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Policy(提言・報告書) 科学技術、情報通信、知財政策 「知的財産推進計画2016」の策定に向けた意見

2016年1月29日
一般社団法人 日本経済団体連合会
知的財産委員会 企画部会

経済のグローバル化が進展する中、イノベーション創出を促進するには、わが国の保有する知的財産が適切に保護・活用されることが必須である。時代の変化に対応するため、わが国の知財制度の改善に向けた継続的な議論は有意義である。

知的財産法制度の分野においては、昨年の特許法改正による職務発明制度の見直しと不競法改正による営業秘密の保護強化、一昨年の著作権法改正による電子出版権の創設と、大きな改正が続いた。

これらはいずれも産業界の要望を踏まえたものであり、わが国企業の競争力向上が期待されることから、各社においては人的・時間的リソースを投じ、これら改正によって必要とされる対応を迅速・円滑に行なうことが求められる。

政府におかれては、相次いだ改正に対するユーザーの対応をバックアップすることを最優先とし、改正の趣旨に即した実務慣行の樹立に尽力すべきである。

1. 知財紛争処理システムの活性化

(1) 総論

  • ○ 特許制度を適正に機能させるためには、当事者間の協議で合意に至らない場合、裁判による解決が可能であることが必須であり、知財立国を目指す上でも、公正・公平な訴訟の機会が提供されていることは極めて重要である。
  • ○ しかし、訴訟件数・勝訴率・損害賠償額といった数値を諸外国と横並びで比較し、これらの数値を引き上げること自体を目的とする議論は望ましくない。制度や運用の改善を図るのであれば、いかにイノベーションの創出を促進するかといった観点で検討すべきである。単に、訴訟件数を増やすことはイノベーションの促進にはつながらないものと思量する。
  • ○ 具体的な施策については、海外の競合企業による技術模倣や濫用的な権利行使の懸念が高まっている現状を踏まえた検討を行なうべきであり、わが国の産業競争力の低下を引き起こすことがないよう、最大限の留意が必要である。
  • ○ 現行制度における具体的な課題を洗い出し、直接的な解決策を講じた結果として、数値が上がるということはありうる。

(2) 「証拠収集手続の拡充」について

  • ○ 近年の改正によって、証拠収集手続については相当程度法制化が図られている。新たな仕組みを設けるよりは、既存の証拠収集の各種手法をより的確に活用し、運用改善を図るべきである。
  • ○ 安易かつ過度な原告の立証責任の軽減や証拠収集手続の拡充によって、訴訟提起のハードルを下げれば、訴訟リスクが高まるだけではなく、海外企業が訴訟提起の可能性を示唆し、交渉を有利に進めようとするリスクの増大も考えられる。そのようなリスクを抱えることは、企業法務や裁判所の疲弊、重要な訴訟の遅延、わが国の産業の競争力低下が懸念される。
  • ○ さらに、証拠収集手続を通じた企業情報の漏えいにも十分な留意が必要である。一部の新興国企業等が裁判を通じてわが国企業の営業秘密や技術情報を入手し、自社製品の品質向上、わが国等の市場への参入およびシェア拡大を狙うおそれがある。裁判の過程で開示された情報の流出を防止する施策、ならびに不正に流出した者に対する罰則強化についても議論を進めていただきたい。

(3) 「損害賠償制度の引上げ」について

  • ○ 諸外国と比較して賠償額が低過ぎるとの指摘があるが、市場規模や訴訟に対する認識、訴訟にかかるコストの違いなどを十分に踏まえるべきである。
  • ○ 高い賠償額は企業の訴訟コストにつながるという点も踏まえ、わが国の賠償額が他国と比較して不当に低いといえるか、詳細な検証が必要である。
  • ○ 追加的損害賠償制度は、わが国の不法行為体系と合致しないため、導入に反対する。産業界のニーズもない。

(4) 「差止請求権の制限」について

  • ○ 特許権者は侵害者に対し実施の差止めを求めることが可能であり、権利侵害に対する抑止力を持つことで、発明の奨励と産業の発達に寄与するという制度趣旨の実現を図っている。
  • ○ 一方、通常の権利行使に伴う差止請求ではなく、過度に高額なライセンス料金を獲得することのみを目的とした差止請求を示唆する権利者も増加しており、国際的に対応が議論されている。
  • ○ 特許権者にとっての差止請求権の重要性に鑑みれば、例えば標準必須特許を一律に制限の対象とするのではなく、個別案件に応じ、公正な競争が阻害されている場合等に限り行使制限を認めるべきである。
  • ○ 権利者と利用者双方にとっての予見可能性を高めるため、差止請求権の行使が制限されるべき類型をより明確にすることが望ましい。

(5) 「権利の安定性」について

  • ○ 特許庁の審査を尊重することにより、一層安定した特許権行使が担保され、イノベーション促進につながることを評価する意見もある。一方、現状では質の低い特許が生まれてくることもあり、その場合も無効の主張に対する立証責任を重くすることは、パテントトロール問題の深刻化を招きかねない。引き続きバランスの取れた議論が行われるべきである。
  • ○ ダブルトラック制度については批判もあるが、審判と訴訟のいずれが適しているかは、個別事案によって異なる。より迅速・効率的な解決が望める手段を採用できるので、産業界からは意義を指摘する声も多い。

(6) 今後積極的に議論すべき事柄

  • ○ 紛争を未然に防ぐための特許庁のサービス充実化(例:知財総合支援窓口)
  • ○ 客観的で明確な賠償額の算定基準の検討(例:寄与率)
  • ○ 新興国における知財制度整備支援(「3.」で後述)
  • ○ 海外企業との訴訟対応を見据えた知財人材育成
  • ○ 地方の中小企業や大学・研究機関における知財の活用促進

2. デジタルネットワーク時代に合致した著作権制度

  • ○ わが国において、良質な著作物の創作を促し、国際競争力を維持するためには、権利者と事業者の双方に利益が還元されることが必須である。
  • ○ 権利者の許諾を経ずして著作物が自由に流通すれば、権利者は著作物の創造サイクルが維持できず、コンテンツビジネスの発展が阻害される。そのため、著作物の利活用にあたっては、権利者から許諾を得ることが原則#1である。
  • ○ 一方、デジタル・ネットワークの発展に伴い、事前に権利者の許諾を得ることが極めて困難である一方、公共性、公益性等の観点から、著作者の許諾を得ずに著作物を利用することが認められてもよいと考えられるケースも顕在化してきた。
  • ○ 著作権法は、そうした新たな利用について個別に権利制限の対象とする法改正を重ね、技術の進化に対応してきたが、必ずしもタイムリーに実現するとは限らない。そうした場合でも、技術の発達を取り込み、コンテンツの利活用やサービスの拡充が適切に図れるよう、円滑な権利許諾管理のあり方や権利制限のあり方等、弾力的な運用を可能とする措置について検討することが必要である。
  • ○ 現在、知財本部においては、大量の情報集積・活用型ビジネスに限定し、民間での取引の成立可能性、利用行為の性質・態様、利用行為の目的や社会的要請を視点として、権利制限のあり方や権利者への利益の還元のあり方等を検討している。こうした検討を加速するとともに、具体的な利用場面を想定しつつ類型化や一定程度の抽象化を図る議論は有益であり、引き続き当事者の予見可能性に配慮した検討が求められる。
  • ○ また、今後の検討においては、当該著作物が、個人の個性の発露として創作されたものなのか、あるいは製作者が経済的投資を行い、多数の創作者等が関与し、その創作・実演等を利用して産業的に製作されたものであるかを振り分け、後者については利活用を促進することが望ましいという観点#2も踏まえられたい。

3. 新興国等に対する知財制度整備支援

  • ○ 我が国の財・サービス・コンテンツは諸外国においても高く評価されており、その利用により、権利者が十分な保護と適切な利益還元を享受することが、極めて重要である。
  • ○ 企業の国際展開、特に海外での現地生産、技術提携やM&Aに鑑み、我が国企業が最も適した形で新興国におけるビジネス展開が図れるよう、新興国に対する営業秘密保護の法整備支援・協力を積極的・戦略的に進めるべきである。
  • ○ 今後の我が国の財・サービス・コンテンツの国際展開を後押しするためにも、各国への派遣員などを通じ、新興国における必要な制度整備支援をより一層加速すべきである。

4. 環太平洋パートナーシップ(TPP)協定との関係

  • ○ TPPについては、早期締結に向けて必要な制度改正を速やかに行なうべきである。
  • ○ TPPの知財分野には、知財に関する保護の意識が必ずしも高くない新興国に対し、知財の侵害に対する適切な処罰の手続や民事による損害賠償制度の構築を求めるための項目も多く盛り込まれており、わが国として対応が必須のものもあれば、そうでないものもある。
  • ○ 改正が検討されている項目については、権利と利用のバランスに配慮しながら、それぞれ改正の要否まで含めた議論が必要である。

5. その他

  • ○ 国の研究開発プロジェクトの研究開発成果としての知的財産権に関する報告は、現行では省庁毎、管理部署毎、年度毎に異なる形で求められるため、受託者の研究開発に取り組むインセンティブを損なっているとの指摘もある。米国バイ・ドール制度やEUのHorizon2020の運用実態などを参考にしつつ、さらなる見直しを含め事業化促進を図るものとすることが望ましい。
  • ○ 医薬品等一部の分野では、特許取得後も安全性の確保等を目的とする試験・審査等を経ることが求められており、この試験・審査期間中は特許権を実施できない。特許が有効であるにも係らず権利の専有による利益を享受できない不合理を是正するため、特許延長を認めることができる規定が設けられているが、認められないことも多く、適正に機能していないとの指摘もある。製品の安全性を確保しつつイノベーションを促進する観点から、特許期間延長に関する適切な制度見直しが図られたい。
以上

  1. 民間同士の契約締結を促し、当事者間の負担を軽減する観点からは、集中管理体制の構築が重要である。
  2. 「デジタル化・ネットワーク化時代に対応する複線型著作権法制のあり方」(2009年1月20日)
    http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2009/007.pdf 参照。

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