(一社)日本経済団体連合会
環境委員会 地球環境部会
ルールに基づく自由で開かれた国際経済秩序はあらゆる国の経済に裨益する。そのような認識のもと、日本は自由貿易の旗手として、WTOを中心とする多角的自由貿易体制の維持・強化に貢献してきている。
気候変動問題に関し、日本は、自国のみならず地球規模でのカーボンニュートラル実現を目指している。経団連は、25年以上にわたり、「経団連カーボンニュートラル行動計画」に基づき、CO2排出の削減を強力に推進しており、この行動計画は、日本政府の施策の柱と位置付けられている。また、経団連はわが国の気候変動政策のさらなる強化のため、2022年、グリーントランスフォーメーション(GX)に向けた政策提言を行い、成長・競争力と両立する気候変動対策の推進を引き続き強力に働きかけている。
こうした中、EUは2026年1月からの炭素国境調整措置(CBAM: Carbon Border Adjustment Mechanism)の本格導入を目指し、2023年10月に報告義務を伴う移行期間を開始した。気候変動対策の実施にあたりカーボンリーケージ対策が必要になりうるとの考えには同意するものの、同措置には内外無差別の原則に基づくWTOルールに不整合と考えられる点があることから、日本の経済界としては、これが非関税障壁として機能し、ルールに基づく自由で開かれた国際経済秩序に悪影響をもたらすことを懸念する。2025年2月に公表された簡素化提案は、一定の手続き負担の緩和に資すると評価できるものの、このような懸念の解消には依然として至っていない。課題が解決されないまま、対象品目の拡大や、さらにはEU以外の国・地域において同様のCBAM導入が行われた場合、その影響は一層甚大なものとなる。
EUには、様々な協議の場を通じて、日本をはじめ関心を有する各国・経済界の主張に耳を傾け、炭素価格の考え方や体化排出量の算出方法、リーケージ対策の公平な在り方をはじめ、各国間で共通認識を得られていない点に関し、議論の深化と共通理解の醸成に真摯に取り組むことを望む。そのうえで、WTOルールに基づく競争条件の公平性確保について各国との間で具体的な合意に至るまでの間、CBAMによる金銭賦課を一方的に開始しないよう求める。日本の経済界としては、今後、措置の導入を検討するに際しては、少なくとも下記の点について改善・対応が必要と考える。
- 説明責任 | WTOルール整合性を主張するならば、必要以上の貿易制限とならないこと、費用・手間に見合う排出削減効果が得られることの説明が必要である。とりわけ、輸入品に多大な手続き・金銭負担を課してでも実現すべきグローバルな排出削減効果を持つかについて、EUからの説明を求めたい。費用対効果に乏しい過度な負担は、グローバルな排出削減に向けた技術開発・プロセス改善に取り組む域外事業者の努力を却って阻害しかねない。
- 適用除外
- 体化排出量に係る公平性
- (1) WTOルールは内外無差別原則に基づき、域内品と輸入品の取り扱いの公平性、すなわち物品の取引市場における競争条件の実効的な公平性を求めている。しかしながら、現在の制度は、輸入品を扱う事業者に対してのみ「製品別」の排出量(体化排出量)の報告を求めている#3。域内品にない多大な手続と金銭負担が生じることで、輸入品を選好するインセンティブが極端に阻害され、輸入品はEU域内での競争上明確に不利となる。関税コードの細分類ごとに算出が求められる場合、さらに甚大な負担が生じる。域内品に求めていない内容を輸入品に求める措置は削除・是正すべきである。
- (2) デフォルト値 | 体化排出量の算定を簡素化するため、製品1単位当たり排出量の国別の基準値(デフォルト値)をEUが算出することとされたが、算定根拠の信頼性・正確性についての説明が必要である。国別に一定の値が上乗せされること(マークアップの存在)も懲罰的であり、恣意的な値・運用となる懸念がある。信頼できる方法で第三国がデフォルト値を設定することを可能とすべきである。
- (3) 算定と検証 | 体化排出量の算定にあたっては、ISOなど、国際的に通用する既存の計算方法を利用可能とすべきである。また、排出量の検証機関が認定を受ける際にEUの認定機関を利用しなければならないことは、域外検証機関・事業者にとって過大な負担である。信頼性が確認できる域外の認定機関を利用可能な仕組みとすべきである。
- 負担済み炭素価格等の評価の公平性
- (1) EU-CBAMでは、第三国で負担済みの炭素価格は賦課金額から控除可能となるが、現在の制度は、炭素排出と明確に関連したもの(明示的カーボンプライシング)のみを控除の対象としており、エネルギー諸税や規制等(暗示的カーボンプライシング)を考慮していない。このような制度設計では、各国が取り組む多様な排出抑制策・努力が適切に評価されないと考えられる。内外無差別を確保する観点から、炭素排出抑制に資する各国の政策強度を公平に評価し、負担の実質的公平性を担保する制度とすべきである#4。第三国の政策強度がEUと同等以上と評価できる場合は、還付や適用除外等を行うことが筋である。
- (2) 過去の無償割当 | 負担の公平性が担保されていることを客観性ある形で明確化する観点から、EU-ETSの排出枠の無償割当を受けた設備で製造された製品に無償割当の効果がどのように配分されたか、検証・公表すべきである。
- WTOルールは、貿易に対する措置を (i)恣意的または正当と認められない差別待遇となる方法、(ii)国際貿易の偽装された制限となる方法――で適用しないよう求めている。
- この基準により、排出量の99%をカバーしつつ、輸入事業者の90%について措置の適用を免除するとされている。
- EU-ETSは域内事業者に「事業者・事業所別」の排出量の報告を求めているが、「製品あたり」の体化排出量の報告は求めていない。
- EUにおいて、域内産業に対し、EU-ETSによる電気料金上昇を緩和する補助金や公租公課の免除など、カーボンプライシングと逆の効果をもたらす施策が継続的に実施されている点も考慮する必要がある。