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Policy(提言・報告書) 科学技術、情報通信、知財政策 知財裁判所のさらなる充実・強化を求める ~知財司法インフラの魅力向上に向けて~

2019年10月30日
経団連 知的財産委員会企画部会
日本知的財産協会

はじめに

現在わが国においては、Society 5.0の実現に向けた各種の取り組みが行われており、そのなかでオープンイノベーションの必要性が高まっている。オープンイノベーションを推進するにあたっては知財の価値が正当に評価され、その権利が正当に保護されることはもとより、「競争と協調」の戦略を実行することを可能とする魅力ある知財司法インフラが不可欠である。

こうした認識のもと、われわれは本年3月以降、「知財司法に関する経済界と司法関係者のダイアログ」の枠組みで知財司法の魅力向上に資する方策について検討を重ねてきた。

今般、その成果を踏まえ、知財司法インフラの要である知財裁判所のさらなる充実・強化に向け、以下の5つの方向性での検討を求める。

1.知財紛争における司法型ADR#1の充実

(1)知財紛争における司法調停の柔軟化・充実

東京・大阪の地方裁判所において今秋から知財調停が実施されている。知財調停が現行法の枠内では合意管轄を基礎とするものであることから、今後、その利用状況を踏まえつつ、民事調停の管轄に関する規律#2の見直しを含め、知財調停の柔軟化・充実化のために必要な方策について検討を進めることが望まれる。

(2)民間仲裁をモデルとした司法上の審理モデルなど

知財紛争における紛争解決メニューの充実を目指し、①裁判所の司法型ADRにおいて、民間仲裁を参考にした新たな審理モデルの導入#3、②民間ADR利用を適時に勧奨する仕組みの導入など新たな運用・手続についても検討を進めることが望まれる。

2.知財裁判所の審理・サービス充実

(1)知財高等裁判所における大合議事件の取扱範囲拡大

知財高裁大合議事件について、特許権等に関する訴え等に限られている現行の取扱可能範囲#4について、著作権や意匠等に関する訴えについても対象とするよう見直しを行うなど、知財高裁の規範形成機能の強化を図ることが望まれる。

(2)知財高等裁判所のサービス強化

現在進行中の知財高裁を含むビジネス関係の裁判部門を、2021年頃に東京・中目黒に移転する、「ビジネス・コート」構想による知財高裁へのアクセス向上など、サービス強化に向けた検討を進めることが望まれる。

3.国際仲裁を含む国際知財紛争に対する対応強化

(1)裁判手続における外国語利用の容易化#5(証拠の訳文添付の不要化)

国際的な知財関係裁判における当事者の負担軽減・審理の効率化の観点から、適切な事件類型を選別し(仲裁関連の非訟事件など)、かつ、当事者の同意等の適切な要件を設定の上、裁判手続における外国語の証拠提出について法令上の訳文添付義務#6を緩和する等の検討を進めることが望まれる。

(2)国際的な知財関係裁判についての専門的処理

国際的な紛争対応を強化する一環として、民間の国際仲裁活性化をサポートする観点からも、知財に関わる仲裁判断取消事件等の管轄集中を図る(東京地裁専門部など)など、国際的な通用性を有する効率的な事件処理をするための専門体制の強化方策について検討を進めることが望まれる。

4.知財訴訟分野におけるIT技術の効果的活用

(1)知財訴訟審理におけるIT化の導入

現在、政府で検討が進められている民事裁判手続のIT化については、特に知財紛争分野について、オンライン申立て、裁判記録の電子化、電子納付、ウェブ会議による審理等の早期実現のニーズがあることを踏まえ、迅速に検討を進めることが望まれる#7

(2)知財訴訟を含む裁判情報のオープンデータ化

知財訴訟を含む幅広い分野の裁判情報を集積してオープンデータ化を図ることは、紛争解決の予測可能性を高め、裁判の信頼性向上にも資する#8。ニーズを踏まえ、公開の在り方や可能な方策(匿名化、データベース化など)について、検討を進めることが望まれる。

5.知財訴訟における審理・判断の適正に資する制度改革

(1)「アミカス・ブリーフ#9」等の審理・判断充実のための方策

知財訴訟手続において、審理・判断の充実を図るため、影響力の大きな事件等に関し、国内外の幅広い第三者から意見を募る「アミカス・ブリーフ」制度の導入や、「マークマン・
オーダー#10」を参考に、裁判所がクレーム解釈等につき適時の心証開示をより行いやすくなる仕組みなど、ユーザーのニーズを踏まえた審理・判断の方策について検討を進めることが望まれる。

(2)「アトーニーズ・アイズ・オンリー#11」等の審理適正化のための方策

近年、知財訴訟における証拠収集手続の相当な拡充に伴い、訴訟手続における企業秘密保護も含めた審理の在り方についても改めて検討する必要がある。例えば、企業秘密情報の証拠開示を代理人に限定する「アトーニーズ・アイズ・オンリー」や、知財訴訟分野に限った一定範囲での弁護士強制制度や弁護士費用敗訴者負担の導入など、審理の適正化に資する方策の検討が望まれる。

おわりに

知財司法インフラには、裁判所のほか、知財権法自体も含まれる。近時の法改正に関しては、オープンイノベーションの流れと逆行し、企業間の対立を煽って訴訟の件数をあげることを目的としていると見まがう議論が散見されることは極めて残念である。

われわれは、オープンイノベーション推進が求められるなか、国内外から見て、公正・公平で信頼感のある、魅力ある知財司法インフラの構築に向け、今後ともさまざまな角度から議論を深めていく所存である。

以上

  1. Alternative Dispute Resolution:裁判外紛争解決手続
  2. 民事調停法第3条第1項
    「調停事件は、特別の定めがある場合を除いて、相手方の住所、居所、営業所若しくは事務所の所在地を管轄する簡易裁判所又は当事者が合意で定める地方裁判所若しくは簡易裁判所の管轄とする。」
  3. 現行法においても、解釈上、当事者の合意による上訴禁止等があり得る。
  4. 民事訴訟法第310条の2
    「第六条第一項各号に定める裁判所が第一審としてした特許権等に関する訴え(特許権、実用新案権、回路配置利用権又はプログラムの著作物についての著作者の権利に関する訴えを指す。)についての終局判決に対する控訴が提起された東京高等裁判所においては、当該控訴に係る事件について、五人の裁判官の合議体で審理及び裁判をする旨の決定をその合議体ですることができる。」
  5. 裁判所法第74条 「裁判所では、日本語を用いる。」
  6. 民事訴訟規則第138条1項
    「外国語で作成された文書を提出して書証の申出をするときは、取調べを求める部分についてその文書の訳文を添付しなければならない。」
  7. 法務省では、来年2月の法制審議会への諮問を目指し、現在、研究会に参加するなどして、IT化に伴う法制面の検討等を進めている。
  8. 現在も知財訴訟については、一定レベルの判決が最高裁のホームページ等で公開されている。
  9. 米国において社会的・経済的・政治的に影響のある裁判事件に関し、裁判所の許可もしくは要請を受け、又は全訴訟当事者の同意を得て利害関係を持つ訴外第三者が意見書を提出できる制度。
  10. 米国の特許訴訟において、当事者間で解釈の違いがある特許クレームの用語について、裁判所が法律問題として解釈の判断を示す命令(Order)。この命令によって当事者にとってもその後の訴訟の優劣についての予測可能性が高まることから、和解を促進する効果があると評価されている。
  11. 米国訴訟において営業秘密等の相手方への開示の際に、開示先を相手方代理人弁護士のみに限定する制度。

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