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Policy(提言・報告書) 欧州 英国のEU離脱問題について ―ブリュッセル・ロンドン訪問を踏まえて―

2016年11月
経団連ヨーロッパ地域委員会
企画部会長  清水 章

さる10月18~21日、ベルギー(ブリュッセル)、英国(ロンドン)を訪問し、英国のEU離脱問題(Brexit)に関し、政府関係者、経済界、シンクタンクと意見交換を行った。

  1. (1) 経団連からは、本年8月に取りまとめた「英国のEU離脱問題に関するとりあえずの意見」と日本政府の「英国及びEUへの日本からのメッセージ」を提示し、交渉過程における透明性・予見可能性の向上、4つ(ヒト、モノ、サービス、資本)の移動の自由および規制環境の整合性の確保を求めるとともに、離脱および新たな通商枠組みに関する交渉に臨むにあたっての英国・EUそれぞれの方針と交渉の見通しについて聞いた。また、英国では、EU離脱後の英国に対する日本企業の投資計画策定の参考とすべく、現時点での経済・産業に係る政策の方向性についても質した。

  2. (2) EU、英国共に、日本政府のメッセージならびに経団連の意見を評価するとともに、今般の経団連の訪問を歓迎していた。他方、両者の主張には相当の隔たりがある。
    双方の主張を要略すると、EU側は、あくまでも来年3月までの離脱通知の際に示されるであろう英国自身が望む離脱の内容次第と断わった上で、共同体としての統合の理念と原則(4つの域内移動の自由:ヒト、モノ、サービス、資本)ならびに未来へのビジョンを共有できるか否かを重視している。他方、英国側は、国家主権の回復(移民の制限を含むEUの法制度からの独立)と実利(単一市場へのアクセスの確保と拠出金引揚げによる財源の確保)を重視している。

  3. (3)当方より、英国によるEUへの財政・安全保障面の貢献と引き換えに、英国の求める人の移動の制限をEUが認めるという妥協があり得るか聞いたところ、EU側から現段階でその余地を認める発言は得られなかった
    EUの各訪問先では、「共同体であるEUにおいて、単一市場の形成と人の移動の自由は不可分であり、何らかの代償の提供で曲げられるものではない」との主張が繰り返された。その理由として、「英国に『いいところ取り』(Cherry Picking)を認めれば、他の加盟国も同様に特別扱いを求め、統合が崩壊しかねない」、「財政負担はむしろ英国の政治状況がそれを許さないのではないか」との説明があった。
    他方、英国政府は、英国と緊密な経済関係にある個々のEU加盟国が英国市場との一体性の継続を望むであろうこと、移民を含め必要な労働者の受け入れについては英国民も許容可能であること、保護主義が蔓延するEU各国と比較して英国は貿易・投資にオープンな政策を追求できることを挙げて、EU単一市場へのアクセスを最大限確保するとともに、シティが担う国際金融の中枢機能を含め、英国経済・市場の魅力の維持に楽観的見通しを表明していた。

  4. (4) 以上、今回の訪問を通じて、少なくとも現時点では、EUと英国の立場の間には相当の隔たりがあり、解消への道のりは長いであろうことを確認した。
    EU加盟国が統合体の形成という共通理念の実現のために払っている代償、即ち主権の委譲、財源の供与こそ、正に英国民が拒否した対象であり、EU離脱の選択という投票結果をもたらしたのであるから、交渉による妥協(Soft Brexitの可能性)は容易ではなく、よほど双方が辛抱強く時間をかけて歩み寄りの余地を模索する必要があるとの感触を得た。
    Brexitは未だ各社の経営判断に組み込むことができるほど内容が固まっておらず、評価を下せる段階でもないのが現状である。しかし、2年間の離脱交渉を経て何らかの合意が成立するか否かに関わらず、双方の考え方の相違が交渉を通じて解消されない可能性も排除できずEU、英国双方を重要な拠点として事業活動を行う上で、そのような相違を念頭に置きつつ対応していくことが必要である。

  5. (5) EUならびに英国のシンクタンクにおいても厳しい現状分析が聞かれた。即ち、「英・EU間で離脱協定の合意がないまま2年間の交渉期間が終了し、離脱後の英・EU関係ならびにEUがFTAを締結している諸国や他のWTO各加盟国と英国との通商関係を含めて全てが合意に至り、状況が落ち着くまで、楽観的にみても7年、悲観的にみれば15年かかる」、「来年3月の英国による離脱通知の際に、明確な暫定合意の姿が示されなければ警戒すべき」といった説明があった。

  6. (6) なお、EU側からは、EU-カナダの包括的経済・貿易協定(CETA)についてベルギーのワロン地域政府の同意が得られていないことが、EUにおいて目下の重大な懸念事案であり(注:通商協定の締結は通常欧州議会の同意で足りるが、欧州委員会は政治状況を考慮し、CETAをEU全加盟国の承認を得るべく欧州理事会に提示)、CETAの帰趨がEUが貿易協定の締結能力を維持できるかいなかの試金石であるとして、強い危機感が示された(注:その後、10月30日にブリュッセルで開催されたEUカナダ首脳会議においてCETAに調印)。他方、このような背景から、本年内の妥結に向けて交渉の最終局面を迎えている日EU EPAへの期待は大きい

  7. (7) 以上、訪問前は、英国側の説明のみを受けて楽観していた面もあったが、今回の訪問でEU側の一貫した明確な主張に初めて接し、英・EU間の歩み寄りの困難さと英国が直面する交渉上の厳しい論点を認識した。

  8. (8) 経団連としては、英国・EU双方の関係者と対話の機会を引き続き持つことで、どちらかに偏ることのない情報を直に収集するとともに、適時・適切に要望を伝えることが重要であると実感した。その際、ビジネスヨーロッパ、英国産業連盟等の欧州経済界と緊密に連携するとともに、在EU日本政府代表部および在英日本大使館を含め、日本側関係者が一致・協力してワンボイスで対応することが必要である。

以上

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