Policy(提言・報告書) 税、会計、経済法制、金融制度  IASB「アジェンダ協議2015」に対するコメント

国際会計基準審議会(IASB)御中

2015年12月25日
一般社団法人 日本経済団体連合会
金融・資本市場委員会
企業会計部会

IASB「アジェンダ協議2015」に対するコメント

経団連は、IASBの「アジェンダ協議2015」の取組みを支持するとともに、基準設定に関して幅広く市場関係者のニーズを聴取しようとするIASBの精力的な取り組みに敬意を表する。

我々は、「アジェンダ協議2011」においても、IASBにコメントを提出した。結果として、「概念フレームワーク」の見直しなど、主張の一部が基準開発に取り入れられたことには感謝している。しかし、IASBの基準開発の内容は、必ずしも我々市場関係者が望んだ方向に進んでいないと考えている。よって、まずは、前回の「アジェンダ協議2011」へのIASBの対応(具体的な成果や問題点)について十分なレビューを行うべきである。その上で、今回の「アジェンダ協議2015」に寄せられた意見を通じて、市場関係者がどのような改善を期待しているのかも十分に踏まえた上で、今後のIASBの基準開発の方針を固めるべきである。

我々が、今後のIASBの基準開発において、特に要望したいのは、以下の2点である。

  • 「概念フレームワーク」の見直しは、「アジェンダ協議2011」において我々市場関係者が強く主張した点であり、IASBにおいて検討がなされたことは評価する。しかし、公開草案において、市場関係者が最も重要視した「純利益の定義付け」が行われなかったこと、資産及び負債の認識規準において蓋然性への言及が削除されたことには、失望を禁じえない。「概念フレームワーク」は、今後のIASBの基準開発に広範な影響を与えることから、重点的に資源を配分し、市場関係者が納得するまで議論を尽くすべきである。

  • のれんの会計処理の見直しは、IFRS3号の適用後レビューやEFRAG・OIC・ASBJによるリサーチにおいて、市場関係者の十分なニーズが確認されているにもかかわらず、基準開発は棚上げされ、「リサーチプロジェクト」に組み込まれている。のれんの会計処理の見直しは、重要性かつ緊急性の高い課題であり、「基準レベルのプロジェクト」として基準開発を進めることを強く要望する。

(質問1):各プロジェクトのバランス

IASBは、「アジェンダ協議2011」以降も、市場関係者に重要な影響を与える基準の開発・公表(「収益認識」「リース」「金融商品」等)を続けており、財務諸表作成者は、通常の日常業務・決算業務に加え、新たな基準の理解・適用準備に忙殺されている。IASBと米国財務会計基準審議会(FASB)とのMOU項目が概ね終了に近づいていることから、今後は、IASBは、真に必要な基準設定活動のみを行うべきである。

よって、大きく膨らんだ(a)「リサーチプロジェクト」は、緊急性が高く市場関係者のニーズの高いものに限定し、(b)「基準レベルのプロジェクト」については、必要性の高いものに留めて安定期間(period of calm)をおくべきである。そして、そこで節約された資源を、(c)「概念フレームワーク」、(d)「開示に関する取組み」、(e)「維持管理及び適用に関するプロジェクト」に振り向けるべきである。効率的な資源配分によって、真に必要な基準開発のみを、スピード感をもって行って頂きたい。その具体的な要望については、(質問2・3)(質問4)(質問5)への回答をご覧頂きたい。

(質問2・3):リサーチプロジェクトの評価

「のれん及び減損」は、基準開発に進むべき市場関係者の強いニーズがあり、既に十分な調査が行われていることから、「基準レベルのプロジェクト」として取組むことを強く求める。

一方で、「基本財務諸表」「引当金、偶発負債及び偶発資産」などは過去に多くの市場関係者が反対した内容を含んでおり、「リサーチプロジェクト」から削除すべきであると考える。

「リサーチプロジェクト」に対する我々の具体的な考え方は以下の通りである。

<重要性かつ緊急性があり、進めるべきプロジェクト>

1. のれん及び減損

のれんは、減損のみのアプローチから、償却処理+減損アプローチへの見直しにより、投資の成果とコストの対応が可能となり、企業業績のより適切な把握を可能にし、投資家・企業にとっての財務情報の有用性が高まると考えている。この点、IFRS3号の適用後レビューにおいて、のれんの会計処理の改善要望があり、EFRAG・OIC・ASBJによるリサーチを通じて、償却処理に見直すべきとの方向性が出され、市場関係者から基準見直しの十分なフィードバックが得られた。また、FASBは一歩進んだ検討を行っており、IASBの検討の進捗を待っている状況である。よって、「のれん及び減損」は、重要性かつ緊急性があるプロジェクトであることから、FASBとの共同で、「基準レベルのプロジェクト」として取組むべきである。

2. 開示原則

IFRSの過大な開示は、日本におけるIFRS適用拡大の妨げになっている。IASBは、開示の実質的な削減への道筋をつける為に、下記の様なハイレベルな「開示原則」を確立した上で、それに基づいて、現行基準の開示の見直し作業に着手すべきである。また、「開示原則」プロジェクトにおいて、企業経営に必要不可欠の業績指標である営業利益などの企業の持続的な成長を表す損益の表示のあり方について是非検討して頂きたい。なお、EBITDAなどのNon GAAP情報は、企業と投資家の対話の中で自主的に開示する性質のものであり、プロジェクトのスコープから除外すべきである。

[開示原則]

  • 開示は、作成者のコストと利用者の便益を比較考量の上で決定されるべきである。
  • 開示の要求事項は、開示の必要性及び有用性が適切なデュー・プロセスのもとで検討されるべきである。
  • 具体的にどの様な分析においてどの様に開示が活用されるのか、開示が要求されない場合にはどの様な分析上の不都合が生じるのかが検討されるべきである。
3. 外貨換算(機能通貨)

「機能通貨の決定方法」については、関係する業界から非常に強い懸念が寄せられており、当該業界におけるIFRS適用の大きな妨げになっている。自国通貨と機能通貨が異なる場合には、企業の内部管理を反映しない財務報告を行うこととなる問題があり、所在国の税法・会社法が機能通貨での記帳を容認しない場合、複数の通貨をベースとする帳簿を用意する必要があり、企業に莫大なコスト負担が生じる。この問題は、IFRSの全世界的な普及により、ドルやユーロを自国通貨とする欧米以外の国々がIFRSを適用することによって生じ得る問題であることから、十分に実情をリサーチすることが適当である。したがって、「外貨換算」については、「機能通貨の決定方法」に絞ったリサーチをお願いしたい。

4. 研究開発費(開発費の資産計上)

現行IFRSにおいて、一定の要件を満たす開発費は無形資産として計上されるが、資産計上6要件は客観性に欠け、企業間の比較可能性が担保されない恐れがある。また、将来の収益を獲得するか否かが必ずしも明らかではない開発費の資産計上が生じる可能性があることから、日本基準・米国基準と同様に開発費は発生時費用処理とすべきである。よって、開発費の資産計上6要件に限って「リサーチプロジェクト」を行っていただきたい。なお、我々は、無形資産全体の公正価値測定に関する広範な議論を惹起することは全く本意ではなく、その様な議論を俎上に上げることは極めて不適切であると考えていることを申し添えたい。

<重要性かつ緊急性が無く、削除すべきプロジェクト>

1. 基本財務諸表

「基本財務諸表」は、以前多くの市場関係者の強い反対にあった「業績報告」プロジェクトの延長線上にあり、プロジェクトを再開しても成就する可能性が極めて低く、市場関係者を混乱に陥れる可能性が高いことから、「リサーチプロジェクト」から削除すべきである。損益概念に関わる項目は「概念フレームワーク」で、営業利益の定義については「開示に関する取り組み」で検討すべきである。

2. 引当金、偶発負債及び偶発資産

「負債」については、以前、現行の蓋然性要件を廃止し、損失の見込額とその発生確率を用いた期待値計算を求めることが提案され、市場関係者から強い反対にあって頓挫した。しかし今回、「概念フレームワーク」の改訂において、再度、蓋然性要件を廃止する方向性が打ち出され、それに呼応する形で本「リサーチプロジェクト」における検討が行われている。これは、大方の市場関係者の意見を無視するものであり、IASBのこのような議論のやり方には、大変失望している。我々は、蓋然性要件の廃止自体極めて不適切であると考えており、「引当金、偶発負債及び偶発資産」は「リサーチプロジェクト」から削除すべきである。

3. 動的リスク管理

以前の論点整理で、様々な意見が出されて結論を得ず、現在2回目の論点整理に向けた準備が行われている。2回目の論点整理は開示に焦点を絞った限定的なものとなる予定だが、斯様な会計基準の開発を望む市場関係者が多いとは考えられない。現在の一般ヘッジの延長でマクロヘッジの基準を開発するほうが、開発コストの面でも適っており、わが国市場関係者も望んでいるところである。よって、「動的リスク管理」は、「リサーチプロジェクト」から削除すべきである。

4. 割引率

割引率は、基準間における取扱いに若干の差異があることは承知しているが、重要な差異ではなく、特段の問題意識を感じていない。よって、リソースの有効利用の観点から、「リサーチプロジェクト」から削除すべきである。

5. 高インフレ

対象国が限定されており、プロジェクトの優先度が低いことから、「リサーチプロジェクト」から削減することに同意する。

<その他>

1. 持分法

「持分法」については、現在の会計処理を変える必要がないとの意見と、長期的な対応として概念整理から始めるべきとの意見がある。IASBは、短期的な対応と長期的な対応とを分けてプロジェクトを進めようとしているが、少なくともこの進め方には反対する。投資差額の会計処理と未実現損益の消去について、短期的な対応の中で簡素化が検討されているが、これは持分法の意義をどう考えるかによって結論が変わる。今後、プロジェクトを進めるとしても、長期的な対応として持分法の基本的な考え方を整理するところから始めるべきであり、2016年に予定されている論点整理の拙速な公表は見送るべきである。

(質問4):現在の主要なプロジェクトの評価

「基準レベルのプロジェクト」は、2018年に「収益認識」「金融商品」、2019年に「リース」の適用が予定されており、財務諸表作成者の立場からは、これ以上の新たな基準開発・公表は耐え難い。よって、今後、「基準レベルのプロジェクト」は、必要最小限に留めるべきである。現在の主要なプロジェクトの評価は以下の通り。

  • 「リース」は借手の会計処理等の主要項目で、「金融商品」は減損等の重要な項目で、「収益認識」はガイダンスレベルで、IASBとFASBとのコンバージェンスが達成されなかったことは、作成者の負担増大につながり、大変残念であり失望している。同じ国際基準である米国基準とのコンバージェンスは、「単一で高品質な国際基準」を開発する上で極めて重要な要素であることを、IASBはもう一度肝に銘じるべきである。IFRSの開発において、米国基準と差異を作らない努力を、再度強くお願いしたい。

  • 「保険契約」は、2016年に最終基準化が予定されているが、最終基準化前に、保険会社の経済実態を適切に表現し、実行可能な基準になっているか、フィールドテストの実施など、市場関係者の意見を取り込むための十分なプロセスを経ることが必要である。基準化後適用までの期間には、ASAF等において、市場関係者が抱える課題やその解決策を議論する場を設定して頂きたい。加えて、本基準の保険業界に与える影響の大きさを考えると、最終基準化後は、適用までの十分な準備期間を取ることを強く要望する。

  • 「概念フレームワーク」は、「アジェンダ協議2011」に基づいて、IASBが開発を着手したことは評価するが、全世界的に最重要課題とされた「純利益概念の整理」は不十分であり、再度の見直しが不可欠である。また、我々としては、資産及び負債の認識規準において蓋然性への言及を削除することには大きな懸念があり、再考を強く望む。「概念フレームワーク」は、今後のIASBの基準開発に広範な影響を与えることから、再公開草案の必要性も含め、重点的に資源を配分するべきである。

  • 「開示に関する取り組み」には感謝するが、それぞれの取組みがパッチワーク的に行われ、全体として過重な開示の削減にどれくらい効果があるのか分からない。IASBは、(質問2・3)への回答で示した様なハイレベルな「開示原則」を確立した上で、現行基準の開示の見直し作業に着手し、実質的な開示の削減につなげて頂きたい。なお、本年に行われたIAS7号の部分的な開示の拡充は、コスト・ベネフィットを逸した無用な開示を増大させ、開示の効率化を目指した「開示に関する取り組み」の理念から逆行していることを申し添える。

(質問5):維持管理及び適用に関するプロジェクト

IFRSは、日本を含め全世界的に普及していることから、IASBは、「維持管理及び適用に関するプロジェクト」に、これまで以上に注力して頂きたい。

特に、各国特有の課題については、当該国の会計基準設定主体と連携して、十分な支援をお願いしたい。また、日本では、今後も初年度適用企業が多いことが想定されており、特に初年度適用企業への十分なIFRS導入支援をお願いしたい。

なお、IFRS解釈指針委員会における精力的な審議には感謝するが、各国の問題提起から問題の解決までの時間(例えば1年)が長すぎると感じている。重点的に取組む項目の選別を進め、よりスピードを重視した審議をお願いしたい。

(質問6):変更のレベル・基準の詳細さ

IASBが発足して15年が経つが、この間多くの基準開発が行われ、その中心であったFASBとの共同プロジェクトも終わりを迎えようとしている。また、日本を含め多くの法域でIFRSの適用が拡大した。この様な変化を踏まえると、IASBは、今後は不要不急の基準開発をやめて基準開発のペースを落とし、会計基準の安定期間とするとともに、IFRSの維持管理及び適用の問題に焦点を当てるべきである。

基準の詳細さについて、例えば、「金融商品」や「収益認識」は、従来のIFRSよりも相当分量が多くなっており、各基準間で詳細さのばらつきがあると考えている。基準毎に最適な分量は異なると考えるが、実務上適切なレベルの分量なのか、適用後レビュー等で検証するべきである。

(質問7):その他

「アジェンダ協議2015」の16項には、適用後レビュー等により基準開発に進むべき十分な「証拠」を得られた場合には、「リサーチプロジェクト」を経ずに、基準開発に進むことができる旨記載がある。しかし、実際は、IFRS3号の適用後レビュー及びEFRAG・OIC・ASBJによるリサーチによって、のれんについての基準開発のニーズについて十分な「証拠」が得られたにも関わらず、再度「リサーチプロジェクト」を行うこととされた。我々としては、適用後レビューやリサーチの結果がなぜ十分な「証拠」とならなかったのか、強く不満に思っている。十分な「証拠」とは何なのか積極的に定義する必要があると考える。

(質問8):アジェンダ協議の頻度(3年⇒5年への変更案)

以下の理由から、アジェンダ協議の頻度を3年から5年に変更する案には同意しない。

3年毎に機動的にアジェンダ協議を行い、市場関係者がどのような改善を期待しているのかも含めて聴取を行った上で、市場関係者に十分なフィードバックを行うことをお願いしたい。

  • IFRSを適用する法域・企業は刻々と増えており、5年に変更すると状況変化への対応が十分にできない。
  • 現状の3年サイクルでも、前回の「アジェンダ協議2011」から今回の「アジェンダ協議2015」まで4年の間隔が空いており、5年サイクルにするとアジェンダ協議のタイミングが5年より長い間隔になってしまう。頻度を原則3年とした上で、場合によってはアジェンダ協議を少し遅らせることで対応すべきである。
  • アジェンダ協議の頻度を5年にすると、市場関係者が関わるアジェンダ協議を経ずに基準設定がスタートするケースが増えてしまう。
以上