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Policy(提言・報告書) 科学技術、情報通信、知財政策 経済成長と安全・安心に向けた主体的・戦略的な宇宙開発利用の推進

2019年12月17日
一般社団法人 日本経済団体連合会

1. はじめに

「データは経済成長の燃料」とも「21世紀はデータの世紀」とも言われる。この中で、経済の成長を実現し、広く国民の安全・安心を確保するためには、今後ますます、宇宙を主体的・戦略的に活用していく必要がある。

地球上の様々な場所からデータを集め、多くの企業や人々にデータを効率的且つ利便性の高いかたちで提供する上で、宇宙には極めて大きなアドバンテージがある。例えば、海洋上をタイムリーに監視し、台風の動きや海面の温度、水産資源の動向、更には、離島周辺の船舶の状況などを把握することは、宇宙を活用してこそ、可能になる。カーナビなど、デジタル・マップのルート案内を安価に利用できるのも、衛星の測位データが大きく貢献している。衛星通信サービスは、たとえ地上のインフラがダメージを被ったとしても、国民生活の基盤を支えることができる。

今や、衛星データは、ビックデータの一部として、様々なデータと組み合わされ、AIによる高度な解析や分析などを通じて、経済活動の新たな価値を生み出し、社会的課題を解決する役割を果たしている。Society 5.0の超スマート社会の実現に向けて、衛星データが大きな鍵を握ると言っても、過言ではない。想定外の大規模災害を想定しなければならない現状では、府省庁、自治体が連携して衛星データを積極的に活用することは、最早、不可欠である。

このようなデータの重要性の高まりの中で、世界的に見れば、宇宙関連の機器やサービス関連の市場、いわゆる「スペース・エコノミー」の規模は、2018年には世界で4,000億ドルを超え、2015年以降の3年間で2割以上拡大したとも言われている#1。わが国も、このようなスペース・エコノミーの国際的な拡大トレンドに、キャッチアップしていく必要がある。

現在、政府においては、宇宙開発の基本方針や総合的施策などを示した「宇宙基本計画」の改定の議論が始まっている。そこで、経団連では、経済成長の実現と広く国民の安全・安心の確保に向けて宇宙開発利用をより主体的・戦略的に推進する観点から、下記の通り、意見を取りまとめた。

2. 基本的考え方と関連施策

(1) 「官」「民」シナジーの拡大

1969年、人類が初めて月面に降り立ち、わが国では宇宙開発を担う宇宙開発事業団が発足した。その後、50年、国家は常に宇宙開発利用の主役であり続けた。宇宙における国家の重要性は今後も変わることがないが、経済活動におけるデータの重要性の高まり、通信、センサー、航空宇宙関連技術の発達、一部成熟化等に伴い、民間企業の宇宙への挑戦は、近年、国際的に飛躍的な高まりを見せている。スペース・ベンチャーに対する投資は、2018年には年間32億ドルにものぼると言われ#2、民間企業は宇宙開発利用のもう一人の主役となった。今後は、あらゆる面で、「官」「民」が連携を深めつつ、それぞれの役割をより積極的に果たし、大きなシナジーを生み出していく必要がある。これに向け、現行宇宙基本計画で明記された宇宙機器産業の事業規模に関する数値目標(2016年からの10年間で官民合わせて累計5兆円)を確実に達成するとともに、より積極的な国際市場への展開等を見据え、これをローリングした新たな目標を新基本計画に盛り込むべきである。

民間セクターの役割

わが国の民間セクターにおいては、将来の発展に向けた動きが着実に進展している。まず、輸送系では、基幹ロケットの打ち上げは、2005年以降、42回連続で成功し、国際水準を上回る97.9%の成功率となった。価格・維持コストの大幅減を目指した新基幹ロケット「H3」は、試験機の打ち上げ前にも拘らず、海外企業などに対する受注活動が開始された。衛星では、昨年、世界最高水準の高精度で安定した位置情報を提供する準天頂衛星「みちびき」が運用を開始した。本年7月には探査機「はやぶさ2」が世界で初めて、小惑星から内部の石を採取することに成功した。

スペース・ベンチャーの動きも活性化している。本年5月には民間企業が単独で開発・製造したロケットが初めて宇宙空間に到達した。また、既に複数のスタートアップなどが小型衛星を活用したビジネスを計画、実施している。この中でスペース・ベンチャーに対する企業投資家数について言えば、わが国は米国に次ぐ世界第2位となった#3

しかしながら、国際競争の厳しさは日に日に激化している。コストにしても、技術にしても、ビジネスモデルにしても、従来の物差しでは測り得ない企業が米国、欧州のみならず、中国などで勃興している。わが国産業界としては、企業規模の大小、設立年数等に拘らず、何よりも、自ら宇宙ビジネスを切り拓くとの気概を持って、従来の枠組み・慣習に囚われず、積極的な挑戦を積み重ねていかねばならない。これこそが、宇宙に関し「官」「民」のシナジーを拡大させるための核心である。

政府:宇宙のリードユーザー

その上で、政府には、関係府省庁の任務遂行に向けて、宇宙を活用し、国民に最大限のメリットを提供するという、リードユーザーとしての機能を強化することが強く求められる。経済成長と国民の安全・安心に向けて、これまで以上に宇宙の主体的・戦略的活用が求められる今だからこそ、宇宙政策の新たなビジョンとも言える次期宇宙基本計画においては、まず、わが国として何を目指して宇宙開発利用を推進していくのか、といった理念を明確に打ち出さなければならない。その上で、保有すべき宇宙インフラや実施すべきプロジェクトを明確にし、宇宙システム全体の機能保証の強化を含め、着実な整備や推進を図るとの政府としての意思を、次期基本計画に明記すべきである。このような機軸となる考えを示してこそ、宇宙開発利用に関する国民の支持を高めることができる。

政府衛星データについては、その利活用の目的、枠組みを再定義し、どのようなデータをいかなる範囲・期間で収集し、政府部内でどう活用・連携し、国民視点でサービス内容を充実させていくのかといった事項を明らかにする必要がある。加えて、政府衛星データの府省庁における利用と相互活用を推進すべく、その基盤を整備することが大きな課題である。現在、政府衛星データは、個々の衛星毎に、処理レベルの定義やデータ整理のルールなどがまちまちであり、異なる衛星のデータを複合的に利用することは、極めて困難な状態となっている。米国の海洋大気庁(NOAA)ならびに地質調査所(USGS)、欧州のコペルニクス計画を参考に、政府衛星データに関して、商用観測衛星のデータ標準化の動向も見据えた統一的なデータ標準の策定など、組織横断的な取り組みを推進する部署の設置を検討すべきである。また、情報収集衛星についても、可能な範囲で他省庁ならびに民間におけるデータ活用を検討すべきである。

新技術の活用推進も重要なリードユーザーとしての役割である。かかる観点から、関係府省庁における研究開発活動を強化するとともに、国際的な動向を見据えつつ民間の声を取り入れながら、技術の発展にあわせて関連規制等をタイムリーに更新する仕組みを設けることが求められる。更に、宇宙関連の新技術に関する国際標準作りにも、積極的に貢献すべきである。現在、国際連合の専門機関である国際民間航空機関(ICAO)においては、米連邦航空局(FAA)や英民間航空局(CAA)などの取り組みを参考に、将来の民間宇宙事業に関する技術標準作りの議論が行われている。このICAOなどの議論に、わが国も積極的に貢献すべきである。

現行の防衛計画の大綱は、宇宙を含む新領域において、「我が国としての優位性を早期に獲得することが死活的に重要」とし、中期防衛力整備計画では、宇宙空間の安定的利用の確保、宇宙領域を活用した情報収集、通信、測位等の能力の一層の向上に向けた諸施策が示された。これら施策を推進するに当たっては、先端技術や関連データを自在に活用する能力を確保することを重視すべきである。

地方自治体も、防災等、住民の安全・安心のために衛星データを活用する宇宙のリードユーザーである。関係府省庁、周辺自治体と効果的・効率的に連携し、地方自治体が観測衛星データ等を活用することを可能にするソフト、ハードの整備を進めていく必要がある。

民間活力最大限発揮の環境整備

民間活力が最大限発揮される環境を整備することは、政府のもう一つの重要な役割であり、ソフト、ハードの両面において、これに積極的に取り組む必要がある。

ソフト面では、スペース・ベンチャーを含めた企業のビジネス環境の改善が重要であり、規制・制度ならびにその運用を柔軟に見直していくべきである。例えば、衛星で通信ネットワークを構築するためには、国際電気通信連合(ITU)において使用周波数に関する承認を得る必要があるが、現在、総務省に対しては、ITUの手続き開始の「前々年度のうちに」、スケジュール相談を行うことが推奨されている#4。小型衛星を活用したスペース・ベンチャーにとっては、そのビジネスの成否は、いわば時間との勝負である。このため、国内関連手続きの迅速化が強く求められる。また、民主導でのロケットの打ち上げ等を可能した宇宙活動法については、その運用の円滑化・効率化を確保すべきである。

更に、政府衛星データのオープン・フリー化を、対象データの範囲、継続性、ならびに利便性の面で、研究者や企業がより高い価値を見出し得るものとし、新たな経済社会のインフラとして、定着させるべきである。現在、わが国には、2019年2月に一般公開された「Tellus」に加え、複数の省庁等による衛星データプラットフォームが併存している。これらをユーザーの視点からシームレス化してデータへのアクセスを改善し、民間のデータ活用ニーズを顕在化させるべきである。

現在政府においては、スペース・ベンチャー育成のため、2023年までの5年間で1,000億円のリスクマネーの供給を可能にする施策が実施されている。海外においては、ベンチャーと大手製造企業が協力し、極めて野心的なプロジェクトが展開されている事実がある。かかる挑戦をわが国においても促進する観点から、参加企業の規模や設立年数等に拘らず、野心的なリスクの高いプロジェクトに対しては、政府系金融機関等の優先的支援を得うることとすべきである。

ハード面では、宇宙ビジネスの高まりが期待される今だからこそ、射場・射点などの継続的改良や研究開発設備の充実が必要である。例えば、不測の事態が生じた場合でもロケットの打ち上げを円滑に実施する観点から、移動発射台を複数体制に戻すことなどが求められる。加えて、スペースプレーン研究に向けた超音速風洞、先進的な衛星の開発に有効な真空チャンバーなど、今後、経済成長の実現と安全・安心確保の観点から、鍵となる技術の開発に直結する設備の拡充や更新が必要である。

(2) 国際協力の推進

宇宙という国境のない空間を開発・利用する上で、もとより国際協力は必然である。今日、科学的な探査のみならず、宇宙資源開発や宇宙観光など、かつての夢物語が現実になろうとしている。また、その一方で、宇宙空間の混雑化や宇宙ゴミの増加など、持続的・安定的な宇宙空間利用を妨げるリスクが生じている。このため、国際協力に基づく宇宙開発利用がこれまで以上に重要になっている。わが国は、国際法の整備を含め、国際協力を推進する上で、主導的な役割を果たすべきである。

日米協力の強化

特に重要なのは、日米協力の強化である。わが国の産業技術力を最大限に活かし、同盟国且つ技術大国たる「日米ならでは」の協力を実現すべきである。この観点から、真にwin-winな日米の戦略的宇宙協力の実現に向けた包括的なロードマップを策定すべきである。民生分野、安全保障分野双方をカバーしたこのロードマップは、準天頂衛星への米国製ペイロードの搭載、「アルテミス計画」#5における戦略的パートナーシップの確立、宇宙状況把握(SSA)/宇宙航行管理(STM)における協力推進、米国の国際サプライチェーンへの産業技術的貢献の拡大などを含むものとすべきである。宇宙関連産業の日米協力強化の観点から、政府間で設計・製造・試験等に関する技術および管理スタンダードの相互認証制度の創設を検討すべきである。

「自由で開かれたインド太平洋ビジョン」への貢献

宇宙は、気候変動、防災、食料安全保障、海洋状況の把握等、様々な国際的課題を解決し、インド太平洋地域の繁栄をより確かなものとする上で、重要な役割を果たすことができる。わが国としては、「自由で開かれたインド太平洋ビジョン」に向けた戦略的イニシアチブとして、従来の要請主義を超えて、持てる産業技術力を最大限活用し、特に東アジアやオセアニア諸国等に対する能力構築支援や装備協力を強化すべきである。具体的には、(1)防災対応等の観点からのアジア地域における高機能観測衛星システムの整備、(2)宇宙や海洋の状況を把握し、タイムリーに関係国と情報を共有する当該国における体制のハード・ソフト両面での整備、(3)当該国における準天頂衛星関連インフラの整備を積極的に検討・実施していくべきである。

(3) 経済的効用の拡大

本年6月、米航空宇宙局(NASA)は、国際宇宙ステーション(ISS)を商業利用に開放するとの方針を発表した。これは、いかなる宇宙プログラムも、経済的効用とは無縁ではあり得ないことを象徴する。わが国政府においては、宇宙関連プロジェクトに幅広い企業等の積極的参加を得、民間投資を誘引すべく、関連施策に様々な工夫を凝らすことが求められる。

この観点から、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の経営理念(「空と宇宙を活かし、安全で豊かな社会を実現」)のより一層の具現化が期待される。先述の射場・射点などの継続的改良や研究開発設備の充実等、インフラの拡充・更新を含む新技術の研究開発活動の強化とともに、民間活力をより一層取り込むべく、将来の事業化を見据えた研究開発のテーマ設定や各種活動の民間移管の推進などを検討すべきである。民間移管については、そのタイムスケジュールを宇宙基本計画工程表に記載し、企業の自発的対応を促進することが求められる。

この一環として、「ゲートウェイを含む月探査」については、国際的な役割分担に基づく政府としての参画に加え、将来的な商業利用や企業の参画方などについて、わが国企業ならびに米国政府等と密接に対話し、予めその方向性を明確化することを期待する。

加えて、国際協力の円滑化の観点からも、契約関連制度(官民のコスト分担、利益率・報酬のあり方)を米国等の状況に適合したものとすべきである。

3. 国際競争力の強化

(1) 技術的自律性強化と競争力強化の両立

宇宙開発利用を主体的・戦略的に推進し、十分な成果を上げるためには、わが国として、これを可能にする重要技術を国際競争力のある水準で保持していなければならない。経済成長と安全・安心におけるデータの重要性に照らせば、技術的自律性の強化と競争力強化は、輸送系と衛星を含む情報系の双方において、両立されねばならない。

競争力強化は、徹底した企業努力無しには実現しない。同時に、政府には、先述の通り、技術面、データ面で、宇宙のリードユーザー機能を強化し、国民に最大限のメリットを提供することが求められる。加えて、海外展開などでわが国企業と連携することによって、国際市場の圧力を活用した競争力強化を支援することができる。更には、今後の宇宙開発利用に極めて重要となる基盤的な技術開発を推進することも必要である。

(2) ロケット

かかる観点から、政府は、政府プロジェクトにおける基幹ロケットの優先的使用の方針を再確認・実践すべきである。ロケットの海外市場展開を側面支援する観点からも、米政府の取り組みを参考に、将来の政府調達に関する適切なコミットメントを明らかにし、関連企業の投資等を促進することも求められる。また、輸送コストの大幅低減に資する再使用ロケット、次世代アビオニクス等、安全保障、民生双方のニーズを踏まえた研究開発の実施・加速も必要である。

(3) 衛星システム

衛星システムについては、そのあり方や活用方法等に非連続的な変化が生じている。このため、コンステレーション衛星に対応した量産化技術や自律運用技術、5Gや次世代通信に対応するフルデジタルペイロード、光衛星通信等の通信・センサー技術などについて、基盤技術の強化、国際競争力の向上を目的とした戦略的な観点から、研究開発プログラムを立ち上げ、腰を据えて推進すべきである。また、衛星の活用推進・運用効率化に向けた地上システムの高度化などの取り組みが必要である。

4. 宇宙政策推進体制と官民連携

2008年の宇宙基本法成立により、内閣総理大臣を本部長とする宇宙開発戦略本部が発足し、2012年には、大局的・専門的見地から宇宙開発計画を検討する宇宙政策委員会が設置された。これらにより、わが国の宇宙政策推進体制は抜本的に強化された。今後、宇宙開発利用の主体的・戦略的推進がますます重要になることに照らせば、総理のリーダーシップの下、政府一体となった取り組みをより一層強化し、宇宙のリードユーザー機能の強化、民間活力の最大限発揮に向けた環境整備等を加速し、経済成長と広く国民の安全・安心に向けた宇宙開発利用の重要性について、幅広い理解と支持を高めていくべきである。

経団連としては、宇宙政策委員会・部会等の議論にこれまで以上に積極的に貢献するとともに、内外の様々な関係者が対話と協力を深める場を継続的に設定し、宇宙開発利用の主体的・戦略的推進に協力していく。

以上

  1. 2015年:$344.20B、2016年:$357.18B、2017年:$383.52B、2018年:$414.75B
    (Space Foundation「THE SPACE REPORT」2018年版・2019年版)
  2. Bryce Space and Technology「Start-up Space Report 2019」
  3. Bryce Space and Technology「Start-up Space Report 2019」
  4. 総務省「小型衛星通信網の国際周波数調整手続きに関するマニュアル 初版」(2016年3月31日)
  5. 米国による、2024年の有人月面着陸と2030年代の有人火星着陸を目指す計画。その第一段階として、月を周回する有人拠点「ゲートウェイ」を構築する(ゲートウェイ構想)。わが国は2019年10月に、ゲートウェイを含む月探査への協力を表明した。

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