Policy(提言・報告書) 科学技術、情報通信、知財政策  「科学技術基本政策策定の基本方針(案)」に関する意見

2010年6月7日
(社)日本経済団体連合会
産業技術委員会

日本経団連では、昨年12月の「科学・技術・イノベーションの中期政策に関する提言」、本年4月の「豊かで活力ある国民生活を目指して ~経団連 成長戦略 2010~」等において、経済成長やイノベーション創出に資する科学技術基本計画の策定を求めてきたところである。今般、次期科学技術基本計画策定に向けた「科学技術基本政策策定の基本方針(案)」が公表され、パブリック・コメントが募集されたことから、改めて下記の通り意見を表明する。

Ⅰ 基本理念

【総論】

今次基本方針(案)では、基本理念において、わが国の従来の科学技術政策が「科学・技術に関する振興政策」にとどまっていたとの認識を示し、「科学・技術・イノベーション政策を一体化した上で、他の重要政策と密接な連携を図りつつ、官民の総力を挙げて推進していくことが強く求められる」と、従来の科学技術政策の域を超え、科学・技術を基点としたイノベーション創出を強力に推進する考え方を示した点は評価される。

【あるべき国の姿の明確化】

現時点の案では、2020年にわが国が目指すべき姿が明確に示されていないため、グリーン・イノベーション、ライフ・イノベーションの2大イノベーションを国家戦略の柱として据えているものの、全体として各種施策との整合性がなく一貫性を欠いている。これまでの科学技術基本計画も踏まえ、例えば、「世界のニーズに応え持続的に成長する社会」、「経済成長と環境保護を両立する社会」、「安全・安心・快適な生活を実現する社会」、「健康・長寿な生活を実現する社会」、「国民の物質的・知的豊かさを実現する社会」といった理念・価値観を提示し、現在と比べてわが国をどう変えていくかという将来ビジョンを明確に打ち出した上で、その実現に向けた個別具体的な分野別の政策目標を体系的に整理する必要がある。

【グローバルな視点の強化】

グローバル化の急速な進展の中、グローバル社会におけるわが国のあり方が問われており、基本計画における各種施策に反映される必要がある。資源に乏しく本格的な少子高齢社会を迎えるわが国が今後も発展を続けるためには、とりわけアジアとの関係に留意しつつ、たゆまぬイノベーション創出によって世界的な競争に打ち勝つほかないとの危機感を一層強調するとともに、地球規模の課題の解決に向けた国境を越えた協調の重要性を認識する必要がある。

【第3期基本計画の実績評価と次期基本政策への反映】

新しい科学技術基本政策を策定する前提として行うべき第3期の基本計画の実績評価については、様々なデータ収集・調査研究が行われているものの、それらのデータ・調査結果に裏打ちされた客観的な分析やそれに基づく達成度合いの検討など、総括が十分になされていない。その結果、第3期の基本計画で残された課題に関する深い洞察のないままに新しい政策を議論することとなり、第3期基本計画との差異が明確とならず、新たに取組みを強化すべき課題についての説得力も弱まっている。次期基本政策の策定に際しては、第3期基本計画で掲げた理念と政策目標(大目標・中目標・個別政策目標)がどの程度達成されたかという実績評価と進捗状況に対応する形で、今後重点的に取り組む課題を明確化することが不可欠である。その際、政策文書と併せてその政策の論拠となる客観的なデータを参考資料として提示し、国民の理解と共感を得られるようにすべきである。

【計画のPDCAサイクルの見直し】

基本計画を実効ある形で推進するためには、PDCAサイクルを着実に回し、検証可能な形で、進捗管理、実績評価を行い、基本計画はもとより、各年度の予算編成(各府省の概算要求、政府原案への反映状況)や、府省一体となった施策の展開を含め具体的施策の改善等につなげることが不可欠である。
そのためには、まずは計画の策定に際し、理念や政策目標を体系化した上で、各施策の実施主体を明確化し、責任の所在を明らかにすることが重要である。その上で、2大イノベーション、基礎体力の抜本的強化をはじめ政策目的に応じた客観的な評価指標を計画の中で予め設定し、第3者評価を活用すること等を通じて、計画の実施状況および成果目標への貢献について定期的に検証を行い、国民に分かりやすく提示すべきである。さらに、総合科学技術会議が、総理のリーダーシップの下、関係府省に対して適切な指導を行うことで、行政の効率化を図りつつ、政府一体となった施策を推進することが求められる。とりわけ、グローバル化が著しい中、先進諸外国との比較によりわが国の強み・弱みを把握し、研究開発や施策を絶えず国際ベンチマークすることにより、先進諸外国と比べ遜色のない水準が維持されるよう努めることも必要である。

【司令塔機能の強化】

現在の総合科学技術会議は、予算配分や府省連携の推進などの面で、司令塔としての機能を十分に果たせているとは言い難い。基礎科学分野や研究開発段階といった入口から、市場創造・市場展開といった出口までを視野に入れた一貫性のある総合的イノベーション政策を主導するためにも、司令塔の機能・役割をあらためて精査し、基本戦略の立案・推進に関する権限の強化、資源配分に関する権限・機能の強化、IT戦略や知的財産戦略との連携強化、議員や調査会・PT等の構成の見直し、事務局・調査分析機能の強化等、必要な改革を並行して進めることが求められる。その際、司令塔の法的な位置付けや権限を明確にすべく、内閣府設置法や科学技術基本法等の関連法の見直しについても検討する必要がある。

Ⅱ 国家戦略の柱としての2大イノベーションの推進

【2大イノベーションの重要性と課題】

目指すべきわが国の姿を明確化した上で、その実現に向けた最重要施策として国民への説得力をもって2大イノベーションを位置付けることが、今後、予算面での重点的な配分や課題解決型アプローチの嚆矢としての取組み強化のために重要である。他方、2大イノベーション以外にも推進すべきイノベーションがあるという点にも留意すべきである。
今後、基本方針の具体化にあたっては、成果目標の実現に必要な成果と対応する方策(研究開発に加え、規制改革、国際標準等を含む)、達成時期、責任官庁・協力官庁を、体系的かつ具体的に明記すべきである。とりわけ総合科学技術会議においては、重要施策の漏れや類似施策の重複の排除、文部科学省と出口官庁の連携強化を推進し、選択と集中の下、研究開発のポートフォリオ化と、予算の一元化も含めた関連施策のパッケージ化を主導することが求められる。こうした手法は、基本計画全体において採用されるべきであり、他の重要政策課題についても、十分な言及がなされるべきである。
グリーン・イノベーション、ライフ・イノベーションについては、アクション・プランにおける議論がベースとなっているが、科学・技術・イノベーション政策の観点から取り組むべき課題はより広範にわたる。10年後を見据えた今後5年間の計画として網羅すべき対象についても改めて精査するとともに、将来的に取り組むべき課題についても先取りする姿勢が求められる。

【ポジティブ規制の慎重な検討】

新たなイノベーションを創出するための手法として「ポジティブ規制」に関する言及がある。規制強化により新たなイノベーションの創出が期待されるケースがあることは否定されないが、産業空洞化が懸念されるわが国の現状に鑑みると、諸外国とのイコール・フッティングや新規需要の創出につながる規制緩和、税制改正等を検討・実施することが先決である。ポジティブ規制導入の可否の検討にあたっては、行きすぎた規制によって産業の発展や国際競争力が阻害されないよう慎重な議論をすべきである。

【実効あるプラットフォームの実現】

将来のイノベーション政策に関する具体的な戦略等を、産学官で策定・共有する場(プラットフォーム)として、「イノベーション戦略協議会(仮称)」の創設を掲げている点は評価できる。イノベーション戦略協議会創設の検討にあたっては、戦略の策定および実施が実効ある形で推進されるよう、推進体制や具体的な役割・機能等について緻密な議論を行う必要がある。同時に、本協議会をただ議論するだけの場とするのではなく、EUにおけるテクノロジー・プラットフォーム等を参考にしつつ、本協議会で策定された内容を政府の予算・政策等に反映させる仕組みを構築することが極めて重要である。

Ⅲ 国家を支え新たな強みを生む研究開発の推進

【内容充実の必要性】

グリーンおよびライフの2大イノベーションに加え、国民生活、産業、国家等、幅広く社会を支え、新たな強みを生む研究開発を推進することは極めて重要である。2大イノベーションと並び、将来ビジョンの実現に不可欠なICTや宇宙・海洋のフロンティアをはじめ、産業競争力強化、社会インフラ等を広く支えうる波及効果のあるものを重要な柱として位置付け、具体的な政策目標と戦略を策定すべきである。
検討にあたっては、拙速に結論を出すことなく、継続的に議論することが肝要である。詳細については今後検討することとされているが、検討に際しては、主要分野毎に関係者・有識者による本質的な議論が不可欠であり、例えば、少人数のワーキング・グループを設置して集中的かつ具体的な検討を行い、その結果を基本政策専門調査会に諮るなど、検討方法を工夫することも一案である。
各論においては、ICTの利活用により、分野横断的に国家の基盤を支えるといった取組みや、つくばイノベーションアリーナ(TIA)のような産学官融合の研究開発拠点の設置やものづくり技術の強化といった産業基盤を支える取組み、また、食料の確保などの豊かな国民生活を支える取組み等の推進についても盛り込むべきである。

Ⅳ 我が国の科学・技術基礎体力の抜本的強化

【基礎研究における評価の実施】

基礎研究において世界トップの成果を継続的に創出することは、わが国国力を増進する上でも重要である。他方、基礎研究には成果が求められるべきでないかのような議論がわが国では散見されるが、米国でもNSFが基礎研究の目的としてDiscoveryを掲げている。各研究領域において世界トップの成果を創出すること等を明確な目標として掲げ、国際ベンチマークやピアレビュー等を通じた基礎研究としての成果目標やPDCAサイクルの確立による厳格な基礎研究の実施に基づき、科学技術への国費投入に対する国民の納得性を高めるべきである。
また、基礎研究においても、いわゆる純粋基礎研究と目的基礎研究、例えば具体的な政策課題の解決(出口)につながるような基礎研究(第2種基礎研究)では成果目標やPDCAサイクル等が異なることから、分けて議論することも検討されるべきである。

【国際的に遜色のない人材の育成】

イノベーション創出を担う優れた理工系人材を育成することは極めて重要であり、目標とすべきは国際比較上遜色のない高度人材の育成である。こうした目標の達成に向け、大学・大学院の教育システムの改革を推進し、世界レベルの教育がなされるようにする必要がある。具体的には、英国のように教育が研究と並び適切に評価される体制を整備するとともに、特定分野の専門技術のみならず、分野横断的な幅広い知識を得られる体系的なコースワークの構築やイノベーションの基盤となる「基礎的教育」の充実、インターンシップ制度の整備、国内外の優れた人材と切磋琢磨する研鑽機会の拡大等を実施することが肝要であり、大学・大学院が学生の「質の保証」を行うべきである。
また、第3期基本計画において、博士課程修了者のキャリアパスの多様化が掲げられたものの、その取組みは決して十分とはいえない。博士課程修了者のキャリアパスについて、上記の取組み等を通じ、大学内におけるアカデミックなキャリアパスのみならず、行政や企業等で活躍できる多様なキャリアパスを構築する必要がある。加えて、若手研究者の海外派遣者数の増加や外国人研究者の受入れ・国内定着を促進するための環境・制度の整備、研究者の流動性の確保など、第3期における取組みが不十分と思われる課題について、積極的に取り組む必要がある。

【基盤的経費の選択的充実】

大学の基盤的経費の拡充に関する言及がある。基盤的経費の一律削減については、大学における自己改革を促進するという面と、大学の基本的機能を損なうという面が指摘される。大学のあり方は多様であり、世界トップレベルの研究、地域振興、専門職教育、生涯教育等、大学毎に重視する機能を明確にし、特色ある運営がなされるよう、政策的支援が行われるべきである。OECD諸国の中で、わが国の基盤的経費は低い水準にあるという状況に鑑み、とりわけ運営費交付金については、大学機能の質の保証という観点から、近年の一律削減を見直し、研究型であれば分野別評価、教育型であればユーザー側評価等、大学の特色に応じた評価・配分基準を設けた上、専攻毎に一定の競争原理の下、高い評価を得たところに重点的な配分がなされるような仕組みを構築すべきである。

【選択と集中によるリサーチ・ユニバーシティの形成】

世界トップレベルの拠点を持つ大学を中心に50程度のリサーチ・ユニバーシティ(仮称)を形成する旨がうたわれているが、その目標値の妥当性について、過去のCOEプログラムやWPI等の現状や課題等を検証しつつ再度検討し、選択と集中によって真に世界トップレベルの拠点の構築を目指すべきである。また、拠点の構築およびその評価については、大学単位ではなく研究科単位とし、研究の先進性や目標値は国際的なベンチマークで客観性を持たせるべきである。
さらに、大学は、道州制を睨んだ広域連携による地域活性化の核ともなり得る。地域の自主的な取組み、大学間の競争と協働を促し、地域毎に特定領域で世界トップレベルの拠点を形成するとともに、大学の連合・再編・ネットワーク化について検討することも重要である。
近年、大学が短期的な成果を求めるあまり、大学ならではの革新的な研究や、基盤的な研究が敬遠されるケースがある。大学運営においても、こうした研究が奨励・評価されるよう取り組むべきである。

Ⅴ これからの新たな政策の展開

【予算の拡充】

新成長戦略では、「2020年度までに、官民合わせた研究開発投資の対GDP比を4%以上にする」との目標が掲げられたが、政府が負担する研究開発投資の割合の具体的な数値目標が定められていない。現在、わが国の研究開発投資の対GDP比は世界トップの水準にあるものの、約8割は民間による投資であり、政府による研究開発投資の割合は2割以下と、低い水準にとどまっている。
新成長戦略では、グリーン・イノベーション、ライフ・イノベーションの2大イノベーションを中心に新規需要を創出し、2020年度までの平均で名目3%、実質2%成長を達成することを定量的な目標として掲げている。この目標を達成するには、これまでの科学技術振興目的の投資から、新規需要創出といった出口までを意識した投資へと拡充することが必須である。具体的には、実用化につながるような基礎研究(第2種基礎研究)や実証研究、新規需要を促すための競争的資金、産学官連携の取組み推進に向けた予算の拡充、また、グリーン・イノベーションやライフ・イノベーションの加速的促進のための新たな予算枠の設定などが必要である。
そのためには、政府による研究開発投資の拡充を図ることが不可欠であり、その目標水準を先ずは「対GDP比1%超」と明示し、増額分を前述の予算として配分すべきである。

【研究開発法人の改革】

研究開発法人は、政策目的の実現に不可欠かつ民間企業や大学等では実施が困難な研究開発を担うべき機関であり、当該領域において、中核的な役割を担うことが期待される。諸外国の類似機関をベンチマークしながら、各機関のミッション・機能を見直し、必要に応じて再編・統合、政府への移管等、そのあり方について検討すべきである。その上で、国家戦略との整合性の確保、個々の役割に応じた柔軟な資源配分と組織運営、研究開発法人間の連携強化等がなされるべきである。さらに、大規模共用施設の効率的な運営や、産業界との連携強化、基礎研究から実用化までの切れ目のないファンディング等によるイノベーション創出支援機能などの一層の充実が求められる。

以上