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Policy(提言・報告書) 科学技術、情報通信、知財政策 グローバルな市場創出に向けた国際標準戦略のあり方に関する提言

2024年2月20
一般社団法人 日本経済団体連合会

Ⅰ. はじめに ~現状と問題意識~

国際標準や規制等から成る戦略的なルール形成は、グローバルな市場創出や産業競争力の向上において極めて有力なツールであり、政府も国際標準や規制、認証を市場創出に活用するよう推奨している#1。また、自社の競争力を担うコア領域(クローズ領域)と、国際標準活用等を通じて市場拡大を狙う領域(オープン領域)を戦略的に使い分ける、いわゆる「オープン・クローズ戦略」も予て提唱されている#2

急速な少子高齢化に伴い、わが国の総人口は2050年には1億469万人にまで縮小すると見込まれている#3。構造的な要因により国内市場が先細る中、製品・サービスの高付加価値化にとどまることなく、グローバル市場を能動的に切り拓いていくことが、わが国の持続的な成長の源泉となる。

標準・規制・認証を活用した市場創出の主要類型

出所:経済産業省「市場形成力指標Ver.2.0」を基に経団連事務局作成

グローバル市場を俯瞰すると、ルール形成の中核的ツールである標準化を主導してきた欧州や米国はもとより、近年はISO(国際標準化機構)やIEC(国際電気標準会議)、ITU(国際電気通信連合)等、デジュール標準#4を策定する国際機関や国連専門機関等で中国が議長ポストを積極的に獲得するなど、プレゼンス増大が顕著である#5。さらに、インドも標準化活動を急速に拡大している#6

ISO/WGの国別議長ポスト数推移

出所:日本産業標準調査会基本政策部会「日本型標準加速化モデル」(2023年)

翻って、わが国に目を転じると、市場創出ツールとしての国際標準の重要性は一定程度認識されているものの、全体を俯瞰した産学官による戦略的な取組みは甚だ不十分であり、この20年余、「技術で勝ってビジネスで負ける」状況が続いている。また、多くの日本企業において国際標準への重点的なリソース配分が行われてこなかったため、人材不足や高齢化も深刻化している。さらに、研究開発投資規模やスタートアップ・エコシステムの成熟度において各国に劣後する中、このままでは「技術で勝つ」ことすら困難な状況を迎えかねない。

しかし、まだ勝ち筋は残されている。近年、国際標準は従来の技術仕様や性能等の規定による「互換性確保」や「品質評価」等に加え、カーボンニュートラル、サーキュラーエコノミー、高齢化等の「社会課題」、Industrie4.0等の「概念」、「価値」の定義が焦点となっている。欧州や米国は、これら国際標準を規制と組み合わせることによって、自らに有利な政策誘導や市場創出に取り組んでいる。この点、わが国が掲げてきた「Society 5.0 for SDGs」(最先端のデジタル技術活用を通じて社会課題解決と価値創造を実現するコンセプト)は、日本が概念・価値レベルで国際標準を獲得し、グローバルな市場創出を優位に進めるポテンシャルを秘めている。

日本産業標準調査会(JISC)基本政策部会も2023年5月に「日本型標準加速化モデル」を公表し、市場創出に資する国際標準化の必要性やわが国が抱える課題と対応策を提示しており、産学官の各主体による継続的なフォローアップが不可欠である。

失われた20年余を繰り返さないためにも、今こそ産学官が緊密に連携し、明確なビジョンの下、ルール形成の一環として国際標準戦略を策定・実行すべきである。その際、政府が全体的な構想を示しつつ、政策・予算上必要な支援を行う一方で、技術・サービス等のイノベーションを担い、グローバルな市場を切り拓く産業界が主体的な役割を担うべきことは論を俟たない。

そこで、グローバルに市場を創出し、わが国企業が競争力を維持・強化するために、産学官連携の下で取り組むべきわが国の国際標準戦略のあり方に関し、以下のとおり提言する。

なお、本提言では、ISOやIEC等の国際標準化機関で国際的な協議を経て策定されるデジュール標準や、民間企業や研究機関等が参加するフォーラム団体で策定されるフォーラム標準を主たる対象とする。

Ⅱ. 描くべきグランドデザイン

1. コンセプト:Society 5.0 for SDGsをわかりやすく発信・訴求

「Society 5.0」は、「多様な人々が知恵を働かせてAI等の最先端のデジタル技術とデータでより良い社会を創造する」というわが国発のコンセプトであり、「持続可能性」や「自然との共生」「多様性」「強靭性」等の国際社会でも普遍的な価値を有する重要なキーワードを有する。

Society 5.0は政府の「第5期科学技術基本計画」(2016年1月)において初めて提唱された。経団連ではそのコンセプトを深化させるとともに、実現に向けたアクションプランを整理し、提言「Society 5.0 -ともに創造する未来-」として公表した(2018年7月)。その後、関連の委員会にて具体策を検討し、経団連を挙げて、SDGs(持続可能な開発目標)と軌を一にするものとしてSociety 5.0 for SDGsを掲げ、その普及と実現に取り組んできたところである。

しかしながら、B7#7等のフォーラムでは一定の市民権を得つつあるとは言え、Society 5.0 for SDGsに対する国際的な認知度は依然として低い。国際標準の提案にあたっては、Society 5.0 for SDGsがわが国提案の基調をなすコンセプトとして国際社会から広範に理解・共感を得られるよう、わかりやすく発信・訴求し続けることが欠かせない。

その際、Society 5.0とSDGsの各目標(例:気候変動、エネルギー、健康・福祉、海洋・森林保全等)との関係性、要素技術と技術・データ基盤の関係性等のアーキテクチャーを構想し、社会課題の解決を起点とする、すなわち社会ニーズのバックキャストにより、グローバルな市場創出を目指すべきである。

世界から共感を得て解決すべき社会課題のうち、市場を開拓・拡大するため、他国もメリットが実感できる、いわば「撒き餌」として切り分けられる技術・サービスを共有しつつ、さらに競争力となるコア技術が日本に賦存する領域を見定めた上で、国際標準戦略に取り組むことが不可欠である。

2. 戦略領域:グローバルな市場創出が期待される領域を設定

技術の進展や製品・サービスの展開の速度は領域によって異なるため、標準化が適した領域を見極めることが肝要である。その前提の下、国際標準化においては、大企業に限らずスタートアップも含め、わが国が競争優位を発揮できる技術・サービスに基づきつつ、Society 5.0 for SDGsの実現に貢献し、かつ、グローバルな市場創出が期待される戦略領域を設定すべきである。加えて、国際社会の賛同を得られる日本国特有の「価値」を打ち出すことが重要である。具体例として、高品質志向(high-quality)やきめ細やかさ(fineness)、安全・安心(safety/security)、定時性(punctuality)、衛生意識(hygiene/sanitation)等が挙げられよう。

戦略的に国際標準化を進めることは、わが国による質の高いインフラシステムの海外展開とそれを通じた各国・地域の成長の取込みにも資する#8。経団連が実施したアンケート結果#9等を踏まえ、例えば以下の領域等が有効と考えられる。

(1) 環境エネルギー

環境エネルギー分野は、地球全体がサステイナブルな経済社会を実現しながら、経済成長を行っていくうえで、ますます重要となる分野である。

わが国においては、水素、固体電池、ネガティブエミッション技術、核融合技術といったカーボンニュートラル関連技術、3R(reduce、reuse, recycle)の各種技術や廃プラスチックのケミカルリサイクルをはじめとするサーキュラーエコノミー関連技術に優位性を持っている。また、生物多様性に関しても、経団連と環境省が連携し、世界に先駆けて、生物多様性ビジネス貢献プロジェクトやG7ネイチャーポジティブ経済アライアンスといった、技術に着目した取組みを進めている。

今後、環境制約が一層強まる蓋然性が高い一方、各国・企業はこれを乗り越えるべく、技術開発や市場獲得の競争が激化している。環境エネルギー分野は、新たな技術・市場が生まれる可能性を秘めている。

さらに後述のアンケート結果でも、日本が注力すべき分野として、グリーントランスフォーメーション(GX)やサーキュラーエコノミー(CE)を挙げる意見が多い。

そこでわが国としては、わが国企業が不適切な標準やルールにより市場から排除されることを回避しつつ、新たな市場の獲得につなげるとともに、わが国の優れた技術を活用して地球規模で環境制約克服に貢献するため、積極的かつ戦略的に国際標準化・ルール形成に取り組むべきである。

その際、「仲間づくり」も重要となる。カーボンニュートラル分野において構築されているアジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)等の枠組みを活かして、国際標準化・ルール形成を主導することが重要である。

(2) バイオエコノミー

ゲノム編集技術やDNA合成技術をはじめとするバイオテクノロジーの進展は経済社会のあり方そのものを大きく変革する可能性を秘めている#10

レッドバイオ分野(医療・健康)のバイオエコノミー確立に向けては、再生医療・細胞医療・遺伝子治療等に関する国際標準化を通じた各国の規制調和に加えて、細胞培養装置やプラスチック製器材、培地等のサポーティングインダストリーの品質に係る標準策定が望まれる。

また、グリーンバイオ分野(食料・農業)は、SDGsのみならず食料安全保障の観点からも重要である。培養肉をはじめとする細胞性食品等の定義や安全性等に係る国際標準化を図り、日本国内はもとより、シンガポール等の先行的な国・地域をターゲットとした市場創出に取り組むべきである。

さらに、ホワイトバイオ分野(工業・エネルギー)では、わが国が安定的に原材料を確保できるよう配慮したバイオマス原材料の規格策定のほか、CFP(カーボンフットプリント)やLCA(ライフサイクルアセスメント)等の科学的評価手法の国際標準化を推進すべきである。

(3) 次世代通信技術

Beyond 5G(6G)#11をはじめとする次世代通信技術はSociety 5.0の基盤的技術である。例えば、情報通信研究機構(NICT)ではBeyond 5G(6G)の要素技術として、テラヘルツ通信、大容量光ファイバ等に関する先導的な研究開発に取り組んでいる#12。こうした研究開発成果を基に国際標準化を推進し、次世代通信技術を活用する関連産業とともにSociety 5.0に向けたイノベーションの社会実装を進めることが重要である。

通信技術を支える半導体についても、IPC(米国電子回路協会)#13等のステークホルダーを巻き込みながら、組立要件や製造要件等の協調領域に関する標準化を通じて国際協調を進めていくことが欠かせない。

加えて、セキュアな暗号通信や高速・大規模なデータ処理、センシング等への活用が期待される量子技術についても、産業化に向けた国際標準活動が重要である#14

(4) レジリエンス・防災

世界的に気象災害が激甚化する中、東日本大震災や能登半島地震等、自然災害が頻発するわが国には、気象データの収集・分析や地震速報、洪水・津波対策、被災後の迅速な復旧等に関する蓄積があり#15、気象データを活用した民間の取組みも進んでいる#16。他方、レジリエンスや防災の分野は、公益的・公共事業的な観点による取組みが多いこともあり、他の産業に比べて産業としての育成が充分ではない。日本の取組みに関する国際的な認知度は低く、日本の技術の海外導入も進んでいない。

そこで、わが国として国際標準活用による市場創出と産業育成を行い、日本のレジリエンス・防災技術が各国で広く利用されるよう環境整備に取り組むことが望まれる。

(5) サービス

サービス産業はわが国のGDPの約7割を占め、その高い品質等からグローバルな市場獲得が期待される領域であり#17、「きめ細やかさ」など日本が強みを有する価値が生きる産業分野でもある。

今後、日本のみならず各国において少子高齢化が進行する中、介護や医療サービス等に対する需要の増大が予想されるところ、日本ならではの価値を織り込んで国際標準化を進めることで、日本企業が海外に進出しやすい環境を整備することが肝要である。

出所:経団連アンケート結果(実施期間:2023年10月27日~11月17日)

Ⅲ. 取るべき戦略

1. 戦略策定・推進組織:「国際標準戦略本部」の設置

Ⅱ. で掲げたコンセプトや価値を国際社会と共有しつつ、国際標準を推進するためには、領域横断的に戦略を策定、推進する国内の産学官体制が不可欠であるが、各省庁が各々所掌する産業政策や技術戦略等に基づき、個別に国際標準化に取り組んでいるのが現状である。本来、知的財産戦略本部が政府全体の司令塔として全体統括と省庁間総合調整の役割を担うべきところ、事務局の人員・予算ともに十分とは言い難く、領域横断的かつ産学官が連携し国際標準戦略を協議する場も明らかでない。

そこで、各省庁の施策を総合的に調整し、わが国の国際標準戦略を俯瞰的に策定、推進する常設機関として「国際標準戦略本部」(仮称)を設置し、事務局を強化すべきである。同本部においては、20~30年後の中長期を見据えた社会像にも対応する国際標準戦略を描く機能、ならびに当該戦略を実現する施策を立案する機能を具備すべきである。また、若手人材を含む多様な人材を取り込む必要性の観点から、同本部の下に、次世代を担う30代~40代の年齢層を含む専門人材や有識者等を結集させ、戦略の立案や実行の監督等の機能を担うことが望ましい。

2. 仲間づくり:ターゲット市場に応じた戦略的パートナーシップの構築

ISOやIEC、ITUにおける国際標準の策定に際しては、1国1票による国際的な合意が必要であり、いかに数的優位を確保できるかがカギを握る。この点、27ヵ国で構成されるEUは必然的に国際標準化を主導する存在である。

こうした現状に鑑みれば、経団連が実施したアンケート結果にもあるように、基本的には欧州との連携を志向すべきであり、対抗軸を闇雲に打ち立てることは戦略的に得策とは言い難い。獲得すべきターゲット市場に応じて、欧州#18や米国はもとより、ASEANやインド等との信頼(Trust)に基づき、政府主導で戦略的なパートナーシップを構築することが肝要である#19

併せて、日本国内からにとどまらず、各国内に拠点を有する日本企業の現地法人等を通じたプレゼンス強化や政府・関係機関への働きかけも重要である。とりわけ欧州においては、JBCE(在欧日系ビジネス協議会)やJETRO(独立行政法人日本貿易振興機構)等を通じた活動の強化が効果的である。

国際標準の舞台における中長期的な仲間づくりの視点から、NIST(米国立標準技術研究所)等の海外機関に対する人材派遣、ASEAN等からわが国の各種機関への人材受入、といった人材交流も重要な取組みである。

出所:経団連アンケート(実施期間:2023年10月27日~11月17日)

3. エコシステムの構築

国際標準を活用したグローバルな市場創出に向けては、国としての組織設置およびグローバルな仲間づくりに加えて、国際標準戦略を実際に推し進めるエコシステムの構築が欠かせない。

現状、民間企業や業界団体、政府、アカデミア(大学、政府系研究開発機関、学会等)、規格作成機関、認証機関等の多様なプレーヤーから成るわが国のエコシステムについて、人材の高齢化をはじめ様々な課題が指摘されている#20

そこで、わが国の国際標準戦略を推進するエコシステムを構築するために必要な施策について、次章Ⅳで詳述する。

Ⅳ. エコシステムの構築・強化のための具体的方策

1. 企業行動の変容促進

Ⅱ. に掲げたコンセプトの下、国際標準化を推進する中心的存在は企業に他ならない。このため、まずもってわが国の企業行動の変容が不可欠である。

経団連が実施したアンケートによれば、回答総数の半数がISOやIEC等のデジュール標準の開発に係る活動を「あまりできていない」「全くできていない」と認識している。その理由として、「社内において国際標準等の開発に対する重要性が認識されていない」(39%)と「人材の維持・確保が難しい」(32%)が上位を占めている。

一部の先行的な企業を除き、国際標準に関する経営者の認識不足や人的リソースの投入不足が予て指摘されてきたが、本アンケート結果からも、依然として多くの企業が同様の課題を抱えている実態が浮き彫りとなった。

かかる結果を踏まえ、企業自ら率先して、以下に取り組むことが必要である。

出所:経団連アンケート(実施期間:2023年10月27日~11月17日)

(1) 経営者の意識改革

わが国の国内市場が縮小の一途を辿る中、グローバルな視点から能動的に市場創出に取り組むことが重要であることは論を俟たない。

まずは経営者が自ら、グローバルな市場創出の有用なツールである国際標準の重要性を強く認識し、自社の経営戦略の中心に位置付けることが求められる。また、全社の標準化戦略を統括するCSO(Chief Standardization Officer)を設置、有効に機能させつつ、経営戦略におけるプライオリティを高めるなど、マインドセットを根本的に転換し、グローバルな市場創出に向けたアクションを取ることが肝要である。

さらに、経営層のみならず、経営戦略を担う経営企画部門においても国際標準の重要性を理解したうえで、事業部門や研究開発部門、知的財産部門と調整を図り、全社の活動に国際標準戦略を組み込んでいくことが重要である。

他方、かかる議論が四半世紀以上も繰り返されてきた#21にもかかわらず、道筋が見えないことも事実である。国際標準化に積極的に取り組む企業の事例を踏まえ、経営層と経営企画部門は、①「ルール形成や国際標準化が非常に重要」とのメッセージを社内に継続的に発信するとともに、②自社の経営戦略の重点項目に国際標準を位置づけることが求められる。

(2) 人的リソースの投下

国際標準の重要性を広範に認識したうえで、必要な人員増強や外部人材活用を推進すべきである。さらに、戦略立案能力や規格策定に向けた高度な国際交渉のスキル等が要求されることから、社内のエース級人材を投入する大胆な人事施策も推奨される。

(3) 研究開発段階からの国際標準化

研究開発活動の早期の段階から、事業創出や社会実装を見据えて国際標準化に取り組むことが望ましい。

政府のグリーンイノベーション基金事業やポスト5G情報通信システム基盤強化研究開発事業、バイオものづくり革命推進事業等では、プロジェクト参画企業に対して国際標準化のモニタリング・フォローアップが実施されている。政府予算が充当される事業のみならず、自社による通常の研究開発活動においても、研究開発段階から国際標準化に取り組むことが推奨される。

一方、政府においては、プロジェクト参画企業に対して、専門家によるコンサルテーション機会を企業に提供するなど、国際標準戦略やオープン・クローズ戦略策定に向けて、政府横断の一層の支援が望まれる。

(4) 投資家への訴求促進

国際標準戦略によるグローバルな市場創出は、企業価値の向上に資する。国際標準を含むルール形成戦略の推進は、自社が中長期的な展望に基づく市場創出とそれを通じた持続的成長にコミットすることの証左である。

「知財・無形資産ガバナンスガイドライン Ver.2.0」(2023年3月公表)に盛り込まれた標準化戦略等に関する記載も参照し、例えば統合報告書に「国際標準が企業価値の創造につながる」明確なストーリーを訴求できれば、投資家や金融機関からの投資の呼び込みに寄与し得るものと期待される。

具体的にどのようなストーリーを提示することが、投資家や金融機関の評価につながるのかを把握するためにも、ステークホルダー間の丁寧なエンゲージメントが望ましい。

2. 人材の確保・育成

既述のとおり、わが国の標準化活動は「技術」レベルが中心であり、「価値」や「概念」といったレベルでコンセプトを打ち出すことについては、欧州等に大きく後れを取ってきたのが現状である。

グローバルな市場創出に向けて戦略的に国際標準を獲得するには、コンセプトを打ち出すのみならず、市場創出に向けて国際標準を戦略的に活用する企画立案やマーケティング、規格策定プロセスにおける英語での交渉、規格の国際的な活用・普及に向けたアドボカシー等、多様な能力・スキルを有する人材が求められる。

しかしながら、日本全体として国際標準化を担う人材の不足と高齢化が深刻化しており#22、リーダーシップを発揮できる人材が近い将来枯渇する懸念がある。他方、中国は中長期的な人材育成の観点から、30~40代の人材を国際会議に多数出席させ新規提案を積極的に行っている#23。そこで、わが国の標準化人材を確保・育成する観点から、以下に取り組むべきである。

(1) キャリアロードマップの策定・見える化

若手人材を含む多様な人材を取り込むために、各企業・業界団体には、標準化人材のキャリアロードマップを策定・見える化し、その魅力を発信することが求められる。さらに、短期的には若手人材にインセンティブを付与すること、中長期的には標準化に関わった人材が幹部職員や役員としてキャリアアップする事例を積み上げることが期待される。

(2) 標準化人材情報Directoryとの有機的連携による専門人材プールの構築と活用

既述のとおり、国際標準化を担う人材が日本全体で不足していることは言うに及ばず、求められる多様な能力を一人が獲得するには長い年月を要し、社内で一朝一夕に確保・育成することも容易ではない。

そこで、政府が整備を進めている「標準化人材情報Directory (STANDirectory)」と有機的に連携し、海外人材を含め#24、幅広い人材から成る「専門人材プール」を構築し、積極的に外部人材活用を進めることが現実的である。同プールの運用に当たっては、人材と企業等のニーズを結びつけるコーディネート機能が具備されていることが望ましい。

専門人材プールには、民間企業や業界団体、大学・国立研究開発法人等のアカデミア、コンサルティングファーム等から、先のような人材が集うことが期待される。日本全体として国際標準戦略の実効力を強化するために専門人材プールの裾野を拡大すべく、STANDirectoryに専門人材のOBやOGの登録を推奨するといった企業側の対応も期待される。

専門人材プールの構築と活用を通じて、国際標準化を担う人材市場を活性化させ、流動性を高めることが中長期的に重要である。

専門人材プールの概念図

(3) 弁理士の活用

多様な人材を取り込む観点から、国際標準戦略を担う人材としての弁理士の役割にも注目すべきである。2018年の弁理士法改正に伴い、特許法はじめ知的財産権法の専門家である弁理士の業務に標準化が加えられた。その背景には、オープン・クローズ戦略のプロフェッショナルとしての期待がある。通信分野における標準必須特許(SEP:Standard Essential Patent)#25のように、知財と標準が極めて密接に絡む領域も存在する。

しかしながら、法改正から数年が経過するも、企業に対して標準活用を含めたオープン・クローズ戦略の支援を担っている弁理士や特許事務所はごく少数にとどまっている#26。こうした中、日本弁理士会による国際標準戦略に関する研修機能の強化、政府によるインセンティブ設計や活用制度の整備等を通じて、標準化人材としての弁理士の存在感を高めることが重要である。

また、日本弁理士会の地方拠点を通じて、全国各地の企業が専門家による助言や支援を受けられるよう、環境整備を行うことも肝要である。

(4) 高等教育・リスキリング

さらに、国際標準戦略やオープン・クローズ戦略を、大学・大学院の経営学や工学の分野に留まらず幅広くカリキュラムへ組み込むことや、寄付講座の拡充を図ることも、若手人材はもとより社会人を取り込む観点から有効である。

一例として、学生の研究テーマがどのような社会課題の解決に貢献するものかを特定させたうえで、当該研究がアプリケーションやサービスとして社会に普及し実際の社会課題の解決に至るために、どのようなルール形成や国際標準化有効かをストーリーで考えさせる等があり得る。こうした取組みを通じて、国際標準の世界において必須である、①価値の定義(definition)、②社会への訴求(presentation)等の能力が涵養されることが期待される。

また、社会人向けには、日本規格協会(JSA)が実施している現行の研修機能を強化し、スキル向上とリスキリングの機会を拡大することも効果的である。

3. 業界横断的な連携の促進

Society 5.0 for SDGsの実現に向けて解決すべき社会課題の中には、一企業または一業界単独による解決は困難なものが多い。バリューチェーン全体を見渡した業界横断的な産業政策、規制、国際標準から成るソリューションのパッケージが必要である。

これを踏まえ、バリューチェーン上の複数の業界にまたがる社会課題の解決に向けて、業界間の連携を促進し、国際標準を含めた協調領域の拡大を図ることが必要である。その際、領域横断的・業種横断的な産学官の協議会の活用も有効である。

4. アカデミア人材に対する評価・支援

わが国では伝統的に、国際標準化プロセス、とりわけ議長等の要職において、大学や政府系研究開発機関に所属するアカデミア人材への依存度が大きい#27

高度な技術的専門性を有するアカデミア人材の国際標準化における重要性は言わずもがなである一方、国際標準化は市場創出等の事業活動と強く紐づいており、企業・業界団体等の人材がより前面に出て活躍することが期待される。

アカデミア人材の重要性にもかかわらず、その国際標準化活動については業績評価等にほとんど反映されていないのが実態である。大学等は、大学教員らによる国際標準化について、特許出願等の知財成果と同水準で評価するよう環境整備を行うことが望ましい。政府はこうした環境整備を後押しするインセンティブを示すべきである。また、科学研究費助成事業(科研費)等の申請においても、知財同様に実績が考慮されるよう、申請フォームや審査基準を改訂することが肝要である。

一方、アカデミア人材については、国際標準化活動に要する経費の大半を自身の研究費から捻出するなど資金面の課題も存在する。日本規格協会や学会による支援を拡充するほか、使い勝手の良い公的な支援制度の設置が望まれる。

さらに、国際標準の重要性をアカデミア内に浸透させることも重要であり、大学や学会において、大学教員らに対する研修機会を設けるべきである。

出所:経済産業省「標準化とアカデミアとの連携に関する検討会」(2023年)

Ⅴ. 終わりに:経団連の具体的アクション(提言後のフォローアップ)

経団連では、Society 5.0 for SDGs実現に向けたグローバルな市場創出ツールとしての国際標準の重要性を日本産業界全体に浸透させるため、以下の取組みを積極的に進めていく。

1. 経営トップセミナーの開催

  • 経営層や経営企画部門長等を対象とする、国際標準の重要性と活用方策、および国際標準を牽引する思想・哲学とその実装に関するハイレベルセミナーの開催(21世紀政策研究所とも連携)

2. 啓発活動の強化

  • 機関誌(「月刊経団連」)等を通じた普及啓発
  • 政府や各団体におけるイベントへの協力
  • 経営者がルール形成や国際標準化の重要性を継続的に発出している事例の共有

3. 業界間連携の促進

  • 業界横断的な国際標準化活動について議論する場の提供

4. 経団連における国際標準戦略の推進

  • 現行の「知的財産委員会」を「知的財産・国際標準戦略委員会」に改称し、同委員会の下に、委員を各社の標準化を所管する役員に限定した「国際標準戦略部会」を新設し、ネットワークを組成することを検討
  • 関係する委員会での国際標準戦略の推進

5. レビューの実施

  • 1~2年後を目途に、本提言後に実現した項目と残された課題を確認し、さらに必要な施策を提言
以上

  1. 経済産業省「市場形成力指標Ver.2.0」等
  2. 小川紘一「オープン&クローズ戦略」(2014)等
  3. 内閣府「令和5年版高齢社会白書」
  4. 国際標準化機関等により公的な標準として策定される規格の総称。企業活動の結果、特定企業の製品が市場を独占したことによって製品技術が標準と同様の効果を持つようになったものは「デファクト標準」(出所:『標準化教本-世界をつなげる標準化の知識』(2016年))
  5. 中国のISO・作業部会の議長ポスト数は、2013年の86(7位)から、2022年には274(3位)へと急増(出所:日本産業標準調査会基本政策部会「日本型標準加速化モデル」(2023年))
  6. とりわけ2015年以降、TC(技術委員会)/SC(分科委員会)幹事国数を増加(出所:一般社団法人国際標準化協議会「ISO事業概要2023」)
  7. https://www.keidanren.or.jp/en/policy/2023/028.html
  8. 出所:経団連「戦略的なインフラシステムの海外展開に向けて -2022年度版-」
  9. アンケートの対象は全会員代表者ほか知的財産委員会等関係委員会委員(1,734社、2,872窓口)。調査期間は2023年10月27日~11月17日。回答数は165件/2,872窓口(回答率約6%)、回答社数は141社(回答率約8%)
  10. 参考:経団連「バイオトランスフォーメーション(BX)戦略 ~ BX for Sustainable Future ~」(2023年)
  11. ITU-R(国際電気通信連合無線通信部門)においてBeyond 5Gの標準化に関する議論が進捗
  12. NICTではBeyond5G(6G)の機能アーキテクチャーや、実現されるCPS(Cyber Physical System)を通じた将来の社会像に関するホワイトペーパーを公表
    https://beyond5g.nict.go.jp/download/index.html
  13. Institute for Printed Circuits。1957年に米国で設立されたプリント回路協会(Institute for Printed Circuits)を前身とする業界団体。ANSI(American National Standards Institute米国国家規格協会)によって、電子機器・部品の組立要件や製造要件等に係る標準化団体として認定。IPC規格は世界中の電子機器業界で広範に使用され、世界で製造される電化製品の85%以上がIPCに準拠して製造
  14. 量子技術分野の標準化をスコープとするISO/IEC JTC 3が設置
  15. 防災における日本の強みとして、観測・予警報システムや応急復旧技術等、様々な技術が挙げられているところ(出所:https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keikyou/dai40/bousai_honbun.pdf
  16. 気象ビジネス推進コンソーシアム(WXBC)では、ウェブサイトや講習会を通じた気象データの活用事例紹介や人材育成に取組み
  17. 日本産業標準調査会基本政策部会「日本型標準加速化モデル」(2023)
  18. 欧州統合データ基盤プロジェクトGAIA-Xは、Catena-X(自動車のバリューチェーン全体でデータを共有するためのアライアンス)、Manufacturing-X(製造業固有のデータ共有基盤構築に向けた構想)等に拡張。わが国がDFFT(信頼性のある自由なデータ流通)を通じて将来的にクロスボーダーの協創を促進するためには、EUとの協調が不可欠
  19. アジア・太平洋諸国との連携強化にあたっては、PASC(Pacific Area Standards Congress:太平洋地域標準会議)等の活用も一案。PASCは1972年、米国が太平洋沿岸地域内の標準化推進とISO/IEC等に対する共通意見形成を目的に設立され、27の国・地域が参画(米国、カナダ、中国、韓国、日本、ASEAN諸国、豪州、インド等。2023年6月時点)
  20. 日本産業標準調査会基本政策部会「日本型標準加速化モデル」(2023年)等
  21. 例えば、藤田昌宏・河原雄三著「国際標準が日本を包囲する -なぜ自らルールを作らないのか」(1998年、日本経済新聞社)
  22. 国際標準化活動に関わる日本人の約7割以上が50歳以上(出所:日本産業標準調査会基本政策部会「日本型標準加速化モデル」(2023年))
  23. 三菱総合研究所「国際標準化に係る中国・韓国の動向について」(2016年3月)等
  24. 経済安全保障の観点から一定の要件は必要
  25. 標準規格に準拠した製品の製造販売等に当たり回避することのできない特許
  26. 日本知財標準事務所(JIPS)等
  27. 日本代表者(JISC)におけるISO/IECのTC/SC議長の属性割合は、大学・研究機関が51%(出所:経済産業省「標準化との連携に関する検討会」第1回資料(2023年))

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