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Policy(提言・報告書) 科学技術、情報通信、知財政策 データ利活用推進のための環境整備を求める ~Society 5.0の実現に向けて~

2016年7月19日
一般社団法人 日本経済団体連合会

はじめに

高度情報通信ネットワーク社会形成基本法(IT基本法)の制定から15年を経て、わが国の情報通信ネットワークインフラの高度化が進み、今やインターネットは企業の事業活動や国民生活に不可欠なものとなった。インターネットを通じて収集・蓄積される多量かつ多様なデータは、イノベーションの源泉となることが期待される。政府は「世界最先端IT国家創造宣言」(2016年5月20日)、「日本再興戦略2016」(2016年6月2日)等において、データ利活用の推進を成長戦略の柱のひとつに位置づけている。

経団連としても、提言「新たな経済社会の実現に向けて」(2016年4月19日)#1のなかで、Society 5.0(超スマート社会)#2の実現に向けて、データ利活用促進のためのルール整備の重要性を指摘した。これを受けて、今後、データ利活用を進めるうえで克服すべき課題、必要な施策等を提言する。

Ⅰ データ利活用の意義

近年、スマートフォンやIoT(Internet of Things)の普及により、あらゆるヒトやモノがインターネットにつながることで多量かつ多様なデータの収集が可能となり、それらのデータの利活用への期待が高まっている。具体的には、官民が保有するパーソナルデータ#3、国や地方公共団体が保有する公共データ(地図・海図、交通量、気象情報等)、不動産情報(登記情報、地価等)、医療・健康情報(レセプトデータ、特定健診データ、ヘルスケア情報等)、民間のビジネスを通じて蓄積される業務システムデータ(POSデータ、法人間取引データ、顧客データ、経理データ、ログデータ等)、センサーデータ(機器やインフラのデータ等)などあらゆるデータが利活用の対象となり得る。これらの多種多様なデータをつなげることで新たな価値を生み出すことができる#4

【あらゆる産業とITの融合による超スマート社会の実現】

データ利活用による新たなサービスのひとつとして、わが国では最近になってFinTech#5に注目が集まり、「金融×IT」がもたらすビジネスの可能性について盛んに議論が行われている。世界では、EdTech(教育×IT)やRealEstateTech(不動産×IT)などあらゆる産業のIT化が加速している#6。これまでもビジネスにITは活用されてきたが、IoTやAI、ブロックチェーン等の技術進歩や個人のスマートフォン保有率の急上昇などにより、新たなビジネスを創造するイノベーションが、これまでにない速さで起きている。

わが国産業界が国際競争力を維持するためには、この流れに乗り遅れるわけにはいかない。あらゆる業界がスピード感を持ってITを活用したビジネスを展開し、それにより生み出されたデータを組織や業界の枠を越えて利活用することにより、イノベーションを起こしていかなければならない。

データの利活用は、競争力向上の観点だけではなく、個人の生活の質の向上や社会課題解決の観点からも大きな意義がある。付属資料の『国民生活を豊かにするデータ利活用の事例』で示したように、利用者視点に立ったきめ細やかなサービスや製品を提供することで利便性が高まるとともに、防災・減災や健康増進など社会課題の解決にも貢献できる。

課題先進国であるわが国が、データを利活用した社会課題の解決に先行的に取り組むとともに、グローバルな社会課題の解決に貢献することも期待される。

【国民生活を豊かにするデータ利活用の事例#7
  1. 災害時の通行実績データ共有による支援活動の充実
  2. 災害時の被災者データ共有による支援活動の充実
  3. カメラ画像データを利用した避難誘導支援(防災・減災目的)
  4. リアルタイム公共情報の共有による災害・事故対策
  5. 個人の動態動向を「まちづくり・観光促進」等に活用する
  6. 医療・介護情報等の双方向連携による地域医療サービスの高度化
  7. ヘルスケア情報の統計活用と個人指導
  8. 業務従事者のウエルネス情報の統計活用と業務改善利用
  9. 室内環境データを活用し、高齢者の健康と安全を見守る
  10. 生命保険契約における健康診断情報等の継続的な活用
  11. ドライビング情報の統計活用と自動車保険料率への反映
  12. 電気自動車(EV)のバッテリー関連情報分析
  13. 建設機械のリモート監視
  14. 大型船舶の効率的な保守
  15. プラント等国外拠点とのオペレーションとメンテナンス
  16. 食品冷凍装置のリモート監視
  17. 高付加価値日本産品食材の海外展開
  18. 世界の野生動物と環境のモニター
  19. エンターテインメント・プラットフォーム
  20. ゲームユーザーの行動分析

Ⅱ データ利活用推進の前提

前章で述べたようなデータ利活用の意義を踏まえ、この提言ではデータ利活用の推進策に焦点を当てるが、その大前提としてプライバシー、サイバーセキュリティ、国境を越える情報の自由な流通および制度の調和が確保されるべきことは言うまでもない。

経団連はこれらの点について、これまでも繰り返し提言してきた#8。とりわけ2012年以来、インターネット・エコノミーに関する日米政策協力対話#9に米国産業界とともに参加し、これらの重要性を共同声明#10のなかで訴えてきた。その結果、2016年4月に開催されたG7香川・高松情報通信大臣会合#11および同年5月のG7伊勢志摩サミットの成果文書#12においても重要性が言及された。よりグローバルな認識の共有を目指した取り組みがますます必要となる。

1.プライバシーの保護

データ、とりわけパーソナルデータの利活用にあたり、プライバシー等個人の権利利益が侵害されることは決してあってはならない。企業は引き続き、個人情報保護法制に則り適切な情報の保護・管理体制を整えたうえで、顧客等の不安を払拭するために、個人情報の収集目的や管理方法等に関する透明でわかりやすいプライバシーポリシーの開示に努めるべきである。

2.サイバーセキュリティ対策の強化

世界中でサイバー攻撃による被害が深刻化するなか、インターネット上でデータを収集・利活用するためには、安全なサイバー空間の確保が必須である。大規模なサイバー攻撃は、国民生活や経済活動を麻痺させるなど、国にとって重大な事態となるおそれがある。特に重要インフラ等については、インフラ事業者が対策を行うだけでなく、政府においてもサイバーセキュリティ対策を講じる必要がある。企業には、サイバーセキュリティを経営上の重要課題として位置づけ、組織改革、人材育成、ならびに業種間の連携等にも踏み込んだ取り組みが求められる。こうした企業の自主的な取り組みを尊重しつつ、さらに強力な安全対策を講じるため、官民が緊密に協力する必要がある。

3.国境を越える情報の自由な流通

データはインターネットにより国境を越えて瞬時に流通させることができ、データを出す側と受け取る側の双方に経済的な効果をもたらす。こうしたなか、国際的に提供されるデータサービスが保護主義的な規制により阻害・制限されることがあってはならない。

TPP協定の電子商取引章#13に規定されるように、各国の法的枠組みに基づいて個人情報を適切に保護することを前提に、国境を越えた情報の自由な流通が認められることが重要である。この観点から、新興国を中心にみられる強制的なデータ・ローカライゼーション規制#14は、その国の中長期的な経済発展の観点から望ましくないことを規制国に対して引き続き発信する必要がある。

また、グローバル競争のイコール・フッティングの観点から、データの取り扱いに関する制度の国際的な調和も求められる。

Ⅲ データ利活用推進に向けた課題・施策

データは「第4の経営資源」と呼ばれ、その利活用の巧拙が国際競争力に直結する。わが国ではIoTやセンサーの技術が進んでおり、膨大なデータが蓄積しているにもかかわらず、法制や社会風土等、データを最大限に利活用できる環境が十分に整っていないために、死蔵されビジネス機会に結びついていないデータが多い。官民データの積極的な流通を図り社会で広く利活用するために、個人情報保護法制の適切な整備、データ利活用推進に向けた基本法の制定、競争力を高める社会風土の醸成を併せて進める必要がある。

1.個人情報保護法制の適切な整備

(1)個人情報保護法

2015年9月、個人情報の保護に関する法律の改正法(以下「改正個人情報保護法」という)が公布され、個人情報保護委員会#15の設置を含め、定義の明確化や匿名加工情報#16などの利活用を促進するための法的な枠組みが盛り込まれたことは、方向性として評価する。今般の制度改正では、法律で制度の大枠を定め、具体的な内容は政令、規則、およびガイドライン等により対応するとされている#17。改正個人情報保護法の全面施行#18に向け、個人情報保護委員会において、事業者等の意見を十分に踏まえ、実際に利活用を促進する規定を整備することが重要である。さらに、業種業態に応じた適正かつ透明性の高い実務ルールを定めるためには、政令、規則、およびガイドラインの規定は基本的な枠組みにとどめ、民間の自主規制においてデータの具体的な取り扱いを定めることとすべきである。認定個人情報保護団体を中核とする制度整備も一案として考えられる。

論点のひとつとして、個人の顔を撮影したデータ(以下「顔画像データ」という)は、防犯目的で取得・利用されつつあるが、プライバシー侵害であるとの指摘があり未だ十分に活用されていない。このほか防災目的での利用や商業施設等における来店者の属性・動線分析による混雑緩和・商品推奨等の利便性・サービス向上につながる利用も期待される。このため、取得・利用を一律に規制するのではなく、利用目的や方法に応じ、個人情報の保護と利活用のバランスがとれた規制を検討する必要がある。また、不特定多数の個人の映り込みについて規制のあり方を検討することも肝要である。

顔画像データに限らず、新たな規制が、社会的に認められている既存ビジネスならびに将来の新産業・新サービスの創出等を阻害するものとならないよう最大限の配慮を求める。また、技術やサービスの進展等に対応するため、規制の定期的な見直しも検討すべきである。

(2)行政機関等個人情報保護法

2016年5月、行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律および独立行政法人等の保有する個人情報の保護に関する法律の改正法(以下「改正行政機関等個人情報保護法」という)が公布され、個人情報保護法の改正と時期を合わせて、定義の明確化や非識別加工情報#19などの利活用を促進するための法的な枠組みが盛り込まれたことは、方向性として評価する。改正行政機関等個人情報保護法の全面施行#20に向け、データを利活用する事業者等の意見を踏まえた、官民間の一体的なデータ流通の促進に向けた検討が重要となる。

改正個人情報保護法に基づく匿名加工情報と改正行政機関等個人情報保護法に基づく非識別加工情報については、個人情報保護委員会が一元的に所管するとされている。非識別加工情報の提供を受けた事業者等が、当該データを匿名加工情報と一体的に利活用することができるよう、加工レベル等の基準を官民同一にすべきである。また、国民・事業者に混乱を招くことのないよう、非識別加工情報と匿名加工情報を同一条件で取り扱うことができることをガイドライン等に明示するとともに、十分に周知することを求める。

個人情報保護委員会には、民間部門・公的部門の双方を対象とする第三者機関として、個人情報の保護と利活用のバランスがとれた的確な監督を行うことを期待する。重複行政の排除および行政事務の効率化はもちろん、個人情報の一体的な利活用の促進の観点からも、個人情報保護委員会が民間部門・公的部門の個人情報保護法制全般を一元的に担うこととし、同委員会の体制を強化すべきである。この観点から、改正行政機関等個人情報保護法の再改正とともに、地方公共団体により異なる個人情報保護条例等を乗り越えて一体的なデータ流通・利活用を促進する法的な措置が不可欠である。

さらに、健康・医療、防災・減災関連など社会的な便益が特に大きい分野については、情報の取り扱いに十分配慮しつつ、匿名化の度合いの低い情報を含めた利活用推進に軸足を置くことが適切である。特別立法の必要性を含め、高度な利活用の促進策を検討すべきである。

【個人情報の取り扱いに関する監督体制#21

2.データ利活用推進基本法の制定

今般、パーソナルデータの利活用により民間の力を最大限引き出し成長戦略に貢献することを目的として、個人情報保護法制の整備が行われている。しかしながら、データ利活用のさらなる推進には、このほかにも以下のような課題の解決が急務である。国、地方公共団体、企業が一体となってスピード感を持ってこれらの課題に取り組むためには、データ利活用推進基本法の制定による後押しが不可欠である。

(1)紙から電子へ

インターネットの普及に伴い、ネットワークを利用して効率的に業務を行う環境がグローバルに整いつつあるが、前提として紙で行われている業務や手続きを電子化することが必要となる。現状では行政手続き等において紙の手続きが原則となっており、データを利活用する際の大きな阻害要因となっている。手続きにおいて、紙は「副」で電子が「正」と原則を転換すべきである。

原則の転換にあたっては、業務プロセス改革(BPR:Business Process Re-engineering)と併せて電子化を進めるべきである。たとえば、捺印の代わりに電子サインや電子署名、生体認証、マイナンバーカードの公的個人認証機能を活用したり、紙の手続きに手数料を課したりするなど、電子手続きに誘導する方策を検討すべきである。とりわけ地方公共団体のBPRについては、国による支援が不可欠である。

(2)データフォーマットの標準化

同じ業務・手続きであっても各組織でデータフォーマットが異なっている場合には、組織を越えた業務・手続きの際にデータの変換処理が必要となる。データの利活用を促すためには、API連携#22やデータフォーマットの標準化を行うことが重要である。

現状では、省庁、地方公共団体、企業、団体、個人ごとに個別のフォーマットが使われている。これらステークホルダーの利害調整を行いながら、データの形式、用語、単位、定義、粒度等のフォーマットの標準化を官民協調して推進すべきである#23

その一環として、官が民に提出を要求するデータのフォーマットの標準化を推進すべきである。例えば、入札参加資格申請などは、審査要件に違いがないにもかかわらず、各省庁や地方公共団体間でIDやデータフォーマットが統一されていないことから、早急に標準化を進めなければならない。

(3)官民共通識別IDの拡大

個々の業務・手続きを越えてデータを横断的に利活用するためには、フォーマットの標準化とともに、識別IDが必要となる。現在は、同一の対象に組織ごとに個別の識別IDが与えられているが、官民で同一対象に共通の識別IDが利用できれば国全体の活動の高度化、効率化が可能になる。

官民共通の識別IDとして、2015年10月のマイナンバー法#24施行により国民にマイナンバー(個人番号)が通知され、社会保障、税、災害対策の分野における情報連携による効率化への期待が高まっている#25。また、医療等分野(健康・医療・介護分野)の安全で効率的な情報連携を目的として、医療等分野のID導入も検討されている#26

個人番号と同時に法人に付番された「法人番号」は個人番号と異なり公開され、誰でも自由に利用できることから、わが国初の画期的な官民共通識別IDと言える。官民共通識別IDの拡大の第一歩として法人番号の活用を進め、運用のノウハウを蓄積すべきである#27

そのノウハウのもとで官民共通の識別IDを拡大し、サイバー空間における5W1Hの標準化#28を図るべきである。具体的には、社会インフラ(橋や道路、信号等)、行政手続き(支援や審査等)、住宅、車#29などから協調して官民共通識別IDを整備する必要がある。

(4)公共データのオープン化

地方公共団体が保有する地図・土地・交通・人口等に関するデータを中心に、公共データの産業利用のニーズは高い#30。2012年7月に高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT総合戦略本部)が「電子行政オープンデータ戦略」をとりまとめて以降、国や政令指定都市を中心に公共データのオープン化が進められており、この動きを加速させるべきである。オープンデータの活用は、経済の活性化の観点だけでなく、行政の透明性・信頼性の向上、国民参加・官民協働の推進の観点から大きな意義がある。機械判読に適した形式でデータを取得し、二次利用が可能な利用ルールで公開するという原則のもと、スピード感を持って進めるべきである。特に地方公共団体の保有するデータは利用のニーズが高いため、より利用者目線のオープンデータが行なわれるよう、民間事業者や学識者の知見を積極的に取り入れることが重要である。企業と地方公共団体の積極的な連携によりデータの利活用を進め、その利用結果は地方公共団体にフィードバックして二次利用・三次利用を促進することで、地方産業の活性化や防災対策などに貢献していくことが期待される。

(5)人材育成

データ利活用を進めていく上では、人材の育成が重要である。データ活用人材の育成に社会全体で取り組むとともに、産学間や大企業・ベンチャー間の活発な人材交流を図ることも求められる。組織や業界を越えた人材の活用を進めるために、データ活用に必要とされるスキルを明確化すべきである。

データ活用人材のスキルとともに、データ活用に対する国民の理解やリテラシーの向上も重要である。初等中等教育から理数系の教育を充実させ、政府が「日本再興戦略2016」に掲げる2020年からのプログラミング教育必修化を進めるとともに、データ分析やサイバーセキュリティに関する教育を行うことも検討すべきである。

(6)新たなデータ流通の仕組み

スマートフォン等の普及に伴い、企業と個人あるいは個人同士が直接つながる新たな枠組みが実現している。今後、IoT機器等の普及により多種多様なデータが大量に流通することが見込まれ、その利活用が期待される。しかし、現状ではデータを保有する地方公共団体や事業者に利活用ノウハウがなかったり、パーソナルデータを適切に移転・利活用する仕組みが整備されていなかったりするために、利活用が進みにくい。こうした課題に対応するため、データの流通・利活用を促す新たな仕組みを整備する必要がある。

政府が「世界最先端IT国家創造宣言」(2016年5月20日)において、データ流通における個人の関与の仕組み、健全なデータ取引の市場形成のあり方、個人が自らのデータを信頼できる者に託し本人や社会のために活用する等の新たな仕組み#31について検討を推進することとしたことは、評価したい。グローバルな環境変化に遅れぬようスピード感を持って、官民が一体となって検討すべきである。

新たな仕組みは、個人、事業者、行政機関等が自らの意思で参加できるものとし、個人・事業者のインセンティブ、社会的な意義や効用、制度の信頼性を確保する方法等を検討する必要がある。また新たな仕組みを機能させるためには、国民の理解が不可欠である。政府の検討会の中間整理#32では、当面の必要な対策として「普及啓発・データ活用教育の促進」を挙げている。これに国・地方公共団体が一体となって取り組むことを求める。

(7)政府の検討・実施体制の一元化

現在、データ利活用の推進を目的とする検討体が複数の府省の下に林立し、委員やヒアリング対象、議論内容の重複も見られる。貴重なリソースを有効に活用するためにも、省庁横断的なデータ利活用推進本部(仮)を設置するなど、政府における検討・実施体制を一元化すべきである。

【データ利活用に関する検討体(抜粋)】

3.競争力を高める社会風土の醸成

(1)国民理解の増進

インターネット上の情報量が増加するなか、「自分のプライバシーが侵害されているのではないか」「自身にとってメリットが感じられない」などの不安や不快感がデータ利活用に対する過剰な拒否反応を引き起こしている。そのため、事業者は法令を遵守してデータ利活用を行なっても、レピュテーション・リスクにさらされている。こうしたレピュテーション・リスクを低減し、競争力ある新規ビジネスの芽を摘まずに育てる社会風土を実現することが、わが国にとって重要な課題である。

パーソナルデータの利活用に関する社会的なコンセンサスの形成は、企業の取り組みだけで実現できるものではない。政府がデータ利活用によって国民生活を豊かにする姿勢を強く打ち出すとともに、官民で生活者の視点に立ったユースケースを示すことにより、データ流通・利活用の効用に対する国民の理解を促進する必要がある。

(2)制度のグレーゾーンの解消

また、制度のグレーゾーンを解消し、わかりやすいルールを整備する必要がある。ルールの整備にあたっては、ネガティブリスト方式を基本とすべきである。たとえば匿名加工情報の再識別化など最低限禁止すべき事項のみを列挙し、これに違反した者は厳正に処罰する一方、列挙されていない行為は適法とする。新たな問題が発生した場合は、禁止事項を追加するが、遡及適用はしない。このようにして、企業がスピード感をもって新しいビジネスを創出する環境を整備することが重要である。

(3)協調領域の構築

企業としても、国全体として見た課題解決や国民生活の利便性向上、さらには産業の国際競争力強化の観点から、個々の企業の壁を越えた協調が必要な領域を見定め、官民一体となってデータフォーマットの統一による共通プラットフォームの整備など、協調領域の構築を進めることが必要である。たとえば、国内の電機メーカー、地図会社、自動車メーカーなどが一体となって、自動走行・安全運転支援システムの実現に必要となる高精度3次元地図を整備するために、地図のデータ仕様やデータ構築手法の標準化を進めている。同様に、災害対策の観点から、POSデータ等の標準化を促進し、物流の見える化と災害時の支援物資の最適化を図るためのインフラ構築など、他の分野においても協調領域の見定めが必要となる。

おわりに

イノベーションの源泉たるデータの利活用をめぐっては、すでに熾烈なグローバル競争が始まっている。わが国において、利活用に必要な環境整備が遅れていることは否めない。このままではわが国企業が競争に取り残され、存続が危うくなるだけでなく、わが国社会がデータ利活用の果実を享受することができなくなるおそれがある。

この提言で提起してきた施策を官民が一体となって早急に実施するために、データ利活用推進のための基本法を早期に制定することを求める。そのうえで、政府には、データの保護と利活用を両立し、国民の理解を得て円滑に利活用が進む環境の整備を期待する。

産業界としても、データ利活用により革新的なサービス・製品等、新しい価値を生み出し、国民ひとりひとりの生活の質の向上、社会課題の解決に貢献する使命を自覚し、Society 5.0の実現に向けて、具体的な取り組みを積み重ねていきたい。

以上

  1. 2016年4月経団連提言「新たな経済社会の実現に向けて」
    http://www.keidanren.or.jp/policy/2016/029.html 参照。
  2. 政府が「第5期科学技術基本計画」において、狩猟社会、農耕社会、工業社会、情報社会に続く社会を「超スマート社会」とし、その実現に向けた取り組みを「Society 5.0」の名称で官民連携により強力に推進することを打ち出している。超スマート社会は「必要なもの・サービスを、必要な人に、必要な時に、必要なだけ提供し、社会の様々なニーズにきめ細やかに対応でき、あらゆる人が質の高いサービスを受けられ、年齢、性別、地域、言語といった様々な制約を乗り越え、活き活きと快適に暮らすことのできる社会」とされている。
  3. 「個人情報」が、氏名、生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができる情報を指す(個人情報保護法第2条第1項)のに対し、「パーソナルデータ」は、個人に関する情報で、個人の行動・状況等に関する情報を含む概念として捉えられている。
  4. データの収集や分析にあたっては、ドローンや人工知能(AI)の活用が期待される。ドローン等による地理データ収集や、医療機関におけるMRIやCTの読影へのAIの活用など、様々な活用方法が考えられる。
  5. 「決済」、「仮想通貨」、「融資」、「資産運用」等の分野でITを活用して新たなサービスを生み出す動きのこと。FinanceとTechnologyを掛け合わせた造語である。
  6. 他にも、HealthTech(健康・医療×IT)、HomeTech(生活×IT)、AutoTech(自動車×IT)、AgriTech(農業×IT)、FoodTech(食×IT)、RetailTech(小売×IT)、AdTech(広告×IT)、FashionTech(ファッション×IT)、LegalTech(法務×IT)、JobTech(雇用×IT)、GovTech(行政×IT)などの動きがある。
  7. 経団連・在日米国商工会議所「日米IED民間作業部会共同声明2016」(2016年2月25日)付属資料「個人情報を活用した社会的課題の解決に関する事例」と同「日米IED民間作業部会共同声明」(2014年9月16日)付属資料「国境を渡るデータが産む経済効果とその事例」に、新たな事例を追加した。実際に行われている事例と未実現の事例が含まれている。
  8. 2015年11月経団連提言「マイナンバーを社会基盤とするデジタル社会の推進に向けた提言 ~データ利活用政策の最大限の展開を~」
    http://www.keidanren.or.jp/policy/2015/106.html
    2016年1月経団連提言「サイバーセキュリティ対策の強化に向けた第二次提言」
    http://www.keidanren.or.jp/policy/2016/006.html 等参照。
  9. 日米の情報通信政策当局(総務省情報通信国際戦略局長と国務省大使)の間で定期的に実施されてきた、インターネットの経済的側面に焦点を当てた政策全般に関する対話。日米産業界(経団連・在日米国商工会議所)は2012年の第3回対話以降、官民対話に出席し共同声明を提出してきた。
  10. 2016年2月「日米IED民間作業部会共同声明2016」
    http://www.keidanren.or.jp/policy/2016/015.html
    2014年9月「日米IED民間作業部会共同声明」
    http://www.keidanren.or.jp/policy/2014/079.html
    2014年3月「日米IED民間作業部会共同声明2014」
    http://www.keidanren.or.jp/policy/2014/018.html 等参照。
  11. 総務省「G7香川・高松情報通信大臣会合の開催結果」参照。大臣会合と並行して産学官の有識者による「G7 ICTマルチステークホルダー会議」(総務省主催、経団連ほか関係団体の共催)が開催された。大臣会合では「デジタル連結世界憲章」等の成果文書が発表された。
  12. 「G7伊勢志摩首脳宣言 サイバーに関するG7の原則と行動」参照。
  13. TPP(Trans-Pacific Partnership:環太平洋パートナーシップ)協定の第14章「電子商取引章」において、企業等のビジネスの遂行のために原則的には、電子的手段による国境を越える情報(個人情報を含む)の移転を認め、コンピュータ関連設備を自国の領域内に設置すること等を要求してはならないことが盛り込まれた。
  14. データを自国内のサーバーに置くことを強制する規制。
  15. 日本初の個人情報保護行政全般を担う、監視・監督機関。公正取引委員会等と並ぶ独立性の高い行政委員会(いわゆる三条委員会)で、大臣などから指揮監督を受けずに独自に権限を行使できる。2016年1月1日、改正個人情報保護法の一部施行により、これまでマイナンバー法にもとづく監視・監督等を担ってきた特定個人情報保護委員会(2014年1月1日発足)を改組して設置。
  16. 特定の個人を識別することができないように個人情報を加工し、その個人情報を復元できないようにしたもの。
  17. 「パーソナルデータの利活用に関する制度改正大綱」(2014年6月24日)参照。
  18. 改正個人情報保護法の公布の日(2015年9月9日)から2年以内の政令で定める日に全面施行。
  19. 特定の個人を識別することができないように個人情報を加工し、その個人情報を復元できないようにしたもの。附帯決議等において、改正個人情報保護法に基づく匿名加工情報と同様に取り扱うことできるとされている。
  20. 改正行政機関等個人情報保護法の公布の日(2016年5月27日)から1年6月以内の政令で定める日に全面施行。
  21. 改正個人情報保護法ならびに改正行政機関等個人情報保護法の全面施行時点。
  22. API(Application Programming Interface)とは、あるシステムで管理するデータや機能を、外部のプログラムから呼び出して利用するための手順やデータ形式などを定めた規約のこと。
  23. こうした取り組みの例として米国のDATA ACT、欧州のISA2などがある。
    DATA ACT https://fedspendingtransparency.github.io/
    ISA2 http://ec.europa.eu/isa/
  24. 行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律。
  25. 利用範囲については「法施行後3年を目途として、個人番号の利用範囲の拡大について検討を加え、必要と認めるときは、国民の理解を得つつ、所要の措置を講ずる。」と規定されており、戸籍事務や旅券事務への活用が検討されている。
  26. 厚生労働省「医療等分野における番号制度の活用等に関する研究会」参照。
  27. たとえば、新たな制度で法人に資格を与える際に従来は別の識別IDを付番してきたが、今後は法人番号でその企業の資格が容易に確認できる仕組みを整備すべきである。また、中小企業の活性化策として、SaaS(Software as a Service:ソフトウェア機能をネットワーク経由で活用するサービス形態)事業者が法人番号をキーに中小企業の情報を収集・活用すること等も期待されている。
  28. サイバー空間における5W1Hの標準化とは、
    When(いつ):グリニッジ標準時とタイムスタンプがあり標準化可能。
    Where(どこで):3次元座標値、路線図、住宅地図等の整合性をとる必要がある。
    Who(だれが):個人番号、法人番号等の利用拡大。
    What(なにを):住居、自動車、設備、商品、その他名詞のID体系整備。
     等を標準化すること。
  29. 各々の機関が車台番号や登録番号など別々の番号で管理している。自動車履歴情報の提供によるサービス展開のためにも、活用できるIDの統一が必要との議論がある。詳細は国土交通省「自動車関連情報の利活用に関する将来ビジョン検討会」参照。
  30. 2013年3月経団連提言「公共データの産業利用に関する調査結果」
    http://www.keidanren.or.jp/policy/2013/020.html 参照。
  31. 情報利用信用銀行制度構想(いわゆる情報銀行)。
  32. IT総合戦略本部新戦略推進専門調査会規制制度改革分科会情報通信技術(IT)の利活用に関する制度整備検討会[第Ⅱ期中間整理]参照。

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