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Policy(提言・報告書) 科学技術、情報通信、知財政策 「Society 5.0実現ビジネス3原則」による新たな価値の創造 ~「知的財産戦略ビジョン」策定に向けて~

2018年5月15日
一般社団法人 日本経済団体連合会

Ⅰ.はじめに

現在、IoTやビッグデータ、人工知能(AI)等の先端技術が、あらゆる産業にパラダイムの転換をもたらしている。特に、米国や中国等の海外企業は、大量のデータを用いて革新的なビジネスモデルを構築し、国際競争で圧倒的な優位に立っている#1

わが国は、データを活用したビジネスには立ち遅れた一方で、先端技術の研究開発力のポテンシャルは依然として高い。先端技術とデータを組み合わせて、わが国が国際競争力を取り戻すことは十分可能である。この切り札として、経団連は、技術革新により国際競争力の強化と社会課題の解決の両立を目指す「Society 5.0#2」というコンセプトを政府とともに掲げ、様々な施策を推進してきた#3。社会課題の解決は、国連の掲げる持続可能な開発目標(SDGs)と符合するものであり、これを先端技術の活用で成し遂げようという、経団連の提唱している「Society 5.0 for SDGs」というアプローチは、国際的な評価を得つつある。

SDGsは、抽象的な目標群であり、そのままではビジネスのあり方を変えるものではないように見受けられる。しかし、SDGsの考え方が国際的に普及するのに伴い、SDGsを根拠として国際的な規制や規格などのルールが形成されることが予想される。また、中長期的には、投資家コミュニティにSDGsが普及し、ESG#4投資と同様、SDGsが投資の根拠のひとつとなることも考えられる。さらに、SDGsが消費者コミュニティにも普及すると、展開する製品やサービスの価値をSDGsに関連づけて説明することも必要になるだろう。

SDGsで掲げられている目標の多くは、わが国企業がかねてより当然のことと考えて実践してきたものである。ただし、そこで立ち止まってはいけない。SDGsが国際的に普及する中、わが国企業としては、自らの競争優位をSDGsの目標達成にいかに結びつけるのか戦略的に構想し、先端技術も活用しつつ、製品やサービスのさらなる競争力の向上に努めるとともに、その製品やサービスが、SDGsに照らして価値の高いものとして市場で正当に評価されるための国際的なルール形成も併せて行うことで、Society 5.0の実現に向けたビジネスを展開する必要がある。

本提言では、現在、知的財産戦略本部において議論がなされている、2025年から2030年を念頭に置いた「知的財産戦略ビジョン」策定の動きを意識しつつ、従来の延長戦上の「狭義」の知財戦略にとどまらず、ルール形成・ビジネスモデルの構築を含めた「広義」の知財戦略を構築する必要性について述べることとしたい。Society 5.0に向けた社会課題解決型ビジネスにいかに挑むかについて、まず企業の取り組みを示し、それを後押しする政策の方向性を提言することとする。

Ⅱ.基本的な考え方

(1)「Society 5.0実現ビジネス3原則」

Society 5.0の実現に向けては、自社の技術力を活かすことができるSDGsの目標を認識し、どのように市場を創出することで持続的にビジネスを成長させることができるかという、総合的なビジネスモデルをデザインした上で、ビジネスを展開することが重要である。

したがって、まずは、革新的な「ビジネスモデル」を創ることが重要になる。【原則1】

その上で、優れた製品・サービスを開発するために、イノベーションを通じて不断に新たな「知を創る」ことが必要となる。【原則2】

さらに、画期的な製品・サービスに基づくビジネスを成立させる新たな「市場」を創出するためには、SDGsすなわち社会課題の解決という視点を反映させて国際競争力の向上に資する「ルールを創る」ことが、重要になる。【原則3】

これら3つを合わせた「Society 5.0実現ビジネス3原則」により、新たな「価値」を創造することが必要不可欠である。

<Society 5.0実現ビジネス3原則>

(2)オープンイノベーション&グローバリゼーションの促進

「Society 5.0実現ビジネスサイクル」を構築し実行する取り組みは、わが国企業にとって新たな挑戦であり、社内のリソースのみで完結できるものではない。ビジネスサイクル全般での「オープンイノベーション」を進めることが不可欠である#5。企業間(同業種・異業種)、大学・研究開発法人、ベンチャー企業、外国企業#6を含めるかたちのエコシステムを構築するとともに、そのシステムが有効に機能する制度作りが必要となる。その際、海外からも新たな「知」や「人材」を日本に呼び込むための開かれた仕組みを構築することが肝要である#7

また、Society 5.0が、革新的な技術で世界規模の社会課題の解決に挑戦し、SDGsの実現に貢献する取り組みであることに鑑みれば、わが国企業の事業活動の「グローバリゼーション」をより一層促進することが必要であり、知財制度の国際的調和や、グローバルな視点での知財戦略やルール形成戦略の構築といった観点が重要である。

Ⅲ.【原則1】「ビジネスモデル」を創る

【企業の取り組みの方向】
  • わが国企業は、自らの競争優位をSDGs の目標達成にいかに結びつけるかを戦略的に構想し、自社の持つデータや技術力を活かし、ルール形成戦略までを包含した、革新的なSociety 5.0 実現ビジネスモデルを構築することが必要である。
  • しかし、わが国企業にとって、データを活用して社会課題を解決するビジネスは新たな挑戦であり、十分なノウハウが蓄積されていないことも多い。よって、ビジネスモデルの構築にあたっては、外部の知や人材(ベンチャー企業や外国企業などを含む)を活用した「オープンイノベーション」の発想が欠かせない。
  • ビジネスモデルの構築に当たっては、持続可能なビジネスとして成立させるため、ビジネスに有効なデータを蓄積したプラットフォームを構築するという視点も重要である。他者との連携を通じた協調領域の拡大や、M&A 等を通じて他社が持つ知見を取り込む必要性についても、十分に検討する必要がある。

【政策への期待】

(1)規制改革の推進

Society 5.0に向けては、従来にないビジネスモデルが多数出現することが予想され#8、新たなビジネスモデルと法律・規制等のルールとの齟齬が発生することが増えるものと見込まれる。

革新的なビジネスモデルを成立させるために、不適切な規制が障害となることのないよう、適時・適切に規制を改革する必要がある。政府には、技術の進歩を想定していない旧来の規制を新たなビジネスに無理に適用することで、企業の新たな挑戦を削ぐことのないよう求めたい。例えば、政府では、自動走行や小型無人機などに関し法改正を予定しているように、特区内に設けるレギュラトリーサンドボックス#9で実証実験を迅速・円滑に実現できるようにすることが望ましい。

また、資金決済法改正による暗号通貨(仮想通貨)への法的対応のように、新たなビジネスの創出を後押しするために規制・制度を適時・適切に整備することも必要である。

(2)ビジネスモデルに沿った戦略的な権利化・標準化の支援

ビジネスモデルを構想しても、事業化の前提となる特許の権利化や標準化が遅れれば、ビジネスとして機能しない。ビジネスモデルの事業化を見据えた迅速な権利化・標準化が望まれる。

特許庁では、既に早期審査の取り組みを行っているが、特許審査にAI等の先端技術を使う、コミュニティ・パテント・レビュー#10を実施するといった新たな取り組みを進めることで、特許審査の質を向上しつつ、さらに迅速な権利化が実現することが期待される。他方で、企業の戦略によっては、標準化の進捗等に沿った「遅い審査」を求める声もある。こうした実情にも対応できる、フレキシブルな制度設計のさらなる追及が求められる。

また、標準化については、JIS法の改正により、JIS策定のさらなる迅速化が実現することを期待する。

(3)ビジネスモデルの構築及び担い手の支援

SDGsの目標達成に資する製品やサービスを設計し、その製品やサービスの競争力を向上させるようなルール形成を行ってビジネスを展開することは、わが国企業にとって新たな取り組みであり、政府には、こうした民間ビジネスの具体的な事例等の収集・分析#11、さらには国際標準化を含めたルール形成等の課題を知り、タイムリーに施策に反映させるための、一元的なビジネス相談窓口の設置が期待される。

加えて、Society 5.0の実現に向け、トータルのビジネスモデルをデザインできる人材の育成は重要な課題である。自身の持つ技術により社会課題の解決に挑戦する大学発ベンチャーの支援を拡充するといった「育成」と、成功体験を有する外国人材をわが国に招聘する等の「確保」の両面の取り組みが必要である。

Ⅳ.【原則2】「知」を創る

【企業の取り組みの方向】
(イノベーション・エコシステムの構築と知財の戦略的活用)
  • Society 5.0 実現に向けて非連続的なイノベーションを起こすためには、他の企業(異業種・同業種)や大学・研究開発法人、ベンチャー企業、外国企業等とのオープンイノベーションが不可欠である。その際、知財を「活用」する視点がこれまで以上に重要になる。自らで有効活用していない知財を他者と活用し合うことで、新たな知が創られる可能性もあり、知財を活用してSDGs に貢献する視点は重要である。
  • 特許法改正(2015 年)により、職務発明の会社帰属が認められるとともに、発明者及び発明に貢献したチーム全体に多様な方法による「相当の利益」を付与することが可能になった。法改正の趣旨を踏まえ、各社において、創造的な発明を促す「相当の利益」の付与の仕方を検討することが望まれる。
(データ活用の促進)
  • 先端技術とビッグデータを有効に結びつけ、持続可能なビジネスを創出するという視点が必要である。データ取引に関しては、例えば、ライセンスに分散台帳技術(ブロックチェーン技術)を活用して適切な権利関係の管理を行い、データの利用に伴い提供者が確実に収益を得る仕組みを構築することも検討すべきである。こうした技術は、コンテンツビジネスにも適用可能性があると考えられる。
(知財の確実な保護・秘匿)
  • オープンイノベーションや事業のグローバル展開の拡大に伴う人材の流動性の高まりにより、知財の流出や権利侵害の危険性がこれまで以上に強くなっていることから、適切なライセンス契約の締結、徹底した知財管理を行うことが必要となる。連携先の企業、大学、ベンチャー企業等に対しても、徹底した知財管理を行うよう求める必要性も高まる。

【政策への期待】

(1)「活用型」の知財の仕組みの構築

オープンイノベーションを進めるためには、特許や著作物等の知財を「活用」し合うことができる、柔軟で多様な仕組みを構築することが求められる。

  1. 標準必須特許の活用
    あらゆるモノがインターネットを介して接続され、互いに連動して機能するためには、技術の国際標準化が必須であり、これを支える多数の標準必須特許が存在している#12。標準必須特許の利用の安定性が損なわれるとグローバルレベルで悪影響が生じる恐れがあることから、権利者と利用者のバランスを踏まえた適正価格で活用し合うことができる安定的な仕組みを構築することが必要である。
    現在、特許庁で、標準必須特許のライセンス交渉における手引きが作成されているが、法的拘束力を持つものではない。標準必須特許をめぐる紛争解決に向けての国際的な仲裁制度の必要性の検討も含め、わが国の特許庁が標準必須特許の課題解決のための国際的な議論をリードすべきである。

  2. 特許の有効活用によるSDGsへの貢献
    政府には、企業や大学等における未利用特許等の他者へのライセンス・譲渡の条件を「見える化」し、他の幅広い主体が活用できる仕組みを構築することで、社会全体のオープンイノベーションの促進を図ることが期待される#13。そうした観点から、ライセンス・オブ・ライト#14を導入することが考えられる。
    日本知的財産協会が提案し、WIPO#15が実装した「WIPO GREEN」は、企業の持つ環境関連技術をビジネスベースで移転することを目指した取り組みである。こうした例を参考に、SDGsの達成に向けて、企業のビジネスを通じて地球規模の社会課題の解決を促す、政府としての一元的な枠組みを検討することも有効である。その際、SDGsに貢献する知財やノウハウなどの技術を、政府のODA資金を活用して、ビジネスベースで発展途上国に移転するための仕組みを検討することを併せて求めたい。

  3. 著作物の活用
    事前に著作権者の許諾を得ることが困難であり、著作権者の利益を不当に害することがない場合には、権利者の許諾を得ずとも著作権の利用を認めることが望ましい。この点、文化庁が取りまとめた著作権の「柔軟な権利制限規定」が、2018年通常国会で法制化されることで、現状の課題は解決される見込みであり、評価できる。今後、さらなる著作権の権利制限の必要性が生じた場合には、著作者のビジネスモデルに応じて著作権の仕組みを選択することができるように、現状の著作権制度に加え、著作権・著作者人格権を一部制限できる仕組みを検討することも考えられるだろう#16
    また、著作物の活用を進めるためには、ライセンスを円滑に進めることが必要である。ライセンサーの倒産や事業売却のリスクからライセンシーを隔離するため、特許法同様に著作権法においても、当然対抗制度を導入すべきである。

(2)データの戦略的活用促進

データは「第4の経営資源」と呼ばれ、データの活用を進めることは、Society 5.0実現のカギとなる。そこで、経団連としても、データ活用を促進する必要性、その方策を幾度も提言してきた#17

諸外国の対応を見ると、中国の「インターネット安全法(サイバーセキュリティ法)」のようにデータの域外移転を制限する動きや、欧州の「一般データ保護規則」のようにプライバシー保護の観点から域外への個人データの移転を厳格に規制する動きもある。しかし、データ活用を核とするSociety 5.0に向けたビジネスを発展させるためには、プライバシーやサイバーセキュリティに十分配慮した上で、多様な主体でデータを利用し合いながら、様々なところでイノベーションが創発される仕組みを構築することが望ましい。

多様な主体でデータを利用し合うため、データに独占排他的な知財権を設定することは適切ではない。データ取引についての最低限のルールを定めることは必要だが#18、基本的には、データ取引契約の高度化により、データ取引を円滑に進める方向が望ましい#19。自国において例外として守るべき情報を特定するとともにそれらの不正流出の防止を徹底した上で、他国に対しデータローカライゼーション規制の撤廃を働きかけ、グローバルに調和した制度の構築を追及する必要がある。

(3)特許制度・営業秘密保護制度の国際的調和の一層の促進

  1. 世界共通特許制度についての議論の深化
    企業活動がグローバル化しているにも関わらず、特許権は各国毎の「属地主義」であり、企業は出願したい国に特許を出願して当該国で特許権を取得するのが原則である#20
    わが国特許庁は、これまで、PPH(Patent Prosecution Highway)等を通じた審査協力や、知財関連の法制度整備支援等を通じて、新興国に対する知財面での支援に尽力してきた。また、日米欧中韓の5大特許庁や日中韓特許庁の枠組みを通じて、先進国での特許制度の調和にも貢献してきた。加えて、既に、1つの特許に対し、共同で国際調査・審査を行う先進的な取り組み#21を進めている。こうした取り組みをさらに強力に進めることで、新興国・先進国の特許の仕組みの国際的調和を一層前進させることを求める。
    また、企業活動のグローバル化のさらなる進展が想定されることから、将来的な「世界共通特許制度」に向けた国際的な議論に対応すべく、その必要性や課題#22、制度設計等についての国内的な検討を深めるべきである。その際、欧州特許庁(EPO)の事例を参考に、「アジア共通特許制度」の可能性も併せて検討することも有益である。

  2. グローバルレベルでの営業秘密保護水準の統一
    「営業秘密」保護の水準を規定する国際的な取り決めは、TRIPS協定しかなく、特許以上にグローバルな制度の統一が遅れている。グローバルに展開する企業にとって、進出先の営業秘密の保護水準いかんによっては、営業秘密漏洩の危険に晒されることになる。政府には、より高いレベルで各国の営業秘密保護の水準が統一されるよう、各国への働きかけを求める#23

Ⅴ.【原則3】「ルール」を創る

【企業の取り組みの方向】
  • 革新技術を用いた製品・サービスで、グローバルに需要を創造し、市場を拡大するためには、自ら「ルール」を創るという発想が必要になる。Society 5.0の実現に向け、SDGsを国際競争力向上に向けた切り口と捉えて、国際的な規制や標準等の「ルール創り」に積極的に関与することが不可欠である。
  • ルール創りにあたっては、そうした能力を有する人材が欠かせない。中長期的な観点では、そうした人材を社内で育成する必要があるが、短期的には、エキスパート人材を外部から招聘することが必要である。
  • ルール形成人材を外部、特に外国から受け入れる場合には、受け入れ先企業の意識改革が不可欠である。ダイバーシティ経営の一層の推進や長時間労働の是正、人事制度改革などにより、外部人材を円滑に受け入れるための環境整備を行うことがきわめて重要である。
(規制を変える・作る)
  • ルール作りのためには、自社と利害を同じくする業界団体や政府等を通じて、SDGsを背景とした法規制等の新設・緩和・撤廃を進めるという発想も有効である。欧米において、環境問題を背景として、自国の競争力強化に資する方向で、規制が強化される例がこれに近い(カリフォルニア州のZero Emission規制等)。
  • 海外でのルール形成にあたっては、企業の進出先の現地法人の活動も重要である。例えば、進出先の業界団体を通じ、進出先での規制の動向等を注視するとともに、進出先政府に要望を行うことなどが考えられる(日越共同イニシアチブが好事例)。
(標準を作る・特許を開放する)
  • オープン&クローズ戦略を意識して、戦略的な国際標準の獲得、特許の開放等により、技術を普及させ、市場を創造することが必要である。
  • 国際標準は、ケースにより、デジュール標準のほか、デファクト標準、フォーラム標準、コンソーシアム標準の獲得を戦略的に使い分ける動きが活発化している。わが国企業も、「協調」「連携」の視点を今まで以上に強く持ち、スピード重視で戦略的な国際標準化を行う必要がある。
(ソフトパワーを活かす)
  • 日本的な価値観、日本ブランドは、「ソフトパワー」として、国際的なビジネスを展開する上でも有効な手段である。SDGsを日本的な価値に置き換えて、ビジネスやルール形成に活かすべきである。

【政策への期待】

(1)国際的なルール形成の支援

わが国企業が、ビジネスの国際展開において、SDGsを根拠として国際的なルールの見直しやルール形成に関与することで、新たな市場を創造することが重要であるが、一企業のみでは、諸外国の規制や国際ルールへの関与を行うことは容易ではない。

政府には、関係省庁が有機的に連携し、民間企業のルール形成支援と国際的なルール形成に努めることを期待する。具体的には、在外公館を通じたわが国企業のルール形成への支援(進出先政府との窓口機能等)等が求められる。

(2)戦略的な国際標準化の推進

国際標準の世界では、部品・製品の技術標準から、システムや社会課題等を標準化するルール形成型の標準に焦点が移ってきている。こうしたルール形成型の標準は、製品やサービス等の背後にある社会課題をいかに解決すべきかに着眼したものである。Society 5.0に内在するシステムを国際的に普及させ、関連する市場を拡大させることに寄与するものと期待されることから、わが国の取り組みを加速する必要がある。政府には、Society 5.0実現に向けた標準化の戦略的領域の策定と、縦割りを超えた省庁間の連携強化、企業・大学・研究開発法人等による標準化活動の継続的な支援を求める。

なお、Society 5.0は、企業の事業戦略と社会課題の両立を目指すものであり、国際標準はそのためのツールである。企業の事業戦略と無関係に国際標準の取り組みを行っても無意味であることには留意する必要がある。

(3)認証機関の機能強化

わが国の認証機関は、法令毎に1つの認証機関を設立した経緯から規模が小さく、機能も限定的であり、企業のサポーターとして十分な機能を発揮していない。欧米では、認証機関が、研究開発・標準化・認証に至るまでの企業のパートナーとして機能しており、企業の海外展開に際しては、進出先で必要な認証を行うなど、グローバル企業のよきサポーターとして機能している。

日本の認証機関が、世界各国に広範な試験センターを保有して広範なサービスを提供し、わが国企業の海外展開をサポートすることを視野に、政府には、わが国認証機関の機能強化に向けた取り組みを求める。

(4)高度外国人材の積極的な受け入れ

国際標準化を含めたルール形成の議論では、常に「人材」の問題がつきまとう。わが国産業に必要なルール形成人材を、企業、政府、大学、研究開発法人等が連携して、中長期的に育成する必要がある。

一方で、人材育成には相応の時間を要する。欧米等の諸外国ではルール形成の考え方をビジネスにいち早く取り入れ、ノウハウが蓄積されていることから、そうした外国人材を高度外国人材として日本に積極的に受け入れ、ルール形成に向けて協働することが有効である#24。外国人材との協働は、相互理解の醸成につながり、Society 5.0を世界に発信する橋渡しになることが期待される。

政府には、引き続き、高度外国人材の受け入れ拡大のために、外国人の子女教育への支援(インターナショナルスクールの充実等)を含む外国人材の生活環境の整備、外国人留学生の就職支援の強化などの施策を求める#25

(5)ソフトパワーを活用したルール形成戦略の構築

日本はこれまで「クールジャパン」戦略によって、日本の伝統文化から漫画やアニメなどのコンテンツ産業、高機能製品や農業などのあらゆる分野で、海外に日本の「よさ」を発信し、インバウンド需要を獲得してきた。

今後、日本が国際的なルール形成に主体的に関与し、ビジネスの世界で存在感を高めるためには、クールジャパン戦略と同様に、日本の「ソフトパワー」を、ビジネスやルール形成に活かすことが必要である。

ルール形成やビジネスに活用しうる日本のソフトパワーとして、例えば、「バランスのよさ(中庸の徳・一所に偏らないこと)」「受容性(receptivity)」「柔軟性・適応性(flexibility・adaptability)」「回復力・弾性(resilience)」といったことが挙げられるのではないか。日本はこれまで、外国から様々なものを受け入れ(或いは様々なショックを受け)ながらも、それを既存の文化・産業・制度等とうまく融合(fusion)させて昇華し(或いはカイゼンし)、発展させてきた歴史がある。ルール形成戦略の文脈に照らせば、SDGsの17の目標の中には一見相対立するように見える価値観も見受けられるが、日本がルール形成に参画することで、SDGsに掲げられる複数の価値を融合・昇華させたバランスの取れたルール作りが可能となるのではないか。また、日本の立ち位置を踏まえると、西欧主導のルール形成に対し、非西欧の立場からバランスの取れたルールを提案できる余地もあろう。

また、日本人が「当たり前」のものとして受容してきたが、外国では新たな価値と映るものも少なくない。「安全・信頼・高品質」はその好例であろう#26。こうした価値をソフトパワーとして活用できれば、例えば、遅滞なく安全に運行される鉄道システムやスピーディかつ質を損なわずに運ぶ物流システムなど、関連する日本のシステムをパッケージとして外国に輸出する契機となり得る。

政府には、クールジャパン戦略にとどまらず、日本が国際競争力を向上させるためのソフトパワーを存分に活用し、官民一体となったビジネス(インフラ輸出等)や国際的なルール形成に戦略的に活用することを求めたい。

Ⅵ.おわりに

SDGsは、全世界的な目標として定着しつつあるが、現状、ビジネスに大きな影響を与えていないように思える。しかし、SDGsのコンセプトの普及に伴い、徐々にビジネスに影響を与えることになろう。その影響の大きさに気づいた時に、「何もやっていなかった」「海外勢が有利なルールを形成し、わが国企業の国際競争力を削ぐ結果となった」というのでは、「時、既に遅し」である。

わが国企業は、イノベーションを通じて革新的な製品・サービスを生み出すことのみならず、それらの製品・サービスがSDGsの文脈で正当に評価されるよう自ら主導権を握ってルール形成を行うことで、Society 5.0の実現に向けて、地球規模の社会課題の解決と自らの成長の両立を図る必要がある。

今後は、わが国企業のビジネスにおける強みをSDGsとの関係性において整理した上で、その強みを活かすためにどのようなルール形成を行っていくべきかといった具体的な論点についても検討を深めていくこととしたい。

以上

  1. 例えば、時価総額(2018年3月)では、米国のAppleが1位、Googleが2位、 Microsoft が3位、 Amazon.com が4位、Facebookが8位、中国のテンセントが6位、アリババが7位など(2018年3月末)。
  2. 狩猟社会、農耕社会、工業社会、情報社会に続く第5段階の社会
  3. 経団連「新たな経済社会の実現に向けて~『Society 5.0』の深化による経済社会の革新~」(2016年4月) http://www.keidanren.or.jp/policy/2016/029.html
    経団連「Society 5.0実現による日本再興~未来社会創造に向けた行動計画~」(2017年2月)http://www.keidanren.or.jp/policy/2017/010.html
    経団連「Society 5.0を実現するデータ活用推進戦略」(2017年12月)http://www.keidanren.or.jp/policy/2017/104.html
    経団連「Society 5.0実現に向けたサイバーセキュリティの強化を求める」(2017年12月)http://www.keidanren.or.jp/policy/2017/103.html
    経団連「Society 5.0の実現に向けたイノベーション・エコシステムの構築」(2018年2月)http://www.keidanren.or.jp/policy/2018/010.html 等を参照。
    また、本提言と合わせて、「デジタルエコノミー推進に向けた統合的な国際戦略の確立を」http://www.keidanren.or.jp/policy/2018/041.html が公表されている。
  4. 環境(Environment)社会(Society)企業統治(Governance)。
  5. 詳しくは、経団連「Society 5.0の実現に向けたイノベーション・エコシステムの構築」(2018年2月)を参照。
    オープンイノベーションのエコシステムを構築するためは、企業の意識改革とともに、知の源泉である大学や研究開発法人が、大型で「組織」対「組織」の本格的な共同研究を進めることが必要であり、産学連携強化のための大学改革、国立研究開発法人改革が重要となる。
    また、ベンチャー企業育成のため、リスクマネーの担い手である官民ファンドや政府系金融機関による投資の拡充等の支援を行うことが必要である。さらに、地方大学発ベンチャー育成の観点から、地域金融機関の役割も重要となる。
  6. 政府の国プロや業務委託等も、国内外問わず知恵を集めるという発想が重要である。
  7. 経団連「イノベーションの創出の加速化に向けた知財政策・制度のあり方」(2011年4月)(http://www.keidanren.or.jp/policy/2011/057.html)においても、日本が「イノベーション・ハブ」となるために、海外から知や人材を集積させる必要性について、提言している。
  8. 既に諸外国も含め、シェアリングエコノミーやフィンテック、ブロックチェーン等の先端技術を使ったビジネスが実現している。
  9. レギュラトリーサンドボックスへの参加を望む事業者が躊躇しないように、適切なリスク管理の仕組みを構築することが求められる。
  10. 企業や大学等の研究者、技術者等からなるコミュニティが、インターネット上で、特許出願に対するレビューを行う取り組み。
  11. 既に経済産業省は、「SDGsビジネスの可能性とルール形成」と題した報告書を公表している。ここでは、SDGsの目標1~目標16の各々について、可能性のあるSDGsビジネスの概要、イニシアチブを獲ることができると考えられるわが国企業の事例、さらに、ビジネスとして確立するために必要なプラットフォーム等を示している。加えて、SDGsビジネスの市場規模と国際標準化の実現可能性・必要性に基づき、8つのSDGsビジネスを選定し、必要な国際標準化施策についても提言している。
  12. 情報通信分野の標準規格に必要な標準必須特許は、数百、数千にのぼる。
  13. たとえば、富士通(株)は、事業戦略の変化に伴って使わなくなった特許や、実施していても他の企業が活用した方がより高い価値を生む特許やノウハウを有償で開放している。マッチング活動により、国や自治体、金融機関、大学と連携し、中小企業における新ビジネスが多数創出されているという。
  14. 特許権者が、当該特許について第三者への実施許諾を拒否しないことを宣言することで、特許料金の減額を受けられる制度。こうした制度の導入を検討する場合でも、現行制度を廃止するのではなく、現行の権利体系と併存させることを前提とすべきである。
  15. 国連・世界知的所有権機関(World Intellectual Property Organization)
  16. 経団連「デジタル化・ネットワーク化時代に対応する複線型著作権法制のあり方」(2009年1月)(http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2009/007.pdf)において、現行の著作権制度に加え、「自由利用型コピイライト制度」「産業財産権型コピイライト制度」を選択できる仕組みを提言した。著作物の活用促進のために、「自由利用型コピイライト制度」のような著作権・著作者人格権を一部制限できる制度を検討することが考えられる。
  17. 経団連「データ利活用推進のための環境整備を求める」(2016年7月)、
    経団連「Society 5.0を実現するデータ活用推進戦略」(2017年12月)、
    経団連「国民本位のマイナンバー制度への変革を求める」(2018年2月)http://www.keidanren.or.jp/policy/2018/009.html を参照。
    また、本提言と合わせて、「デジタルエコノミー推進に向けた統合的な国際戦略の確立を」を公表している。
  18. データの不正取得等に対して差し止めを認める不正競争防止法の改正等。
  19. 経済産業省の「データの利用権限に関する契約ガイドライン」の取り組みの深化等。
  20. 特許の要件である「新規性」や「進歩性」は「世界基準」にも関わらず、その判断は、特許が出願された国の特許庁が行うことから、同じ特許を出願しても、出願結果が各国毎に異なる場合もある。
  21. 特許協力条約(PCT)協働調査
    • 1つのPCT国際出願に対して、主担当国の特許庁が副担当国の特許庁と協働して、特許可能性に関する判断を行い、1つの国際調査報告を作成し、出願人に提供するもの。2018年5月からの試行開始を目指す。
    日米協働調査試行プログラム
    • 日米両国に特許出願した発明について、日米の審査官がそれぞれ調査を実施し、その調査結果及び見解を共有した後に、それぞれの審査官が、早期かつ同時期に審査結果を送付するもの。2015年8月からプログラムが開始され2017年7月に終了したが、同年11月に再開。
  22. 審査段階のみではなく、権利行使段階も含めた「世界共通特許制度」を実現するためには、少なくとも、以下の仕組みの国際的調和を進める必要があると考えられる。
    1. 先使用権(特許権者の発明の内容を知らずに、独自に特許権者と同様の発明を行い、特許権者の出願の際に既に事業化或いは事業化に向けた準備をしている場合に、特許権者の許可なく発明を実施できる権利)は現状、国内での事業のみに認められ、外国の事業では認められていない。
    2. 禁反言(出願および審査段階で自らが行った主張に反する主張を行うことを禁じる法理)について国際的に認めないと、特許の有効性の判断等が各国毎に異なり権利の安定性を害することになる。
    3. 当然対抗制度(ライセンシーの権利を保護するため、通常実施権を登録などすること無しに、特許権を譲渡された者からの差止請求権に対抗できる権利)を導入していない国もあり、国際的な調和が必要である。
  23. 営業秘密保護要件・行為規制の範囲・罰則等が、高い保護水準で国際的に調和されることが望ましい。また、営業秘密保護法制が存在しない国への法制度整備支援も期待される。
  24. たとえば、国際標準化人材の育成に力を入れる中国や韓国の企業では、欧米企業の国際標準化の専門人材を好待遇で雇用する動きもみられる。
  25. 経団連「外国人材受入れ促進に向けた基本的考え方」(2016年11月)http://www.keidanren.or.jp/policy/2016/110.html を参照。
    既に、高度人材ポイント制の拡充、永住許可に必要となる在留歴の要件緩和等は実施されており、高度外国人材の受け入れに向けた法制度は概ね整備されている。
  26. 本提言と合わせて公表した、経団連「デジタルエコノミー推進に向けた統合的な国際戦略の確立を」でも、「安全・信頼・高品質」といった日本の強みを、デジタル時代の課題となるプライバシーやサイバーセキュリティ確保といった課題に活かすべきとしている。

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