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Policy(提言・報告書) 科学技術、情報通信、知財政策 「知財紛争処理システムの見直しの検討課題に対する提案」への意見

2018年11月16日
経団連知的財産委員会企画部会
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<総論>

  • 経団連は、政府と一緒になってSociety 5.0を推進しており、その実現に向けた提言活動を行っている#1。Society 5.0の実現に向けては、様々な人々・組織が互いの「知」を使い合ってイノベーションを生み出し価値を創造するオープンイノベーションを進める必要があることから、知財制度も、知財の適切な権利保護を前提としつつ、必要に応じて知財を使い合うことが出来るような仕組みを整える必要がある#2。内閣府で取りまとめられた「知的財産戦略ビジョン」でも、同様の方向性が示されているところである#3

  • こうした方向性を踏まえると、知財の本来の価値を適切に評価し、権利者の正当な権利を保護した上で、知財を活用する側を過度に萎縮させることなく、活用にあたっての予見可能性が高い知財制度、すなわち、権利者と利用者のバランスの取れた知財制度が求められる。知財紛争処理システムにおいても、権利者と実施者それぞれの利益をバランスさせる公平・公正で納得性の高い仕組みを構築することが必要である。

  • その際、諸外国の仕組みを探求することは必要であるものの、諸外国の仕組みを継ぎ接ぎ的に導入すべきといった議論を行うことは望ましくない。むしろ、わが国から、率先して、Society 5.0時代に相応しい知財制度を提案し、国際的なルール形成に向けて積極的に発信をしていくことが望ましい。

  • こうした点を踏まえ、各論で知財紛争処理システムのあり方について意見を述べる。

<各論>

(※)以下、特許庁提案募集の論点に沿って回答。(3)(4)は回答なし。

(1)日本の知財紛争処理システムの現状をどのように捉えるべきか?

  • 知財紛争処理システムを議論する際に、「わが国の知財訴訟数が少ない」「損害賠償額が低い」といった論点のみを取り上げ、「損害賠償額」「証拠収集手続」の議論に終始している感があるが、知財紛争処理システムは、「訴訟コスト」「公平性」「スピード」といった様々な観点で評価する必要がある

  • 「損害賠償額が低い」のではないかという指摘も、知財紛争処理システムの一面を捉えた指摘に過ぎない。民事的措置として、「差止め」という強力な民事的措置が設けられ、有効に機能している。事業の遂行を考えれば、特許権者にとっては、損害賠償額の多寡よりも、「差止め」が講じられるか否かの方が重要な要素であると考えられる。知財紛争処理システムを論じる際には、他国と比較して一面の事象のみを問題視するのではなく、その仕組みが全体として機能しているかどうかを正当に評価する必要がある

  • この点、わが国の知財紛争処理システム全体を踏まえると、これまでの特許庁を中心とした関係者の議論を通じて、わが国の産業競争力の強化に資する仕組みが概ね整備されているものと考える。とりわけ、特許制度小委員会の報告書「我が国の知財紛争処理システムの機能強化に向けて」(2017年3月)で示された方向性は、権利者と実施者のバランスの取れた内容であり、経団連としてもこの内容を支持している。

  • この結論を大きく変更する制度改正を行うのであれば、その必要性について、特許庁が説得的な説明を行うとともに、関係者の合意を得るために十分な時間をかけて慎重な議論を行うことを切に望む。法改正が自己目的化し、拙速な議論によって、結論を急ぐことがあってはならない。

(2)証拠収集手続の強化

  • 特許制度小委員会の報告書「我が国の知財紛争処理システムの機能強化に向けて」(2017年3月)では、強制力のある査察制度の導入には慎重な考えが示された一方で、裁判所の書類提出命令の必要性判断におけるインカメラ手続の導入、中立的な第三者の技術的専門家による証拠収集手続の関与について検討すべきとされ、既に平成30年度改正で法的な措置がなされたところである。課題となっていた裁判所における文書提出命令の必要性を判断する手続が強化されたことから、この点と、命令に従わない場合のペナルティ(真実擬制)とを合わせると、「証拠収集手続の強化」に相当程度資するものと評価できる。よって、まずはかかる法的措置の効果を見極め、評価することが必要である

  • 米国のディスカバリー制度は、特許と無関係な情報まで提出を要求され、当事者にとって多大なコストを生じさせ、弊害が極めて大きい。本制度は陪審員制度とともに発展したもので日本の法制度とは全く相容れないものと考える。

  • 査察制度の導入は、わが国の重要な競争力の源泉である営業秘密を保護する観点から、導入には問題が大きい。査察にどのような権限を持たせることを想定しているのか現時点では不明瞭であるが、仮に、裁判所が必要と認めた文書が提示されない場合に、執行官が実力を行使(例えば、パソコンの押収やカギの破壊等を伴って強制的に捜索すること 等)できること等を想定しているのであれば、未だ権利関係も確定していない証拠収集の段階で#4、訴訟提起側に過剰な権限を与えるものであり、わが国の法体系全体からも著しくバランスを欠くものであり容認できるものではない。

  • とりわけ、訴訟提起前査察制度は、制度の悪用・濫用による営業秘密が漏洩するリスクが高い。また、訴訟提起前の査察により効果的な証拠収集を行うことは困難であり、多大な労力を要するばかりで円滑な紛争解決にはつながらず、弊害が非常に大きいと考える。

(5)損害賠償制度の見直し

  • 「損害賠償額」の議論は、その多寡を問題にすることが多いが、重要なのは当事者の納得性である。ここで、知財の価値を適切に評価する必要があること、及び一部に損害賠償額について納得性が低いという意見があることを踏まえると、実損の填補の範囲内において、ビジネスの実態に合った適切な損害の補填が適切に行われるよう検討することには賛成する。特許制度小委員会の報告書「我が国の知財紛争処理システムの機能強化に向けて」(2017年3月)においても、「ビジネスの実態やニーズを反映した適切な損害賠償額の実現に向けては、…損害賠償額の認定に関する裁判所の運用や国際的な動向を注視しつつ、引き続き慎重に検討を進めることが適当」とされ、その後に実施された特許庁の「侵害訴訟における損害賠償額の適正な評価WG」(2018年3月)で具体的な検討が行われたことから、その検討を踏まえて、制度化の必要性の可否を議論することが適当である(例えば、特許法102条1項、2項と3項の重畳適用の可能性について言及されている)。

  • 一方で、実損を超える仕組み(懲罰的賠償等)の導入には、強く反対する。そもそも、日本において懲罰に値する悪質な侵害行為が多数発生しているとは認識しておらず、懲罰的賠償等を導入する必然性は乏しい。そのような中で懲罰的賠償を導入すれば、米国でのパテントトロール訴訟のように、懲罰賠償を梃子に不当に高い金額で和解させられかねず、企業への副作用が大きい。また、特許法にかかる仕組みを導入することは、民法の填補賠償の考え方を逸脱することになり、わが国の法体系全体に影響を及ぼすため、その必要性・合理性について幅広い視点で議論を尽くす必要がある。

  • なお、「悪質な侵害行為」とは何か議論がなされていない状況である。今後、議論を行うとすれば、まずは、「悪質」と受け止められる事例の収集と、それに基づく問題の所在の検証が必要である。一方で、「悪質な侵害行為」を特定することは極めて困難であり、観念的な規定により濫訴となるリスクが高いことは、強く認識すべきである。

(6)その他

  • 中小企業等が、訴訟費用が高額で賄えないことから必要な訴訟を提起できないという課題があるとすれば、訴訟に係る費用負担の実態(申立て手数料や、代理人費用 等)を検討した上で、解決に向けた方策を議論すべきである。

以上

  1. 直近では、提言「Society 5.0 -ともに創造する未来-」を公表(2018年11月5日)。
  2. 提言「『Society 5.0実現ビジネス3原則』による新たな価値の創造 ~「知的財産戦略ビジョン」策定に向けて~」(2018年5月15日)。
  3. 「知的財産戦略ビジョン」では、知財の「共有」を通じた「価値デザイン社会」への挑戦が謳われている。
  4. 民事執行法で認められる強制執行は、あくまで権利関係が確定した後の措置である。

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