一般社団法人 日本経済団体連合会
はじめに
エネルギーは国民生活・産業活動の基盤である。天然資源に乏しい島国であるわが国では、あまたの先人たちによる多大な尽力のもと、オイルショックの克服など時代の変化に対応しながら、水力・火力・原子力・再生可能エネルギーの開発や省エネルギー等を推進し、停電が少なく、質の高い電力・エネルギーの供給を実現することを通じて、豊かな経済社会を築いてきた。
しかし、緊迫が続くウクライナ・中東情勢を背景に、国際エネルギー市場の混乱・価格高騰、国内における電力やガスの需給逼迫が懸念されるなか、わが国は石油危機以来のエネルギー危機に直面している。技術面・コスト面から極めてチャレンジングな課題であるカーボンニュートラル実現に向けた対応に加え、国際情勢の不安定化への対応や経済安全保障の重要性の高まり、デジタルトランスフォーメーション(DX)やグリーントランスフォーメーション(GX)に伴う電力需要の増加など、エネルギー政策は従来に増して多くの課題に応えていかなければならない。欧米諸国が、カーボンニュートラルの実現を掲げて、自国の産業競争力強化に向けた政策を加速していることにも留意すべきである。
カーボンニュートラルへの対応や供給不安の解消が喫緊の課題となるなか、エネルギー政策は、DX・GX関連をはじめとした成長領域など、国内外からの民間投資の前提となっていく。その舵取りを誤れば、この先、わが国経済社会の発展の足枷になりかねない。2050年カーボンニュートラルを実現するためには、再生可能エネルギーや原子力といった脱炭素電源の導入拡大の道筋を明確に示すことが不可欠である。それができなければ、将来における電力供給への懸念が払拭できず、製造業を中心に、国内向け設備投資を抑制せざるを得ない状況に追い込まれる。さらに非製造業においても、電力を高コストで利用せざるを得なくなる。エネルギー政策は、国民生活と企業活動の基盤となるエネルギーの需給のあり方を規定するのみならず、DX・GXを支える産業政策と不可分であり、わが国がどのような経済社会の実現を目指すかというビジョンと密接に関連する。今こそ、エネルギー政策、気候変動政策、産業政策を戦略的かつ適切に組み合わせ、わが国の国際競争力強化と持続的な成長に繋げていく必要がある。
気候変動・エネルギー政策や経済社会のあり方に対する強い問題意識を背景に、経団連は2022年5月、「経済と環境の好循環」を創出しながら、経済社会全体の変革であるGXを推進することが待ったなしの課題であるとして、提言「グリーントランスフォーメーション(GX)に向けて」#1を公表した。同提言では、成長戦略として、司令塔組織の設置と8項目からなる「GX政策パッケージ」#2の策定を政府に提言している。
経団連提言公表後、政府は2022年7月、首相を議長とするGX政策の司令塔として、GX実行会議を設置した。同会議での検討を踏まえ、向こう10年間のロードマップとして、2023年2月にはGX実現に向けた基本方針(GX基本方針)、同年7月にはこれを拡充した脱炭素成長型経済構造移行推進戦略(GX推進戦略)が策定された。これらを踏まえ、岸田政権のもと、脱炭素電源の最大限活用の方針の明確化、GX経済移行債の発行、成長志向型カーボンプライシングの導入決定、AZEC構想の具体化をはじめ、多くの政策が着実に進展したことを高く評価する。こうした政策は実行のステージへと移りつつある。政策の継続性を確保しながら、これまで積み上げてきたGX政策の具体化・拡充をさらに進める必要がある。
政府は今、さらにその先の10年を見据え、2040年等に向けたエネルギー・GX政策の方針を示すべく、年度内にも、GX2040ビジョン、次期エネルギー基本計画、次期NDC#3および次期地球温暖化対策計画を取りまとめる予定である。
そこで、経団連は今般、次期NDCの策定も念頭に、エネルギー基本計画の改定に向けた提言をとりまとめ、わが国経済の自律的な発展と国民生活の向上を旨とする経団連の立場から、望ましい国家像の実現を支えるエネルギー政策の方向性を示すこととした。
なお、提言の検討にあたっては、電力問題に関する企業の事情や考えを把握するため、エネルギー政策に関心の高い会員企業の役員クラスを対象に、「電力問題に関するアンケート」#4を実施し、160社を超える回答を得た。本提言はアンケート結果も踏まえて取りまとめている。
1.現状認識と基本的な考え方
(1)現行エネルギー基本計画策定後の状況変化
現行エネルギー基本計画の策定以降の状況変化を振り返ると、2022年に始まったロシアによるウクライナ侵略や中東情勢の緊迫化など、国際情勢の不安定化に伴ってエネルギー安全保障の重要性が高まっている。また、米国のインフレ抑制法(IRA)など、カーボンニュートラルを旗印に産業政策が大規模に展開され、国際的な政策競争が加速している。次期エネルギー基本計画では、こうした変化を踏まえた政策方針を明確に打ち出す必要がある。
さらに重要な変化が、将来の電力需要の大幅な拡大見通しである。
わが国のエネルギー需要全体は、2050年カーボンニュートラルに向けた省エネルギーの進展等により、減少していくと考えられる#5。経団連としても、省エネ努力を継続するとともに、革新的イノベーションによる抜本的なエネルギー効率の改善に取り組んでいく。
しかしながら、省エネ努力等を織り込んだうえでなお、電力需要が増大する見込みが示されている。例えば経団連アンケートでも、5~15年後の国内での電力使用量が増加する見通しと回答した企業は約5割である一方、「減る」と回答した企業は15%に留まっており、回答企業で需要が拡大する傾向が顕著である(図表 1)。
需要増の背景にあるのが、DX・GXの進展である。生成AIの利用拡大等を含むDXの加速や経済安全保障の重要性の高まりを受け、データセンターや半導体工場の立地が増加しつつある。人手不足が深刻化するなか、生産性向上のためのデジタル化も不可欠である。加えて、GXの一環として、産業部門における革新的技術の導入や電化等も本格化していくことが見込まれる。GXの推進に伴い、国内でグリーン水素製造やCO2回収を行う場合は、さらに莫大な電力需要の増加が見込まれる。わが国が目指す経済と環境の好循環を実現するために、省エネルギー対策を講じたうえでなお、必要な電力は増加すると考えるべきである。
企業は今、こうしたDX・GX投資の判断が必要な局面にある。しかし、投資を行う設備が使用される数十年間にわたって、安価で安定したクリーンエネルギーの供給確保の見通しがなければ、とりわけエネルギー多消費設備の投資決定は極めて困難である。市場もサプライチェーンもグローバル化が進むなか、将来における競争力を十分維持・向上できる国内投資環境を予見できなければ、より有利な環境が見込まれる他国での投資を検討せざるを得ない。既に、多くの企業が電気料金上昇を実感しているドイツにおいては、生産拠点の海外移転を検討する企業が増加している#6。
DX・GXといった成長領域の国内投資が停滞すれば、将来、わが国の経済と雇用への甚大な影響が懸念される。カーボンニュートラルの追求や人口減少、働き手不足への対応といった社会課題の解決も困難となる。先進技術・産業の社会実装が国内で行われないこととなれば、わが国の国家像の柱となるべき「科学技術立国」の実現も危うくなる。そのうえ、エネルギー供給見通しの不確実性は、DX・GX等に係る新規投資のみならず、現在の国内生産拠点の更新投資を行うか否かというより広範な判断に影響する可能性もある。わが国における大規模な産業空洞化にもつながりかねない。
経団連アンケートにおいては、わが国の電力供給に課題を感じると回答した企業が約9割であった。具体的な課題としては、「電力価格の上昇」、「電源の脱炭素化が不十分」、「需要に対応できる安定的な供給量の不足」の順で大きな懸念が寄せられている。企業が3Eを担保できるエネルギー政策を求めていることが明らかといえる(図表 2)。
政府には、エネルギー政策のあり方がわが国経済・産業の帰趨を決定し、ひいてはわが国の将来像を転換させる可能性を認識したうえで、危機感を持って対応することを求める。
(2)大原則としてのS+3E
エネルギー政策を検討する際、大原則となるのは、安全性(Safety)の確保を大前提とした、(a)エネルギー安全保障・安定供給(Energy security)、(b)経済効率性(Economic efficiency)、(c)環境性(Environment)のバランス確保(S+3E)である。政策の決定・実施にあたっては、より高い水準での3Eの実現を常に念頭に置く必要がある。
このうち(a)安定供給については、エネルギーは国民生活と企業活動の基盤であり、電力需要増が見通されるなか、必要な量を確保し続けることがまずもって重要である。
(b)経済効率性に関しては、安価で安定したエネルギー供給の確保が、わが国産業の国際競争力に直結する。わが国の産業競争力を維持・向上させるためには、各国と比べて遜色ないエネルギーコスト水準を確保する必要がある。
例えば、経団連アンケートによると、電力コストが国内事業や利益に与える影響について、6割超の企業が影響は「極めて大きい」ないし「大きい」と回答している。さらに、5~15年後における影響について聞いたところ、同様の回答は7割超にのぼった。DX・GXの進展等が見込まれるなか、将来に向けて電力コストが事業活動上、一層重要な要素となることが示唆されている(図表 3)。
(c)環境性については、わが国が掲げる2050年カーボンニュートラルを目指し、さらなる温室効果ガス削減を進める必要がある。経団連提言「グリーントランスフォーメーション(GX)に向けて」において指摘した通り、カーボンニュートラルの実現には、図表 4に示す7つの道筋の全てに着実に取り組むことが不可欠である。すなわち、①電力の低炭素化・ゼロエミッション化、②電化の推進と、それを支える③次世代電力ネットワークを実現するとともに、④熱源のゼロエミッション化、⑤素材におけるカーボンリサイクル、⑥生産プロセスや製品・サービスの革新に取り組んだうえで、なお残る一定量の排出を⑦ネガティブエミッション技術によりオフセットする必要がある。
カーボンニュートラルは既存の技術だけでは達成できないことから、2050年カーボンニュートラルという目標は極めてチャレンジングな高い目標であり、その到達は容易ではない。①長期にわたる取り組みを要する革新的なイノベーションの創出、②革新的技術の社会実装に至るまでの現実的かつ着実なトランジション、③イノベーションとトランジションを進めるための官民投資、④わが国企業が国際競争を勝ち抜くための産業政策――という4つの視点で取り組むことで、気候変動対策を経済成長・産業競争力強化に繋げるべく、国を挙げて、経済社会全体の変革であるGXを推進しなければならない。
このうち革新的イノベーションへの投資に関しては、技術成熟度、投資規模、市場の成熟状況等を踏まえると、民間事業者による投資判断には相当の困難が伴う。政府による分野別投資戦略(2023年12月)を基礎として、民間事業者の投資判断を後押しするとともに、同戦略の推進にあたっては、大きな削減効果とわが国の産業競争力強化が見込まれる革新的イノベーションの創出に注力していくべきである。さらに、その成果をグローバルに展開し、国際標準・ルールの形成にも繋げていくことが重要である。
カーボンニュートラルに取り組むうえでは、時間軸を考慮する必要がある。大幅な排出削減を可能とするエネルギーインフラの技術開発・実装や稼働開始に至るまでには、一定の期間を要する。当面、徹底した省エネルギーや低炭素化、既存の脱炭素電源の活用に足元から取り組むことで、トランジション期間における温室効果ガス排出量の抑制に努めることが効果的である。同時に、実用化に至った革新的なゼロエミッション技術を順次社会実装していくことで、わが国全体として3Eのバランスを確保しながら、着実にカーボンニュートラルを目指していくことが可能となる。
GXビジョン2040や次期エネルギー基本計画策定後においても、例えばGX政策の司令塔たるGX実行会議のもと、政策方針の進捗評価と状況変化に照らした柔軟な見直しを可能とする仕組みを検討することも重要である。
(3)わが国の特性を踏まえたベストミックスの追求
わが国は天然資源に乏しい島国であり、エネルギー供給上のディスアドバンテージに直面する#7。化石燃料の埋蔵に乏しいのみならず、太陽光は、林地が多く平地が少ないなか、既に世界第3位の設備容量を備えるようになった#8が、曇天の多さや積雪といった気候条件などもあり、活用に一定の制約がある。風力については、周辺領域を含む風況は良好といえず、遠浅の海が少ないといった課題がある。周辺国との重層的な国際連系線ネットワークを構築することも難しい。一方で、人口密度が高く工業化が進んだわが国は、国土面積に比して大きなエネルギー需要を有し、また工業製品の品質を担保するための質の高い電力を必要としている。
こうした厳しい供給制約を踏まえれば、わが国のエネルギー政策として、多様なエネルギー源のベストミックスの追求が必要不可欠である。省エネルギー、水力、地熱、バイオマス、太陽光、風力、蓄電関連の技術開発・普及に官民を挙げて取り組むとともに、経済性を最大限引き上げて利用することが求められる。現在大宗を頼る輸入化石燃料については、過度な依存からの脱却と低炭素化を図りつつ効率的な活用を進めることが必要である。そのうえで、原子力を含む核エネルギー(軽水炉、高温ガス炉、高速炉、核融合等)の活用が不可欠である。特定のエネルギー源への過度な依存を避け、レジリエントなエネルギー供給体制を構築することを、エネルギー戦略の主軸に据えるべきである。
とりわけ、今後は電力需要が増加していく見込みである。既に電力需給の逼迫が断続的に発生しているわが国の状況を踏まえれば、需要増という新たな局面において電力の安価・安定供給を確保するため、電源種ごとの特長を活かし、あらゆる電源種の活用を進めていく必要がある。
同時に、国際情勢の不安定化や資源ナショナリズムを背景とする資源供給途絶リスクへの懸念増大に鑑みれば、カーボンニュートラル実現に不可欠な鉱物資源の確保に向けた取り組みも欠かせない。経済安全保障の観点からも、特定国・地域への過度な依存を回避することが重要である。関係国との緊密な連携・協調のもと、官民を挙げて、国際サプライチェーンの強靭化、資源循環体制の構築を推進していくべきである。
2.電力安定供給を支える電源の確保
(1)再生可能エネルギーの主力電源化
再生可能エネルギーは、わが国のエネルギー自給率向上に寄与する、重要な脱炭素電源である。
2012年のFIT制度#9導入により、わが国の再生可能エネルギーは太陽光を中心に大幅な導入拡大が実現した。太陽光発電の設備導入量は、中国・米国に次ぐ世界3位となっている。一方で、導入適地が減少しつつあるほか、導入ポテンシャルが高い地域を中心とする系統制約や、景観、防災・安全、地域生態系等への影響といった地域共生における課題が顕在化している。年間2.7兆円(2024年度)にのぼる賦課金が重い国民負担となっていること、再生可能エネルギーの価格が諸外国に比べて高止まりしていることなども課題である。
経団連アンケートによれば、再生可能エネルギーについては、現状程度の電力コストを維持するなかで、経済的自立がある程度見込める電源を中心に導入を進めるべきとの回答が約6割で最多である。次いで、一定の電気料金上昇を容認してさらに積極的な再生可能エネルギー導入を求める回答が2割を占める。再生可能エネルギーの主力電源化に向けて特に重視すべき点としては、電気料金抑制と調整力確保が並んで多数であり、送配電網の強化がこれらに次ぐ。全体として、電気料金と安定供給を重視しつつ、再生可能エネルギーの利用拡大を求める意向が確認できる(図表 5)。
再生可能エネルギーが「主力電源」となるためには、低コスト・安定供給・事業規律の3点を備えることが重要である。そのような前提を満たす再生可能エネルギー事業について、投資リスクの軽減を図ることなどにより、導入を加速すべきである。国のイニシアティブにより、調整力の確保策を含め、系統対策を行うことも重要である。
再生可能エネルギーの持続的拡大を図るには、市場統合を進め、経済的に自立した電源としていくことも欠かせない。売電を主たる目的とする再生可能エネルギーについては、FIT制度からFIP制度#10への移行をさらに加速すべきである。
さらなる導入を進めるにあたっては、再生可能エネルギーの経済性が導入の進展に伴って厳しくなりうる#11ことにも留意する必要がある。また、発電そのものに要するコストが低下しても、調整力確保を含む系統対策等の統合コストが増大することにより、再生可能エネルギーの導入拡大が、結果として電力システム全体のコストの上昇につながりうる。このような観点を含め、再生可能エネルギーの経済合理性を評価することが重要である。
再生可能エネルギーの導入拡大によって変動性の非同期接続電源が増加すること等への技術的・制度的な備えも不可欠である。火力をはじめとする調整力等の確保に万全を期すとともに、周波数・電圧変動への対応強化など、系統に接続される電源が従うべきルールであるグリッドコードの整備をさらに進める必要がある。
こうした観点に加え、以下にも例示するように電源種等によって異なる課題を地道に解決することで、さらなる導入拡大を図るべきである。その過程においては、ゾーニングや地域のステークホルダーの適切な関与の促進などの面において、国や自治体が積極的な役割を果たすことが期待される。併せて、波力、潮汐力、潮流、海洋温度差発電といった、現時点では実用化に至っていない再生可能エネルギーの研究開発を進めることも課題である。
太陽光
地上設置型の事業用太陽光を中心に、景観保全や災害対策の面での地域共生の課題が生じており、これに適切に対処していくことが不可欠である。ゾーニングの活用等を通じて地上設置型の適切な導入を進めつつ、屋根設置型や営農型のポテンシャルを開拓していく必要がある。
FIT・FIP制度に基づく国民負担により導入された発電設備については、調達期間・交付期間の終了後も、事業が継続され、有効に活用されることが望ましい。小規模事業者を集約し設備の高効率化を図ることなどにより、適地や整備済みの系統を有効活用する視点も重要である。現状においては、FIT・FIP認定を受けた太陽光発電事業には、個人を含む小規模な運営主体が多いほか、事業主体が繰り返し変更されているものなど、事業継続に懸念がある案件が存在する。発電事業を担う意思と能力のある主体への事業統合等、長期にわたり安定的に事業が継続できる体制への移行を進めるべきである。
また、FIT制度導入初期に設置された太陽光パネルが順次調達期間を終え製品の寿命を迎える2030年代に廃棄のピークが見込まれている。パネルの放置や不法投棄、有害含有物質による環境影響の発生といった事態が生じないよう、万全の体制で臨むべきである。そのうえで、環境負荷の低減や最終処分量の抑制に資する合理的な廃棄・リサイクル制度の構築を目指す必要がある。
中期を見据えては、次世代技術の開発促進・普及に積極的に取り組む必要がある。とりわけ、わが国が製造技術等の面で潜在的に強みを有するペロブスカイト太陽電池は、技術等の課題の克服により、耐荷重の小さい屋根や車両、高層ビル壁面等への設置が可能となりうる。将来的に、電池の量産化によるコストダウンや技術向上による出力増加等を通じ、一定の経済性が見込まれるようになれば、住宅の壁面や窓などにも設置が進むことが期待される。ペロブスカイト太陽電池技術の開発・実装の加速と事業環境整備に向けては、従来型の太陽光発電が直面する課題を教訓とすることが不可欠である。FIT・FIP制度の適用ありきではなく、負担と受益の公平性を確保した適切な支援と制度を組み合わせていくことが重要である。
風力
風力発電は、導入ポテンシャルの大きい変動性電源であり、FIT制度のもとで陸域を中心に導入が拡大してきた。一方で、陸上風力は、景観・騒音等の地域共生の課題が顕在化し、導入が停滞している状況にある。ゾーニングの活用等を通じ、適切な設置を図っていく必要がある。
洋上風力については、再エネ海域利用法の制定と日本版セントラル方式の導入をはじめとした環境整備によって認定量が増加しており、順調に稼働に至れば、2030年頃からの導入拡大が見込まれる。わが国においてもゼロプレミアム水準の案件が登場しており、低コストでの再生可能エネルギーの供給拡大に繋がることが期待される。引き続き、事業者間の適正な競争を通じた経済性ある案件の導入を進めていくべきである。大規模な洋上ウィンドファームは、投資の規模が大きく建設リードタイムが長いため、物価上昇や為替変動の影響も大きい。事業者の投資リスクを低減するための制度整備が求められる。具体的な海域、規模等を定めた導入目標を掲げ、事業者の市場参入の促進を図ることも一案である。
遠浅の海が少ないわが国周辺海域の状況を踏まえれば、中長期的には、浮体式洋上風力の導入によって風力発電の拡大を図っていくことが期待される。技術の開発と実証をさらに進め、経済性の確立を目指すべきである。
なお、風力発電は太陽光発電に比べ規模が大きく、かつ適地が偏在することから、系統整備が特に課題となる。発電コストと系統コストを合わせたコストを最小化する観点から、立地誘導と系統増強を適切に組み合わせつつ導入を進めることが重要である。
地熱
地熱発電は、地熱資源が豊富なわが国にとり、安定電源としての活用が期待される電源である。特に地熱ポテンシャルの大きい国立・国定公園内の開発を進めるために規制改革等が順次進められてきたが、地元との調整における困難や開発リスクの大きさなどにより、導入が停滞している。調査・探査や地域理解の醸成に国が主体的に取り組むことで、開発を加速すべきである。
中長期的には、地下水は汲み上げず地中の熱源のみを利用するクローズドループや、超臨界地熱発電といった新たな技術の活用により、さらに幅広い地熱資源をより効率的に利用可能としていくことが期待される。
水力
水力発電は、渇水を除き天候に左右されない安定電源であり、一度開発すれば低コストで長期にわたって利用し続けることが可能な再生可能エネルギー源である。流れ込み式の一般水力はベースロード電源として、揚水式は調整力としても重要な役割が期待される。ポテンシャルを維持していくべきである。
また、防災・減災のための治水機能の強化といった観点も合わせつつ、既存設備のリプレースや、発電未利用ダムへの発電施設の設置、既存ダムの貯水量増加や弾力的運用に向けた取り組み等を通じ、未利用資源の活用を進めることが重要である。
バイオマス
バイオマス発電は、調整力等を提供可能な電源であり、電力システムにとって価値が高い。CCSと組み合わせることで、ネガティブエミッション技術としても活用可能である(BECCS)。
廃棄物、家畜排泄物、林地残材等を活用する中小規模の案件は、循環型社会構築や自然循環機能の向上にも寄与しうる。一方で、燃料となる資源が分散しており、収拾・運搬・管理にコストがかかる点が課題である。輸入木質バイオマスは、他のバイオマス発電に比べ大規模に実施できる利点があり、火力混焼の形でも活用可能である。同時に、燃料生産の持続可能性やライフサイクル温室効果ガス排出量の確実な抑制を担保することが重要となる。いずれの類型についても、可変費である燃料費がコストに占める割合が高いという、他の再生可能エネルギーと異なる特徴がある。
こうした特性に鑑みれば、FIT・FIP制度のもとで拡大した導入量が将来においても活用可能となるよう、事業者が燃料の調達を安定的に確保しつつ、経済的自立を図ることが重要である。そのための政策について、具体的な検討を進めることが望ましい。
再生可能エネルギーへのアクセスの確保
カーボンニュートラルへの取り組みが世界的に加速するなかで、取引先や金融機関等から再生可能エネルギーの利用を求められる事例が増加している。経済安全保障上の重要物資である半導体等においても、再生可能エネルギー100%での製造を求められるケースが生じている。こうした要請に直面する企業は、十分な量の再生可能エネルギーが確保できなければ、契約やファイナンスの確保に支障を来たし、場合によっては生産基盤を再生可能エネルギーが豊富な国・地域へ移転せざるを得ない事態にも陥りかねない。主要な輸出品や重要物資の国内生産を確保する観点から、こうした産業を支える再生可能エネルギーへのアクセスを十分確保することが不可欠である。
現在、わが国に導入されている再生可能エネルギーの大部分はFIT電源であり、その環境価値はFIT非化石証書として非化石価値取引市場に供出されている。非FIT再生可能エネルギーの導入が限定的なわが国において、FIT非化石証書は、トラッキング情報の追加といった制度の改善も背景に、重要な再生可能エネルギーへのアクセス手段となっている。
一方で、非化石証書が低価格で取引される#12なかでは、研究開発や電源投資、蓄電池への投資といった対策よりも、非化石証書を購入するインセンティブの方が高くなり得るといった課題が指摘される。
将来を見据えると、各企業が求める追加性(新規性)等の要件を満たした再生可能エネルギーへのニーズが高まっていくことが考えられる。例えば国際イニシアティブ・RE100は、企業の調達する再生可能エネルギーが原則運転開始15年以内であることを求めるようになった#13。FIT買取期間の満了等により、FIT非化石証書の発行量自体も減少していく。
こうした状況認識のもと、GX-ETSにおいて今後形成される炭素価格の水準との関係も考慮しつつ、非化石価値取引市場や非化石証書のあり方について、今後議論を深めていく必要がある。また、PPAの促進など、需要家自身による再生可能エネルギーの導入を促進するとともに、大口需要家のニーズにも応えられるよう、大規模洋上風力の導入、大型水力のリパワリングなども推進し、追加性ある再生可能エネルギーの継続的拡大を図っていくべきである。
(2)原子力・核エネルギーの最大限の活用
① 原子力の活用に向けた政策の実行
原子力は、一度燃料を入れれば長期にわたって運転可能な準国産エネルギー源#14であり、安定的な出力が可能な脱炭素電源として十分な価格競争力を有する、3Eのバランスに優れたエネルギー源である。わが国がNDCの達成と2050年カーボンニュートラルを追求すると同時に、科学技術立国を支える産業を維持していく観点から、原子力の活用は不可欠である。
経団連アンケートにおいても、回答企業のうち、約9割の企業が既設の原子力発電所の再稼働の必要性を認識し、また、約7割の企業が再稼働に加えてリプレース・新増設の必要性を認識するなど、多くの企業が、カーボンニュートラルの実現と電力の安定供給に貢献できる電源として、原子力に対して大きな期待を有していることが確認された(図表 6)。
2011年の福島第一原子力発電所事故を真摯に反省したうえで、事故の教訓を踏まえて大幅に強化された新規制基準に基づく安全性の確保と地元の理解を大前提に、原子力の活用を進めるべきである。
原子力が、エネルギー政策、気候変動対策、そしてわが国の産業競争力強化と経済成長に必要不可欠な電源であることを踏まえれば、国策として原子力を推進する必要性を再認識したうえで、国が前面に立って取り組む必要がある。この点、2023年6月の原子力基本法の改正によって、同法がエネルギー資源の確保のみならず、「学術の進歩、産業の振興及び地球温暖化防止」の観点から原子力の活用を進めることを目的とすることが明示された#15。同時に「国の責務」と「基本的施策」が法的に位置付けられ、「国は、原子力発電を適切に活用することができるよう〔……〕必要な施策を講ずる」として、事業環境整備、技術の維持・開発の促進、産業基盤の維持・強化等に取り組むことが明記された#16。国策としての原子力の位置付けを明確化する観点から重要な進展である。こうした法的責務と基本的施策に基づいて、諸情勢の変化によらず、予見可能性の高い原子力政策を継続することが極めて重要である。今後、必要に応じ、追加的な法的対応を行うことも考えられる。
そのうえで、次期エネルギー基本計画においては、GX基本方針・GX推進戦略に記載の通り、原子力を最大限活用していく方針を明確に示す必要がある。すなわち、現行計画に記載された「経済的に自立した脱炭素化した再生可能エネルギーの拡大を図る中で、可能な限り原発依存度を低減する」との文言を改め、「再生可能エネルギー、原子力などエネルギー安全保障に寄与し、脱炭素効果の高い電源を最大限活用する」との方針を明記すべきである。
立地地域との協働
原子力の活用は、立地地域の理解と協力に支えられて進展してきた。原子力の最大限の活用に向けて、経済界として、立地地域がわが国のエネルギー供給、ひいては産業の発展に果たしてきた貢献に対し、改めて感謝と敬意を表明する。この先も安全性の強化を図りつつ、立地地域とともに、原子力の活用を続けていく必要がある。
原子力事業者には、引き続き、立地地域の課題解決への関与を継続的に行っていくことを期待する。そのうえで、事業者に留まらず、電力需要家としての立場から、経済界としても、脱炭素電源の特性に適した産業の集積を推進するという観点を含め、立地地域の経済活性化に関与していくことが求められる。まずは、首都圏を支える電源である柏崎刈羽原子力発電所に関し、経団連会員企業が現地等を訪問し、新潟県経済界と交流を深めることなどについて、検討していく。加えて国の支援も必要であり、政府においては、脱炭素電源近傍への産業集積の加速に向けた具体策を示すべきである。その一環として、経済合理的な判断として企業立地を加速する観点から、地域経済に貢献しようとする企業に対する投資促進策を含め、さらなる立地地域支援策の検討が進められることを期待する。
国が前面に立ったバックエンドの課題解決
原子力の継続的活用にあたっては、核燃料サイクルの確立や最終処分の実現といったバックエンドの課題を解決することが不可欠である。バックエンドの取り組みには、極めて長い時間がかかるうえ、不確実性も大きいため、民間事業者が事業として取り組むには困難が大きい。事業に携わる原子力事業者には、安全性確保に向けて責任と不断の努力が求められる前提のもと、国策として原子力の活用を進める国が、民間における円滑な原子力事業遂行を可能とするような枠組み作りに責任を負うべきである。欧州に見られるように、官民でリスクを分担する制度の導入も選択肢となる#17。国が前面に立って、バックエンドの課題解決に向けた道筋を明確化する必要がある。
核燃料サイクル#18は、高レベル放射性廃棄物の減容化や有害度の低減、さらにはウラン燃料の有効活用に資するものであり、その確立に向けては、使用済燃料の再処理が不可欠なプロセスとなる。まずは軽水炉サイクルを完結させるべく、六ヶ所再処理工場の竣工を実現することが喫緊の課題である。規制基準の変更の影響も含め、既に27回にわたって竣工の延期が繰り返されており、核燃料サイクルを前提とするわが国の原子力政策における大きな課題となっている。目標とされている2026年度中の竣工を実現すべく、原子力事業者、関係メーカー等の支援のもと、規制委員会と事業者が適切なコミュニケーションを図り、事業者・政府が総力を挙げて取り組む必要がある。また、軽水炉サイクルを利用する当面の間は、併せてプルサーマル#19を推進し、再処理によって回収されたプルトニウムを着実に消費しつつウラン燃料の有効活用を図る必要がある。国には、その意義や安全性について、引き続き理解醸成に取り組むことを求める。
高レベル放射性廃棄物の最終処分に係る取り組みも極めて重要である。原子力を利用するうえでいずれの国も避けて通ることのできない課題であり、将来に先送りすることなく、現世代が責任を持って処分の道筋をつける必要がある。地層処分実現に向けた第1段階として、北海道寿都町、神恵内村および佐賀県玄海町において文献調査が行われていることの意義は大きい。文献調査を受け入れる自治体がさらに拡大するよう、情報提供を含む理解醸成へのさらなる取り組みを進めることが必要である。
円滑な廃炉や、使用済燃料の安全な中間貯蔵、またハード面・ソフト面双方が十分に手当てされた避難計画の整備も、原子力の活用にあたり重要な課題である。国、自治体、関係事業者の間でコミュニケーションを密にし、進むべき方向を共有したうえで取り組むことが重要である。
既設発電所の再稼働と安定的な運転
原子力の活用を進めるにあたり、まず取り組むべきは既設発電所の再稼働の加速である。再稼働による火力燃料費の削減効果は大きく、結果として、東日本大震災後に再稼働した原子力発電所がない東日本と、既に12基が再稼働した西日本との間には、2~3割程度の電気料金水準の差が生じている#20。
再稼働の加速に向け、規制当局と事業者との建設的コミュニケーションを強化するとともに、安全性の確保を大前提に、原子力規制委員会の審査プロセスの合理化・効率化・迅速化を図るべきである。再稼働は着実に進展しているものの、審査が長期化しているプラントもある。停止期間が延長されることで、事業の予見可能性の低下から投資や人材の確保が難しくなり、安全性の確保が困難になるおそれもある。安全性確保に資する効果的かつ効率的な審査のあり方を追求する視点に立ち、審査体制・人材の確保と拡充を含め、安全確保に係る基盤の強化を図るべきである。併せて、規制当局と事業者とが、適切な緊張感を保ちながら密にコミュニケーションを取ることで、審査の論点や満たすべき基準を明確化するとともに共通認識を醸成することが望まれる。
米国においては、事業者の自主的改善努力もさることながら、同国の原子力規制委員会による規制の合理化もあって、設備利用率の大幅な上昇が実現している#21。わが国においても同様の改革を進めていくべきである。
規制基準への適合には、巨額の安全対策投資を行う必要がある。資金調達環境の改善をはじめとする事業環境整備も重要である。
稼働した既設炉の設備利用率向上に向けて、運転サイクルの長期化、オンライン検査の拡大、定期検査のさらなる効率化等を進めることも重要である。安全性確保を大前提としつつ、最大限効率的な設備利用を実現していくべきである。
さらに、既設炉の長期安定運転が実現すれば、足元から3Eの改善に効果を発揮する。従来、原則40年、延長20年の計60年までの運転が認められてきたが、2023年5月に成立したGX脱炭素電源法による電気事業法の改正によって、安全規制に係る制度・運用の変更や運転差止めの仮処分命令等、事業者が予見しがたい事由による停止期間を運転期間から控除し、実質「60年+α」までの運転を可能にすることとされた。同時に、同法による原子炉等規制法の改正により、高経年化した原子炉に対する規制が厳格化され、運転期間が30年超の場合、10年ごとに設備の劣化に関する技術的評価を行う等する仕組みが導入されることとなった。新たな制度のもと、安全性の確保と国民・地元への丁寧な説明に一層努めつつ、既設設備の有効活用を図っていくことが期待される。
一方で、設備の安全性は、本来、科学的・技術的観点からの評価により担保されるべきものであり、安全性が確認された設備は最大限活用することが合理的である。脱炭素電力の安定供給のための原子力の必要性も踏まえれば、事業者が自ら安全性確保に取り組むことはもとより、原子力規制委員会が安全性を定期的に確認する改正原子炉等規制法の仕組みを前提に、特定の年限で区切ることなく既設設備の利用を可能とすることが望ましい#22。
次世代革新炉の建設具体化
当面は、バックエンド等の課題に対応しつつ既存設備の活用を進めることが重要となるが、リプレース・新増設がなければ、2040年代以降、原子力の設備容量は急速に減少することとなる。一方、原子力発電所の運転開始までには、環境アセスメント等の調査や建設などのため、十数年から二十年のリードタイムを要する。建設に向けた取り組みが直ちに開始されなければ、将来、原子力の設備容量を維持することはできなくなる。建設案件の具体化を早急に実現する必要がある。
将来の容量維持以外にも、10年超にわたる建設案件の不在により、技術・人材といったサプライチェーン上の重要な基盤が損なわれつつあることも深刻な課題である。わが国の国産原子力技術を支える産業を維持できるかどうかが危ぶまれかねない状況といえる。
需要側に目を転じると、経団連アンケート結果によれば、安価で安定した電力をより切実に必要とする電力多消費の企業ほど、リプレース・新増設の必要性を高い割合で認識している。逆に言えば、原子力のリプレース・新増設によって脱炭素電力が継続的に安定供給される見通しが立たなければ、これらの事業者は海外移転や生産縮小を検討することになる可能性が高い。GX関連をはじめ、2030年以降を見据えた各社の設備投資について、判断の時期が迫っている。
このように原子力産業と電力の需要家である産業のいずれも、技術・人材・設備の維持や新規投資の判断を下すべきタイミングが迫ることを考えれば、3年後の第8次エネルギー基本計画の段階での対応では間に合わないことを念頭に置く必要がある。
こうした状況を踏まえれば、次期エネルギー基本計画において、産業界が技術・人材・設備を国内で維持・拡充することを判断できる、明確な方針を打ち出す必要がある。政府には、2040年、2050年における原子力の導入容量目標を明示することを求める。海外の例に見られるように将来の必要量を示すことで#23、サプライヤー企業に設備や人材への投資を促す一助となるほか、需要家に対しても将来における原子力の可用性に一定の見通しを与える効果が期待できる。なお、図表 7に示した通り、仮に2050年に電源構成の20%を原子力で賄う場合、約4,000万kWの設備容量が必要と試算される。
原子力政策をめぐっては、長期にわたる安定した政策と、そのような政策が取られることへの予見性が重要である。国には、法令に基づく制度として、今後の具体的な目標年度における原子力の設備容量と、そのために必要となるリプレース・新増設等のロードマップを示し、国と関係事業者の参加のもと、原子力委員会#24等の機関による進捗確認を定期的に行う仕組みを構築することを求める。
次世代革新炉の建設を具体化するにあたっては、まずは技術成熟度が高い革新軽水炉の建設を具体化すべきである。技術の成熟度合により、敷地面積に制約がある既存の立地等において、小型モジュール炉(SMR)の建設が選択肢となる可能性もある。
なお、現行方針において、建設の具体化は廃炉を決定した敷地内に限定されている#25。この点については、地元の理解を大前提としたうえで、次世代革新炉への建て替えを円滑に進める観点から、再検討されることが望ましい。行政手続きの合理化・適正化に向けた取り組みを加速することも重要である。
建設案件を具体化するためには、投資回収の予見可能性の確保や資金調達環境の改善をはじめとする実効性ある事業環境整備が必要である。特に、巨額の初期投資、運転開始までの長いリードタイム、長期安定稼働を通じた投資回収の必要性、建設から廃炉まで100年にも及ぶ超長期の事業期間といった原子力事業の特殊性を考慮する必要がある。こうした特殊性は、民間のプロジェクトとして考えた場合、極めて大きな事業リスクをもたらす。この点で、リスクの引き受けに関し、官民の役割分担が不可欠である。
制度のあり方として、例えば、建設期間や、それを含む事業期間の長さを考慮すると、計画策定後の資材・人件費の高騰やインフレ、事業者にとって外生的な要因による運転停止等のリスクが、民間企業のプロジェクトとしては過大となる可能性が高く、収入支援等の手当てが望まれる。巨額の初期投資に対応する観点から、資金調達の円滑化に資する政府債務保証等の対策や、建設期間におけるキャッシュフローを確保できる制度的措置も効果的である。また、英国では、規制資産ベース(RAB)モデルのような制度的措置により、規制当局が認可した投資について、建設期間から運転期間にわたり、需要家が支払う規制料金を通じて回収することを可能とする仕組みを整備している。同制度においては、事業会社は当局に認可された水準の収入が得られ、事後的な建設コスト等の変動が一定程度カバーされる#26。
ただし、ここまで述べたような支援措置は、あくまでもリスクを分担し、原子力の経済性を発揮させるための措置とすべきである。投資を現実化する観点から、原子力事業者に民間の発電事業として適切な報酬を支払うことは、当然、重要であるが、かつてのFIT制度のように過大な補助を与える仕組みとならないよう、透明性と規律を確保した形で慎重に設計・運用を行う必要がある。
原子力損害賠償制度の見直しも、事業環境整備の一環として欠かせない。現在のわが国の原子力損害賠償制度のもとでは、万が一の大規模事故の際、発災事業者は無過失無限責任を負うため、通常の民間企業として存続することは不可能となる。これは原子力事業者が投資判断を行ううえで大きな課題である。新規制基準のもとで従前に比べ安全性は格段に高まっているが、それでもなお、金融機関が融資の判断を行う際にも大きなリスクと評価される。例えば欧州で見られるように、需要家等が原子力発電所への出資を行いPPAを締結するといったビジネスモデルを検討することも、事実上困難といえる。
米欧各国の制度を見ると、原子力発電所を全廃したドイツを除けば、事業者の責任は有限としている例が多く、責任限度額は概ね1,000~2,000億円程度である#27。規制対応や自主的安全性向上の促進等も含め、政策パッケージ全体として、事業者に原子力規制委員会が求める安全基準を満たし、さらなる自主的安全性向上に取り組む責務を果たすことを求めつつ、万が一の場合の賠償責任については、原子力を活用する他の主要国と同様、事業者の責任範囲を有限に改め、超過分は国が補償する制度とすることを検討すべきである。2029年度に向けて実施される予定の原子力損害賠償法の見直しにおいて、こうした方向で検討が進められることを期待する。
次世代革新炉の開発加速
革新軽水炉の建設と並行して、軽水炉以外の次世代革新炉の開発を加速することも欠かせない。高温ガス炉、高速炉、さらにはエネルギー生成の原理が根本から異なる核融合炉の開発に注力する必要がある。内外の知見を結集し、スピード感をもって取り組むべきである。
高温ガス炉は、軽水に代えてヘリウムを冷却材に用いる原子炉であり、最高で1,000℃程度の高温熱を活用可能である。これが実用化すれば、発電のみならず、産業向けの熱供給や、高温熱を利用した大量・安価な水素製造に繋がる可能性もある。
高速炉では、軽水炉では活用困難な元素も反応させ、エネルギーを得ることが可能である。海外産ウラン燃料への依存からの脱却が視野に入るほか、最終的に発生する高レベル放射性廃棄物の容積を7分の1に圧縮し、有害度が元の天然ウランと同等になるまでの期間を300年程度にまで短縮できる可能性もあり、高レベル放射性廃棄物の処分に大きく貢献しうる。原子力の平和利用の観点から、「利用目的のないプルトニウムは持たない」原則を掲げるわが国として、軽水炉の使用済燃料を再処理することにより生じるプルトニウムを消費する意味でも、高速炉を実用化する重要性は大きい。さらに、わが国が大部分を輸入に頼る医療用RI(放射性同位元素)の生産にも寄与することが期待される。
高温ガス炉・高速炉の強みは、いずれもわが国のGXに大きな役割を果たすと考えられる。実用化に向けた取り組みが不可欠である。
一方で、これら次世代炉の開発については、中国・ロシアが他国に先んじている。高温ガス炉については、中国で実証炉が2021年に送電開始している。高速炉については、ロシアで2015年に実証炉が送電を開始したほか、中国においても実証炉が稼働しているとみられる。実用化で大幅に先行されれば次世代の原子力技術で優位を築かれることになり、経済安全保障はもとより国家安全保障上の懸念も生じかねない。中ロ以外でも、例えば米国とカナダは2030年代に実証炉の運転を予定している。
こうした国際情勢を踏まえ、わが国として、米英仏#28といった基本的価値観を共有する各国との人材・技術面等での連携を強化しつつ、国内の技術確立を急ぐ必要がある。高温ガス炉については2020年代のうちに、高速炉については2030年代早期に、それぞれ実証炉の建設に着手することが望まれる。実証炉の運転開始以降の開発スケジュールについても、国際競争に劣後しないよう、可能な限り前倒しを図る観点から、分野別投資戦略に示される以上の支援を大胆に講じるべきである。
併せて、規制対応が開発・実用化のボトルネックとなることがないよう、軽水炉とは設計等が異なることを踏まえた規制基準の設定についても、規制当局と事業者・関係者の連携のもと、早い段階から検討を進める必要がある。革新軽水炉も含め、新たな炉型の建設・開発に係る規制面の対応が喫緊の課題であることに鑑みても、原子力規制庁の体制強化を進めることが重要である。
② 核融合の産業化・社会実装の推進
さらなる将来を見据え、核融合の技術開発・社会実装を進めることも不可欠である。核融合は、運転時にCO2を排出することなく、安定した電力の供給を可能とする技術であり、高レベル放射性廃棄物も生じない。人類にとってのエネルギー制約を大きく変化させうる技術である。燃料となる物質のうち、重水素は自然界に豊富に存在しており、三重水素も、原料となるリチウムを海水等から分離回収する技術の研究開発・実装を進めることで、無尽蔵に調達可能となるポテンシャルを秘める。加えて、意図的に核融合反応を維持しなければ自然停止する静的安全性も有している。
政府が2023年4月に初の国家戦略としてフュージョンエネルギー・イノベーション戦略を取りまとめ、技術開発はもとより、産業化に重点を置いた道筋を提示したことは高く評価できる。そのうえで、核融合を新たな産業として捉えて着実な技術開発に取り組み、将来のわが国のエネルギー源としていく観点から、次期エネルギー基本計画での位置付けを高めることを求める。
核融合によるエネルギーの発生は、原子力に用いられる核分裂とは根本から異なる原理によることを踏まえ、安全規制についても、原子力とは異なる体系として整備する必要がある。わが国当局と各国当局との対話も実施しながら、核融合の原理や設備の性質に基づく安全性確保のあり方に係る検討を深め、科学的・論理的な安全規制の考え方を整理していくべきである。
わが国としては、日本・欧州・米国・ロシア・韓国・中国・インドの7極により国際プロジェクトとして進められている実験炉・ITERに引き続き積極的に関与し、その建設や研究を通じて得られる知見の獲得を進めるべきである。国内における幅広いアプローチ(BA)活動等のもとでの研究を進めることも重要である。
並行して、わが国に蓄積しつつある知見も活かしながら、原型炉開発に早期に着手できるよう、具体的な方針を打ち出すことが求められる。トカマク型以外の核融合炉や部材等を開発するスタートアップへの支援等も講じていく必要がある。米国、英国をはじめ、主要国は国家戦略として核融合を推進し始めている。中国においては、ITERに先んじて2027年にも核融合実験炉が稼働する予定である。科学技術立国を掲げるわが国として、次世代エネルギーの開発で国際競争に劣後することのないよう、産官学連携のもと、国策として、核融合の可能な限り早期の実用化を目指し、人材育成、技術開発への継続的な投資に取り組むべきである。
ここまで述べた通り、わが国に不可欠な原子力の活用を進めるうえでは、既設軽水炉の活用と革新軽水炉の建設から、高温ガス炉・高速炉、さらには核融合炉の開発・実装に至るまで、時系列を持った取り組みが必要である。次期エネルギー基本計画、さらには具体的な政策を通じ、国として必要な対応を取っていくことが明確化されることを強く期待する。
(3)トランジション期の火力の活用
火力発電は、電気を生み出すことはもとより、予備力、調整力、慣性力、同期化力といった価値を総合的に提供し、電力システムにおいて重要な役割を担っている。一方、カーボンニュートラル実現の観点から、非化石電源の導入を拡大することで、約7割にのぼる電源の火力依存度#29を引き下げていく必要がある。
2020年代に入って発生した化石燃料価格の高騰、とりわけ2022年のロシアによるウクライナ侵略に端を発した世界のエネルギー市場の動揺を経て、量と価格が安定したエネルギー供給を確保する観点からも、ほぼ全てを輸入に頼る化石燃料への依存度#30、なかでも非化石化が比較的容易な電力部門における火力への依存度を低減していく必要性が改めて示された。
こうした状況を認識しつつ、現に電力システムを支える主力である火力の抑制が電力の安定供給を損ない、国民生活や企業活動に支障をきたすことのないよう、円滑なトランジションに万全を期すことが重要である。経団連アンケートにおいても、回答企業のうち、8割超の企業が既設火力の活用の必要性を認識しており、約5割が安定供給確保に必要な場合は排出削減対策を講じたうえで新設も進めるべきとしている(図表 10)。
安定供給と環境性を両立する観点から、変動性電源の拡大も見据え、安定供給の確保に十分な容量と調整力を確保しつつ、排出削減対策が講じられていない火力による発電量を抑制していくことを基本方針とすることが重要である。こうした方針のもとで、非効率石炭火力のフェードアウトを進めるとともに、既存設備についても着実な排出削減を図る必要がある。高効率LNG火力への移行#31、CCSの設置、水素・アンモニア混焼の実装等に取り組むべきである。将来的な水素・アンモニア専焼火力の活用も見据え、火力の低炭素化・ゼロエミッション化を着実に進めていくことが肝要である。なお、石炭火力を含む火力自体を問題視し退出期限を設定すべきとの見方もあるが、対処が必要となるのは温室効果ガスである。現実的なトランジションとエネルギー安全保障の観点から、政府には、排出削減対策が講じられた火力については活用していく方針を明示することを求める。
制度面では、需給調整市場の約定状況等を通じて調整力が市場に十分存在していることを確認できる仕組みを整えるとともに、容量市場を通じた既設容量の維持、予備電源制度によるバックアップ供給力の確保を図っていく必要がある。さらに供給力不足が懸念される場合には、長期脱炭素電源オークションによる容量の追加的確保を実施していくことが有益である。現状では、長期脱炭素電源オークションの設計・条件が全ての電源種に適したものとなっておらず、特に大型電源投資に対して必ずしも十分な応札のインセンティブを与えるものとなっていないとの指摘がある。制度・運用の改善を検討していくべきである。
併せて、制度の運用状況や制度を通じて確認される市場全体の電源の状況をモニタリングし、実需給に影響が及ぶ前に対策を講じるとともに、必要に応じて制度・運用を見直していくことが肝要である。実効的な形で容量や調整力を確保するためには、関連設備に加え、燃料サプライチェーンの維持等まで視野に入れた政策的支援が求められる。そのためのコストが過大なものとならないよう、計画的・戦略的にトランジションを進める必要がある。
また、火力が長期にわたって安定した価格で電力供給を継続するには、燃料の安定調達が欠かせない。需要の上振れや産出国におけるトラブル・有事、調達から受け入れまでのタイムラグ等による燃料不足のリスクを踏まえれば、発電用燃料、とりわけ、LNGの長期契約を確保していくことが重要である。現状では、輸入LNGの8割程度が長期契約による購入である一方、LNG長期契約を通じ安定的に確保される量が減少しつつある。こうした状況のもとで、発電・小売事業者のみならず、需要家を含め、燃料スポット市場価格の変動による電力価格の高騰リスクにさらされる懸念が高まっている。電力自由化によって各小売事業者の売電量の予見性が低下したこと等により、発電事業者が燃料の必要調達量を見通すことが困難となっている。政府には、このような発電事業者の燃料調達に伴うリスクに鑑み、長期契約のインセンティブを高める支援のあり方を検討するとともに、仕向け地条項の撤廃に向けた働きかけ等、LNG取引の柔軟性を高める環境整備を継続することが期待される。また、リスクの顕在化により火力の必要量が想定を上回る可能性も考慮に入れたうえで、将来の需要量の見通しを示すことが有益である。資源国が契約の確実性を判断するうえで、国からの発信は一定のシグナルとなりうる。
水素・アンモニアの混焼・専焼をめぐっては、2024年5月に水素社会推進法が成立し、化石燃料等との価格差に着目した支援(値差支援)が実施されることとなったが、発電分野単体での水素等の利用は支援の対象外とされている。他の産業分野と共同で事業を進めることが望ましい面もあるが、全国には近隣に鉄鋼・化学等の産業が立地していない火力発電所もある。そうした発電所も含め、水素等の調達・活用が可能となるような仕組みが求められる。
他方で、火力における水素等の利用は、ほぼ確実に電気料金の上昇に繋がる。国内産業や国民生活への影響が過大なものとならないよう、負担の総額や分担のあり方について、慎重な検証が必要である。
3.次世代電力ネットワークの確立
わが国の将来の電力需要は増加の見通しへと転じており、長年にわたって減少傾向にあったトレンドが転換することとなった。これに対応するためには、電源の確保に加えて、送配電インフラへの投資が必要となる。
わが国の送配電網は、高度経済成長期に重点的に整備された設備が多く、高経年化しつつある設備の維持・更新の必要性も増している。また、再生可能エネルギーの導入拡大やデジタル技術の活用等、次世代化に向けた投資も必要である。こうした状況のもとでさらに、需要増に対応した能力拡大に向けた投資を進めなければならない。
電力供給の見通しの不透明感が高まれば、国内設備投資の制約条件ともなりかねない。国が掲げる産業競争力強化・経済成長のための政策との整合性を確保した形で、計画的な整備を進める必要がある。その際、発電事業者と送配電事業者が連携し、効率的に投資を進められるような仕組みを整備することも求められる。
電力ネットワークの次世代化に向けては、再生可能エネルギーの大量導入を可能とする地域間連系線および地内基幹系統の強化と、分散化の加速にも資する地域内の系統の高度化とを並行して進める必要がある。
このうち地域間連系線・地内基幹系統については、広域系統長期方針(マスタープラン)に基づき、計画的・戦略的に系統整備を進めることが重要である。個別の整備計画の立案に際しては、需要家・国民を含む負担の公平性に配慮することが欠かせない。費用便益分析に基づき、透明性ある適切な評価を実施し、コスト効率性を追求する事業者のインセンティブが低下することのないよう規律を確保したうえで、投資可否の判断を行う必要がある。同時に、一部の地域間連系線等の整備に際しては相当規模の投資が必要となることに鑑み、大規模な投資を支える仕組みが必要である。事業のリスク等を勘案した適切な報酬率の設定をはじめとする対応のあり方に関し、欧米での先行事例も確認しつつ検討し、円滑な投資を促していくべきである。レベニューキャップ制度についても、送配電事業者の創意工夫を促し投資を加速していく運用となっているか検証し、必要に応じ改善を図るべきである。
ローカル系統においては、デジタル技術による監視・制御も活用し、屋根置き太陽光、蓄電池等の導入や、ディマンド・リスポンス(DR)といった小規模分散型リソースの活用に対応していくことが求められる。系統整備コストの抑制と需要家のレジリエンス強化の両面から、需要に近接した分散型リソースを自家消費・地産地消していくことも重要である。分散型リソース自体の導入拡大を図ることも重要である。例えば、需給調整機能を付加したヒートポンプ給湯器は、需要家による導入が進展しやすいと考えられる。こうした機器の導入加速により、追加的な投資を抑制しつつDRリソースを拡大していくことが期待される。
送配電網の強化を進めると同時に、発電設備のみならず、需要設備についても、ネットワークの状況を勘案した立地を促進することが重要である。電源の立地誘導に向けては、託送料金の発電側課金の割引制度の活用等を進める必要がある。需要設備に関しては、立地地域の産業振興策の視点も踏まえつつ、脱炭素電源立地地域への集中立地の誘導やワット・ビット連携#32の促進といった政策を導入していくことが考えられる。とりわけ大規模需要施設の国内立地にあたっては、需要に応じた速やかな系統整備が課題となっている。半導体工場やデータセンターを含め、産業の集積が進む地域等について、政府等のイニシアティブにより、需要施設の立地が確実になる前から、先行的に系統整備を行う地域として指定することも一案である。戦略的な系統増強と立地誘導策とを組み合わせ、効率的・効果的な系統整備を図っていくことが求められる。
太陽光・風力のさらなる拡大が見込まれるなか、系統安定性の確保や余剰再生可能エネルギーの有効利用の観点から、蓄電技術を一層活用するとともに、運用技術を向上させていくことも重要である。従来から大きな役割を果たしてきた揚水発電の維持に加え、系統蓄電池の導入を進めていくことが求められる。
また、水素製造装置は、再生可能エネルギーの増加に対応した新たな電力需要を創出し、運用によっては出力増加時の下げ調整力ともなる。電気と燃料の双方のエネルギー自給率向上にも資する。再生可能エネルギーが多く立地する郊外地域の工場への水素供給など、非電力部門のカーボンニュートラルと地産地消の推進にも貢献するポテンシャルを有している。経済合理的な形で導入が拡大していくことが期待される。
4.次の10年に向けた電力市場のデザイン
政府は、2013年に「電力システムに関する改革方針」を閣議決定し、以来、「安定供給の確保」、「電気料金の最大限抑制」、「需要家の選択肢や事業者の事業機会拡大」という3つの目的のもとで電力システム改革を推進してきた。これらの目的を達成するための手段として、総括原価方式と地域独占を前提とする電気事業制度が改められ、発電・小売の自由化・市場化が進められることとなった。政府審議会では目下、過去10年のシステム改革の検証が行われている。エネルギー基本計画の見直しおよびGX2040ビジョンの策定にあたり、その結果を適切に反映し、次の10年の指針とすることが肝要である。
電力システムの設計者として、政府には、わが国の国民と経済を支える電力供給を確保できるよう、制度・規制の体系をデザインしていくことが求められる。電力システムを取りまく不確実性の高まりに鑑みれば、将来の状況変化にも対応可能な制度とすることが望ましい。先行して自由化に着手した諸外国においては、実施・運用の過程で生じた課題に対処し、試行錯誤を通じて適切な設計・運用が模索されている。政府は、電力システム全体を見渡し、より高い水準での3Eの実現に資する制度となっているか、不断の分析を続けるとともに適切に見直しを行っていく必要がある。
垂直一貫統合されたかつての一般電気事業者は、電気事業法に基づく包括的な供給義務を負い、供給エリア内における3Eを確保するための電源構成やその実現に必要となる設備投資を判断し、電力供給体制を構築していた。電力自由化に伴って包括的な供給義務は廃止され、発電・送配電・小売の各部門がそれぞれの立場における義務等を果たすこととされた#33。これにより、電力システム全体のあり方は、各種市場をはじめとする個別の規制や制度を通じて規定される形となっている。
自由化に伴う多様なプレイヤーの電気事業への参画により、多様な料金メニューの提供等によって需要家の選択肢が拡大し、競争を梃とする電気料金の引き下げが可能となったことは、自由化の成果として評価できる。一方で、短期的な効率化を実現する市場原理の導入とプレイヤーの多様化により、中長期を見据えた国家戦略としてのS+3Eの確保が困難となった面もある。安定供給に必要となる大規模な電源投資が予見可能性の不足によって十分行われないといった課題は、自由化の副作用といえる。2022年には、エネルギー危機を背景に、発電設備を持たない事業者を中心に採算の悪化による小売事業者の退出が相次いだ結果、多くの需要家が最終保障供給を受ける事態に陥った。また、自由化後に新規参入した700社超の小売電気事業者のうち約200社が実際には電気の供給を行っていない。FIT制度下で急増した太陽光発電事業者には単に投資リターンを目的とすると思われるものも多い。国民生活と企業活動を支える電力システムの担い手は、必要な能力を備えた責任ある事業者でなければならない。安定供給の観点からプレイヤーの規律と質の確保を追求していくべきである。
また、自由化の過程を通じて、容量市場、需給調整市場、非化石価値取引市場といった複数の市場の開設が進められてきた。多数のプレイヤーが相互に連動する市場で取引を行い、それを取り巻く制度的措置も多岐にわたる、複雑な電力システムが出現している。結果として、効率的な資源配分がなされていないとも指摘されている。検討が進められている同時市場をはじめ、安定供給とコスト抑制を両立し、再生可能エネルギーの出力制御量の抑制等、環境性にも資するさらに効率的な市場制度の導入可能性について、市場参加者への影響も精査しつつ、検討が深められることを期待する。
5.燃料の安定的確保と熱源のトランジション
わが国のエネルギー消費の4分の3は、化石燃料を主体とする熱・燃料の利用で構成されている。電源のみならず、熱・燃料のカーボンニュートラル化に向けたトランジションを進めることが、GXの極めて重要な柱である。
(1)化石燃料の依存度低減と安定調達
足元、わが国はエネルギーの大宗を化石燃料に依存している#34。国際市場価格の変動によって、需要家が直面するエネルギー価格が左右されやすい状態となっているうえ、化石燃料の賦蔵に乏しいわが国にとっては、高付加価値製品の輸出で獲得した外貨を燃料輸入に費やす構造となっている。このような状況に鑑みれば、化石燃料への依存度の低減は、わが国にとって重要な課題である。
他方で、現時点で高い化石燃料依存度を短期間で劇的に引き下げることは、現実的ではない。カーボンニュートラルに向けたトランジション期において、依存度の低減を進めつつ、燃焼時のCO2排出が相対的に少ないLNGをはじめとする化石燃料の安定調達を確保することが不可欠である。
依存度低減に伴い化石燃料の輸入量を次第に減少させていくなか、わが国のバーゲニングパワーは低下していくことが見込まれる。政府には、エネルギー資源の自主開発の推進と権益確保はもとより、水素等の技術協力などエネルギー転換への協力を含む資源国との関係強化や、他の消費国との協調、外・外取引の活性化、さらにはメタンハイドレート等の国産エネルギー資源の着実な開発といった施策を講じていくことが求められる。同時に、長期契約の確保や複数の価格決定方式の組み合わせなど、わが国全体として国際情勢や市場価格の変動に柔軟に対応可能なエネルギーポートフォリオの構築や、調達先の多角化を進めるべく、官民を挙げて取り組んでいくことが求められる。その際、長期契約の締結には、将来の需要の予見可能性が一定程度確保されることが重要であることに留意が必要である。戦略的余剰LNG(SBL)については、年間需要に比して確保量が限られていることへの懸念があり、拡充を図るべきである。
また、気候変動対策の観点から化石燃料をめぐる投資環境は一層悪化しており、需要の減少を上回るペースで想定以上に供給減少が進む可能性も否定できない。資金調達環境悪化の結果、容量市場を通じて確保した火力発電設備が撤退を余儀なくされるような事態も考えられる。投資協定、エネルギー憲章条約、投資章や輸出制限の禁止といった安定供給に資する内容を含むEPA・FTAの強化・拡大に取り組むことが、これまで以上に重要である。国際合意を逸脱するダイベストメントの推奨や投資保護の枠組みにおける化石燃料の適用除外といった動きを含め、わが国に対する過度な供給減につながる動きには、政府として適切かつ毅然と対応していく必要がある。
化石燃料の使用や関連設備そのものを問題視する見方があるが、対処が必要となるのは温室効果ガス排出である。各国が置かれた地理的・経済的・技術的・社会的制約条件が異なることも踏まえれば、化石燃料利用の効率化・低炭素化やCCUSの導入を進めて足元から排出量を抑制しながら、各国それぞれの事情に応じた多様な道筋に沿って着実に取り組みを進めることが重要である。そのような取り組みこそが、地球規模のカーボンニュートラル実現に向けた現実的かつ実効的な方策である。AZECの活用等を通じたアジア諸国との技術・ノウハウ・ルール等の共有をはじめ、各国と連携しつつ、現実的なトランジションの重要性に対する国際社会の理解を促進し、議論をリードしていくべきである。そのうえで、わが国として、ファイナンスの確保を含め、グローバルなトランジションを主導していくことが重要である。
(2)カーボンニュートラル燃料の活用
カーボンニュートラルの実現を追求するうえで、中期的には、水素、アンモニア、合成燃料、合成メタンといったカーボンニュートラル燃料の活用を進め、クリーンな熱需要に応えていくことが必須である。足元から、大量かつ安価な製造技術等の実証を加速していく必要がある。
水素等の活用をめぐっては、2024年5月に水素社会推進法が成立し、ファーストムーバーとなるプロジェクトのうち将来的に経済的自立が見込まれるものに対して、化石燃料との値差支援や拠点整備支援が実施されることとなった。同法に基づく支援が着実に実行へと移されることを期待する。
水素社会の実現に向けてさらなる民間投資を呼び込むため、海外依存度の抑制や国内産業の競争力強化といった観点も踏まえつつ、諸外国の事例も参考に、セカンドムーバー以降を対象とした継続的な支援策のあり方も検討する必要がある。値差支援のような支援策は時限的措置とすることを前提に、GX製品#35の調達が評価される仕組みの導入等についても検討を進めつつ、経済的自立の道筋がついたプロジェクトへの支援を行っていくべきである。
技術成熟度、投資規模、市場の成熟状況等を踏まえると、カーボンニュートラル燃料の研究開発や実証について民間事業者が投資判断を行うことには相当の困難が伴う。そうしたなかにあって、限られた政策資源を有効活用する観点から、民間の投資判断が真に困難であり、大きな削減効果とわが国の産業競争力強化が見込まれる革新的イノベーションを見極めつつ、政府による大胆な投資支援を行い、民間投資を促進していくべきである。
加えて、経済性あるカーボンニュートラル燃料の製造には、安価な水素の確保が不可欠である。安価な再生可能エネルギーを利用可能な海外からの輸入水素が中心になると考えられる。そのための海外投資や必要な権益確保を、官民連携のもと、順次、進めていく必要がある。その際、高価な水素の輸入に依存する結果とならないよう、水素製造技術の低コスト化、余剰再生可能エネルギー電力の活用や高温ガス炉による製造に向けた技術開発等を通じ、大量・安価な国産水素製造の実現にも注力すべきである。
規制改革をはじめとする制度面の合理化・適正化に向けた取り組みを加速することも重要である。例えば、電気事業法施行規則に基づき、水素・アンモニア混焼を実施する場合はボイラー・タービン主任技術者を選任することが必要とされる。電気保安人材が不足基調にあるなか、大規模な水素・アンモニアの利活用を前提に、適切な保安体系の構築を目指し、実務的な課題について、行政と企業の連携のもと、事業実態や国際動向等を踏まえて取り組むべきである。
(3)カーボンニュートラルに向けた部門別の取り組み
産業・民生部門
産業部門・民生部門における足元の低炭素化に向けては、エネルギー効率の改善に加え、化石燃料に代えて大気熱・地中熱等#36を利用するヒートポンプをはじめ、既存技術の活用による電化に取り組むことが重要である。併せて、LNG等への燃料転換や、クレジットで排出をオフセットされた「カーボンオフセット都市ガス」の活用等を推進していくことが効果的である。建物のZEB/ZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル/ハウス)化も、民生部門を中心に大きなインパクトが期待できる。
中長期的には、水素をはじめとするカーボンニュートラル燃料の活用を拡大すべく、利用側の技術開発等に今から取り組む必要がある。水素還元製鉄をはじめ、排出削減が困難な産業、いわゆるhard-to-abate産業における原料利用を含む革新的技術の開発も重要である。生産プロセスへのCCSの導入やCCU・カーボンリサイクルの推進も、GXに向けたカギであり、カーボンニュートラル社会の実現に不可欠である。CCSについては、2024年5月に成立したCCS事業法により、包括的な規律の整備が行われた。技術実証等に引き続き取り組みながらコストダウンや社会的合意の形成を図っていくべきである。また、わが国の貯留ポテンシャルを補完する観点から、CO2の国際海上輸送体制の確立や、海外におけるCCS案件への参画を進めていくことが重要である。CCUは、カーボンニュートラル燃料の製造だけでなく、コンクリート製品やアルコール等の基礎化学品の製造も行うことが可能である。研究開発・実証をさらに進めることが必要である。将来的には、カーボンニュートラルの実現に不可欠なネガティブエミッション技術の導入にも取り組む必要がある。大気からの直接回収(DACCS)や、バイオマスとCCSを組み合わせたBECCSの実用化に向け、さらなるコストダウン等を実現する技術開発に取り組むべきである。
また、カーボンリサイクル燃料の活用拡大にあたっては、温室効果ガスの回収価値、排出削減価値が適切に評価される仕組みを整備するとともに、それらの価値の信頼性を確保することが重要となる。海外からの調達に際しては、ダブルカウントを防止すべく、国境をまたいだ調整が適切に行われる必要がある。各国との算定方法に関する合意の締結に加え、排出量のカウント・環境価値の移転に関する国際ルール形成に向けた取り組みを推進すべきである。
運輸部門
運輸部門のトランジションも重要である。環境性能に優れた車両等の導入や物流の効率化をはじめとする省エネ対策など、既に進められている取り組みをさらに広げていく必要がある。また、電気に加え、水素・アンモニア、バイオ燃料、合成燃料等、各輸送形態に最も適したカーボンニュートラルの動力が活用されるよう、技術の開発・普及を進めることが求められる。
カーボンニュートラル燃料のなかには、航空機における持続可能な航空燃料(SAF)の使用など、既に需要が生まれている燃料・使途も存在している。市場形成の状況を見つつ、サプライチェーンの構築を視野に入れた実証等の取り組みも順次進めるべきである。
6.エネルギーシステムを支えるファイナンスの確保
脱炭素電源や次世代電力系統の整備に向けた大規模資金調達
大型脱炭素電源や次世代電力系統の整備には、長期にわたり多額の投資が求められる。他方、民間金融機関のみでのリスクテイクには限界があることから、民間資金と公的資金を組み合わせるブレンデッド・ファイナンスの活用も必要である。一定の条件のもと、債務保証、有価証券や債権の取得等を通じた金融支援などを通じ、民間金融機関のリスクテイク能力を強化すべきである。一定の大規模プロジェクトについては、一部の新幹線や空港整備と同様、国策と位置付けて財政投融資を活用することも考えられる。
トランジションファイナンスの普及
火力の脱炭素化・低炭素化、再生可能エネルギー・原子力のさらなる活用促進等に向けては、イノベーションの創出とイノベーションによるコスト低減の追求が重要であり、それには不確実性とリスクが伴う。その過程を支えるトランジションファイナンスの一層の普及が必要である。「クライメート・トランジション・ファイナンスに関する基本指針」#37及び同指針に基づく分野別の「技術ロードマップ」を適宜見直しつつ、内外に積極的に発信し、トランジションファイナンスに対する一層の理解醸成を図る必要がある。このような活動を通じ、トランジションファイナンスの信頼性を確保するとともに、発行体と金融機関による建設的対話を一層促進すべきである。世界的なサステナブル・ファイナンスの拡大を背景に、ESG評価・データ提供機関の重要性が増すなか、ESG評価・データ提供機関の行動規範の強化・普及・モニタリングも重要である。
同時にわが国として、国際的な基準・ルール・ガイダンスの設定主体を含む内外関係者との主体的なコミュニケーションを通じ、望ましい内容としていくべく、主体的な役割を果たすべきである。併せて、実務上の負担に留意しつつ、情報開示の質と量の充実に引き続き取り組むことが重要である。
また、近年、金融機関の投融資先の排出量としてファイナンスド・エミッション(FE)の算定・開示が求められつつある。FEは金融機関の取り組み状況等を容易に比較できる指標である一方、足下のFEのみを重視すると、経済全体での中長期的な排出削減に資する投融資を阻害する要因となりかねない。とりわけ、排出削減対策に向けた資金需要の高い多排出産業への影響が懸念される。「ファイナンスド・エミッションの課題解決に向けた考え方について」#38に基づき、官民で議論を継続するとともに、国際的な議論に反映していく必要がある。
さらに、別途政府が推進する資産運用立国といった金融面の政策枠組みにおいても、次世代エネルギーシステムの構築やカーボンニュートラルの実現に向けたリスクマネーの活用という観点を踏まえて議論を深める必要がある。
7.3Eに資するエネルギーミックス・NDCの設定
わが国の温室効果ガス排出の8割はエネルギー起源CO2である。こうした背景から、わが国はこれまで、エネルギーミックスとNDCを表裏一体の関係と位置付けて策定してきた。年限を区切ってカーボンニュートラルの実現を目指すと宣言した国が既に150ヶ国超にのぼるなど、気候変動対策の要請は一層強まっている。
一方、昨今、国際情勢が流動化するとともに、革新的技術についてはその開発・普及がどのように進むのか見通しを立てることは困難である。また、各国においても、カーボンニュートラルに向けたコスト負担の増加等を背景に、現実的なトランジションの必要性に対する認識が高まっている。こうした現下の状況を踏まえ、2050年カーボンニュートラルの追求とわが国の経済成長・産業競争力強化を両立させる観点から、望ましいエネルギーミックスとNDCの考え方について、以下の通り提言する。
(1)エネルギーミックス
2030年度エネルギーミックス
現行エネルギー基本計画に盛り込まれている2030年度のエネルギーミックスは、2050年カーボンニュートラルを直線的に達成する削減ペース#39に相当する極めて野心的な温室効果ガス削減目標のもと、大幅な省エネルギーや脱炭素電源の最大限の導入が実現するという野心的な想定を行った場合のエネルギー需給の見通しを示したものである#40。
このエネルギーミックスの実現に向けた取り組みは着実に展開されているものの、非化石電源の導入を中心に、進捗は必ずしも順調とはいえない。残る5年間、再生可能エネルギーの一段の導入や原子力の再稼働加速など、わが国として最大限の努力を重ねなければならない状況にある。
こうした現状を踏まえ、2030年度については、引き続き現在のエネルギーミックスを野心的な想定として掲げることとしたうえで、関連施策の強化を図るべきである。
2040年度エネルギーミックス
次期エネルギー基本計画においては、2030年度よりも先のエネルギーの絵姿として、2040年度のエネルギーミックスを示し、中期のエネルギー政策の道筋を描き出すことが望ましい。エネルギーインフラの建設リードタイムや寿命は長く、投資回収にも長期間を必要とする。15年後のあり得る絵姿を示すことで、企業の投資判断を促進することが期待される。
一方で、エネルギー産出国を取り巻く情勢や、経済安全保障に係る展望、DX・GXの進展に伴う電力需要の拡大ペース、革新的イノベーションによるエネルギー効率の改善など、エネルギーを取り巻く将来の不確実性はこれまで以上に増大している。こうした状況を踏まえ、2040年度のエネルギーミックスは、単一の将来像ではなく、複数のシナリオで示すべきである。
なお、示すべきシナリオは、複数の仮定に基づき科学的・論理的・客観的な分析を行った結果として導かれる「到達する可能性がある」未来の姿である。ここには、温室効果ガスの野心的な削減を実現するシナリオに加え、国際情勢や技術開発のリスクが顕在化する「備えるべき」シナリオなどが含まれる。シナリオの提示に際しては、各シナリオが実現する際の前提条件を明示するとともに、いずれのシナリオも「前提条件の如何にかかわらず到達すべき」目標ではないことを明確化することが肝要である。エネルギーコスト、GDP、主要製品の生産量など、それぞれのシナリオを評価するための指標も明らかにしておくべきである。そのうえで、いずれのシナリオも現実化しうるとの前提のもと、それぞれが実現する蓋然性の高さや実現した場合のインパクトを踏まえて、施策の強度や実施時期を含め、政策のあり方を検討していくべきである。さらに、第8次エネルギー基本計画の検討の際など、定期的に将来展望のレビューを行い、政策パッケージの最適化を図っていくことが重要である。
(2)NDC
2030年度削減目標
現行NDCに盛り込まれている「2030年度に2013年度比46%の温室効果ガス排出を削減する」という目標は、2050年カーボンニュートラルを直線的に達成する削減ペースに相当する、極めて野心的な目標である。
現状、わが国の温室効果ガス排出量は、概ね直線的削減ペースに沿う「オントラック」で推移している。米国やEUが直線的削減に届いていないなかで、わが国の実績は正当に評価されるべきである。
一方で、これまでの排出削減は、鉄鋼や化学を中心とする多排出産業の生産減少によって実現された部分が大きい。こうしたトレンドが継続すれば、経済・雇用への影響は不可避であり、最終的には天然資源に乏しいわが国が外貨獲得の手段を失い、国民の生活水準を維持できなくなるおそれも否定できない。
将来に向けて国内の経済活動量を維持・拡大させる前提に立てば、これまでの排出削減ペースが「オントラック」であるとはいえ、2030年度目標は引き続き極めて野心的な目標水準といえる。2030年度に向けては、引き続き2013年度比46%の排出削減を目標として掲げ、地球温暖化対策推進計画等のもとでのフォローアップを継続しながら、達成を目指していくべきである。
2035年度以降の削減目標
第26回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP26)における決定に基づき、パリ協定加盟国には、2030年以降の排出削減目標を含むNDCを2025年に提出することが求められるとともに、2035年目標の提出が推奨されている。わが国として2050年カーボンニュートラルの実現を目指すことを国際公約とするなか、同決定を踏まえ、次期NDCを策定することが求められる。
カーボンニュートラルの実現には、大幅削減に資する革新的技術の開発・普及が不可欠である。そのようなイノベーションが効果を発揮するまでには相当な時間を要するため、2035年度時点の削減量は2050年カーボンニュートラルの直線的達成ペースには乗らず、将来に向けて加速度的に削減が進展する、いわば「上に凸」型の削減パスを想定することが理にかなっているともいえる。
しかしながら、わが国を含むG7各国が1.5℃目標に整合的なNDCの提出にコミットしている#41ことを踏まえ、わが国の野心を示す観点から、2035年度以降も、2050年カーボンニュートラルの直線的達成を実現する目標を掲げることが望ましいと考えられる。直線的達成の場合の削減水準は、2035年度には2013年度比60%、2040年度には同73%となる。これらは、1.5℃目標にも整合的といえる#42。
極めて野心的な次期NDCの実現を目指していくにあたっては、既存のソリューションのコストダウンや、現時点で社会実装に至っていない技術の普及を織り込んでいくことになる。AI技術の普及に伴う大幅なエネルギー効率の改善など、非連続な変化が発生する可能性もある。こうした技術動向や社会変化、さらにはその時々における経済やエネルギーの状況等も考慮に入れ、わが国経済の持続的な成長や豊かな国民生活を実現する形で、具体的施策を展開していくことが重要である。
大きな不確実性のなか、上記のような状況変化を加味して2030年度以降の気候変動対策を実施していくうえでは、地球温暖化対策計画においてこれまで実施してきたような積み上げ型のフォローアップ施策はそぐわない。各分野で対策の方向性を示し、全体の進捗や、排出削減に資する技術の普及状況等を定期的に確認しながら、柔軟に対策を講じていくこととすべきである。
気候変動対策の先進地域である欧州をはじめ各国においても、カーボンニュートラルという極めて野心的なゴールと現実とのギャップが次第に顕在化し、現実的なトランジションの重要性に対する認識が徐々に広まりつつある#43。わが国として、引き続き野心的な目標を掲げつつ、各国の政策動向と実態を正確に把握・理解しながら、地球規模のカーボンニュートラルを達成する観点に立って取り組みを進めていくべきである。
おわりに
世界各地で自然災害が頻発化・激甚化し、生態系の崩壊が懸念されるなか、気候変動対策は喫緊の課題である。気候変動政策とエネルギー政策はコインの裏表の関係にあり、政府の強いリーダーシップのもと、徹底した省エネルギーの継続、再生可能エネルギーや原子力といった脱炭素電源の最大限活用、核エネルギーを含む様々な革新的技術の開発と社会実装等に今から取り組まなければ、2050年カーボンニュートラル実現は厳しいと言わざるを得ない。2050年カーボンニュートラル実現に向けた取り組みは経済社会全体の変革であり、産官学の英知を結集してイノベーションに取り組み、消費者・国民を含め、様々なステークホルダーの連携・協働のもと、GXを推進していく必要がある。
一方、わが国は「失われた30年」を克服し、活力ある経済社会と豊かな国民生活を継続的に実現していくため、様々な社会課題の解決を通じた経済成長を目指す必要がある。成長がなければ、社会課題の解決に必要な対策の「原資」を得られないことに留意すべきであり、気候変動・エネルギー政策の推進にあたり、「経済と環境の好循環」は必須である。
前述の通り、わが国のエネルギーの現状は、エネルギー制約ゆえに国の将来が先細りする事態ともなりかねない、危機的な状況にある。電力需要が拡大するなかでも安定供給を維持し、国内立地企業がグローバル市場で戦えるエネルギーコスト水準を確保し、そのうえで、カーボンニュートラル実現を目指していくという、この難題を同時に解決できなければ、外貨獲得や雇用創出の核となっている製造業が国内で立ち行かなくなり、連鎖的に非製造業も大幅な縮小を余儀なくされることが懸念される。そこから予見されるのは、過去に培った資金や技術、ソフトパワーといった資産を取り崩しながら縮小、衰退していく国家像である。
政府は、このような悲観的な将来を否定し、わが国が科学技術立国として持続的に成長していく国家ビジョンを打ち立てる必要があり、その必要不可欠な要素の一つが強固なエネルギー政策である。エネルギー政策は、国家存立の基盤を形成するものであり、経済成長はもちろん、経済安全保障、産業構造、通商関係など、様々な面でのわが国のあり方を左右する。
今後、政府が示す国家ビジョンにおいて、本提言が示した各領域において取るべき政策の方向性が、指針として活用されることを期待する。同時に、わが国のエネルギーが国家の行く末を左右する分岐点にあることが、より多くの人々に認識されることを強く望む。
経団連としては、こうした強い危機意識のもと、引き続き、「チャレンジ・ゼロ」や「カーボンニュートラル行動計画」を推進するとともに、エネルギー・GX政策の検討に積極的に関与していく所存である。また、本提言で示したエネルギーの将来像を踏まえつつ、「Future Design 2040」を取りまとめ、経団連が考える未来社会のビジョンを示すこととしたい。
- https://www.keidanren.or.jp/policy/2022/043.html
- 8項目は以下の通り:①エネルギー供給構造の転換(エネルギーミックス実現と電力システムの次世代化)、②原子力利用の積極的推進、③電化の推進・エネルギー需要側を中心とした革新的技術の開発、④グリーンディール、⑤サステナブル・ファイナンス、⑥産業構造の変化への対応、⑦カーボンプライシング、⑧攻めの経済外交戦略。
- 国が決定する貢献(Nationally Determined Contribution)。パリ協定に基づき、5年ごとの提出が求められる温室効果ガスの排出削減目標。
- 経団連「電力問題に関するアンケート結果」(2024年10月)。経団連ホームページ参照。会長・副会長・議長・副議長企業および資源・エネルギー対策委員会、環境委員会、産業競争力強化委員会の委員企業を対象に実施。本提言における「経団連アンケート」は本調査を指す。
- 例えばIEAのWorld Energy Outlook 2023においては、各国が宣言したネットゼロ目標等を予定通り達成するシナリオ(APS)のもとで、日本の最終エネルギー消費量全体が減少する一方、電力消費量は増加する見通しが示されている。こうした傾向は米国、EUにおいても共通である(出典:総合資源エネルギー調査会 第62回基本政策分科会(2024年9月)資源エネルギー庁資料)。
- ドイツ商工会議所が2023年に実施したアンケートによれば、回答した約3,500社のドイツ企業のうち、生産拠点の海外移転・国内生産量の調整を計画中、実施中、実施済とした企業が約3割にのぼった(出典:第11回GX実行会議(2024年5月)GX実行推進担当大臣提出資料)。
- 日本の地理的制約等については、経団連「グリーントランスフォーメーション(GX)に向けて」(2022年5月)本文内の参考資料集7~13も参照。
- 出典:資源エネルギー庁「日本のエネルギー 2023年度版」
- 再生可能エネルギーの固定価格買取制度(Feed-in Tariff)。再生可能エネルギーで発電された電気を電力会社が一定価格で一定期間買い取る仕組み。
- Feed-in Premium。FIT制度と同様に事業が成立する水準の売電価格(基準価格)と市場価格(参照価格)の差分を補助する制度だが、発電事業者が自らスポット市場投入や相対取引により電気を販売する必要があるなど、より自立した事業運営が求められる。
- 適地の減少に伴う立地条件の悪化に加え、変動性電源の発電タイミングが重なることによる経済性の悪化などが挙げられる。例えば、太陽光発電が大量に導入されたエリアにおいては、日中のスポット市場価格が0円/kWh近傍で推移する状況が生じている。
- 2021年度に需要家がFIT非化石証書を直接調達可能な現在の非化石価値取引市場が整備されて以来、FIT非化石証書の供給超過が継続し、約定価格は市場の下限価格(現在0.4円/kWh)付近で推移している。
- RE100は、2022年に再生可能エネルギーの調達方法を定める技術要件を改訂し、2024年1月1日以降に調達する電力について、企業による再生可能エネルギー利用の報告に用いる対象を、運転開始またはリパワリングから15年以内の電源に限ることとした。ただし、企業が自ら所有ないしオフテイカーとして運転開始当初から契約している電源等は例外とされる。また、総消費電力量の15%分までは、上記のルールにかかわらず再生可能エネルギー利用として報告できる。わが国の現在のFIT電源の3分の1以上が2015年度までに運転を開始しており、2030年までに一定量のFIT非化石証書がRE100で利用できなくなる可能性がある。
- 原子力は、一度燃料を輸入すれば長期間にわたって使用できる。この特性を踏まえ、IEA(国際エネルギー機関)は原子力を国産エネルギーとして一次エネルギー自給率に含めており、わが国もエネルギー基本計画において「準国産エネルギー源」と位置付けている。
- 原子力基本法第1条
- 原子力基本法第2条の3
- 欧州では、事業者が将来の不確実性を踏まえたリスクプレミアムを含むバックエンド事業の費用を予め支払い、それを上回る費用増については国が責任を負うというリスク分担を行っている事例が複数存在している(出典:第40回原子力小委員会 電力中央研究所資料(2024年8月))。
- 使用済燃料の中から、ウランやプルトニウムといった燃料として再利用可能な物質を取り出し(再処理)、「MOX(ウラン・プルトニウム混合酸化物)燃料」等に加工して発電に再利用する取り組み。
- 軽水炉におけるMOX燃料の使用。
- 2023年度の各エリアの電気料金水準(全電圧の加重平均・1kWhあたり)は、北海道で26.4円、東北で25.6円、東京で23.5円である一方、関西で20.3円、四国で22.0円、九州で19.1円である(出典:第39回原子力小委員会(2024年6月)資源エネルギー庁資料)。
- 米国における原子力発電所の燃料交換停止期間(通常、この期間に定期検査を実施)は、1990年には104日かかっていたが、2023年には35日にまで短縮された。こうした改善の結果、現在の設備利用率は平均90%前後に保たれている。
- 例えば、米国、英国、フランスでは、運転期間に一律の上限を設けず、審査を通じて安全性を確認したうえで繰り返し運転期間を延長できる制度が採用されている。カナダや韓国では原子炉ごとに運転期間を定めているが、改修や審査を経て運転期間の延長が可能であり、その上限は設けられていない(出典:第39回原子力小委員会 資源エネルギー庁資料(2024年6月)。
- 例えば米国は、2050年カーボンニュートラルの達成に550~770GWのクリーン電力が必要とし、うち200GWを原子力が賄いうると分析している。英国は、2050年の電源構成に占める原子力比率を最大で25%に拡大することとし、24GWの導入を目指す方針を提示している。フランスは、2030年の原子力発電量を360~400TWhまで拡大するとしたうえで、2024年末までに6基の建設を最終決定、2026年末までに8基の追加新設を検討するとしている(出典:第39回原子力小委員会 資源エネルギー庁資料(2024年6月))。
- 原子力委員会は、原子力基本法に基づき「原子力利用に関する国の施策を計画的に遂行し、原子力行政の民主的な運営を図る」ため内閣府に設置されている。安全の確保の実施に関する事項を除き、原子力利用に関する事項全般を企画、審議、決定する機関と位置付けられている。
- 政府は、2023年7月に策定したGX推進戦略において「地域の理解確保を大前提に、廃炉を決定した原発の敷地内での次世代革新炉への建て替えを対象として〔……〕具体化を進めていく。その他の開発・建設は〔……〕今後の状況を踏まえて検討していく」との方針を提示している。
- 「規制資産ベース(RAB)モデル」は、英国で公共事業を中心に適用事例があり、原子力資金調達法(2022年)により原子力プロジェクトに適用が可能となった。なお、RABモデルのもとでは、投資家の負担するリスクに上限が定められていることにより、原子力新設における大きなコスト要因と指摘されるリスクプレミアムが抑制されている。その結果として、総費用の大きな部分を占める資金調達コストの削減が図られている(出典:第40回原子力小委員会 資源エネルギー庁資料・電力中央研究所資料(2024年8月))。
- 加えて、米国には全原子力事業者による相互扶助の枠組みが存在している。発災後に限り、上限額も設定したうえで拠出を行う仕組みであり、約2兆円を同制度で手当てすることとなっている。
- 米国では国立研究所による金属燃料の研究開発で得た蓄積を有し、テラパワー社等の民間企業による高速炉開発への挑戦が行われているほか、フランスでは、タンク型高速炉に関し技術的知見を有している。英国ではわが国と同様に高温ガス炉実証炉の開発が目指されている。
- わが国の一次エネルギー供給に占める化石燃料依存度については、約8割(2022年度は83.5%)と、他のG7諸国に概ね並ぶ水準である一方、電源の火力依存度は約7割と、4~6割程度である他のG7諸国に比して高い。
- 2022年度の化石燃料の海外依存度は石炭99.7%、天然ガス97.8%、原油99.7%(出典:総合エネルギー統計)。
- 非効率石炭火力から最新鋭のLNG火力(GTCC)に移行することで、相当量のCO2削減(約65%との試算もあり)に資する。
- データセンターの立地に際し、データセンターを需要地近傍に設置したうえで電源立地地域からの送電線を整備するよりも、データセンターを電源立地地域に設置し需要地と通信ケーブルで接続するほうが、技術的に容易であり、経済性も高い。光を利用した次世代半導体技術が普及すれば、需要地との地理的な距離がデータセンター立地の制約でなくなる可能性がある。こうした観点から、次世代電力網(ワット)と次世代通信網(ビット)の一体的開発を図ることが検討されている。
- 現在の電力供給体制は、発電事業者による供給計画の策定や小売事業者の供給力確保義務のもと、送配電事業者が供給エリアの最終的な需給調整に責任を負うことを軸として形成されている。
- 脚注30参照。
- 製品の製造・使用段階における温室効果ガス排出の削減量が大きい製品。
- 大気熱をはじめ自然界に存在する熱は、エネルギー供給構造高度化法上は再生可能エネルギーとして定義されているが、統計上は再生可能エネルギーとして扱われていない。一方欧州においては、最終エネルギー消費に再生可能エネルギーとして含める取り扱いとなっている。
- https://www.meti.go.jp/press/2021/05/20210507001/20210507001.html
- https://www.fsa.go.jp/news/r5/singi/20231002_2.html
- 本提言においては、基準年(2013年度)から2050年まで、毎年等量の排出減によってネットゼロ排出に至る削減ペースを、2050年カーボンニュートラルの「直線的達成」と記述している。
- 現行の「第6次エネルギー基本計画の概要」においては、2030年度エネルギーミックスについて以下の通り記載されている。
- 2030年度の新たな削減目標を踏まえ、徹底した省エネルギーや非化石エネルギーの拡大を進める上での需給両面における様々な課題の克服を野心的に想定した場合に、どのようなエネルギー需給の見通しとなるかを示すもの。
- 今回の野心的な見通しに向けた施策の実施に当たっては、安定供給に支障が出ることのないよう、施策の強度、実施のタイミングなどは十分考慮する必要。(例えば、非化石電源が十分に導入される前の段階で、直ちに化石電源の抑制策を講じることになれば、電力の安定供給に支障が生じかねない。)
- 2024年6月に開催されたG7プーリアサミットにおける首脳コミュニケは「我々は、全てのGHG、部門及び分類を含む経済全体の絶対削減目標であり、投資のための触媒となる、野心的な摂氏1.5度目標に整合的な、国が決定する貢献(NDC)を提出することにコミットする」とする。
- IPCC AR6統合報告書において、1.5℃目標をオーバーシュート無しもしくは限定的なオーバーシュートで達成するためには、世界の排出量を2035年に2019年比49~77%削減する必要があるとされている。これを機械的にわが国に当てはめると、2013年度比60%削減であれば削減幅の範囲内に入る。
- 例えばマリオ・ドラギ前欧州中央銀行総裁は、米国に比べて高いエネルギー価格や脱炭素化への対応コストにより欧州のエネルギー多消費産業が競争力を失っており、結果として欧州グリーンディールが域内産業の空洞化の原因になりうるとの懸念を示している(出典:「The Future of European Competitiveness」(2024年9月))。