一般社団法人 日本経済団体連合会
Ⅰ 現状認識:ブロック化の懸念
第二次世界大戦後、世界は自由で開かれた国際経済秩序の下、貿易投資を推進することで繁栄を享受してきた。特に1995年に世界貿易機関(WTO)が発足し、2001年に中国が加盟して以降の20年間の貿易投資の伸びは著しい#1。
しかし、ここ数年、二大経済大国が戦略的競争関係に入り#2、また、2020年になると新型コロナウィルス感染症が拡大#3した。さらに、ロシアによるウクライナ侵略は、世界の分断への懸念を更に強め#4ている。
このような現状を放置すれば、戦後の繁栄を支えてきた制度基盤が確実に侵食されるばかりか、第二次世界大戦前と同様のブロック化さえ懸念される。ブロック化が進行すると、それが同志国間であれ、地域毎であれ、いずれのブロックにも加わらない多くの途上国は成長の機会を失うことになる。また、分断された市場の下では、気候変動問題などの地球規模課題への対応に必要な投資も行われにくくなる。実際、世界が二つにブロック化され、国際分業や技術伝播が滞ると、長期的に世界のGDPの5%、即ち日本経済の規模に匹敵する生産額が失われるとの試算がある#5。自由で開かれた国際経済秩序の再構築が急がれる所以である。
Ⅱ 世界が目指すべき方向性:自由な貿易投資の維持・推進
1.自由な貿易投資の維持・推進
上述のとおり、自由な貿易投資は深刻な挑戦を受けていると言わざるを得ないが、世界経済あるいは地域経済への統合を志向する国は途上国、中小国を中心に少なくない。WTOの加盟国・地域は164で6年間増えていないものの、加盟作業中の国・地域は24に及んでいる。
WTOの機能不全が指摘されるようになって久しく、WTO改革の道筋#6は未だについていないものの、4年半ぶりに開催された本年6月のWTO第12回閣僚会議では、6年半ぶりに閣僚宣言が採択された。先月チュニスで開催された第8回アフリカ開発会議(TICAD8)においても、「透明性のある、公正で、包摂的な、ルールに基づく世界貿易機関(WTO)を中核とする多角的貿易体制を維持・強化するとのコミットメントを再確認する」ことが成果文書である「チュニス宣言」に盛り込まれた。なお、途上国にとっての公正な競争条件を確保し、持続的な発展につなげるためには、もはや途上国とは言えない程に経済発展を遂げた国は途上国の地位から卒業し、相応の責任を負う必要がある。
今後は、以上のような多国間の取組みに加えて、情報技術協定(ITA)の参加国拡大、環境物品協定(EGA)交渉の再開、有志国による共同声明をベースに始まった電子商取引や投資円滑化に関するルール策定など、複数国による取組みを起点にできる限り多くの国の合意を目指すこと(プルリラテラル・アプローチ)がますます重要となる。また、ルールの執行についても、WTO上級委員会の機能が停止している中にあって、有志国による「多国間暫定上訴仲裁アレンジメント」(MPIA)を活用するなどの取組みが求められる#7。
さらに、ルールに基づく貿易投資の枠組みとして、354#8と増加傾向にある地域貿易協定の締結努力が不可欠である。2021年1月にはアフリカ大陸自由貿易圏(AfCFTA)が運用を開始、本年1月には地域的な包括的経済連携(RCEP)協定が発効しており、地域を限定とした取組みとは言え、その影響は大きい。
以上に加え、自由な貿易投資を維持・推進するためには、以下の各種要請にも応えていく必要がある。
2.安全保障の確保
民生用技術の飛躍的な発展などを背景に安全保障の裾野が通常の経済活動にまで広がる中にあって、安全保障上の要請を満たしながら自由な貿易投資関係を維持するためには、安全保障の観点から貿易や投資を制限する場合であっても、その対象を真に必要な最小限度に絞る(ネガティブリスト・アプローチ)必要がある。そうすることは、企業の事業活動の予見可能性を高め、自由な貿易投資活動を推進することにつながる。また、地政学リスク等を踏まえてサプライチェーンを見直す場合にあっても、一義的には、当該サプライチェーンを事業戦略に基づいて構築してきた企業が自ら主体的に取り組むべきである。安全保障の観点から政府が関与する場合であっても、規制的な手法ではなく、企業の主体的な取組みを後押しすることを基本とすべきである。
なお、関税と貿易に関する一般協定(GATT)第21条は、締約国が自国の安全保障上の重大な利益の保護のために必要と判断する措置、例えば「戦時その他の国際関係の緊急時に措置」をとることを妨げないとしている。GATT 第21条が想定する、このような安全保障概念が経済と安全保障が強く結びついた今の時代に適合し得るのか、経済的威圧行為への対抗といった観点も含め検討する必要がある。
3.持続可能性の追求
国連の持続可能な開発目標(SDGs)に象徴されるように、持続可能性の追求が重要な課題となっている中にあって、先般のWTO閣僚会議において漁業補助金に関する一定の合意を得たことは前進である。次はCO2排出コストが相対的に低い国への生産移管(カーボン・リーケージ)を防止するための炭素国境調整措置への対応などが課題となる。
4.国内基準への対応
環境・労働・健康・安全等への各国における関心の高まりを受けて、これらに関し各国において策定される規格・基準が貿易に与える影響が大きくなることが想定される。特定国・地域の基準を一方的に押し付つけることは、自由貿易への反発を惹起しかねない。各国の規格・基準の相互運用性を確保すべく、規制協力を推進することが重要である。
5.デジタル経済への対応
経済活動のデジタル化が進展する中にあって、グローバルな事業を円滑に展開するとともに、製品・サービスの付加価値を高めるためには、データの国境を越えた共有に資するルールづくりが不可欠である。現在、WTOにおいて共同声明イニシアチブの下で電子商取引の議論が行われているほか、経済連携協定等を通じた二国間・複数国間のルール作りが進展しているが、急速にデジタル化する経済に必ずしも即応出来ていないのが実情である。プライバシーおよびセキュリティに係る相手国の制度への信頼をベースに、相互運用性を確保する必要がある。
Ⅲ 日本の果たすべき役割:G7広島サミットをも見据えて
日本は、自由で開かれた国際経済秩序から大きな恩恵を受けてきた上に、来年はG7議長国となることを見据えて、上記Ⅱに掲げた要請に対応すべく、以下の目標の実現にイニシアチブを発揮すべきである。
1.世界全体を包摂する自由な貿易投資の維持・推進
極めて厳しい国際情勢の下、いかにして自由な貿易投資を維持・推進していくか、G7議長国として鼎の軽重が問われる。世界経済の先行きに不透明感が増す中、WTO改革など積み残しの課題に取り組むだけでは不十分である。日EU経済連携協定(EPA)、CPTPP、日米貿易協定をベースに日米欧三極の連携を強化するとともに、途上国を含めた世界全体を包摂する新たなイニシアチブを打ち出すことが求められる。
2.安全保障の確保と自由な貿易投資との両立
日本は、世界の成長センターであると同時に地政学的リスクの高いインド太平洋地域に位置し、また、戦略的競争関係の色を濃くしている二大超大国の双方と緊密な貿易投資関係を有していることから、日本が安全保障の確保と自由な貿易投資との両立をいかにして実現していくのか諸外国が注目している。この点、本年5月に成立した経済安全保障推進法#9に対する各国の関心も高い。同法は、日本として、戦略的な自律性を確保するとともに、優位性・不可欠性の獲得・維持・強化を目指したものであるが、同時に、他国の範となるよう、安全保障の確保に関する経済施策の実施にあたっては、自由な経済活動との両立に十分配慮することが求められる。
3.気候変動への対応と自由な貿易投資との両立
本年のG7エルマウ・サミットにおいて、立ち上げに向け合意がなされた「気候クラブ」の今後の動向を踏まえつつ、脱炭素化に貢献する形で貿易投資を推進する必要がある。炭素国境調整措置については、偽装された貿易制限とならないよう、導入を検討している国・地域に対してWTO協定との整合性の確保を働きかけていかなければならない。
4.国内基準の国際的な相互運用性の確保
日本は、日EU・EPA交渉過程において、産業界の声を反映する形で規格・基準の相互承認等を推進するなど、いわゆる非関税障壁の低減に努力してきた経緯がある。最終的に日EU・EPAには規制協力に関する章が設けられ、双方の規制当局が、貿易・投資に関する規制措置について、事前公表、意見提出の機会の提供、事前・事後の評価、グッドプラクティスに関する情報交換等を行うことが規定されている。こうした経験を活かし、各国で異なる規格・基準等の相互運用性の確保に努力する必要がある。
5.信頼ある自由なデータ流通(DFFT)の実現
国境を越えるデータの自由な流通に関するルールづくりは、2019年に安倍総理(当時)がダボス会議で提案した「信頼ある自由なデータ流通」(DFFT: Data Free Flow with Trust)を端緒とする。同総理のリーダーシップの下で同年6月に日本が議長を務めたG20大阪サミットでは、「異なる枠組みの相互運用性を促進するために協力」することで合意した。また、日本は、WTOにおける電子商取引に関する共同声明イニシアチブ(JSI)の下で進行中の議論を幹事国の一つとして牽引している。こうした経緯を踏まえ、引き続き様々なフォーラムにおいて議論を主導していく必要がある。
Ⅳ 日本が採るべき戦略
以上を踏まえ、日本は、以下の点に政策資源を集中的に投入すべきである。
1.G7を中核とする貿易投資枠組みの立ち上げ
世界経済の分断を回避し、自由な貿易投資を維持・推進する観点から、来年のG7広島サミットに向けて、G7参加国・地域を中核とするハイレベルな貿易投資枠組み(「自由貿易投資クラブ」と呼称)の立ち上げを提唱すべきである。立ち上げの際、例えば、一定期間内に以下の基準をクリアすることを約束する全ての国の参加を認める必要がある。
- 鉱工業品関税を原則撤廃
- 対内直接投資に対する特定措置履行要求を禁止、送金の自由を確保等
- 知的財産権の強制実施を制限
- 自由な越境データ移転を確保、データローカライゼーション要求を禁止、
ソースコード開示要求を禁止、アルゴリズム開示要求を禁止
2.経済連携ネットワークの拡大・深化
経済連携協定(EPA)の原点に立ち返り、今日の国際情勢の下で日本にとって有益な国際環境を形成するとともに、日本としての経済利益の確保に資する国・地域を改めて選定し、交渉すべきである#10。そうすることによって、日本の貿易総額の約80%をカバーするまでに拡大してきたEPAおよび78か国・地域をカバーしている投資協定のネットワークを更に拡大・深化させる必要がある。【別紙のⅠの1~3参照】
3.エネルギー・食料の安定供給の確保
EPA・投資協定の相手国・地域の選定にあたっては、ロシアによるウクライナ侵略によって重要性が改めて認識されたエネルギー・食料の安全保障に特に留意する必要がある。日本の自給率はエネルギーが11.2%(2020年度速報値)、食糧が37%(2020年度供給熱量ベース)と諸外国に比べて非常に低いことから、完全自給は到底現実的ではなく、これらの輸出国との安定的かつ緊密な関係を構築することが不可欠である。【別紙のⅠの4参照】
4.信頼ある自由なデータ流通(DFFT)に係るルールの確立
WTOにおける電子商取引に関する共同声明イニシアチブの下で進行中の議論において、電子的な送信への関税不賦課の恒久化を含めたルールづくりを目指すことに加えて、ASEAN主要国やインドも参加するインド太平洋経済枠組み(IPEF)等を活用してデータの国境を越える自由な流通に関するルールの確立を目指すべきである。【別紙のⅡ参照】
別紙
Ⅰ 経済連携ネットワークの拡大・深化
1.ハイレベルな貿易投資の推進
(1)米国のTPP復帰
IPEFの具体化と並行して、インド太平洋地域の経済秩序づくりに米国が関与するよう、中長期的に粘り強く同国のTPP復帰を促していくべきである。
(2)CPTPPへの新規加入
CPTPP加入に際しては、市場アクセス、ルール両面で現行協定の高いレベルを遵守する必要があり、当該国の実績と意思が問われることになる。
RCEPを例にとった場合、自動車、家電製品、一部鉄鋼製品など主要品目が関税撤廃の対象外(また自動車部品などは10~20年目撤廃)となっている。これに対し、CPTPPでは鉱工業品関税のほぼ100%撤廃が求められる。したがって、RCEP加入国がCPTPPへの加入を申請する場合は、RCEPを着実に履行している実績に加え、関税撤廃スケジュールを前倒しする意思が求められる。
また、電子商取引について、RCEPの下では、データの越境自由流通、データローカライゼーション要求の禁止が原則となっている#11が、CPTPPでは、これらに加えてソースコード開示要求の禁止、無差別原則を定めており、RCEP加入国がCPTPPへの加入を申請する場合、RCEPの規定を遵守していることは無論、ソースコード開示要求の禁止、無差別原則への適合も求められる。RCEPでは、公共目的を理由とする制限が認められる#12ほか、電子商取引章が紛争解決の対象になっていない#13が、これらが当該国によって濫用されている事実あるいはその疑いがあってはならない。
さらに、CPTPPは対内投資に対するパフォーマンス要求を禁止しており、特定品目の国産化要求や、技術移転要求などの措置を強制しないことが加入の条件となる。
(3)日EU・EPA規制協力に関する章の有効活用
日EU・EPAの規制協力章を活用し、気候変動、デジタルの分野を中心に規格・基準の相互運用性の確保に向けた対話を推進すべきである#14。また、アジア諸国をはじめとする第三国においても規格・基準の相互運用性を確保すべく、日EUが協力することも重要である。
2.交渉中のEPAの早期締結
(1)日トルコEPA
欧州・アジア・中東・北アフリカの結節点に位置し、8500万人弱の人口を擁するトルコは、欧州向け輸出への生産拠点および消費市場としての重要性を高めている。また、日本企業のアフリカ・ビジネスのパートナーとしての潜在性も高い。EPA交渉を早期に妥結し、関税はもとより、ローカルコンテンツ要求、現地人雇用義務等の投資・ビジネス上の障壁が解消されることが求められる。
(2)日コロンビアEPA
コロンビアは石油、石炭、フェロニッケルなどの豊富な天然資源を有しており、わが国のエネルギー・資源安全保障の観点から重要性が増している。また、ブラジル、メキシコに次ぐラテンアメリカ地域第三位の人口を擁し、「太平洋同盟」#15のメンバー国でもあることから、市場規模の点でも魅力がある。2012年12月に開始されたEPA交渉について、国家間でコミットした以上、コロンビアにおける政権交代に係らず、これを継続し、早期妥結を図る必要がある。
3.新規交渉
(1)イスラエルとのEPA交渉開始
中東における民主国家であるイスラエルとの戦略的パートナーシップの強化や、先端技術開発における連携推進の観点から、投資協定 に加え、EPAが求められる。韓国が2021年5月にイスラエルとのFTAに署名しており、劣後しないことが重要である。
(2)バングラデシュとのEPA交渉開始
バングラデシュが2026年に後発開発途上国(LDC)を卒業することに伴い、LDC特恵の対象外となることから、EPAの締結によって無関税・低関税を維持する必要がある。具体的には、EPAを通じて、現地進出日本企業が生産した繊維製品等の対日輸出を引き続き無税とするとともに、日本から同国への輸出に際して課される関税を削減することで、二輪車、同部品、インフラ整備に関連した資機材、製造機器、鉄鋼等の市場アクセスを確保することが重要である。
(3)インド太平洋経済枠組み(IPEF)
本年5月に立ち上がったインド太平洋地域の14か国が参加するIPEFでは、将来の交渉に向けた議論が行われてきた。9月上旬に開催された閣僚会合においては、貿易、サプライチェーン、クリーン経済、公平な経済の4分野について、交渉の範囲に関する声明が取りまとめられたところ、今後、その進展が期待される。わが国としては、米国とアジア諸国等の主張を融合させながら、ルールづくりと協力推進を通じて地域の秩序形成に貢献していく必要がある。
また、IPEFにおける成果を米EU貿易技術評議会(TTC)における議論にも反映することが有益である。なお、IPEFにおける議論を推進するにあたって、日米経済政策協議委員会(日米経済版「2+2」)を司令塔として活用することも考えられる。
4.エネルギー・食料の安定供給の確保
(1)メルコスールとのEPA交渉開始
メルコスール参加国は、鉱物資源、食料、飼料の輸出国であり、これらの安定的な輸入確保に向けて、EPAを通じて関係を強化する必要がある。
農業や資源開発分野への日本からの投資を促進する観点からも、EPAを通じた投資自由化・保護が求められる。特にブラジルに関しては外資制限、ローカルコンテンツ要求、送金規制、ロイヤリティの上限規制等、投資に関する制約が多く指摘されており、改善が求められる。
なお、関税面についても、EUメルコスールEPAの大筋合意、韓国メルコスールFTA交渉の開始、ウルグアイ中国FTAの予備調査完了等に鑑み、これらの動きに劣後しないことが求められる。
(2)日GCC・FTA交渉の再開
エネルギーの安定供給に資する日GCC・FTA交渉を再開すべきである。GCC諸国は外資制限、送金規制、過度な拠点設置義務や、現地人雇用義務など投資障壁が少なくない。また、税制の不透明性など、ビジネス環境上の問題も指摘されている。日本からのエネルギー分野への投資を促進する観点からもFTAの締結が求められる。なお、韓国は2021年11月にGCC諸国とのFTA交渉再開に合意しており、これに劣後しないことが重要である。
(3)EPAの見直し協議を通じたインドネシアとの連携強化
石炭の主要輸入元であり、かつてLNGの主要輸入元であったインドネシアとの関係強化が不可欠である。石炭については、本年初頭、インドネシアが国内需給のひっ迫を理由に輸出禁止措置を導入し、2月に条件付きで解除された経緯がある。日インドネシアEPAの見直しに関する協議の場も活用し、エネルギー・鉱物資源の安定確保と増産のための取組みを推進すべきである。
なお、インドネシアの「新鉱業法」に基づく高付加価値化要求やロイヤルティの定額支払い義務化がRCEPや日インドネシアEPAが禁止するパフォーマンス要求に該当しないか検証が必要である。
(4)アフリカ諸国とのEPA・投資協定の締結
アフリカは中間層の拡大により大きな発展が期待されることに加え、豊富な鉱物資源を有する。2021年1月にAfCFTAの運用が開始されるなど、アフリカ諸国は経済統合の動きを進めており、経済連携の対象として諸外国の関心が高まっている。日本としては、アフリカ開発会議(TICAD)の枠組みも活用して、機を逸することなく経済連携を強化する必要がある。日本企業の進出状況を踏まえ、既に交渉が開始している投資協定を含め、EPAならびに投資協定の締結を推進する必要がある。その際、当該国が欧州各国、中国、韓国などとの間に締結している既存の協定に劣後した内容とならないよう対応することが不可欠である#16。
5.その他
ウクライナ情勢を受け、同国に関連するビジネスの維持や、同国の復興のために日本、ウクライナ両国の官民が連携して取り組むことが重要である。ウクライナ側の意向も踏まえた上で、EPAも含め、今後の両国間の貿易・投資関係を維持・強化する方策を検討すべきである。
Ⅱ 信頼ある自由なデータ流通(DFFT)に係るルールの確立
1.インド太平洋経済枠組み(IPEF)
IPEFは市場アクセスが含まれないこともあり、できる限り多くの国の参加を得るためにも、具体的な成果を早めに示す必要がある。そのような観点から、国境を越えるデータの自由な流通に関するルールづくりを推進する必要がある。データ流通に関しては、既にCPTPP、RCEP、日米デジタル貿易協定の下でルールが存在するが、米国、ASEAN主要国、豪州、ニュージーランドが参加するIPEFにおけるルール形成は、これらを包摂し、連携させる役割を担うことが期待される。
2.日米デジタル貿易協定
IPEFと並行して、日米デジタル貿易協定に基づく日米二国間の取組みを推進することが重要である。今後、個人情報保護に関する両国の制度間の相互運用性を確保するための仕組みを整備する(同協定第15条3項)とともに、サイバー攻撃への対応など、安全保障の面からも協議を推進し、IPEFにおける議論に反映させるべきである。
- 今世紀初め2001年の世界の貿易額は約6.1兆ドル(輸出額ベース)であったのに対し、2021年には約22.3兆ドル(同)と20年で約3.7倍に増加(JETRO世界貿易マトリクス参照)。投資についても、2001年に約7.3兆ドルであった世界の対外直接投資ストックは、2021年には41.8兆ドルを記録(UNCTAD World Investment Report 2022参照)。
- 例えば、2018年7月より通商法301条に基づき対中国関税を数次にわたって引き上げ、これに対して中国が対抗措置を実施。他にも対内直接投資規制や輸出管理の強化、政府調達からの排除等。
- 感染拡大を受けて、各国が医療機器や食料の輸出を制限する措置をとったほか、一部の国は自国産業保護を目的に関税を一方的に引き上げ。また、都市の厳しいロックダウンによってグローバル・サプライチェーンが途絶。
- 特に食料のサプライチェーンに影響が発生。両国からの小麦等の出荷減は援助も含めたアフリカ等の途上国への供給に深刻な影響あり。
- オコンジョWTO事務局長が2022年6月のWTO閣僚会議でWTOエコノミストによる試算として言及。
- WTO改革に関する経団連の考え方については、「第12回WTO閣僚会議に期待する」(2021年9月14日)参照。
- 経済産業省「WTO上級委員会の機能停止下の政策対応研究会 中間報告書」(2022年6月)参照。
- 2022年3月現在WTOに通報されている協定で現在効力を有するもの。
- 正式には「経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律」
- 「今後の経済連携協定の推進についての基本方針」(平成16年12月21日 経済連携促進関係閣僚会議決定)では、交渉相手国・地域の決定にあたっては、交渉相手国・地域の決定に関する基準を十分踏まえるものとされており、同基準では、「我が国にとり有益な国際環境の形成」、「我が国全体としての経済利益の確保」、「相手国・地域の状況、EPA/FTAの実現可能性」を総合的に勘案するとしているところ。
- データの越境自由流通に関しRCEP第12.15条2項、データローカライゼーションの禁止について第12,14条2項
- RCEP第12.15条3項、第12.14条3項
- RCEP第12.17条3項
- 例えば、気候変動について、本年6月のG7エルマウ・サミットにおいて立ち上げが合意された「気候クラブ」では、ベストプラクティスを共有し、明示的な炭素価格付け、その他の炭素緩和策及び炭素集約度などを通じた排出量削減のあり方関する共通理解の形成に取り組むことを想定(「気候クラブに関するG7声明」2022年6月28日参照)。「気候クラブ」と並行して、日EU間においても、規制協力の枠組みの下で、摺り合わせておくべきであり、その際、米EU貿易技術評議会(TTC)における議論と平仄を合わせることが重要。
- 2011年4月にコロンビア、メキシコ、ペルー、チリの首脳間で採択された地域経済連合。
- 例えば、わが国が二国間投資協定を交渉中のアルジェリア、ガーナ、タンザニア、セネガル、ナイジェリア、ザンビア、エチオピアが既に欧州、中国、韓国、カナダと締結している協定には、公正衡平待遇、パフォーマンス要求の禁止、ISDSなどに関する条項が挿入されており、日本としてもこれに劣後しないことが重要。