1. トップ
  2. Policy(提言・報告書)
  3. 税、会計、経済法制、金融制度
  4. 「民法(債権関係)の改正に関する中間試案」に対する提言

Policy(提言・報告書) 税、会計、経済法制、金融制度 「民法(債権関係)の改正に関する中間試案」に対する提言

2013年6月11日
一般社団法人 日本経済団体連合会

【総論】

1.民法改正に関する基本的考え方

1896年に制定された民法は、個々人が自由な意思に基づき法律関係を形成することができるという私的自治・契約の自由を原則としてきた。これは現代社会においても変わることがない重要な原則であって、今回の改正により、この原則を歪めることがあってはならない。

私法の基本法としての民法の改正は国民の経済活動に対し広範な影響を与えるものであり、これまで、経済界としても多大なる関心をもって今般の改正議論の動向を注視し、必要な意見発信を行ってきた。

今般、「民法(債権関係)の改正に関する中間試案」が取りまとめられたことから、以下において中間試案に対する経済界の意見を述べる。なお、論点が多岐にわたるため、まず本文において今回の改正全般に対する経済界の考え方を述べ、別紙において個別の論点について記述する。

2.民法の現代化について

法制定以来の社会・経済の変化を踏まえ、民法を現代の取引に適合するものとするという見直しの目的については、経済界としても賛成である。民法制定当時と比べ、取引は複雑かつ迅速化しており、立法当時からの変化を踏まえた所要の修正を行うことは望ましい。

しかし、たとえ一般的には認められている法理であっても、民法において新たに明文規定化すべきかは、どの法理についても十分に慎重な検討が必要であって、中には、現時点では立法化に強く反対せざるを得ない論点もある。

たとえば、中間試案では、約款に関する一連の規律を設けることを提案している(第30約款 128頁)が、疑問である。そもそも、現実の紛争は個々の条項の当否という実質内容に関して発生すること、約款の拘束力という形式面も、個別・具体的な利用実態を総合判断せざるを得ないことについては、現在と全く変わりがない。むしろ、十分な立法事実がない中で、約款に関する一連の規律を新設することは事実上の規制強化に他ならず、有形・無形のコスト増加によって、自由で健全な事業活動を必要以上に阻害しかねず、一般法たる民法の役割を大きく踏み外すおそれがある。

すなわち、企業は経済社会の要請に応じて、より安価で高品質の商品・役務を迅速かつ効率的に提供することが消費者の利益に適うものであると考え、そのための手段として契約関係を標準化するために約款を用いている。理論構成は種々あり得るとしても、そのような約款の拘束力が実質的にも形式的にも認められることについては、実務上ほとんど疑問の余地はなく、だからこそ、これまで安定的な実務運用がなされてきたものである。むしろ、安易な立法的妥協によって、立法趣旨の曖昧な新たな法律要件を明文化すれば、その適用範囲や解釈を巡って無用の混乱をもたらす懸念の方が大きく、善良な企業にとっては有害無益の立法提案である。

また、国民生活にとって重要性が高い約款については、既に各種業法において、取引に応じた形で慎重かつきめ細かく規律されている。消費者一般との関係においても、消費者契約法の枠組みの中で一定の整備がなされており、仮に既存の枠組みで解決できない問題が生じているのであれば、当該取引の実態に則して、かつ、個別・具体的な立法事実に基づき、消費者契約法や業法などの各種特別法において慎重に手当てすることが問題の解決に真に資するものであり、一般法たる民法に約款に関する規律を設けるのは適切ではない。

同様に、中間試案において約款に関する規律の一環として提案をされている不当条項規制に関しても、既に消費者契約法等により一定の手当てがなされており、一般法たる民法に規律を設ける必要はない。

3.分かりやすい民法について

民法の条文からは判例により蓄積されてきたルールを読み解くことができないとの指摘を踏まえ、確立したと広く認められる判例法理を民法に明文化し、条文を読むことでルールが明確に分かるようにすることは、国民一般の利便に資するものであり、経済界としても方向性としては賛成である。

ただし、判例法理を民法に明文化するにあたっては、真に民法に規定すべき法理であるかについての十分な検討が必要である。本来、判例は個別的な事案の解決に対する判断である。私人間の取引に対して一般的に広く適用される民法に規律した場合、原則と例外が逆転をすることになり濫用的な主張につながるおそれがある。判例法理を明文化すべきであるかについては、十分に慎重な検討が必要である。また、仮に明文化すべき判例法理であるとの合意形成が得られたとしても、法律の条文として明文化する上でのワーディングそれ自体が実務に無用の混乱をもたらすことのないように配慮すべきことは言うまでもない。

更に、条文化を行うにあたっては、国民にとって分かりやすい民法とするという改正の目的に照らして、構成や条文の表現についても十分に配慮すべきである。

なお、中間試案は、各提案が強行法規か任意法規かの区別が不明確である。新たに設けられる規律が強行法規になるのであれば、実務に与える影響はより大きくなることが予想されることから、今後の議論においては、その点についても配慮して、慎重に検討すべきである。

4.特定の政策目的を有する規定を民法に導入することについて

一般法たる民法に特定の政策目的を持った規律を設けることには反対である。

中間試案では、消費者と事業者間に典型的とされる、いわゆる「格差」是正といった一定の政策目的を立法趣旨としていると見られかねない立法提案、すなわち、不実表示(第3意思表示 4頁)、信義則等の適用における格差考慮義務(第26契約に関する基本原則等 119頁)や情報提供義務(第27契約交渉段階 121頁)に関する規律を設けることを提案している。

しかし、消費者の権利の尊重などといった、特定の政策目的の規律としては既に消費者契約法等が存在しており、その規律に従って安定的に実務は進められている。一般法たる民法にこのような立法趣旨を拡大解釈されかねない規律を重ねて導入する必要はないし、むしろ、民法の基本法としての性格を歪めかねない。

また、民法は、私法の一般法として抽象的な「人」概念を前提に私人間の法律関係を規律しているからこそ、消費者契約法などの特別法との関係でも基準としての機能を果たしてきた。民法に特定の属性に基づく規律を設ければ、このような機能を大きく阻害する。

特定の政策目的を有する規律については特別法で定めるべきであり、民法に規律を導入することに強く反対する。

5.今後の検討のあり方について

末尾となったが、2009年11月に法制審議会民法(債権関係)部会が設置されて以来、幅広い論点について長時間にわたる精力的かつ大掛かりな審議がなされ、債権法を中心とする民法全体の総点検がなされたことそれ自体が、わが国の民事立法史において極めて意義深いことであったと高く評価するとともに、多くの意見対立を内包しつつも今回の中間試案の策定に至ったことについては、多大なる敬意を表する。

しかしながら、今回の総点検は、これまでの110年超に亘る実務運用の歴史の延長線上になされているものであって、そもそも「無」から「新しい民法」を創造する作業ではない。今後、更に改正に向けての議論が進められることとなるが、私法の基本法・一般法として、これまで民法が、わが国の発展に果たしてきた現実の役割・機能を踏まえた上で、社会経済に無用な混乱を招くことがないよう、長年に亘って積み重ねられてきた既存の実務を十分に尊重した慎重な検討がなされることを求める。

民法は全ての国民の日常生活に広く関係する法律である。今後の検討に当たっては、できるだけ多くの合意が得られるようにすべきであり、強い反対意見がある論点については、今回の見直しで拙速に結論を導き、安易に既存の条文に改正を加えたり、規律を新設したりすべきではない。

今後の議論においても、引き続き、企業をはじめとする実務関係者の意見が十分に反映されるように心がけて頂きたい。

【各論】

「民法(債権関係)の改正に関する中間試案」で示されている論点のうち、以下、経済界で特に関心が深いものについて意見を述べる。なお、ここに示していない論点であっても、関係業界から意見が出されているものについては、既存の実務を阻害することがないよう、引き続き、慎重な検討を求める。

「第1 法律行為総則」

「2 公序良俗(民法第90条関係)」(中間試案(概要付き)1頁(以下、頁数を示す場合は、概要付き資料の頁数を示す。)

(意見)
暴利行為を明文化することに反対であり、規定を設けないとする(注)後段の考え方を支持する。
(理由)
従来、民法第90条の公序良俗の規定に基づき暴利行為に関する判断がなされてきたが、暴利行為に該当するとの判断がなされたのは極めて例外的な場合であって、それを前提に規律を設けた場合には、濫用的な主張を招き、契約関係が不安定になるおそれがある。
また、中間試案が要件として提示している「相手方が法律行為をするかどうかを合理的に判断することができない事情」が存在するか否かは、取引の相手方にとっては容易に知り得ない。また、「著しく過大な利益を得、又は相手方に著しく過大な不利益を与える」についても、いかなる場合が「著しく」に該当するかの判断は困難であり、かかる規律を設けた場合、暴利行為に該当するとの濫用的な主張を招き、円滑な取引を阻害する懸念がある。
個々具体的な事案に応じて暴利行為に該当するかを判断すべきであって、抽象的な規律を設けたとしても、結局、個々の取引に応じて暴利行為に該当するかを判断することになる。明文規定を置かず、従前通り、公序良俗違反の解釈に委ねるべきである。

「第2 意思能力」

「意思能力の定義」(2頁)

(意見)
意思能力に関する定義を設けず、「意思能力を欠く状態でされた法律行為を無効とする」ことのみを規律することで足り、(注1)後段の考え方を支持する。
(理由)
意思能力を欠く場合に法律行為が無効と判断されることについて異論はない。しかし、中間試案本文で示されているように、意思能力を「その法律行為をすることの意味を理解する能力」として、取引毎に判断される相対的なものとして定義をした場合、当該法律行為において意思能力を欠いていたとの主張がされ事後的に取引が覆されるおそれから、取引を委縮することにつながるおそれがある。意思能力の定義については、従前通り解釈に委ね、「意思能力を欠く状態でされた法律行為を無効とする」ことのみを規定することで足りる。

「日常生活に関する行為の特則について」(2頁)

(意見)
(注2)で示されている日常生活に関する行為についての規律を設けることに賛成である。
(理由)
日常生活に関する行為のほとんどは、取引の相手方の能力、属性にかかわらず一律かつ定型的に行われ、それゆえに、簡便かつ合理的なコストでの取引が可能となっているものである。そのような取引について、相手方に「法律行為を理解する能力」を有しているかを逐一確認するのは現実的ではない。
意思能力を欠く者について一定の保護を図ることは重要であるが、いつでも意思能力の欠如により無効を主張することができるとすることは、円滑な取引を委縮させるおそれがある。したがって、意思能力に関する規定を設ける場合には、意思能力の定義内容にかかわらず日常生活に関する行為については意思能力を欠く状態でされた場合であっても、無効とならない旨の規律を設けることに賛成である。

「第3 意思表示」

「2 錯誤(民法第95条関係)(2)イ 不実表示に関する規律」(4頁)

(意見)
不実表示に関する規律を設けることに反対であり、規定を設けないという(注)の考え方を支持する。
(理由)
中間試案では、錯誤に関する法理の一環として、相手方が事実と異なることを表示したために意思表示をした場合の法律行為の取消の規律を設けることを提案しているが、このような規律を設けた場合、不実の情報に基づいて意思表示をしたとして、機会主義的に取消の主張がなされるおそれがあり、自由で活発な取引を委縮させるおそれがある。
保有している情報量の違い等から保護の要請が強いと考えられる事業者と消費者との間の取引においては既に消費者契約法第4条1項1号の不実告知の規定や、景品表示法第4条の不当表示に関する規律などの特別法により対処がなされており、民法に重ねて規律を設ける必要はない。

「5 意思表示の受領能力(民法第98条の2関係)」(8頁)

(意見)
意思表示の受領能力についての規律を設けることについては、反対である。
(理由)
長期間に及ぶ契約の途中で意思能力を欠くようになった場合、中間試案の提案では、債務の履行の催告や契約の解除をすることができないこととなり、契約の一方当事者にリスクを負担させることとなる。このような規律を設けた場合、既存の安定的な実務を阻害することが懸念されることから、規律を設けることに反対である。

「第5 無効及び取消し」

「1 法律行為の一部無効」(17頁)

(意見)
法律行為の一部無効に関する規律を設けることに反対であり、(注)の考え方を支持する。
(理由)
法律行為の一部の無効が全体の効力に影響を及ぼすかは、法律行為の内容によって千差万別であって、個々の契約の解釈に委ねるべきである。一律の規定を設けることには適しないことから、規律を設けることは反対である。

「4 取り消すことができる行為の追認(民法第124条関係)」(20頁)

(意見)
追認の要件として、「追認権者が取消権を行使することができることを知った後」という要件を加えることには反対である。
(理由)
従前の判例実務においては、法定追認の要件を客観的に考えてきた。中間試案は、追認の要件として、「追認権者が取消権を行使することができることを知った後」という主観的な要件を加えることを提案しているが、裁判外の実務においては、「追認権者が取消権を行使することができることを知った」かどうかを認定するのは困難である。従来通り、取消しの原因となる状況の消滅を要件とすべきである。

「5 法定追認(民法第125条関係)」(21頁)

(意見)
法定追認事由として、「弁済の受領」及び「担保権の取得」を加えることに反対であり、(注)の考え方を支持する。
(理由)
「弁済の受領」及び「担保権の取得」については、相手方による一方的な履行や担保権の押し付けといった外形的な事実により法定追認が認められることが懸念されることから、規律に付け加えるべきではない。

「第7 消滅時効」

「1 職業別の短期消滅時効の廃止」(24頁)

(意見)
職業別の短期消滅時効制度を廃止する提案に賛成である。
(理由)
現行民法170条以下で規律されている職業別の短期消滅時効制度は現代社会において合理性を有しているとは言えず、また時効期間を統一した場合には、事務処理の効率化にも資することから、職業別の短期消滅時効制度を廃止することに賛成する。

「2 債権の消滅時効における原則的な時効期間と起算点」(24頁)

(意見)
甲案を支持する。
(理由)
時効制度を統一化、単純化を図っていくにあたって、多くの取引において商事の消滅時効である5年の期間が用いられていることから、期間を5年間にすることに賛成である。
また、起算点については、債権管理の効率性の観点から客観的起算点を維持すべきであり、甲案に賛成する。

「5 生命・身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効」(26頁)

(意見)
時効期間を短期化した場合に、生命・身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効に関する規律を設けることについては、引き続き、慎重な配慮が必要である。
(理由)
消滅時効の期間を短期化することに伴い、被害者保護の観点から生命・身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効に関する特則を設ける考え方は理解する。しかし、原則的な時効期間とは異なる長期の時効期間を設け、生命・身体を侵害された被害者に一律に適用することについては慎重な配慮が必要である。
「身体の侵害」といっても、その程度は様々であり、また、「身体の侵害」に該当するかが争点となる場合も多い。時効期間を一律に長期化した場合には、真に救済が必要かが疑わしいケースまで、長期間にわたって紛争が蒸し返されることを懸念する。既に、判例上、消滅時効・時効期間の起算点を潜伏期間経過後の「症状発生時」あるいは「症状固定時」とする等の解釈論が行われているところである。民法724条後段の期間制限の性質を消滅時効として整理すれば、被害者保護を図ることは十分可能である。

「7 時効の停止事由(協議を行う旨の合意による時効の停止)」(28頁)

(意見)
協議による時効の停止の規律を設けることに賛成である。
(理由)
実務上、当事者間の協議のみで簡便に時効を停止することができることは有用であり、規律を設けることに賛成する。
また、このような規律を設ける場合、協議があった旨の客観的な証拠を要するとしない限り却って紛争を招きかねないので、書面による合意を要件とすることに賛成である。

「第8 債権の目的」

「4 法定利率(民法第404条関係)(1)変動制による法定利率」(33頁)

(意見)
法定利率を現行の年5パーセントから引き下げ、変動制とする提案に賛成である。
(理由)
現行の年5パーセントの法定利率が高すぎるという認識のもと、法定利率を引き下げ、変動制をとることについては経済界としても賛成である。ただし、変動制の法定利率が採用された場合に、頻繁かつ急な変更は社会経済に大きな影響を与えることとなるので、利率の変更頻度や決定の仕方及び利率の変更がなされた場合の適用開始時期などについて十分な配慮が必要である。また、当面の利率としていかなる割合を定めるかについても、法施行までの社会情勢の変化を踏まえ、引き続き、検討を深めるべきである。

「(3)中間利息控除」(35頁)

(意見)
割合を固定とし、現在の実務で用いられている年5パーセントの割合を維持するとした上で、中間利息控除に関する規律を民法に設けることに賛成である。
(理由)
不法行為等の損害賠償実務においては、被害者に対する賠償の公平性及び簡易迅速な処理による被害者の早期救済が何よりも重要である。損害賠償額(逸失利益)の算定に際して、固定的な数値を用いて中間利息控除を行う現在の実務は、そのような要請にこたえるために生み出され、長年、判例に基づき年5パーセントの利息を控除するものとして安定的に運用されてきた。
公平性や保険実務における安定性の観点からは、現在実務において行われている年5パーセントの割合を維持すべきであり、中間試案の提案に賛成である。

「第10 債務不履行による損害賠償」

「6 契約による債務の不履行における損害賠償の範囲(民法第416条関係)」(42頁)

(意見)
(注2)の民法416条第2項を基本的に維持した上で、同項の「予見」の主体が債務者であり、「予見」の基準時が不履行の時であることのみを明記するという考え方を支持する。
(理由)
現行民法は損害賠償の範囲につき、通常損害と特別損害とに区別した上で、特別損害については、当事者がその事情を予見し、又は予見することができた場合に、損害賠償の範囲に含まれるとしている。中間試案は、現行法において特別損害として考えられてきたものについて、債務者が予見し、又は契約の趣旨に照らして予見すべきであった損害を賠償の範囲に含むこととしているが、このように規律を変更した場合、従前の実務で行われてきた損害賠償の範囲に変更をきたす可能性がある。
民法416条2項の規律を維持しつつ、判例法理に従い、予見の主体及び予見の基準時を明確化することで足りる。

「9 金銭債務の特則(民法419条関係)」(44頁)

(意見)
(1)の利息超過損害の賠償を認める規律を設けることに反対であり、(注1)の考え方を支持する。
(理由)
利息超過損害を請求すべき場合については、契約において約定利率を高く規定しておくことにより、損害の回復を図ることが可能であって、民法に規律を設ける必要はない。
仮に、提案のような規律を設けた場合には、損害の範囲についての紛争を引き起こし、紛争の複雑化・長期化を招きかねない。民法の規律として、利息超過損害の賠償を認める規律を設けることに反対である。

「10 賠償額の予定(民法第420条関係)」(46頁)

(意見)
第420条1項後段を削除することに反対であり、(注1)の考え方を支持する。
(2)の規律を設けることに反対であり、(注2)の考え方を支持する。
(理由)
「賠償額の予定」に関する規律は、契約上のリスク分担を定め、契約当事者の予測可能性を担保する契約条件として機能してきた。これは、単に賠償を請求する側にとっての負担を軽減するのみならず、賠償義務を負う者にとっても、一定の限度を超えて賠償義務を負わないという予見可能性を高めるとともに、一種の免責的な条項としても機能している。
また、同条は、当事者が合意に基づき賠償額を定めた場合に、当事者の意思を尊重し、裁判所はこれに介入しないという私的自治を象徴する一つの規律であるとも言える。
予定した賠償額が「著しく過大」であるかは容易に判断できるものではなく、「著しく過大」か否かを賠償義務者が争いうるとすれば、結局、損害賠償を請求する側で現に生じた損害を立証しなければならないことになるのであって、仮に、過大な賠償額等が定められた場合であっても、公序良俗違反等の一般条項により裁判所が個別的に判断をすることが可能であることからすると、「賠償額の予定」に関するこのような規律を設ける必要はない。
なお、仮に提案の規定を採用するとしても、特別法に予定賠償額が定められている場合について影響を及ぼさないよう、「法令に別段の定めがある場合を除く」旨の規律を設けるべきである。

「第11 契約の解除」

「1 債務不履行による契約の解除の要件(民法第541条ほか関係)」(46頁)

(意見)
1(1)のただし書きの規律を設けることには、反対である。
(理由)
当事者の一方が債務を履行しない場合には契約の解除が認められるのが原則であって、解除をすることができないのは例外的な場合である。軽微な違反であり、契約の解除が認められないような場合について規律を設ける必要はなく、信義則等の一般法理により解決を図るのが妥当である。
また、現行実務において、契約類型によっては催告後の相当期間の経過自体が契約における重要な要素であり解除事由に該当するとされているが、中間試案は、期間の経過それ自体では解除が認められるだけの不履行とは認められないとも読める。いかなる場合について、解除が認められないかは個々具体的な契約によって異なるものであり、ただし書きの規律を設けるべきではない。

「2 複数契約の解除」(48頁)

(意見)
複数契約の解除に関する規律を設けることは反対であり、(注)の考え方を支持する。
(理由)
現代社会においては、複数の契約が何らかの関連付けを持って締結されることは少なくない。
本提案は、「マンションの区分所有権」と他の契約に基づく「クラブの会員たる地位」につき帰属を異にすることが許容されていない特殊な事例の下で出された判決に基づくものであると考えるが、この判例は、「その形式は甲契約及び乙契約といった二個以上の契約から成る場合であっても」としており、これは契約書が複数であっても、実質的には一個の契約と認定できる場合について判示したものであり、そのような場合に契約全体を解除できるのは当然である。
実務上、契約を複数に分けていながら、それらの効力をたがいに連動させようとする場合には、契約中にその旨を明示するのが通例である。中間試案が提示している「契約の内容が相互に密接に関連付けられている」こと及び「複数の契約をした目的が全体として達成できない」ことといった不明確な要件の下で関連契約全部の解除が認められるとなると、あらゆる契約において「他の契約によっては効力を受けない」ことを定める規定を置かざるを得ないことになる。
取引の相手方は、個々の契約の有利得失を勘案した上で、契約を行うのが通常であって、一の契約に債務不履行による解除原因があることをもって、他の契約についてまで自動的に債務不履行解除が可能であるとすることは、安易に不要な紛争を惹起し、取引実務に混乱をもたらす可能性が高い。
複数の契約の解除が問題となるような場合については、従来通り、個々具体的な事情に応じて、個別的な解釈に委ねるべきである。

「第12 危険負担」

「1 危険負担に関する規定の削除(民法第534条ほか関係)」(51頁)

(意見)
536条1項の規律は維持すべきであり、(注)の考え方を支持する。
(理由)
現行民法536条1項は、双方の責めに帰することのできない事由によって債務を履行することが出来なくなった場合に、両債務が消滅するという民法の基本的な原則を表す意味を有するものであり、規律を維持すべきである。

「第14 債権者代位権」

「1 責任財産の保全を目的とする債権者代位権」(53頁)

(意見)
中間試案で提示されている要件に加えて、無資力要件を明示すべきであり、(注)の考え方を支持する。
(理由)
債権者代位権は、債務者の財産管理に干渉するという大きな権能を有するものであり、その介入根拠として債務者が無資力であることは債権者代位権の当然の前提である。債権者代位権を行使するにあたっては、債務者の無資力が要件となることを条文で明示すべきである。

「3 代位行使の方法等」(55頁)

(意見)
相殺を禁止しないという考え方に賛成であり、(注2)の考え方を支持する。
(理由)
実務上、いわゆる事実上の優先弁済が認められることを前提として、強制執行等のコストをかけると費用倒れに終わるような非常に少額な債権や、第三債務者の任意の協力が得られる場面について活用がなされてきた。
仮に、事実上の優先弁済が否定された場合、そのような既存の実務が阻害することになることから、相殺を禁止すべきではない。

「第15 詐害行為取消権」

「1 受益者に対する詐害行為取消権の要件」(58頁)

(意見)
提案に加えて、無資力要件を明文化すべきであり、(注1)の考え方を支持する。
(理由)
詐害行為取消権は、債権者代位権に比し、より一層債務者の財産管理に対する介入の度合いが強いものである。詐害行為取消として、債務者と第三債務者との間の行為の取消しを認めるためには、債務者が無資力であることが当然に必要であり、そのことを条文上明らかにすべきである。

「2 相当の対価を得てした行為の特則」(60頁)

(意見)
破産法と同様の規律を設けるべきではない。
(理由)
厳格な手続である破産であっても、何が「相当対価」に該当するかについて争いが生じる。詐害行為取消権はそのような厳格な手続がない任意整理の場面で用いられるものであって、このような規律を設けたとしても上手く機能するかは疑問である。

「8 逸失財産の返還の方法等」(65頁)

(意見)
相殺を禁止しないという考え方に賛成であり、(注2)の考え方を支持する。
(理由)
詐害行為取消権を行使する場合には、実務上、相当の手間をかけて行うのであって、事実上の優先弁済を認めたとしてもそれほど公平感を欠くとは言えない。詐害行為取消権は、任意整理の場合において用いられているが、仮に、事実上の優先弁済を否定することになれば、本制度は用いられなくなるおそれがあることから、現行どおり、相殺を認めるべきである。

「第16 多数当事者の債権及び債務(保証債務を除く)」

「3 連帯債務者の一人について生じた事由の効力等 (1)履行の請求(民法第434条関係)」(73頁)

(意見)
連帯債務者の一人に対する履行の請求が相対的効力事由であることを原則としつつ、各債務者間に協働関係がある場合に限りこれを絶対的効力事由とする(注)の考え方を支持する。
(理由)
原則として、連帯債務者の一人に対する履行の請求の効力を相対的効力事由とすることには賛成である。
ただし、当事者間で特約等を結んだ場合等についてまで相対的にしか効力が生じないとすべきではないとすると、既存の実務を害するおそれがある。各債務者間に協働関係があると認められる場合には、絶対的効力事由であるとすべきであり、(注)の考え方に賛成である。

「第17 保証債務」

「6 保証人保護の方策の拡充 (1)個人保証の制限」(83頁)

(意見)
個人保証禁止の範囲が無限定に広がり、個人保証の有用性を害することがないようにすべきであり、[いわゆる経営者]がどのような者を指すかを明確にすべきである。
(理由)
経済界としても、保証人の保護それ自体を検討することは理解する。一方、個人保証は社会経済の中で有用な役割を果たしてきており、経営者の範囲如何によっては、従前行われてきた融資を実行することができなくなることが懸念される。個人保証の有用性を害することがないよう、経営者概念を明確にすべきである。
また、企業が、事業の将来性に期待する経営者以外の第三者を保証人とすることにより資金調達をし、事業の発展を図る場合がある。そのような第三者による自発的な意思に基づく保証まで禁止をした場合、資金調達が困難になり、産業の発展を阻害しかねないことから、第三者が自発的に保証人となる場合は、個人保証を有効とすべきである。

「(2)契約締結時の説明義務,情報提供義務」(84頁)

(意見)
事業者という概念を規律した上で、契約締結時の説明義務、情報提供義務について規律を設けることに反対である。
(理由)
本提案は、「事業者」と「個人」との間に格差が存在することを前提しているが、このような概念に基づく規律を民法に設けることに反対である。
いかなる情報提供義務が課されるかについては、個々具体的な取引に応じて様々であり、一律の義務を設けることは実務と反する。
たとえば、エの「主たる債務者の信用状況」については、債権者であっても主たる債務者の資産・借り入れ状況を正確に把握することは困難である。他方、保証人が経営者である場合や、経営に実質的に関与している場合など、委託を受けて保証人となっている場合には、保証人は債権者以上に主たる債務者の財産状態について把握しており、債権者から主たる債務者の信用状況について説明する意義に乏しい。
そもそも、「信用状況」がいかなる事項を示すかが曖昧であって、そのような状況下において、「主たる債務者の信用状況」について説明義務を設けた場合には、いかなる範囲で説明をすべきかについての実務の混乱を招きかねない。

「(4)その他の方策」(85頁)

(意見)
責任制限のための方策を設けることについては、反対である。
(理由)
裁判所による保証債務額の減免や、保証債務が「過大」な場合の履行請求の制限等が提案しているが、このような保証契約に関する事後的な介入の余地を広く認めてしまうと、保証契約を行うメリットが大幅に減殺されてしまう。結果として、融資枠を限定せざるを得ない等、信用力の弱い債務者の資金調達を害する恐れさえあることから、規律を設けることに反対である。

「第18 債権譲渡」

「1 債権の譲渡性とその制限(民法第466条関係)」(86頁)

(意見)
既存の取引実務で認められてきた譲渡禁止特約(譲渡制限特約)の効力が制限されるものであり、反対である。
(理由)
多数の取引先を有する債務者にとって、取引先を固定するための譲渡禁止特約は不可欠なものである。中間試案は、原則として譲渡禁止特約の効力を否定した上で、譲受人が悪意又は重大な過失がある場合にのみ譲渡禁止特約の効力を認めているが、現行民法第466条2項が特約の効力を認めた上で、善意の第三者に対しては特約の効力を対抗できないとしていることとは、原則と例外が逆転することになる。
現行実務では、譲受人の主観が不明であるとして債権者不確知で供託をすることが認められており、規律の見直しを行えば、このような既存の実務に影響を与えることになる。また、このような規律を設けた場合、見直しの目的とされている資金調達に資するかは疑問である。よって、譲渡禁止特約に関する規律を見直すことには反対である。

「2 対抗要件制度(民法第467条関係)(1)第三者対抗要件及び権利行使要件」(88頁)

(意見)
債権譲渡の対抗要件につき、現在の特例法に基づく債権譲渡登記制度が抜本的に改善されることが期待されない現状においては、現行制度を維持すべきであり、(注)の考え方を支持する。
(理由)
中間試案では、債権譲渡における対抗要件制度につき、第三者対抗要件を登記・確定日付ある譲渡書面とする甲案及び、現行制度を維持した上で債務者の承諾を第三者対抗要件等とはしない乙案が提示されている。
まず、登記を金銭債権譲渡の対抗要件とする甲案については、現在の債権譲渡登記特例法に基づく現状を前提としないこととされているが、手間や手数料の高さ等の問題点が指摘されており、かかる現状が抜本的に改善されない限り、実務では受け入れがたい。
また、乙案では、現行制度から債務者による承諾を第三者対抗要件から除外しているが、実務上、大量の債権を譲渡する場合に債務者の承諾が有効に機能している。極めて多数の取引を行っている企業においては、通知により権利行使要件を満たそうとすると膨大な手間と費用がかかる。申込時の説明や約款等を利用して債務者の承諾を取得することにより権利行使要件を満たす実務は定着しており、この実務は、利用者にとっても何らの説明もなく通知を受け取ることよりも保護に資するものである。
中間試案では債務者が承諾を求められることの具体的な弊害が示されておらず、債務者の承諾を除外する必要はない。以上より、債務者の承諾を除外することには反対であり、現状を維持すべきである。

「(2)債権譲渡が競合した場合における規律」(90頁)

(意見)
規律を設けることに賛成である。
(理由)
現行法では、債権譲渡が競合した場合における弁済の相手方の判断準則が不明確であり、条文でルールの明確化を図ることに賛成である。

「第20 債務引受」

「3 免責的債務引受による引受けの効果」(99頁)

(意見)
免責的債務引受につき、明文の規定を設けることには賛成であるが、効果につき、「求償することができない」とすることには反対であり、(注)の考え方を支持する。
(理由)
実務上、免責的債務引受の法律構成を用いて行われる取引においては、引受人と債務者の間で、何らかの対価のやり取りが生じていることが多く、これが引受人の債務者に対する求償と評価される場合もあると思われる。したがって、「求償することができない」旨の規律を設けた場合、かかる既存の実務を阻害しかねない。

「第22 弁済」

「4 債務の履行の相手方(民法第478条、第480条関係)」(103頁)

(意見)
478条の「善意又は無過失」という文言を「正当な理由」に変えることに反対であり、(注)の考え方を支持する。
(理由)
従前、いわゆる債権の準占有者に対する弁済については、「善意無過失」の要件の下で考慮されてきたが、要件を「正当な理由」と変更した場合にはこれまで行われてきた判断枠組みに変更をきたし、実務の連続性が失われる懸念がある。

「6 弁済の方法(民法第483条から第487条まで関係)」(104頁)

(意見)
民法第483条を削除することには反対である。
(理由)
中間試案では、履行期の状態で引き渡せば合意内容とは異なる性状で引き渡しても責任を負わないとの誤解を招くとの理由から483条を削除することを提案しているが、「引渡しをすべき時の現状でその物を引き渡さなければならない」という規定は、取引実務において、目的物の性質等について定めていない場合の指針として有効に機能しており、同条を削除すべきではない。

「第23 相殺」

「2 時効消滅した債権を自働債権とする相殺(民法第508条関係)」(111頁)

(意見)
民法第508条の規律を改正することには反対であり、(注)の考え方を支持する。
(理由)
民法第508条の制度趣旨は、相殺適状に達した債権については別段の意思表示がなくても当然に差引決済がなされたものと考える当事者の信頼を保護する点にあるところ、そのような制度趣旨は実務における通常の意思と整合的である。
仮に、提案の改正がなされると、互いに相殺に供しうる債権を保有する両当事者は、それぞれ、これまで必要がなかった時効中断措置(その前提として時効期間の管理・調査)をとる必要が生じ、債権管理に係るコストが増大することになる。あえて、そのような改正を行う理由・必要性は存在しない。

「3 不法行為債権を受働債権とする相殺の禁止(民法第509条関係)」(112頁)

(意見)
(3)につき、同一の事実から生じた双方的不法行為の場合は除外する旨の規律を設けるべきである。
(理由)
相殺をすることができない場合を必要な範囲に制限することには賛成である。ただし、(3)の生命又は身体の侵害があったことに基づく損害賠償債権を相殺禁止の対象とすることについては、当事者双方に保護の必要性があるにもかかわらず、一方当事者のみが無資力の場合には、他方当事者が不利となる可能性がある。双方的不法行為の場合を除外したとしても、不法行為を誘発するおそれはないことから、(3)につき、ただし書きで、同一事実に基づく双方的不法行為を除外することを明示すべきである。

「第26 契約に関する基本原則等」(117頁)

「2 原始的に履行請求権の限界事由が生じていた契約の効力」(118頁)

(意見)
原始的に履行請求権の限界事由が生じていた契約であっても、その効力は妨げられない旨の規律を設けることに反対であり、(注)の考え方を支持する。
(理由)
実務上、原始的に履行請求権の限界事由が生じている場合には、契約は無効であるという考え方が定着している。履行請求権の限界事由が生じていた場合であっても契約の効力が生じるとすることは、従前の実務と異なる取扱いを条文上明記するものであって、不要な混乱を招く恐れがあることから、規律を設けるべきではない。

「3 付随義務及び保護義務」(118頁)

(意見)
規律を設けることは反対であり、規定を設けないという(注)の考え方を支持する。
(理由)
従前、信義則に基づき、付随義務及び保護義務が認められてきたことは理解する。
しかし、契約の趣旨に照らして必要と認められる行為であれば、通常は明示的に合意され、又は黙示に合意されているとすることが可能である。黙示の合意すら認められないにもかかわらず一定の行為義務が課せられるのは、極めて例外的な場面である以上、民法に明文の規律を設ける必要はなく、信義則に委ねるべきである。
中間試案として提案されている「相手方が当該契約によって得ようとした利益」、「当該契約の趣旨に照らして必要と認められる行為」が要求されているが、いかなる行為を指すかが漠然として不明確であり濫用が懸念される。

「4 信義則等の適用に当たっての考慮要素」(119頁)

(意見)
規律を設けることに反対であり、(注)の考え方を支持する。
(理由)
信義則や権利濫用等の抽象的な規定を解釈する上で考慮すべき要素には、様々なものが考えられるところ、「格差」のみを取り出して規定を設けることには合理性がない。
現代社会では、インターネット等の普及により、情報収集のための手段が格段に発展した。消費者と事業者との間であっても、「情報の質及び量」や「交渉力」に関する格差が縮小する傾向すら見受けられるのであって、現代における民法において、殊更このような規定を設ける必要性は減少している。かえって、抽象的な規定を設けることにより、契約をめぐった不要な紛争が惹起されるおそれさえある。
また、「消費者契約」を例示として提案しているが、常に民法の抽象的な規定の解釈に反映すべき程度の「格差」があるとは言えない。特に、近年では、様々な業法による情報提供義務に関する規制が強化される一方で、非対面取引の増加により、事業者側が消費者に関する情報を入手することは困難になっている。
紛争の柔軟な解決に当たっては、個々の当事者に即して解決すべきである。
そして、そもそも民法は価値中立的であるからこそ、特別法との関係でも指針として機能してきたのであって、このような規律を設けることには強く反対する。

「第27 契約交渉段階」

「1 契約締結の自由と契約交渉の不当破棄」(120頁)

(意見)
規律を設けることについて反対であり、(注)の考え方を支持する。
(理由)
契約締結の自由及びそれに対する信義則上の制約が認められることに異論はない。
しかし、このような規定を設けることによって、不当に契約交渉を破棄したとして、不要に紛争が惹起されるおそれがある。仮にこのような規律を設けた場合には、交渉段階において何らの約束もしていないという確認の覚書の類が増えることが懸念される等、通常の取引に影響を与えることを懸念する。
また、いかなる場合に「相手方が契約の成立が確実である」と信じ、「そのように信ずることが相当」と言えるかは個々の当事者によって異なるものであり現行法と同様に、信義則の解釈に委ねた方がより柔軟に問題に対処が可能である。

「2 契約締結過程における情報提供義務」(121頁)

(意見)
規律を設けることについて反対であり、(注)の考え方を支持する。
(理由)
原則として各当事者が自己の責任で情報収集すべきであることについて異論はない。
しかし、契約締結過程といっても当事者、契約内容等さまざまであって、一律に情報提供義務が認められる訳ではない。情報提供義務違反があるかは、従前通り、各取引に応じて信義則等で解決する方がより問題の解決に資するのであって、抽象的な規律を設ける意味はない。よって、規律を設けること自体に反対である。

「第28 契約の成立」

「6 契約の成立時期(民法第526条第1項・第527条関係)」(125頁)

(意見)
民法第526条第1項を削除することには、賛成である。ただし、「別途の合意がある場合にはこの限りではない」等、発信主義をとることができる旨の規律もあわせて設けるべきである。
(理由)
原則として意思表示が相手方に到達したときに契約が成立したと認められることは異論がなく、526条1項を削除することに賛成である。ただし、契約の成立時を一律に把握する必要性から、実務上、発信主義を用いている場合があることから、この規定は任意規定であり、別段の合意により、発信主義をとることが妨げられない旨を明らかにすべきである。

「第29 契約の解釈」(127頁)

(意見)
このような規律を設けることに反対であり、(注)前段の考え方を支持する。
(理由)
取引実務において、契約の解釈は個々具体的な事案に応じて行われており、契約の解釈に関する規律を設けることは、解釈の硬直化を招きかねないことから、規律を設けることに反対である。

「第30 約款」(128頁)

(意見)
民法に約款に関する規律を設けることに反対である。
(理由)
今般の提案は、様々な取引において用いられている約款が拘束力を有する根拠を民法に規律する目的から提案されていると理解しているが、現在行われている取引において、約款が用いられているから取引の安定性に疑義が生じているとは認識していない。約款をめぐって問題になる場合であっても、争われるのはもっぱら個々の条項の当否であって、約款そのものの法的拘束力が争われている訳ではない。
約款に関する規制が必要な分野に関しては既に各種業法において規律がなされている。また、消費者との関係においては消費者契約法が既に不当条項に関する規律を置いており、単に約款を用いた取引の法的安定性を確保するためだけに民法に抽象的に「約款」に関する規律を設ける必要性はない。
現在各種業法に規律がなく、現状として約款に関する紛争が生じている場合があるのであれば、当該取引の具体的な態様、生じている問題点に着目をして、具体的な立法事実に即して特別法等で対応を検討した方がより問題の解決に資する。民法に約款に関する規律を設けることに強く反対する。
また、中間試案は、約款に関する規律の一つとして不意打ち条項規制を設けることを提案している。しかし、約款は広く不特定多数の顧客に平等に適用することを目的に利用しているものであって、あらゆる相手方の知識、経験をはじめ一切の事情に照らし合理的に予測できない条項は契約にならないとすると、約款を利用する意味がなくなる。先述の通り、既に、約款の内容については消費者契約法や各種業法等で適正性が担保されているところであり、不意打ち条項規制を導入することにも強く反対する。
更に、中間試案では、約款に関する規律の一つとして不当条項に関する規律を設けることが提案されている。そもそも民法に約款に関する規律を設けることに反対であるが、不当条項に関する規制を設けることも反対である。
従前、裁判所は、民法90条の公序良俗違反の規律により、不当と考えられる条項の無効について柔軟に判断をしてきた。契約条項を無効とするかは約款に限らず、個別に合意された契約においてもあり得ることであり、特に約款についてこのような規制を設ける必要はない。今後も、条項の不当性の問題は一般条項である90条により柔軟に判断をすべきであって、民法に係る規律を設けることは反対である。
また、取引の相手方の保護が必要な取引については既に各種業法や、消費者契約法といった特別法で規律されている。仮に、取引において条項の不当性が問題となっている場合には、取引の実情に応じて当該特別法で問題に対処することの方が有用であり、民法に不当条項に関する規律を設けることに強く反対する。

「第32 事情変更の法理」(133頁)

(意見)
規律を設けることに反対である。
(理由)
契約の前提とした事情に変更が生じた場合について、当事者間の利害調整の見地から事情変更の法理が存在すること自体は異論がない。
事情変更の法理が認められるのは極めて限られた場合であると考えるが、そのことを要件として明確にできない限り、濫用的な主張がなされることを懸念する。同法理の適用が問題となった判例自体も、結論としては適用を否定し、かつ、最高裁判所が高裁の判決を破棄自判したものである。このような事情からも、濫用的な主張がなされる可能性があると考える。
また、仮に要件を設定できたとしても、効果及び行使方法についてのコンセンサスをとることについても容易ではないと言えることから、従前通り、解釈に委ねるべきである。

「第33 不安の抗弁権」(134頁)

(意見)
規律を設けることに反対であり、(注)の考え方を支持する。
(理由)
一定の事情が存在する場合に、信義則に基づき債務の履行を拒むことができるという考え方自体は理解する。
しかし、客観的な要件を設定できない限り、濫用的に履行を拒絶する旨の主張がなされるおそれがある。契約の解釈で問題に対処することも可能であり、明文の規律を設けることには反対である。

「第34 継続的契約」

「1 期間の定めのある契約の終了」(135頁)

(意見)
(2)の規律を設けることには反対である。
(理由)
「期間の定めのある契約」といっても、その目的は様々であり、あらゆる契約を講学上の「継続的契約」として考えるべきではない。
契約に期間の定めが設けられている以上、仮に何度かの更新を経ていたとしても、期間満了をもって契約が終了する場合があることを予期するのが通常である。当事者の一方が契約を終了させようとしているにもかかわらず、更新の申入れの拒絶が認められずに契約が更新される、などということは、極めて限られた場合にしか認められていないのであって、更新されたものとみなす旨の規律を設けることは、例外を一般化することにつながりかねない。多くの裁判例においても契約が終了することが原則であって、このような規律を設けた場合、契約の終了に関する不要な紛争を惹起する恐れさえあることから、(2)の規律を設けることに反対する。

「第35 売買」

「5 目的物が契約の趣旨に適合しない場合における買主の代金減額請求権」(140頁)

(意見)
規律を設けることに反対である。
(理由)
目的物が契約の趣旨に適合しない場合に、買主からの代金減額請求を認めることに理解をする。しかし、製品安全の見地から、メーカーが製品の回収を実施する場合があり、かかる規定を設けた場合、買主が代金減額請求のみを請求し、メーカーによる自主回収等に影響を及ぼすおそれがあり反対である。

「6 目的物が契約の趣旨に適合しない場合における買主の権利の期間制限」

(意見)
責任追及期間を現行民法より長期化することには反対である。現行法の「知った時から1年以内」という期間制限を維持した上で、乙案を採用すべきである。
(理由)
長期間買主が権利行使をすることができることとなった場合、引渡し時に存在した瑕疵であるか、通常の経年劣化によるものであるかの判別が困難となる。売買において、受領した目的物に瑕疵があることを発見した場合には、早期に相手方にその事実を知らせるべきであって、短期の期間制限を廃止する甲案には賛成できない。
他方、現在は判例に基づき、瑕疵を知った時から1年以内に具体的に瑕疵の内容とそれに基づく損害賠償請求をする旨を表明し、請求する損害額の算定の根拠を示すなどして、売主の担保責任を問う意思を明確に告げる必要があるとされているが、瑕疵発見後1年以内に損害額の算定根拠を示すことは困難な場合がある。そこで、目的物に瑕疵があること(「引き渡された目的物が契約の趣旨に適合しないこと」)を通知すれば足りるとする乙案に賛成である。
商法526条との関係については、通知すべき内容を瑕疵の存在で足りることとした場合、商法第526条が要求する通知の内容と異ならないことになるから、商法第526条に加えて民法の規律に服させる必要はない。したがって、商人間の売買においては商法第526条だけが適用され、乙案を内容とする民法の規律は適用されないことを明確にすべきである。

「7 買主が事業者の場合における目的物検査義務及び適時通知義務」(142頁)

(意見)
規律を設けることに反対であり、(注)の考え方を支持する。
(理由)
商法において、商人間の売買における目的物の検査及び通知義務が規律されているが、民法に事業者という概念を用いた規律を導入することに反対である。

「9 競売における買受人の権利の特則(民法第568条及び第570条ただし書関係)」(144頁)

(意見)
競売における担保責任について現行の規律を維持すべきであり、(注)前段の考え方を支持する。
(理由)
通常の売買契約とは異なり、競売手続において買受人は裁判所から選任された評価人による評価書や執行官の現況調査報告書により物の状態について情報開示を受ける。しかし、競売の場面においては目的物の所有者は評価手続等に非協力的な場合が多く、買受人は十分な情報開示がなされていないことを前提として入札を行っているのが実態であり、このこと自体を不合理であるとの指摘はない。むしろ、競売における効率性を阻害することが懸念される。
また、中間試案のような規律に見直した場合には、融資をする際に担保評価に慎重にならざるを得ず、結果として、金融の円滑化を阻害することにもなりかねないことから、規定を見直すことに反対である。

「第38 賃貸借」

「10 賃借物の一部滅失等による賃料の減額等(民法第611条関係)」(161頁)

(意見)
賃料の当然減額に関する規律を設けることには反対であり、(注)の考え方を支持する。
(理由)
賃借物の一部滅失等の場合に賃料を当然減額とすると、賃借物は賃借人の範囲内にあることから、賃貸人が事情を把握するのは難しい。また、現行民法第611条が過失によらないで賃借物の一部が滅失した場合にのみ、賃料の減額を請求できることとの連続性からしても、当然に減額を認める規律を設けることに反対である。

「15 賃貸借に類似する契約」(165頁)

(意見)
ファイナンス・リース、ライセンス契約の規律を設けることに反対であり、(注)の規定を設けないという考え方を支持する。
(理由)
中間試案では、ファイナンス・リースをユーザーの支払うリース料が使用収益の対価と評価されるものと、使用収益の対価ではなく取得価額及び付随費用の相当額と評価されるものに分けた上で、後者をファイナンス・リースとして規定することを提案している。しかし、実務上、そのような区別は一般的とは言えない。
また、民法にファイナンス・リースに関する規律を設けた場合には、リース契約当事者は都度ファイナンス・リースに該当し、賃貸借の規定が適用されるかを確認する必要が生じるが、実務上、ファイナンス・リース契約は当事者間の契約等によって規律がなされている分野であって一律に判断することは困難である。また、該当するとしても、賃貸借のいかなる規定が適用されるかが明らかにされておらず、取引の安定性を害することになる。当事者間の契約に基づく法理の発展を阻害しかねないことから、規律を設けることに反対である。
ライセンス契約についても、実務上、種々様々な態様の契約が行われている。賃貸借の節に規律を設けることに対する批判もあり、民法に一律の規律を設けることには反対である。

「第40 請負」

「2 仕事の目的物が契約の趣旨に適合しない場合の請負人の責任(3)仕事の目的物が契約の趣旨に適合しない場合の注文者の権利の期間制限(民法第637条関係)」(172頁)

(意見)
乙案に賛成であり、期間制限は「知った時から1年以内」とすべきである。
(理由)
受領した目的物に瑕疵があることを発見した場合は早期に相手方にその事実を知らせるべきことは、売買と請負とで異なることはない。製作物供給契約等、売買と請負は現実の取引において類似しており、両者の性質を併せ持つ場合があることからも、売買と請負で異なるルールを規律すべきではない。

「第41 委任」

「6 準委任」(181頁)

(意見)
民法第656条の現状を維持すべきであり、提案本文の内容には反対である。
(理由)
実務においては、一部の業務を他の事業者等に行わせる業務委託契約と言われる契約類型が多用されているが、その中で委託される事務には、法律行為、受任者の属性が主要な考慮要素になっている事務、受任者の属性を問わない事務といった様々なものが含まれており、これらの事務を明確に区別することは難しい。
このような実態を踏まえると、準委任契約に委任契約の規律を適用する民法第656条には十分な合理性がある。「受任者の属性が主要な考慮要素になっていると認められる」か否かで委任の規定を準用するかを決する提案は、契約の解釈を徒に複雑化させるものであって、提案には反対である。

「第42 雇用」

「1 報酬に関する規律(労務の履行が中途で終了した場合の報酬請求権)」(182頁)

(意見)
1(1)については規律を設けるべきではなく、(注)の考え方を支持する。
(理由)
まず、多様な性格を持つ賞与の取り扱いに問題が生じ、判例で認められた支給日在籍者要件を無効視するものではないかとの疑問を生じさせ、実務が混乱することになる。なお、補足説明では、「判例は賞与と報酬との違いの有無が問題にされたものであるから、判例に影響が及ぶものではない」としているが、当該判例は支給日在籍者要件の慣行を就業規則で明文化した事案において、同要件の合理性を認めたものであり、「賞与と報酬との違いの有無が問題」との趣旨は,どのような意味なのか判然とせず、適切な理解とはいえない。
また、1(1)の規定は、欠勤等によって労務の提供が一部不能になった場合の月例給与の支払い方法(欠勤分等の賃金カットの方法)についても影響を及ぼすことが考えられる。賃金カットの方法は、判例でも労働協約、就業規則等の定め、労使慣行に照らして個別に判断することになっており、必ずしも履行割合に応じて支払われているわけではない。そのため、「既に履行した割合」という定め方をすると、単純比例的な計算という意味に取られて、これまでの判例実務が妥当しないおそれが生じる。
さらに、雇用契約では報酬の支払い方法は多様であることから、補足説明にある「原則として履行割合型」であることを明らかにする必要性は乏しい。
以上

「税、会計、経済法制、金融制度」はこちら