一般社団法人 日本経済団体連合会
産業技術本部
今般、産業構造審議会知的財産分科会特許制度小委員会において「中間とりまとめ(案)」が公表された。今回の小委員会は、新型コロナウィルスの影響が大きいなかで、傍聴不可、随行不可、顔出し不可という制限されたウェブ会議で主に行われたにも拘わらず、制度の根幹にかかわる項目も議論された。そのような状況で、「中間とりまとめ(案)」は、とりまとめを急いだ感がある上、パブリックコメント募集期間も6月16日の小委員会開催直後の17日から30日までと極めて短期で設定されており、問題があると考える。各論については、産業界として賛同できる項目も含まれる一方、懸念される項目も存在する。以下、幾つかの論点につき、コメントする。
1.AI技術の保護の在り方
2.DX時代におけるデジタル化・ネットワーク化への対応
3.プラットフォーム化するビジネスへの対応
4.特許権の実効的な保護のための関連データの取扱い
AIやIoTといったデジタル技術の活用による新たな社会「Society 5.0」が展望されており、DXの必要性が高まっている。ビジネスモデルの刷新も必要となり、多様な主体とのオープンイノベーションも本格化している。先端的なデジタル技術をめぐっては、様々な法律に関わる多くの論点が絡む。AIやデータの取り扱いをめぐるグローバルなルール形成も不可避となっており、経済安全保障の議論も高まっている。
特許庁が事務局を務め、特許の専門家を中心に、特許制度のみに焦点をあてる「特許制度小委員会」では、デジタル技術にまつわる幅広い知財の議論を行うことに限界がある。政府には、より高次の枠組みで、新たな時代にふさわしい包括的な知財政策・制度を検討・実施されたい。
5.円滑な紛争処理に向けた知財紛争処理システム
(1)早期の紛争解決を図る新たな訴訟類型
「中間とりまとめ(案)」では、新たな訴訟類型について、二案が審議された旨の紹介があるが、現状の訴訟制度においても、裁判所の心証開示を受け、適宜和解交渉が進められ、効率的に紛争処理が進められており、早期差止についても、仮処分申請の手段がある。小委員会のなかでは、紛争解決の早期化のために新たな訴訟類型が必要との意見も存在したが、現在の制度において本当に紛争解決に時間がかかっているのか、かかっているとすれば、何に時間がかかっているのか、その理由は何かといった点について、根本的な議論が深まった形跡はない。従って、現状では、新しい訴訟類型を構築するという制度の根幹にかかわる法改正を行う立法事実があるといえる状況にはない。
本論点は、前回からの検討課題であるが、今回についても新たな訴訟類型の導入を是とする十分なニーズや事実の積上げが見られなかった。今後、新たな訴訟類型について検討を継続するのであれば、立法事実をさらに丹念に確認すべきであるが、これまでの議論に鑑みれば、検討継続の必要性にも疑問がある。
特許庁においては、知財司法制度を無用に混乱させるべきでなく、論拠に乏しいなかでの拙速な法改正を行うようなことは厳に慎むべきである。
(2)当事者本人への証拠の開示制限
当事者本人への証拠の開示を制限する仕組みは、訴訟の場に十分な証拠が提示されることにつながることから、導入に向けた具体的な検討を続けることに賛同する。
(3)第三者意見募集制度
裁判所が必要と認めるときに第三者に意見を求めることができるようにすることは重要であり、制度導入に向けた議論を深めることに賛同する。
(5)特許権者の金銭的救済の充実
① 懲罰的賠償制度
懲罰的賠償制度は、「中間とりまとめ(案)」でも言及があるとおり、日本における不法行為に基づく損害賠償制度の基本原則ないし基本理念と相いれず、海外における懲罰賠償の判決の日本国内における執行が否定されている。小委員会の議論でも、導入に対し否定的な意見が大半であった。
本論点は、長年にわたり類似の議論が繰り返し行われ、同様の結論に達している。不断の議論を行うことは、一般論としては否定されないが、他に議論すべき事項も多々あることもあり、今回の結論を機に、小委員会で検討すべきアジェンダから外すべきである。
② 利益吐き出し型賠償制度
利益吐き出し型賠償制度は、制裁的な意味合いがあることから、日本への導入については、懲罰的賠償制度と同様、問題がある。
昨今の知的財産高等裁判所の判決では、制裁的な意味合いを持たずとも、侵害者の手元に侵害由来の利益を残さないとの判断によって、いわゆる「侵害し得」の状態は減じられてきており、こうした司法判断に委ねるのが妥当である。
(6)訂正審判等における通常実施権者の承諾
訂正審判の請求又は訂正の請求における通常実施権者の承諾を不要とする方向で改正を検討するとの案に賛同する。
6.紛争形態の複雑化への対応
(1)差止請求権の在り方
AI・IoT時代には、通信関連技術が社会インフラとなってきており、通信関連技術の標準必須特許を利用する業種も拡大している。こうした状況のなか、差止請求権の在り方について議論することは極めて有意義であり、引き続き検討を進めることが適当であるとする案に賛同する。
8.特許の活用方法の多様化への対応
おわりに
「中間とりまとめ(案)」で言及されているように、特許の活用方法は多様化している。そうしたなか、「権利者の保護と技術の利活用の促進をどのようにバランスをとるかという視点が重要」との考えが示されていることに賛同する。