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Policy(提言・報告書) 科学技術、情報通信、知財政策 宇宙基本計画の実行に向けた提言

2024年3月19
一般社団法人 日本経済団体連合会

1.はじめに

現在、人類の活動領域は宇宙空間に拡大するとともに、宇宙システムは地上システムと一体となり地球上の様々な課題の解決に貢献している。これに伴い、各国にとって宇宙システムが果たす役割はこれまで以上に重要になっている。

第一に、安全保障の面では、2022年2月に始まったロシアによるウクライナ侵略において、ウクライナ側は民間企業が提供する衛星画像を戦闘状況の把握に活用している。わが国周辺の安全保障環境が年々厳しさを増すなか、安全保障の脅威に対する宇宙システムの一刻も早い強化が必要であることは論を俟たない。第二に、防災、減災、早期復旧・復興の観点では、2023年6月の台風2号の影響により愛知県で河川が氾濫した際には、JAXAの有する衛星データが翌朝のポンプ車の配置決定に大きく貢献した。2024年元旦に発生した能登半島地震においては、被災地における建物の倒壊や津波被害、地盤の隆起、被災者の集まる場所の特定に資する衛星情報を、国の機関やスタートアップを含む民間企業が提供した。これらの情報は、救助活動や支援物資の提供のほか、人が入り込めない地域の状況把握、土砂崩れなどの次なるリスクの発生可能性の検討を含めて、迅速な対応方針の決定に寄与している。第三に、国際協力の下、CO2など温室効果ガスの排出・吸収状況を観測するためにも衛星が使用されており、災害対策や地球規模課題の解決にも宇宙システムが果たす役割は大きい。第四に、宇宙ビジネスの急速な成長は今後も勢いを増す見込みであり、2020年時点で世界で約3,500億ドルであった市場規模が、2040年には1兆ドル以上に達するとの試算がある(図1)#1。豊かな国民生活の実現に資するような民間企業による製品・サービスの提供を通じて、経済成長に貢献する余地は大きい。とりわけ、本年1月20日の小型月着陸実証機「SLIM」の月面着陸、2月17日のH3ロケットの打上げ成功は、わが国の技術力の高さを証明するとともに、日本全体に大きな夢や希望を与え、今後のわが国の宇宙開発利用への弾みとなった。

宇宙空間の利用が加速するにつれて、宇宙活動の自立性を維持・強化し、わが国が世界をリードしていけるかどうかが、わが国の存立と繁栄を大きく左右する。このような中、2023年6月13日にわが国初の「宇宙安全保障構想#2」が策定され、また同日、わが国の今後20年間を見据えた10年間の宇宙政策の基本方針として新たな「宇宙基本計画#3」が閣議決定された。

経団連は2023年3月14日、「宇宙基本計画に向けた提言#4」を公表し、宇宙安全保障の重要性を訴えるとともに、宇宙政策の重要事項の実施を要望し、宇宙関係予算の継続的な増額を求めた。その後6月に公表された「宇宙基本計画」においては、同提言内容が大いに反映されており政府の取組みを高く評価する。

そこで、今回の提言では、「宇宙基本計画」を着実に実行するため、昨年3月の提言主旨及び以降の環境変化を踏まえ、令和6年度以降の宇宙関係予算で担保すべき重点事項ならびに制度化や運用改善要望等、産業界として重視する項目について明示する。

加えて、産業界は、宇宙活動の自立性を維持・強化し、わが国が世界をリードできるよう、わが国の宇宙開発利用の発展に尽くしていく決意をここに表明する。

図1:世界における宇宙産業への投資予測

(出所:Investing in Space Exploration、Morgan Stanley)

2.宇宙開発利用重要性及び宇宙政策の重要事項

以下、宇宙基本計画の四つの具体的なアプローチ(図2)ごとに、それぞれの分野における宇宙開発利用の重要性を述べた後、産業界が特に重要と考える事項について提言する。

図2:宇宙基本計画の概要

(出所:内閣府HP)

(1)宇宙安全保障の確保

今日、安全保障の領域は、従来の陸・海・空に加え、宇宙・サイバー・電磁波にまで拡大し各領域の融合も進んでいる。とりわけロシアのウクライナ侵略を機に、宇宙の安全保障利用が顕在化した。民間の商用光学・合成開口レーダ(SAR#5)衛星の画像が戦闘状況の把握や軍事作戦の実施など偵察や監視のために活用されているほか、民間の低軌道衛星コンステレーションにより通信や電波情報収集が行われている。また、測位衛星(GPS)により、車両、無人航空機(UAV#6)、ミサイルなどの位置が確認されている。

世界各国、とりわけ米国、中国、ロシア、欧州、インドは宇宙安全保障の確保に向けた取組みを強化しており、ウクライナ危機以降、各国宇宙産業の安全保障分野への展開も加速している。

2023年6月に策定された「宇宙安全保障構想」では、安全保障分野のため宇宙システム利用を抜本的に拡大する「宇宙からの安全保障」、宇宙空間の安全かつ安定的利用を確保する「宇宙における安全保障」の二つの取組みを強化していく必要性が示された。また、これらに加え、三つ目の取組みとして宇宙システムのデュアルユース性#7を踏まえ、これらの取組みを全省庁的に推進するとともに、民間部門におけるイノベーションを迅速に活用するため、官民による協力を強化する必要性が強調されている。

企業が円滑な事業活動を行うには、わが国の安全保障が確保されていることは絶対条件である。宇宙領域把握(SDA#8)や宇宙領域を活用した情報収集、通信、測位には多くの異なる場所での観測が有効であり様々なリソースが求められる。わが国のSDA体制の早期確立や冗長性の確保に向け、民間企業としても保有する衛星等による宇宙物体の位置・軌道等を把握する能力を通じた貢献が可能であり、着実に官民連携を進めるべきである。

<重要事項>

①宇宙安全保障のための宇宙システム利用の抜本的拡大
【情報収集衛星等の機能強化】

わが国の置かれた厳しい安全保障環境においては、周辺諸国による弾道ミサイルや核実験に関する情報を高精度かつ常時継続的に情報収集し、地上へのデータ伝送を行うために、衛星システムの機能強化と体制強化が必要である。具体的には、情報収集衛星(IGS)10機体制(基幹衛星:4機、時間軸多様化衛星:4機、データ中継衛星:2機)の確立が第5次宇宙計画工程表に記載されたが、その早期達成に向けた予算の拡充が図られる必要がある。また、短期打上型小型衛星(即応小型衛星)の実証を推進することも求められる。さらに、電波情報収集衛星の開発を進めるべきである。電波発信源の位置やGPSの電波妨害の範囲を特定することは、海上及び陸上のいずれにおいても有効である。

今後は、時間分解能を向上させ最短の時間間隔での画像撮影を実現することが必要である。加えて、撮影データを短時間で共有するための、大容量かつ低遅延での伝送が必要である。また、サイバーセキュリティ対策を十分に行った上で、国内の民間小型観測衛星(光学衛星及び合成開口レーダ(SAR)衛星)の活用を図りつつ、わが国の防衛目的に必要なオンボードデータ処理、指揮統制機能及び民間衛星を含めた通信機能を適切に整備し、防衛装備品との連携強化を図るべきである。また、その際には官民の役割分担や運用方法等も併せて検討すべきである。

【安全保障用通信衛星の多層化】

防衛衛星通信は、宇宙領域を活用した情報共有により、部隊の指揮統制の基盤となるものである。防衛通信衛星「きらめき」1号機及び2号機の後継機となる次期防衛通信衛星の開発・整備を進めるべきである。また、次期防衛通信衛星の検討にあたっては、フルデジタル化技術の適用によって、通信の容量拡大や柔軟性向上を図ると同時に、妨害に対する抗たん性を確保する機能の実現を検討すべきである。

衛星通信の需要が増大するなか、宇宙領域における装備品間の連携や情報収集、指揮命令の伝達を支障なく行うためには、通信の遅延時間が少ない通信網の整備が求められる。従来のXバンド防衛衛星通信網に加えて、防衛専用の衛星通信網を整備する必要がある。衛星コンステレーションによる光衛星間の通信を基に、商用衛星の活用も含めた新たな通信網を構築すべきである。

加えて、商用衛星や通信網に対するサイバー攻撃への対策の強化も求められる。政府が利用中の商用衛星に対して攻撃を受けた場合、民間企業が提供する商用利用サービスへの影響に対する損害補償のあり方の検討を進めることも必要である。また、衛星通信の需要増大への対応として、従来から利用してきた周波数帯よりも広い範囲の周波数帯で衛星通信を使用するための技術開発や実証を行うことも必要である。

【ミサイル防衛用宇宙システムに必要な技術の確立】

早期警戒機能を保有する小型衛星コンステレーションの構築が急務である。周辺諸国による極超音速滑空ミサイル(HGV)の急速な開発に対応したスタンド・オフ能力#9の強化が必須であり、宇宙から同ミサイルを探知・追尾できるようにする必要がある。

具体的には、防衛省の「衛星を活用したHGV探知・追尾等の対処能力の向上に必要な技術実証」事業を着実に進めるとともに、早期装備化のための実用機の要素技術開発を実施すべきである。また、HGV発射時の初期探知に必要なセンサの整備も進めるべきである。国産宇宙用赤外線検出素子の高解像度化・高感度化、赤外センサシステムとデータを短時間で伝送する通信システムなど防衛用指揮システム、ミサイル等の装備品を繋ぐ宇宙システムを用いた通信ネットワークの継続的な開発・整備が不可欠である。

【海洋状況把握等】

昨今、わが国周辺の海洋の安全保障環境が厳しさを増しており、宇宙を活用してわが国の周辺海域の状況を把握する能力を強化すべきである。画像収集衛星をより効果的に活用するためには、電波収集衛星にて広域に電波源を観測し、不審な電波をとらえた際に画像収集衛星でその詳細状況を観測するとともに分析する一体運用が理想的である。具体的には、船舶自動識別装置及び光学衛星や合成開口レーダ衛星(SAR)のデータや、電波情報などの衛星情報を即時に収集するシステムを構築することにより、海洋状況把握能力を強化すべきである。

447万平方キロメートルものわが国の排他的経済水域において、海上保安庁の限られたリソースによる巡視活動と連携するためには、このような宇宙からの電波と画像による情報支援が重要である。電波収集衛星のデータを踏まえ、リアルタイムで位置情報を画像収集衛星に提供できなければ、ターゲットを見失う恐れがあるため、海洋監視ネットワークにおいても前述の宇宙システムを用いた通信ネットワークの整備が不可欠である。

②宇宙空間の安全かつ安定的な利用の確保
【宇宙システム全体の機能保証強化】

ロシアがウクライナ侵略の開始前にウクライナ側の通信衛星システムをダウンさせたことは記憶に新しい。日本の安全保障において、宇宙システムが正常に使用できることは絶対的な条件である。特に重要なアセット(情報収集衛星、みちびき、Xバンド通信衛星等)が標的となり、有事の際に使用できなくなるような状況は避けなければならない。そのためには、同一機能を有する衛星を複数保持する「拡散」、同一機能を様々な形態で保持する「多様化」を始め、抗たん性を高めた多層的な宇宙システムを構築し、全体としてシステムダウンしない計画をまとめていくことが必要である。

宇宙システムの抗たん性を確保するためには、サイバー攻撃への対策を強化し、電子戦や情報戦に対応する必要がある。AI技術など民間の技術も活用しながら、サイバーセキュリティ技術の開発を推進していく必要がある。

また、ウクライナにおけるスターリンク活用の事例にあるように、民間サービスの活用は有効手段である。その一方で、海外の民間サービスでは、当該企業の経営判断や国策によりサービスが中断される恐れがある。安定的に使用可能なわが国独自の衛星コンステレーションによる通信サービス確保が、抗たん性確保の観点からも重要である。

【宇宙領域把握(SDA)体制の構築】

宇宙の安定的な利用を確保するためには、デブリや不審な衛星の動向など宇宙の状況を把握する必要がある。平素からのSDAに関する能力強化のため、SDA衛星の2026年度打上を達成すべきである。加えて、SDA衛星2号機以降の整備・技術開発も継続して推進すべきである。SDAの能力強化のためには、光学・レーダ・電波等と様々な種類の宇宙監視センサを用いて観測を行う必要がある。宇宙観測センサは地上設置型だけでなく宇宙設置型の配備も必要である。

また、地上・宇宙に複数の宇宙監視センサが必要であるため、官民協力しそれぞれのアセットや役割について共通の理解を持った上で、宇宙システム全体の機能保証を強化すべきである。また、これら観測データをリアルタイムに伝達するための、データ中継機能が必要である。

加えて、国内の取組みのみならず、米国や同志国との間での情報共有など多面的な連携を推進し、将来的に世界的なSDAネットワークの構築を目指す必要がある。

③安全保障と宇宙産業の発展の好循環の実現
【政府の研究開発・実装化能力の向上】

技術進歩・イノベーションが急速に進む宇宙分野において、民間及び政府の総合力を活用し、早期の装備化・効果的な研究開発を行う必要がある。

特に安全保障用の衛星については、わが国の宇宙活動を支えるサプライチェーンが断絶するリスクを念頭に置き、サプライチェーン強化の観点からも通信、観測、測位等を含めた幅広い分野の国産衛星の開発を行うべきである。継続的に国産衛星の技術開発を行うには、宇宙産業のすそ野を拡大し、量産による技術力強化や製品の低コスト化を促すことで、国際的競争力が高い産業を育成する必要がある。併せて、宇宙輸送システムについても、高頻度打上げや輸送能力(大型化・再使用化・低コスト化等)を抜本的に向上させる開発を間断なく実施すべきである。必要とされる技術や製品の開発以後も、システムメンテナンスを行い、機能向上やシステム改善に向けた整備を継続する必要がある。これらのサイクルを実行することで、各種技術の向上、人材の育成、産業の継続的発展に貢献し、結果として、民需へのスムーズな展開や自立した運用が可能となり、他国に対する優位性を保ち、多様な観点からの強靭性の確保に繋がる。

(2)国土強靭化・地球規模課題への対応とイノベーションの実現

この100年で気象災害の激甚化・頻発化が目に見える形で進んでいる#10

現在、宇宙システムにより、台風や地震などの被災状況の網羅的かつ迅速な把握が可能となっている。国民の安全・安心の確保に向け平時でも活用可能な災害対策に資する宇宙システムの整備・維持が必要である。

また、地球規模の広域センシングネットワークにより地球上のあらゆる場所のセンシングが可能となることで、IoT低軌道通信衛星でのデータ収集のみならず、収集したデータの人工知能(AI)処理を通じて、異変の予兆を察知し問題を未然に防ぐことが期待される。さらに、気候変動を含めた地球規模課題の解決にも宇宙システムの活用が期待される。実際に、気象観測衛星ひまわりは、台風や集中豪雨、線状降水帯の予測精度向上や、防災気象情報の高度化など、わが国の防災機能強化に寄与している。加えて、地上システムと宇宙システムの組み合わせ等をはじめ宇宙システムの利用環境を整備することで、これまで以上に幅広いアプリケーション・サービスを実現させることが重要になってきている。

<重要事項>

① 次世代通信サービス
【Beyond 5G等次世代通信技術開発・実証】

宇宙光通信は、電波を用いる通信に比べ、小型・低消費電力かつ大容量・低遅延の通信をセキュアに実現することが可能である。自国の宇宙産業の発展及び民生利用、安全保障に裨益する、国産の衛星間光通信ネットワーク技術の開発・実証は不可欠である。経済安全保障重要技術育成プログラムにおける技術開発を着実に進めるとともに、社会実装に向けた衛星間光通信コンステレーションのシステム実証を行うことが極めて重要である。

宇宙光通信は日本国内におけるBeyond 5G/6G構想においても非地上系ネットワーク(NTN)技術を用いた陸海空をシームレスにつなぐ通信カバレッジ拡張技術として注目されている。Beyond 5G/6G時代に国際競争力をもって世界市場を牽引するために、宇宙光通信技術の研究開発・量産技術開発を推し進める必要がある。さらに海外展開による市場開拓や、民間側で開発から実証の期間に起こりうるリスク等に対する効果的な支援も重要である。

【フルデジタル化通信衛星実装に向けた開発・実証】

国際的に急速に進展する通信衛星の大容量化、デジタル化を実現し、変動する通信需要に迅速かつ柔軟に対応可能なハイスループット衛星通信#11技術を確立するため、2025年度の技術試験衛星9号機(ETS-9)打上げに向けた開発を着実に推し進める必要がある。また、フルデジタル化通信衛星の実現のためには、当該分野における国際競争力強化を図り、積極的に海外展開を進めていくとともに、ETS-9以降についても地上実証を含む継続的な研究開発と技術試験衛星の開発・打上げを推し進める必要がある。

②リモートセンシング
【防災・減災・国土強靭化・地球規模課題への衛星開発・運用とデータ利活用促進】

防災・減災、国土強靭化、地球規模課題への対応には、広域を定期的に把握できる国産の地球観測衛星の整備が必要である。

温室効果ガス・水循環観測技術衛星(GOSAT-GW)を打上げることで、全地球の二酸化炭素やメタンの排出量の観測データを継続的に取得できる。また、2023年度より衛星搭載高度計ライダーのフロントローディングがJAXA事業として開始された。衛星ライダー計測はアメリカ、ヨーロッパ、中国等の宇宙機関等で実現されているが、いずれも大型衛星となっている。大型衛星と併せ、小型衛星に搭載する衛星搭載高度計ライダーを利用することにより、全球3次元地図の精度向上による精緻な森林高測定を通じた、より正確な森林の成長高測定が可能になる。森林成長分による二酸化炭素固定量に対するカーボンクレジット発行のルール化を行うことで、森林の成長がカーボンクレジットとして活用されることが期待される。高い競争力をもって民間事業として成立するためには、要素技術の発展のための研究開発や軌道上実証等の費用負担などによるサポート、衛星ライダーなど各種センサ利用の国際標準化に向けたルール作りにおける官民連携が必要である。また、衛星で撮像したデータを、如何に速く地上に伝達し、ユーザに提供できるかが重要なポイントである。衛星システムと地上システム、それを繋ぐ通信網を合わせた総合システムとして、リアルもしくは準リアルタイムでデータを伝達するシステムの構築が重要である。

その他、宇宙空間からのアプローチとして、宇宙太陽光発電システムの開発を推進すべきである。同システムの中核技術であるマイクロ波無線送受電技術の開発を進め、地球低軌道から地上へのエネルギー伝送を早期に実証することが求められる。同技術については、有線での電力供給が困難なドローンやロボットなどに幅広く応用できることが期待される。

地上面においては、地球上のあらゆる場所をセンシングする広域なセンシングネットワークが重要である。リモートセンシングでは捉えきれない詳細な情報を地上IoTデータから得ることで、複合的なトータルアナリシス技術が大幅に強化される。また、地上ネットワークではカバーできないエリアを含め、超広域からのIoTデータの収集を可能とするIoT低軌道通信衛星コンステレーションの構築を推進することも重要である。

今後、宇宙空間にもクラウド基盤が展開されることが想定されている中、データ量の増加によるネットワークインフラへの負荷増大が地上と同様に想定される。その中で、リモートセンシングや地上のIoTから得られる大量のデータを分散データ処理することにより、データ通信量・消費電力を削減して、必要な情報のみをセキュアに伝送する、エッジAI処理技術の研究開発と社会実装の推進が重要である。

加えて、社会実装を推進するためには、スマートシティ分野企業等とも連携し、政府のアンカーテナンシー#12や自治体等を巻き込んで取り組むことが必要である。

上記のような各種取組みを通じ、衛星・航空機・ドローン・地上観測等を含めた統合的な観測体制及び校正検証体制を維持・強化し、AIやシミュレーション等も用いたデータ解析技術を活用することで、わが国発の高品質なソリューション提供を実現することが求められる。

【衛星関連先端技術の開発・実証支援】

小型衛星コンステレーションに、光学センサ、分光センサや多波長センサを搭載することで、より利用性の高い情報収集が可能となり、資源管理、農林水産業の効率化、さらには災害監視などへの応用が期待できる。このようなセンシングの核となる各種センサの研究開発と実装を推進し、センシングデータの高精度化・多機能化を進めることが重要である。また、その際には民間技術の宇宙転用への積極的な支援も重要である。

③準天頂衛星システム
【7機体制の着実な構築と11機体制に向けた検討・開発着手】

準天頂衛星システムは民生分野と安全保障のいずれでも活用されている(図3)。わが国の社会インフラとして定着しており、測位情報を用いた新たなサービスの提供が拡大している。近年では携帯電話に加え、自動車やインフラなどの分野で測位情報が活用されている。また、測位情報が含む位置、航法、時刻の情報の活用は、わが国の安全保障能力の強化に資する。

現在、準天頂衛星は4機体制で運用されており、まずは持続測位が可能となる7機体制の早期構築に向けて、2024年度から2025年度にかけて5号機、6号機、7号機を打上げる必要がある。また、仮に1機が故障しても測位サービスを安定的に提供できるようにするバックアップ機能を強化し、かつ高精度測位が利用可能な場所を拡大するため、7機体制から11機体制への拡張に向けた検討・開発を着実に進めるべきである。衛星測位機能の向上により、安定性が高まることに加え、高精度測位を利用した新たな事業展開も期待される。アジア・オセアニア圏にもサービスが拡大できれば、新たな商品の開発や販売にも繋がることが期待される。

図3:みちびきを利用した実証事業

(出所:みちびき(準天頂衛星システム)HP)

④衛星開発・利用基盤の拡充
【衛星データ利用拡大とサービス調達推進】

衛星開発においては、戦略的な技術開発や開発リスクの低減などを目的として、フロントローディングの考え方に基づき、衛星技術の研究開発・実証の拡充・推進を図るべきである。衛星コンステレーションの構築を推進するには、多数の衛星を打上げる中で、技術を向上させていく必要がある。失敗を恐れず、衛星の打上げ実証が継続的に行えるような仕組みの整備が求められる。

また、政府基幹衛星において新規衛星を開発する場合は、研究開発や部材調達に相応の時間も必要となり時機を逸するリスクもあるため、政府が継続してデータ取得を必要とするシリーズ衛星の量産性を高めることも必要である。

官民によるリモートセンシングデータの利用を加速するには、国内衛星事業者による画像、通信データ、衛星製造等に対する政府のアンカーテナンシー推進を通じ、先ずは政府がリモートセンシングデータの調達を率先することが求められる。加えて、関係府省においては、それぞれの業務について、衛星リモートセンシングデータの利用の可能性を検討し、合理的な場合には利用することを原則とするとともに、利用分野に応じた衛星リモートセンシングデータへの要求仕様を明確化する必要がある。

さらに、早期に本格的な政府のサービス調達に繋がる、または、他の自治体や民間活用へ波及効果の高い事業やテーマに対しては、政府が戦略的に支援し、リモートセンシングデータの活用が推奨される場面やその方法等について具体的に記載した手順書等の整備や利用現場の人材育成を含めた環境整備を行うことが期待される。

【宇宙機器・ソリューションビジネスの海外展開強化】

今後、わが国の宇宙産業が成長していくためには、宇宙機器に加えて、宇宙を利用したソリューションビジネスとして如何に仕立て上げていくかが重要である。

宇宙機器・ソリューションビジネスでグローバル市場を開拓していくためには、企業と政府が一体となって海外の巨大企業に対抗することが必要であり、企業の事業化を政府が支援する仕組み作りが必須である。

また、わが国企業が海外企業と互角に競争し海外展開を進めるためには、欧州の例に倣い、わが国の政府要人がトップアプローチで市場を開拓することも重要である。加えて、わが国の輸出規制が製品・サービスの輸出の障害とならぬよう、取扱い技術情報の機微性に留意しつつ、適切な規制改革#13を検討すべきである。

(3)宇宙科学・探査における新たな知と産業の創造

宇宙科学・探査は、宇宙空間における人類の活動領域を拡大し、新たな知を創造する。わが国は国際宇宙ステーション(ISS#14)における活動を通じて、有人輸送の基礎技術や有人宇宙滞在技術などを獲得してきた。また、宇宙科学・探査分野における国際協力を通じて、国際宇宙探査におけるわが国のプレゼンスも向上する。

現在、米国が進めている「アルテミス」計画は、産業振興や外交・安全保障などの色彩が強い。この点を踏まえ、わが国が独創的・先端的な研究成果を創出できるよう重要分野に重点的な投資を行い、戦略的な研究開発を進めることが重要である。

また、宇宙産業の創出・発展のためには、科学的な知の創出に加え、宇宙科学・探査の取組みを通じて広く国民に対し夢・希望を与え、研究者・技術者・学生など次世代を担う人材の育成に繋げることが必要である。加えて、宇宙科学・探査の取組みは幅広い分野の科学技術開発をけん引するとともに、民間企業との共同研究開発等によってわが国の産業競争力の強化にも貢献するものである。

<重要事項>

①宇宙科学・探査
【宇宙科学・探査における重要技術の開発】

後述の【宇宙技術戦略の策定・ローリング】にも関連するが、高度な宇宙科学・探査ミッション実現のため、基礎的な研究成果や産業界における技術進展等に鑑み、さらに磨いていくべき、あるいは今後獲得すべき重要技術が宇宙技術戦略において特定される。これを受けて、わが国の現状の強みである技術をさらに高度化するとともに、将来のわが国の強みとなり得る最先端技術の開発を継続的に行い、わが国として成果の蓄積を図り、宇宙産業の持続的発展に繋げることが重要である。また、ミッションのプロジェクト化に当たっては、フロントローディングの考え方により、重要な要素技術の研究開発を事前に行うことが、円滑なマネジメントに繋がり企業の開発リスクが低減されることが期待できる。

【アルテミス計画の下、持続的な月面活動の推進】

詳細は後述するが、宇宙輸送においては、わが国の自立的な宇宙輸送手段の確実な維持・発展に向けて、宇宙輸送システムに関する施策を強化すべきである。

現状の基幹ロケットが抱える課題に対策を打ち、宇宙利用産業の発展を支えるべきである。具体的には、基幹ロケットの国際競争力の継続的な向上、打上げ能力の増強、打上げの高頻度化に向けた射場等の打上げに関わる運用システムの追加整備や抜本的な改善が求められる。わが国の宇宙輸送システムの継続的な活用により、アルテミス計画に貢献していく必要がある。

また、わが国の宇宙ステーション補給機(HTV)シリーズで実績のある航法誘導制御技術を活かして、 物資補給能力等を強化するため、月周回有人拠点「ゲートウェイ」への輸送を担う補給機の開発・実証と継続的運用を早期に実現すべきである。また、SLIMの着陸実績を踏まえ、高精度着陸が可能な着陸機の継続的開発と、わが国の着陸航法誘導制御技術の向上及び確保が必要である。

加えて、将来の月面活動における技術開発も重要である。無人探査車及び有人与圧探査車を開発し、月面の開発に向けた月探査(移動)技術を獲得することが求められる。並行して、持続的な月面活動の基盤を支える通信・測位・有人滞在等の技術開発に取り組む必要もある。

② 地球低軌道活動
【ポストISSの在り方の検討と必要な技術の研究開発】

地球低軌道活動については、米国において、これまで2024年までとしていた国際宇宙ステーション(ISS)の運用期間の2030年までの延長が決定している。

2030年以降のわが国の地球低軌道活動(ポストISS)について、これまでに獲得した有人宇宙技術の継承に加え、新たな地球低軌道市場に日本企業が積極的に参入できるよう、産業競争力強化の観点で政府の方針を早期に明確化し、官民の投資と海外展開を誘引する積極的な産業政策を期待する。ISS日本実験棟「きぼう」の後継機となる日本モジュール等、地球低軌道拠点をわが国またはわが国の民間事業者が所有することを引き続き検討し、国内外の状況を注視しつつ適切なタイミングで結論を得る必要がある。地球低軌道拠点の獲得方針、新型宇宙ステーション補給機(HTV-X)による物資補給を維持する方針や宇宙ステーションからの小型回収技術・帰還型の無人宇宙機開発方針等を産業競争力強化の観点から明確化することで、投資の予見性が向上する。また、LEOステーション#15もしくは宇宙機による回収カプセル等、地上で実証結果の分析・検証が可能な回収型の実験機会を高頻度かつ短リードタイムで利用できる選択肢も準備すべきである。

ポストISSにおいては、政府によるアンカーテナンシーを推進することが求められる。さらに、商業利用の推進に向けて、地球低軌道拠点の利用を促進するための資金提供などの支援を行うことも有効である。また、民間企業の持続的な事業には第三者損害賠償リスクに対する軽減策が必要となり、政府による適切な支援が求められる。

【国際的・国内的な法的枠組みの検討】

今後、宇宙ステーションの運営主体が民間となること等、地球低軌道の民間利用に伴い必要となる国際的・国内的な法的枠組みや、求められる国際技術標準・規格等について検討を進めるべきである。ポストISSについては、現状米国企業の運営する商業宇宙ステーションが中心になる見込みである。日本企業が公的利用を含むサービス提供を行う上で不利益を被ることがないよう、米国とも協議の上、商業宇宙ステーション利用に関わる国際的な枠組みの検討が必要である。また、日本人宇宙飛行士が定期的に商業宇宙ステーションに滞在し、ミッションを行うためにも、これまでのISSプログラムとは異なるNASA・米国民間企業等との取決めの検討が必要である。

加えて、スペースデブリが増加する中で宇宙交通管理(STM)分野や、民間による宇宙ステーション補給時に事故が発生した際の責任範囲の明確化など、国際社会が合意でき、かつ、わが国産業が不当な不利益を被らない国際的なルール形成をわが国がリードすることが重要である。

(4)宇宙活動を支える総合的基盤の強化

世界的に宇宙産業の規模は継続的に拡大している。かつて、宇宙活動の主体は一部の国家のみが中心であったが、近年は既存の宇宙産業とスタートアップや宇宙分野以外の事業者との連携強化など、民間企業による商業的な活動が増加し経済成長にも貢献している。

諸外国や民間による宇宙活動が活発化し、競争環境が厳しくなる中、わが国の宇宙活動の自立性を将来にわたって維持・強化していくためには、宇宙活動を支える総合的基盤の強化が必要である。その中において、わが国として必要な技術については、当該技術が国内で保有・継承される仕組みの構築が求められる。加えて、ポストISSにおける商業宇宙ステーションに係る地球低軌道活動に向け、射場整備を含む宇宙輸送システムの高度化、スペースデブリ対策及び宇宙交通管理の国際的な規範・ルールの形成、技術・産業・人材基盤の強化等を図ることでわが国の宇宙産業エコシステムを再構築し、さらに発展させていくことが求められる。例えば、宇宙輸送システムについては、ロシアのウクライナ侵略以降、ロシア製ロケットが使用できなくなったことにより、日本の商業衛星打上げにも影響が出ており、国内における宇宙輸送システムの確保が必須であることは論を俟たない。打上げの国際競争力を強化し、高頻度化を可能とすることにより、ロケットと衛星関連の産業規模拡大、宇宙利用産業の機会拡大に寄与するとともに、国内衛星に加えて海外衛星の打上げ需要にも応えていくことが可能となる。

宇宙産業の拡大や経済成長を強力に推進するためには、市場の拡大が重要である。市場拡大には、これまで以上に幅広く多様な業界・規模の企業がプレイヤーとして参入し、試行錯誤を行う環境が必要不可欠である。衛星コンステレーション等の衛星システムを用いたB to Cビジネス展開や、エンタテインメント分野等、日本が強みを発揮できる非宇宙産業の力も活用し、民間人が宇宙を通じた感動的な体験ができる機会を提供するなど、宇宙産業のすそ野を広げることが重要である。

<重要事項>

①宇宙輸送
【新たな宇宙輸送システムの構築】

わが国の自立的な宇宙輸送手段の確実な維持・発展に向けて、宇宙輸送システムに関する施策を抜本的に強化すべきである。安全保障及び国民生活に必要な衛星情報を提供するための宇宙インフラとして、国内における宇宙輸送システムの自立性を確保する基幹ロケットの能力強化は必須となる。

具体的には、打上げの高頻度化のために、ロケットの射場の増築・整備、保管場所や設備の老朽化更新、拡充、打上げ時の飛行の安全確保の充実などが求められる。また、重量化傾向にある大型衛星や、多数衛星を一度に打上げる衛星コンステレーションへの対応のためにも、輸送能力の強化や衛星搭載方式の多様化等の高度化開発を早期に進め、国際市場における競争力を保持すべきである。宇宙港建設には1億から5億ドル程度の初期投資が必要であるとの報告#16がある。他国では多額の予算を確保して射場の整備や輸送能力強化に向けた取組みが進んでいることに鑑み、わが国におけるインフラ整備が急務である(図4)。小型衛星コンステレーションの構築を進めるためには、小型衛星の抗たん性や即応性の観点から、必要なときに即時に衛星を打上げられるシステムを構築すべきである。今後は、移動式の衛星打上げシステムが必要になることも見込まれており、民間の小型ロケットの活用も有効であると期待されるほか、基幹ロケットに関わる重要技術・部品の国産化など、輸送系サプライチェーンの自律性強化に向けた対策も必要である。

さらに、今後日本が宇宙活動の自立性を維持するためには、現状は他国に依存している宇宙飛行士の往還について、有人輸送及び有人滞在技術の研究開発も推進すべきである。有人輸送技術は通常の輸送技術に加えて環境制御・生命維持技術、アボートシステム#17技術や再突入・帰還技術等が必要となってくるが、これらの技術獲得は長い時間を要するため、既に実施されている輸送技術開発と並行し、各要素技術の開発を無人輸送レベルで先行して進め、結果として有人輸送技術として確立していくことが必要である。

産学官が協力し、打上げ輸送能力の抜本的向上、ロケット再使用化、低コスト化などに必要な研究開発に取り組み、それを機体システムに実装し、次なる打上げシステムを実現していくべきである。

【新たな宇宙輸送を実現する制度環境整備】

宇宙輸送分野の技術革新に伴い、宇宙往還機や再使用型ロケット、サブオービタル飛行(高速二地点輸送、宇宙旅行、微小重力実験)などの新たな宇宙輸送が出現していることから、こうした新たな宇宙輸送の事業展開を可能にするために必要な各種法整備や国際標準化などの制度環境の整備に取り組むことを要望する。

図4:国内外の主なスペースポート検討・開発状況

(出所:第5回サブオービタル飛行に関する官民協議会(令和5年12月5日) 一般社団法人Space Port Japan資料より抜粋)

②宇宙交通管理及びスペースデブリ対策

2023年5月のG7仙台科学技術大臣会合における科学技術大臣コミュニケおよびG7広島サミットにおける広島首脳コミュニケにおいて、わが国からの提案で、スペースデブリ発生抑制の削減のための技術開発についての記載が盛り込まれたことは記憶に新しい。近年、宇宙利用の拡大とともに、スペースデブリの数が指数関数的に増えてきている。能動的デブリ除去、運用を終了した衛星等の軌道離脱、軌道上での衛星の寿命延長・燃料補給など、わが国が世界的に先行して強みを持つことができるスペースデブリの低減に資する技術に関して、必要となる技術分野を特定し技術開発を重点的に行うべきである。特に軌道上サービスを支える技術となる、推進装置一体型の高機動バスシステム#18の開発は、軌道上サービス分野における日本のプレゼンス向上に繋がる。また、軌道上サービスは安全保障でもニーズが高まっていることから、他国に依存せずに自国内で技術構築すべきである。

昨今、先進国において、スペースデブリ除去の研究開発予算が組まれつつある。しかし、政府によるアンカーテナンシーを行うとともに、危険で環境改善効果の高いスペースデブリを除去するためのエコシステム(例えば、国際的な協力に基づく公平・公正な負荷の導入とそれによる危険な宇宙ゴミの除去の実施による宇宙環境の改善・維持による宇宙利用者への還元)の構築等、民間市場が成立するまで継続的な支援が必要である。

③技術・産業・人材基盤の強化
【宇宙技術戦略の策定・ローリング】

わが国の宇宙活動の自立性を支える宇宙産業基盤の強化、及び今後の宇宙利用のさらなる拡大を踏まえ、広範な利用分野を支える基盤技術の研究開発が重要である。中長期的視点で人材を育成・維持できる仕組みの構築をはじめ、その道筋を示す今般の宇宙技術戦略の策定は、非常に重要なものである。「技術的優位性」「自律性」「ユースケース」等の視点に基づき、優先度をつけた上で産業界の意見を踏まえた中長期的な戦略を立案し、当該戦略を踏まえて各省の予算が編成されるとともに、戦略の内容は産官学で着実に実行に移されるべきである。

世界において技術開発の競争が激化している。わが国が中長期的な視点から戦略的に技術開発を行うためには、諸外国とわが国の現在の技術力を把握する必要がある。特に、安全保障分野で必要な宇宙技術は、民需の技術と比べてより高度なものが求められる。本技術戦略はわが国の安全保障確保の観点からも非常に重要であるため、国家安全保障・経済安全保障の観点で、国が「海外から導入する製品・技術」と「国産化する製品・技術」の峻別を行い、わが国の宇宙活動自立性確保の観点から国として必要な技術については、国内で定期的なプログラム構築を行い、わが国に必要な技術が継承される仕組みを構築すべきである。

併せて、獲得した技術を有効に活用するための知財戦略も必要である。技術戦略で示された中長期的に必要な技術については、プロジェクト開始前にフロントローディングの考え方に基づき、技術の研究開発・実証の拡充・推進を図り、早期に開発リスクの軽減を図ることが必要である。加えて、自律性確保に必要な主要・重要部材の国産化と、その成果の海外市場展開による産業基盤の強化についても考慮すべきである。なお、育てた技術の継承・発展を行うためには、先端・基盤技術開発への注力のみならず、該当技術の将来的な商業化に向けた支援についても具体的な道筋を示す必要がある。

宇宙技術の発展、産業拡大のためには、宇宙用途に開発された製品・技術の地上への転用が有効である。例えば、宇宙空間用途で開発・試行中のリチウムイオン電池#19を地上の極限環境への転用を行うことなどにより、これまで難しかった寒冷地における道路・鉄道・港湾・海上などのインフラメンテナンス性の向上や災害対応電源の利用が可能となる。宇宙と地上の両方の視点においてわが国の利益に繋がるような宇宙開発を実現できる技術戦略と予算措置が望まれる。

【先端・基盤技術開発の強化(JAXA能力強化、資金供給機能強化)】

JAXAの戦略的かつ弾力的な資金供給機能を強化するための宇宙戦略基金設立は、わが国の宇宙産業発展に大きな意義を持つ。今後設立される宇宙戦略基金#20からは、宇宙技術戦略において重点分野として特定された技術分野に対し戦略的に投資が行われることが重要である。併せて、最先端の研究開発を迅速・円滑に進めるために、適切なタイミング・環境変化に応じた柔軟な資金供給が必要である。また、政府側の技術開発体制の整備も必要である。複数の省庁予算で技術開発を実施する場合、政府全体として一元的に実施内容を集約の上、意思決定できる制度設計が必要である。

予算執行にあたっては、基礎的研究・開発研究・商業化等の選定技術の適用段階に応じて、基金の性質を補助金として扱う場合と適切な利益も許容する委託の場合を識別し柔軟に運用するルールを作るべきである。特に、安全保障分野を含めてわが国が宇宙活動の自立性を維持、強化していくために必要となる先端・基盤技術開発については、政府において確実に予算確保し委託により運用することが重要である。なお、補助金に分類されたものであっても、市場創出を必要とするような事業リスクが高いものについては、幅広いチャレンジを促すためにも100%の補助率も認める柔軟な運用が必要である。また、円滑な技術的伝承や国内技術力維持のためには、政府による継続的な技術開発を実施することが必要である。これにより企業も中長期的視点で人材を育成・維持することができる仕組みを構築していくことが可能となる。さらに、国内宇宙開発で獲得した新規技術を継続的に活用する計画が必要である。

なお、宇宙技術・産業の国内競争力を高めるため難易度の高い挑戦的な開発成果に対して新たなインセンティブを導入することも検討に値する。

増幅器、電源など従来の技術に関しても、技術の伝承、枯渇部品の置き換え等によるマイナーチェンジがあることから、サプライチェーンの強靭性を担保するためにも定期的な投資が必要である。

【商業化に向けた支援の強化】

日本の強みを活かした電子部品等民生技術の宇宙転用を進めていくためには、わが国の競争力強化やサプライチェーン強化に繋がる人材育成が重要である。特に、宇宙用FPGA(プログラム書き換え可能な集積回路)に関する技術者・プログラミング能力が国内に枯渇している。競争力あるコンポーネントやシステムの実現のためには、長期的な視点に立った産学官連携による人材育成プログラムを創設する必要がある。

また、新規企業が宇宙産業に参入する際に欠かせないステップである技術実証や基礎研究等については、実証機会が少ない・長いリードタイムを要する・取得データが限定的などの課題が存在しており、利用のハードルが極めて高い。宇宙産業のすそ野拡大の妨げにならぬよう、宇宙環境試験実施における、試験設備の共有、試験に必要な技術のトレーニング、タイムリーな機会提供などの効果的な支援や、これら試験を安価・短納期で実施できる仕組みの構築、ならびに試験を確実に行うための既存設備の着実な保全・更新が重要である。

さらに、民間事業者の宇宙参入を促進するため、商業利用における宇宙での利用周波数の制限緩和等の国内の関連規制の緩和や、海外展開による国際市場開拓に向けた総合的な支援も重要である

【異業種や中小・スタートアップ企業の宇宙産業への参集促進及び事業化支援】

近年、宇宙産業に参入するスタートアップが約100社#21と増加しており、既存の宇宙産業とスタートアップが連携し、新たなビジネスを創出している。先進技術開発の推進と市場の拡大に向けて、宇宙産業や政府、アカデミアとスタートアップが連携して技術開発と社会実装を加速化する仕組みが定着するには、宇宙基本計画において掲げられた異業種や中小・スタートアップ企業の宇宙産業への参入促進及び事業化支援(JAXA出資・資金供給機能、SBIR制度等)の着実な施行を期待する。

宇宙産業のさらなる拡大には、B to Cのビジネス展開を欠かすことができない。この未開拓市場において新たな事業を創出するためには、ISS利用や衛星打上げの機会等を活用した研究開発・実証実験に対する支援が重要である。また、地上と衛星間の電波利用開始の手続き簡略化・審査期間短縮など利用しやすい環境を整備していくことが異業種や中小・スタートアップ企業の参入促進をする上で重要である。

また、当然ながら宇宙用部品の生産を担う中小企業は宇宙開発を支える重要な基盤である。これら中小企業の生産設備への投資が適切に回収できるよう支援を行う必要もある。

上記の通り、大学や研究所発の高い技術力を持つ有望なシーズを社会実装した上で市場化につなげるためには、研究から事業化までのPathの強化が不可欠であり、研究開発プロジェクトの初期段階から商業化を見据えた取組みを加速するとともに、人材、資金、知財戦略など強力なエコシステムの構築が重要である。

【契約制度の見直し】

宇宙産業基盤の強化に向けては、宇宙関連企業において適正な利益が確保され、新たな人材育成や技術開発に投資を行う好循環が形成されることが重要である。一方、これまで開発難易度の高さや、長期間にわたる履行に伴って発生するコスト上昇に対し、企業側は利益からその費用を負担せざるを得ないなど、従来、宇宙事業は利益を確保することが難しい構造になっていた。宇宙産業における事業継続に必要な基盤を強化するためには、適切な契約制度を構築すべきである。

そのような中、第5次宇宙基本計画において、「①国等のプロジェクトの実施に際しては、民間事業者にとっての事業性・成長性を確保できるよう、国益に配慮しつつ契約制度の見直しを進める」「②JAXA においては、技術的難易度の高い衛星開発プロジェクト等におけるフロントローディングの強化や開発リスクの段階に応じた契約による官民の開発リスク分担の必要な見直しを行うとともに、プロジェクトの進捗に応じた支払い手法を検討する」「③著しい物価・為替変動への対応を継続的に実施するほか、防衛産業における取組みを参考に、JAXAから衛星開発プロジェクト等を受託する民間事業者の適正な利益を確保する施策を講ずる」「④民間事業者が支払制度や契約の履行要件などについて理解を深め、より高い予見性をもって参画することができるよう、JAXAは調達・契約に際しての民間事業者とのコミュニケーションの充実を図る」ことが明記されたことは、宇宙産業振興にとって大きな進展である。今後 、政府の方針に基づき、関係執行機関においては、衛星、宇宙科学・探査、輸送等の各分野に対して確実な運用を進めていただきたい。

なお、安全保障分野における調達においては、秘密情報の保護に必要な保全措置を講じる必要がある場合があるが、中小・スタートアップ企業が対応するには人的・資金的リソースに限りがあり、参画の阻害要因となり得る。受注企業が契約時までに必要な保全体制を構築するための支援、例えば保全体制の詳細を照会できる窓口の充実、知見を持った退職自衛官等の再雇用支援、施設保全の構築に向けた資金補助等について検討されることを要望する。

【人材基盤の強化】

わが国の宇宙技術の発展には、その技術の研究・開発と同時に、海外市場への進出含め、当該技術が利用される市場を創出する必要がある。

このような状況に迅速に対応するためには、民間側の取組みとして異業種や中小・スタートアップ企業の宇宙産業への参入促進と成長支援にスピード感を持って対応していく必要があり、各分野の専門家等や事業開発に精通したコンサルタント等を起用しそのノウハウの活用を促すことも、宇宙分野の発展を支える人材基盤を強化する取組みの一つとして有効と考えられる。

また、モノづくりを支える中小企業に対しても、インターンシップ制度の活用推進を行うなど人材基盤の総合的な強化が必要である。

【国民理解の増進】

国民の宇宙に対する理解を深めるためには、宇宙を身近に感じる、宇宙を通した感動体験をすることが重要である。マンガやアニメ、ゲーム等、日本が得意とするエンタテインメントを通じて、宇宙の魅力や宇宙に関する情報を発信することも、宇宙に対する国民理解を深めるために有効である。これらのエンタテインメントを通じた宇宙教育は、宇宙に関心を持たない多くの人々にも働きかけ、宇宙業界全体の普及啓発に繋がることが期待できる。このような取組みは次世代の宇宙関連人材の育成にも寄与するものであり、政府主導の宇宙事業においてもこれらコンテンツを有効活用することを期待する。

3.宇宙関係予算の確保及び着実な執行のための体制構築

第5次宇宙基本計画では、宇宙産業を日本経済における成長産業とするため、宇宙機器と宇宙ソリューションの市場を合わせて2020 年に4兆円となっている市場規模を、2030 年代の早期に2倍の8兆円に拡大していくことを目標とすることが明記されている。

2010年代の宇宙関係予算は、補正予算を含めても3,000億円台で推移していたが、2020年代は宇宙関係予算が増加傾向にある。令和5年度当初予算と令和4年度補正予算では、わが国のロケット打上げ能力の抜本的強化や小型衛星コンステレーションの構築、月面有人探査等を目指すアルテミス計画などの取組みを強力に推進するため、6,119億円が計上された(前年度比900億円増額、+17%)#22(図5)。続く令和6年度当初予算案と令和5年度補正予算では、宇宙戦略基金や、他の基金事業のうち宇宙関係事業への配分が確定した額を含む、合計8,945億円が計上された。

今後も、毎年度の宇宙関係予算は6,000億円を大幅に上回る額を確保すべきである。特に、防衛関係費が増加していく中で、安全保障利用も含めて増額を継続すべきである。防衛省の宇宙安全保障関連予算がわが国の宇宙産業に投入され、宇宙産業基盤の強化に資する好循環を形成することが求められる。

また、最長10年間にわたり1兆円規模で支援を行う宇宙戦略基金については、令和5年度補正予算として3,000億円(総務省 240億円、文部科学省 1,500億円、経済産業省 1,260億円)が計上#23されているが、必要な案件へ時宜を得た資金供給を行うためには、昨年11月に閣議決定された「デフレ完全脱却のための総合経済対策」に示されているとおり、早期かつ確実に1兆円の基金予算の総額確保が求められる。

加えて、各種政策及び予算を着実に執行するためには、内閣府はじめ関連省庁及びJAXAにおいて、十分な人材確保を行い機能的な体制を構築した上で、その体制を維持し続けることが必須である。政府側での人材体制強化は、民間企業にとってもわが国の宇宙政策の実施予見性を高めることとなり、民間企業が積極的に宇宙産業に投資するための後押しとなる。

日本の宇宙産業は今後ますますの成長が見込まれる。官需案件が現状大半を占める宇宙事業の特徴に鑑み、政府支援も引き続き重要であることから、わが国の宇宙産業の一層の発展のため、毎年度の宇宙関係予算として1兆円#24規模確保を目指すべきである。

図5:わが国の宇宙関係予算推移

(出所:内閣府公開資料を基に作成)

4.おわりに

今、わが国の宇宙政策及び宇宙産業は大きな変革の時期を迎えている。2023年6月に宇宙安全保障構想が宇宙開発戦略本部決定され、宇宙基本計画が閣議決定された。また、令和5年度末には安全保障・民生分野において横断的にわが国の勝ち筋を見据えながら、わが国が開発を進めるべき技術を見極め、その開発のタイムラインを示した技術ロードマップを含んだ「宇宙技術戦略」が新たに策定予定である。2023年11月29日の参院本会議ではJAXAによる民間企業などへの資金提供機能を広げるJAXA法改正案が可決・成立した。

加えて、わが国の防衛力も抜本的な強化が目指されており、宇宙安全保障の確保に向けた取組みを加速する機会である。

産業界としては、わが国の宇宙活動の自立性を維持・強化し、世界をリードしていくという宇宙基本計画の実現に貢献することができるよう、これまでの研究開発を通じて培ってきた技術やノウハウを最大限活用し、わが国の宇宙産業の発展に尽くしてまいる。スタートアップの創出・成長や大企業との連携拡大を含め、産業界全体として宇宙開発人材の育成・宇宙産業基盤の強化に取り組み、産業活性化を推進していく所存である。

以上

  1. https://www.morganstanley.com/ideas/investing-in-space
  2. https://www8.cao.go.jp/space/anpo/kaitei_fy05/anpo_fy05.pdf
  3. https://www8.cao.go.jp/space/plan/plan2/kaitei_fy05/honbun_fy05.pdf
  4. https://www.keidanren.or.jp/policy/2023/019.html
  5. Synthetic Aperture Radar:夜間や天候に関係なく運用でき、また情報を広域にわたり収集できる特徴があるレーダ
  6. Unmanned Aerial Vehicleの略称
  7. 安全保障用途及び民生用途の双方に活用可能なこと
  8. Space Domain Awareness:衛星など宇宙物体の位置や軌道、運用状況、意図や能力などを把握すること
  9. 敵性勢力が持っているレーダや対空、対艦など各種ミサイルの脅威の射程外から攻撃できる能力
  10. 内閣府、令和5年版 防災白書|特集1 第2章 第1節 自然災害の激甚化・頻発化等
  11. 一度に複数のアンテナビームを集中照射することで大容量通信を実現できる衛星通信システムのこと
  12. 資金の一部を給付するのではなく、事業者の提供する商品またはサービスを特定条件下のもとに政府と契約すること
  13. 例えば輸出審査期間の短縮など
  14. International Space Station
  15. 地球低軌道(Low Earth Orbit:LEO)を周回する宇宙ステーション
  16. https://www.bcg.com/publications/2023/the-growth-of-the-space-economy
  17. 緊急脱出システム
  18. 人工衛星の基本機能部分
  19. JAXA 宇宙探査イノベーションハブ 7-20広い動作温度範囲を持つ高出力軽量蓄電素子の開発/共通技術
  20. JAXAの戦略的かつ弾力的な資金供給機能を強化するために設立される基金。2023年11月29日にJAXAによる民間企業などへの資金提供機能を広げるJAXA法改正案が参院本会議で可決・成立
  21. Spacetide Compass Vol9
  22. 内閣府宇宙開発戦略推進事務局資料
  23. 内閣府宇宙政策委員会(令和5年12月5日)資料
  24. 自由民主党政務調査会宇宙・海洋開発特別委員会提言「宇宙の安全保障構想と新たな宇宙基本計画に向けて~国家宇宙戦略の策定とSXの実現~(令和5年3月28日)」

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