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Policy(提言・報告書) 税、会計、経済法制、金融制度 BEPS行動8 評価困難な無形資産に関する実施ガイダンス 公開討議草案に対する意見

2017年6月30日

OECD租税政策・税務行政センター
 条約・移転価格・金融取引課 御中

一般社団法人 日本経済団体連合会
税制委員会企画部会

BEPS行動8 評価困難な無形資産に関する実施ガイダンス
公開討議草案に対する意見

はじめに

OECDは現在、包摂的枠組の下、BEPS勧告のうちミニマム・スタンダードに関するピアレビューの実施枠組みを整備するとともに、移転価格税制や電子経済を中心とする残された課題、税の安定性などの問題に取り組んでいる。経団連はこうした取り組みを引き続き支持するとともに、作業に建設的に関与していく。

BEPSプロジェクトの結果、評価困難な無形資産へのアプローチ(以下、所得相応性基準)が改訂OECD移転価格ガイドラインの第6章(無形資産に対する特別の配慮)に盛り込まれた。振り返れば、議論の過程では、独立企業原則の内側にあるか外側にあるかは重要ではないとの前提の下、「特別措置」の1つとして提案された場面もあったが、最終的には独立企業原則の枠内の措置として整理され、この点については関係者の努力に敬意を表したい。

ただし、事後の結果を基礎とする強力な更正権限を課税当局に付与するものであり、依然として後知恵課税との懸念が拭えない。不適切に適用されれば解決不可能な二重課税が発生する恐れがあり、納税者においては文書化や調査時の説明を含め、過剰な事務負担が生じる可能性がある。

各国は、税の安定性確保が近年、OECD/G20で重要課題とされていることを充分認識しつつ、所得相応性基準は極めて特殊かつ限定的な租税回避行為にしか適用されないことを再確認すべきである。このため、OECDには、評価困難な無形資産の意義や所得相応性基準の適用除外基準の解釈、二重課税の防止・解決に関し詳細かつ厳格なガイダンスを提供することが期待される。

今回の実施ガイダンスは、所得相応性基準の発動メカニズム自体を理解する上では有用であり歓迎できるが、適用除外基準との関係では説明が物足りない。時効ルールとの関係、二重課税の排除についても記述の拡充が必要である。

かかる観点から、以下いくつか意見を述べる。

1.総論

(1) 適用除外基準に関するガイダンスの拡充

  1. 納税者による事前の予測の適切さ
    今回のガイダンスは全体として、納税者が事前の予測の適切さを説明できないことを前提として所得相応性基準の適用メカニズムを解説しているが(パラ19、24)、実務上はまず、納税者の説明に対し、どのような場合に課税当局が納得でき、どのような場合にできないのかが論点になると見られる。
    一般に企業が無形資産を譲渡する場合、その価格は今後の収益見込み、過去の類似事例、売手・買手の立場や交渉の経緯など様々な要素を踏まえ決定されるため、契約時の取引価格は十分な経済合理性を有すると推定されるべきであり、納税者の資料、説明は尊重されなければならない。
    それでもなお、所得相応性基準の適用が検討されるべき状況があるとするならば、納税者として準備すべき証拠、納税者の説明に対する課税当局の判断のポイントについて、事例を用いた分かりやすい解説を提供すべきである。
    具体的には、OECD移転価格ガイドラインにおける「(事象等の)発生可能性の詳細」や「信頼性のある証拠」(同ガイドライン パラ6.193ⅰ)1.2.)の意義などについて、ガイダンスを拡充すべきである。例えば、第三者による無形資産評価を得た場合なども関連者取引である限り信頼性に疑義が生じるのか。また、納税者が十分に資料を提供し、説明を行っているにもかかわらず、課税当局が後知恵で所得相応性基準を適用する不適切なケースも記載すべきである。

  2. 追加的な適用除外基準
    所得相応性基準による二重課税リスクを最小化するためには適用局面を大幅に限定する必要がある。本措置がBEPSプロジェクトの文脈で提案されたことを踏まえれば、適用対象を軽課税法域への評価困難な無形資産の譲渡に制限することも一案である。
    また、電機・機械・輸送機器等の業種では、一つの製品に何千件、何万件もの多数の特許権等が使用されており、一の無形資産のみが製品の収益に貢献することはなく、多くの無形資産が複雑に組み合わされて収益に貢献することになる。この場合、そもそも個別の無形資産の価値を正確に測定することは極めて困難である。従い、譲渡した無形資産と譲渡先における売上との相関関係が明らかである場合、或いは譲渡した無形資産が金額的に重要である場合などに限り適用することも考えられる。
    ガイダンスでは、個別法域の判断により、当該法域がこれら適用除外基準を追加的に設定することができる旨の記述を盛り込むべきである。

(2) 時効(除斥期間)のあり方

所得相応性基準の適用除外基準の1つに「5年間の商業期間が経過した場合」との規定があること(OECD移転価格ガイドライン パラ6.193ⅳ)、また、譲渡された無形資産の「孵化」までに一定期間を要するケースがあり得ること(パラ8)を踏まえ、今後、移転価格税制に関する時効期間の延長を検討する法域が増加することを懸念する。時効期間の延長は納税者の予測可能性を損ない、税の不確実性を増大させる。

ガイダンスは、「国家主権の問題であるこれらタイムリミットに関し、何ら変更を加えるものではない」としつつ「各国が焦点を絞った手続き又は立法の変更を考慮することを妨げるものではない」としているが(パラ10、11)、各国が抱えるBEPSリスクは様々である。リスクが僅少であるにもかかわらず所得相応性基準の導入を理由として各国が徒に時効期間を延長する事態を回避すべく、ガイダンスでは個別法域における評価困難な無形資産を利用した租税回避行為の有無・程度を充分に勘案すべきことを強調すべきである。

2.事例

はじめに全体的なコメントを行う。まず、各事例の前提について説明しているパラ15の中に、納税者と当局の間に「情報の非対称」があることを改めて明記すべきである。また、事例はすべてDCFの活用が前提となっているが、DCFは唯一絶対の方法ではないことから、パラ16の記述に同意する。さらに、事前の予測に比べ実際の所得又はキャッシュ・フローが低かった場合の事例も比較の観点から追加することが有益と考える。

(1) 事例1

  1. シナリオA
    このシナリオでは、S社においてフェーズⅢの試験が予測よりも早く完了し、商業化のタイミングが前倒しとなる可能性について、A社が無形資産の譲渡時にどの程度、適切に考慮していたかがポイントとなるが、例えば譲渡先であるS社の経営努力をA社がどのように評価していたか、また、実際の努力がどのようなものだったかに関する説明が不足しているため、情報を追記すべきである。
    なお、医薬品は本来、製品のライフサイクルを踏まえ当初譲渡価格の妥当性が検証されるべきところ、本事例では業績好調時の利益にのみ焦点が当たっているように見える。例えば後続年度に競合品が出現したり副作用の問題が生じたりして売上が減少し、損失が生じた場合に、納税者側から更正の請求が可能となるのか、ガイダンスの拡充に期待する。

  2. シナリオB
    この事例では、譲渡価格の調整額が当初譲渡価格の20%以内であるため適用除外となるが、逆に20%レンジを超えた場合であっても、調整額の全額ではなく20%を超えた部分のみ更正の対象とすることもあり得るのではないか。
    現行、移転価格の二国間APAでレンジを設定する場合、そのレンジを越えた場合には、一般的には中位値までを調整の対象とするところ、時にレンジのエッジまでを調整の対象とすることで相手国と事前合意する場合もあると考えられる。評価困難な無形資産の譲渡は事前の予測が困難であり、必然的に不確実性を伴う。仮に所得相応性基準が適用された場合でも二重課税を最小化する観点から、このような更正方法も検討に値すると考える。
    なお、ガイダンスでは、「所得相応性基準が適用されないにも係わらず、移転価格ガイドラインの他のセクションの下での調整が適切かもしれない」とされているが(パラ23)、この記述は適用除外基準の設定を無意味なものとする恐れがあり、分かりにくい記述に見える。少なくとも、どのような「調整」が行われるかについての説明が必要である。

(2) 事例2

本事例は、医薬品セクターにおいては、当初の一括払いと追加的な条件付支払いのコンビネーションによって独立当事者に特許権を譲渡することが通常との前提を置き、後年度に追加的な条件付支払があったものとして更正を行う権限を課税当局に付与しているが、一方で、「関連するビジネスセクターにおいて一般的な慣行がある場合においてのみ支払方法の修正が生じるということを意味するものではない」との記述があり(パラ28)、業種を問わず広く適用される恐れがある。仮に課税当局が、時効の到来していない課税年度については当初譲渡価格の更正を行い、時効により当初譲渡価格の更正ができない場合には後年度の所得を増額するという極端な執行を無限定に行う場合には、事実上、時効ルールが損なわれることになりかねない。関連者間の契約上、追加的支払や契約再交渉条項が存在する場合に適用を限定すべきではないか。

(3) 事例3

先述の通り、電機・機械・輸送機器等の業種では、多数の無形資産を利用することにより製品を製造している。従い、事例のように、契約期間に渡る売上の正味現在価値から特定の無形資産の価値を導出し、ロイヤルティ料率を設定するという手法は現実的といえない。医薬品以外の事例の提供に期待する。

なお、所得相応性基準が適用され、ロイヤルティの受取額が増額更正されたとしても、相手国によって送金規制の問題があり、解決が困難となる場合があることにも留意する必要がある。

3.相互協議との関係

所得相応性基準が独立企業原則の枠内の措置である以上、生じた二重課税の解決は必須であり、パラ31における「許容」との表現は迂遠である。そもそも、所得相応性基準を導入する法域は、相互協議の実施に確実にコミットすべきであり、また、相互協議を適用の前提とすべきである。

なお、紛争解決を確実なものとするため、各国は租税条約における仲裁規定の導入を引き続き推進すべきである。

以上

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