2025年5月29日
経団連 金融・資本市場委員会 資本市場部会
インパクト投融資WG
経団連 金融・資本市場委員会 資本市場部会
インパクト投融資WG
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1. 共通課題
① インパクト投融資の考え方
- 経団連では、「公正・公平で持続可能な社会」、そのために「科学技術立国」「貿易・投資立国」を実現すること、それにより「国際社会から信頼され選ばれる国家」となるという国家像を描いた、FUTURE DESIGN 2040#1の社会実装に向けた取り組みを進めている。FUTURE DESIGN 2040においては、社会課題の解決を通じ、国内外の持続的な経済・社会の発展に貢献することを重視しており、企業にとっては、自社のパーパスを起点として、社会課題を解決しつつ、中長期的に企業価値を向上する事業活動を展開することが求められる。そのための有力な手段がインパクト投融資である。#2#3
- 企業にとって、インパクト投融資へのアプローチは大きく、(1)自社の各々の事業が直接に生み出す価値に加えて、企業活動(製品・サービスの提供といった狭義の事業に加え、ESGへの取組みや人的投資といった活動等を含む)を通じて社会課題を解決することに伴う潜在的な企業価値を顕在化することで、資金調達を円滑にする方法、(2)企業のパーパスを起点に、社会的インパクトの創出(Theory of Change)そのものを将来の企業価値向上のための手段と捉え、そこから落とし込んだ事業計画の評価を資金調達につなげる方法の2つに分けられる。
- (1)については、インパクト加重会計や柳モデルなど、ESG要素を財務価値に換算し、指標化したり、会計基準に統合しようとしたりする手法の開発・普及が進んでいる。一方で、(2)について、企業が生み出す社会的価値を価値創造ストーリー(ロジックモデル)として組み立て、アウトプットからアウトカムに至る因果関係を適切に組み上げながら、その過程に適切な指標を設定し、定量・定性評価する枠組みはなお発展途上にある。
- (1)で開発した企業活動ごとの指標や測定のためのデータは、(2)の企業全体の価値創造を評価する指標ともなるが、社会的価値そのものを必ずしも表していない。加えて、その評価には「社会的価値の発現までに時間がかかること」と「財務価値への直接換算の難しさ」といった課題があり、社内合意形成が困難で取り組みが後回しになりやすい。
- 目指すべき姿は、企業がパーパスを起点に事業とその社会的インパクトを一貫したストーリーをもって提示し、それを適切な指標で評価し、経営者や従業員が自社の企業活動が、どのように社会課題の解決に貢献し、同時に企業価値を向上させているかを確認すると共に、金融機関や投資家が、その評価を踏まえて投融資を行い、結果として企業価値と社会価値の双方が持続的に向上する好循環である。
② インパクト指標の整理・必要なデータ整備
- 企業が生み出した社会的インパクトを、事業価値、企業価値に取り込むうえで、その進捗を管理し、投資家に成果をアピールするためのインパクト指標の整理、インパクトの算出に必要なデータの整備は不可欠である。
- サイバー対応や担い手不足など「業界特有のリスクに応じたデータ」や、雇用・賃金状況など「地域性に応じたデータ」の整備、少子高齢化に伴う社会保障の持続性や巨大地震や噴火など想定される災害への備え(resiliency)など、「日本において重要性の高い社会課題に応じたデータ」と国際指標との整合が課題となっている。収集したデータの根拠や妥当性・信頼性の担保も重要である。
- 国際指標との整合を担保するためには、インパクト評価に関する国際指標の考え方や指標・基準の作り方等を確認しながら進める必要がある。#4
③ 社内の合意形成不足
- 企業内部での「腹落ち」がなければ実効性が乏しく、経営層から現場まで「自社のパーパスやそれに基づく事業活動の社会課題解決への貢献の可視化」「自社の非財務価値の顕在化」といった、インパクト評価の意義や目的を共有し、理解を得るプロセスが不可欠である。
- 社内に浸透しないまま導入しても、本質から逸れた形式的な運用に陥るリスクがある。
④ 戦略的な投資家との関係構築と対話
- 投資家によってインパクトに対する評価は様々である。インパクト指標についても、ESGインテグレーションとして、中長期の企業価値向上に向けた価値創造ストーリー(ロジックモデル)をポジティブに評価するものの、あくまでも投資リターンの源泉として考慮する指標のひとつと捉える考え方から、社会的インパクトの創出を主目的として判断する材料と捉える考え方まで、幅がある。企業側は、まずは「どの投資家と関係を築きたいのか」を戦略的に整理したうえで、対象とする投資家の関心に応じたインパクト情報を開示していくことが必要である。
- 投資家側もまだ十分にインパクトの評価手法を持っているとは限らず、企業との相互理解のプロセス・対話が必要となる。
- なお、投資家毎にインパクト指標を設定することは、企業の負担が非常に大きいため、インパクト指標の設定に関する最低限の考え方を、投資家と企業双方の納得がいく形で整理することも重要である。
2. 政府に対する提言
① 特定した課題分野におけるインパクト指標の設定
- 日本として解決すべき優先課題や分野におけるインパクト指標を、国家像や政策目標から逆算し、設定いただきたい。例えば、GX推進機構が掲げる150兆円投資と16重点分野を手がかりに、「気候変動」分野の財務KPI(例:低炭素投資額、再エネ設備容量)とインパクト指標(例:温室効果ガス削減量、平均気温上昇回避度)を政府として提示し、必要な統計調査を行えば、政策の進捗や効果を測る指標・データとしてのみならず、それに対する寄与度などを測ることを通じて、企業や投資家がその指標やデータを活用することができ、呼び水効果が期待できる。
- 健康立国、防災立国、生物多様性国家戦略2023-2030や地方創生2.0などの構想に基づき、「健康・医療」「インフラ整備・都市開発」「生物多様性・環境保全」や「地方創生」の分野についても、インパクト・コンソーシアム主導で、国家像とTheory of Changeを議論した上で、政府の予算や投資スキームが結びつく形で、そこから逆算したKPIとインパクト指標の設定をお願いしたい。その際、内閣府の「EBPMアクションプログラム」でまとめた重点分野#5のロジックモデルや、行政改革推進会議で議論される行政事業レビューに示されている事業別アウトカム等の既存施策をベースとし、検討を進めることで政府内での施策の連続性や一貫性を担保していただきたい。
- 政府予算等と紐づく形で政府主導のKPIとインパクト指標の設定を通じ、スタートアップやコングロマリットを含む企業における社会課題解決を起点とした新規ビジネス創出の促進が期待される。
- それらインパクト指標の設定にあたっては、企業が創意工夫できる「自由演技」の余地を残すとともに、設定した指標が国際的にも認められるよう関係機関に働きかけることが重要である。
- 上記以外では「ウェルビーイング」「Quality of Life」といった分野にも企業の関心は高く、今後の優先領域として検討が望まれる。
② データの整備
- インパクト算出のために活用するデータは、新規のデータを加えながら、継続的に整備し、広く使えるようにすることで、企業のインパクト算出負担の削減が期待できる。
- まず、政府が既に保有する各種データを可視化・オープン化するとともに、新規データの算出やデータ活用の利便性を向上するために、ガイドラインを作成するなどの利活用支援は(現在も政府で検討・実行されているものの)、引き続き重要である。その際、インパクト評価への使用頻度が高いオープンデータに関しては、インパクト評価に適した形で、データの更新頻度の基準を政府あるいはインパクト・コンソーシアムで定めてほしい。
- インパクト算出根拠の正当性確保、精度の向上、算出におけるコスト削減に資するデータについて、政府によるオープン化を進めてほしい。
③ 政府としてのメッセージ発信・政策的後押し
- 米国トランプ政権におけるバックラッシュの動きもあるなか、日本としては、インパクト投資を官民が連携して進めることを継続的に発信することが重要である。インパクト評価を模索している企業の安心材料になるとともに、取り組みの推進力になる。
- 企業が社内の理解を得て、中長期の事業活動と社会的インパクトの創出をつなげた課題解決型の取組みを進めることが重要である。とくに社会的インパクトの創出について、ベストプラクティスの収集や表彰など、政府として政策的に後押しすることも期待される。
3. 産業界の取組み
① 社内の合意形成
- インパクト評価から価値創造までのストーリーが社内で共有され、納得される構造を作ることが成功の鍵である。
- インパクト指標の設計やデータ収集の前に、「なぜそれを行うのか」「どう価値に結びつくのか」といった価値創造ストーリーについて社内で合意形成することが必要である。
- そのうえで、インパクトの創出を目的としたインパクト評価の取組みを進める。
② 中長期的な視点によるインパクト評価の実施
- インパクト評価はまだ入口段階であり、中長期で事例を積み上げていくことが引き続き必要である。
- まずは、ロジックモデルを組み立てやすい製品価値や事業価値の顕在化から取り組むことが現実的である。反事実に基づくSROI(社会的投資収益率)分析を用いて、人権や環境などへのネガティブインパクトを生じさせないことのソーシャル・インパクトを示すことから、中長期的な視点で、「やらないこと」が製品・事業に対してポジティブなインパクトを示すことも、内外に理解を求めるうえで効果的である。
- 「中間KPI」を充実させ、それを活用しながら、インパクトの最終目標(アウトカム)に向けた段階的な可視化も一案となる。
③ インパクト評価・情報開示の戦略的活用
- インパクト開示は戦略的な投資家対応ツールである。投資家と対話を行い、投資家が必要としているインパクト指標を特定することが重要である。
- サステナビリティ・ボンド等、トークンを活用して資金調達手段とインパクト情報開示を連動させるケースもあり、企業価値に直接的に結びつく例もある。
- 地域の振興をパーパスとしている地域金融機関などの支援を受けた、地域の社会課題を解決することをパーパスとする地域発ベンチャーや、ソーシャルビジネスを展開する企業の場合、事業価値と企業価値が直結しており、インパクト評価を企業価値向上に結びつけやすい。これら企業が積極的な情報開示を行うことにより、指標やロジックに関する社会的なコンセンサスづくりに貢献できる。
④ ベストプラクティスの収集と共有
- 現状ではプロセスも利用するデータも曖昧な部分が多いため、ベストプラクティスの共有が有効である。
- その際、単に事例を集めるのではなく、決まった型がない中で、「どこがポイントだったのか」「どう次に繋げるのか」「やり残しているところは何か」といった課題の部分も併せて紹介することで、未着手の企業が最初の一歩を踏み出しやすくなることが期待される。
以上
- https://www.keidanren.or.jp/policy/2024/082.html
- 「“インパクト指標”を活用し、パーパス起点の対話を促進する」(2022年6月)
- 「金融庁『インパクト投資等に関する検討会』報告書に対する意見」(2023年7月)
- 例えば厚生科学審議会地域保健健康増進栄養部会等による「健康日本21(第三次)推進のための説明資料」(2023年5月)は、日本の課題である高齢化などの課題に着目した目標を示している。例えば、健康寿命を伸ばすという社会課題を解決する上で、同資料の「歯周病を有する者」「よく噛んで食べることができる者」「歯科検診の受診者数」などのデータと目標は、ソーシャル・インパクトのKPIとして適切なデータとなりうるが、こうしたKPIは、国際指標では扱われていない。
- EBPMアクションプラン2024では、効率的な医療・介護サービスの提供体制の構築、広域のまちづくり、地方創生2.0、2050年カーボンニュートラルに向けたGXへの投資をはじめ10の重点分野を設定している。