要となるが、政府が2011年6月に取りまとめた「社会保障・税一体改革成案」では、社会保障と成長の両立の観点から、多くの課題を残している。社会保障費の急増に保険料の負担増で対応することとなれば、かえって企業業績の悪化に伴う雇用の喪失といった本末が転倒した状況に陥る。そこで、現役世代の負担に過度に依存した社会保障制度を見直し、高齢者も含め国民全体で支える制度に転換するために、「公助」に当たる税負担割合を拡大し、社会保障の持続可能性を高めることが求められる。その際、消費税は最もふさわしい税目であり、同成案においても、国・地方をあわせた消費税率を段階的に2010年代半ばに10%まで引き上げることで、安定的な社会保障財源を確保することが盛り込まれている。今後、平成21年度税制改正法附則104条の要請に従い、必要な法制上の措置が講じられることとなるが、その際、消費税率については、2015年度までに10%まで、段階的に引き上げることを明確化すべきである。一方、今後の現役世代の減少と高齢人口の増加を考慮すれば、これだけでは不十分であり、2020年代半ばまでに、税率を10%台後半に引き上げなければならない。また、先述したように、成長を犠牲にしないよう、法人実効税率の大幅な引下げを速やかに実現すべきである。

他方、限られた財源を有効に活用し、給付付き税額控除など、真に必要な人に対する給付を確保する効率化の観点からは、社会保障と税に関する共通番号制度を早期に導入し、利用者の利便性の向上や事務の効率化などを進めていくことが重要となる#25。あわせて、医療・介護サービスにおけるICTの利活用の促進、診療行為の標準化と診療情報の共有化を通じた医療費の削減、介護保険における利用者負担のあり方や要支援・軽度の要介護者等への給付の見直しなど、給付の効率化・重点化への一層の取組みを強化し、給付の偏りと、世代間の給付と負担の不均衡是正を図らなければならない。

こうした改革の実現には、国民的なコンセンサスの醸成が欠かせない。政府には、透明性とスピード感のある政策決定が求められる。

なお、わが国財政に対する国内外の市場からの信認確保は、グローバル経済のなかで、わが国が持続的な経済成長を遂げるための前提条件である。将来の不確実性をできる限り排除するという観点から、復興財源の税目は早期に確定すべきである。現在、基幹税(消費税、所得税、法人税)を中心とする臨時的な増税が検討課題とされているが、単に「取りやすいところから取る」という安易な発想に陥るべきではない。必要額、経済への影響、企業の競争力強化等を総合的に踏まえ、国民的な議論を行い、特定の税目に負担が偏らないかたちで結論を出すべきである。また、復興財源として、法人税についても何らかの負担を求めるのであれば、平成23年度税制改正法案に盛り込まれた法人実効税率の5%引き下げに伴うネット減税分を限度として、付加税を時限的に課すか、施行を一定期間遅らせる方式とすべきである(いずれも3年以内)。

消費税については、社会保障と税・財政の一体改革との関係を整理する必要があるものの、経済への影響が最も中立的であり、数兆円単位の財源を短期間で捻出することが可能であることから、選択肢として排除すべきではない。一方、所得税・法人税については、増税と引き換えに、経済活力が大きく損なわれ、負担が納税者・利益法人に偏る。

さらに、財政健全化に向けた道筋の明確化も不可欠である。2010年6月に閣議決定された政府の「財政運営戦略」で掲げられた、財政健全化目標#26の確実な達成に向けて、歳入・歳出両面における最大限の努力を図るべきである。

2.道州制と「地域主権」改革の実現

【経団連としての取り組み】
グローバル化のなかにあっても、地域経済の再生と地域主権の実現は豊かさを達成するうえで欠かすことができない。経団連は、道州制導入に向けた世論を喚起し、その実現を促す。
① 現状・問題意識

震災からの早期復興と、持続的な経済成長の実現にあたっては、企業の立地基盤となる地域の自立と活性化が重要であり、先述した産業クラスターの形成も、基本的には地域の自立が礎となる。

しかし、現状は、地方自治体の自主的な選択による自立的な取り組みを十分可能とする状況には至っておらず、むしろ地域経済が弱体化を続けたことにより、地方の財政運営はひっ迫し、行政サービスの継続も困難なものとなった。

そこで、様々な構造的な問題に対して、地域自らもその解決に向けた改革を遂行できるよう、これまでの中央集権的な国の統治のあり方を根本から見直す道州制と、それにつながる「地域主権」に向けた改革を、今こそ強力に推進すべき時である。とりわけ道州制の導入は、国家百年の大計のもとで行われる大改革であり、政治主導による取り組みなくして、その実現は不可能である。

② 打開策(検討に着手し、中長期にわたって継続)

目指すべき方向性として、道州制導入を見据えて、まずは、国から都道府県、あるいは都道府県から市町村への思い切った権限、財源、人員の移譲や、二重行政の解消を進めていくことが重要である。具体的には、国の出先機関である地方支分部局については、その事務・事業を財源、人員とともに都道府県等に大胆に移管し、組織の整理、縮小を行う。また、国法令による義務付けや枠付けを緩和し、地方の条例制定権を有効に活用させることで、地方自治体の政策に関する自己決定・自己責任の範囲を広げていく。あわせて、官の役割をゼロベースで見直し、規制改革や官業の民間開放などを進める。

現在、道州制特区推進法に基づき、道州制特区に関する取り組みが行われている北海道や、関西の2府5県で構成される関西広域連合において、将来的な道州制の導入につながる動きがみられるが、全国各地で同様の動きが巻き起こるようにするためには、国民各層の理解が深まることが欠かせない。経団連は、経済広報センターと協力し、分かりやすさを重視した冊子や、ウェブサイトの作成など、広報活動を展開するとともに、経済三団体で「地域主権と道州制を推進する国民会議」を立ち上げ、全国各地でシンポジウム等を開催し、道州制の議論喚起を図っていく。

一方、今般の東日本大震災で甚大な被害を受けた地域では、いまだがれきが処理しきれていない地域が多く残るなど、復旧・復興に向けた動きは遅々として進まず、人々を前向きにするような将来ビジョンの実施を踏み出す状況には至っていない。

スピーディな復旧と復興を妨げている一因として、自治体に権限と財源がないことが挙げられる。そこで、復興庁に、権限、財源、人材を思い切って移し、現場が必要な施策を即断・即決できる仕組みを構築すべきである。まずは、復興庁の本格的な稼働を急ぎ、その設置期限終了時には、道州制を視野に広域の産業政策を立案・実行する上での権限と財源を広域自治体に移し、道州制につなげていくことも重要である。

こうした動きにあわせて、政府は、道州制導入に関する検討機関を内閣に設置するとともに、道州制推進のための基本法の検討に着手し、制定を急ぐべきである。同法に基づき、政府は、道州制導入に向けて、内閣に本部を設置し、国、道州、基礎自治体の役割や権限・財源のあり方など道州制の導入に関する基本的な方針や、総合的かつ計画的に実施すべき事項などを基本計画として定め、地域の自立に向けた改革を着実に推し進めていくことが求められる。

3.都市の競争力強化

【経団連としての取り組み】
都市は、国際競争力の強化と地域活性化を推進する拠点として重要な役割を果たす。経団連は、企業の活力や創意工夫を十分に活用しつつ、大都市と地方都市がともに発展し、国全体の成長を支え、さらにはけん引していくことを目指す。
① 現状・問題意識

グローバル化の進展に伴い、国境を越えたヒト・モノ・カネの動きが拡大を続けるなか、効率的で高度化した都市は、それらをひきつけ、国際的な存在感を高めていく。しかし、わが国の大都市は、世界の都市間の国際競争に劣後し、国際ビジネスの拠点としての競争力を失いつつある。また、多くの地方都市も、国内の事業環境の悪化を背景に、核となる産業・企業が弱体化もしくは他地域・他国へ移転が進む一方で、新たな産業が十分に創出されなかったことなどにより、かつてのような輝きは見られない。それに伴い、地域の雇用や地方自治体の財政悪化にも歯止めがかかっていない。

こうしたことに鑑み、新しい地域、新しい日本を創生し、競争力を強化していくための場として、都市の役割は重要度が増す。大都市では、世界の都市間競争に勝ち抜くため、エネルギー・環境面への配慮を行いつつ、都市機能の効率化・高度化や集積する産業の新陳代謝の促進により、国際競争力の強化に努め、国全体の経済成長をけん引する。将来的に各道州の中心的な役割を担う中核都市は、世界に対して門戸を開いたうえで、エネルギー・環境、医療、観光、農業など、地域の持つ特色や強みを活かし、地域経済のけん引役を果たす。そして、地方都市は、中長期的な視点に立って、その再活性化を果たすことが求められる。

② 打開策(短期に着手、中長期にわたって継続)

今後、各地において人口減少が本格的に進み、国・地方とも厳しい財政状況等の制約のなかで、都市機能の効率化・高度化を図っていくためには、官民の適切な役割分担・連携の下、重点的・効率的に都市インフラを整備していかなければならない。その際、インフラ整備にあたっては、官と民がパートナーを組んで事業を行うPPP(Public Private Partnership)や、PFI(Private Finance Initiative)といった、民間資金を取り入れた事業の展開を進めることにより、企業の知恵やノウハウを最大限発揮させることが欠かせない。

また、都市インフラの整備にあたって、とくに重要度が高いのは、国際的にみても魅力ある高水準のビジネス・生活環境の実現と、利便性の高い交通・物流インフラの構築という点である。

まず、都市で人々が快適に働き、豊かな生活を送るための基盤の構築にあたっては、都市の規模・特性に応じた対応が重要となる。大都市を中心に、高水準で環境にも配慮したオフィス機能や、グローバルなビジネス人材が居住するに相応しい住宅・住環境、外国人子弟に対する教育環境など、グローバル化に対応しうるビジネス・生活環境を、規制緩和や制度の弾力的運用等によって整え、グローバル企業の研究開発拠点やアジア本社の誘致を促進していくことが求められる。一方、地方都市においては、人々が一定程度、中心部に集まって住み、そこに医療・福祉機能や公共サービス等を効率的に集約したコンパクトシティ化を目指すことが一つのモデルとなりうる。あわせて、ICT化の推進により、行政手続きや遠隔医療等の生活利便性の向上を図ることも重要となる。

次に、わが国の国際競争力を左右する大都市部の交通・物流インフラについては、他のアジア諸国でも国家戦略として取り組んでいるように、国家的な課題として重点的な対応が求められる。先に述べたように、成長するアジアとの一体化という点を踏まえれば、とくに三大都市圏においてボトルネックとなっている道路、空港、鉄道、港湾インフラを、適正な需要予測に基づく中長期的な戦略の下、一体的な整備を進めることにより、国際的にみて劣後しない交通・物流基盤を作り出すことが急務である。一方、中核都市や地方都市においては、地域の実情や産業活動の実態を踏まえつつ、各地域の持続的な成長に、真に必要なインフラを自ら厳格に選別して整備することが求められる。その際、広域的な視点を踏まえたインフラ相互の連携や、高い経済効果が見込まれるミッシングリンクの解消を図り、震災を踏まえた災害に強いネットワークとして総合的に整備し、当該地域のみならず、わが国全体としての競争力強化につなげていくべきである。

4.金融・資本市場の機能強化

【経団連としての取り組み】
金融・資本市場は、経済社会の血流を支える重要なインフラである。家計や企業に適切な投資機会や多様な資金調達手段を提供することに加え、アジアをめぐる資金の流れを呼び込むため、経団連は、金融・資本市場の一層の機能強化を促す。
① 現状・問題意識

わが国の個人金融資産は、約1,500兆円#27と世界の個人金融資産の約15%#28に及ぶ。しかし、その資産構成は、現預金が約55%を占め、過去10年間で大きな変化がない。また、欧米諸国に比べて、リスク性の高い金融資産の割合は低位にとどまるなど、ローリスク・ローリターンの構成となっている。この背景には、資金を必要とする成長分野が国内に乏しく、家計が有効に資産運用できる環境が十分に整っていないことが挙げられる。この個人資産をいかに活用するかが、今後のわが国の経済成長の実現にあたって、大きな鍵を握る。

一方、企業金融分野では、大企業を中心に資金余剰の状態にあり、資金調達ニーズに乏しい。法人貸出残高は減少傾向が続き、エクイティファイナスも低迷している。また、成長著しいアジアをめぐる資金の動きは活発だが、こうした資金の流れをわが国に十分に呼び込めていない。

② 打開策(当面~中期)

個人資産の長期投資を促進するとともに、公的年金を補うものとして、確定拠出年金の拡充などを推進する。また、金融所得課税一体化による損益通算範囲の拡大など、家計がリスクを取りやすい環境を整え、適切な資金運用を促す。

企業金融面では、成長性の高い企業へのリスクマネー供給の受け皿となっている新興市場や、資金調達手段の多様性を担う社債市場の活性化を進める。

また、わが国の金融・資本市場が、先に述べたようにアジアをめぐる資金の流れを呼び込むことができるよう、海外の企業や金融機関、機関投資家にとって利便性の高いインフラを整備し、世界のマネーセンターに伍する競争力強化に取り組む。

加えて、官と民が協業できる分野においては、国内の金融・資本市場においてより公正かつ健全な競争を実現するとの観点から、官は民が取りにくいリスクに集中するなど、役割分担を明確にしていくことが重要である。

5.グローバル人材の育成・海外からの受入れ

【経団連としての取り組み】
グローバル人材の育成・確保は、企業の発展のみならず、経済成長の要である。ただし、人材の育成は時間を要し、一度政策の方向性を見誤れば、本来期待されていた効果を取り戻すにはさらなる時間がかかる。経団連は大学等と協力し、その育成・確保に努めるとともに、わが国の発展に資する外国人材の受入れ体制の整備を働きかける。
① 現状・問題意識

わが国経済の高付加価値化と事業活動のグローバル化への対応として、経済界が重視する資質や能力は、社会人としての基礎的な能力はもちろんのこと、国際的なビジネスの現場で生じる問題への対応力と積極性、十分な意思疎通を可能とするコミュニケーション能力である。こうした実情に対して、わが国は高い教育水準を誇ってきたが、近年、初等中等教育におけるゆとり教育の弊害や、大学全入時代における大学生の質の低下などにより、現状では産業界の求める人材と、わが国の教育課程を経て輩出される人材との間に乖離が生じている。また、優れた能力や多様な経験・ノウハウを持つ外国人材が国内で活躍し、定着することは、様々なイノベーションの創出に役立つが、そのための環境が十分に整っている状況とは言えない。人材は、中長期にわたって育成され、その後の影響も長く続くため、政策の方向性を誤れば、わが国企業の競争力を根幹から弱めることにつながる。

② 打開策(短期に着手、中長期にわたって継続)

グローバルな資質を備えた人材を育成・確保するためには、短期的には企業自らの対応が欠かせない。

グローバル化への対応に迫られた各社では、日本人社員の国際的な能力向上のため、入社後の外国語研修や、異文化・社会に対する理解力を高めるための研修機会を提供するとともに、肌感覚で海外の文化や生活を理解するため、早い時期に海外経験を積ませている。また、採用にあたっては、海外留学や海外ボランティア活動など、海外経験が豊かな人材を評価し、その門戸を拡大している。同時に、将来のわが国企業のグローバル・ビジネスを担う優秀な人材を国外から確保するため、現地のみならず、本社においても、優秀な外国人材を人物本位、国籍不問で採用、育成し、グローバルに適材適所の人事運用を行っている。今後、こうした各社の事例を参考にしつつ、わが国企業全体としても、グローバル化への対応を広く展開していくことが重要となる。

しかし、当面の対策だけでは、わが国の中長期的な成長力を高めることはできない。より根本的には、社会を牽引する優れた若手を輩出する場である、大学・大学院の果たすべき役割は大きい。

まずは、経済界と大学等との連携強化である。経団連は、大学と企業との人事交流の促進等を通じ、学生はもとより、教員自身が、わが国企業や日本経済が直面している状況を理解し、学生に対するキャリアパスの指導において必要となる知識が得られるよう協力していく#29。また、グローバル人材の育成に向けた実践的な教育を強化するため、経団連は、政府の「大学の国際化のためのネットワーク形成事業」(グローバル30#30)の下で、国際化の拠点として採択された13大学#31と協力して、大学レベルのモデル・カリキュラムである「グローバル人材育成プログラム」を実施する。同プログラムでは、企業の経営トップ、実務家によるグローバル・ビジネスに関する講義、企業におけるインターンシップ等を組み入れ、単位として認定するカリキュラムを検討し、試行的に実施する。

海外留学は、外国語によるコミュニケーション能力の向上に加え、異文化への適応力、海外へのチャレンジ精神など、グローバル人材に求められる素質・能力を育成する上で有効な手段である。経団連では、2012年度から「グローバル人材スカラーシップ」を創設し、将来、わが国企業で国際事業に携わる意欲を持つ大学生に奨学金を支給し、帰国後の就職支援も行っていく。他方、わが国への留学生が増えることも、国際社会における日本の理解者の増大に繋がり、国益の観点から重要である。わが国への留学生数は、2010年には過去最高の14万人強に達したが、欧米の主要国等と比べれば、依然として数は少なく今般の大震災の影響により、一時的に留学生が減少することも懸念される。こうした点を踏まえ、政府は「留学生受入れ30万人計画」の目標達成に向けた国際戦略を早期に策定すべきである。

次に、大学自らの一層のグローバル化への取り組みである。とりわけグローバル人材の育成や、世界トップレベルの研究者・教育者の育成に重点を置く大学は、一層の努力を果たさなければならない。

グローバルに活躍する日本人は、異なる文化や価値観への関心を持つとともに、日本の歴史・文化に対する理解を通じて、専門科目に捉われず、幅広い視野や基礎的思考力を身につけることが求められる。こうした素養を身につけるためには、大学におけるリベラル・アーツ教育を拡充していくことが重要となる。あわせて、各大学は、エネルギー・環境等といった成長分野において、世界を牽引する高度人材や第一級の力量を持つ研究者を育成するため、「リーディング大学院構想」#32や「グローバルCOEプログラム」#33に積極的に対応していくべきである。

また、先に述べた13大学では、大学教職員のグローバル化への対応力向上、英語による卒業可能なカリキュラムの構築など、海外留学生の受入れ拡充に向けた取り組みを強化しており、9月入学への移行を検討する大学もある。他の大学もこうした取り組みを参考にして、留学生受入れ拡大に向けた対応を強化していくことが望ましい。加えて、交換留学プログラムやダブル・ディグリー、ジョイント・ディグリー・プログラム#34等の実施によって、海外大学との連携を強化し、大学教育の国際化を図るべきである。

中長期的には、人口減少下においても、経済社会の活力とシステムの維持を図っていくために、諸外国に比べて遅れが目立つ、外国人材、とりわけ「競争力人材」の受入れ体制を整備していくことが求められる。受入れを進めるべき人材は、いわゆる専門的・技術的分野とみなされている人材に加えて、今後は一定の資格や技能を持つ者についても受け入れ、その定住化を図っていく必要がある。

しかし、受入れと定着には、国民的な合意の形成とともに、人材をひきつける魅力ある国であることが不可欠であり、この実現には時間もかかる。そこでまずは、政府は、高度外国人材に対するポイント制を活用した幅広い外国人受入れのための魅力的な制度を早期に導入し、専門的・技術的分野とみなされている人材に加え、一定の資格や技能を有する人材の受入れを促進するとともに、その家族についても、円滑な入国・在留が可能となるよう制度を設計することが望ましい。また、今後、わが国として、「外国人が定住したいと思う魅力ある国づくり」「実際に外国人の定住を可能とする受入れ体制の整備」「定住要件の透明化と安定的な運用」という理念を具体化に移し、「多文化共生社会」の形成を進めることで、わが国の経済・社会の活性化につなげていくことが重要となる。

Ⅳ.おわりに

国際社会におけるわが国の存在感の低下が著しい。とりわけ国内立地環境は悪化の一途をたどり、産業の空洞化と国内への再投資への消極化に伴う経済力の衰退への懸念は、日を追うごとに現実味を増している。

政策運営上の根源的な問題は、政府の危機感、スピード感、そして先を見通す力の欠如である。本来、政治は、働く人々や企業など社会の現場の声に真摯に耳を傾けつつ、適切なリーダーシップの発揮を通じて、わが国経済がその潜在力を最大限発揮するための施策を講じていかなければならない。しかし、とりわけ震災以降は、復興に向けた対応もままならず、対症療法的で大局観のない近視眼的な議論に終始し、中長期的に重要な政策課題は、次々に先送りにしてきた。

こうした状況だからこそ、「日本の経済社会と政策プロセスは、震災を機に生まれ変わった」という評価が国内外からなされるよう、民間の創意工夫の努力と政策当局による適切な政策運営を実現に移す時である。求められるのは、持続的な経済成長、雇用機会の創出、財政健全化といったマクロの目標を常に念頭に置いた日本全体の「全体最適」の政策を、かつてのような総花的施策を全国で一斉に展開するのではなく、優先順位付けを行いつつ、スピード感を持って取り組むことである。

わが国は、技術力・人材・チームワークといった、競争面において他国に勝るアドバンテージを依然として数多く有している。これらの強みを最大限に活用することで、わが国の国際社会からの信頼を回復し、「国際的なプレゼンスの維持・向上」を実現することができる。グローバルな信認を得られれば、復興と成長に向けた力は確固たるものになる。

経団連としても、わが国経済の成長に向けた舵取りの全てを政府に委ねるのではなく、経済界自らが行うべきことは自らで決定し、実行に移していく。また、政策提言の着実な実現を図っていく観点からは、PDCAサイクル#35を回し、その実現度について検証と評価を毎年度行い、その進捗状況をチェックしていく所存である。

以上

  1. 過去20年間(1990年~2010年)の名目GDPの平均成長率を各国で比較すると、日本0.4%、中国16.5%、インド13.7%、韓国9.4%、米国4.7%、ドイツ3.4%と、わが国の低成長が際立つ。
  2. 2011年の 日本の総合順位は59カ国中26位(昨年は27位)。政府の効率性(財政、法人税)は50位(同37位)、ビジネス効率性(起業家精神、適応力)は27位(同23位)、インフラ(高齢化関連および語学能力、大学教育)は11位。
  3. 集中型電源と分散型電源の連携強化、災害に強いインフラ整備、スマートグリッドの構築
  4. わが国の技術による海外での排出削減分を、自らの国の貢献分として評価する仕組み。
  5. 京都議定書において、2008~2012年を「第1約束期間」、2013~2018年を「第2約束期間」という。
  6. 経済産業省「通商白書」
  7. 産業競争力の強化と成長産業の創出、イノベーション立国の実現などを目標とし、全国11都市・地域を対象としている。
  8. ナショナル・イノベーション・エコシステムとは、イノベーションが実現する様子を生態系(エコシステム)になぞらえて表現したものであり、大学、研究開発型独立行政法人、企業、政府関係機関、消費者等のプレーヤーが、その国の制度や社会的環境の中で自律的に活動し、かつ相互に作用することを通じてイノベーションを誘発するシステム全体を指す。
  9. 総額型の税額控除限度額の時限的上乗せ措置(法人税額の30%)の恒久化、税額控除限度超過額の繰越期間の延長(現行1年→3年)・恒久化、今年度で期限を迎える増加型・高水準型の特例の延長等
  10. 産業クラスターとは、特定分野の関連企業、供給業者、関連機関(大学、業界団体等)などが地理的に集中して競争しつつ、同時に協力している状態を指す。
  11. 国際戦略総合特区
  12. 地域活性化総合特区
  13. 例えば、中国・北京の中関村科技園では、企業の新規参入後3年間の法人税免除や、産学連携支援策として、大学発のベンチャー企業への優先融資等を行い、高度な産業クラスターを実現している。
  14. 1~6月の上半期累計で前年同期比マイナス32.6%
  15. Meeting (会議・研修)、Incentive (招待、視察)、Convention, Conference (学会、国際会議)、Exhibition (展示会) の4つのビジネス・セグメントの頭文字をとった造語。
  16. 経団連は、2011年5月17日から6月20日までの約1ヶ月間、日本全国の観光需要を喚起するための試みとして、「エコ」「長期滞在」をテーマとした企画である「“家族”で楽しむ!エコ&ロングステイ観光」アイデアコンテストを実施した。
  17. 例えば、2010年の日経産業新聞による「主要商品・サービスシェア調査」では、日本企業は32品目のうち6品目で市場における世界シェアを減らした一方、中国・韓国の企業は着々とシェアを拡大しており、アジア市場への進出の遅れが、一部で露呈し始めている。
  18. 2009年12月、アラブ首長国連邦(UAE)への原発輸出の受注競争において、日本勢は韓国勢に競り負けたが、この背景として、韓国において官民一体のセールス体制が確立していたことが大きかったと言われている。
  19. 2011年8月、財務省は外為特会における1,000億ドルの資金を、国際協力銀行を通じて活用し、リスクマネーの供給や政策融資を行うことを発表。
  20. 沖縄県は、国際物流拠点機能の拡充を目指し、那覇空港と那覇港を一体的に整備する「国際物流経済特区」構想を進めようとしている。
  21. 一人の高齢者を支える現役世代の数は、2005年の3.3人から、2010年時点には2.8人まで減少している。
  22. 2010年度予算ベースで105.5兆円にのぼる。
  23. 政府のバランスシートをみると、2009年度では政府の負債額は名目GDPの2倍以上、資産を差し引いても大幅な債務超過の状態。
  24. 内閣府「国民生活選好度調査」では、国民全体、社会全体の幸福感を高める観点から政府が目指すべき目標は、上位から「公平で安心できる年金制度の構築」(69.2%)、「安心して子どもを産み育てることができる社会の実現」(64.9%)、「雇用や居住の安定を確保」(48.1%)、「質の高い医療サービスの提供」(33.9%)の順となっている。
  25. 社会保障・税番号大綱(政府・与党社会保障改革検討本部2011年6月30日決定)によれば、源泉徴収や特別徴収を行う企業は、「法令に基づき「番号」を取扱い得る事業者」となり、法令の規制を受けるとともに、データベースやシステム改修、業務フローの見直し等を行う必要が生じることとなる。番号制度の円滑な導入が図られるよう、企業サイドの準備期間やコスト、実務の流れなどに十分に配慮しつつ、制度の具体化を進めていくことが必要である。
  26. 国・地方の基礎的財政収支(プライマリー・バランス)について、2010年度の赤字額を2015年度までに半減、2020年度までに黒字化することが掲げられている。
  27. 2011年3月末で1,476兆円。
  28. ボストンコンサルティンググループは、2010年末の世界の個人金融資産を121.8兆ドル(約9,800兆円)と試算。
  29. 例えば、既に経団連では、産学官の連携による高度ICT人材育成支援プロジェクトを行っている。2007年4月から、産業界の一線級の技術者を教員として、重点支援拠点2校(九州大学、筑波大学大学院)に派遣し、中長期インターンシップなどの実践重視カリキュラムを産学協同で策定、実施している。
  30. 大学の国際化に向け、留学生と切磋琢磨する環境の中で国際的に活躍する高度な人材を養成する事業。
  31. 東北大学、筑波大学、東京大学、名古屋大学、京都大学、大阪大学、九州大学、慶応義塾大学、上智大学、明治大学、早稲田大学、同志社大学、立命館大学
  32. 広く産学官にわたって活躍し、成長分野等で世界を牽引するリーダーとなる博士人材を養成する「リーディング大学院」の構築を支援。
  33. 国際的に卓越した大学院博士課程の教育研究拠点(COE、センター・オブ・エクセレンス)を形成し、様々な分野で、国際的に第一級の力量を持つ研究者等を養成する取り組みを支援。
  34. 大まかな定義としては、わが国と外国の大学が、教育課程の実施や単位互換等について協議し、双方の大学がそれぞれ学位を授与するプログラム(ダブル・ディグリー)、連名で学位記を授与するプログラム(ジョイント・ディグリー)を指すが、国によって微妙に異なる。
  35. Plan-Do-Check-Act Cycle: 事業活動における管理業務を円滑に進める手法の一つ。Plan(計画)→ Do(実行)→ Check(評価)→ Act(改善)の 4段階を繰り返す。

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