Policy(提言・報告書) 都市住宅、地域活性化、観光  新たな観光立国推進基本計画に向けた提言 ~震災を乗り越え、観光で日本の成長とブランド力強化を~

2012年2月21日
(社)日本経済団体連合会

はじめに

少子高齢化社会の到来、特に地方での過疎化の急速な進展の中、わが国にとって喫緊の課題は、国内外の交流人口の拡大による地域活性化と雇用創出によって、震災からの復興を果たし、経済の再生、新たな成長に繋げていくことである。

そのためには、日本の豊富な観光資源、すなわち自然・歴史・文化・食・産業の魅力を再発見し、磨き上げるとともに、国民として誇りをもって世界に情報発信し、国際相互理解を促進するような戦略的取り組みが不可欠である。

2011年3月11日の東日本大震災によりわが国は甚大な被害を受けたが、多くの国々からの支援は国際交流の重要性を改めて印象付ける一方、震災後、若者を中心に多くの人々がボランティアとして被災地に向かったことは、観光をめぐる環境の好転の兆しとして大いに期待できる。

今般、震災の影響を踏まえたうえで、「観光立国推進基本計画」が改定されることとなるが、5年間の計画期間での取り組み如何が、わが国の将来を左右すると言っても過言ではない。今こそ、観光・旅行を通じた交流の意義を再確認し、中長期的な視点から国を挙げて観光立国の実現に向けた活動を積極的に展開すべきである。

経団連では、「観光立国推進基本計画」の見直しに対して、2011年3月15日に「改定『観光立国推進基本計画』に望む」を提言したが、その後、震災の影響等を勘案した新たな基本計画を策定するとの政府の方針を踏まえ、上記の提言に加え、下記の事項について追加的に提言する。

1.「観光立国の実現に関する施策についての基本的な方針」について

新たな観光立国推進基本計画は、わが国が震災を乗り越え、観光立国の実現に向けて再び力強く歩み出すためのグランドデザインである。

従って、今般の基本方針では、まず、観光立国の実現に向け政治の強いリーダーシップの下、政府を挙げて革新的な取り組みを進めていく決意が示されなければならない。「震災からの復興・再生」は、基本的な方針の重要な柱として明記されるべきである。

また、こうした政府の決意を具体的な施策にまで国民にも分かりやすく落とし込み、実現していくためには、基本方針と「観光立国の実現に関する目標」、「観光立国の実現に関し、政府が総合的かつ計画的に講ずべき施策」とが相互に一貫性を持った形でとりまとめられなければならない。その際、当面の施策と中長期の施策とを整理しながら体系立てて示す必要がある。

具体的には、震災からの復興・再生に向けて、風評被害の解消に向けた政府を挙げた海外での積極的かつ効果的な情報発信、震災で被害を受けた自然・文化遺産の復旧・再生、平泉の世界遺産登録など新たな観光資源の積極的な活用を基本方針に盛り込み、関連する目標と具体的な施策も示すべきである。

2.「観光立国の実現に関する目標」について

「観光立国の実現に関する目標」は上記のような基本方針に沿った形で、未曾有の災害による影響を踏まえつつも、それを克服する政治の強い意志と政府の覚悟を示す、野心的なものとする必要がある。

ただし、国の施策として推進する以上、掲げられた目標は政治の責任とリーダーシップの下、政府を挙げた取り組みにより達成されるものでなければならない。基本計画の閣議決定に向けた省庁間の調整は、目標共有・達成に向け各省庁が取り組むべき課題を確認する絶好の機会である。

その上で、政府は、設定した目標に関する考え方や根拠となるデータを国民に分かりやすく説明することに留意しながら、「観光立国の実現に関し、政府が総合的かつ計画的に講ずべき施策」ではそれぞれの目標達成に必要な革新的施策を盛り込み、国民各層の最大限の理解と協力を求めていくべきである。

なお、「震災からの復興・再生」という観点からは、東北での旅行消費額などを数値目標として掲げることも検討すべきである。多様化する旅行者のニーズへの対応を強化する観点からは、世代別や国・地域別の目標を立てることも考えられる。

3.「観光立国の実現に関し、政府が総合的かつ計画的に講ずべき施策」について

(1) 「基本的な方針」、「目標」との関連

上述したように、基本計画全体を通して、基本方針と目標、施策とは、震災を乗り越えて観光立国を必ず実現するという観点から相互に一貫性を持って示されるべきである。「観光立国の実現に関し、政府が総合的かつ計画的に講ずべき施策」についても、その施策が野心的な目標を計画期間中に達成しうる実効性の高いものであるかどうか、熟慮した上で決められなければならない。併せて、施策の実施状況を検証・改善しやすくするため、目標達成のためのロードマップについても明示すべきである。

(2) 震災からの復興・再生のための施策

  1. 海外への情報発信の強化
    わが国観光の震災からの復興・再生に向け、まずは世界中から支援を受けたことへの感謝の気持ちを示すとともに、日本の各観光地の安全性、各種コンテンツを通じたわが国の自然・歴史・文化・食・産業等の魅力についての情報発信を強化すべきである。

  2. 自然・文化遺産等の復旧・再生
    地域の復興・再生の核、精神的支柱でもある自然遺産・文化遺産・伝統文化等の復旧・再生を推進すべきである。国民的財産である美しい自然景観や貴重な文化財・歴史的環境を保全し利活用しながら後世に継承していくナショナルトラスト活動を東北で積極的に推進するとともに、最終的には国の施策としても明確に位置づけるべきである。また、平泉の世界遺産登録を糸口とした施策も検討すべきである。

  3. 「震災復興祈念公園」等の早期整備
    2011年6月25日に政府の東日本大震災復興構想会議が『復興への提言』の「復興構想7原則」の「原則1」で指摘している通り、「鎮魂の森やモニュメントを含め、大震災の記録を永遠に残し、広く学術関係者により科学的に分析し、その教訓を次世代に伝承し、国内外に発信していくこと」は重要である。「震災復興祈念公園」の検討および整備を急ぐべきである。
    その際、各地に公園を作ることを目的化せず、国内外の例を参考にしつつ、多くの人々がそこを訪れ歴史的・社会的な意義を感じられようにするとともに、地域による公園の主体的な維持管理が持続可能なものとなるよう、十分留意する必要がある。

  4. 観光振興に向けた規制緩和や特例の創設
    現在、沖縄を訪問する中国人個人観光客を対象に発給が開始されている数次ビザについて、東北の観光振興の観点から、東北でも全国展開に先駆けて実施するなど、観光振興に向け震災復興特区法等の枠組みを活用しつつ規制の特例を設けていくことも検討すべきである。

(3) 観光振興に向けた情報インフラの整備

観光振興に向けたインフラとして、ICTを活用して観光に関する各種情報を整理・統合し、広く活用可能となるよう、観光情報プラットフォームを整備すべきである。盛り込む情報としては、各種観光関係の統計情報や産学官が有する観光関係のイベント、事業等のスケジュールに関する情報などが考えられる。
こうした情報の活用が進めば、観光客のニーズに合わせたきめ細かい情報発信やコミュニケーションの充実、周辺の状況も視野に入れたMICEの誘致、大きなイベントに合わせた来客企画・誘致などが可能になる。

(4) 国内観光の振興に向けた施策

  1. 多様化するニーズへの対応
    国際観光の振興は今後のわが国にとって重要ではあるが、そのためにも、まずは国内の若者、子育て層、シニア層など国民各層のニーズに対応できる観光地づくりを急ぐ必要がある。特に旅行ゼロ回層対策や将来の旅行ファンの育成策として、若者向けのリーズナブルな料金の旅行商品や有意義な体験が出来たと実感できるようなプログラムの開発について、様々な関係者が連携して取り組みを進めるべきである。また、シニア層やシニア層と他世代との組合せを対象とした商品づくり・需要の喚起策についても対応を急ぐ必要がある。

  2. 地域活性化に向けた取り組み
    地域社会の維持・活性化に向け、観光地が旅行者の「地域ならではの食」に対するニーズに対応できるよう、農商工連携や農業の6次産業化など他省庁の施策とも連携した取り組みを進めるべきである。
    また、地域のまちづくりと観光振興は、地域住民全体の取り組みとして行われることが重要であり、特に子どもたちに地域の歴史文化や産業を学ぶ機会を地域住民と教育機関等が連携して確保すべきである。

  3. 観光資源としての海・温泉の活用
    世界有数の長い海岸線や多様な温泉を持つわが国の特性を活かし、観光資源としての海・温泉の更なる有効活用策とそれらを核とした観光地・観光圏の競争力の強化策についても積極的に検討すべきである。

  4. 観光を楽しむライフスタイルの実現
    国内観光振興の環境整備として、国民が観光を楽しむことのできる、ゆとりあるライフスタイル、ワークライフバランスの実現が求められる。政府は企業の自主性やわが国産業競争力の維持向上に配慮しつつ、官民連携してワークライフバランスの意義について国民への浸透を図るべきである。

(5) 国際観光振興に向けた施策

  1. 在外公館、入管窓口等の「顧客満足度」の向上
    海外からの旅行者にとって、在外公館のビザ発給窓口や日本の空港や港湾でのCIQ#1の窓口は、最初に接する日本人・わが国の窓口である。日本の観光のブランド力強化のためにも、訪日客へのビザ発給緩和や入国審査等の迅速化・効率化など制度面・手続面を見直すとともに、「おもてなし」を意識した総合的な「顧客満足度」の向上を図るべきである。

    1 税関(Customs)、出入国管理(Immigration)、検疫(Quarantine)の略語。

  2. 日本に住む外国人(特に留学生)への配慮
    ITの発達により、個人も容易に世界に対して情報発信が可能となった今、日本の魅力を海外に発信する際に、日本に住む外国人による情報発信はわが国の観光振興にとって大変重要である。
    特に海外からの留学生について、留学生たち自身が日本の良さを実感し日本のファンになってもらうことは、将来にわたりわが国のブランド力を強化する上で極めて有効である。そのためにも、政府が教育機関等とも連携し、留学生の衣食住環境の向上や、わが国に住む外国人向けに日本の歴史文化や産業を学ぶためのプログラムの充実を図るべきである。

  3. 交通手段・料金体系の整備
    外国人観光客にとっての移動手段の分かりやすさと利便性の向上の観点から、複数の交通機関を利用可能なフリーパスや定額制のタクシーなどの提供を増やしていく必要がある。そのため国は、フリーパス等の組成に官民が連携して取り組むことを推進するとともに、例えばタクシー運賃の認可に際しても日時によって変化する高速道路料金を含んだ定額の料金設定を可能とするなど柔軟な対応が求められる。

  4. 外国人観光客への「分かりやすさ」の向上
    外国人観光客の利便性向上の観点から、日本国内を旅行する上で重要な施設等について、日本語・外国語表記の標準化・道路標識等の充実を図るべきである。また、公共交通機関や無料Wi-Fiスポット等に関する日本語・外国語の案内の充実も求められる。

  5. 柔軟なVJ(ビジット・ジャパン)地方連携事業の推進
    VJ(ビジット・ジャパン)地方連携事業については、現在、複数都府県にまたがる地域の地方自治体・観光協会が参画することが必須となっている。事業組成の機動性、外国人観光客に訴求するポイントの重点化の観点から、広域的かつ効果的な事業であれば、民間同士による事業もVJ地方連携事業の対象とすべきである。

4.観光立国の実現に向けた目標を達成するための推進体制のあり方について

(1) 観光関連施策の推進体制の強化

基本計画中の目標を達成するためには、関連する施策について、その効果を十分検証しつつ、随時改善しながら進めていく、いわば、計画→実行→評価→改善のPDCAサイクルを着実に回しながら効果的に進めていくべきである。
こうした施策を総合的・計画的に推進していく上で、観光庁と日本政府観光局(独立行政法人国際観光振興機構)との役割分担を明確化する必要があり、観光庁は政府全体の観光関連の施策の企画立案・総合調整機能に専念すべきである。
一方、日本政府観光局については、日本の観光情報の継続的かつ積極的な情報発信を安定的に担うことができるよう体制強化を図ることが急務であり、そのために、海外の事例も参考にしつつ、日本政府観光局独自の財源を確保することも検討すべきである。なお、今後の独立行政法人の制度・組織の見直しにあたっても、日本政府観光局が担っている機能を確保・強化する方向での議論が求められる。

(2) 政府を挙げた観光振興への取り組み

国を挙げてわが国の観光振興やブランド力強化を図るためには、政治のリーダーシップも不可欠である。総理はじめ政府の首脳・幹部は、積極的にトップセールスに取り組み、在外公館等様々なネットワークも活用しながら、積極的にわが国の魅力を海外にPRし、MICE#2やイベントの誘致に取り組むべきである。

2 Meeting(会議、研修)、Incentive(招待、視察)、Convention、Conference(学会、国際会議)、Exhibition(展示会)の4つのビジネス・セグメントの頭文字をとった造語。

(3) 一定の予算の確保

国家戦略として観光立国を推進するためには、効果的な予算も重要である。観光庁の資料によれば、2009年の国内旅行消費額25.5兆円の生産波及効果は53.1兆円と国民経済計算の産出額の6.1%を占めるなど、観光は大変すそ野が広く、国民経済への貢献度が高い産業であるにもかかわらず、2011年度(当初予算)の政府全体の観光関連予算は1,830億円と、総予算(約92兆4千億円)のわずか0.2%にとどまっている。わが国経済への貢献度、「観光立国」という国の基本方針を鑑みれば、政治のリーダーシップで相応の予算を確保すべきである。

(4) 広域連携の推進

観光による地域づくりは地域が主体的に進めていくことが望ましい。現在、交通網の整備等に伴い観光客の行動圏は拡大傾向にあるにもかかわらず、地域の観光振興策は相変わらず市町村単位・都道府県単位の個々の取り組みにとどまり、重複や観光客のニーズの取りこぼしがあるとの指摘もある。
国は、自然、歴史、文化等において密接な関係のある観光地同士が連携して2泊3日以上の滞在型観光に対応できる魅力ある「観光圏」作りに向けて、観光分野における地域の広域連携を促すべきである。
観光による地域づくりで主要な役割を果たすべき地方自治体も、観光関連事業には十分な予算を割けていないのが実態である。地域が観光にもっと予算を割けるよう、国から観光振興に取り組む広域連合等へ財源移譲することや、独自の財源の確保策等についても検討すべきである。

おわりに

観光立国の実現は、国を挙げて取組むことが不可欠であり、経団連としても今後とも可能な限りの協力・支援を継続する。

具体的には、観光振興の機運を醸成し国民的な運動へとつなげていけるよう、観光立国シンポジウムや他団体との連携による様々なイベント等を実施する。観光人材の育成については、2011年度より大学と連携して実施しているインターンシップ・プログラムの充実を図る。

また、今後、観光委員会を中心に、観光関連産業等における東日本大震災発生後の対応や国際化・多様化するニーズに対応した経営改革への取り組み、日本の歴史・文化等に関する研修の実施などの事例を収集し、優良事例の横展開等を通じてわが国観光の競争力強化・ブランド力強化を図る。

さらに、経団連の二国間委員会等の民間外交の場を積極的に活用し、観光関連の情報発信や海外との連携を推進する。

以上