Policy(提言・報告書) 税、会計、経済法制、金融制度  BEPS行動12(義務的情報開示ルール)に係わる公開討議草案に対する意見

2015年4月28日

OECD租税委員会御中

一般社団法人 日本経済団体連合会
税制委員会企画部会

BEPS行動12(義務的情報開示ルール)に係わる公開討議草案に対する意見

OECDが2015年3月31日に公表した「公開討議草案 BEPS行動12:義務的情報開示ルール」に対し、以下の通り経団連の意見を提出する。

【総論】

一部の多国籍企業によるアグレッシブ・タックスプランニング(ATP)を抑止し、税源侵食の防止、及び平等な競争条件の確保を図るとの行動12の趣旨は理解できる。BEPSを推進するプロモーター、それらスキームを利用・開発する濫用的納税者は厳しく取り締るべきである。

但し、通常の納税者の事務負担が不当に増加するようなことがあってはならない。仮に義務的情報開示ルールが導入されたとしても、ATPに従事していない大多数の企業は、提案されているような報告対象スキームの購入、自己開発等を積極的には行っておらず、原則として報告義務者に該当しないと考えられるが、もし制度が客観性を欠く場合(後述のメインベネフィットテストや主観的報告基準)、重要性基準が設けられない場合、或いはATP抑制との名の下で広範な情報開示制度となる場合には、コンプライアンスコストの増加や当局との紛争の増加が懸念されることから、予見可能性の確保、納税者情報の守秘確保といった、納税者の基本的権利の保護を認識した上でのバランスの取れた議論が不可欠である。また、開示制度が罰則を伴う場合、過剰コンプライアンスを誘引する恐れがあり、各国納税者のマインドの違いにも留意されたい。

日本は義務的情報開示ルール未導入であり、そうした状況の中、この短いタイム・フレームの中では各国の既存制度や公開討議草案の内容を十分に吟味しきれておらず、導入に対する是非を判断することは難しい。ただ、少なくとも開示制度を考える際には、以下四つの視点が重要と考える。

第一は、他のBEPS行動計画との関係である。行動13のマスターファイル、ローカルファイルにより情報が提供され、また、他の行動計画の勧告(2、4、6、7、8~10等)によりBEPSテクニックは相当程度封殺されることで、国際税務に係る環境はよりコンプライアンスが高まったものになる。国際協調の視点も重要だが、他のBEPS行動計画によってどれだけ進展があったのか、また、それを踏まえて国内当局がどの程度リスクを依然として抱えているのかを検証することが重要であり、行動12の内容を早期一律に適用しなければならない状況かどうかについては議論の余地がある。

第二は、仮に義務的情報開示制度が導入された場合の制度設計である。本草案P14の「ルール設計の原則」でも示されているが、明確・簡便、且つ納税者のコンプライアンスコストと税務当局の便益のバランス等に十分配慮したルール設計が必要である。

第三は、他の開示ルール(事前ルーリング制度、協力的コンプライアンス(CC)等)との関係の整理である。これら制度を既に導入している国においては、義務的情報開示制度導入により二重の報告義務が発生しないよう、報告内容について現行制度との調整を図ることが必要である。特に、事前ルーリング制度が法的拘束力を有していない国においては、義務的情報開示制度の導入とともに、事前ルーリング制度の法制化も併せて導入すべきと考える。尚、行動12の作業は協力的コンプライアンス(CC)の作業との調和を図るとされていたはずだが、本草案を読む限り、義務的情報開示に従う納税者が協力的コンプライアンス(CC)の枠組みにおいてどのように位置づけられるのかが必ずしも明確になっておらず、この点についても十分な検討が必要である。

第四は、国際税務スキームへの応用である。行動12はBEPSの議論であることから、国際税務スキームへの応用が中心的な課題であると考えられるが、適用要件に各国の拡大解釈の余地があり、納税者における情報開示量の不当な増大が強く懸念される。また、開示された情報を各国税務当局が税収確保のために一方的に使うことも予想され、二国間相互協議が多くの国において実質的に機能していない状況が続く中で、新たな二重課税を惹起するリスクがある。国際間の情報連携が非常に重要な論点であるにもかかわらず、行動5、13における検討と合わせ別途検討とされているのみ(パラ13及び254)であり、ガイダンスが不十分との印象を拭いきれない。

公開討議草案では、義務的情報開示ルールのリコメンデーション、国際税務スキームにおける義務的情報開示のリコメンデーションが提示されているが、上記を踏まえた個別の意見は以下の通りである。

【個別項目に対する意見】

Ⅲ.義務的情報開示ルールのオプション

A.誰が報告するか(Who has to report)

  • 本草案では、オプションA(プロモーターと納税者がそれぞれ開示義務を負う)とオプションB(プロモーター又は納税者のどちらかが第一開示義務を負う)が提示されているが、オプションB且つプロモーターに第一開示義務を課すのが望ましい。

  • プロモーターと納税者の双方に報告義務を課すことは、納税者のみならず税務当局の執行及びコンプライアンスコストの更なる増加という、不必要な事務負担の増大につながることから、まずはスキームの全体像を熟知しているプロモーターに第一開示義務を課すべきと考える。

  • プロモーターに報告義務を課すことにより、プロモーターは提案するスキームを報告対象取引として税務当局へ開示することになる旨を納税者へ通知することが想定されるため、租税回避スキームの抑止効果が十分に発揮されると思われる。尚、プロモーターが提案したスキームが、実際には納税者側で使用されない、または修正して使用されるといったことも想定され、その場合、報告内容と実行に乖離が生じ得ることから、プロモーターがその報告対象取引を税務当局へ開示する前に、納税者に報告内容を確認することも考えられる。

B.何を報告するか(What has to be reported)

  • 本草案では、オプションA(Single-stepアプローチ)とオプションB(Multi-Step又は閾値アプローチ)が提案され(Box 3)、閾値アプローチでは現行各国に多く取り入れられ「税の便益の享受が主目的であるかどうか」を判断基準とするメインベネフィットテストが紹介されている(パラ81)。濫用的租税回避行為を防止するというBEPSプロジェクトの目的からすれば、報告対象取引は「税の便益の享受が主目的である場合」に限定すべきであり、この点からオプションB(Multi-Step又は閾値アプローチ)が理論的には望ましい。

  • 但し、義務的情報開示ルールを実際に効率よく運用していくためには、本草案P14の「ルール設計の原則」に記載されているように、明確・簡便なルールであることが重要である。この観点からすれば、「税の便益の享受が主目的であるかどうか」を判断基準とするメインベネフィットテストは基準が曖昧であり、オプションA(Single-Stepアプローチ)に金額基準等を用いて、オプションB(Multi-Step又は閾値アプローチ)と類似の効果を得ることが望ましい。尚、オプションAに金額基準等を用いる場合は、後述の報告基準(Hallmarks)毎にリスクが異なるため、金額基準等もそれに応じ多様な設定とすべきと考える。

C.報告基準(Hallmarks)

  • 一般報告基準を設計するオプションとして、オプションA(主観的報告基準)とオプションB(客観的報告基準)が提案されている(Box 6)。オプションA(主観的報告基準)を採用した場合、スキームの価値を合理的に予測することが求められるが、“スキームの革新性”や“合理的に予期される”等、この内容の検証において税務当局の主観が排除できず、報告者及び税務当局間の論争を招くことになる上、予見可能性が損なわれることが懸念される。義務的情報開示ルールは明確且つ簡便であるべきという「設計の原則」に鑑みれば、より公平性が担保できるオプションB(客観的報告基準)を採用することが望ましい。

  • また、一般報告基準として「顧客のプロモーターに対する守秘義務」が挙げられているが、税の便益の享受を主目的としたものではない一般的な税務コンサルティング契約においても、双方で守秘義務を負うケースはよくあることから、単に守秘義務条項だけを以って報告基準を満たす取引と判定されることのないよう、十分留意すべきである。

  • 特定報告基準が客観的報告基準を補完する形で用いられることは、報告基準の明確化に有用であると考える。

D.いつ報告するか(When information is reported)

  • 本草案では、オプションA(スキームが利用可能となって一定期間内)とオプションB(スキームを実行してから一定期間内)が提案されているが(Box 8)、義務的情報開示の目標である情報の早期入手という観点からは、プロモーターが第一開示義務を負い、オプションA(スキームが利用可能となって一定期間内)のタイミングで開示するのが望ましい。但し、“利用可能となる(Available)”の定義については、「当該スキームがどう機能するかに関する全ての必要情報が利用可能となる時点」(パラ141)との記載はあるが、より明確なガイダンスが必要である。

E.プロモーター又はユーザーに課されるその他義務(What other obligations should be placed on the promoters or users)

  • オプションAとして「スキームナンバーとプロモーターが提供する顧客リストを通じてスキームユーザーを特定する」ことが提案されており(Box 9)、プロモーターに第一開示義務を課す場合はこのオプションAを採用することがリコメンドされている(パラ172)。また、国内法が認めれば顧客リストは自動的に税務当局へ提供されるべきことがリコメンドされているが(パラ172)、自動的提供にあたっては、プロモーターの顧客に対する守秘義務に配慮する必要がある。

F.遵守/不遵守の効果(Consequences of compliance and non-compliance)

  • 「もし義務的情報開示ルールを遵守しない場合には罰則を設けるべき」(パラ200)とあるが、コンプライアンスを高めるより効果的な手段として、本ルールを適切に遵守した納税者に対しては何らかのインセンティブを付与するというようなことも制度設計において考慮すべきと考える。

Ⅳ.国際税務スキーム

  • 国際税務スキームにおいて内国法人が報告すべきスキームについて、本草案では“内国法人が関与する取引で、その内国法人に「重要な経済的帰結」をもたらすもの、又は、その取引の当事者の一人に「重要な課税上の帰結」をもたらすもの”とされているが(パラ243)、

    1. 何を以って「重要な経済的帰結」及び「重要な課税上の帰結」と認識されるのかについてのガイダンスが不十分である。「重要な経済的帰結」及び「重要な課税上の帰結」をもたらす取引の明確化・例示が必要であるとともに、帰結したと認識するタイミングを詳細に定義すべきである。
      例えばFigure 3の事例ではA Co.からB Co.に対し無利子ローンが貸し出され、その貸出元本(principal amount)がA Co.に対し重要な経済的帰結をもたらすとされているが(パラ259)、ここでいう重要な経済的帰結とは具体的には何を指すのだろうか。B Co.が当該ローンに係るみなし利子を認識し税負担を軽減させたことが間接的にA Co.において何らかの経済的な便益の向上に繋がるということだろうか、あるいは「資金の移動」自体を指しているのだろうか。

    2. “その取引の当事者の一人に「重要な課税上の帰結」をもたらすもの”についてであるが、経済がグローバル化した今日、クロスボーダー取引やサプライチェーンは複雑化しており、納税者及びプロモーター側でこれを全て捕捉するのが困難な状況にある。また、特定ホールマークといいながら定義が広く設定された場合には、際限なく情報開示が広がり、ATP捕捉の名目で濫用的に情報開示請求がなされる懸念もあることから、取決めの当事者についてどこまでを範囲とするのか、例えばその取引に直接関与する当事者のみが情報開示義務を負う等、一定の制限を設けることが必要と考える。

  • 国際税務スキームにおいて、その国内にプロモーターが不在の場合には納税者がリスクの高いスキーム(納税者が関与する取引で重要な経済・課税上の帰結を生じるもののうち、それが同じ支配グループ内で発生する又は納税者がその取引の一員であるもの)を情報開示する(パラ251)ということになれば、納税者への負担が増大する懸念がある。

  • パラ253において「内国法人が開示対象となる国際税務スキームに関し当局が必要とする情報を有しない状況において、その内国法人がその情報を有していると思われる者を特定(identify)し、情報要請が、当該特定された者に対し行われたことを証明(certify)すべき」とあるが、具体的な制度設計を行う際には、この特定(identify)及び証明(certify)の作業が納税者の新たな負担とならないよう、十分留意する必要がある。

以上