Policy(提言・報告書) 産業政策、行革、運輸流通、農業  わが国農業の競争力強化と成長産業化に向けた取り組みの加速を求める

2013年1月22日
一般社団法人 日本経済団体連合会

わが国農業の競争力強化と成長産業化に向けた取り組みの加速を求める【概要】

本文のPDF版はこちら

I.はじめに

農業は、国民に食料を供給するという極めて重要な役割を果たすとともに、地域の基幹産業として地域経済社会の維持・活性化に大きな役割を担っている。一方で、農業従事者の高齢化や後継者難、耕作放棄地の拡大等により、将来に向けてその持続的な存続が危ぶまれる状況にあり、大胆かつ抜本的な改革により農業の競争力向上と成長産業化を図ることが急務となっている。

このため経団連では、2011年2月に「力強い農業の実現に向けた提言」を取りまとめ、国内に優良な農地を確保しつつ、新規就農や企業の参入促進等により経営感覚溢れる担い手を確保するとともに、地域の合意形成によりこれら担い手へ農地を集積し、経営規模の拡大と生産性の向上等を通じた農業の競争力強化を実現すべきことを提言した。同時に、6次産業化や農商工連携の推進、農産物の輸出促進等による農業の成長産業化を図るべきであり、これらの実現に向け、あらゆる政策手段を総動員した改革を迅速かつ強力に推進していくべきことを求めた。とりわけ、これら政策手段の効果を最大限に発揮させるためには、5年後、10年後を見据えて競争力を強化し、効率的かつ安定的な農業経営を将来にわたって担いうる経営体に対し支援策を重点的に講じていくことが重要である。このため、国は主要品目・営農類型別の競争力強化目標を設定し、その実現に取り組む農業経営体を認定しその強化を図るべきことを提言した。

その後、政府では、2011年10月に「我が国の食と農林漁業の再生のための基本方針・行動計画」(食と農林漁業の再生推進本部決定)を取りまとめ、規模の拡大や新規就農を通じた持続可能な力強い農業の実現、6次産業化・成長産業化など7つの戦略を掲げるとともに、その実現に向け今後5年間で集中的に施策を展開する方針を打ち出した。特に、土地利用型農業について、農業界の提案を受け、5年後に平地で20~30ha、中山間地で10~20haの経営体が大宗(8割程度)を占める構造を目指すとの数値目標を示したことは画期的である。そして、今後2年程度で全ての市町村・集落内での話し合いにより、地域内の中心的な担い手、農地集積のあり方、地域農業のあり方を定める「人・農地プラン(地域農業マスタープラン)」を作成することとし、そのための各種支援策を展開している。

こうした状況を踏まえ、今般、わが国農業の競争力強化と成長産業化に向けた取り組みを加速すべく、上記提言以降の進展も踏まえつつ経団連の考えを改めて整理し、さらに取り組むべき課題等を提示することとした。これら農業の競争力強化や成長産業化、そしてその基盤となるべき直接支払制度の改革による一貫性のある安定的な政策を通じて、力強い国内農業を早期に確立し、環太平洋パートナーシップ(TPP)をはじめとする経済連携協定との両立を実現していくべきであり、そのための政治の強いリーダーシップの発揮を強く期待する。経済界も持てる技術や知識・ノウハウ等を駆使して農業関係者の改革努力に最大限協力していきたい。

II.農業の競争力強化

現在、農業就業人口251万人、基幹的農業従事者178万人の約6割が65歳以上となり、平均年齢も65歳を超えている一方で、新規就農者は6万人、うち39歳以下では1.4万人程度で推移している。加えて、農業経営基盤強化促進法に基づき農業経営改善計画を作成し市町村から認定を受けた認定農業者についても、高齢化等を理由に再認定申請を行わない者も多く、2012年3月末現在で237,522となり、前年と比べ8,953減少している。

すでに関係者のたゆみない努力と革新により、国内はもとより海外でも高い評価を得て効率的かつ安定的な農業経営を実現し、後継者確保にも支障をきたしていない分野や経営体が存在する。将来にわたって広く農業従事者を確保していくためには、引き続き消費者・実需者に対し魅力ある農産物・同加工品を供給し効率的かつ安定的な経営を行う経営体を広く確保し、農業を地域の他産業と比較しても選択されうる産業としていく必要がある。このため、雇用就労の受け皿として期待されている法人経営体をはじめ経営感覚溢れる担い手を数多く確保するとともに、これら担い手への農地の集積により規模の拡大と生産性の向上を図ることが急務である。とりわけ土地利用型農業、その中でも稲作農業分野は単一品目では最大の産出額を持つ基幹的農業分野であり、これまでの農地流動化施策の効果もあって、20ha以上の経営体が3割の面積を耕作するようになってはいるものの、これを大幅に加速していく必要がある。

1.企業を含む経営感覚溢れる担い手の確保

国内に経営感覚溢れる農業の担い手を育成・確保していくことが喫緊の課題とされている中、企業の農業参入や農業経営の法人化を一層促進するとともに、その健全な経営環境を整備していかねばならない。

リース方式での企業の農業参入については、2009年の改正農地法でほぼ自由化され、一般企業の農業参入事例は2012年11月末時点で1,049件に達し、改正前に比べて年間参入企業数は5倍となっている。これらの法人が一定期間農業経営を営み地域に定着するとともに将来にわたる担い手と見做される場合、例えば認定農業者として認定を受ける、あるいは「人・農地プラン」で中心経営体として位置付けられた場合などには、農業生産法人の構成員要件や役員要件等を満たすものとして農地所有を認めることも、農業生産法人の構成員要件の緩和とともに検討すべきである。

また、参入企業からは、農業経営の大規模化や多角化等を進める上で必要となる資材置き場、事務所、更衣所、洗面所、加工施設、直売所、駐車場等の関連施設の設置が困難との指摘もある。制度上、周辺農地の営農等に影響のない場合は農地法の転用手続きや農振法の用途区分の変更手続き等を経た場合には、上記施設の設置も可能とされているが、現場の実態とはなっていない。従って、現行制度の現場への周知徹底と積極的活用を図るとともに、農地転用等の行政手続きの公正・透明性の確保と簡素・迅速化を引き続き進めるべきである。

2.新規就農支援策の拡充

現在、青年の就農意欲の喚起と就農後の定着を図るべく、就農前後の青年就農者に対する給付金(就農前(準備型):最長2年、独立後(経営開始型):最長5年)、合計最長7年間年額150万円の給付や、法人雇用就農の促進のための法人に対する研修経費として年間120万円の助成(最長2年間)等の措置が講じられている。

このうち、「人・農地プラン」に位置付けられた中心経営体への青年就農給付金(経営開始型)については、多くの給付申請があるなど期待が大きい。このため、設備投資のための就農支援資金と適切に組み合わせるなど、各種支援策等を有機的に活用するとともに、民間企業の知見も活用しつつ、就農前・就農後の地方自治体・教育機関や農業関係者による営農・技術指導、農地の安定的確保などの支援も充実させ、新規就農者の定着を図っていくべきである。

同時に、法人雇用就農の促進のための法人に対する研修経費としての助成については、農業技術等の修得期間を考慮するとともに魅力ある賃金水準の実現と雇用の安定等の観点から、現行の最長2年から5年程度へ助成期間を延長するとともに、就農者への一部直接給付の導入なども検討されたい。

また、社会人の新規就農の拡大に向け、社会人を対象とする実践的な就農研修や助成措置の拡充を図ることも重要であり、これらの新規就農者の確保はじめ農業分野における雇用の拡大については、民間企業の一層の活用も積極的に進めていくべきである。

3.農地集積の推進と経営規模の拡大

(1)「人・農地プラン」の内容充実及び活用の促進

2012年度から取り組みが始まった「人・農地プラン」は、市町村・集落内の話し合いにより、今後の地域の中心となる経営体を定め、そこへの農地集積を進めることなどを狙いとし、2年間で人と農地の問題を抱える全ての市町村、地域で作成することとされている。農地集積計画を含む充実した「人・農地プラン」の早期作成を実現し、それをレベルアップし、構造改革を加速していくためには、中心経営体への農地集積の状況を随時精査するとともに、プラン策定支援策を一層充実・強化していくことが重要である。

その際には、上記 II.2.の新規就農支援策の拡充等「人」への支援とともに、「農地」すなわち農地集積への支援策の拡充が必要となる。このため、農地の受け手に対する規模拡大加算や農地の出し手に対する農地集積協力金の拡充等を講じるべきである。併せて、売買による農地集積も支援の対象として促進するため、農地の受け手である中心経営体に対する措置として農業経営基盤強化準備金制度の拡充(農業用施設(建物及びその付帯設備)等使途の拡大、積立期間の延長、原資の拡大等)や農地の出し手に対する譲渡所得税の控除額(現在800万円、買入協議の場合は1,500万円)の引き上げなどを検討すべきである。これらに加えて、高齢の農業者が多いことから、今後は、遊休農地が急速に拡大することが予想されるが、現行の農地法に基づく報告だけでは、迅速かつ十分な対応ができない可能性が高い。このため、農地の農地としての利用を確保するため、私有財産権を制約し、迅速に遊休農地に対する特定利用権の設定ができる制度を構築することも重要である。また、直ちに受け手がいない農地については、公的な主体が中間的に権利を取得することも考える必要がある。

なお、プランの円滑な作成と農地の有効利用の促進のためには、農地情報の整備・活用やマンパワーの充実も不可欠である。このため、市町村、農業委員会、農協、農地利用集積円滑化団体、農地保有合理化法人、土地改良区、法務局、税務署等が有する農地に関する情報を一元化した関係機関共通のデータベースを構築し個人情報保護に配慮しつつ公開するとともに、これらを農地地図情報システム化して活用するための支援も求められる。併せて、地域農業の実状に通じた人材を職員として活用し、プランの作成に従事させることなども検討すべきである。

(2)農地・水利施設等の基盤整備の充実と集落内での協力体制の構築

農地の集積を図り農業経営の効率化を促進するためには、集落内での農地利用計画を明確にするとともに、農地の畦畔除去等による大区画化や汎用化、土壌改良、水利施設等の基盤整備事業を推進することも極めて重要である。また、戦後整備された農業水利施設の老朽化が急速に進行しており、その補修や更新が必要な施設が年々増加している。しかしながら、農業農村整備事業費は近年大幅に減額されたまま推移し、必要な施設の補修・更新に係る受益者の負担増を招きかねない状況にある。従って、直接支払制度の改革等による農業予算全体の見直しの中で、農業生産基盤を整備するための十分な予算を確保する必要がある。その際には、「人・農地プラン」の策定と基盤整備事業を有機的に連携させ、農地集積を総合的に推進することが重要であり、事業の重点化や同事業に伴う農地集積への助成等を推進すべきである。また、「人・農地プラン」の実現に必要とされた農地や農業用用排水施設の整備等を行う土地改良事業については、現行の要件(15人以上の農業者が受益地内の事業参加資格者の3分の2以上の同意を得た上で申請)を緩和し、受益地内の一定割合の面積の地権者の同意(面積要件)で事業を実施できるような特例措置の創設も検討すべきである。

一方、「人・農地プラン」に従って中心経営体に農地を集積した際においても、それ以外の農業者(兼業農家、自給的農家)との役割分担や集落における農道・水路等の管理においての協力は引き続き重要となる。従って、農地・水保全管理支払交付金の活用などを通じて、集落内で協力して農地・水保全活動を行う体制を構築・強化していくべきである。

III.農業の成長産業化

経営感覚溢れる担い手の確保と農地集積・経営規模の拡大等による国内における農業生産基盤の維持・強化とともに重要なのは、国民や市場のニーズに対応し消費者や実需者に選択される農産品・同加工品を安定的・効率的に供給するための開発から生産・流通・販売に至る体制を確立し、農業所得の向上と収益性の高い経営の実現により農業の成長産業化を図っていくことである。

また、農商工連携や6次産業化等を推進するためにも、農業生産自体の体質強化が不可欠であり、中心経営体を中心とする望ましい農業構造に適応した生産効率の高い栽培体系、品種、資材、機械、設備やそのための技術の開発、支援、普及を図るとともに、生産から加工・流通・販売を通じた効率的な経営・管理体制を構築していくことも求められる。

これらを実現すべく、すでに経団連に加盟する幅広い業界・企業において、契約栽培、農業生産法人への出資やリース方式での農業参入、資金調達やリース、生産技術・資機材等の提供やコンサルティング、新品種・新商品の開発・普及促進、先進的農業教育基盤の提供、輸出促進や販路開拓に向けたビジネスマッチング等の様々な連携・協力が行われている。経団連としては、農業経営の安定と消費者に豊かな食生活を提供する観点から、また、開発・生産・加工・流通・販売・消費まで一貫したわが国のフードシステムの活性化の観点から、農業者、製造業、流通・販売業が互いに協力して付加価値を高めていくことを切望し、経済界として、引き続き農業関係者との交流・意見交換などを通じた協力・連携強化を積極的に推進するとともに、下記の施策の積極的な推進を求めていきたい。

1.農商工連携・6次産業化の推進強化

(1)情報通信技術(ICT)の活用等事業環境の整備

農業分野における生産から加工・流通・販売を通じた効率的な経営・管理体制の構築に際して、近年、取り組みが進められつつあるのは情報通信技術(ICT)の活用である。例えば、農業従事者の高齢化への対応や後継者の育成、消費者ニーズの把握とその生産への反映など様々な課題を解決すべく、ICTやセンサー技術等の利活用による生産の効率化・省力化、作業工程やノウハウのデータベース化による生産効率の向上・平準化、販売者のデータ活用等による生産計画への反映等の取り組みがある。消費者の関心の高い食の安全性確保に向けても、農産品のトレーサビリティの確保や鮮度管理などにおいてICTの利活用が期待される。

また、農業分野でも、公共データを活用した所謂オープンデータ・ビジネスや消費者の購入履歴等を活用した所謂ビッグデータ・ビジネスによるイノベーションの実現が期待されている。例えば、気象庁の気象情報、農林水産省の青果物卸売市場調査(日別調査)、主要生産・出荷団体の作付・出荷計画や生育状況等の情報を活用した野菜生産・出荷計画の策定などや、医療や観光などの関連情報とも連携させ新たなビジネスやサービスを生み出していくことなども考えられる。

従って、政府はこれらの事業環境の整備を推進すべきであり、「日本再生加速プログラム」(平成24年11月30日閣議決定)に盛り込まれた「オープンデータの一層の推進」(実務者会議を平成24年設置、詳細制度設計については平成25年度上期検討、結論)や「個人を特定できない状態にした情報の利用の自由化」(平成25年度上期検討、結論)を推進すべきであり、農業関連分野に関する関係府省の積極的な取り組みを期待したい。同時に、農業者がこれらの関連情報基盤をクラウド環境で継続的に利用することなども想定した補助制度の整備も望まれる。

(2)農林漁業成長産業化ファンドの機動的運営

2012年9月5日に「株式会社農林漁業成長産業化支援機構法」が公布され、2013年2月上旬の株式会社農林漁業成長産業化支援機構の立ち上げに向けた作業が進められつつある。2012年度内には同機構(本ファンド)のもとに10~15の対象事業活動支援団体(サブファンド、官民計400億円規模)を組成するとともに、2013年度はさらに35~40のサブファンドの追加組成を目指している(同1200億円規模)。

同ファンドは、事業拡大に意欲をもつものの、資本力の弱さが事業拡大の足枷となっている農林漁業者が、2次・3次産業との連携をもって6次産業化事業体を組織しその事業拡大に向けて資本増強を図る仕組みとして活用が期待されている。一方、同法では、機構内に設置される農林漁業成長産業化委員会による6次産業化事業体への支援(対象及び内容)の決定や支援に係る農林水産大臣の認可の各手続きにおいて、農林漁業者等の意見聴取等の手続きが規定されている。変化の激しい市場環境の中、6次産業化事業体がその事業計画に沿って遅滞なく事業が展開できるよう、これらの手続きも含めファンドの機動的な運用が図られることを期待したい。また、6次産業化事業の広域展開を推進すべく、ファンド間の連携や下記産業連携ネットワークの活用なども推進すべきである。

同時に、同ファンドには産投出資200億円、産投貸付100億円など多くの国費が投じられていることから、透明で開かれた運営により国民に対する説明責任が十分に果たすことも重要である。ファンドの支援基準において、「個人及び事業者に関する情報の適正な取扱いに留意しつつ、保有する情報の公開に努め、農林漁業者その他の関係者に対する説明を行うとともに、機構又は機構が行う出資の対象となる対象事業活動支援団体に出資する民間事業者等に必要な説明を行うことにより、その運用の透明性を確保すること」とされているが、広く国民に対する情報公開を徹底すべきである。また、同支援基準には、農林漁業者の主導性確保に関する事項として、サブファンドが6次産業化事業体に対して有する議決権行使においては、農林漁業者等の意向を尊重する旨が規定されているが、その場合であっても、最終的には事業性の適否等経営体として望ましい方向で権利を行使するなど、将来に国民負担が発生することのないようにすべきである。

(3)産業連携ネットワークの一層の活用

産業連携ネットワークは、農林漁業と他産業、消費者等の様々な知見の共有と創発によりイノベーションを促進する場として、2011年12月、農林水産省が事務局となり創設された。同ネットワークは、経団連が提案した「元気なふるさと共創プラン」の趣旨を具体化するものであり、2013年1月11日時点で、農業界、経済界、行政、消費者など954もの団体・企業・個人が参加している。現在、6次産業化等の政策に関する農林水産省からの情報提供や会員からの情報提供、知見・取り組み等の共有に加え、特定のテーマに共通の関心を有する会員が集う交流会等の開催や検討部会の設置・運営、会員からの提案に基づく新たなビジネスモデルの構築等のプロジェクトの推進など、活発な取り組みが進められている。これら産業連携ネットワークの一層の活用により、数多くの具体的な成果が創出されるとともに、その成果が広く全国的に展開されるような仕組みを整備することなどにより、農業の成長産業化と地域経済の活性化に貢献していくことを期待している。

また、農産物については、天候等により生産量や価格の変動が発生することが多く、複数の産地の生産者が連携して生産物を供給する取り組み(リレー出荷)が進められており、生産者の経営の安定化とともに、食品メーカー、外食業者、流通業者など実需者への生産物の安定的供給などの大きなメリットがある。さらに、全国各地の経営体が品目別にボランタリーチェーンの組織等の協力関係を構築し、新たな需要の掘り起こしに向けた活動などを行うことなども考えられ、これら産地間の連携・協力を進める上でも産業連携ネットワークの活用が期待される。

(4)東日本大震災被災地域における農業復興の加速

東日本大震災の被災地域は全国でも有数の農業地帯であり、津波により約2.1万haもの広大な農地が冠水するなど、農業関係の被害額は約9000億円にも上る。現在、国の「農業・農村の復興マスタープラン」等に基づき、農地はじめ農業関連施設の復旧・整備、地域農業の担い手の確保、地域農業復興のための土地利用調整、6次産業化等高付加価値化など懸命な取組みが進められている。これらの取り組みを着実かつ加速的に実施すること等を通じて、被災地の農業が全国に先駆けて「我が国の食と農林漁業の再生のための基本方針・行動計画」の目指す姿を実現し、わが国の食料基地として力強く復興することが強く期待される。このため、単なる復旧にとどまることなく、競争力のある新たな農業経営の確立に向けた基盤整備が求められており、充実した「経営再開マスタープラン」の早期作成、復興交付金の活用促進、再生可能エネルギー活用に向けた農地規制などの整理とともに、各種事業に民間活力を積極的に活用していくべきである。

2.農産物等の輸出促進

東日本大震災による東京電力福島第一原子力発電所事故により、各国・地域政府は、日本の食品に対する検査・規制を強化しており、輸入禁止等の措置のほか政府作成の産地証明や放射性物質に関する検査証明などが求められている。諸外国・地域が不当な輸入禁止等の措置をとることがないよう、今後とも政府は正確な情報提供を行うとともに、相手国・地域との協議等を通じた輸入規制の緩和・撤廃、風評被害の払拭等に引き続き取り組むことが重要である。

また、高品質で食味溢れる農産物等の輸出促進に向け、「我が国農林水産物・食品の総合的な輸出戦略」(2009年6月改訂)において、55の重点個別品目と34の重点国・地域が設定されているが、引き続き、海外における需要の変化の把握に努めるとともに改めて日本産ブランドの強化を図りつつ、それを踏まえた輸出有望品目と品目別戦略を不断に見直していくことが重要である。その際には、日本食文化の海外発信の取り組みを強化するとともに、これまでの海外富裕層向けの高付加価値農産物の輸出に加え、生産・流通コストの低減に努めつつ、市場が急拡大しているアジア諸国の中間層はじめボリュームゾーンに対する取り組みも進めていくべきである。

輸出促進に向けた制度・体制の整備については、有望品目・仕向け国・地域における検疫問題の解決に向けた政府間協議の促進や販売施設運営への助成の継続・拡大、現地販売パートナーとの連携強化、国内における農場管理の認証基準(農業生産工程管理(GAP)、危害分析・重要管理点(HACCP)等)の導入やハラル、コーシャ、有機栽培規格等の輸出先国の各種基準への対応、空港・港湾における冷凍・冷蔵設備の整備、物流・流通の効率化等についても更に必要な支援策を講じていくべきである。

IV.直接支払制度の改革

1.農業者戸別所得補償制度の抜本的見直し等による直接支払制度の改革

戸別所得補償制度については、食料・農業・農村基本法で定める「効率的かつ安定的な農業経営が農業生産の相当部分を担う農業構造」を確立するための構造政策の一環として、また、「我が国の食と農林漁業の再生のための基本方針・行動計画」で示された目標実現のための政策として位置付け、認定農業者や「人・農地プラン」での中心経営体等の強化・育成と経営所得の安定に重点化する形で抜本的に見直す必要がある。

かかる観点から、米の生産数量目標に従って生産を行う全ての販売農家に対して、標準的な生産費と標準的な販売価格の差額分に相当する交付金を直接交付する「米の所得補償交付金」(1.5万円/10a)については、認定農業者や中心経営体と位置付ける経営体等において、「恒常的なコスト割れ」が発生しているか改めて検証し制度の見直しを行う必要がある。水田で麦、大豆、米粉用米、飼料用米等の戦略作物を生産する農業者に対して、主食用米並みの所得を確保し得る水準の交付金を面積払で直接交付する「水田活用の所得補償交付金」についても、市場におけるニーズなども十分に踏まえつつ、交付対象や単価の見直しとともに数量を加味した交付方法等の改善も必要である。

そして、これらの直接支払制度の改革による農業予算全体の見直しの中で、上記 II.3.(1)の規模拡大加算や農地の出し手に対する農地集積協力金の拡充や、II.3.(2)の農地・水利施設等の基盤整備の充実を図ることなどにより、望ましい農業構造の早期実現に重点的に取り組んでいくべきである。また、これらの改革においては、徒に生産現場に混乱が生じないよう導入時期を慎重に検討するとともに、導入後には将来にわたり安定的な制度となるよう、法制度上の措置として位置付けることを検討すべきである。

なお、米の生産数量目標に従って生産する農業者に対して、「当該年産の販売価格」が「標準的な販売価格」を下回った場合に差額分を直接交付する「米価変動補填交付金」については、米価が下落した場合に認定農業者や中心経営体等の経営に大きな影響が発生する可能性があることを考えれば、その原資として一定の供出を経営体に求めるなどの見直しを行い、経営所得の安定策として位置付けていく必要がある。その際には、構造改革を加速し、農家の経営判断により需要に応じた生産が行われる環境を早期に整備することにより、生産数量目標に従って生産する要件を廃止し、農業経営の自由度を高めていく視点が必要である。

また、「畑作物の所得補償交付金」については、経済連携協定等の国際交渉の結果により仮に国境措置の見直しが行われ外国産品との生産条件の格差が拡大・顕在化する際には、必要に応じて畑作物に限らず対象品目を追加し、国内農業と高いレベルの経済連携を両立させるためのセーフティネットとして拡充することも検討されるべきである。併せて、国境措置の見直しにおいては、国産原料の使用を確保するため、国産原料の最大の使用者である加工業者等の国際競争力を維持すべく、原料と加工品の国境措置の整合性が図られなければならない。

2.産業政策のみでは対応できない地域・品目等への支援

我が国耕地面積の約4割が位置する中山間地域は、食料供給機能とともにその水源かん養機能等により下流部の農業生産にも重要な役割を果たしている一方で、その自然的環境により平地のように農地集積・規模拡大によるスケールメリットを活かすことが容易ではない地域も少なくない。また、高付加価値化や観光等他産業との連携により雇用や所得の確保を志向することも目指すべき方向とは言え、全ての地域で達成するには困難な場合がある。従って、「我が国の食と農林漁業の再生のための基本方針・行動計画」での数値目標を達成しても、なお平地地域との差異が存在する場合には、追加的な措置が必要となる。

また、沖縄・鹿児島の島しょ地域や北海道の輪作体系の維持等に必要な作物等、農業はじめ地域経済社会の維持に不可欠なものについても、一定の配慮が講じられなければならない。

以上の取り組みを総合的かつ加速的に実施することを通じて、国全体として、農業生産による食料供給機能の強化と地域の経済社会の活性化を図っていくべきであり、経済界としてもその実現に最大限協力していく所存である。

以上