一般社団法人 日本経済団体連合会
1.はじめに
第二次安倍内閣の発足から約1年が経過した。この間、日本経済の再生に向けて講じられた、スピード感ある政策対応が功を奏し、着実な景気回復が続いている。15年近く続いたデフレからの脱却は目前にある。
将来への明るい展望が拓け、「成長への自信」を取り戻しつつある今こそ、持続的な経済成長を通じて、豊かな国民生活を実現する絶好の機会である。経済成長は、国民生活を向上させるとともに、社会全体のセーフティーネットを強化する。また、持続的成長を実現する国は、世界から多くの投資や人材を集め、さらに発展していく。
そのためにも、経済活動の担い手である企業・経済界は、自ら先頭に立って、世界に誇る技術力や人材力を梃子に、新たな成長の機会を作りだし、力強い持続的な経済成長の実現に努めなければならない。
また、政府においても、あらゆる政策を総動員して、イノベーションの創出、生産性の向上、民間設備投資の誘発、国外からの人材や投資の呼び込み、民間消費の喚起などに資する環境を整備していく必要がある。
折しも、「2020年」に、オリンピック・パラリンピックが東京で開催されることが決定した。これを好機として、それまでの間を、持続的成長の礎を築くための集中対応期間と位置づけ、その後も日本が力強い経済成長を続け、世界経済の発展に貢献できるよう、官民ともに取り組むべきである。併せて、東北の復興加速に向けたあらゆる取り組みも欠かせない。
こうした認識のもと、本提言では、2020年から2030年を展望して、日本が新たな成長ステージに立つための方策を提示する。安倍内閣には引き続き、安定した政治環境の下で強いリーダーシップを発揮し、経済の再生に最優先で取り組むとともに、財政健全化への不断の努力を期待する。
2.目指すべき国・経済の姿
(1)名目3%程度の持続的成長と財政健全化の実現
企業は、生産活動や設備投資、イノベーションの創出などを通じて、経済成長を牽引する主体である。また、雇用機会の創出、賃金・配当の原資となる付加価値の創造、税や社会保険料負担の担い手といった多様な側面から、国民生活の基盤を支えている。
他方で、日本は厳しい財政状況に直面しており、負担を後世に先送りし続けている。ひとたび、財政への信認が損なわれ、金利の高騰や急激な財政緊縮といった事態が顕在化することとなれば、国民生活に急速かつ深刻な影響が及ぶこととなる。
将来にわたって、豊かで安心・安全な国民生活を、高いレベルで維持し続けるためには、経済成長を牽引する主体である企業の活力の発揮を通じた持続的な経済成長と、健全な財政状況の実現が不可欠である。かねてより経団連は、名目3%程度の持続的な経済成長と、2020年度までのプライマリー・バランスの黒字化を目指すことを求めており、政府においても同様の目標が掲げられている。世界における日本の存在感を発揮し続けるためには、これらを着実に達成しなければならない。
(2)企業収益の拡大が雇用・家計所得の向上に結び付く「好循環」の形成
成長を持続的なものとしていくためには、経済のパイの拡大によって得られた果実が、広く国民全体に行き渡ることが重要である。経済界としても、企業家精神を最大限に発揮し、ビジネス機会を積極的に見つけ出し、挑戦していくことで、収益を拡大させ、設備投資や雇用の拡大、賃金の引き上げなどにつなげ、経済の「好循環」の実現に努める。
(3)真にグローバルな日本経済の確立
世界経済の活力を取り込む観点から、グローバルなサプライチェーン・バリューチェーンの円滑化に取り組むことで、日本の優れた製品・サービス、人材等を海外に展開すると同時に、国内への投資や旅行者といった「ヒト」「モノ」「カネ」を世界から呼び込むことのできる「貿易・投資立国」、「観光立国」を目指し、真にグローバルな日本経済を確立していくべきである。
(4)最先端の科学技術で世界をリード
日本は、世界最高水準のエネルギー・環境技術をはじめ、ICT、医療、交通インフラなどにおける最先端の科学技術を有している。政府と企業の協力のもと、これらの資源を最大限に活用するとともに、さらに発展させることにより、イノベーションを強力に加速し、世界をリードする「科学技術イノベーション立国」を実現していくことが重要となる。
3.成長を牽引する「6つのエンジン」
日本経済の再生に向けた「好循環」が始動しつつある今こそ、前章に示した目指すべき将来像を実現すべく、次に掲げる「6つのエンジン」の改革の着実な実行により、企業の前向きな行動を引き出していく必要がある。
- (1)グローバル化を進める
- (2)イノベーションを加速する
- (3)国内の新たな需要を掘り起こす
- (4)人材力を強化する
- (5)成長の基盤を確立する
- (6)立地競争力を磨く
なお、それぞれに対応する具体的な施策は別表を参照。
(1)グローバル化を進める
少子高齢化に伴う人口減少が、国内市場の成長への制約となる中、企業はこれまでも、グローバルな競争を勝ち抜くべく、海外市場への積極的なビジネス展開を進めてきた。他方、FTAカバー率やGDPに占める輸出の比率は競争上の相手国に比べて低い水準にとどまっており、「貿易・投資立国」を目指す日本としては、グローバル化への対応を加速していくことが急務である。
政府の「日本再興戦略」(2013年6月14日閣議決定)では、2018年までにFTAカバー率を70%以上にする成果目標(KPI)が掲げられているところであり、目標を実現するためには、主要な貿易相手である中国、米国、EUを含む「メガFTA」とも言うべき大型の経済連携を推進していくことが不可欠である。具体的には、アジア太平洋地域において、TPPを通じた包括的で高い水準のルール作りに積極的に関与するとともに、東アジア包括的経済連携(RCEP)、日中韓FTAを推進し、2020年を目途にアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)を構築すべきである。これと並行し、日EU経済連携協定を早期に締結することが重要である。また、これらメガFTAの間で可能な限り調和のとれたルールが適用されるよう、統一的な軸をもって交渉にあたるとともに、それらをWTOでのルール策定につなげ、グローバルに展開すべきである。
さらに、力強い成長を続けるアジア諸国における成長のボトルネックの解消に向けたハード・ソフトの両面でのパッケージ型インフラ輸出をはじめ、日本発の標準、基準認証、商慣習の展開、コンテンツ・ソフトビジネスやサービス業・生活文化産業の海外展開を通じたジャパン・ブランドの確立、地球規模の気候変動・エネルギー問題の克服に資する優れた環境・エネルギー技術・製品・ノウハウの海外への普及といった取り組みの強化も欠かせない。その際、アジアはもとより、中東、アフリカ、中南米、太平洋諸国並びに先進国を視野に入れ、地域別に取り組むべき事業分野を明確にする戦略マスタープランを、官民で構築し、実践していくことが必要である。
また、経済界は、相手国・地域の政府や関係団体等との連携を通じて、これらの取り組みが実を結ぶよう、積極的な役割を果たしていく。
こうしたアウトバウンド面での対応に加えて、インバウンド面でのグローバル化も進めていかなければならない。足もとの訪日外国人観光客数をみると、これまでの政府・自治体・企業等の努力をはじめ、円高是正という外的環境の好転もあいまって増加傾向が続いているが、現状に満足することなく、より高みを見据えて果敢に挑戦していく姿勢が重要である。その際、東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年を目途に、魅力ある都市・地域づくり、観光資源の発掘・磨き上げ・発信、MICE#1・クルーズのインフラ整備や体制強化、風評被害の影響が続く東北の観光を通じた復興支援、関係者間の連携促進などの取り組みを一層加速し、世界から「ヒト」「モノ」「カネ」等を積極的に呼び込んでいくべきである。
経済界としても、高いレベルでの「観光立国」の実現を目指し、国・地方や観光関係団体との連携を強化していく。
(2)イノベーションを加速する
「科学技術イノベーション立国」として、日本が最先端の科学技術において世界をリードし続けるためには、イノベーションの創出・加速に向けた環境整備を進めていくことが不可欠である。イノベーションは、全要素生産性(TFP)のさらなる向上や、新規需要の発掘などを通じて、経済成長を牽引する。
日本企業はこれまで、開発・製造・物流等で革新的なプロセスを実現する「プロセス・イノベーション」に強みがあるとされてきた。加えて、高効率発電や自動運転車などに象徴されるように、大きな付加価値を持った新製品・新市場を生み出していく「プロダクト・イノベーション」を創出するポテンシャルも有している。そこで、企業のこうした力を最大限に引き出す環境を整備していくことが重要となる。また、新興国で開発した製品を先進国に逆展開する「リバース・イノベーション」においても、欧米企業に遅れることのないよう、企業自ら積極的に取り組んでいくべきである#2。
政府においては、総合科学技術会議の司令塔機能を発揮させるとともに、科学技術イノベーション政策を国の成長戦略の柱に据え、力強く推進することが欠かせない。科学技術関係予算においては、第4期科学技術基本計画(2011年8月閣議決定)で掲げられた「政府研究開発投資対GDP比1%、総額約25兆円」の予算目標を実現することが重要である。また、基礎研究に加え、実用化・事業化に向けた研究開発への支援も強化すべきである。
大型プロジェクト(国際リニアコライダー計画等)の検討にあたっては、経済・社会への効果を踏まえる必要がある。
併せて、ビッグデータ・オープンデータ、クラウド技術といったICTの積極的活用や、官民挙げた革新的エネルギー・低炭素技術・蓄電池技術・製品の開発をはじめとする取り組みを通じて、経済社会の様々な分野でイノベーションを起こし、新産業・新事業の創出につなげていくことも重要な課題となる。
経団連としても、2011年より「未来都市モデルプロジェクト」を立ち上げ、都市を舞台にしたイノベーションの実証実験を進めることで、民主導による成長モデルの構築を推進している。全国11の都市・地域でスタートした、環境・エネルギー、医療、交通インフラ、農業等の分野におけるプロジェクトの中には、先端技術を用いた実証実験などが行われているものも多く、社会的な課題の解決や産業システムの変革、さらには地域の活性化も期待される。
(3)国内の新たな需要を掘り起こす
グローバル化やイノベーションの推進に加えて、地域経済の活性化や新産業・新事業の育成などを通じて、国内における新たな需要を掘り起こしていく視点も重要となる。
地域経済の活性化に関しては、それぞれの地域の経済・社会・文化を活かす視点が欠かせない。具体的には、地域経済に対して即効性を持つ観光産業の振興や、高齢化・省エネ化を見据えた、コンパクトシティ・スマートシティへの対応によって、ヒト・モノ・サービスの集積効果を高め、地域に根ざした産業の生産性を向上させるとともに、新たな需要を創造し、産業の新陳代謝を促していくことも有効である。
また、地域の基幹産業として大きな役割を担っている農業分野での、競争力向上と成長産業化に向けた取り組みも欠かせない。農地の集積による経営規模の拡大・効率化、農商工連携や6次産業化、さらには輸出力の強化などを通じて、収益性の高い農業経営を実現すべきである。
経団連としても、JAグループをはじめ農業界との連携を密にし、農業の競争力強化に向け、企業が有するノウハウや技術等を積極的に提供するなどの取り組みを強化していく。
他方、起業を促すとともに新たな産業・事業を興していく観点からは、大胆な規制・制度改革を通じて、新たな事業機会を創造していくことが重要となる。そこで、民間の創意工夫の発揮を通じた起業を促すため、企業が利用しやすい形での「国家戦略特区」や「企業実証特例制度」、「グレーゾーン解消制度」のスピード感ある展開も欠かせない。
(4)人材力を強化する
少子高齢化やグローバル化の進展など、経済社会を取り巻く環境が急速に変化する中で、労働生産性を高めていくためには、人材力を強化することが有効である。
そのためには、人材こそが日本の最大の資源であるという認識に立ち、企業家精神に溢れ、世界を舞台に活躍できるようなグローバル人材や、イノベーション創出を担う高度理工系人材を育成していかなければならない。具体的には、初等中等教育における英語教育の拡充、高大接続の改善(高校修了時の学力保証)、大学の国際化といった教育改革を推進するとともに、理工系に進む女子学生への支援、企業の採用・人事制度の改革など、日本の人材育成のシステム全体を見直していくことが重要となる。とりわけ、大学については、ガバナンス構造の改革を通じた組織力の強化などが求められる。
経団連は、グローバル人材の育成に向けて、「経団連グローバル人材育成スカラーシップ(奨学金事業)」「経団連グローバルキャリア・ミーティング(留学から帰国した学生向けの就職説明会)」「グローバル人材育成モデル・カリキュラム(企業による出張授業)」という三つのプロジェクトを実施している。今後とも、大学等と連携しつつ、これらの取り組みの一層の強化・拡充を図っていく。また、経済社会における新たな価値創造のためには、社会において女性が活躍しやすい環境を整えることで、「M字カーブ」のさらなる是正を図るとともに、そのポテンシャルを最大限に引き出していくことも必須と言える。企業にとって、女性の活躍は、成長を促す原動力になるとともに、多様な働き方を考える機会ともなるため、企業自ら主体的に、質と量の両面から、女性の活躍支援を推進する。
経団連としても、「女性の活躍推進部会」を通じて、こうした企業の取り組みをサポート・強化していく。
さらに、一定規模の労働力人口を維持するとともに、労働生産性を高めていく観点からは、女性・高齢者といった国内人材の活用のみならず、海外からも、高度な能力や資質を有する外国人材を積極的かつ幅広く受け入れるなど、多様な人材の活躍推進の機会を広げていく必要がある。
こうした取り組みを通じて、「日本再興戦略」で2020年時点のKPIとして掲げられた「20~64歳の就業率80%」や「25歳~44歳の女性就業率73%」、「60~64歳の就業率65%」なども達成が可能となる。
(5)成長の基盤を確立する
1. 経済性ある価格での安定したエネルギー供給の確保等
日本経済が抱える構造的問題を解消し、成長の基盤を確立することなくして、持続的成長はあり得ない。企業活動においては、高品質なエネルギーが経済性のある価格で安定的に供給されることが極めて重要である。
しかし、原子力発電所の停止に伴う電力の供給不安・料金上昇問題は、依然解決されていない。原発停止分の多くが火力発電で代替されているため、多額の燃料輸入費も生じている#3。さらに、定期検査周期の延長等により、従来にない形で火力発電を活用しているため、計画外停止のリスクが高まっている。
足もとの電気料金は、諸外国と比して既に高い水準にある。電力供給が不安定な状況が続き、電気料金が今後さらに上昇することとなれば、国内投資の収益性を大きく損ない、国外から投資を呼び込むことはおろか、国内の投資を維持することすら困難となる。
そこで、企業が安心して生産・投資計画を立てられるよう、今後3~5年程度の電力の経済性ある価格での安定供給確保に向けた工程表を早急に提示し、実行に移すべきである。こうした観点から、安全性の確保を大前提に、原子力発電所の再稼働プロセスを可能な限り加速する必要がある。併せて、電力価格のさらなる押し上げ要因となる地球温暖化対策税や再生可能エネルギーの固定価格買取制度についても、抜本的に見直すべきである。
中長期のエネルギー政策については、エネルギー基本計画に対する政府の総合資源エネルギー調査会基本政策分科会の意見(2013年12月)にも掲げられている通り、安全性を前提としたうえで、安定供給を最小の経済負担で実現するエネルギーの需給構造を構築し、併せて、環境負荷を可能な限り抑制するよう取り組んでいくことが重要である。そのためには、重要なベース電源としての原子力を含む多様なエネルギー源の選択肢を維持する必要がある。
2. 財政健全化の実現
また、経団連がかねてから訴えているように、健全な財政状況の確立は、経済成長の基盤となる。日本の政府債務残高は、既にGDPの2倍超に積み上がっており、プライマリー・バランスも、対GDP比6%台という巨額の赤字が続いている。こうした現状を放置し、日本国債に対する信認が失われることとなれば、長期金利の急騰といった深刻な影響も生じかねない。
そこで、政府目標である「2020年度までのプライマリー・バランスの黒字化」の実現に向けた、財政再建への不断の取り組みが欠かせない。少子高齢化に伴う社会保障関係費の自然増が、今後とも続いていくことに鑑みれば、目標実現のためには、複数税率を導入することなく、消費税率を2015年10月に10%まで引き上げた後も、さらなる歳入改革への取り組みに加え、社会保障給付の重点化・効率化をはじめとする社会保障制度改革といった歳出抑制への努力も欠かせない#4。
財政・社会保障制度の持続可能性が確保されることで、国民や企業の将来不安は取り除かれ、持続的成長に向けた環境の整備が、一歩進むこととなる。
3. 道州制の導入等
このほか、道州制の導入、一定の人口規模の維持を目指した少子化対策をはじめ、電子行政の一層の推進、多様で柔軟な労働市場の構築なども欠かせない。とりわけ道州制は、中長期的な観点から、成長基盤の確立、地域活性化に資するものであり、早期実現に向けて着実に改革の歩みを進めるべきである。
(6)立地競争力を磨く
これまでの日本は、国内での事業活動を阻害する様々な要因に直面し、立地競争力が大きく低下していた。こうした中、安倍政権は「世界で一番企業が活動しやすい国」をスローガンに、立地競争力の強化に向けて取り組んでいるところである。この一環として、復興特別法人税を1年前倒しで廃止するとされたことを高く評価している。経団連としても、賃金の引き上げなどを通じて、一刻も早い経済の「好循環」が実現するよう貢献していく。
ただし、復興特別法人税の廃止後も、法人実効税率が国際的に高い水準にあることには変わりない。世界各国は、立地競争力の強化に向けて、法人実効税率の引き下げ競争を展開している。グローバルな競争が企業規模の大小を問わず激化する中で、日本だけが現状を放置し続ければ、企業の生産拠点の海外シフトや、対内直接投資の減少といった不利益が生じ#5、経済活力の低下や雇用機会の減少など、国民生活にも多大な影響が及ぶこととなる。
そこで、事業環境の国際的イコールフッティングを確保し、企業の国際競争力を強化するとともに、対内直接投資を積極的に呼び込む観点から、国・地方をあわせた法人実効税率を速やかに、アジア近隣諸国と均衡する25%程度へ引き下げる道筋をつけていかなければならない#6。
併せて、社会保障制度改革を通じて、社会保険料負担のさらなる増加を抑制していくべきである。これらの取り組みを通じて、企業活力が向上し、ひいては、国民の経済厚生が高まることも期待できる。
また、重要な基幹インフラの整備に加え、国全体としての防災・減災対策や老朽化したインフラの維持・補修といった国土強靭化への取り組みを加速することで、立地競争力を高めていくことも欠かせない。
他方、現下の厳しい財政状況に鑑みれば、メリハリのついたインフラ投資が求められる。そこで、既存の社会ストックに関しては、単なる維持・補修にとどまらず、質の向上、効率的な使用を促す取り組みも必要である。具体的には、画像情報・センサー、遠隔管理によるメンテナンス等の最新のICT技術を積極的に活用していくべきである。また、インフラへの投資にあたっては、官と民がパートナーを組んで事業を行うPPPやPFIを、民間事業者の参加意欲を高める形で積極的に進めることにより、民間の知恵やノウハウを活用していくことも有効である。
4.2030年度に向けた展望と決意
以上に示した「6つのエンジン」の改革の着実な実行により、2014年度から2030年度の平均で名目3%、実質2%程度の成長率を達成することは十分可能である。これにより、現時点で約480兆円の名目GDPは、2030年度時点で約850兆円程度へと高まる。また、プライマリー・バランス赤字の対GDP比は、2015年度に半減し、2020年度の黒字化を達成する。さらに長期債務残高の対GDP比も段階的に縮小する。
経団連としても、世界における日本の存在感を高め、国民生活の一層の豊かさを追求するため、イノベーションの加速と新たな成長の機会の創出に全力で取り組み、上記展望の実現に邁進する決意である。
(試算の詳細については、別紙を参照)。
- Meeting(会議、研修)、Incentive(招待、視察)、Convention、Conference(学会、国際会議)、Exhibition(展示会)の4つのビジネス・セグメントの頭文字をとった造語。
- ネスレ、P&G、ペプシコ等の欧米企業は、中国やインドといった新興国で製品を開発し、ボリュームゾーンを押さえた上で、さらにグローバル展開している。
- 政府試算によれば、2013年度の燃料費は原発代替分だけで3.6兆円増加(2010年度比)。
- 経団連提言「財政健全化と効率的な財政運営に向けて」(2013年5月27日)では、消費税率を10%に引き上げた後に必要となる収支改善額を、27.5兆円(消費税率換算で10%程度)と計算。
- OECD 30ヶ国(日本を含む)を対象にしたパネル分析によると、様々な事業コストの中で、法人実効税率の高さが、対内直接投資を阻害する主な要因であるとの結果が得られている(佐藤智紀(2010)「法人税と海外直接投資の実証分析」、財務省財務総合政策研究所『フィナンシャルレビュー』平成22年第3号)。
- 法人実効税率を10%ポイント引き下げることにより、10年間で、輸出金額が23兆円、GDPは16兆円押し上げられるとの指摘もある(斎藤勉(2013)「法人税減税の効果をどう考えるか」、大和総研経済分析レポート)。
(別表)「6つのエンジン」に対応する具体的施策
(1)グローバル化を進める
- 「メガFTA」をはじめとする経済連携協定の推進
- 広域FTA(TPP・日中韓FTA・RCEP→FTAAP、日EU経済連携協定、日GCC)ならびに重点国との二国間EPAの推進
- 日本が目指す貿易・投資ルールの内容を見据えた「統一軸」の形成(FTA間のルールの調和)
- 分野別協定(ITA:情報技術協定改訂、TiSA:サービス貿易新協定等)への積極的取り組み
- WTO機能(協定の履行監視、紛争解決)の活用、ルールの改訂・形成への取り組み
- 投資協定、租税条約、社会保障協定等による補完、APEC等の取り組みの促進
- インフラ輸出の促進
- 機動的かつ戦略的な推進体制の確立
- 迅速かつ柔軟な資金供与(円借款やJICA海外投融資をはじめとするODA等)
- 日本の技術・制度の戦略的な普及
- トップセールスの推進と民間人材の活用
- コンテンツ・ソフトビジネスの強化
- 国際標準化戦略の推進
- 日本の文化・商品・サービス等の海外需要開拓に向けたジャパン・ブランドの強化、国を挙げたマーケティング・プロモーションの推進
- コンテンツの海外展開に向けた支援、「ジャパン・チャネル」の創設
- 海外需要開拓支援機構における資金の有効活用
- 地球規模の気候変動・エネルギー問題の克服に向けた取り組み
- 日本企業が持つ世界トップレベルのエネルギー・低炭素型の技術・製品等の海外への展開による国際貢献を促す環境整備(二国間オフセットの推進など)
- 五輪開催を見据えた魅力ある都市の再構築、観光立国の実現
- 首都圏3環状道路の整備をはじめとする交通インフラの再構築、首都高速道路老朽化への対応
- 東京都心の鉄道アクセス機能強化や都市競争力を強化するため、都心と郊外や都心と国際空港(羽田・成田)とを直結する新たな路線の整備など、景気浮揚効果の高いナショナル・プロジェクトの策定・実行
- 国際空港の容量拡大・稼働率向上等(発着枠の拡大、空港使用料の引き下げ、プライベートジェットへの対応強化等)
- 首都圏港湾の効率性向上(港湾、臨海地域の整備、大型クルーズ船の寄港に対応した港湾整備)
- パラリンピックの開催を見据えたさらなるバリアフリー対策
- 観光立国実現に向けた政府一体による推進体制の強化・整備(十分な予算と独自財源の確保、日本政府観光局(JNTO)と観光庁の役割分担の明確化、新たな推進体制の検討)
- 入国手続きの簡素化・迅速化・円滑化(機材の充実、海外臨船審査等)
- 査証発給要件の一層の緩和
- MICE戦略の策定・推進(MICE誘致等)、フラッグシップ型大規模MICE施設の整備
- カジノに関する国民的議論の深化
- 外国人旅行者の利便性向上に資するインフラ整備の推進(外国語標識・案内表示の充実、多言語化や用語の統一、ツアーガイド・ボランティアガイドの育成、無料Wi-Fiサービスの整備等)
- 多様化する顧客ニーズに対応する新たな市場創出に向けた取り組み(着地型観光の商品開発、ユニバーサルツーリズムなどニューツーリズムの推進、クルーズ観光の拡大につながる環境整備等)
- 観光産業における優秀な人材の確保・育成
(2)イノベーションを加速する
- 産学官連携による科学技術イノベーションの推進
- 総合科学技術会議の主導によるイノベーション創出に資するプログラムの実行(府省横断的な取り組みを推進する「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)の創設、ハイリスク・ハイインパクトな研究開発を推進する「革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)の創設)
- 第4期科学技術基本計画(2011年8月閣議決定)で掲げられた「政府研究開発投資対GDP比1%、総額約25兆円」の予算目標の達成
- 科学技術予算の配分(ファンディング)の仕組みの改革
- 大学・大学院における改革(大学のガバナンスの改革、国立大学運営費交付金の配分の見直し、人事・給与制度の見直し、評価体制の整備等)
- 研究開発税制の維持・拡充
- 国際リニアコライダー誘致の検討
- ICTの利活用
- 業務改革(BPR)の視点を伴った電子行政の推進
- 番号制度の円滑な導入と民間活用の拡大
- 医療情報の電子化推進・番号制度導入に向けた環境整備
- ビッグデータの企業による利活用促進
- オープンデータに関わるビジネスの推進
- クラウド技術の活用促進
- 災害時、平常時の双方において機能する道路交通情報通信ネットワークの整備(ITSの活用)
- ロボット技術の研究開発、医療・介護分野での実証実験の推進
- サイバー攻撃の高度化に対応する防御技術、関連産業育成
- 革新的エネルギー・低炭素化技術・製品の開発
- 「環境エネルギー技術革新計画」に基づく具体的なロードマップを作成・民間と共有したうえで、重点分野の革新的技術開発を人材育成と併せて国を挙げて推進
(3)国内における新たな需要を掘り起こす
- 地域経済の活性化[含、農業の復活]
- コンパクトシティ・スマートシティの推進(地域包括ケアの実現に向けた医療・介護関係者との連携強化および都市構造のコンパクト化、ICTや環境技術などの先端技術を駆使して街全体の電力の有効利用を図ることで、省資源化を徹底した環境配慮型都市等)
- 国内観光の振興、観光関連産業の競争力強化・成長産業化、魅力ある観光地域づくりの推進(広域連携、異業種間での協働の推進等)
- 経営感覚溢れる農業の担い手確保
- 新規就農支援策の拡充
- 農地集積の推進と経営規模の拡大
- 農商工連携・6次産業化の推進強化
- 農産物等の輸出促進
- 直接支払制度の改革
- 新産業・新事業等の起業の促進
- 規制・制度改革を通じ、成長が見込まれる分野(医療・介護、農業、街づくり)での事業機会の創造
- 経団連「未来都市モデルプロジェクト」のような民間の自主的な取り組みや、民間の創意工夫の発揮を通じた新産業・新事業等の起業を促すため、企業が利用しやすい形での「国家戦略特区」や「企業実証特例制度」、「グレーゾーン解消制度」のスピード感ある展開
- セーフティーネットの整備など、起業・再チャレンジしやすい環境の整備
- 企業が持つ技術、製品、ブランド、経営理念、会社組織、社内制度、人材、海外戦略、外部資源の活用など、多様な面での独自の創意工夫
(4)人材力を強化する
- グローバル人材やイノベーションを促す高度理系人材の育成を見据えた教育改革
- グローバル人材育成に向けた各教育段階での取り組み(英語教育や国際理解教育の抜本的拡充、国際バカロレア(IB)課程の普及と日本国内におけるIB認定校の増大、高大接続の改善と入試改革の実現、国際化に対応するための取り組み(秋入学、ギャップ・イヤー等)の推進等)
- 経団連が大学等と連携して実施する取り組み(「グローバル人材育成スカラーシップ事業」等)の強化・拡充
- グローバル人材・イノベーション人材の育成強化(グローバル水準のカリキュラムの作成、海外留学支援の拡充、留学生をはじめ海外からの優秀な人材の受け入れ促進及び長期滞在に向けた環境整備等)
- 企業における採用活動の多様化
- 学生のキャリアパスの多様化に向けたインターンシップの推進
- 一度企業等に就職した人が学び直すための社会人コースの充実等
- イノベーション創出を見据えた基礎研究や、実用化に向けた研究開発を推進する研究者を積極的に評価・処遇する制度の整備
- 大学・大学院と企業の研究人材の交流促進
- 理工系に進む女子学生への支援
- 女性・高齢者の活躍推進
- 男女が共に仕事と育児・生活を両立できる環境の整備(ワーク・ライフ・バランス諸制度の充実、待機児童問題の解消等)
- 人材、働き方の多様性を踏まえたマネジメントの確立(働き方の革新による生産性向上、評価制度の是正等)
- 女性の管理職登用促進に向けたキャリア・アップ支援策の充実(ロールモデルの共有、ネットワーク化等)
- 高齢従業員の活用
- 外国人材の活用促進
- 専門的・技術的分野の外国人材の積極的受け入れ促進(高度外国人材ポイント制の一層の拡充、「総合職」に適した在留資格の創設等)
- 技能人材等、一定の技能や資格を有するより幅広い外国人材の受け入れ(専門的・技術的分野の拡大、入国型ポイント制の整備)
- 外国人材の定着に向けた総合的な受け入れ体制の整備(短期在留外国人の年金脱退一時金制度の見直し、教育・医療はじめ社会・生活環境の整備)
(5)成長の基盤を確立する
- 経済性ある価格での安定したエネルギー供給の確保・温室効果ガスにかかる目標の責任ある形での設定
- 今後3年~5年程度の電力の経済性ある価格での安定供給確保に向けた工程表の策定・実行
- 安全性の確保を大前提とした原子力発電所の再稼働プロセスの加速
- 地球温暖化対策税や再生可能エネルギーの固定価格買取制度の抜本的見直し
- 安全性を前提に、安定供給を最小の経済負担で実現するエネルギー需給構造を構築し、併せて、環境負荷を可能な限り抑制するよう取り組み
- 重要なベース電源としての原子力を含む多様なエネルギー源の選択肢の維持
- 今後のエネルギーミックスを踏まえ、実現可能性、国民負担の妥当性、国際的公平性を満たし、セクター別の国内の削減ポテンシャルを積み上げたうえでの、温室効果ガスにかかる目標の設定
- 持続可能で成長と両立する財政・社会保障制度の再構築
- 複数税率を導入することなく消費税率を10%まで着実に引き上げ
- 社会保障給付の重点化・効率化と社会保険料の負担増の抑制(医療給付費の自然増を経済成長率と比較検証し、総額管理する制度の導入等)
- 2020年度までの基礎的財政収支の黒字化に向けたさらなる歳出入改革
- 道州制の実現
- 道州制推進基本法の早期成立
- 道州制の導入の前提条件となる地方分権改革の推進(国出先機関である地方支分部局の縮小・廃止等)
- 少子化対策への環境整備
- 待機児童を減らすための保育サービスの提供や給付に対する、国や自治体によるバックアップ
- 企業によるワーク・ライフ・バランス施策の推進
- 行政改革、規制・制度改革の推進
- 国民が利便性、効率性、透明性を実感できる電子行政の実現(行政の電子化の効果を最大限に引き出すための業務改革(BPR)や政府情報システム改革(IT投資管理)、府省庁間のバックオフィス連携、国と地方公共団体間のシステム連携、定型業務の標準化・共通化、電子行政の導入メリットを定量的に可視化する仕組み等)
- 自由で円滑な事業環境の整備、高コスト構造の是正に向けた大胆な規制・制度改革のスピード感を持った実現
- 多様で柔軟な労働市場の形成
- 労使自治を重視した労働時間法制改革(裁量労働制の見直し、一部事務職や研究職等を対象とした労働時間規制の適用除外制度の創設)
- 勤務地・職種限定契約の普及と雇用保障責任ルールの透明化
- 労使自治を重視した労働条件の変更ルールの透明化
- 就労マッチング機能の強化に資する労働者派遣制度への見直し
(6)立地競争力を磨く
- 法人実効税率の引き下げ等
- アジア近隣諸国並みの約25%程度の実現
- 償却資産に係る固定資産税の抜本的な見直し
- 競争力強化と国土強靭化を念頭に置いたインフラ整備
- 道路、港湾、空港など、重要な基幹インフラの整備と、高規格幹線道路のミッシングリンクの早期解消
- PPP/PFIの活用による、民間の資金や知恵を活かした効率的なインフラ整備・運用
- 物流効率化やインフラの維持管理におけるICTの利活用
- 国全体としての防災・減災対策の着実な推進
- 都市再生と環境性能・防災機能の向上
(別紙)2030年度に向けた展望の具体的な試算
2015年度 | 2020年度 | 2025年度 | 2030年度 | 平均伸び率 (2014-2030) | |
名目成長率 (名目GDP) | 2.4% (514兆円) | 3.3% (613兆円) | 3.2% (717兆円) | 3.5% (847兆円) | 3.3% |
実質成長率 (実質GDP) | 0.8% (544兆円) | 1.5% (582兆円) | 2.0% (639兆円) | 2.3% (711兆円) | 1.8% |
プライマリー・バランス対GDP比 | ▲3.2% | 0.2% | 4.1% | 5.2% | ― |
長期債務残高 (対GDP比) | 1024兆円 (200%) | 1155兆円 (188%) | 1281兆円 (179%) | 1355兆円 (160%) | ― |
【前提条件】
- 経済連携協定の一層の推進や、新興国における成長のボトルネック解消効果を見込み、世界貿易規模が段階的に拡大。これに伴い実質輸出が年平均5%程度で増加。
- 女性・高齢者の就労支援、外国人材の積極的受け入れにより、2030年度時点における雇用者数は、現状を放置した場合の推計値(約5,670万人)に比べ330万人増加し約6,000万人。
- 原子力発電所停止に伴い生じた燃料輸入の増加分(約3.6兆円)が2030年度にかけて徐々に縮小。
- 法人実効税率は2015年度から毎年1%ずつ引き下げ、2024年度に25%程度と置く。これによって設備投資が増加し、GDPを押し上げる。
- 消費税率は2015年10月に10%まで引き上げ。その後もさらなる歳入改革を進める(試算上では、消費税率を2017年度から2025年度にかけて1%ずつ引き上げ、最終的に19%とする。なお、複数税率の導入は考慮に入れていない)。
- 2013年度から2015年度の政府支出(実質ベース)を横ばいに設定。その後も推計期間中、政府支出(社会保障関係費の自然増を含む)を毎年2,000億円抑制。
- 長期金利は2014年度まで1.0%で据え置き、2015年度から2020年度にかけて段階的に4.0%まで上昇(その後4.0%で固定)。
- 為替レートは推計期間中、1ドル=100円で固定。
なお、上記結果と比較するための参考として、「6つのエンジン」の改革を織り込まない、現状を放置した場合の姿を描く。
この場合、名目・実質ともに0%台の低成長が継続し、2030年度の名目GDPは500兆円台半ばにとどまる。また、低成長が続く中で、財政の悪化にも歯止めがかからず、プライマリー・バランスの対GDP比は4%台の赤字が続き、長期債務残高の対GDP比も発散する。
2015年度 | 2020年度 | 2025年度 | 2030年度 | 平均伸び率 (2014-2030) | |
名目成長率 (名目GDP) | 0.2% (491兆円) | 0.6% (505兆円) | 1.0% (529兆円) | 1.1% (557兆円) | 0.8% |
実質成長率 (実質GDP) | 0.4% (541兆円) | 0.6% (557兆円) | 0.9% (581兆円) | 0.9% (608兆円) | 0.8% |
プライマリー・バランス対GDP比 | ▲4.8% | ▲4.3% | ▲4.3% | ▲4.7% | ― |
長期債務残高 (対GDP比) | 1039兆円 (212%) | 1278兆円 (253%) | 1768兆円 (334%) | 2505兆円 (450%) | ― |
【前提条件】
- 法人実効税率は、復興特別法人税の前倒し廃止後の水準(35%程度)で据え置く。
- 消費税率は、2014年4月に8%、2015年10月に10%まで引き上げた後、据え置く。
- 長期金利は、2014年度は1.0%で据え置き、2015年度から2020年度にかけて段階的に6.0%まで上昇させる(その後6.0%で固定)。
- 為替レートは推計期間中、1ドル=100円で固定。