一般社団法人 日本経済団体連合会
1.はじめに
ロシアによるウクライナ侵略の長期化や中東情勢の緊迫、新たな脅威(無人・サイバー・宇宙・電磁波等)の顕在化、周辺国等による活発な軍事活動の動き等により、グローバルな安全保障環境は一段と厳しさと複雑さを増している。
2022年12月に策定された安全保障関連三文書#1(以下、三文書)において、国は、防衛生産・技術基盤を「防衛力そのもの」と位置づけ、抜本的強化の方向性と約43兆円予算を確保する計画#2を示し、防衛生産基盤強化法の施行により、供給網強靭化等に向けた法的枠組みが整備されるなど、防衛分野の事業環境は改善しつつある。他方、わが国の防衛事業は、他の事業分野と異なる市場の特殊性#3があるため、収益性や予見可能性に課題が残り、企業が設備・人材への中長期的投資を加速させる上で障壁がある。また、現下の状況から、迅速かつ長期にわたる防衛生産基盤を構築する必要性が指摘されている。
こうした状況を踏まえ、防衛省「防衛力の抜本的強化に関する有識者会議」は、防衛力抜本的強化の7本柱の推進と戦略装備の導入による抑止力・対処力の一層の強化等を提言した。また、高市首相は施政方針演説(2026年2月)において、三文書の前倒し改定や、防衛装備移転に関するいわゆる5類型の見直しに向けた検討を加速する旨を表明し、2026年4月には、防衛装備移転三原則および運用指針が改正された。
そこで、経団連として、防衛生産・技術基盤の中長期的な維持・強化に向けて、官民のあるべき方向性を示した上で、政府が取り組むべき重点施策を提言する。
2.官民のあるべき基本的なスタンス
まず基本的なスタンスとして、民間企業は、防衛部門においても創意工夫を通じた自助努力による発展が重要との認識のもと、政府と歩調を合わせて防衛産業の維持・強化に向けた取り組みを進めていく。
(1)民間企業
防衛産業は、わが国の防衛生産・技術基盤を担う主体、また国防を担うパートナーとして、一層の基盤強化を図ることによって、わが国の安全保障環境の確保に貢献する。そのため、政府の防衛力整備計画の着実な遂行にとどまらず、平時から能力増強を見据えた人材・設備・研究開発等への中長期投資と、生産性向上に資する取り組みを着実かつ主体的に進める。加えて、サイバーセキュリティ対策や事業継続(BCP)を含むレジリエンスの強化、国内外のサプライヤーとの協創による裾野拡大とサプライチェーンの維持・強化に努める。
わが国の労働力人口が本格的に減少する中、他分野と同様、防衛事業を担う人材不足も例外ではない。まずは防衛事業への理解醸成を着実に進めることにより人材確保に取り組むとともに、人材育成や、事業部門・人員配分の見直し、採用チャネルの拡大と処遇改善、円滑な技能伝承・事業継承等を図る。さらにデジタル化等を通じた各工程の省力化・自動化を進めていく。
近年、防衛事業の利益率改善や安定的な受注見通し等を背景に、経営上、戦略的に位置付ける企業が増加し、資本市場からの評価にも反映されつつある中、防衛部門を成長事業の一つとして、その競争力の向上に取り組む。
さらに、先端分野含む民生技術の迅速な取り込みに向け、企業間連携をはじめ、スタートアップ・大学・研究機関との協業、国際共同開発への参画を通じて、技術力強化に向けた取り組みを加速する。同時に、コンプライアンスと情報保全の徹底、品質保証強化により、信頼性と国際競争力を備えた産業として力強く持続的に発展していく。
(2)政府
政府としては、防衛装備品の調達のみならず、国内の防衛関連企業の生産・技術基盤の強化を通じて持続的な発展・競争力強化を促す視点を持ち、防衛需要で培われた先端技術等を、社会課題解決に活用する一方、民生技術が防衛装備品を高度化させ防衛政策に貢献するといった「防衛と民生の技術・需要の好循環」を実現すべきである、そのためにも、安全保障の観点から、国産を中心とする防衛装備品の継続的な調達を前提とし、研究開発から試作、量産、配備、維持・整備、能力更新に至る戦略の時間軸を明確化し、国内の防衛生産・技術基盤とサプライチェーンを維持・強化することが求められる。
また、スタートアップや大学・研究機関の参画を促すことなどにより、必要な技術を迅速に獲得し、わが国の不可欠性・自律性を確保できる予算・制度体系へ進化させることが求められる。
そして、装備移転に関しては、自国を守るために同盟国や同志国と緊密に協調・連携し、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序を実現し、地域の平和と安定の確保に貢献していく前提のもと、外交・安全保障政策の一環として政府が司令塔機能を担い、関係省庁が連携した上で、政府間協定・トップセールスで案件を主導し、供給先の拡大を図るべきである。
他方、防衛産業に参画する民間企業としては、防衛事業を担う意志は有しているものの、国内外で意図せざる誤解や風評によるリスクを過度に負うことは避けたい。政府としても、防衛産業の生産・技術基盤の強化の必要性・重要性についての説明と発信を主導し、社会的理解の醸成を図ることが望まれる。
3.防衛生産・技術基盤の抜本的強化に向けた四本柱の重点施策
近年の国際的な安全保障環境の変化(特にウクライナにおける戦闘の長期化等の教訓や新たな脅威の顕在化等)や、防衛産業・事業が抱える現状の課題を踏まえつつ、中長期的に取り組むべき施策を四本の柱として提言する。
【四本の柱】
- (1)予見性向上と経営基盤強化に向けた「戦略的な予算・制度・施策」の確立
- (2)需要増加を見据えた「国内生産・官民連携体制」の構築
- (3)将来に向けた「人・設備・技術」への投資・産学官連携促進
- (4)国家戦略としての「防衛装備移転・国際共同開発」の加速
(1)予見性向上と経営基盤強化に向けた「戦略的な予算・制度・施策」の確立
足もとでは、国際情勢の一層の緊迫化、物価・為替の変動、サプライチェーン制約等が重なり、防衛事業の収益性悪化や資金繰りへの懸念が強まっている。こうした中、民間企業が予見可能性をもって積極的な投資を続けられるよう、防衛装備品の研究開発から調達・契約・生産・運用にいたるまでの長期のタイムスパンとキャッシュフローのミスマッチといった防衛事業特有の時間軸を踏まえた「戦略策定・予算確保・制度設計」として一体的に推進することが重要である。引き続き、産業界との意思疎通を強化し、以下の対応を講じるべきである。
①戦略的な予算確保と調達の予見可能性向上
今後の国家防衛戦略・防衛力整備計画の改定や防衛産業に関する政府の対応方針の策定にあたっては、防衛装備品の長期的なライフサイクル(構想から研究・開発、試作、生産、維持・整備、補給、用途廃止など)と調達品目・数量、長期的に企業に求める対応能力を可能な限り明示し、必要かつ十分な予算を複数年度で継続的かつ安定的に確保・拡大することが肝要である。
過去に調達実績のある装備品や部品といったリピート品など、一定期間における調達数量が見通せるものについては、年度ごとの分割契約ではなく一括契約を可能とし、国庫債務負担行為の支払い可能年度範囲(契約年度+4年度)の例外的適用を拡充することにより、企業の生産計画の最適化と納期が長期にわたるものへの対応を容易にし、効率化を図るべきである。
また、装備品の調達数量は、事業の計画性・効率性、生産能力の維持を担保する上で重要であることから、予算額を前提に数量を調整するのではなく、数量ベースでの調達を基本とするとともに、仕様に関しては、海外動向に応じ、わが国に適した形で最新のものへと更新を図るべきである。あわせて、弾薬等、数量が明示されない場合の予見性の示し方についても検討を深める必要がある。
②経営基盤の強化とキャッシュフローの改善
資本コスト経営が重視される中、利益率とキャッシュフローの改善は、人材確保や事業継続の観点からも喫緊の課題である。
利益改善を阻害する要因(低い利益率レンジ等)を排除し、企業努力によるコスト低減を利益として還元する仕組みを拡充すべきである。また、国内向け装備品に特有の契約慣行により、初期投資やそれに必要なキャッシュアウトが先行して発生する一方で、入金が後年度に偏ることから、民間企業の短期の運転資金負担が増大し資金繰りが悪化するという構造的課題#4に対して、出来高払・進捗払・前払の予算を、補正予算ではなく当初予算で計画的に確保するとともに、対象拡大や比率引上げを行い、キャッシュフローをニュートラルとする対応が求められる。また、一定額以上の案件については、そのギャップが大きくなることから、より柔軟に前金を支払う等の施策を講じるべきである。
さらに、企業による防衛省所管に関する物品の保管等に係る、いわゆる「見えないコスト」の解消に向けて、保管・輸送・在庫管理の責任分界と費用負担を明確化しつつ、外部の倉庫等での保管等の費用への助成策などを検討すべきである。
③外部要因変動へのレジリエンス確保
物価・為替・金利・関税等の外部要因や不足・遅延等の部材調達リスクに対し、契約全般に関して、実勢価格を支払い額に柔軟に反映できるレジリエントな仕組みを制度的に整備・拡充すべきである。
外部要因の変化等に伴う、予算要求時と調達時の価格面での乖離を検証し、ある装備品の増加分を、他の装備品の減額や数量減少で補うことなく、次年度予算等へ適切に反映させるべきである。また、まずは平時の調達・運用効率を徹底的に高めた上で、安全保障環境の緊迫化に伴い、需要が急激に拡大する局面における予算のあり方を検討することが望まれる。
また、装備品のライフサイクルが長期化する中で、構成部品の生産終了等により、補用品の確保が困難となるリスクや、国内外のサプライヤーが当該事業から撤退し、知的財産・ノウハウを含む生産基盤そのものが消失する懸念もある。円滑な事業承継に必要な資金を提供する仕組みを整備するとともに、モニタリングの結果、生産困難が見込まれる場合には、政府・自衛隊は、代替品の確保や仕様変更、再設計等を適時に受け入れるなどにより製品の維持を図るべきである。あわせて、サプライチェーン全体を維持するため、二次・三次等のサプライヤーの管理のあり方を含めて検討する必要がある。
④効率化・迅速化のためのさらなる調達制度の見直し
かねてより産業界から契約・調達制度の見直しにつき要望し、随時、改善が図られてきたところであるが、政府においては、引き続き、調達のさらなる効率化・迅速化のため、競争入札・随意契約のあり方を含めて、調達制度について不断の見直しが求められる。具体的には、契約から支払までの手続きを原則電子化するとともに、契約方式、調達システム、仕様、用語、運用等を共通化・標準化し、官民双方の対応負荷を縮減し、効率化を図るべきである。
特に、国内生産の効率化・継続性の担保の観点からは、民間の製造業の発想も取り入れて、交換の容易性を設計段階から考慮した手法を採用し、陸海空等の各戦闘領域における装備・部品の共通化・共有化等も検討すべきである。
(2)需要増加を見据えた「国内生産・官民連携体制」の構築
世界の安全保障環境の緊迫化に伴ってわが国の防衛産業に対する需要が増大しており、さらには、今後、懸念される緊急事態や長期化、それに伴う需要急増局面に対応できる能力の確保が求められ、官民連携のもとで国内生産体制の強化が必要とされていることから、以下の点につき検討し、必要な措置を講じるべきである。
①国内生産体制の強化
防衛関連企業の国内生産体制は、国内需要や同盟国・同志国からの受注機会が増加し、供給・設備投資・人材確保が追いつかない状況にあり、さらに、増産体制を必要とする場合には短期間では解消できない課題が存在する。また、中堅・中小企業や海外サプライヤーを含むサプライチェーンは、特定企業・特定地域への集中や、サイバー攻撃・自然災害・地政学リスク等への脆弱性を抱えているとともに、事業撤退等に伴う供給途絶リスクも依然存在している。
こうした中、わが国の安全保障上、装備品を着実に確保し、実戦での教訓や変化を迅速に装備品に反映する能力を国内に保持する観点から、装備品や部材・原材料の国内調達を優先することを明確化すべきである。具体的には、国産化の対象領域と優先順位を示した上で、必要な人材・設備投資等に対する支援措置を講じ、規模感など企業が中長期で投資判断できる予見可能性を与えることが重要である。また、一定の頻度で各種装備品の国内開発を行うことを通じて、当該装備品に関する高度な技術基盤を育成・維持しておくことが必須である。
あわせて、海外依存度が高い部材・機能等については、代替品の認定や調達の複線化、国内サプライヤーの育成、輸入調達上の課題(ブラックボックス開示)等の是正、国による必要物資の備蓄等の供給安定確保、従来国内では実施しえなかった装備品の性能試験等のための国内における環境整備を進める必要がある。
加えて、従来の運用拠点以外への展開(機動展開)を考慮した機材・部品の確保・保管や、他の事業への適用が難しい製造設備の特殊性を有する弾薬等の装備品に関して長期生産となった場合の設備維持・枯渇対応(含む各種試験費用の企業負担)への予算措置についても検討することが望ましい。
②長期にわたる生産基盤の確保
わが国周辺の安全保障環境が一層厳しさを増す中、懸念される緊急事態とその長期化、それに伴う需要急増局面を想定し、まずは、平時における生産余力の確保と運用効率・稼働率の向上を図ったうえで、長期的な弾薬・ミサイル・無人アセット・センサー等の大量消費への対応と、それらを支える防衛産業の生産・補給・整備能力を確保する重要性が指摘されている。
とりわけ火薬・弾薬や機材・補用品、無人機等の消耗品については、現状、事業拡大の意思決定や設備投資、人員確保を短期間で行うことは困難であり、長期的な生産基盤強化が求められる。政府では、平時から、消耗・損耗を前提に、装備移転との整合性を図りつつ、国内生産余力の確保や備蓄・弾庫増強を含めた計画を整えるべきである。
他方で、平時の調達・運用を前提とした現行の生産基盤の枠組みでは、緊急の事態における需要急増、輸入途絶、部材不足、サイバー攻撃などの複合的なショックには、十分に対応できないおそれがある。政府においては、関係省庁横断の司令塔機能と窓口を設け、迅速な意思決定と執行を可能とする体制を確立するとともに、緊急時の情報共有や供給確保のあり方について明確な方針を定めるべきである。
また、民間企業の自発的な生産・修理対応が困難となる万一の状況について、民間が許容しえないリスクを負わせないことを前提として、官民の役割分担を踏まえた政府の対応指針を議論すべきである。そして、国民生活および防衛基盤にかかる重要インフラ等の防護(関連工場の抗堪化・分散化の検討)、兵站・補給の確保、サイバー対策、情報戦への対応など、攻撃リスクを低減する防護手段の強化や、操業継続を担保するため、国家・社会全体を巻き込んだ総合的な防衛体制の構築に向けた検討が求められる。
なお、複数社での分担生産や工場の分散、国営工廠やGOCO(国有施設民間操業)などの案については、防衛関連企業の経営の根幹に関わる問題である。特にGOCOについては、平時の需要が少なく民間投資が現実的でないものに限定して、政府による統制・関与を極力少なくするなど、慎重な検討が求められる。
③装備品生産に不可欠な重要鉱物等の安定供給確保
わが国は原油やレアアースなどの天然資源・重要鉱物の大半を海外からの輸入に依存する中で、それが極度に減少ないしは途絶した場合には、防衛装備品の生産遅延とコスト急騰を招き、状況次第では、生産自体が困難ないしは中断されるおそれもある。
そのため、各装備品(含むデュアルユース品)の製造等で使用する鉱物等を特定し、サプライチェーンの可視化と脆弱性評価、官民での情報共有を行うとともに、安定供給確保の取り組みを進める必要がある。同盟国・同志国との連携のもとで、代替供給源の確保や共同探鉱・鉱山開発等の調達先の多角化、国内での回収・再利用、レアアースフリー材料の研究・技術開発、海洋資源開発、戦略的備蓄を中長期的に促進すべきである。
④事業スピードを阻害しない情報保全・共有
企業が防衛事業に携わる大前提として、情報保全の徹底は必須となる。他方、秘匿すべき情報の定義・区分が不明確なまま画一的に厳格な制度を適用すると、かえってスタートアップ等の参入障壁となり、事業推進のスピードを阻害しかねない。政府は、秘匿情報の範囲と重要度に応じた取扱基準を改めて明確化し、セキュリティ・クリアランス等も活用しつつ、官民が機微情報および事業性判断に必要な情報を適切に共有できるセキュアな情報共有基盤を整備すべきである。
同時に、中堅・中小企業を含むサプライチェーン全体のサイバーセキュリティ対策の強化を支援するとともに、他分野でみられるように緊急事態を想定した関係者による官民共同での机上演習を実施することも一案と考えられる。
(3)将来に向けた「人・設備・技術」への投資・産学官連携促進
防衛産業は、人材の確保・育成をはじめ、AI等の活用も含めた効率化と高度化による生産性向上、高付加価値化等が急務となっている。民間企業による人材、設備、技術等への投資の促進、優れた技術を有するスタートアップ等の新規参入・育成や連携等に対し、政府としても積極的な政策支援を行うことが求められる。
①人材投資・人的交流の促進
防衛生産・技術基盤の持続を左右するのは、一義的に研究者や技術者、そして実際に製造を担う技能者等の人材の厚みを今後とも維持できるかである。しかし、足もとでは、装備品の開発・製造に携わっている技術者・技能者・生産現場人材の高齢化に加え、防衛事業の特殊性や将来需要の不透明感等から、若手人材の確保・定着が一層困難となっている。とりわけ熟練技能は短期で代替が利かない。加えてデジタル・サイバー領域の人材不足は、装備の高度化とサイバー脅威が増大する中で、致命的なボトルネックとなり得る。
目下、需要が急拡大する一方で、一時期の防衛事業の低迷等も背景に、熟練技能を有する技術者の離職が進み、人材不足に直面している。このままでは、経営判断として防衛事業の継続を断念する企業の続出も想定され、持続的な装備品の製造基盤そのものが存続の危機に瀕している。また、将来を見据えると、一時的な需要の変動への対応のために、各社の人員構造が歪む可能性がある。政府としては、企業が自助努力により中長期的視点から人材の採用・育成を進められるよう、複数年度の包括契約や定期的な開発案件等によって、中長期にわたる事業の予見性を高めるとともに、民間企業の人材維持・確保に関する取り組みを評価・補完する支援策を体系的に講じることが求められる。
具体的には、企業の人材採用・育成の自助努力を促すインセンティブ設計として、人材育成計画や技能者の処遇改善や教育訓練の実施、若手育成などを評価し、利益率をさらに引き上げるなど、人への投資等の企業努力が報われる仕組みを整えることが考えられる。特に特定技術については技術伝承・事業継承を民間企業のみに委ねるのではなく、官が必要な資金やリソースを提供し、事業継承先を選定する等の対策を講じるべきである。
また、官民相互交流による人材循環(出向・兼業、共同研修等)を促進するとともに、大学・高等専門学校等との連携支援を拡充することで、継続的な人材育成とスキル向上を実現すべきである。さらに、防衛事業における外国人材の活用については、当該企業が判断に迷うことのないよう、機微情報の管理や従事可能な工程の明確化、アクセス権限等の運用方法について、政府のガイドライン等を活用すべきである。
加えて、契約案件の増加が長期化する見通しであることを踏まえると、防衛産業のみならず、防衛省・自衛隊等の官側の人的基盤の強化も必須である。目下、民間同様に、深刻な人手不足が進んでいることを鑑み、さらなる処遇・勤務環境の改善をはじめとした対策を継続・強化することが求められる。
②設備投資への支援
防衛装備品の安定供給と品質・安全性を担保し、ひいては安全保障基盤を確保するには、防衛事業における持続的かつ積極的な設備投資を促すことが重要である。その際、需要の急増も見据え、平時から能力増強、維持・更新、高度化等に向けた設備投資を計画的に進めることが不可欠である。こうした企業の取り組みを支えるため、政府には、プライム企業からサプライヤーも含めて、防衛関連企業全体が前広な投資計画を立てられるよう、制度的支援による環境改善を図るべきである。
装備品の生産能力の維持・向上のためには、必ずしも新規設備投資だけでなく、工場・建屋・格納庫等の装備品の生産等に係る重要インフラや、従来品を生産する設備の維持、さらには、抗堪化・分散化等の観点も極めて重要である。そのためには、防衛生産基盤強化法の支援対象について、製造工程効率化だけでなく、供給網強靱化にも予算面での手当てを行うほか、重要インフラ設備や建屋等の老朽化対応も含めた維持・更新を明確に位置付け、必要な支援を継続的に行うべきである。あわせて、装備品の生産活動と工場・事業所の能力拡張にあたって、既存事業の設備移転・再配置等が必要となる場合の費用も支援対象に加えることが望まれる。
また、装備品は長期運用を前提とするため、調達終了後も補給部品の供給を続ける必要があるが、調達頻度・数量が限定的な場合には、設備更新投資の回収が困難となり、設備維持が企業負担に偏りやすい。政府は、補給段階における設備の維持・更新費用への支援や、補給部品のラストバイ等を検討し、サプライチェーンの維持と安定供給を確保すべきである。
③研究開発投資・デュアルユースの促進
急速な技術革新に伴い、宇宙・サイバー・電磁波領域と、陸・海・空の従来領域を有機的に融合するなど、多領域を統合した作戦様態が本格化しつつあり、高度に先端的な技術が必要とされていることから、官民連携によるサイバー・宇宙・AI等の活用を進めることが重要である。その際、新たな装備化ニーズ(早期・大量・低単価)に応える先端の民生品・民生技術の積極的な採用を進めると同時に、防衛分野で培われた技術を民生部門へ展開することが重要である。
そのためには、防衛と民生の好循環に向けた研究開発の推進に向けて、企業、大学、スタートアップ等の多様な主体が参画しやすいスキームを充実させることが求められる。例えば、ディープテック・スタートアップ等の研究開発成果をすくい上げるために「防衛イノベーション科学技術研究所」「安全保障技術研究推進制度#5」等の既存の枠組みを充実させるとともに、技術を目利きできる人材の確保・育成も欠かせない。
また、防衛装備庁との契約においては、研究開発の不確実性を踏まえた納期の柔軟な設定や期間の見直し、研究開発段階のものから試作・量産等に至るまでの納期遅延ペナルティの軽減・撤廃、技術難易度に応じた利益率の設定などにより、研究開発参画のインセンティブを高めるべきである。
革新的技術のうち、とりわけ無人アセットは、AIと組み合わせることで、大量かつ同時運用を通じて、非対称的な優勢を確保し得る特性を有しており、こうした新たな戦い方に対応した技術開発等も求められる。一方、四方を海に囲まれたわが国における無人機運用は、脅威対象が艦艇等の移動体となること、長距離運用及び塩害等の過酷な環境下での運用が求められることから、わが国の国情に見合った無人機の開発・導入・運用を進めていく必要がある。
④スタートアップ育成・活用促進
AIや無人機などの先端技術を活用し競争力を高める上でも、スタートアップの育成やさらなる活用も選択肢の一つとなりうる。国内でも、防衛用途(デュアルユース含む)に転用可能な先端技術を有するスタートアップが、防衛分野への参入を志向する例が増えている。しかしながら、研究開発から事業化・量産、継続契約に至るまでの「死の谷」を越えることは依然として難しく、多くの企業が資金・人材・実績の不足や手続負担の大きさに直面している。
政府としても、スタートアップの育成や防衛関連企業との連携を促すことも視野に入れた制度設計を行うためには、防衛省・自衛隊の技術ニーズを分野別に可視化し、技術成熟度や想定用途等を整理しつつ、必要となる技術等の情報を集約・開示することが望ましい。
引き続き、スタートアップが参入しやすくなるよう、障壁の低減策として、必要に応じ、申請・契約手続きの簡素化や契約要件の緩和を進めるとともに、民間側のリスク軽減にも配慮し、スタートアップの資金繰り改善や、防衛関連企業による連携のインセンティブとして補助金・税優遇等の資金支援を拡充すべきである。また、令和8年度より開始される「ファストパス調達」は、柔軟な契約制度の運用を通じてスタートアップ等の技術導入を迅速化するものであり、これによりスタートアップ企業の参画が促進されることを期待する。さらに、連携先のスタートアップの事業撤退や買収など、個別企業が負いきれないリスクへの対応策についても検討することが求められる。
他方、米国等のスタートアップ(無人機・AI等)のわが国市場への進出が現実化する中、国内企業育成や安全保障の観点から、わが国としてどのように活用・対応すべきか基本方針を明確化する必要がある。
(4)国家戦略としての「防衛装備移転・国際共同開発」の加速
同盟国・同志国に対する適切な防衛装備移転は、地域の平和と安定の確保への貢献等の目的を達成するための有効な手段の一つであり、供給先の拡大を通じて、わが国の防衛力そのものである防衛生産・技術基盤の強化にも寄与する。他方、わが国防衛産業は、武器輸出三原則による事実上の輸出禁止期間が長期にわたり、防衛省・自衛隊向けの装備品を計画的に納入することに専念してきた経緯もあり、国際共同開発や装備移転を加速させる上では、法的・政治的な不確実性のほか、実戦経験不足をはじめとする多くの課題が存在する。
経団連が「わが国の防衛装備移転のあり方に関する提言」でも指摘した通り、さらなる装備移転を推進するにあたって、国内調達と海外展開との整合性を図った国家戦略の構築や、防衛装備移転に関する司令塔の設置、競争条件向上・民間企業のリスク低減や新たな設備投資等の体制整備に対する政策支援の実施、輸出許可等の国内手続きのワンストップ化・迅速化等を進めるべきである。
装備移転にあたってのリスク低減の観点から、契約条件が不利なまま事業が既成事実化し後戻りができない状況に陥ることを回避できるよう、また国内向け事業以上の十分な対価と収益性が確保できるよう、政府はG to G交渉等を通じて前面に立ち、必要な交渉力・政治的後押し(バーゲニングパワー)を発揮すべきである。また、装備移転にかかわる企業のレピュテーションリスク回避策(例:企業名の開示のあり方等)も検討が求められる。外国企業との商談を円滑に進めるには、官民間の情報共有および審査の迅速化が重要であり、同一内容・類型の案件について重複審査を不要とするなど改善を図るべきである。
今般、政府においては、与党提言等を受けて、防衛装備移転三原則と運用指針の改定により「5類型」を撤廃し、原則すべての完成品が輸出可能となったものの、相手国からのオフセット要求への対応や、維持・整備への対応、知的財産権の取り扱い、国内および相手国法令への準拠、大型プラットフォームにおいては一社ではなく複数社が防衛省と直接契約関係にあるなど、民間企業単独では対処し切れないリスク・課題は多く存在している。権限と責任を有する司令塔のもとでの官民協働による戦略的な装備移転の推進が一層求められることから、より厳格な管理を要する高度な完成装備品に関する「日本版FMS制度」の創設や行政組織の設立など装備移転に関する政府の司令塔整備と防衛省・防衛装備庁の体制増強、装備移転を前提として移転先のニーズを踏まえた国内装備品の開発、双方の国益に適ったオフセットの選定等をあわせて検討すべきである。
さらに、同盟国・同志国との連携が強調される中、米国との協力に加え、欧州(NATO)および韓国等の主要国との協調・相互補完を、官民一体で戦略的に深化させる必要があり、対象国の考え方と優先順位(国・分野・領域)を明確化し、官民で共有する枠組みを整備すべきである。あわせて、日本の製造能力の確保に寄与する場合は、海外に製造拠点を有する企業への援助を行うことも一案である。
一方で、操業の谷への対応や事業拡大を装備移転で補完した結果、最優先で対応すべき防衛省・自衛隊からの要請対応が滞る事態は回避しなければならない。このため、国内需要を最優先とする生産・供給の優先順位を法的に担保する制度(「日本版DPAS(Defense Priorities and Allocations System)#6」)の創設も一案である。その際、不要な誤解や摩擦、事業の混乱・停滞を未然に防ぐ観点からも、防衛産業が装備移転に取り組む際の優先順位を国内外に明確に示しつつ、わが国政府が当該制度の趣旨・運用(優先順位の考え方、発動要件、対象範囲等)を米国含む関係国に対して説明し、理解を促すことが重要である。
4.おわりに
わが国の安全保障環境が戦後最も厳しく複雑化し、転換期を迎える中、「防衛力そのもの」である防衛生産・技術基盤の維持・強化は、国家の最重要課題となっている。防衛産業が、国防のパートナーとしての重責を果たし続けるためには、政府と歩調を合わせ、中長期的な取り組みを加速させることが不可欠である。
防衛産業としては、本提言に掲げた「四本柱」の施策の具体化に向け、政府と緊密に連携し、不断のイノベーションと強靱なサプライチェーンの構築を通じて、わが国および国際的な安全保障環境の安定と平和の実現に貢献していく所存である。
- 「国家安全保障戦略」、「国家防衛戦略」、「防衛力整備計画」
- 2023~2027年度
- 一般的に、わが国の防衛事業の特殊性として、長期にわたり防衛省・自衛隊のみを主たる顧客としてきた「市場の限定性」(他方、装備品等の開発及び生産のための基盤の重要な役割は民間企業への依存)、「独自仕様への対応」と「多品種・少量生産」、「長期」にわたる生産・維持整備の確保、高度な性能要求や保全措置への対応、独自のレピュテーションリスク、諸外国の企業に比べた利益率の低さ、諸外国と比較し、防衛産業の規模・全社に占める防衛事業の比率の低さ等が指摘されているところ(各種資料より事務局調べ)
- 企業経営の視点で、現在の防衛調達をみた場合、防衛装備品はリードタイムが長く、サプライヤーへの発注や材料調達のために投じた資金(売掛金)の回収期間が、一般の場合と比べ、長期に及び、資金繰りの負担が大きくなっている。防衛事業の資金回収期間は長い場合、約18ヶ月であり、防衛関連企業はそれに応じた資金を準備する必要がある。プライム企業の資金回収期間の長期化は、サプライヤーへの支払いにも影響している(防衛装備工業会調べ)
- 競争的研究費により、先進的な民生技術に係る基礎研究について、外部の研究機関(大学・公的研究機関・企業等に委託または補助金を交付する制度。
- DPAS(国防優先割当制度:Defense Priorities and Allocations System)は、米国の国防生産法にもとづく優先発注・資源配分制度であり、国防上必要な契約等に政府が優先順位を付し、企業に通常案件より優先した履行を求める仕組み。優先順位はサプライチェーン全体にも継承される。