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Policy(提言・報告書)  科学技術、情報通信、知財政策 Society 5.0時代のヘルスケアV -国民への価値還元を実現するヘルスケア・データスペースの構築-

2026年5月19
一般社団法人 日本経済団体連合会

Ⅰ.はじめに

わが国では、高齢化の進展と人口減少が同時に進む中、医療・介護人材の不足や在宅医療需要の増大を踏まえ、限られた供給能力の下で質の高い医療・介護提供体制を持続可能な形で確保することが喫緊の課題となっている。

人生100年時代を迎え、国民一人ひとりのウェルビーイング向上と、持続可能な医療・社会保障制度の実現を両立するためには、医療・介護・健康等のヘルスケア分野におけるデータ(以下、ヘルスケアデータ)の利活用を一段と進めることが不可欠である。経団連はこれまで、提言「Society 5.0時代のヘルスケア」(Ⅰ~Ⅳ)を通じて、予防・未病#1から診療、介護、創薬、医療機器開発に至るまで、デジタル技術を活用した次世代ヘルスケアの姿と、その実現に必要な制度・基盤整備の方向性を提言してきた。

これらの提言の実現には一定の前進が見られるものの、わが国では、国民皆保険制度のもとで質の高い医療が提供されているにもかかわらず、法制度やガバナンス、推進体制、データ連携基盤の整備等が不十分であるため、ヘルスケアデータの利活用が十分に進んでいない。とりわけ、診療等の一次利用と研究開発等の二次利用が制度的・技術的に分断されていることが、医療DX(デジタルトランスフォーメーション)を通じたイノベーションの加速を妨げるとともに、現場における非効率の一因となっている。

こうした中、欧州では、ヘルスケアデータの連携・利活用に関する共通ルール整備を進める構想であるEHDS(European Health Data Space)のもと、本人同意を中心とした入口規制から、利活用目的や禁止事項の明確化、セキュアなデータ連携・解析環境の構築、ならびに適切な審査・監督を一体的に講じる出口規制を重視した制度設計へと転換する動きが具体化している。

また、内閣府の「医療等情報の利活用の推進に関する検討会」では、ヘルスケアデータの利活用を促進する法制度のあり方に関する検討が進められており、わが国におけるデータ保護と利活用の適切な均衡をどのように実現するかが問われている。

以上を踏まえ、わが国のヘルスケアデータを、国民の利益に資する「社会的資産」と位置づけ、データ利活用のルールと基盤を一体的に整備することが必要である。国民一人ひとりが、より良い医療・予防・介護等のヘルスケアサービスを、より安全かつ円滑に享受できるよう、以下、そのためのグランドデザインと具体的な方策を提言する。

Ⅱ.グランドデザイン

1.ヘルスケア・データスペースの構築

(1)現状認識と課題

前述の通り、わが国では、診療等に用いる一次利用と、研究開発・公衆衛生・政策立案等に用いる二次利用とが、制度面・運用面・技術面のいずれにおいても分断されているため、医療機関で日々生み出されるデータが、より良い医療の提供、創薬や医療機器開発、疾病予防をはじめとする公衆衛生・医療政策の高度化といった新たな価値創出に十分につながっていない。結果として、データの潜在力が十分活かされず、国民への成果還元も限定的なものに留まっている。

とりわけ、高齢者や慢性疾患を有する患者では、複数の医療機関、薬局、介護事業者にまたがってサービスを利用することが一般化している。しかし、紹介時、退院時、在宅移行時等における情報連携はなお十分ではなく、そのことが、説明や問診の反復、重複検査・重複投薬、疑義照会や転記業務の増加を招いている。こうしたデータ連携上の課題は、研究開発の非効率にとどまらず、患者安全、受診体験、医療従事者の業務負担、さらには地域連携の実効性にも直結する重要な課題である。

今後、いまを生きる患者・個人のみならず、次の世代の患者・個人のウェルビーイング向上に資する、より良い医療・社会保障制度を実現していくためには、一次利用と二次利用を一体のものとして設計する必要がある。すなわち、健診・医療・介護等の現場で生成・蓄積されるヘルスケアデータを、個人の権利利益に十分配慮しつつ、国民全体の利益に資する「社会的資産」として位置づけ、その適正な利活用を支える共通のルール、基盤、管理体制を整備しなければならない。

(2)ヘルスケア・データスペースの必要性と基本的考え方

こうした考え方に立ち、患者・個人、医療機関、研究機関、民間事業者、公的機関等の多様な主体の間で、信頼性の高い形でデータを連携・活用し、一次利用と二次利用を一体的に支える基盤として、「ヘルスケア・データスペース」を構築することが不可欠である。

ヘルスケア・データスペースは、単なるデータ連携基盤ではない。一次利用における診療の質向上や業務負担の軽減はもとより、二次利用における研究開発、公衆衛生、政策形成等を支えるデータ連携を可能とするとともに、その成果を再び患者・個人や医療現場に還元することで、より良い医療と新たなイノベーションを生み出す「価値創出の好循環」を実現する社会基盤である。

その実装にあたっては、適切な制度設計、厳格かつ明快なルール、先進的な技術基盤を組み合わせ、透明性を確保することにより、データ利活用に対する国民の理解と納得を支える「社会的信頼(トラスト)」を確立することが不可欠である。

(3)ヘルスケア・データスペースの全体像

図表1:ヘルスケア・データスペースの全体像

ヘルスケア・データスペースは、ヘルスケアデータの収集・蓄積から利活用、さらにその成果の患者・個人への還元までを、一つの循環として捉える点に特徴がある(図表1)。患者・個人を起点として、診療所、地域中核病院、大学病院等の高度医療機関、自治体・保険者、介護事業者、調剤薬局、バイオバンク、ならびに製薬・医療機器・PHR(Personal Health Record)等に関わる民間事業者といった多様な主体から、診療情報、投薬情報、健診情報、予防接種情報、ゲノム情報、介護情報その他の関連データが生成・収集される。これらのデータは、支払基金、学会、公的機関、バイオバンク、および当該データを構築した民間事業者等のデータ保有者の間で、共通のルールと標準仕様に基づく連携を図るとともに、民間事業者の営業秘密を含む知的財産保護を十分に確保しつつ、適切に管理される#2

こうして連携されたデータは、一次利用と二次利用の双方に活用される。一次利用においては、全国医療情報プラットフォームやマイナポータル等を通じて、医療機関での情報共有や本人による情報活用が進み、重複診療・検査・投薬の適正化、診療の質の向上、診療情報の取得負担の軽減、健康管理や疾病予防の高度化といった効果をもたらす。すなわち、日常の診療や本人の健康管理そのものの質を高める基盤として機能する。

他方、二次利用においては、第三者機関である公的管理主体が、データ管理から利用の受付、審査、提供までを一元的に担うワンストップ窓口として機能する。利用者は、検索用カタログを通じて必要なデータの所在や内容を把握し、承認された範囲内で、TRE/SPE(データの持ち出しを厳格に制御した安全な解析環境)等においてデータの分析を行う。これにより、学術研究、民間による研究開発、公衆衛生対応、公共政策立案等が推進される。

なお、ヘルスケア・データスペースの構築は、将来のグランドデザインを策定した上で、実装可能性を踏まえて段階的に進める必要がある。まずは、レセプト、健診、調剤等の既存基盤を活用しつつ、電子カルテ等に記録される詳細な診療情報の利活用基盤についても、段階的に整備を進めていくことが重要である。

とりわけ重要なのは、一次利用と二次利用が分断された別個の仕組みではなく、相互に補完し合う一体の構造として設計されることである。二次利用によって得られた知見は、新たな診断・治療法、創薬、疾病予防、政策改善へとつながり、その成果が再び一次利用の現場や患者・個人に還元される。これにより、図表の右側に示される「より良い医療」と「医療の進歩」とが循環的に支え合う構造が形成される。

こうした循環は、患者・個人にとっても、診断・治療機会の逸失の低減、移行期医療における情報断絶の解消、重症化予防の高度化、さらには一人ひとりの価値観に沿った治療選択や先端的治療へのアクセス機会の拡大といった具体的な便益につながる。

このように、ヘルスケア・データスペースは、分散するヘルスケアデータを安全かつ標準化された形で連携し、一次利用と二次利用を一体として支えることで、その成果を患者・個人に還元するための社会基盤である。

以上を踏まえ、次に、ヘルスケア・データスペースの社会実装に当たって必要となる基本設計の柱を示す。

2.ヘルスケア・データスペースの基本設計

ヘルスケア・データスペースは、限定的な実証事業ではなく、社会実装を前提に、全国規模で持続的に機能する仕組みとして設計する必要がある。

このため、制度・運用・技術基盤を一体として構想し、実装可能性を踏まえながら、以下の6つを基本設計の柱として位置づけるべきである。

第1の柱:政府全体としての統一的な戦略・工程表の策定
どのような医療上・社会的成果を実現するのかを先に明確にし、その実現に必要なデータ要件、基盤整備、制度対応を逆算したうえで、優先順位と実施時期を含む工程表を戦略と一体的に設計し、推進する必要がある。
第2の柱:データの包括的な利活用を担保する新たな法制度の整備
既存法の部分的な手当てではなく、データの取扱い、利用目的、管理責任、監督権限等を一体的に規律する包括的な新たな法的枠組みが求められる。
第3の柱:入口規制から出口規制への転換
入口規制とは、本人同意を根拠としてデータ利活用の可否を判断する考え方である。しかし、医療分野における同意は、情報の非対称性や形骸化等の理由から、国民・患者の保護策として常に適切に機能するとは限らず、医療現場の負担も大きい。
他方、出口規制とは、公益目的でのデータ利活用と高い透明性の確保を前提として、法令で利活用目的や禁止事項を明確化し、利活用審査を含む適切なガバナンスを確保した上で、データ利用をセキュアな環境下に限定するなどの措置を一体的に講じることにより、同意に過度に依存することなくデータ利活用を安全に推進し、その成果を国民・患者に迅速かつ広く還元することを目指す考え方である。
今後は、出口段階における多層的なガバナンスを構築し、過度なコンプライアンスコストを課すことなく、実効性ある管理と国民・患者保護の両立に資する制度へと改めるべきである。
第4の柱:公的管理主体による出口規制の確立
分散した判断権限と重複審査を見直し、審査・承認機能の一元化を担う公的管理主体を設置したうえで、予見可能で迅速なデータ利活用を可能とする管理体制を整備する必要がある。
第5の柱:相互運用性の確保と高度解析基盤の構築
分散するデータを安全かつ円滑に連結・活用するためには、共通ID、標準コード、標準仕様、ならびにユースケースに応じた機動的な利用を可能とする高度解析環境の整備が不可欠である。
あわせて、創薬や高度な研究開発に資する基盤を確立するため、電子カルテ等に記録される診療情報についても、現場負担や実現可能性に十分配慮しつつ、AIの活用も視野に入れた、標準化、構造化、データ品質の確保、データベース化を段階的に進めていく必要がある。
第6の柱:社会的信頼の醸成と持続可能な運営体制の確立
国民や医療現場に対し、データ利活用の意義、安全性、具体的成果を分かりやすく示すことで、制度の社会的受容性と持続可能性を確保することが求められる。

次章では、ヘルスケア・データスペースの構築に必要となる法制度、データ連携・解析基盤の整備等に関する具体策を示す。

Ⅲ.ヘルスケア・データスペース構築に向けた具体策

1.統一的な戦略・工程表の策定

ヘルスケア・データスペースの構築にあたっては、関係府省が個別に制度整備や基盤構築を進めるのではなく、医療DX推進本部#3を司令塔として、政府全体としての統一的な戦略・工程表を策定し、一体的に推進することが不可欠である。

従来のシステム整備は、診療現場の利便性向上に主眼が置かれてきた一方で、研究開発や公衆衛生、政策立案等の二次利用に耐えうるデータ品質の確保や標準化への視点が十分ではなかった。その結果、一次利用のために整備された基盤と、二次利用に必要な基盤整備とが切り離され、データの円滑な利活用を妨げる一因となってきた。

このため、政府全体として、どのような医療上・社会的成果を実現するのかを明確にし、その実現に必要なデータ要件、基盤整備、制度対応を逆算した戦略・工程表を策定する必要がある。その際、目的の実現に必要なデータ要件を明確にし、それを電子カルテ等の一次利用基盤の設計・実装に反映させるとともに、それらを活用する二次利用基盤(高度解析環境等)の整備までを一体として位置づけることが重要である。すなわち、一次利用基盤と二次利用基盤の整備工程を直結させた「一体型工程表」を策定し、段階的かつ着実に実行していくことが求められる。

さらに、国家安全保障や事業継続計画(BCP)の観点も踏まえ、政府や組織がデータを自国で自律的に管理・運用できる体制を確保することが重要である。このため、データの国内管理の重要性を戦略・工程表に明確に位置づけ、有事においても基盤の機能が損なわれることのないよう、必要な体制を整備すべきである。

こうした工程表は、将来のグランドデザインを策定した上で、実装可能性を踏まえた段階的整備の考え方に立って設計すべきである。まずは、レセプト、健診、調剤等、比較的データベース整備が進んでいる領域を基軸に、一次利用・二次利用の双方で成果を着実に創出していくことが現実的である。

一方で、創薬や医療機器開発をはじめとする高度な研究開発を進めるためには、レセプトデータのみでは限界がある。こうしたニーズに十分に応えるためには、個人の出生から死亡に至るまでの健康・医療・日常生活等に関する経過を時系列で把握できるライフコースデータの活用が不可欠である。具体的には、検査値、病理情報、画像データ、診療録等を含む電子カルテ等に記録される診療由来情報(EHR:Electronic Health Record)を中核とし、健診情報や予防・生活習慣に関するPHR等も含め、時系列で統合的に利活用できる基盤を整備する必要がある。そうした基盤なくしては、高度な研究開発ニーズに十分応えることはできない。

このため、電子カルテ入力の自動化・標準化や、研究に資する電子カルテ由来データベースの構築については、今後の重点課題として工程表上に明確に位置づける必要がある。データの構造化、標準化、品質確保、現場負担への配慮等の課題も踏まえつつ、これまでの実証や各種プロジェクトで得られた知見を反映しながら、継続的な見直しの下で段階的かつ着実に基盤整備を進めていくことが重要である。

戦略・工程表の実効性を確保するためには、評価指標(KPI: Key Performance Indicator)のあり方も見直す必要がある。従来の普及率や導入率に加え、データ流通量、研究期間の短縮、創薬・研究開発成果への寄与、重複する問診・検査・投薬の適正化、データ自動連携による転記・入力負担の軽減など、現場と社会の双方における成果を測るアウトカム指標を設定し、進捗管理と見直しを継続的に行うべきである。

2.データの包括的利活用を担保する新たな法制度の整備

ヘルスケア・データスペースの構築に向けては、以下に述べる現行法制度の構造的課題を解消するため、既存法の部分改正に留まらない包括的な法制度の整備が不可欠である。

その際、データの取扱主体、利用目的、禁止事項、監督権限、違反時の措置等を法令上明確にし、事業者を含む国民にとって分かりやすく、実務上も予見可能性の高い制度運用の枠組みを整備することが重要である。これにより、分散しているルールや判断基準を整理し、信頼性と予見可能性を備えたデータ利活用の基盤を整備すべきである。

(1)現行法制度の構造的課題
①データ利活用を支える法的根拠の不十分さ

現行の法制度や倫理指針、各種ガイドライン等#4の運用の下では、ヘルスケアデータを国民全体の利益に資する「社会的資産」として位置づけ、その利活用を包括的に支える法的枠組みが十分に整備されていない。このため、データの取得・提供の適法化根拠を、本人同意や本人への通知・提供停止機会の付与といった事前的な手続要件に大きく依拠せざるを得ず、希少疾患研究や大規模なAI開発において不可欠なデータの悉皆性・網羅性の確保を困難にしている。

②複雑な制度運用に伴う現場負担およびデータ供給の停滞

現行制度では、データ利活用に関する法令、指針、ガイドライン等が重層的に存在しており、医療機関、研究者、民間事業者等に大きな実務負担を生じさせている。とりわけ、関連する法令や倫理指針、ガイドラインは分量が多く、改訂も重ねられているため、必要な要件の確認や解釈に多大な労力と時間を要する状況にある。こうした複雑な制度運用は、現場に慎重姿勢や萎縮を招き、データ利活用の停滞につながっている。

また、審査や確認の運用が機関ごとに分かれているため、研究ごとに集約して行われる倫理審査(一括倫理審査)で承認を得た後も、各施設において追加的な確認が求められる運用が残るなど、審査の重複や解釈のばらつきが生じやすい。これにより、責任所在の不明確さと保守的な対応が助長され、審査の長期化や事務負担の常態化を招いている。

さらに、現行制度では、データ提供が個別の契約や調整に大きく依拠しており、必要なデータを継続的かつ安定的に確保する仕組みとして十分ではない。こうした制度運用の複雑さ、審査の重複、個別対応への依存が相まって、データ供給を停滞させる構造的要因となっている。

③公的管理体制の不在と成果還元の仕組みの不足

現行制度では、データ利活用を横断的に統括する公的管理主体が不在であり、二次利用の公益性判断が各データベース管理者に委ねられているため、判断基準の不一致や審査プロセスの予見可能性の低下を招いている。加えて、分散するデータの安全な連結・解析を保証する共通基盤が十分に整備されておらず、利活用の成果を国民に分かりやすく還元する仕組みも十分ではない。こうした状況が、国民の不安払拭や信頼獲得を妨げ、ヘルスケア・データスペースの社会実装を遅らせる要因となっている。

(2)新たな法制度において定めるべき事項
①基本理念

ヘルスケアデータを、国民一人ひとりのウェルビーイングを支える「社会的資産」として法的に位置づけた上で、「国家・社会の安全と持続性の確保」「医療の質・有効性・安全性の向上」「医学研究および関連産業の発展」という三つの観点から「公共の利益」を捉え、その実現を最上位の指針とすべきである。

また、制度の主眼は、データ利活用を通じて生み出された成果を社会に実装し、国民の健康増進、医療の質向上、研究開発の促進といった便益を広く国民に還元することに置かれる必要がある。とりわけ、こうした成果が、データ提供者を含む国民に分かりやすく、持続的に還元されることを基本理念として明確に位置づけるべきである。

②データ提供と利活用を支えるガバナンスの確立
(ア)データ提供の原則と管理責任の一元化

ヘルスケア・データスペースを実効的に機能させるためには、必要なデータが継続的かつ安定的に提供される仕組みを法令上明確にするとともに、提供後の管理責任を公的管理主体に一元化することが必要である。

さらに、公益性、安全性および対象範囲を明確にした上で、医療機関等によるデータ提供を原則として義務づけるべきである。提供対象となるデータ範囲については、少なくとも国費・公費により生成されるデータを起点としつつ、段階的に拡大していくことが適当である。

あわせて、公的管理主体にデータを提供した医療機関および管理者については、送出後の利活用に関する法的・倫理的責任を負わず、その責任は公的管理主体が包括的に担うことを明確にすべきである。これにより、現場の保守的判断を招いてきた責任負担を軽減し、医療機関が本来の業務に専念しつつ、安定的なデータ提供に参加できる環境を整備する必要がある。

また、こうしたデータ提供の仕組みを実効的なものとするためには、医療機関等におけるシステム改修の事務的・経済的負担を最小化し、円滑なデータ提供を技術的に担保することが不可欠である。この観点から、電子カルテ等のベンダーに対しては、HL7 FHIR#5等の標準規格に基づくデータ出力機能の実装を求めるとともに、国が認証制度等を通じて、標準仕様の実装を支援・促進すべきである。

あわせて、現場に新たな入力負担を生じさせないよう、AIや音声入力等の技術も活用しながら、診療の過程で自然にデータが構造化・蓄積される仕組みの導入を促進すべきである。

ただし、こうした機能を備えた電子カルテを導入できる医療機関が限られることも踏まえる必要がある。データの構造化・標準化は、まず医療機関側で可能な限り対応することを基本としつつ、公的管理主体においても、収集したデータについて、意味情報の欠落等が生じ得ることを踏まえた上で、補助的にAI等を活用した構造化・標準化や品質評価を行う仕組みを整備すべきである。

(イ)公的管理主体の創設と明確な出口規制の確立

ヘルスケアデータの利活用に関する判断基準を統一し、国民にとって分かりやすく説明可能な管理体制を確立するためには、データ利用の受付、審査、監視・監督、提供を一元的に担う公的管理主体を創設する必要がある#6

このため、欧州のEHDSにおいて当該機能を担っているHDAB(Health Data Access Body)も参考にしつつ、データスペース全体の規律を司る公的管理主体を制度上明確に位置づけるべきである。本主体には、利活用審査を一元的に運用するために必要な権限を付与するとともに、新たな法制度において、個人情報保護法その他関係法令との適用関係を明確に規定する必要がある。

また、これまで各施設管理者等に分散していたデータ利活用・提供に関する判断権限は、公的管理主体に集約し、公益性判断のワンストップ化を実現すべきである。その際、施設の倫理審査委員会の役割は、研究内容の科学的・倫理的妥当性の審査に限定し、データ提供・利活用の可否については公的管理主体が担うことで、審査の重複を排除し、判断の迅速化を図る必要がある。

加えて、公的管理主体は、既存の公的データベース管理主体に対するデータ提供指示権を有し、分散するデータの網羅性を確保すべきである。あわせて、厳格な安全管理と円滑な利活用を両立させるため、個人情報に該当する生データの直接提供は原則として認めず、利用者の承認区分に応じたアクセス制御を徹底すべきである。統計データや匿名加工データについては外部提供を認める一方、仮名加工データについては、公的管理主体が指定・管理するセキュアな解析環境下でのみ、利用目的・禁止事項・監査体制を明確にした上で連結・解析を認めるなど、データの性質に応じた統制を制度化する必要がある。

さらに、利用者の予見可能性を高めるため、データの所在や品質を可視化するメタデータ・カタログを整備するとともに、審査期間の明確化や透明性の高い手数料体系を整えるべきである。その際、治験における被験者候補の把握等、リアルタイム性が求められるユースケースにも対応できるよう、データの所在把握から審査・利用開始までを、適切な安全管理の下で機動的に行える運用体制を整備すべきである。

あわせて、公的管理主体は、データ利用者による利用目的の遵守や安全管理措置の履行状況を継続的に監視・監督し、違反行為に対してはデータスペースからの排除を含む実効的な措置を講じる権限を持つ必要がある。

また、公的管理主体は、バイオバンク等の生体試料由来データを含む高度な研究基盤へのアクセスを調整する国際的なゲートウェイ機能も担うことが期待される。諸外国のデータスペースとの相互運用・相互認証を進めるとともに、適切なセキュリティの下で、国内企業の海外拠点からの利用も可能とする枠組みを構築することにより、国際共同研究の加速につなげていくことが重要である。

③本人同意を要しないデータ利活用の目的・範囲の明確化

ヘルスケアデータの利活用は、本人同意やオプトアウトに過度に依拠した制度とするのではなく、どのような目的の下で、どの範囲のデータを取り扱うことができるのかを、法律上明確にしておくことが不可欠である。具体的には、下記(ア)に示す「公益目的」に該当し、かつ、(イ)に示すデータ範囲に含まれるものであって、当該目的の達成に必要な範囲に限って、本人同意を要しない利活用が認められることを、予め具体的に法定すべきである#7。とりわけ、第三者提供を伴う場面については、その要件および手続を明確に位置づけることが求められる。

(ア)公益目的の類型化と判断基準

本人同意を要しない公益目的は、少なくとも、①国家・社会の安全と持続性の確保、②医療の質・有効性・安全性の向上、③医学研究および関連産業の発展、という三つの観点から整理し、法令上明確に位置づけるべきである。具体的には、図表2の通り、感染症対応や災害時対応等の「公衆衛生・社会システム基盤」、医薬品・医療機器の安全性監視や診断・治療支援に資するAI開発・実装等の「医療の質向上・安全性確保の基盤」、ならびに新薬・医療機器の研究開発、個別化医療等の「医学研究・産業革新」を、それぞれ代表的な類型として位置づけることが考えられる。

その際、利活用の可否は、実施主体の属性ではなく、社会的便益とリスク特性に照らしてデータ利用者においても判断できるよう、利活用の可否基準や具体的なユースケースを予め明確に示すべきである。また、既存の例示に固定するのではなく、新たな技術動向や研究開発ニーズを踏まえて対象ユースケースを機動的に追加・明確化できる仕組みを整えることが重要である。

図表2:本人同意を要しない公益目的の類型

類型 趣旨 具体例
カテゴリA:公衆衛生・社会システム基盤 国家・社会の安全と持続性の確保に資するもの 感染症・病原体監視、大規模災害時の需要予測、社会保障給付の適正化、等
カテゴリB:医療の質向上・安全性確保の基盤 医療の質・有効性・安全性を継続的に検証し、改善することに資するもの 疾患レジストリの高度化、医薬品・医療機器の安全性監視・新たなエビデンス創出、診断・治療支援等に資するAI開発・実装、等
カテゴリC:医学研究・産業革新 新たな知見・技術・治療法等を創出し、将来の医療の進歩および関連産業の発展に資するもの 新薬・医療機器の研究開発、ゲノム解析による個別化医療の推進、等
(イ)本人同意を要しないデータ範囲の画定

公益目的に資する利活用を実効的なものとするためには、本人同意を要しないデータ範囲についても、法律上明確にしておく必要がある。他方で、その範囲は、直ちにすべての医療機関等から一律に収集すべき対象を意味するものではない。対象データについては、その機微性のみならず、既存制度・既存基盤における収集可能性、標準化の状況、技術的対応可能性、現場負担等を踏まえ、図表3のとおり、本人同意を要しないデータの中核となる「第1層」、今後段階的に拡張する「第2層」、特に厳格な安全管理を要する「第3層」に区分した上で、それぞれについて必要な利用条件を明確に位置づけることが適当である。

第1層は、レセプト、特定健診情報、電子カルテの「3文書6情報#8」等、既存制度・既存基盤の下で全国的に収集または流通の仕組みが整備されているデータを対象とし、本人同意を要しないデータ提供の中核として位置づけるべきである。これらのデータについては、必要な安全管理措置を講じることを前提に、公益目的に応じた柔軟な利活用を可能とすることが重要である。

第2層については、構造化された診療録、病理レポート、画像データ、波形データ、介護関連データ等のほか、施設横断的な診療・転帰データ、疾患別レジストリデータ、ウェアラブル端末やウェルネスアプリケーションからのデータ、健康状態に影響を与える社会経済的背景に関するデータ等、医療・研究の双方において高い価値を有するものの、標準化、システム改修、費用負担、現場負担等の観点から、現時点で一律に収集を求めることが困難なデータを対象とすることが適当である。これらのデータについては、制度整備、技術的・財政的支援、限定的な参加主体の設定等を前提として、対応可能な医療機関等から段階的に収集・利活用の範囲を拡張していくべきである。

第3層については、全ゲノムデータ#9や識別性の高い画像データ等、再識別リスクや差別・不利益につながるおそれが他のデータ類型に比べて特に高いデータを対象とし、第1層・第2層とは明確に区分した上で、より厳格な安全管理措置の下で利活用を認める必要がある。また、技術的に仮名加工が困難なデータについては、識別行為や目的外利用の禁止、所在管理の徹底、監査および罰則の強化といった統制を組み合わせることにより、高い保護水準を確保しつつ、公益目的に資する利活用との両立を図るべきである。

図表3:本人同意を要しないデータ範囲と段階的整備の考え方

区分 主な対象データ#10 位置づけ・考え方
第1層(中核データ) レセプト、特定健診情報、電子カルテの「3文書6情報」、等 既存制度・既存基盤の下で、全国的に収集または流通の仕組みが整備されているデータ。
必要な安全管理措置を講じた上で、公益目的に応じた柔軟な利活用を可能とする。原則として広く収集・活用の対象とする。
第2層(段階的拡張データ) 電子カルテの「3文書6情報」以外の情報〔例:病理レポート、構造化された診療録、非構造化データ、検査結果、波形データ(心電図・脳波等)、画像データ(放射線・内視鏡検査等)、ワクチン接種情報)〕、施設横断的な診療・転帰データ(診断、投薬経過、転院、死亡・予後等)、疾患別レジストリデータ、臨床試験・臨床研究・臨床調査データ、病原体データ、医療機器の作動ログ、ウェアラブル端末やウェルネスアプリケーションからのデータ、バイオバンク由来データ(第3層に分類されるゲノムデータ等を除く)、健康状態に影響を与える社会経済的背景(所得・就労状況等)、介護関連データ、等 医療・研究の双方において高い価値を有する一方、標準化、構造化、システム改修、費用負担、現場負担等の観点から、現時点で一律に収集を求めることが困難なデータ。
技術的・財政的支援等を前提として、対応可能な医療機関等から段階的に収集・利活用の範囲を拡張する。
第3層(高機微データ) ゲノムデータ(全ゲノムデータ)、画像データ(識別性の高いもの)、等 再識別リスクや差別・不利益のおそれが特に高いデータ。
第1層・第2層とは明確に区分して取り扱うべき高機微データであり、特に厳格な安全管理を要する。

3.データ連携・解析基盤の構築

(1)共通ID・標準化による相互運用性の確保
①マイナンバー制度を基盤とした共通ID体系の構築

個人のライフコースデータを正確に把握し、出生から死亡までの生涯にわたる途切れない個別化医療を実現するには、転居や保険者変更等の環境変化に左右されず、「一意性および不変性」をもって対象の同一性を継続的に把握できるデータ連携基盤の整備が不可欠である。

こうした要件を満たす共通ID体系を確立し、医療・介護・乳幼児領域を含むデータ空白を解消するとともに、研究開発等に資する高度なデータ連携を安全かつ確実に実現するためには、マイナンバー制度をその基盤として位置づける必要がある。特に、民間事業者による創薬や医療支援AI開発等も含め、幅広い主体が信頼性の高いデータ連携を行えるよう、マイナンバーを医療分野の共通インフラとして活用するため、マイナンバー法改正を含む所要の制度整備を加速すべきである。

他方、マイナンバー法が改正されるまでの当面の間は、厚生労働省が進める医療被保険者番号に基づくID(ID5#11)を活用した本人確認の仕組みを軸に、既存データの連結精度向上を図ることが現実的である。ただし、マイナ保険証の普及に伴い、民間事業者において被保険者番号を安定的に取得することが困難となる場面が増えることを踏まえれば、ID5による対応はあくまで過渡的措置と位置づけるべきである。

②相互運用性の確保と国際標準化

医療データが複数の公的・民間基盤に分散管理される現状では、データモデルやコード体系の違いが、横断的な統合解析の精度を低下させる大きな障壁となっている。特に、日本固有のコード体系と国際的に普及した標準規格との間にある読み替えのずれ#12を解消することは、国内データの価値を高めるうえでも、国際共同研究等への円滑な参画を進めるうえでも重要である。

このため、政府は単なる規格の推奨に留まらず、各コード間のマッピングを自動化する仕組みの構築を主導し、標準的な対応表(変換マスター)を整備するとともに、これを継続的に更新・維持管理すべきである。これにより、既存の公的データベースと民間データ基盤のシームレスな接続を可能とし、グローバル水準に整合した解析環境の構築を進める必要がある。

(2)安全かつ高度な解析環境の構築
①事前審査中心の運用から出力審査中心の運用への転換

現行の解析基盤は、利用開始前の書面審査や、解析環境内で利用できるソフトウェア・分析機能の制限に依存する傾向が強く、研究開始の遅延や解析効率の低下を招いている。今後は、データ受入れ時点での形式的な統制に偏るのではなく、再識別リスクや不適切な出力を防ぐ「出力審査#13」に軸足を移すべきである。

その際、異なる解析環境間でも同一のポリシーで運用・監視できるよう、「共通監査ログ#14」の標準化を進め、不適切利用を継続的に把握できる技術的基盤を整備する必要がある。こうした仕組みにより、安全・安心の確保と研究の機動性を両立させることが求められる。

②AI利活用を支える高度な解析機能と計算基盤の拡充

研究成果を迅速に還元するためには、人手による出力審査に過度に依存しない解析環境を整備する必要がある。この観点から、プライバシー強化技術(PETs: Privacy Enhancing Technologies)とAIを組み合わせた「自動出力審査#15」の導入を進めるとともに、そのアルゴリズムについては国による認証や第三者監査等により信頼性を担保すべきである。

さらに、スタートアップやアカデミアの参入障壁であり、創薬・医療支援AI開発のボトルネックとなっている計算資源の不足を解消するため、高性能な計算基盤を公的支援の下で利用可能とする枠組みを整備すべきである。

その際、先行してAI開発に取り組む企業の開発スピードを確保する観点から、原則として、公的管理主体が管理する解析環境(TRE/SPE)内での分析を前提としつつ、当該解析環境自体の計算資源・機能を高度化することで、企業が自社環境と同等の開発品質・スピードを確保できる仕組みを整備すべきである。あわせて、改正次世代医療基盤法も参考に、データの保存や利用について適切な安全管理能力が認められる事業者に限り、例外的に、データセットの一部を自社内に構築されたセキュアな解析環境で分析することを可能とすべきである。

③研究開発を加速するデータ提供の高度化

提供データの高度化にあたっては、解析者の前処理負担を軽減するため、基盤側で正規化処理を施した「AI Ready#16」なデータセットをオンデマンドで提供できる機能を備える必要がある。

加えて、創薬、治験、精密医療等のうち、特に迅速なデータ把握と解析が求められるユースケースに対応するため、詳細な検査値、画像、診療経過、転帰情報等を含む粒度の細かい臨床データについて、適切な安全管理の下で、必要な範囲でタイムリーに収集・解析できる体制を整備すべきである。

(3)費用分担の明確化

データ連携・解析基盤は、わが国の医療DXを支える共通基盤であり、国民全体の利益に資する公共インフラである。したがって、この基盤の構築に要する費用については、国費を投入し、国の責任において整備すべきである。また、将来の安定的な維持・運営にかかるランニングコストについても、民間事業者の採算性のみに委ねるべきではない。国は、公共インフラとしての性質を踏まえ、単年度の裁量的経費に依存しない法的根拠に基づく安定的な財政措置を講じ、責任をもって下支えすべきである。

その上で、本基盤を活用した個別の解析アプリの開発、高度なマッチング等、追加的・受益的な利活用に要する費用については、受益者である民間事業者にも適切な負担を求める官民分担モデルを構築する必要がある。

とりわけ、民間事業者が保有するPHRデータ等のデータ資源や解析技術・計算基盤等と連携することにより、高度なデータ加工や使いやすい解析環境の実現、付加価値の高い分析サービスの提供など、多様な価値の創出が期待される。したがって、こうした付加価値部分に係る対価については、一律の公的価格を設けるのではなく、高度なデータ処理技術や専門人材の確保に要するコストなどを適切に評価した価格設定を可能とし、民間事業者の投資インセンティブと市場参入機会を確保すべきである。

あわせて、二次利用のためのデータ抽出、加工、送出、審査、解析環境の提供等に係る対価については、研究開発や事業化の障壁とならないよう、適正な価格設定のルールを整備する必要がある。

4.価値還元を通じたヘルスケア・データスペースの持続可能性の確保

(1)成果の可視化による国民の便益実感と信頼の確保

ヘルスケア・データスペースを社会実装し、持続的に機能させるためには、国民がデータ利活用の意義と成果を実感できる仕組みを整えることが不可欠である。政府は、制度の安全性や意義について不安を払拭し、理解と納得を高めるための丁寧な周知・普及活動を全国的に展開すべきである。

あわせて、マイナポータル等を活用し、研究成果や社会還元の状況を分かりやすく、かつ定量的に公表することにより、国民がデータ提供の価値を直接確認できる環境を整備すべきである。データ提供を単なる負担としてではなく、より良い医療の実現に参画する行為として位置づけ直すことで、制度に対する社会的信頼を醸成していくことが重要である。

さらに、ヘルスケア・データスペースを持続的に発展させ、市場形成につなげていくためには、公的管理主体が単独で利用促進を担うのではなく、研究機関、業界団体、民間事業者その他の多様な主体が参画する仕組みを構築することが重要である。

その具体化にあたっては、公的管理主体によるデータ提供の判断、利活用審査、監視・監督に加え、データ利活用主体に対し、活用事例の紹介、利用可能なデータや解析環境に関する情報提供、申請やデータ解析に関する相談対応等を行う仕組みを整備すべきである。さらに、データ利活用主体と民間企業、研究機関、業界団体等との連携を促進するため、協業パートナーによる提案や新たなユースケースの創出を後押しする仕組みを整備するとともに、共同研究や解析・利活用に関する研修、伴走支援等を行う枠組みを構築する必要がある。

これにより、運営主体単独では限界のある利用者開拓や活用支援を、外部の知見・ネットワークとの連携により拡張し、利活用者数の増加と基盤の持続的運営を両立させることが期待される。

(2)医療現場に対する価値還元と持続可能な循環の確立

ヘルスケア・データスペースを安定的に機能させるためには、データ創出の起点となる医療機関に対する具体的な価値還元を行うことが不可欠である。具体的には、データ規格の共通化による事務的負荷の軽減に加え、施設間での診療情報の共有を通じて、不必要な重複検査の回避や問診票記入等における二重入力の解消を図り、診療実務の効率化と安全性の向上を実現すべきである。

さらに、経時的なデータの蓄積を基盤として、AIによる診療意思決定支援の高度化、最新の治療機会や治験への早期アクセス#17、データ標準化に伴う実装コストの適切な補填#18等、段階的な価値創出を通じて、医療現場がデータ連携の恩恵を享受できる仕組みを整備する必要がある。

こうした循環を通じて、高品質なデータがより良い医療と研究開発を支え、その成果が医療現場に着実に還元され、ひいては国民の便益向上につながる持続可能な仕組みを形成すべきである。

(3)官民協議会の設置による機動的な運用改善

ヘルスケア・データスペースを持続的に機能させるためには、制度運用上の課題を継続的に把握し、改善につなげる協議の場を常設する必要がある。このため、欧州のEHDSにおけるステークホルダー・フォーラム#19も参考に、患者団体、学界、経済界、関係省庁等が参画する実効的な官民協議会を設置すべきである。

同協議会を通じて、利活用ルールや運用実務に多様な意見を反映させるとともに、現場の課題を迅速に特定し、政策や制度運用へ機動的にフィードバックする体制を構築することが求められる。あわせて、生成AI等の技術革新や国際動向に即応し、技術要件や審査基準を継続的に見直すPDCAサイクルを確立することで、制度の改善を不断に進めるべきである。

Ⅳ.おわりに

本提言の目的は、ヘルスケアデータの利活用を支える制度および基盤のあり方について、産官学民の関係者の間で共通認識を形成し、具体的な検討と実装を前に進めることにある。新たな法制度の整備を含め、政府における関係者を交えた具体的な検討が一層進展することを期待する。

その際、高齢化の進展、人口減少、医療・介護人材の不足といった喫緊の社会課題に対応していく観点からも、ヘルスケア・データスペースを、国民一人ひとりがより良い医療の実現と持続可能な医療・社会保障制度の確保に貢献し、その成果の還元を受けることのできる社会基盤として、わが国の将来を支える重要な投資と位置づける必要がある。

経団連としても、経済界の知見を結集し、国民への価値還元を起点とした持続可能なヘルスケア・データスペースの構築に積極的に貢献していく。

以上

  1. 健康と病気を二分論で捉えるのではなく、心身の状態がその間を連続的に変化していく過程を指す概念。
  2. なお、営業秘密を含むデータは原則として二次利用の対象外であり、連携は知的財産権を侵害しない範囲に限定される。
  3. 同本部は、内閣総理大臣を本部長とし、関係閣僚が参画する省庁横断の推進体制として、既に医療DXに関する基盤整備と関連施策の進捗管理を担っており、ヘルスケア・データスペースを政府一体で推進する主体として最も適切であると考えられる。
  4. 個人情報保護法、次世代医療基盤法、医療法、人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針のほか、関連する政省令、指針・ガイドライン等に基づく運用を含む。
  5. 医療情報を共通の形式で扱うための国際的な標準規格。
  6. 具体的には、支払基金等の公的機関がその役割を担うことが考えられる。なお、公的管理主体が担う機能のうち、技術的・実装的な領域(安全な解析環境の構築・運用、匿名・仮名加工の実施等)については、同主体がルール設定・監督を行うことを前提に、認定された民間事業者を活用することで、技術進化への柔軟な対応と使い勝手の良い環境の提供が可能となると考えられる。
  7. 本人同意を要しない範囲をユースケースごとの個別判断に委ねると、判断のばらつきや時間的・事務的負担を招き、結果として利活用を停滞させるおそれがあることから、同意不要の範囲は法律上可能な限り具体的に書き切ることが望ましい。
  8. 診療情報提供書、退院時サマリー、健康診断結果報告書の3文書と、傷病名、アレルギー情報、感染症情報、薬剤禁忌情報、検査情報、処方情報の6情報を指す。
  9. ゲノム情報の適切な利活用の推進は、「ゲノム医療施策に関する基本的な計画」(2025年11月21日閣議決定)においても、政府が総合的かつ計画的に実施すべき施策として位置づけられている。ゲノム情報の利活用に関する制度設計は、同計画と一体的かつ整合的に進める必要がある。
  10. これらのデータは例示であり、「位置づけ・考え方」に照らして、機動的に追加・変更できる仕組みを整えることが重要である。
  11. 被保険者番号を基礎として生成される連結用識別子。
  12. 例えば、日本では病名、薬剤、検査項目について独自のコード体系が用いられている一方、国際的にはICD-11やRxNorm、LOINC等の標準規格が広く用いられている。
  13. 解析環境の外に結果を出力する際に、統計的処理等を施した出力データに個人の再識別につながるリスクが含まれていないかを専門的に検証し、安全性を確保する審査。
  14. 異なる解析環境間での操作履歴を統一的な形式で記録・保存することで、データ利活用の透明性を確保し、不適切利用に対する実効的な事後監視と監査を可能とする。
  15. 解析結果からの個人再識別リスクをアルゴリズムにより自動判定することで、審査の即時化と属人性の排除を両立する仕組み。
  16. 解析者が即座に高度な分析や機械学習に利用できるよう、あらかじめ形式の統一や構造化等の正規化処理を施し、データの品質と実用性を確保した状態。
  17. 例えば、提供データを活用して実施される最新の臨床研究や治験情報を医療機関へ優先的に共有し、患者が最適な治療選択肢に迅速に到達できる機会を制度的に保障する等。
  18. 例えば、医療機関がデータ送出の際に負担する情報の構造化や規格統一(HL7 FHIR等への変換)に要する実務・システムコストに対し、データの利活用対価等を原資として直接的な財政支援を行う等。
  19. 患者、研究者、産業界等の関係者の意見をEHDSの制度運用に反映させるために設けられた対話の場。

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