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Policy(提言・報告書) 中東・アフリカ 中東湾岸諸国との戦略的関係強化を求める -日GCC FTA交渉再開が急務-

2022年12月13
一般社団法人 日本経済団体連合会
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現在、わが国がエネルギーの価格高騰や供給懸念に直面するなかにあって、原油・天然ガスの主要産出国である中東湾岸諸国との戦略的関係強化は急務である。これまでも、わが国は、サウジアラビアとの戦略的パートナーシップの羅針盤として「日・サウジ・ビジョン2030」#1を策定・改訂するとともに、アラブ首長国連邦(UAE)とは、日・UAE「包括的・戦略的パートナーシップ・イニシアチブ(CSPI)」#2を立ち上げるなど、中東湾岸諸国との協力関係を深めてきたところであるが、今次情勢下にあって、これらの着実な推進に加えて、取組みの一段の強化が求められている。

遡ること15年以上前の2006年9月、わが国は、サウジアラビア、UAE、バーレーン、オマーン、カタール、クウェートによって構成される湾岸協力会議(GCC)との自由貿易協定(FTA)交渉を開始したものの、その後まもなく中断し#3、すでに10年以上が経過している。中国、韓国、インド、豪州、EU等も同時期にGCCとのFTA交渉が中断に至ったものの、近年、GCCがFTA締結に積極姿勢を示している#4ことを受け、各国・地域は、交渉開始・再開に動き始めている#5

経団連では、2005年9月に、「日GCC経済連携協定の早期交渉開始を求める」提言を、さらに、2009年10月には、「日GCC自由貿易協定の締結に関する要望」を公表し、日GCC FTAの早期締結を強く求めてきたところであるが、現状を放置すれば、着々と歩を進める他国・地域に競争条件で劣後しかねないばかりか、国家の存立さえ危うくしかねない。本年9月の提言#6に続いて、政府に対し、日GCC FTAの一刻も早い交渉再開と協定締結を強く要望する所以である。

Ⅰ.GCC諸国との戦略的関係強化の重要性

1.エネルギーの安定供給の確保

GCC諸国は、わが国の原油の9割超、天然ガスの約2割を供給しており、わが国のエネルギー安全保障上、死活的に重要である。昨今、中国、インド、韓国等が増大するエネルギー需要を賄うべく、中東諸国からの原油・天然ガスの調達を急速に拡大している。加えて、ロシアによるウクライナ侵略を受けて、天然ガスの多くをロシアに依存してきた欧州諸国も、供給元の多様化の観点から、中東地域からの調達拡大に動いている#7。また、地球規模の課題である温室効果ガスの排出削減とカーボンニュートラルの実現に向けて、水素やアンモニアの製造と関連するサプライチェーンの構築が急務となっており、これらの原材料として、GCC諸国に多く賦存する原油・天然ガスへの期待は大きい。

原油・天然ガスを巡る争奪戦が激しさを増すなか、わが国が他国に買い負け、国民生活や経済活動に重大な影響を及ぼす事態も懸念される状況だけに、GCC諸国との関係強化は焦眉の急である。中長期にわたる資源・エネルギーの安定供給を確保するため、それを担保する制度基盤の整備が求められる。

2.輸出・投資の拡大

わが国にとって、GCCは世界第4位の貿易相手地域であり、安定供給が不可欠な石油、ガスの極めて重要な調達元であるばかりでなく、日本からの自動車輸出先として米国に次ぐ世界第2位であるのをはじめ、鉄鋼、自動車部品、原動機、建設用・鉱山用機械、さらには清涼飲料に至るまで数多くの製品を輸出しており、わが国産業にとって、極めて重要な市場である。石油収入を背景とした高い購買力、若年層を中心とする人口増加による消費市場の拡大などを受けて、今後もわが国の輸出・投資先として有望である。

3.経済成長と社会課題解決への貢献

GCC諸国は、化石燃料への過度な依存から脱却し、産業多角化やカーボンニュートラルの実現を目指して、国家主導の下、取組みを進めており、これらに伴う膨大なインフラ需要が生まれている。わが国として、こうした需要を確実に捉え、エネルギー、都市開発、交通、物流、水、デジタルなど、わが国が誇る質の高いインフラの整備を通じて、GCC諸国の経済成長を後押しし、直面する社会課題の解決に貢献する必要がある。

翻って現状をみると、近年、他国との激しい価格競争において、日本勢はただでさえ不利な状況に置かれており、また、質の高い部材、装置等を日本から輸入するケースも多い。仮に、FTAの締結が延引され、これらに関税が賦課される状況が続けば、インフラ受注に大きなマイナスの影響が及ぶことになる。

Ⅱ.FTA締結等を通じたGCC諸国のビジネス環境改善

以上のようなGCC諸国のわが国にとっての重要性に鑑み、日GCC FTA交渉を速やかに再開し、下記の諸点を盛り込んだ協定を早期に締結することを強く求めるものである。

その際、2021年以降、GCCとは別に、韓国、インド等との二国間のFTA交渉を積極化させているUAEとの二国間交渉の道も並行して追求すべきである。

1.物品貿易の自由化・円滑化

現在、GCC諸国は、一部の例外を除き、諸外国からの輸入に対して5%の統一関税を課している。わが国企業が他国企業との間で熾烈な競争を行っているなかにあって、仮に、GCCが先んじて第三国とFTAを締結し、関税が削減・撤廃された場合、たとえ5%以内であっても、わが国企業はGCC諸国への市場アクセスにおいて絶対的に不利な状況に置かれることになる。FTAの早期締結を通じて、自動車と同部品、鉄鋼、輸送機械、建設用・鉱山用機械、清涼飲料をはじめ、実質上すべての貿易における関税撤廃を行うべきである。

あわせて、貿易の円滑化に向け、輸出入通関手続の迅速化・簡素化#8・電子化を推進する必要がある。

2.投資・サービス分野の自由化

GCC諸国におけるわが国企業の自由な事業活動を確保するため、①石油化学、電力、環境、水などわが国が強みを発揮できる分野をはじめ、幅広い分野を自由化の対象に含めること、②現地法人の設立等の外資制限#9、過度な現地人雇用義務#10などの規制を緩和・撤廃すること、③外国人投資家の活動を妨げるその他の国内規制を撤廃すること、が求められる。日GCC FTAにおいては、自由化型の協定締結を目指すとともに#11、ISDS(Investor State Dispute Settlement)条項、パフォーマンス要求の禁止、公正衡平待遇、送金の自由、収用の際の補償など広く投資章に盛り込むべきである。

また、サウジアラビアは、2021年2月、同国に地域統括拠点(RHQ)を有しない多国籍企業については、2024年以降、政府及び関係機関案件への入札参加を禁ずるという条件付きの外資誘致政策を打ち出したところ、現状、対象となる政府等の案件等、新制度の詳細も判明しておらず、大きな混乱を招いている。本施策を撤回し、政府調達市場を開放すべきである。

3.人の移動の円滑化

現地人雇用義務政策や新型コロナウィルス感染症拡大を受けて、外国人に対する就労ビザ・滞在許可証の発給が制限される事例が多数指摘されている。GCC諸国では、各種プラントやインフラ等、専門技能が必要とされる業務も多く、人の移動が制限されることにより、案件の履行に支障が生じている事例が散見される。就労ビザや滞在許可証の発給要件の緩和、発給手続の簡素化、さらには就労ビザの免除を行うべきである。

4.電子商取引の自由化・円滑化

GCC諸国では、一部、データ・ローカライゼーション要求がなされている#12。経済活動のデジタル化が進展するなか、事業の円滑な展開のため、FTA締結を通じて、わが国との間のデータの自由な移動を確保するとともに、データ・ローカライゼーション要求等を禁止すべきである。

5.法的基盤の整備

GCC諸国では、税制#13、通関、現地法人設立等について、不明確な要件、厳格で複雑な手続、不規則かつ不透明な運用や恣意的な制度変更等、法制度の安定性に欠ける状況が散見されており、ビジネス活動に大きな支障を来たしている。規制内容の明確化、法制度の新設・改正の際の施行までの十分なリードタイムの確保、公正で透明性のある制度運用、各種許認可の迅速化#14等が求められる。

6.環境・エネルギー分野における連携強化

わが国のエネルギー安全保障の強化につなげるべく、日本への石油・天然ガスの輸出に関して、万が一、輸出制限を適用する場合の既存契約の履行への十分な配慮、輸出制限を導入する場合の事前通報・協議、緊急時の融通など安定供給に関する取極めを含めるべきである#15

また、環境・エネルギー分野における連携を深め、GCC諸国の旺盛な関連インフラ需要を獲得すべく、韓国がUAEとのFTA交渉において模索しているような、カーボンニュートラルの実現に向けた連携に関する規定を設けることも検討すべきである。

以上

  1. 日本とサウジアラビアの今後の新たな協力の羅針盤として、2016年に立ち上げに合意。エネルギー、質の高いインフラ、投資・ファイナンス、能力開発等幅広い分野で協力し、脱石油依存と雇用創出のためサウジアラビアが追求する「サウジ・ビジョン2030」と、「日本の成長戦略」のシナジーを目指す。
  2. 2018年4月の日UAE首脳会談の際に、経済、文化、教育、環境、防衛といった広範な分野における二国間の戦略的関係の更なる発展に向けて作成された政府間のイニシアチブ。
  3. 2007年1月の第2回正式交渉、2009年3月の非公式の第4回中間交渉を最後に交渉が中断している。
  4. GCC首脳会議(2021年1月)のClosing Statementにおいて、今後のFTA交渉について言及した。その交渉相手国として、中国、インド、パキスタン、豪州、ニュージーランド、英国が明記されている(日本への言及はない)。
  5. 中国は2016年に一旦交渉再開し、2022年1月に王毅外相とGCC事務局長が早期妥結を宣言した。韓国は2022年1月に文在寅前大統領がサウジアラビアを訪問し、GCC事務局長と交渉再開に合意し、2022年3月より交渉再開した。インドは2022年11月に交渉再開し、豪州なども交渉開始に向け、国内調整中の状況にある。
  6. 「自由で開かれた国際経済秩序の再構築に向けて~貿易投資分野における日本の役割と戦略~」(2022年9月13日)
  7. ドイツがカタールとの間でLNG輸入を含むエネルギー関係の強化に向けた文書を交換(2022年5月)、また、チェコがカタールとLNG融通のための経済協力協定に調印(2022年10月)するなど、欧州各国は、ロシア依存脱却のためGCC諸国との連携を強化している。
  8. Health Certificateと原産地証明とインボイス査証の廃止や電子化(GCC各国)、Saberプラットフォームにおける手続の緩和(サウジアラビア)、第三国インボイスの緩和(カタール)、貿易書類への領事査証添付制度の廃止(クウェート)、第三者機関による出荷前商品検査証添付の廃止(クウェート)、Radiation Free Certificateの廃止(クウェートやカタール)等が必要である。
  9. GCC諸国では、特定分野、あるいは一部特例を除いた分野における外資制限が課されている。外資の出資比率や出資要件の緩和、さらには出資規制自体の撤廃等が必要である。
  10. サウジアラビア、UAE、オマーンなど、業種と企業規模に応じた現地人雇用義務が課されている。現地人雇用比率の低減、給与規制の緩和、さらに制度自体の撤廃等が必要である。
  11. 日本とGCC各国との間の投資協定は、現状、日クウェートのみ自由化型。自由化型ではない、日サウジと日UAEならびに交渉中のカタール、バーレーンも含め、自由化型の協定が必要である。
  12. サウジアラビア、オマーンは、データの国外持ち出しを禁止している。UAEやバーレーンなどでも一部制限が課されている。
  13. GCC諸国では、税制の制度・運用が突然変更される事例、明確な根拠がないにもかかわらず追徴課税を課される事例が散見されている。
  14. GCC各国では、小売価格値上げに政府の許可が必要であるが、審査に半年以上かかり、また、値上げ幅も最大5%に制限されている。小売価格改定審査の迅速化等が必要である。
  15. 例えば、日インドネシア経済連携協定や日ブルネイ経済連携協定には、エネルギー・鉱物資源の安定供給の確保に向けて、新たな規制措置導入の際の事前通報・協議、規制措置適用時の既存の契約関係への十分な配慮、輸出許可手続の透明性の確保、エネルギー分野における関係強化に向けた政策支援・人材育成・技術支援等の協力、エネルギー小委員会等対話の枠組みの設置 等の措置が明記されている。

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