Policy(提言・報告書) 科学技術、情報通信、知財政策  防衛計画の大綱に向けた提言

2013年5月14日
一般社団法人 日本経済団体連合会

1.わが国を取り巻く安全保障環境

北東アジアの安全保障環境は厳しさを増している。北朝鮮は昨年12月に「人工衛星」と称するミサイルを発射し、本年2月に3回目の核実験を実施した。さらに、ミサイルを再び発射する構えを見せており、緊張状態が続いている。また、中国は国防予算を大幅に増加させ、空母やステルス戦闘機の開発を進めるとともに、海洋進出を活発化している。

一方、米国は、世界的な規模で軍の再編を行うとともに、昨年1月の国防戦略指針ではアジア太平洋地域を重視する姿勢を打ち出した。来年はQDR(Quadrennial Defense Review:4年ごとの国防計画の見直し)も予定されており、わが国への影響について注視する必要がある。

自衛隊は、東日本大震災において被災者の救助や被災地の復旧に精力的に取り組むとともに、南スーダンにおける国際平和協力活動に参加する等、国内外で活躍の場が広がっており、国民の自衛隊の重要性に対する認識は非常に高まっている。

昨年の政権交代を受けて、政府は、本年末に防衛計画の大綱を見直し、新たな中期防衛力整備計画を策定することを決定した。現在、防衛省の「防衛力の在り方検討のための委員会」において具体的な検討が進められている。

経団連防衛生産委員会では、本年1月~2月の「イタリアおよびイギリスの防衛産業政策に関する調査ミッション」をはじめ、欧米諸国の防衛産業政策に関する調査団を2010年3月から4回派遣した。そこで得られた成果も踏まえつつ、防衛産業の現状を踏まえ、防衛計画の大綱に向けて改めて提言をとりまとめた。

2.防衛生産・技術基盤の意義

防衛産業は防衛装備品のライフサイクル全般に関わり防衛の一翼を担う。防衛生産・技術基盤の維持・強化は、国家としての重大な責務である。防衛生産・技術基盤の意義としては以下の5点が挙げられる。

  1. 高度な技術力による抑止力と自律性の確保
    高いレベルの技術力を有することにより、他国からの侵略に対する抑止力や外交交渉力を高め、防衛装備品の調達を他国に頼らない国家としての自律性を確保する。

  2. 迅速な調達・運用支援と装備品の能力向上
    有事における調達、故障時の不具合の調査や修理等に対する迅速な対応、技術進歩に応じた装備品の改修や能力向上を実施できる。この結果、高い可動率#1や安全性を確保することができる。輸入品を修理する場合には、海外に戻すため修理の期間が長くなる。その間に装備品を運用するため多くの予備品が必要になり、コストが増大することも多い。

  3. 国土・国情にあった装備品の開発・生産
    四方を海に囲まれ、山岳地帯や離島が多い日本列島の地理的環境や、専守防衛を第一とする基本方針に合った、わが国の防衛にとって最適な装備品の開発・生産と運用支援を行う。

  4. 技術・経済波及効果
    防衛技術・生産基盤を活用し、国内への投資により開発・生産を行うことは、国内産業の発展や雇用の創出につながる。最先端技術である防衛技術の開発は、新たな技術的ブレークスルーをもたらし、民生部門への大きな技術波及効果が期待される。

  5. 国際共同開発・生産における有利な分担の獲得、輸入やライセンス生産におけるバーゲニングパワーの確保
    国際共同開発・生産への参画にあたって、防衛生産・技術基盤の高い技術力は参加国の中で有利なポジションを獲得するために必須である。また外国からの装備品の輸入や、国内でのライセンス生産のための価格や技術開示の交渉にあたって、国としてのバーゲニングパワーの確保につながる。

3.防衛産業の現状

防衛力は国民を守る安全保障の要であり、わが国を取り巻く厳しい安全保障環境を踏まえ、防衛装備品の開発・生産や自衛隊の運用支援を担う防衛産業の役割はますます重要となっている。

わが国の防衛関係費の減少傾向が続く中で、主要装備品の新規契約額は漸減が続き、1990年度の1兆700億円をピークとして、2012年度では6割程度の約7,000億円まで減少した。昨年12月の政権交代の後、防衛関係費の減少傾向に歯止めがかかり、2013年度の防衛予算は前年度比で約350億円増と2002年度以降、初めての増額となった。今後もこの増額傾向を継続することで、わが国の安全保障に必要な装備品に対する適正な規模の予算確保を期待する。

欧米では国防予算の減少に対して、防衛産業は再編を進めるとともに、グローバル化の進展に伴い海外展開を積極的に進め、防衛生産・技術基盤の維持を図っている。また、防衛技術の高度化と開発コスト高騰への対応として、装備品の国際共同開発・生産が推進されている。

これに対し、わが国では大手防衛企業は防衛予算減少への対策として民生部門へのリソースのシフトや民需部門の技術を活用することで生産・技術基盤を維持してきたが、事業規模低下により効率化努力の限界を超えた一部の企業では防衛事業の縮小や撤退が生じている。

企業再編に関しては、欧米と違ってわが国の防衛事業の市場は基本的に国内に限定されており、防衛装備品予算の長期的な減少傾向のもとでは長期的な操業の見通しが立てにくい等の経営リスクがあるため企業再編は進んでいない。

防衛装備品の開発や技術者の育成には長期間を要するため、一旦喪失した防衛生産・技術基盤を回復することは極めて困難であり、わが国の実情に即した基盤維持の方策が求められている。

4.防衛産業政策のあり方

(1) 防衛生産・技術基盤戦略の策定

昨年6月に防衛省の防衛生産・技術基盤研究会がとりまとめた最終報告では、「戦略性」や「秘匿性」等の基準にしたがって、国内に維持すべき重要分野を選択し、重要分野については「純国産」「ライセンス国産」「国際共同開発・生産」を選択して基盤の維持・強化を図るという基本方針が提示された。今後は、実際に重要分野を明確化していくとともに、基盤の維持・強化のための財政的な裏付けを確保することも不可欠である。

また、防衛関係費に占めるわが国の研究開発費の割合は他国に比べ低い水準であり、技術力強化のため研究開発費の増額が必要である。米国国防総省のDARPA(Defense Advanced Research Project Agency:国防高等研究計画局)では、技術の優位性を維持するため、装備品に適用が可能な将来技術への積極的な投資を行っている。これらの一部は民生部門にも波及し、インターネットやGPSなどの劇的な技術革新につながっている。わが国においても、このような基礎的な技術研究を拡充していくことが民生部門も含めた全般的な先端技術開発力の向上にとって必要である。

なお、輸送機や飛行艇など航空機の開発には防衛と民生の両用技術(デュアルユース)が多く用いられており、防衛生産・技術基盤を維持する観点から、装備品の民間転用も推進すべきである。

(2) 国際共同開発・生産の推進

  1. 武器輸出三原則等の個別例外化等
    1967年の武器輸出三原則および1976年の武器輸出に関する政府統一見解(以下、「武器輸出三原則等#2」)により、わが国では、弾道ミサイル防衛システムの日米共同開発・生産など一部の例外を除き、武器輸出および武器技術供与が実質的に全面禁止とされてきた。
    装備品の国際共同開発・生産の流れを踏まえ、2011年12月に武器輸出三原則等に関して「防衛装備品等の海外移転に関する基準」が発表され、(1)平和貢献・国際協力に伴う案件、(2)わが国の安全保障に資する防衛装備品の国際共同開発・生産に関する案件について、包括的な例外的措置を講じることとされた。
    さらに本年3月には、米国など9か国#3が国際共同開発している戦闘機F-35の製造に日本企業が参画して部品等を提供することについて、武器輸出三原則等の例外にするという内閣官房長官談話が発表された。この談話では、安全保障上のF-35の必要性に加え、防衛生産・技術基盤の維持・育成・高度化についても触れられており、防衛産業の重要性が考慮されている。

    国際共同開発・生産への参画のメリットは、外交政策における同盟国および友好国との関係強化、海外の最先端の技術へのアクセス、開発費用の軽減、相互運用性の確保、運用情報のフィードバックによる装備品の改善などが可能になることである。一方で、多国間共同開発の場合は参加国数の増加に伴い、生産分担が複雑になり、調整に多大な時間とコストが求められ、開発計画が予定通り進まない恐れもあるといった課題を解決していく必要がある。
    日米同盟に鑑み、国際共同開発・生産の相手国として米国は最も重要な協力国であることに変わりはないが、今後は、民主主義国家としての価値観を共有し、国際共同開発・生産の実績が豊富である欧州諸国などとの連携により、わが国もグローバル化を進め、防衛生産・技術基盤の維持につなげていくことが期待される。
    日本と欧州の間では、特にイギリスと国際共同開発・生産の協力案件について政府間の協議が進展しており、早期に具体的な成果が出ることを期待する。また、これまで経団連防衛生産委員会の調査ミッションで訪問したイタリア、フランス、ドイツ、スウェーデンの政府および防衛関連企業やEU(欧州連合)やNATO(北大西洋条約機構)からも協力への期待が表明されており、わが国の政府としても協力を推進することを求める。

  2. 武器輸出三原則等のあり方
    経団連防衛生産委員会は昨年7月に在日米国商工会議所(ACCJ)の航空宇宙防衛産業委員会との間で「日米防衛産業協力に関する共同声明」を取りまとめた。同声明では、国際共同開発・生産を大きく4分類(A.政府間合意に基づく防衛装備品の共同開発・生産、B.将来の防衛技術に関する予備的な先行研究、C.いずれか一方の国の政府プログラムを支援するための共同開発・生産、D.ライセンサー国からの要請に応じて、ライセンスを受けた国が部品を供給)に整理し、国際共同開発・生産の典型的形態であるA.の政府間プログラムに加えて民間レベルの共同研究開発などの多様な国際共同開発・生産スキームの可能性を提示した。
    2011年12月の「防衛装備品等の海外移転に関する基準」にある「防衛装備品の国際共同開発・生産」がこれらのどのケースに適用されるのか、わが国の技術的貢献度等を考慮して「国際共同開発・生産」の定義を明確にする必要がある。

    国際共同開発・生産に関する4分類

    防衛装備品の国際共同開発・生産にあたっては、政府間で覚書(MOU)等を締結したうえで、目的外使用や第三国移転に関する適切な管理体制を整備するとともに、装備品に関する技術情報の共有を可能にする情報保護協定等の締結が必要となるため、これらの枠組みの早急な整備を求める。
    また、「ライセンス供与国への部品供給」のようにわが国の技術的貢献度が小さいものについては、国際的なルールに準じて第三国移転等の考え方を整理すべきである。
    なお、民間レベルでの装備品の国際共同開発・生産についても、あくまで政府の長期的な技術戦略のもとで民間企業が進めていくことが基本となるので、「防衛生産・技術基盤戦略」の中で国際共同開発・生産に関する政府の方針(分野・品目・技術等)を策定することが望まれる。

(3) 取得・調達政策の改善

取得・調達政策の改善は官民の喫緊の課題であり、企業のコストとリスクを適正に評価しうる体制構築、企業のコストダウンへのインセンティブを引き出すための制度改善、防衛事業の安定的継続のための契約方式の検討等を早急に進めるべきである。

特に、調達改革にあたっては、現在の一般的な契約では、仕様の明確化に伴う追加費用や為替以外の経済の変動による追加費用発生など各種リスクが民側に偏っていること、インセンティブ契約においてもコストダウン努力が民側にのみ求められる一方で、その成果は防衛省と折半せざるを得ないといった片務性を見直し、官民の公平なリスク負担に基づく契約制度の構築を求める。また、防衛省が価格算定に際して使用している加工費率等の経費率#4については、コストや時間などの実情を反映した見直しが進められており、確実な実施を期待する。

長期契約等の活用により安定的な官民のパートナーシップを構築し、防衛事業の安定的な継続とWIN-WINの関係を構築することが最終的な目標であり、産業界としては官民協力して、取り組んでいきたい。

5.宇宙開発利用およびサイバー攻撃対処の推進

(1) 宇宙開発利用の推進

宇宙とサイバー空間は、安全保障の確保において陸、海、空と並ぶ新しい領域として位置付けられる。

2008年に成立した宇宙基本法および昨年6月に改正された宇宙航空研究開発機構(JAXA)法によって、安全保障分野における宇宙利用の領域が拡大した。

一方、本年1月25日に政府が決定した「宇宙基本計画」では、情報収集衛星など安全保障関係のプログラムが盛り込まれたが、今後の安全保障に係る宇宙開発利用については、防衛計画の大綱の見直しの結論も踏まえて推進していく必要があるとされており、防衛計画の大綱および中期防衛力整備計画の中で、防衛における宇宙開発利用の明確な位置づけを求める。

(2) サイバー攻撃への対処

サイバー空間は、インターネットの普及に伴いコンピューターネットワークに依存する先進諸国にとって、重要な社会インフラとなっている。

政府や企業へのサイバー攻撃により、重要インフラなどに大きなダメージが生じ国家の安全保障が脅かされることのないよう、防衛計画の大綱および中期防衛力整備計画で対策を示した上で、その実行が急がれる。そのため、防衛省や経済産業省などの関係省庁ならびに官民による連携により、サイバー攻撃に対処するための高度な技術開発や専門的な人材育成を推進することが必要である。

6.防衛計画の大綱への期待

安全保障政策は国家の根幹であり、防衛生産・技術基盤は安全保障上、装備品の開発・生産・運用支援を通じて重要な役割を担っている。防衛計画の大綱において、防衛産業の意義を明確に定義し、防衛生産・技術基盤の維持・強化に関する戦略の基本方針を策定すべきである。

その上で、長期的な観点からより詳細な「防衛生産・技術基盤戦略」を策定・実行し、重要分野の明確化や維持・強化、国際共同開発・生産の推進、契約面での官民の公平なリスク負担を実現すべきである。これらのグローバル化に向けた各種環境整備により将来の展望が明確に示されることを期待する。

産業界としても自主的な研究開発やコストダウン、更には産業組織の変革・再編も検討して国際競争力の強化に努め、防衛生産・技術基盤の維持・強化に取り組んでいく所存である。

以上

  1. 装備品を運用したい時に正常に動かすことができる時間の比率。戦闘機の場合、航空戦力(可動機数)=配備機数×可動率。
  2. 1967年に佐藤内閣総理大臣が衆議院決算委員会で表明した「武器輸出三原則」は、(1)共産圏諸国向け、(2)国連決議により武器等の輸出が禁止されている国向け、(3)国際紛争当事国又はそのおそれのある国向けの場合には武器輸出を認めない政府の方針である。その後、1976年に三木内閣総理大臣が衆議院予算委員会で表明した「武器輸出に関する政府統一見解」により、三原則対象地域以外の地域についても武器の輸出を慎むとされた。この2つを合わせて「武器輸出三原則等」と言う。
  3. 米国、イギリス、イタリア、オランダ、トルコ、オーストラリア、カナダ、デンマーク、ノルウェーの9か国が共同開発国である。
  4. 加工に要する費用を算出するために直接作業時間に乗ずる時間当たりのコスト