1. トップ
  2. Policy(提言・報告書)
  3. 経済連携、貿易投資
  4. コロナの下での自由で開かれた貿易投資の実現

Policy(提言・報告書) 経済連携、貿易投資 コロナの下での自由で開かれた貿易投資の実現 ―包摂的かつ強靭な枠組みを目指して―

2020年7月14日
一般社団法人 日本経済団体連合会

Ⅰ 新型コロナウイルス感染拡大と今後のあるべき方向性

1.世界経済の現状

今世紀に入りグローバル化が一層進展し、人、物、資本、サービス等が国境を越えてシームレスに移動することを通じて、世界経済は着実な成長を続けてきた。2001年に約33.6兆ドルであった世界の名目GDPは2018年には約84.9兆ドルを記録している#1。とりわけ、世界全体の貿易総額(輸出額ベース)は、今世紀初頭の約6.2兆ドルから約19.3兆ドル(2018年)に3倍以上拡大し#2、世界の名目GDPの4分の1弱を構成するに至っており、持続的成長をけん引する大きな要因となっている。また、世界全体の海外直接投資残高も2000年に7.4兆ドルであったのに対し、2019年は36.5兆ドルを記録している#3。特に、新たな生産拠点として多くの投資の誘致に成功した新興国では、中間所得層が台頭し、消費も拡大するという好循環が持続してきた。

しかし、現在、世界は新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大という未曽有の危機に直面している。感染拡大を防止することを目的としたロックダウン等の措置に伴い、世界経済は後退、IMFは2020年第2四半期に感染が収束しても本年の世界のGDPは前年比-4.9%程度となると推計している#4。とりわけ、世界貿易は本年、サプライチェーンの寸断等により13%~32%程度の大幅な下落を記録すると見込まれている#5。また、貿易と同じく世界経済を支える海外直接投資については、COVID-19感染拡大以前から既にフローで減少傾向にあったが#6、本年は40%の大幅減少が見込まれる#7。世界経済を成長軌道に戻すためには、一刻も早く貿易投資の枠組みを下記2に掲げる方向で立て直し、自由で開かれた貿易投資を再び拡大へと導くことが不可欠である。

2.コロナの下での貿易投資枠組みのあり方

(1)人、物、資本、サービス等の自由な移動の維持・回復

感染拡大防止との両立を大前提に、各国が人、物、資本、サービス等の自由な移動を確保すること、とりわけ、経済社会活動の維持に不可欠な物の移動やサービスの提供に携わる人の移動を確保することが喫緊の課題である。感染拡大の第2波、第3波が到来する可能性も念頭に、入国制限や検疫・隔離措置の適用を除外すべき人の範囲や手続き等について早急に国際的な合意が求められる。

(2)デジタル化への対応

デジタル化に対応した国際ルールの確立、とりわけ「信頼あるデータの自由な流通(Data Free Flow with Trust)」の実現は、経団連が標榜する、最先端の技術と人間の想像力・創造性を融合させることで2015年に採択された国連の持続可能な開発目標(SDGs)を実現する「Society 5.0 for SDGs」を国際展開するために不可欠であり、COVID-19感染拡大以前から最優先課題であった。今般の感染拡大を教訓として、例えば治療法やワクチンの開発に必要なデータの国際的な流通に際しての個人情報保護等のあり方を検討することは、将来の備えとして有益である。

(3)環境問題解決への貢献

今般のコロナ禍は、感染が拡大する前に、その防止ならびに対応能力強化のための投資を惜しむべきではないという教訓を残した。感染症と並ぶ人類の脅威として、気候変動など環境問題への危機感が高まっている。将来世代への責任として、貿易投資が環境問題の解決に資するような政策の展開が必要である。

(4)途上国の包摂

コロナ禍は、貧困層、医療体制が不十分な地域など、社会の脆弱な部分を直撃している。とりわけ途上国への影響が大きいことを看過すべきでない。SDGsが掲げる「誰も取り残されてはならない」という点を今まで以上に強く意識し、真の途上国をあまねく包摂する枠組みづくりが求められる。

(5)多角的かつ自由・透明で開かれた枠組みの堅持

コロナ禍によって、いくつかの国において保護主義、自国第一主義が顕著になるなど、貿易投資を取り巻く環境は不透明さを増している。このような時こそ、原点に立ち返り、公正なルールに基づく、多角的かつ自由・透明で開かれた枠組みを堅持することが重要である。その中核となるべきWTOが本来の機能を発揮するよう、必要な改革を断行することが求められる。

(6)二国間・地域の枠組みによる補完

各国が二国間・地域の経済連携協定、投資関連協定の締結を推進し、WTO中心の多角的体制を補完することも強靭な貿易投資枠組みを構築する上で不可欠である。企業が海外直接投資を通じてサプライチェーンをグローバルに形成する状況下では、企業の国籍国が当事国となる協定のみならず、第三国・地域間の協定も重要である#8

以下、コロナの下での貿易投資の枠組みの主要項目ならびにWTO改革について提言する。

Ⅱ 貿易投資を通じた世界経済の復興

1.貿易

(1)国際物流機能の維持・回復

コロナの下で制約されている国際物流機能の維持・回復が急務である。そのためには、その機能を担う人の移動に関し、各国が共通のガイドラインに基づき、足並みを揃えて対応することが求められる。例えば、「ICAO, ILO, IMO共同ステートメント#9」にあるように、重要物資の輸送従事者(外航船員、海外航空貨物便乗員等)をKey workersと位置づけ、感染拡大防止との両立を前提に、これら従事者に対する隔離措置の適用緩和による交代の円滑化を図るべきである。特に外航船員については、長期連続乗船にならないよう、人道的配慮が重要である。また、万一、洋上において感染者が出た場合においても、迅速な医療が受けられるよう、沿岸国による引き受けなど、国際的な救助体制を確実なものとすべきである。

上記のKey workersに限らず、経済社会活動の再開等に必要な人の移動を可能とすべく、各国において非感染証明書や免疫パスポートの迅速な発行が求められる。そのためには、PCR検査、抗体検査を円滑かつ大量に実施できる体制づくりや、移動・渡航に必要な諸手続の電子化の推進など、行政処理能力の向上に向けて各国が官民連携で取組むと共に、途上国への支援が不可欠である。

COVID-19感染拡大防止のためのロックダウンに伴い、通関事務に携わる人員の不足が顕著になった。通関事務の一層の簡素化と電子化を推進することでこれを補完し、貿易円滑化を図るべきである。2017年2月に発効したWTO貿易円滑化協定は、輸出入手続に必要な書類を削減し、かつ簡易なものとするため、必要な書類の電子的な写しの受理に努めるよう定めている(同第10条1.1、2.1)。各国が同協定を実施するための措置を講じること#10、また、電子化推進に向けて途上国におけるキャパシティビルディングを推進することが求められる。

(2)過度な輸出制限の回避、WTO整合性の確保
  1. ① WTOへの通報
    COVID-19の感染拡大に伴う防護服、マスク、人工呼吸器等の医療用品の需要拡大に対処すべく、80以上の国がこれら物品の輸出制限、輸出ライセンス制を実施している#11。また、一部の国では、小麦等の食料の輸出に数量割当を導入している#12。これらの措置については、対象品目、制限が実施される期間等を明示の上、WTOに通報することで、透明性を確保することがまず求められる#13
    併せて、感染拡大の第2波も想定し、WTOへの通報のあり方に係るルールを早急に整備すべきである。例えば、通報が遅滞した場合には、その理由の説明と提出予定時期の提示等を要求すると共に、一定期間以上の遅滞にはペナルティを賦課する、また、通常委員会の活動において、監視機能を強化するなどの対応が考え得る#14

  2. ② 速やかな撤廃・終了
    「新型コロナウイルスと多角的貿易体制に関する閣僚声明#15」(2020年5月5日)が言及する通り、新型コロナウイルスに対処するための緊急措置は、必要と認められる場合であっても、的を絞り、目的に照らし相応かつ透明性があり、一時的でなければならず、WTO整合的であることが求められる。実際、GATT第11条1項は数量制限を禁止しており、同2項aは、輸出国にとって不可欠な産品の危機的な不足を防止、または緩和するための一時的な輸出制限のみを例外的に認めており、慢性的な不足を理由とする輸出制限は正当化されるものではない#16。したがって、これらの措置については、可能な限り速やかに撤廃ないしは終了することが各国に求められる。
    一方、特に食料については、医療用品とは違い、COVID-19感染拡大と直接の関係が見出しにくいことから、輸出制限を実施する場合は、説得的な根拠が求められる。また、輸出規制が食料輸入国の食料安全保障に与える影響に配慮しなければならない旨規定したWTO農業協定第12条との整合性も考慮する必要がある。
    なお、医療用品等の慢性的な不足に対処すべく輸出制限等を継続せざるを得ない場合は、一般例外規定である「人、動物または植物の生命または健康の保護のために必要な措置」(GATT第20条b)の要件を満たすことが求められる#17

  3. ③ 二国間・地域の枠組み等を活用した緊急物資の融通
    COVID-19との戦いがある程度長期戦となることも見据え、国際協調の下、緊急物資を融通しあう体制を構築することも重要である。例えば、日豪EPAは、エネルギー・鉱物資源分野の安定的かつ互恵的な関係を強化するため、両国間の協力を促進することを規定している(第8.7条)。このような規定を医療用品や食料についても類推し、国際的な協力体制を構築すべきである。加えて、食料については、GATT第11条2項aに基づくいかなる措置も導入、維持しないよう努める旨定める事例(日豪経済連携協定第7.3条)や、輸出制限措置をとった場合、6か月以内に終了すると定める事例(CPTPP第2.26条)がある。将来締結されるEPAにおいても同様の規定を導入することが望まれる。

(3)保護主義的関税の排除

COVID-19感染拡大による経済活動の縮小、国内需要の減退に伴い、国内産業を保護する観点から、鉄鋼などの関税を引き上げる国も散見される。譲許税率の範囲内での関税引き上げは直ちにWTO非整合的とはいえないが、COVID-19を機に保護主義的な措置が連鎖的に拡大することを阻止し、自由で開かれた貿易を維持・拡大する観点から、かかる措置は慎むべきである。

(4)市場歪曲的な補助金に関する規律強化

また、景気対策に名を借りた特定産業への補助金は市場歪曲化につながりかねない。従来から、日米欧三極は、市場歪曲的な産業補助金に対処すべく、WTOにおける議論を加速すべきであるとの提案を行ってきた。具体的には、際限のない政府保証などを新たに禁止補助金に追加する、また、補助金交付国側が当該補助金交付に著しい悪影響がないことを挙証する責任を負う方向でWTO補助金および相殺関税協定を改定するといった内容であり、それに沿って規律を強化すべきである#18

(5)IT製品の普及

技術進歩に伴い、IT製品の関税の撤廃を定める情報技術協定(ITA)の物品リストを不断に更新し、また、加盟国の拡大を図るべきである。特に、COVID-19感染拡大の教訓を踏まえ、医療機器を対象に含めることを検討すべきである。また、後述の通り、WTO全加盟国による合意が困難な中、複数の関心国間での交渉を維持・継続していく観点からも、ITAの意義は大きい。

2.海外直接投資

(1)投資の円滑化・自由化

海外直接投資は、投資国側の企業にとって事業機会の拡大につながるのみならず、投資受入国にとっても、革新的な技術およびビジネス・モデルの導入などのメリットをもたらし、コロナ禍で傷んだ世界経済の復興・再生の起爆剤となり得る。とりわけ、雇用創出、技術移転等を通じて、COVID-19感染拡大によって大きな影響を受けた途上国の経済復興に寄与する可能性が大きい。

現在、WTOの枠組みの下で投資円滑化協定に関する有志国会合#19が立ち上げられ、投資関連規制の透明化・予見可能性向上、投資許可プロセスの迅速化、技術協力の推進、投資相談窓口の充実、オンブズマン制度等のあり方が検討されている。B20東京サミット共同提言にも記載の通り、経済界として、こうした共同イニシアティブを支持する#20

もっとも、現状、WTOにおける投資の議論は円滑化に焦点が当てられ、投資関連協定の根幹をなす自由化(外資制限の撤廃・緩和等市場アクセスの改善)、特定措置履行要求の禁止や投資家対国家紛争解決(ISDS)等は検討の対象となっていない。そこで、WTOにおける投資円滑化協定に加え、二国間または複数国間で投資関連協定を締結することで、投資自由化・保護の両面でレベルの高い投資ルールを形成していくことが引き続き重要である。主要製造・サービス分野およびインフラ分野における外資制限、参入制限ならびに投資後の売却、清算、撤退等に対する制限の撤廃は、低迷する世界経済において海外直接投資を再活性化する上で安定した制度的基盤となり得るものである#21。加えて、ワクチン開発など医療分野での複数国企業による研究開発投資等、COVID-19の感染拡大防止の観点からも投資自由化を強力に推進すべきである。

(2)知的財産権保護

海外直接投資を促進する上では、投資家の知的財産権を保護することが重要である。この点については、既に日米欧三極貿易大臣会合において議論が行われており#22、WTOにおける具体的なルール策定に結実させることが求められる。

(3)適切な投資管理

開かれた投資市場の実現を一層推進すると同時に、安全保障上守るべき技術を特定し、その流出を防止すべく、適切な投資管理を行うことが重要である。例えば、わが国では、本年5月8日に改正外為法が施行され、外国投資家による指定業種の上場企業の株式取得に際しての事前届出義務の閾値が10%から1%に変更され、医薬品、人工呼吸器などを含む高度医療機器に係る企業も事前届出対象業種に追加される#23。また、欧州委員会は、健康・医療製品の生産能力やワクチン開発などに従事する研究機関などの関連産業を対象とする買収が、保健環境に負の影響を与えないよう、投資審査時に医療インフラや関連サプライチェーンへのリスク評価を徹底するよう加盟国に通達している#24。このように、意思を同じくする主要国が安全保障上重要な技術の流出防止に足並みを揃えて対応することが引き続き求められる。

3.越境データ流通

(1)WTO電子商取引協定(仮称)の実現

信頼あるデータの自由な流通(DFFT)を具現化するための政府間の取組みの一つとして、WTOにおいて電子商取引協定の協議が進められている#25。同協定では、既存のEPA等の規律を参考に、自由な越境データフロー、データローカリゼーションを要求する各種措置の禁止、ソース・コード等の開示要求禁止、無差別待遇等について定めるべきである#26。また、デジタル分野において関税障壁が存在しないことが、今日のデジタル経済の急速な発展の基礎として機能してきたことに鑑み、電子的送信に対する関税不賦課の恒久化が必須である。

(2)個人情報の保護

一方、自由な越境データフローを実現するためには、特に個人情報の保護が不可欠である。とりわけ医療や電子決済の分野では、特に取扱いに配慮すべき重要な個人情報が含まれることが多く、適切な対応が求められる。DFFTの具現化にあたって、WTOにおける電子商取引に関するルールづくりを補完すべく、以下①~③に掲げるように、各国で異なる規制・制度の下で個人情報の保護の水準に着目して相互承認を進めるなど二国間または複数国間で規制協力を推進することが重要である。

  1. ① 個人データの保護の十分性に関する相互承認
    EUは一般データ保護規則(GDPR)の下で個人データを人権の一部として保護し、わが国は個人情報保護法を制定している。それぞれ保護法益等の面で差異はあるものの、個人データ保護を担保するに十分な内容であることを相互に認め、日EU間の自由な個人データの流通を確保している。このような相互主義に基づく取組みを積み上げていくことが有効である。

  2. ② 特恵貿易協定(PTA: Preferential Trade Agreement)締結
    CPTPPの電子商取引章のように、関心国間で高いレベルのルールを策定すると共に、各参加国の国内法に基づき、これを実施していくことが重要である。

  3. ③ 国際データ移転メカニズムの相互運用性
    APECの越境プライバシールール(CBPR)とEUのGDPRの相互承認等、異なる越境データ移転メカニズムの相互運用性を確保することも、個人情報の保護と自由な越境データ流通の両立を広範囲で面的に展開する上で有効である。

なお、途上国を含む各国において個人情報保護を法制化するにあたって、キャパシティビルディングが重要である。

他方、COVID-19感染拡大防止のように、公益目的のために特に必要がある場合は、しっかりとした情報管理措置を施すことを大前提に、本人の同意なく個人データを国家機関等の第三者に提供することを可能とすべく、国際的な基準を設定することも必要である#27

4.貿易と環境

気候変動に具体的な対策を講じることはSDGs目標#28の重要な柱であり、持続可能な経済社会を構築する上での最優先課題である。自由で開かれた貿易投資も気候変動対策に資するものであることが求められる。こうした中、2014年7月以降、WTOの枠組みの下、有志国間で進められてきた環境物品協定(EGA)交渉は、環境保護および気候変動対策に貢献する物品の普及を目指すものであり、現在中断されている交渉を再開すべきである。

これと並行して、二国間・地域間協定の締結を通じて多国間による取組みを補完することも重要である。例えば、日EU・EPAは、「経済面、社会面及び環境面での持続可能な開発という目標に対する貿易及び投資の貢献を増進することの重要性を認識する」と明確に謳った上で、環境ならびに気候変動の緩和に関する物品、サービスの貿易投資の円滑化や、民間の自発的取組みの推進について定めている(16.5条)。このような条項を根拠に、環境物品の普及などに向けた取組みを官民連携で推進することが有益である。

他方、COVID-19感染拡大に伴い世界貿易が停滞する中、気候変動対策とされる措置がWTO協定違反や保護主義的・貿易歪曲的効果をもたらしてはならない。この点、温室効果ガスの排出規制が緩やかな国からの輸入される特定製品に炭素税率等を上乗せする「炭素国境調整メカニズム(carbon border adjustment mechanism)」については、慎重な検討が求められる。

Ⅲ WTO改革を通じた多国間枠組みの強靭化

1.ルール策定方法の弾力化

上述の通り、保護主義、自国第一主義を是正し、自由で開かれた国際経済秩序を形成する上で、WTOを中核とする多国間枠組みが果たす役割は大きい。特に、感染拡大防止と経済復興の両立を目指す上で、WTOは公正なルール作り、その履行ならびに紛争解決といった機能を十分に発揮することが期待される。

しかし、現状は、各論各様の対立があり、164の加盟国・地域でのコンセンサス形成が困難である。そこで、コンセンサスに基づく意思決定を最終目標としつつも、現在行われている電子商取引に関するルール策定で採用されている関心国・地域間でのルール作りを追求すべきである。まずはプルリ、オープンプルリなどの形で複数の国・地域が合意し、事後的に参加する国・地域を漸進的に増やすことでクリティカル・マスを形成するというアプローチは、市場歪曲的な産業補助金や強制的な技術移転に関する規律強化にあたっても有効と考えられる。

また、二国間・地域間EPAを着実に実施し、また、参加国を拡大することで貿易投資枠組みのスタンダードを確立し、これをWTO協定に取り込むことでグローバルなルールへと昇華させることも検討すべきである#29。例えば、CPTPP参加国が連携して、同協定の電子商取引章の内容を現在WTOで行われている電子商取引協定の策定に向けた議論に反映させることが求められる。また、日EU・EPAのサービス貿易、投資の自由化章やCPTPPの投資章をベースに、WTOの場で投資自由化#30について、関心国間で議論を再開し、漸進的に参加国を増やすのも一案である。そうすることで、将来的に、WTOが貿易のみならず投資分野でもイニシアティブを発揮する素地を形成することができる。

2.途上国に対する特別かつ異なる待遇の見直し

真の途上国をグローバルな貿易投資の枠組みに包摂するためには、現在、WTOにおいて途上国に与えられている特別かつ異なる待遇(S&D)を見直す必要がある。WTO発足時から急速に経済発展を遂げ、もはや途上国とはいえない国が途上国としての地位を維持し、本来負うべき義務を果たしていないのが現状である。COVID-19感染拡大によって途上国が大きな影響を受ける中で、そのような現状を放置すれば、本来であれば途上国の地位を卒業すべき国との間で競争上不利な状況に途上国が置かれることになる。換言すれば、本来「南北問題」を緩和するためのS&Dが、「南南問題」を惹起することになる。各WTO加盟国は、自国の経済規模と競争力に即した義務を果たすべきであり、実際、ブラジル、台湾、シンガポール、コスタリカ、韓国などが、近年、相次いで途上国の地位から卒業しており、このような動きを加速させることが不可欠である。

3.紛争解決機能の速やかな回復

WTOの紛争解決は、ルールの履行確保のための「最後の砦」として重要な役割を果たしてきた。しかし、必要な数の上級委員が任命されていないため、2019年12月以降、事実上機能停止している。COVID-19の下、特定の物品の輸出制限や、国内経済の停滞を理由とした関税引き上げなどの保護主義的措置がWTO協定に違反するとしてWTO紛争解決手続に付託されることも予想され、上級委員会の機能停止は一層深刻な問題となりかねない。

本件に対処する暫定措置として、EUは紛争解決に係る規則及び手続に関する了解(DSU)第25条に基づく仲裁を推進している#31。また、欧州委員会は、紛争相手国が機能しない上級委員会に上訴することで最終解決を拒む場合(appealing into the void)、対抗措置を講じられるよう域内規則の改正を提案中である#32。しかし、これらの措置は上級委員会問題の根本的な解決には必ずしも繋がらず、あくまで暫定的な措置と位置づけられる。特に、対抗措置については、明示的にDSUに非整合的とまでは言えないものの、WTO協定上の義務違反の是正を求める場合には、DSUに定める規則および手続によるものとし、これらを遵守する旨を定めたDSU第23条1項の趣旨に鑑みれば、慎重な対応が求められる。

米国が上級委員を任命しなかった背景には、同委員会がDSUに基づいて加盟国により授権された権限・手続を逸脱しているという問題意識があるとされている。例えば、上級委員会報告書に紛争解決に直接関係のない傍論(obiter dicta)が記載されていること、国内法や事実の解釈を行っていること、報告書が先例拘束性を有するかのように扱われていること等である#33。これに対し、上級委員会と一般理事会の定期的な協議の枠組みを構築してはどうかとの提案等が俎上に上がっている。上級委員会の判断に対し、加盟国がレビューを行う機会が確保されれば、上級委員会の権限踰越や司法積極主義への警戒感もある程度払拭し得る。かかる提案を参考にしつつ、上級委員会の一刻も早い機能回復に向け、加盟国間で具体的な議論を進めるべきである。

Ⅳ むすびにかえて

貿易投資の拡大を通じて世界経済を復興・再生するためには、COVID-19感染拡大に伴い拍車がかかった保護主義、自国第一主義に歯止めをかける枠組みの構築が求められる。同時に、急速に進展するデジタル化への対応や、環境問題の解決に資する枠組みづくりも急務である。他方、感染拡大以前から各種ルールづくりは停滞し、WTOの紛争解決機能も停止するなど、自由で開かれた貿易投資は危機に直面している。そのような中、新たなルールを策定し、紛争解決制度を含むWTO改革を実行することは容易ではないが、少なくとも、自由、民主主義、法の支配等の価値を共有する諸国との間で共通の利益を見出し、具体策を提案していくことが必要であり、そうすることは経済発展段階や政治体制が異なる国・地域を広く包摂していく上でも不可欠である。

わが国は、価値観を共有する日米欧三極連携の下、産業補助金や技術移転に関する規律の議論を推進すると共に、WTOの下では電子商取引協定の策定に主体的に取組むなど多国間の枠組みづくりに貢献してきた。併せて、16カ国による東アジア包括的経済連携(RCEP)の実現、CPTPPの参加国拡大ならびに日英間の経済パートナーシップの構築など、二国間・地域のルールづくりにも引き続き注力することで、重層的で実効的な枠組みの形成を目指している。感染拡大によって世界経済が大きな打撃を受けている現在、包摂的かつ強靭な貿易投資枠組みの確立に向け、かかる取組みを一層強化し、具体的なルール形成に結実させることが求められる。

以上

  1. IMF
  2. IMF Data, Direction of Trade Statistics, https://data.imf.org/
  3. UNCTAD World Investment Report 2020, p.242
  4. IMF World Economic Outlook Update, June 2020, p.1
    https://www.imf.org/en/Publications/WEO/Issues/2020/06/24/WEOUpdateJune2020
  5. https://www.wto.org/english/news_e/pres20_e/pr855_e.htm
  6. 2017年前年比-23%、2018年前年比-13%(UNCTAD World Investment Report 2019, p. 2)
  7. UNCTAD World Investment Report 2020, p. 2
  8. 例えば、英国のEU離脱に伴い、わが国にとっては、日英経済連携協定(EPA)の締結が不可欠であると同時に、多くの日本企業がEU域内に進出していることに鑑み、英EU協定の締結も求められる。コロナの下においても、締結交渉を遅滞なく行い、本年末の移行期間終了以前に両者を発効させることが不可欠である。
  9. Joint ICAO-ILO-IMO Statement on key worker designation, 22 May 2020
  10. わが国では「スマート税関構想2020」(2020年6月)において、税関検査のオートメーション化、通関審査を支援するためのビッグデータのAI解析、RPA導入による定型業務の効率化等を税関行政の中長期ビジョンとして掲げている。
  11. 米国、EU、豪州、インド、韓国、アルゼンチン、ブラジルなど
    https://www.wto.org/english/tratop_e/covid19_e/trade_related_goods_measure_e.htm
  12. ロシアなど
    https://www.wto.org/english/tratop_e/covid19_e/trade_related_goods_measure_e.htm
  13. 7月3日現在83加盟国・地域が合計216件通報
  14. 経団連「新たな時代の通商政策の実現を求める」(2019年1月)参照
  15. https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100051935.pdf
  16. China- Measures Related to the Exportation of Various Raw Materials, Reports of the Panel, WT/DS394/R, WT/DS395/R, WT/DS398/R, 5 July, 2011, paras. 7.346-7.349
  17. 当該措置を採用する国側が、①措置が必要であること、②より貿易制限的でない代替措置では目的を達成できないこと、③国際貿易の偽装された制限とならないことを挙証する必要がある。例えば、European Communities- Measures Prohibiting the Importation and Marketing of Seal Products, Reports of the Panel, WT/DS400/R, WT/DS401/R, 25 November, 2013, para. 7.631-7.650参照。
  18. 日米欧三極貿易大臣会合共同声明(2020年1月14日)参照
  19. 参加国は中国、韓国、香港、アルゼンチン、ブラジル、ウルグアイ、チリ、コロンビア、メキシコ、カザフスタン、カタール、ナイジェリアなど
  20. B20東京サミット共同提言13頁
  21. 経団連「投資関連協定に関する提言」(2019年10月)参照
  22. 直近の三極貿易大臣会合 (2020年1月14日 於 ワシントンD.C.) においては、強制技術移転措置を防ぐ規律の要素や、強制技術移転に対処する必要性に関し他のWTO加盟国にアウトリーチを行い、コンセンサスを構築する必要性、および輸出管理や安全保障目的のための投資管理とそのエンフォースメント手段、新たなルール作り等、有害な強制技術移転を止めるための効果的な方法に対するコミットメントについて議論が行われた。
  23. 医薬品・高度医療機器に係る企業の事前届出については、7月15日より実施。
  24. Communication from the Commission, Guidance to the Member States concerning foreign direct investment and free movement of capital from third countries, and the protection of Europe's strategic assets, ahead of the application of Regulation (EU) 2019/452 (FDI Screening Regulation), 25, 3, 2020
  25. 米国、中国、EUほか多くの途上国を含む84カ国参加。インド、南アフリカは不参加。
  26. CPTPP第14章参照
  27. わが国の場合、個人情報保護法第16条3項、23条1項に規定あり。
  28. SDGs目標13
  29. 経団連ではかねてより、その端緒として、WTO事務局において各種EPA/FTA等の規律の比較・分析を進めると共に、関係の委員会において可能な条文案の研究等を行うことを提案している。
    経団連「新たな時代の通商政策の実現を求める」(2019年1月)
    http://www.keidanren.or.jp/policy/2019/004_honbun.html#s2-1
  30. 日本をはじめとする先進国は、WTOの対象を貿易から投資へ拡大することを推進。ドーハ閣僚宣言(2001年)において、投資について、「第5回WTO閣僚会議(MC5:2003年 於 メキシコ・カンクーン)で、交渉様式についての明確なコンセンサスに基づき、交渉を開始すること」が盛り込まれた。しかし、途上国の反発によって、ドーハ・ラウンドの正式なアジェンダとはならなかった経緯あり。
  31. EUの提案する暫定的アレンジメントは、上級委員会への上訴に代えて、DSU第25条に基づく仲裁を、可能な限り上級委の手続きに近づける形で運用するもの。EUが当事国の事案について、EUと相手国とが一定の期限までに合意した場合に利用する「任意の手続き」という位置づけ。2020年1月のダボス会議において、中国、韓国、オーストラリア、ブラジル、カナダ、コロンビア、ニュージーランド等17カ国が当該措置に賛同。
  32. 2019年12月、欧州委員会は、WTOの紛争処理パネルの内容を相手国が受け入れなかった場合に、EUが独自の対抗措置を講じることが出来るよう、EU域内規則の改正を提案。対抗措置とは、追加関税賦課、数量制限、公共調達制限 等。
  33. 米国USTR“2018 Trade Policy Agenda”(2018年2月28日)

「経済連携、貿易投資」はこちら