一般社団法人 日本経済団体連合会
1.はじめに ~防衛装備移転を推進する上での課題
国際的な安全保障環境が一層不透明さを増す中、わが国としては、自国を守るために、安全保障政策上、同盟国や同志国と緊密に協調・連携し、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序を実現し、地域の平和と安定の確保に貢献していくことが極めて重要である。同盟国・同志国に対する適切な防衛装備移転は、こうした目的を達成するための有効な手段の一つであり、供給先の拡大を通じて、わが国の防衛力そのものである防衛生産・技術基盤の強化にも寄与する。
政府は2022年12月に、いわゆる「防衛三文書」#1を閣議決定し、官民一体で防衛装備移転を進めていく方針を示した。これらを受け、その後「防衛装備移転三原則・運用指針」の改正や、「防衛装備移転円滑化基金」の創設等、具体的な進展がみられていることは、産業界として歓迎する。
しかしながら、わが国は武器輸出三原則による事実上の輸出禁止期間が長期にわたったことから、民間企業は防衛省・自衛隊向けの装備品を計画的に納入することに専念してきた。そのため、海外における一般的な装備品契約に対応する際には、国内とは異なる契約慣行に十分留意する必要がある。
例えば、わが国では、発注者である防衛省・防衛装備庁が、各装備品のインテグレーターとして、各社に個別に発注したものを連接・統合する機能を担っており、特に研究開発の契約においては、受注企業と個別に協議しながら技術審査等で細部仕様を確定させていく形での履行が一般的である。他方、装備品移転の経験が豊富な他国のプライム企業では、インテグレーターとしての機能を有し、多様な武器システム等への対応能力等も有している。また、海外における装備品契約では、共通規格や明確な仕様書に基づいて調達が行われ、企業が製品の仕様設計や品質保証、契約責任を一貫して担う体制が慣行となっている。こうした契約慣行のギャップにより、わが国企業は海外案件に対応するため実践的な経験を積む機会に乏しく、結果として国際競争上の弱みとなっている。
また、海外からの引き合いに対しては、民間企業単独では対処し切れない事業リスク、レピュテーションリスク、カントリーリスクなどに直面しているほか、国内の既存装備品が国内用途のみを前提として開発しているため、相手国の要望次第では大規模な再開発・改修を伴うなど、円滑な装備移転を進める上で、解決すべき課題は多い。
現状、わが国の防衛装備移転案件の約8割は自衛隊の装備品の修理等にとどまり、完成品の海外移転といった大型案件は極めて限定的である#2。さらに、足もとでは、防衛予算増額による受注の積み上げが予想される一方、防衛産業から撤退する事業者もあり、サプライチェーンの完結性に綻びが生じつつある。このため、国内における防衛装備品の供給能力は限界に近づいている状況にあるが、こうした中にあっても、将来の需要見通しが不透明なため、予見性が乏しく、新規の設備投資計画が困難になっているという指摘もある。
防衛装備は、地政学的な状況によって需要が急増する可能性があるため、まずは国内における生産・供給基盤を着実に強化しておくことが不可欠であり、平時から一定の余剰供給能力を確保し、有事に備えた柔軟な対応力を高めておくことの重要性が増している。
今後、防衛装備移転を推進していくにあたっては、官民が協働し、これらの課題を前もって解決し、事業予見性を高める環境の整備が不可欠である。こうした観点から、政府が速やかに講じるべき主な施策を以下の通り提言する。防衛産業としても、政府における施策の具体的な検討に際して、必要な知見の提供等を通じて、積極的に協力していく所存である。
2.講じるべき施策
(1)政府統一の「防衛装備移転戦略・基本計画」(仮称)の策定
まず、国の政策として、防衛省をはじめとする関係省庁が連携し、政府が統一的な「防衛装備移転戦略・基本計画」(仮称、以下「戦略」)を策定することが求められる。
この戦略においては、政府が主体的に防衛装備移転を進める姿勢を明確に打ち出す必要がある。具体的には、相手国とのハイレベル協議や外交ルートを通じて、まずは、わが国の防衛装備品の特性や信頼性等に対する、相手国の理解の醸成を図りつつ、在外公館の防衛駐在官を活用した現地市場の動向把握や商慣行への対応等、窓口としての機能強化を戦略的に推進する方針を盛り込むべきである。
併せて、戦略では、わが国の防衛装備品が持つ競争力の軸足を明確にし、重点的に移転を進めるべき対象国・地域や装備品・役務の方向性を示すことが重要である。とりわけ、装備品・役務については、その特性を踏まえ、対象国・地域の特性も勘案しつつ、教育・運用支援を含むトータルパッケージでの移転、単体での移転などを整理し、移転に用いる枠組みを明確化すべきである#3。具体的には、より厳格な管理を要する高度な完成装備品については、政府間(Government to Government: G to G)の移転を基本とし、それ以外の完成装備品等は民間商取引(Direct Commercial Sales: DCS)とすることが求められる。
また、防衛予算が増加し、防衛省・自衛隊向けの需要拡大により国内の供給能力は逼迫している。こうした中で、防衛装備移転に取り組んでいくためには、国内の生産能力を正確に把握し、国内調達と海外展開との整合性が図られた戦略とすることが重要である。この戦略を、防衛力整備計画(装備品の整備規模等)にも適時反映させることで、企業の予見性を高めることが可能になる。
さらに、戦略の策定およびその後の改訂にあたっては、防衛関連企業との継続的な対話と意思疎通を行うことが求められる。防衛関連企業としても、ビジネス面での知見の提供等を通じて、実効ある戦略の策定に貢献していく。
(2)防衛装備移転に関する司令塔の設置
経団連は、2022年4月に公表した「防衛計画の大綱に向けた提言」において、日本政府が外国政府からの発注を受け、防衛関連企業が日本政府に当該装備品を納入し、日本政府が外国政府に装備品を移転するという仕組み、いわゆる「日本版FMS制度」の創設を提言した。
諸外国においては、こうしたG to Gの装備移転に際し、各国の政府機関が相手国政府との契約主体を担っている。例えば、韓国ではKOTRA(韓国貿易振興公社)、イスラエルではSIBAT(国防省国際防衛協力局)、スウェーデンではFMV(国防装備庁)がその役割を果たしている。
このような海外の制度を参考にしつつ、日本政府も、前述の戦略の策定・推進やG to Gの装備移転における契約主体機能を担う司令塔を設置すべく、必要な法制度の整備を速やかに検討すべきである#4。特に、前述した完成装備品については、わが国の装備品調達で防衛省・自衛隊が負っている全体調整・連接・統合といった機能をこの司令塔に持たせ、ワンストップで対応できる体制とすることが強く望まれる。
さらに、司令塔機能を実効あるものとするためには、官民間で円滑かつセキュアな連携を行うための協調体制の整備が不可欠であり、セキュリティクリアランスを所持する民間人の登用も検討すべきである。そのうえで、防衛装備移転に取り組む企業の参画を得た上で、関係省庁との間で、機微情報や事業性判断に必要な情報を適切に共有できるセキュアな情報交換の仕組みを構築すべきである。加えて、装備移転の個別案件ごとの課題や調整事項を議論し、解決する場として、司令塔の下に官民による新たな協議体等を設けることが望ましい。
(3)競争条件の向上やリスクの低減に向けた政策支援の実施
国内防衛産業が直面する厳しい状況の中で、防衛装備移転に対応するためには、新たな設備投資等の体制整備に対し、諸外国で一般的に講じられている政策的・財政的支援に比肩する支援策を講じることが不可欠である。
例えば、2023年10月に施行された「防衛生産基盤強化法」により、防衛生産・技術基盤の強化に資する事業者の取組みを認定し、直接的な経費支払いを行う仕組みである「基盤強化措置」が創設された。防衛装備移転も、こうした基盤強化に資する取組みの一環と位置付けられるべきであり、防衛装備品の国内需要の拡大によって供給能力に制約を抱える企業に対しても、装備移転に必要な経営資源を追加的に投入できるよう、積極的な支援が求められる。
また、同法に基づく「装備移転円滑化措置」では、防衛大臣の要求による仕様変更に限定して「防衛装備移転円滑化基金」から助成が行われる仕組みとなっている。しかし、実際の移転にあたっては、移転先国の運用環境やニーズに応じた仕様変更(いわゆるローカライズやカスタマイズ)への柔軟かつ迅速な対応が求められる。このため、こうした要望に基づく仕様変更についても積極的に助成するとともに、申請プロセスの簡略化等、制度運用面の改善を図ることも不可欠である。さらに、コスト負担を軽減する観点からは、初度費按分返納制度の見直しや各種利用料の撤廃・緩和といった制度的支援も重要である。特に初度費の返納義務は完成品輸出における大きな参入障壁となっているとの指摘もあり、制度の柔軟化が求められる。
加えて、移転先国に対する包括的な支援パッケージの展開も重要である。具体的には、オフセットの提供、技術移転、整備・点検・修繕等のメンテナンス、教育・運用に関するノウハウの提供が挙げられる。これらアフターサービスの一環として、実際に装備品を使用している部隊の自衛官や自衛隊OB・OG、さらには企業関係者の派遣を組み込むことが、わが国の提案の競争力を高める上で有効と考えられる#5。
(4)輸出許可等の国内手続きの迅速化
防衛装備移転を実効的かつ円滑に進めていくためには、国内における輸出審査・許可手続きの迅速化が不可欠である。現行制度では、経済産業省、防衛省、外務省など複数の省庁が関与し、それぞれの所掌事務に基づき審査を行うため、意思決定に時間を要するケースが少なくない。特に相手国との交渉が進展しているにもかかわらず、国内手続きがボトルネックとなって装備移転が停滞するリスクが指摘されている。
このような現状を踏まえ、民間企業が契約者となる輸出審査プロセスについては、前述の司令塔に権限と調整機能を集中させることにより、意思決定の一元化と審査プロセスの効率化を図る必要がある。関係省庁は、司令塔の下で連携し、専門性を担保しつつも迅速な判断が可能となる体制を構築すべきである。
また、輸出許可の審査にあたっては、企業側が事前に準備を進められるよう、判断基準の明確化と透明化が求められる。この点に関しては、外国為替及び外国貿易法に基づく武器リスト(Munitions List:ML)の整備や、各装備品が該当するか否かの規制範囲の明確化を通じて、輸出可否の判断に関する予見性を高めることが有効である。
さらに、審査期間についても、例えば「原則30日以内に許可・不許可を判断する」といった一定の目安を設けることで、企業の事業計画におけるリスクの低減につながる。また、既に輸出許可を取得し、技術情報を提示した上で交渉を進めている案件においても、契約締結が許可期間内に間に合わない場合、許可の失効によって交渉が中断されるとの指摘がある。このため、許可の延長申請に対しても、速やかな審査・判断が行われる体制の構築が不可欠である。
こうした審査の迅速化と基準の明確化により、国内手続きに起因する受注機会の逸失を防ぎ、わが国防衛産業の競争力の向上が期待される。
3.おわりに ~制度実施にあたっての民間企業の参画と協力
政府では、年内の策定を目指して検討が進められている防衛産業戦略において、本提言で示した施策の方向性を十分に踏まえ、わが国の防衛装備移転の実効性向上に資する政策の具体化がなされることを強く期待したい。
わが国の防衛産業としても、事業予見性を高める観点から、今後の具体的な制度設計に向けた検討に際して、積極的に参画・協力していく所存である。
また、制度が具体化され、一定の予見性が確保された際には、装備移転の実施に係る人的協力、製品開発等における自助努力、さらには海外事業展開における民間事業者としての知見の提供を通じて、持続的かつ競争力のある防衛生産・技術基盤の構築に取り組み、政府と一体となって、わが国および国際的な安全保障環境の安定と平和の実現に貢献していく所存である。
- 「国家安全保障戦略」「国家防衛戦略」「防衛力整備計画」
- 経済産業省「防衛装備の海外移転の許可の状況に関する年次報告書」(2024年11月)
https://www.meti.go.jp/press/2024/11/20241127001/20241127001.html - 防衛装備庁は、DCSの対象となる装備品・役務について、国際的な相互運用性の確保という観点から、開発の企画段階から、規格や認証制度の国際的整合性を意識した設計を行うべきである。
- 司令塔の所管省庁については、安全保障政策のみならず、産業政策および輸出政策の観点も踏まえ、総合的に検討する必要がある。
- 民間企業が契約主体となるDCSについては、日本貿易保険(NEXI)の保証枠の拡充等、政府による民間企業のリスク軽減策も有効。